舞台裏座談会

ひとり出版社の巻 会社じゃなく個人でも、出版社ってつくれるんです。

ひとり出版社の巻 会社じゃなく個人でも、出版社ってつくれるんです。

1996年をピークに売上げが減少し20年以上続いている“出版不況”のなか、たった1人で出版社を立ち上げる人たちがいます。
本の企画から編集、宣伝、書店への配本までさまざまな仕事を1人でこなすのは想像するだけでも大変です。
現在、日本に100社ほどあると言われている「ひとり出版社」の実情を伺いました。

イラスト*しりあがり寿

左から:STAND! BOOKS 森山裕之さん 小さい書房 安永則子さん タバブックス 宮川真紀さん 恵光(えこう)社 伊達淳さん

写真 左から:

STAND! BOOKS 森山裕之さん
1974年、長野県生まれ。獨協大学外国語学部英語学科卒業。印刷会社や出版社勤務などを経て、2016年「STAND! BOOKS」を設立。
【主な出版物】『酒場っ子』(パリッコ 著)、『青春狂走曲』(サニーデイ・サービス/北沢夏音 著)、『百年後』(前野健太 著)

小さい書房 安永則子さん
1971年、長崎県生まれ。東京外国語大学卒業後、TBSテレビ入社。主に報道記者として活躍する。同社退社後、2013年に「小さい書房」を設立。
【主な出版物】『空をつくる』(村尾亘 作・絵)、『トンダばあさん』(北村裕花 作・絵)

タバブックス 宮川真紀さん
1962年、東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。パルコ(PARCO出版)にて雑誌、書籍の編集者として活躍。2012年に「タバブックス」を設立。
【主な出版物】『女と仕事』(仕事文脈編集部 編)、『かなわない』(植本一子 著)

恵光(えこう)社 伊達淳さん
1971年、和歌山県生まれ。関西学院大学卒業。保険会社に4年間勤務した後、東京外国語大学に編入。2003年に翻訳家としてデビュー。2010年、「恵光社」を設立。
【主な出版物】『チズラーズ』『グラニー』(共にブレンダン・オキャロル 著、伊達淳 訳)

司会:かんばやし・ひろえ
1966年、群馬県生まれ。雑誌『噂の真相』の編集者として数々のスクープを手がけ、同誌休刊後はフリーライターとして活躍。

神林(以下、司会) ここ数年、出版業界では「ひとり出版社」の存在が注目されています。でも読者の中には、「出版社って1人でできるの?」と思われる方も多いかもしれません。

安永 私もかつてはそう思っていました(笑)。

司会 そんな安永さんが、どうやって出版社を立ち上げるにいたったんでしょうか。

安永 17年間TBSに勤めていて、主に報道記者をしていました。睡眠が3〜4時間という日もありましたが、趣味も休日も要らない仕事人間で、定年まで働くことを疑っていなかった。ところが34歳で子どもを授かり、出産前のような夜遅くまでの取材や編集作業はしづらくなりました。好きな仕事をしつつ子どもと晩ご飯を食べたいと望むようになり、どうすれば叶えられるのかしばらく悩んでいました。

司会 テレビの世界にいた安永さんが、なぜ出版のお仕事に?

安永 自分が悩んでいるときって、小さなことが光って見えることがありますよね。たまたまネットで見かけた「ひとり出版社が増えている」という記事が、当時の私には光り輝いて見えたんです(笑)。ちょうど大手出版社と組んで番組の書籍化などを担当する部署にいて、編集者さんの仕事を近くで見ることができました。出版社=大きな会社というイメージがあったんですが、それが1人でできることに驚いて、仕事と育児を納得できる形で両立するにはこれしかないと、最後は直感でした。

宮川 出版社って製造業と同じ、要するに本を作って書店に卸すメーカーですから。そこは大きな出版社もひとり出版社も実は変わらないんですよね。

司会 宮川さんは、ずっと出版の世界でご活躍されている。

宮川 パルコ出版で15年ほど雑誌や書籍の編集に関わり、42歳で早期退職優遇制度を利用してフリーランスの編集者になりました。私が独立した2000年代の後半は徐々に出版業界が斜陽になっていった頃で、本の企画も通りづらくなっていた。

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出版社をめぐる現状は…

 経済産業省「平成27年特定サービス産業実態調査」よると、日本には3370社の出版社があります。従業者規模別で見ると、「従業者4人以下」が1496社あり、ひとり出版社はその中の約100社と言われています。
出版社が刊行した本のほとんどは、「取次」と呼ばれる流通会社を経由して全国の書店へ届きます。本は書店に「委託」する形で販売されており、3ヵ月以内であれば売れなかった本を出版社に返品することができるのです。
現在、新刊本の刊行は年間およそ8万点。毎日200点以上が出版されています。出版科学研究所の調査では、書籍と雑誌を合わせた紙の出版物の推定販売額は約1兆3700億円(2017年)。ピークだった1996年の約52%まで市場規模が縮小しています。

司会 フリー編集者は企画が通らないと厳しい。著者と印税を分けるので実入りも少ないし。

宮川 それに加えて出版社の意向も入ってくるので、必ずしも望む形で本作りができるわけではありません。タバブックス立ち上げのきっかけになったのは、「布ナプキン」をテーマにした本でした。
当初は丁寧な暮らしを送りたい人に向けた実直な内容を目指していたのが、健康ブームに乗せたい出版社から「付録をつけましょう」と提案され、方向性が変わってしまった。私としては不本意だったし、著者の方にも負担をかけたのに本は売れず、わずか1年足らずで絶版になってしまいました。悔いが残り、もう一度いい形で出版したいと思ったときに、ならばいっそ自分で出版社を作って出そうと考えたのが始まりでした。

森山 僕の場合は最初に印刷会社で営業を5年間やって、その後フリーライターを経て太田出版に入りました。そこで雑誌の編集長などを務め、飛鳥新社を経て吉本興業の出版部門に移りました。吉本興業は大きな組織なので、徐々に会議や管理など出版以外の仕事が大半を占めるようになったんです。当時はちょうど40歳を過ぎた頃で、自分は残りの人生であと何冊本を作れるんだろう。自分の力をすべて注いで作れる本が年間5冊とすると、60歳までにあと100冊しか作れない。そう考えたら、自分の判断と責任でやりたいと思いました。

司会 伊達さんの恵光社は、島根県が拠点のひとり出版社です。

伊達 松江からやってまいりました。僕は元々フリーの翻訳家で、小説やノンフィクションを訳していました。大好きな仕事だし、ずっと続けていきたいと思っているんですが、本作りという観点から見ると、翻訳を仕上げ、編集者さんに渡し、何度か確認のやり取りをしたら仕事が終わってしまう。本に対して翻訳家ができることってあまりないんです。よく行く本屋さんでポップ広告を作って置いてもらうか、あとは「みんな読んでください」と祈るくらい(笑)。

司会 著者とはまた違った立場ですものね、確かに歯がゆい。

伊達 原作を選ぶところから始まり、翻訳、出版、営業、宣伝と、もっと本に関わりたかったんです。でも、外国の本を出版する場合は翻訳権を取得しなければならず、そのためには法人格が必要でした。僕はひとり出版社をやりたいと考えていたわけではないのですが、自分のやりたい形で翻訳をするために行き着いたのが今の形でした。

発行部数も大手出版社と変わりません。

司会 ところで、出版社って簡単にできちゃうものなんですか。

宮川 本を出すこと自体はわりと簡単で、国際的に本を管理する「ISBNコード」と書店に流通させるための「書籍JANコード(裏表紙にあるバーコード)」を取得するだけです。どちらも日本図書コード管理センターに申請すれば取得でき、費用も5〜6万円程度です。

安永 個人でも取得できるんですよ。みなさんは法人化されていますが、私は個人事業主のままやっていますから。

森山 それなりに手間がかかるのは「出版取次」に口座を開設するところですね。出版社が作った本の大半は、取次という流通業者を通じて書店に届けられます。出版社と書店をつなぐ問屋のようなイメージです。ここに口座を開設し、自社の書籍や雑誌を扱ってもらえなければ、それぞれの書店と直接取引するしかない。そのためには営業にマンパワーが必要になります。

司会 売れ行きが見込める出版社じゃないと取引できない?

森山 そういうわけではありませんが、特に大手取次の場合、向こう3年の出版計画と資金計画を始め、提出する書類もたくさんあります。審査もあるので口座を開設するまで半年くらい時間がかかりました。大手取次も今は、小さな出版社にも門戸を開く取り組みをしています。
うちのような出版社でも、取次で扱ってもらえれば、大手出版社から出る本と同じように全国の書店に届けることができます。著者はどの出版社からでも本を出せます。自分で出版社を始めるにあたって、編集能力はさておき、1冊にかける手間と情熱はどこにも劣らないつもりだったし、流通についても大手と同じ環境を作っておきたいと思いました。

安永 著者にお支払いする印税(原稿料)も同じですね。本の定価の10%が相場ですが、それも大手と変わりません。小さい上に安いとなったらなかなか書きたいと思ってもらえません。私は小さい出版社だからこそ、その一線はきちんと守りたいと思いました。

ネットの記事が光り輝いて見えました。安永則子さん

宮川 今は大手でも印税が10%を切るところもあるようですしね。最近は発行部数もそんなに変わらない。うちでも大手でも書いている著者の初版部数が同じくらいということもありました。

司会 ベストセラー作家でもなければ、今は大手でも初版2000〜6000部くらいが多いようですからね。

伊達 海外の著作権を取得するにはお金も必要ですが、日本での販路を持ってないと契約できないとエージェントに言われ、いろいろ教わりながら何とか取次との契約までこぎつけました。営業に行った書店で「そんなことも知らないんですか!」と驚かれたことも多かったです。

森山 始めてからわかることがたくさんありますよね。

伊達 僕を見かねていろいろな方が手助けをしてくださいました。ある書店員さんからは、「自分が助けてあげないとダメだと思った」と言われました。

介護と子育てで、ここ数年は本を出せませんでした。

司会 1人であることの強みというのはあるのでしょうか。

宮川 メリットは、なんと言ってもスピード感。1人なので会議がありません(笑)。気になる人を見つけたら、すぐに声をかけられます。出版社時代は、著者の既刊成績の資料を作って会議を通す必要がありましたが、今は実行に移すのが素早い。

司会 タバブックスと言えば、写真家・植本一子さんのエッセイ集『かなわない』がヒットしました。

宮川 植本さんは、同名の冊子を自費出版で出していたんです。それを下北沢の書店で見かけ、パラパラと立ち読みしていたら文章が素晴らしくて止まらなくなってしまい、すぐに連絡しました。まずは私の会社で発行している雑誌で何か書いていただけませんかとお声がけをしつつ、「もし『かなわない』の書籍化の話がなければうちからどうですか」と打診しました。

1人なので会議がありません。宮川真紀さん

森山 初めから1冊書き下ろしを頼むのはハードルが高い。雑誌があると、連載をお願いすることもできるし、それをきっかけに著者に会いに行けますよね。

宮川 雑誌『仕事文脈』は年2回の発行ですが、執筆してくれた中で気になる人を打ち上げに誘い、次号の編集を手伝ってもらったりしています。

司会 小さい書房は「大人向けの絵本」が特徴的ですが、これにはどんなこだわりが?

安永 名刺の裏に「ひとりで読んでも こどもと読んでも」というコピーを入れているんですが、大人向けというより老若男女、誰でも読める「絵のある本」を作っていきたいという思いがあります。子どもが小さい頃、読み聞かせのためにたまたま手に取った『おおきな木』(シェル・シルヴァスタイン 作)という絵本に心を打たれた経験が原点にあって、絵本は絵と言葉で成立するメディアですが、感覚的には私がずっと関わってきたテレビに近いなと感じています。
うちで一番増刷している『二番目の悪者』(林木林 作/庄野ナホコ 絵)は、事件や問題が起きたとき、「ただ傍観して何も行動を起こさない人々に罪はないのか?」がテーマになっています。ハッピーエンドで終わるものでもないし、どう受け止められるか心配もありましたが、結果的には学校の授業や社員教育に使ってくださったり、劇にしてくれる方がいたりと予期せぬ広がりがあってすごくうれしかった。

伊達 自分で出版した本で読者の方が楽しんでくれるのが一番うれしいですよね。恵光社では僕が翻訳した『チズラーズ』『グラニー』(共にブレンダン・オキャロル 著)の2冊を出していますが、これはアイルランドを舞台にした家族小説です。実は、僕が翻訳家としてデビューしたのが、同じブレンダン・オキャロルの『マミー』(白水社)なんですが、これが3部作だったことに後から気づきました。
残念ながら1冊目がヒットせず、白水社さんから「続編を出すのは厳しい」と言われました。他の出版社に持ち込むのも失礼と思い、1作目を読んでくれた人のためにも僕自身の手で完結まで出そうという経緯だったんです。ただ、2作目と3作目を出版した2011年以降、義理の両親の介護と子育てが重なって、1冊も本を出せていません。

司会 スタンド・ブックスは政治学者の中島岳志さんからミュージシャン・前野健太さんまで、著者のジャンルの幅が広い。

森山 よく言えば「ひとり総合出版社」ですが、特にコンセプトがあるわけではなく、要は僕が惚れこんだ著者の本を出しているだけですね。でも、営業を手伝ってくれている人には、ジャンルがバラバラだから書店の担当さんが本ごとに違って大変だと言われています。

会社員時代より収入が下がるのは、当たり前です。

司会 経済的な点はいかがでしょう。出版は昔から薄利多売と言われますし、1人となると何かと自己負担も多いのでは?

森山 本って、部数にもよりますけど1冊作るのに大体200万円かかるんです。印刷代、著者への印税、紙代やデザイン代、その他諸々含めて。それで本の売り上げのうち、著者10%、出版社60%、取次10%、書店20%というのが大まかな取り分になります。

宮川 例えば初版で2000部刷るとしたら、だいたい800部ぐらい売れれば赤字にならないかなというイメージですね。

司会 800部売れるだろうというのは何で判断するんですか。

宮川 データなども見ますが、基本的には〝読み〟ですね。

安永 何冊かやっていると、この本ならこのくらいかなというのがわかるようにはなってきます。ただ、大手と比べると宣伝力ではゾウとアリみたいな世界なので、背伸びをしたってしょうがない。うちの場合は原画展をやったりインターネットで地道に宣伝したり、お金をかけずにできることを丁寧にやっていきたいと考えています。

森山 困るのは入金のタイミング。基本的に本を作って取次に納品しても、精算して売上げが入金されるのは半年以上先になるんです。その前に印刷所への支払いなどを済ませるので、最初は出ていくばかり。特に僕は会社を立ち上げてから1年間は足固めの作業が多く、1冊も本を出せなかったので大変でした。

売上げの入金は半年以上先なんです。森山裕之さん

司会 となると、それなりに資本金がないと厳しいですね。

安永 私は約600万円を自己資金で用意しました。法人ではないので自分の給料は計上していませんが、家計とは分けて、借金はしないと決めていました。本当に最初はどんどん減る一方だし、出した本が売れるとは限りません。時々ひとり出版社を始めたいという方から相談を受けますが、そこで歯を食いしばれるだけの資金がないと厳しいと伝えるようにしています。

森山 600万円でも3冊分ですからね。僕も600万円の資本金と、自治体の起業支援制度を使って同額の600万円を借りて、1200万円の資金でスタートしました。幸い、今のところ借入金には手をつけず少しずつ返済しています。今後、資金的に苦しい時期も出てくると思うので、いざというときにお金を借りられるよう、公共料金の引き落とし口座を地元の信用金庫に移し替えました(笑)。

宮川 出ていくお金といえば、在庫も資産とみなされるので、税金がかかってしまうんですよね。倉庫代もバカにならないし。

伊達 僕も以前は兵庫県の芦屋にいて、取次さんの倉庫とは別に自分で倉庫を借りて在庫を保管していました。松江に越してからは、介護していた義理の母が踊りの師匠をしていまして、かつて教室として使っていた広い部屋を倉庫にさせてもらっています。1冊でも多くの人に本を届け、段ボールの山を何とか減らしていかないと。

司会 少し聞きづらいのですが、出版社を始められて収入は下がりました?

宮川 そんなの当たり前じゃないですか(笑)。

安永 それはもう全然違います。やっぱり会社員は楽ですよ。

森山 うちは妻も自営業で飲食店をやっていて子どもが3人いるので、とにかく家族で1年間にかかるお金を計算し、そこから逆算して自分の給料を決めています。どのくらい欲しいかではなく、いくらあれば生きていけるかという数字です。

自分が死んだら本がどうなるのか不安です。

司会 お話を伺っていると、さぞかし苦労話も多いのでは?

伊達 苦労話ですか……。以前は車を持っていなかったので、書店営業をすべて自転車で回ったことでしょうか。松江には自転車が積める一畑(いちばた)電車という牧歌的な路線があって、隣の出雲市まで自転車営業したこともありました。汗だくなので書店員さんから理由を聞かれ、「いや、実は自転車で……」と話すとおもしろがってくれて。だからまあ、そんな苦労話じゃなかったですね(笑)。

森山 大変であることは間違いないんですけど、苦労とは感じないんですね。会社員時代に比べると仕事をサボらなくなった。昼の打ち合わせでビールを飲むことも一切なくなりました(笑)。コスト意識も圧倒的に上がりました。今は郵送費の値上がりが一番の関心事ですから。

宮川 ほんと、荷物の厚みが3cmを超えると料金が上がってしまうので、一生懸命小さく梱包したりね(笑)。

司会 本の発送作業もご自身でなさっているんですね。

宮川 何でも自分でやりますよ。経理もやるし、返品された本の帯やカバーの付け替えをやることもあります。うちはアマゾンでも委託販売をしているので、早朝にメールで入るオーダーをチェックして、売れ行きを確認するのが朝一番の仕事ですね。

書店への営業も自転車で回っていました。伊達淳さん

森山 書店さんからは注文の電話も入ります。外出するときは携帯電話に転送されるんですが、新聞に書評が出た直後は移動中でもひっきりなしに電話がかかってくる。それでも、書店さんから注文の電話が来るのはウキウキしますけどね。

宮川 と思って出ると、「本を返品したい」という返品了解を求める電話だったりして(笑)。

森山 あります、あります。喜び勇んで電話に出て、一気に意気消沈(笑)。

伊達 でも、それまで書店の棚に置いていただいていたんだなと思うと、うれしいですよ。

宮川 ああ、素晴らしい。そう考えればいいんですね。

安永 これは「小さい書房」という名前の由来でもあるんですが、やはり大には大の、小には小の醍醐味があると思っていて、私の場合、最初からそんなに理想を高く持っていなかったんです。何の後ろ盾もない自分が作った本でも、書店で目立つように置いてもらえたときは意外でした。

宮川 不安なのは「自分が今死んだらどうしよう」ってこと。出した本はどうなるのか。それ以外にも、自分だけだと、目が曇ったり、感性がズレたりしても気がつかないかもしれない。1人のリスクですよね。なので、実はもうすぐ新しいスタッフを社員として迎える予定なんです。

司会 編集スタッフですか。

宮川 いや、もう私がやってること全部やってもらう。これまでも誰かに手伝ってもらうことはあったけど、会社をちゃんと引き継いでもらうことを考えたほうがいいかなと思い始めて。

安永 私は引き継ぎは考えていませんが、著者に対する責任をどう果たすかは考えます。今40代半ばなのであと30年生きるとして、新刊は難しくても既刊本が生き続ける術は探りたいですね。小さい書房の名前ではなく刊行した本を持続させたいので、他の出版社に引き継いでもらってもいいと思っています。

伊達 恵光社という名前は、祖母の戒名から取ったんです。だから僕は会社をなくすには忍びない。出した本も絶版にしたくないし、まだ小さいですが、いつか息子が本に興味を持ってくれて、一緒に恵光社をやってくれたらおもしろいなと思います。

司会 いいですね。ひとり出版社ならぬ親子出版社。

森山 出版社を始めて改めて思うのは、出した本は百年後も残るということ。それはもう自分1人のものではないし、社会のものであるという感覚です。まだ始まったばかりですが、量より、商いをしながらも、時代の思想をどう継承していくか考えてやっていければと思いますね。

司会 なるほど。自らの責任でこだわりを追求しながら本を作っていく。これがひとり出版社のスタイルなんですね。

イラスト*しりあがり寿

構成・清田隆之、写真・細谷忠彦

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