舞台裏座談会

卓球の巻 卓球のサーブは、「テーブルマジック」とも言われている!?

卓球の巻 卓球のサーブは、「テーブルマジック」とも言われている!?

ロンドン、リオと続いたオリンピックでのメダル獲得以降、がぜん注目を集める卓球。
福原愛選手をはじめとした女子だけでなく、水谷隼選手、そして14歳で日本王者となった張本智和選手など、注目の選手も目白押しです。
シニア世代の健康寿命を延ばす力もあると言われるこのスポーツについて、愛情あふれるお三方に熱く語っていただきました。

イラスト*しりあがり寿

神林(以下、司会) 私の母は70代ですが、友達と卓球サークルを作って活動しているんです。地元の体育館は、愛好者のシニア層で取り合いの状態だとか。

福澤 日本の卓球人口はおよそ33万人と言われています。ただし、これは日本卓球協会に登録している数なので、趣味や仲間内で楽しんでいる愛好者を含めると、300万人くらいはいるでしょうね。

司会 卓球はとても身近な存在ですが、一方で玄人向けというか、どこかマニアックなスポーツという印象もあります。まずはみなさんと卓球との出合いからお聞きできますか。

平野 私は5歳のときに卓球を始めました。両親が趣味でやっていて、母親が教えてもらっていた先生から誘っていただき、地元・栃木県鹿沼市の華卓会というクラブに入りました。当時は水泳もやっていたのですが、うちは共働きで両方の送り迎えは無理と言われ、卓球を選ぶ形になりました。

司会 オリンピック選手ともなると、子どもの頃からエリート教育を受けていたんでしょうね。

平野 いやいや、私は本当に普通で。例えば(福原)愛ちゃんや(石川)佳純、平野美宇ちゃんや伊藤美誠ちゃんなどは、親が卓球の選手で、物心ついたときからラケットを握っていたり、自宅に卓球台があったり、それこそ英才教育という感じです。でも私の場合、町のクラブでただ楽しいから卓球を続けていたというだけで。

伊藤 平野さんは〝卓球の鬼〟とも呼ばれていて、尋常じゃない練習量でメダリストまで上りりつめた努力の天才なんですよ。

平野 オリンピックを目指したのは高校を卒業して実業団に入ってから。そこからは鬼のように練習をしました。深夜1時にサーブ練習を始めた私を見た中国人選手が、「彼女は大丈夫か?」と心配してました(笑)。オンとオフがうまく切り替えできなくて、2016年に現役を引退してからは、「表情まで変わったね」と会う人会う人に言われています。

司会 確かに今日お会いして、現役時代とあまりに印象が違うので驚きました(笑)。「ジャストミート!」でおなじみの福澤さんが卓球愛好者だったことも意外です。

福澤 選手としては中高生のときに部活で頑張っていた程度で、日本テレビに入社してからは仕事の忙しさもあってラケットを握らない時期が長らく続きました。40代でフリーになり、何か運動したいなと思っていたところ、たまたま事務所の近所に卓球バーができまして。そこで久しぶりに卓球をやってみたら、店長さんから「なかなか筋がいい」と褒めていただき、そのまま一緒にチームを作って活動を始めることになったんです。

司会 福澤さんは、世界的卓球メーカー「バタフライ」(東京都杉並区)の契約選手でもある。

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左)福澤 朗さん 中)平野早矢香さん 右)伊藤条太さん

左)福澤 朗さん
ふくざわ・あきら
1963年、東京都生まれ。早稲田大学卒業、日本テレビにアナウンサーとして入社。2005年からフリー。卓球同好会「純福会」を率いるなど、芸能界屈指の卓球愛好者。「世界卓球」(テレビ東京)のキャスターも務める。

中)平野早矢香さん
ひらの・さやか
1985年、栃木県生まれ。仙台育英学園高校卒業。全日本選手権で5度の優勝を飾り、2012年にはロンドン五輪で女子団体銀メダル。16年に現役を引退。現在はミキハウススポーツクラブアドバイザーやコメンテーターとして活躍する。著書に『卓球の鬼と呼ばれて。』(卓球王国)。

右)伊藤条太さん
いとう・じょうた
1964年、岩手県生まれ。電機メーカーに就職後、卓球本収集がきっかけで、雑誌『卓球王国』で2004年からコラムを執筆。インターネットでも卓球情報を発信する。著書に『ようこそ卓球地獄へ』『卓球天国の扉』(ともに卓球王国)など。

司会:かんばやし・ひろえ
1966年、群馬県生まれ。雑誌『噂の真相』の編集者として数々のスクープを手がけ、同誌休刊後はフリーライターとして活躍。

戦後の日本卓球界の動き

1949年
日本卓球協会が国際卓球連盟に再加盟
スポーツ競技団体の中で、最も早く国際復帰を果たした。
1952年
インドで開催された世界選手権に参加
用具の技術革新もあり、7種目中4種目で日本人が優勝。54年から男子団体5連覇を果たすなど“日本の時代”が続いた。
1977年
実業団による日本卓球リーグが始まる
1988年
ソウル五輪で卓球が正式種目に
1994年
福原愛が全日本卓球選手権・バンビの部で優勝
小学2年生以下が対象のカテゴリーに出場し、5歳10ヵ月という史上最年少で優勝。“愛ちゃんブーム”が起こる。
2008年
北京五輪から男女で団体戦が始まる
平野早矢香・福原愛・福岡春菜が女子団体で4位に。
2012年
ロンドン五輪で女子団体が銀メダル
福原愛・石川佳純・平野早矢香が日本卓球史上初めてのメダルを獲得。
2016年
リオ五輪で水谷隼が銅メダル
水谷隼は、個人では男女通じて初のメダル。男子団体(水谷隼・丹羽孝希・吉村真晴)は銀メダルを、女子団体(石川佳純・福原愛・伊藤美誠)は銅メダルをそれぞれ獲得した。
2018年
全日本卓球選手権で張本智和が優勝
決勝で水谷隼を破る。14歳での全日本優勝は、日本卓球史上最年少の記録。

日本初のプロリーグ「Tリーグ」が10月に開幕予定

福澤 いえいえ、選手ではなく〝契約人物〟ですね。名だたる選手たちは、プロフィールの「主な戦績」欄に世界選手権代表や全日本選手権優勝とありますが、僕の場合は「日本テレビ・真相報道バンキシャ!」「テレビ東京・開運! なんでも鑑定団」ですから(笑)。それは、「主な担当番組」だろ! とよく突っ込まれています。

平野 ちゃんと大会に出ている福澤さんの写真が入っていて、カッコよかったですよ(笑)。

司会 伊藤さんは、大手電機メーカーに勤務しながら「卓球コラムニスト」としても活躍されています。

伊藤 実は、28年間勤めた会社を今年退社しまして、今は専業になりました。卓球との出合いは小学校高学年で、地元の公民館に大工だった私のひい爺さんが作った卓球台があって、そこで友だちとよく遊んでいました。私はそれほど運動が得意ではなく、サッカーも野球もバスケも大体クラスで真ん中くらいでしたが、卓球だけはなぜか上手にできたんです。それがうれしくて、中学に入って迷わず卓球部に入りました。

司会 高校時代は県大会でベスト8まで進まれたとか。

伊藤 ただ、選手としてはそこがピークで、私の卓球人生は徐々に横道へ逸れていきました。卓球を題材にしたマンガを描いたり、図工の時間に卓球選手の木彫りのレリーフを作ったり。しまいには「卓球本収集の道で1番になろう」と思い立ち、明治時代に出版された卓球本など、古本をひたすら集めまくる方向へ突っ走っていきました。これまで日本で発売された卓球本はすべて持っていると思います。

福澤 明治時代と言えば、イギリスから卓球が日本に初めて伝わってきた頃ですよね?

伊藤 はい。もっとも古い本は明治35年に出版されたもので、この年がまさに日本の〝卓球元年〟。国内のスポーツ用品メーカーの草分け的存在である「美満津商店」が出した本で、卓球台や用具一式を初めて売り出したときに、ルール解説のために作ったハンドブックです。

卓球王国・中国の生みの親は、実は日本です。

司会 卓球は、長らく地味でマイナーな競技と思われていました。伊藤さんの著書によると、80年代前半にタレントのタモリさんが〝根暗のスポーツ〟とネタにしたエピソードが紹介されていました。

伊藤 昔は全日本選手権の結果すらニュースで取り上げてもらえませんでした。暗黒時代を知る者としては、現在の卓球ブームは信じられない状況ですね。

福澤 僕はこれはブームではなく、「高値で定着した」と考えたいんです。近年の卓球界を振り返ってみると、まずは福原愛選手が注目を集め、「愛ちゃんみたいになりたい」と石川選手などが出てきた。卓球というより「女子卓球」が注目されていた時代がまずありました。それが最近では水谷隼選手を筆頭に男子が力をつけ、オリンピックや世界卓球でメダルを獲るようになってきた。そこでスピードや迫力といった卓球の本質的なおもしろさがテレビを通じて伝わり、人気が定着した。

平野 愛ちゃんの存在は選手から見ても特別なものがありました。私が全日本選手権で何度優勝しても、「福原愛は準々決勝で敗退。優勝は平野」と名前が一瞬出るくらい。テレビでも背中しか映らないので、顔も覚えてもらえませんでした。でも、彼女が世間や卓球界の期待を一身に背負ってくれていたおかげで、私は自分自身のことに集中できたと感じています。

司会 平野さんが福原選手、石川選手と一緒にロンドン五輪で銀メダルを獲得したことが、今につながる卓球人気の大きなキッカケになっていますね。

平野 確かに世間からの注目度が変わった実感があります。卓球の団体戦が五輪の正式種目になったのは2008年の北京大会からで、このときは私も出場して4位でした。北京とロンドンの反響を比べると、やはりメダルの意味は大きかったですね。そこから強化費も大幅にアップしました。

伊藤 愛ちゃんの成功を見て、子どもに卓球の英才教育をする親が増えたことも大きいと思います。今、日本代表になっている高校生たちは、愛ちゃんが初めて世界選手権に出たときに2〜4歳くらいで、ちょうどその頃から卓球を始めています。強い選手が出て人気が上がり、下の世代からさらに強い選手が出てくる好循環になっています。

司会 絶対王者の中国にも追いつけますかね。

伊藤 実は、卓球王国・中国の生みの親は日本なんですよ。1950年代に日本が世界制覇したのを見て、「日本人ができることなら……」と、中国は卓球を国技に定めて強化し始めたんです。

平野 私も試合や合宿で何度も中国に行きましたが、選手層は厚いし競争も激しい、そして指導者のレベルもすごかった。私が教わったコーチは卓球指導の国家資格を取得するために、トレーニング法に加え、栄養学や心理学も勉強していました。大きな大会が終わると、監督やコーチが集まって3日間も振り返りのミーティングをするなど、意識の高さにも驚きました。

ボールの回転数はヘリコプターのプロペラより多い。

司会 素朴な疑問なのですが、卓球に必要な能力ってどんなものがあるのでしょう?

福澤 卓球は台を挟んで2.7メートルという至近距離で、速いときで時速120キロを超えるボールを打ち合う競技です。ほとんど条件反射で考える暇がありません。だから、身体に動きが染み込んでいないと難しいですよね。逆転満塁ホームランのない世界ですから、とにかくコツコツ反復練習を繰り返せることがもっとも大切な能力かもしれません。

伊藤 卓球でとりわけ難しいのが「ボールの回転」なんです。縦、横、斜め、あらゆる角度に回転がかけられるんですが、ボールに模様がないので目で見ることができません。さらにボールとラケットの摩擦が大きくボールが軽いため、回転の影響をまともに受けるととんでもない方向へ飛んでいくことも。でも、その回転を言葉で伝えるのが本当に難しい。

福澤 それはテレビの卓球中継でも課題です。サービスで毎秒50~60回転、ドライブという強い前回転のかかったボールの場合、毎秒120回転くらい出ています。これは回転する駒やヘリコプターのプロペラよりも多い。スピード感あふれるラリーの中で、「今のは逆横回転」「次は逆横下回転」と、複雑な回転を言葉で伝えていくことはなかなかできません。本来ならスロー映像を使ってボールの回転やラケットの角度を解説すれば中継もわかりやすくなると思うのですが、それをやっているともう次のプレーが始まってしまう。

ラリー中は複雑な回転を全部伝えることができない…。福澤朗さん

平野 選手は経験をもとに条件反射でプレーしていますね。ラケットの角度や当たった瞬間の音、ボールの飛び方から瞬時に判断して、自分が出すラケットの角度を決めていく感じで。

伊藤 それをさせないために、足音をダンッと鳴らして打球音を消してたりもしている。

福澤 回転のだまし合いのスポーツですからね。トップ選手同士の試合でも、そんなに速くないサーブをレシーバーがあり得ない方向に返球ミスすることがあります。あれは、上回転に見えるスイングをしながら、実は激しく下回転をかけている。卓球のサーブは「手品」のようだということで、「テーブルマジック」とも言われているんです。

伊藤 初めて聞きました。

福澤 あっ、これは僕が広めているんです。まだ卓球業界にも浸透していませんか(笑)。

司会 卓球ってけっこう意地悪なスポーツなんですね。ということは、プレースタイルで性格がわかってしまうことも?

福澤 はい、如実に反映していますね。なので平野さんの場合だと、〝鬼〟ということになります。

平野 いや、私は怖い顔はしてましたけど、攻撃より守りのほうが得意だったんですよ。

伊藤 それでもキャリアの後半は、人が変わったように攻めてましたよね。最近の日本代表クラスの選手は、全員攻め型。カットマンと呼ばれる守備型の選手でも、以前に比べて攻めないと勝てなくなっています。

司会 若手の選手といえば、叫び声も話題です。

平野 張本選手の「チョレイ」はインパクトありました(笑)。

司会 あとは、福原愛選手の「サー」も。これはルール違反というものもあるのでしょうか。

平野 声を出すこと自体は問題ないですね。ただ、対戦相手に向けた威嚇行為となるとイエローカード(注意)が出ます。私もポイントを取ってガッツポーズをしたら、イエローカードをもらったことがありました。ただ、言い訳をさせてもらうと、相手選手のその奥にいた日本チームのベンチに向けたものだったのですが……。

相手選手の奥にいる日本チームに向けたのに…。平野早矢香さん

伊藤 平野さんはいつも相手に向けてると思ってた(笑)。

平野 違いますよ! でも、よく注意は受けましたね。若い対戦相手から「ガン飛ばし姉さん」と呼ばれていましたから。

司会 テレビで試合を見ていると、選手が卓球台を手で拭いているシーンがあるんですが、ホコリか何かが気になるんですか。

平野 それ、よく聞かれるんですが、私の場合は汗でラケットのグリップが滑るのを防ぐために、ネット近くの台でちょっと手を拭くことが多かったですね。

福澤 卓球の場合、遅延行為を防ぐために、タオルを手にできるのが両者の合計得点が6の倍数のときに限られています。でも最近は、台に触れるのがリズムをとるための決まった動作になっている選手もいますね。ネットの近くだと少し間を取ることもできますし、ボールが落ちることもないのでプレーへの影響もありません。

司会 あとは、セットをラブゲーム(11対0)で終わらせてはダメという決まりもあるとか。

伊藤 それは正式ルールではないんです。11対0では負けた方のメンツが立たないというので、中国選手が始めたと言われていますが、個人的には大反対。わざとミスをしてもらっても、まったくうれしくないですよね。

平野 実力では1ポイントも取れなかったということなので、逆に惨めに感じちゃうところは正直ありました。

福澤 基本的には国際大会でしか見られないシーンですね。

伊藤 でも今年の日本選手権であったんですよ。それに対して会場からは拍手も起こっていました。卓球ファンの間で、礼儀的な作法として定着してしまっているんです。

司会 卓球台の角にかするように当たって軌道が変わる「エッジボール」など、ラッキーな形で得点したとき、選手は相手に謝るしぐさをしていますね。

福澤 エッジボールもきっかけの1つになりますが、卓球には試合の流れが明らかに変わる瞬間があるんです。心理的な面が大きく影響するスポーツなので、ちょっとしたことで試合の流れがガラッと変わってしまう。

伊藤 特に決勝戦なんかでは、優勝を意識した途端、あり得ないミスが出てしまう。

平野 私も2009年の全日本選手権決勝の最終ゲームで、1対6の大ピンチからさらに不運なエッジボールが2本続いたんです。そのとき会場全体が「平野、頑張れ!」って私を応援する雰囲気に変わって、その直後から流れをつかんで大逆転勝利を収めることができたんです。

伊藤 平野さんは2014年の世界選手権団体準決勝の香港戦でも、絶体絶命の状況から大逆転をやってのけた。私も試合を見ながらインターネットにテキスト中継をするとき、平野さんなら劣勢でも何かしてくれるんじゃないかと期待していました。

司会 心理面でも強かったということですね。

平野 いやいや、むしろ私はメンタルが弱いので、いつも怖い顔をしてたというか。女の子らしく内股で歩くより強く見えると思って、あえてがに股で歩いたりしていました。その癖が抜けなくて、母には「ちょっと、足! もう引退したんだから」とよく注意されるんです(笑)。

回復が数値化できるのでリハビリにも最適。

司会 卓球はシニア層の健康寿命を延ばし、さらに認知症の予防にも効果があるという話も聞いたことがあります。

平野 ケガが少なく、足腰や心肺機能を高められますからね。動く範囲は他の競技に比べるとさほど広くないので、シニア層にとてもオススメです。

伊藤 そこで紹介したいのが、「ラージボール」です。普通のボール(直径4cm)よりも、サイズが1割大きいボール(直径4.4cm)で、初心者の方でもラリーが続いて楽しいんですよ。

平野 卓球は相手がいて成り立つ競技なので、自然とコミュニケーションが生まれるし、仲間もできやすいと思います。

福澤 脳血管障害で倒れ、身動きも取れなくなってしまった方から以前聞いた話ですが、リハビリで何をやっても長続きしない中、卓球をやってみたら、「今日は10回ラリーが続いた、明日は15回を目標にしよう」と自分の回復が数値化できた。それが生きる力を取り戻すキッカケになったとおっしゃっていて、卓球は始めるのが簡単だし、目標設定がしやすいスポーツなんだなって実感しました。

ラージボールを使えば初心者でもラリーが続きます。伊藤条太さん

平野 現役時代、割と年齢層が高めの方からファンレターをいただくことが多くて、ご病気で入院されていた70代の方から、「北京五輪であなたの試合を見て涙が出ました」という手紙をいただいたこともありましたね。

伊藤 やっぱり見るのも楽しいからね。国際大会のとき、よくチョコレートをくれるカメラマンさんいませんでした?

平野 イタリア人のおじさん。

伊藤 彼は正式なカメラマンなんだけど、アジア人の女子選手が大好きで、男子の試合は全然興味なさそうにしてる(笑)。

福澤 少し気持ちがわかるなぁ。僕は鉄道も好きなんですけど、鉄道オタクと卓球オタクってすごく似ているんです。鉄道の場合、例えば「乗り鉄」や「撮り鉄」のように好きなジャンルが細かく分かれていますよね。卓球にも「ラバー」や「ラケット」オタクに始まり、日本中のあらゆる卓球本を収集しちゃうオタクまでいたり。

伊藤 あ、私のことだ(笑)。

福澤 そうした偏愛という意味では根本的に同じような性質なのかなと思いますね。

平野 じゃあ、卓球ファンを増やすには、鉄道オタクの方に声をかけるのが効果的?

福澤 絶対ハマると思うな。

司会 卓球って、ウェアも少し個性的ですよね。

伊藤 卓球メーカーの方に聞いた話ですが、シンプルでセンスのいいウェアより、派手なデザインのほうが売れるみたいなんですよ。中学生と女性シニア層が主な購買層だからではないかと言っていました。

福澤 確かに、男性はラケットやラバーにお金をかける人が多いですが、女性は新しいウェアを着たがりますね。そんな中、僕は普段着としてもバタフライの服を愛用していますけれど。

司会 さすが、契約人物(笑)。
では最後に、今年秋には、日本初の卓球プロリーグ「Tリーグ」が開幕します。以前テレビ番組で、水谷選手が年収1億円であることを明かしていましたが、今後はどんどん稼げる選手が出てきそうですか。

平野 水谷選手はスポンサー収入がすごいんでしょうね。私は選手時代、会社員としてお給料をもらいながらプレーしていましたが、賞金を合わせてもそんな額には到底届かなかった。1億円プレーヤーはまだごく一部ですね。

福澤 Tリーグの松下浩二専務理事は「選手時代はもちろん、引退後も卓球で飯を食える環境を作りたい」と語っていました。Tリーグだけで豊かな暮しができるかと言うとまだまだ難しいかもしれませんが、できれば子どもたちに夢を与えるべく、日本代表になったらみんな億単位で稼げる時代が早く来てほしいですね。

イラスト*しりあがり寿

構成・清田隆之、写真・細谷忠彦

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