珍コレ名鑑

コレクション5 駄菓子屋ゲーム 岸 昭仁さん

駄菓子屋ゲーム 岸 昭仁さん(49歳・東京都)120台 40代、50代には懐かしい駄菓子屋ゲーム。必死に10円玉の行方を追った日々を思い出す。

「10円玉をレバーで弾いて、東京から博多を目指す『新幹線ゲーム』は、1976年に作られたもの。約1万台が生産されました。70年代後半にはこうした1回10円で遊べるゲームが、駄菓子屋さんにたくさんあったんです。

 ところが78年になるとインベーダーゲームが登場し、少しずつ店頭から消えていきました。私が小学5年生のとき、雨ざらしのまま放置されていた『FOOTBALL』というゲーム機を、お店の人に交渉して譲ってもらったのがコレクションの始まりです」

 岸さんは中学生になってからも収集を続け、5、6台のゲーム機を家の押し入れに並べて遊んでいたそうです。しかし成長するにつれ徐々にゲーム機のことは忘れ、ソフトウェアのエンジニアとして働き始めていました。

「15年ほど前、街中からすっかり駄菓子屋さんが消えていることに気が付きました。あのゲーム機たちはどうなっているんだろう。集めるなら今しかないと思い、再び収集をはじめました。古そうな商店街、ゲームセンターやボウリング場などを自転車で〝ローラー作戦〟と称して探し回りました」

駄菓子屋ゲームの代表作ともいえる「新幹線ゲーム」。10円玉を落とさないよう、レバーの強さを調整して弾く(左)。岸さんが最初に手にいれた「FOOTBALL」(右)。
駄菓子屋ゲームの代表作ともいえる「新幹線ゲーム」。10円玉を落とさないよう、レバーの強さを調整して弾く(左)。岸さんが最初に手にいれた「FOOTBALL」(右)。

 使用されなくなってから20~30年経った古いゲームで動かないものもありましたが、そこはエンジニアの岸さん、修理はお手のものでした。駄菓子屋ゲームを集めたお店のアイデアが、05年に「空き店舗活用コンテスト」で大賞に選ばれ、08年には会社を辞めて独立を決意。板橋区内に「駄菓子屋ゲーム博物館」を開業します。

「修理したゲーム機57台を並べていつでも遊ぶことができます。昔を懐かしむ中高年や親子連れ、カップル、地元の子どもたちも遊びに来てくれます」

 店舗営業のほかに、映画やテレビ撮影、イベントに貸し出しもしています。

「倉庫にあるゲーム機を合わせると120台くらい。将来、文化財となったとき現物がないと困るはず。そんな使命感で収集と営業を続けています」

手動でレバーを回すと10円玉が出てくる両替機。
手動でレバーを回すと10円玉が出てくる両替機。
駄菓子屋ゲーム博物館 館内
駄菓子屋ゲーム博物館 外観

  • コレクション1 食品サンプル 小幡晃子さん(52歳・千葉県)
  • コレクション2 ペットボトルキャップ 稲熊顕治さん(62歳・愛知県)
  • コレクション3 駅弁掛け紙 上杉剛嗣さん(57歳・静岡県)
  • コレクション4 銅像(偉人顕彰像)写真 遠藤寛之さん(43歳・東京都)
  • コレクション5 駄菓子屋ゲーム 岸 昭仁さん(49歳・東京都)

facebook

twitter

LINEで送る