通販生活写真館家の前の巻

いくつになってもマイ・スイート・ホーム。(泉麻人)

A神奈川県・藤田よし子さん 自宅玄関脇で。この家は3年後に建て直したが、それも最近解体された。

「家の前」というテーマを聞いて、なんだか漠然としているなぁ……と若干不安に思っていたのだが、あにはからんや興味深い写真が数々と集まった。スペースの都合で泣く泣く除いたスナップも少なくない。
きちんとした制服姿の家族が整列したAは、一見して春の入学シーズンのショットとわかるが、手紙を読んで感心したのは左側のお姉さんが高校入学、右側の妹さん(投稿者)が中学入学、母親の前にいる弟さんは小学校入学と、全員“新入学”が揃ったのだ。おもわず、ビンゴ!と叫びたくなった。

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B福岡県・堤美恵子さん 実家の金盥に入って遊ぶ息子。この盥は洗濯用で当時まだ現役だった。

 Bは、ちょっと説明が必要だろう。
「昭和39年7月、私の実家で撮った写真です。長男11ヵ月、床屋で移ったかもしれない『とびひ』で頭をボウズにした日です」
とびひというのは近頃あまり聞かなくなったけれど、昔の小児科なんかにはよく予防ポスターが貼ってあった子どもの皮膚病である。しかし、なつかしいのは坊やが入って遊んでいる大きな金盥(かなだらい)。僕も幼い頃、こういうので水遊びした記憶がある。金盥が置かれているのは、縁側から続く洗濯場のようなスペースだろうか……。昔の日本家屋のまわりには、そんな微妙な隙間がけっこうあった。

C栃木県・吉澤久子さん 夫の家の日当たりのいい縁側で長男を抱く私。

 Cは典型的な日本家屋の縁側での写真だが、右端に写りこんでいる赤ちゃん用の蚊帳と軒からぶら下がっている干し柿(だろう)が郷愁をそそる。晩秋の小春日和、といった季節が想像される。

D大阪府・柳本和子さん 近所の神社の夏祭りの日。リフォームしながら現在もこの家に暮らしている。

 Dも玄関先の季節感を感じさせる1枚。格子戸の玄関と浴衣姿の子ども、隅っこに垣間見える祭り提灯も風情を醸し出している。

E東京都・金子悦子さん 栃木の家の庭で、いとこたちとバドミントン。農村の家の佇まいがなつかしい。

 Eは、正月の玄関先。「昭和40年、栃木市。お正月に庭でバドミントン。いとこたちと」とある。羽子板気分でバドミントンってことなのだろうが、ここもいかにも前庭が広そうな昔の田舎の家だ。そして、投稿者も指摘しているが、軒下に薄らと正月のしめ縄(これはスダレ風に何本も垂れ下がっている)らしきものが確認できる。

F神奈川県・和田澄子さん 徳島の生家の庭先。後ろに見える段々畑もいまは草ぼうぼうになっている。

 Fは、昭和37~38年頃の純然たる山里の風景。「場所は徳島県麻植(おえ)郡美郷村字峠」と細かく表記されているが、地図で調べてみると、現在は吉野川市の領域に入った吉野川の南方の山間集落である。
「後列右端のおばが泊まりに来たので、その時たまたま来ていた写真を撮るのが趣味だった近くに住む親戚のおじさんがみんなを並べて写した1枚」
前方でスネたように横を向いている幼女が投稿者のようだが、その隣のおばあちゃんの“正統的チャンチャンコ”の姿も素晴らしい。ふと『新日本紀行』のテーマ曲が思い浮かんできた。

G福岡県・I・Sさん 母と私、当時住んでいた自宅前でご近所さんの車といっしょに。

 この辺で町の写真を何枚か。Gは昭和38年の福岡県のとある住宅地。家脇に停まった車はご近所さんのものらしいが、これは当時人気の軽自動車、マツダR360クーペである。

H和歌山県・青木利子さん 家の前で、配達用のオートバイに乗った息子の勇ましい姿。

 一方、スクーターにまたがってご満悦の坊やのショットも(H)。「家の前に置かれた配達用のカブに乗ってご機嫌な息子です。『将来はまかせておけ』という顔つき?です」と、添え書きがあるから、右側のビール箱が積みあげられた酒屋の息子さんなのだ。昭和45年頃の写真のようだから、計算すると彼も今50代……果たして酒屋さんを継がれたのだろうか。ちなみに赤い看板に記された「大東一」、検索してみると、今も和歌山の地酒として健在のようだ。

I神奈川県・花田悦子さん 黒塀の前でホッピングする妹。塀はご近所さんに「公衆便所みたい」と言われていた。

 Iで女の子が乗っているのは、ホッピングという一世を風靡した遊具。ここは東京都杉並区、桃井第三小学校の近くと手紙にあるから西荻窪の周辺、昭和33年秋の頃らしい。ホッピングは前年あたりから流行し、胃下垂や骨膜炎になる……なんて噂が広まって下火になったというが、この写真、右側に見える黒塀も“曰くつき”のようだ。なんでも、春日八郎の『お富さん』を愛唱していた投稿者のお父上が家族の反対を押し切って、竹垣を壊して設けたものらしい。が、「高い黒塀のせいで風も光も入らず、母は嘆きました。そこでせめて光だけでも入れようと、父は黒塀にいくつもの穴を開け、曇りガラスをはめました」。なるほど、この四角い窓はそういう経緯でできあがったのか……。

J長野県・田村ゆかりさん 家の前は砂地だったので、雨が降った後は三輪車をこげなかった。

 もう1点、子どもと乗り物が写りこんだスナップJを。家の前の資材置き場のような場所で三輪車とともに写る少女、しかしこの三輪車、よく見ると座席がない。
「三輪車は座るとこもなく、乗りにくかった記憶あり。手に持っているのはエメロンシャンプーの空ボトル。水を入れてピューとやって遊んでいました」
三輪車は古めかしいけれど、エメロンシャンプーが発売されたのは昭和40年のことだから、こちらはトレンドグッズと言える。

K北海道・井形敬子さん 新婚早々、北海道北見市で暮した家。とにかく寒かった。

 土地の風土が感じられる写真を紹介しよう。Kは、一見して北の住宅らしい。
「新婚早々、夫の赴任先で用意された住宅。6畳2間にトイレだけ。石炭ストーブでも隙間風がピューピュー!(北見市で)」
三角形の軒の屋根脇から上に伸びているのが石炭ストーブの煙突だろう。古い炭鉱住宅にこういうタイプの家がよくあったが、最近はめっきり減ってしまった。

L沖縄県・宗形勝一さん 久米島の実家前で本土復帰前に7人きょうだいで記念撮影。

 Lはこの写真からはわかりにくいかもしれないが、南西諸島・久米島の住宅なのだ。それも沖縄本土復帰の直前。
「写真は昭和47年の2月か3月頃です。沖縄が復帰する5月15日より前です。写真後ろに写っているのが自宅で、当時、久米島では珍しい鉄筋2階建てでした」
写真を撮影したのは、投稿者(後列左端の少年)の叔父さんで「平和丸」という船の機関長をしていたらしい。米兵にも人気のあったペンタックスの一眼レフで「復帰の思い出を残そうと考えていたようです」と投稿者は書いている。当時中1の彼は、沖縄が本土復帰したら、すぐに本土のどこかに移住できると思いこんで、ワクワクしていたという。

M奈良県・遠藤徹郎さん いとこの結婚式に父の代わりとして大阪から駆けつけた。

 最後の1点はM。投稿された遠藤さんは、以前にもここで作品を紹介したプロカメラマンの方。今回も何点かお寄せいただいたが、「いとこの門出」と題されたこの写真は、昭和37年の長野県佐久で親戚の婚礼に招かれたときのもの。遠藤さんは当時まだ大学生だったというが、のどかな山里の婚礼の模様が見事に記録されている。
「家の前ではお手伝いしてくださった近所の方々に挨拶している花嫁の母と、その後方で父が娘を見送っています」
花嫁さんの遥か後方に小さく写ったこの玄関先の光景、ぜひルーペで確認してほしい。

いずみ・あさと●1956年、東京都生まれ。編集者を経てコラムニストに。『東京いい道、しぶい道』、『還暦シェアハウス』(ともに中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)など著書多数。

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