暮しの知識

 飲み込み力研究の第一人者である佐々木英忠先生、誤嚥(ごえん)を防ぐ方法は、ありますか? 食事でむせることが多くなったら…元気なうちに、トウガラシや黒コショウを食事にひと振りしてください。

飲み込み力研究の第一人者である佐々木英忠先生、誤嚥(ごえん)を防ぐ方法は、ありますか? 食事でむせることが多くなったら…元気なうちに、トウガラシや黒コショウを食事にひと振りしてください。

誤嚥とは、食べものや唾液が誤って、肺へつながる気管に入ってしまうこと。特に飲み込む力が衰えてくる高齢者には、肺炎(誤嚥性肺炎)へとつながる怖い症状です。トウガラシや黒コショウを摂ることで、簡単に誤嚥を防ぐメカニズムについて東北大学名誉教授の佐々木先生にくわしく教えていただきました。

──どうして、誤嚥の研究を始めたのですか。

 東北大学医学部附属病院に老人科が開設され、私が初代教授になったのは1987年のことです。その頃、病気を持つ高齢者は他の診療科が診ていたので、老人科ではやることがあまりありませんでした。そこで、どこかが悪いというわけではないのですが、老衰で寝たきりになったような患者さんをたくさん受け入れて、老人科の病棟で診ていたんです。

 老人科に入院していた患者さんの多くは、そのうちに肺炎を起こして、熱が上がり、ごはんが食べられなくなる。特に多かったのが、水分や食べ物が誤って気管に入るために起こる「誤嚥性肺炎」でした。オスラーという米国の有名な医師の言葉に、「肺炎は老人の友」というものがありますが、患者さんたちの多くがそうやって、亡くなっていったんです。

 そんなある日、寝ている患者さんの口の中を見たら、3センチぐらいのナス漬が、のどの奥に入り込んでいたんです。普通、そんなものがのどに入っていたら、「ゲッ」と吐き出しますよね。なのに、平気で寝ている。

──そんなに大きなものが詰まっても、気づかない人がいるんですか。

 私も「あれ? これおかしいな」と思って、びっくりしました。そのとき、「この人はきっと、『ゲッ』となるセンサーが悪いんだ」と考えたんです。

  人間は、唾液がしょっちゅう出ていて、1日1.5リットルにもなります。それを普通は、「ごっくん」と飲み込まなければなりません。健康な人で1時間に18回ほど飲み込みますが、誤嚥性肺炎を起こすような人は5回ほどに落ちます。この飲み込む反応のことを「嚥下(えんげ)反射」と言います。また、唾液などの水分が気管に入ってしまったときには、咳をして出す必要があります。これを「咳反射」と言います。

 口の中を覗き込むと、のどの奥は食べ物や飲み物の通り道である「食道」と空気の通り道である「気管」の二股に分かれています。息をしているときは気管への道が開いて、食道は閉じているのですが、飲んだり食べたりしたときには「喉頭蓋(こうとうがい)」というフタで気管への道が閉じられて、食べ物や水分が食道に落ちるようになります。もし間違えて気管に食べ物や水分が入っても、咳で出そうとするわけですね。

 ところが、嚥下反射と咳反射が低下していると、食べ物や水分がのどに溜まっても飲み込めず、気管に入り込んでも咳が出ません。そのために、誤嚥性肺炎を起こすと考えたんです。実際に患者さんたちを調べてみると、2つの反射が、健康な人に比べて格段に落ちていることがわかりました。

ささき・ひでただ/1941年、秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。ハーバード大学留学後、東北大第一内科講師。87年、同大老人科初代教授に就任した。東北大学名誉教授。現在は仙台富沢病院院長として、認知症患者などの診療に携わる。
ささき・ひでただ/1941年、秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。ハーバード大学留学後、東北大第一内科講師。87年、同大老人科初代教授に就任した。東北大学名誉教授。現在は仙台富沢病院院長として、認知症患者などの診療に携わる。

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まずは誤嚥の兆候があるか自己診断
誤嚥の原因の上流には隠れた脳梗塞がありました。

──嚥下や咳の反射は、どうやって調べるんですか。

  嚥下反射は、患者さん(被験者)に仰向けに寝てもらって、鼻から細いチューブを咽頭(のどの奥)まで入れて、そこに1㏄の蒸留水を入れて行ないます。健康な人であれば、1~2秒の間にすぐ「ごっくん」と飲み込むんですが、5秒以上かかる人は嚥下反射が落ちていると判断します。肺炎を起こすような人は、水を入れてもびくともせず、平気な顔をしています。

  咳反射は、薄めたクエン酸を吸入してもらって、どれくらいの濃度で咳反射が起こるかを調べます。正常な人は濃度が低くても反射が起こるんですが、肺炎を起こすような人は濃度が高くても咳をしない。

誤嚥性肺炎を起こすメカニズム

①隠れた脳梗塞(不顕性脳梗塞)などにより、神経伝達物質「ドーパミン」の分泌が低下する。
②飲み込む力に関係する神経伝達物質「サブスタンスP」が減少する。
③気管のフタである喉頭蓋の動きが悪くなり、嚥下反射(飲み込み力)や咳反射(気管に入った食べ物や水分などを出す力)が低下する。
④食べ物や水分が肺に入りやすくなる。
⑤炎症が起き、肺炎の原因となる。

──こうした研究をする人たちは、当時はあまりいなかったんですか。

 はい、こんな研究をするのは私たち東北大学のグループぐらいで、独占的でした。誤嚥性肺炎といえばどういう菌が原因になって、どういう抗生物質が効くかという研究が主流だったんです。

  でも、抗生物質で肺炎を治療しても、すぐに肺炎がぶりかえして、3回目には亡くなってしまうことが多かった。ですから、なぜ誤嚥を起こすのかを調べて、誤嚥する前の「上流」のところで抑えないと、肺炎の根本的な治療にはならないと考えたんです。

 そこで、なぜ反射が低下するのか、さらにさかのぼって調べました。すると、そのまた上流に「脳梗塞」があることがわかりました。実は、健康に見える人でも、60代にもなると、嚥下や咳の反射が落ちる人が出てきます。そうした人をくわしく調べてみると、ほとんどに「不顕性脳梗塞」がありました。

──不顕性脳梗塞というのは、明らかな症状はないけれど、CTなどで画像診断をしてみると脳梗塞を起こした跡が見つかるというものですね。

 そうです。人間ドックなどでのデータから、65歳以上では30%ほどの人に不顕性脳梗塞があると言われています。大脳の奥深くにある「大脳基底核」というところが一番脳梗塞を起こしやすいのですが、ここにある「黒質線条体」という部分が破壊されると、神経伝達物質「ドーパミン」の分泌が低下します。

 このドーパミンが、嚥下や咳の反射に関係する「サブスタンスP」という神経伝達物質の合成を促します。そのため、大脳基底核で脳梗塞を起こすと、嚥下反射や咳反射が落ちてしまうのです。

 ちなみに、からだの動きがぎこちなくなるパーキンソン病も黒質線条体の異常で起こりますが、この病気の患者さんも誤嚥を起こしやすくなります。

 また、不穏な状態を抑えるために抗精神病薬を多量に服用している認知症の人なども、薬によってドーパミンの働きが抑えられるために嚥下や咳の反射が落ち、肺炎を起こしやすくなることがあります。なので、私が院長を務める病院では認知症の患者さんには、なるべく抗精神病薬は使わないようにしています。

 いずれにせよ、誤嚥をしないためには、脳梗塞を予防することが大切です。65歳以上で血圧が高く、少し怒りっぽくなった人は、不顕性脳梗塞があるかもしれません。それにタバコを吸う人や糖尿病がある人なども、脳梗塞や誤嚥に注意したほうがいいですね。

──嚥下や咳の反射にサブスタンスPという物質が関係しているのは、どうしてわかったんですか。

 サブスタンスPが咽頭や気管に多く分布していることは、昔からわかっていました。そのため、気管支喘息に関与しているのではないかと考えられ、盛んに研究されてきたんです。けれども、「そうでもなさそうだ」ということがわかり、なぜサブスタンスPがそこにあるのか謎のままでした。

 しかし、我々が動物実験を続けているうちに、嚥下反射や咳反射に関係するとわかってきた。なぜなら、「カプサイシン」を大量に投与すると、サブスタンスPが出過ぎて、枯渇するからです。すると、嚥下反射や咳反射がなくなる。それでサブスタンスPが嚥下や咳の反射に関係していると気づいたわけですね。

辛み成分(カプサイシン)の濃度と嚥下反射の反応時間の関係
出典:Ebihara T, Sekizawa K, Nakazawa H, Sasaki H. Capsaicin and swallowing reflex. Lancet.1993.Feb13;341(8842):432.

誤嚥の兆候のある65歳以上の読者31人に、今回紹介した予防法を1週間試してもらいました。

誤嚥の兆候のある65歳以上の読者31人に、今回紹介した予防法を1週間試してもらいました。

※上記の自己診断で、5つ以上該当した方にお願いしました。「少し悪化した」「すごく悪化」した読者はゼロでした。

感想
●トウガラシを摂り始めて2、3日で、むせることが少なくなりました。辛い物は好きだけど、食べると発汗がひどいので敬遠していたのですが、「ああ、やっぱり辛い物は美味しい」と実感しました。(65歳・男性)
●のどのつかえが少なくなった感じがします。それよりも食後の体の温まりが嬉しいです。(77歳・女性)
●飲み込む力が強くなったのか、辛い物を摂り始めて一度もむせることはありませんでした。トウガラシや黒コショウを1日に3回摂ると胸焼けするので、1日に2回としました。これなら胃も大丈夫かと。(86歳・女性)

東北大学名誉教授の佐々木先生

ほぼ私の予想通りの結果ですね。飲み込む力が改善したと回答した方が半数以上いらっしゃったのも、まさに辛い物がサブスタンスPの分泌を促進した結果だと思います。サブスタンスPには血管拡張作用もあり体も温まるので、発汗作用や新陳代謝が良くなるという副次的な効果も期待できます。 胃の具合を考えて辛い物を摂る量を減らした方がいましたが、合理的な判断だと思います。辛い物の摂り方としては、無理をせず、長続きするようにしたほうがいいですね。

お年寄りも、少し刺激があったほうが体が目を覚ます。

──カプサイシンといえば、トウガラシなどに含まれる辛み成分ですね。

 はい、サブスタンスPの分泌を増やす物質をいろいろ探したんですけど、カプサイシンが一番でした。それがわかったのが、20年ぐらい前のことでした。

 他にもいろいろ調べましたが、黒コショウやミント(メンソール)も、サブスタンスPの分泌を促すことがわかりました。匂いの刺激によるようです。同じ辛味を感じるものでも、なぜかワサビやカラシはダメでしたね。

──実際に、トウガラシや黒コショウで患者さんの嚥下反射や咳反射を改善することはできたのでしょうか。

 はい、それも患者さんに協力してもらって臨床試験を行ないました。上の表は、「ランセット」という世界的な医学専門誌に載った私たちの臨床研究の結果です。平均76歳の患者さん20人にカプサイシンを投与して、嚥下反射を測定しました。この通り、投与するカプサイシン濃度が高くなるほど、嚥下反射が起こる時間が著明に短くなっていることがわかります。

 ただ、肺炎を起こすような衰弱した患者さんにカプサイシンや黒コショウを投与しても、効果はありません。私たちも、カプサイシンのトローチや黒コショウの張り薬をつくって患者さんに試してみましたが、むせてしまったり、かえって具合が悪くなったりして、効果がなかったんです。

 ですから、肺炎を起こすほどの状態になる前に、元気なうちから日頃の心がけとして、トウガラシや黒コショウを使うといいでしょう。量は、1回の食事ごとにひと振りぐらいでかまいません。かけ過ぎると不愉快になりますからね。料理がおいしいと感じる程度にしてください。

──高齢になると、どうしても辛い物は避けがちになりますよね。

 そうなんです。年を取ると「辛い物はダメ」「しょっぱい物もダメ」と、刺激のない食べ物を好む傾向があります。ですが、辛い物を食べて、血圧が上がるくらいのほうが、元気が出ていいと思いますよ。

 刺激といえば、pH(酸、中性、アルカリ)や温度もありますね。酸っぱい物を食べたり飲んだりすると、サブスタンスPが上がります。ですから、酢を使った料理なんかはおすすめです。また、熱い物や冷たい物もいいですよ。

 お年寄りには、熱い物は可哀想なんじゃないかって冷ますでしょ。冷たい物もお腹に障るんじゃないかって。でも、むしろ少し刺激があったほうがいいんです。そうすると、「ハッと」体が目を覚まして、体が動くようになるのかもしれませんね。

──他にも「口腔ケア」や「のどの体操」「発声トレーニング」など、誤嚥を防ぐとされるケアがいろいろあります。

 口腔ケアはいいですよ。私たちも歯科医の先生方と共同で、介護を受けている多くの患者さんを対象に全国調査を行ないましたが、口腔ケアで肺炎予防ができることを確認しました。

 口腔ケアを受けると口の中の細菌が減るだけでなく、歯ぐきが刺激されて、サブスタンスPが放出されるんです。それで嚥下反射が改善して、誤嚥を起こしにくくなるんですね。ですので、食後に歯をしっかり磨き、意識して歯ぐきを刺激することも、誤嚥予防には大切だと思います。

 ただ、のどを動かす体操や発声トレーニングには、誤嚥を防げるという医学的なエビデンス(科学的証拠)はないと思います。やらないよりは、やったほうがいいとは思いますが、いったん衰えた嚥下能力を回復させるのは難しいでしょう。

 肺炎を予防したいなら、日頃から運動をして、ADL(日常生活動作)が落ちないよう心がけることが大切です。運動が健康維持や病気予防に効果的なことを示すエビデンスはたくさんありますから。運動で誤嚥を予防できるという明確なエビデンスはないですが、体力をつければ肺炎も予防できるはずです。

 介護もそうですが、お年寄りは大切にされ過ぎると、かえって体を動かさなくなって、早く衰えてしまうんです。むしろ人間は、年を取るほど刺激が必要なのではないでしょうか。

取材・文/鳥集徹

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