介護を考える 認知症が進んだ家族と会話できていますか。

介護を考える 認知症が進んだ家族と会話できていますか。

何度も同じことを言う、子どもの顔も忘れてしまった……。認知症のこうした症状は、家族にとって悲しいことです。でも、本人だって悲しいのです。「何を言ってもわからない」と話しかけないでいると、認知症になった本人は不安でいっぱいになり、孤独感を深めていきます。認知症の人を笑顔にするコミュニケーション術を探りました。

個別に向き合って、相手から興味・関心を持ってもらうようにします。和田行男さん(エンゼルヘルプ取締役 介護福祉士)

個別に向き合って、相手から興味・関心を持ってもらうようにします。和田行男さん(エンゼルヘルプ取締役 介護福祉士)

「認知症の人との会話を面白がらないと、家族は潰れちゃうよ」と和田行男さん。
「認知症の人との会話を面白がらないと、家族は潰れちゃうよ」と和田行男さん(上写真右)。和田さんの会社が運営する施設では、作業する間も会話がたえない。

 家族が認知症になるとうまくコミュニケーションをとれなくなって、「同じことばかり聞かれて疲れる」「何を話したらいいのかわからない」といった悩みを抱えることがあります。認知症ケアに長年携わって来た和田行男さんはこう言います。

「認知症の人とコミュニケーションをとるには、まずはこちらに関心を持ってもらう必要があります。人間って、興味や関心のあることには積極的に関わるけれど、そうでないことには関わらないのが普通でしょう?」

 関心を持ってもらうための方法は何でもいい。以前、和田さんが穴の開いたジーンズをはいていたら、「縫ってあげようか」と話しかけてきたお年寄りがいるそうです。家族ならこちらに興味を持ってもらう必要はないように思いますが……。

「こっちは家族だと思っていても、本人は結婚したことや子どもを産んだことさえ忘れている場合もある。名前を聞かれて旧姓で答える人はたくさんいますよ。いまや家族にだって関心はないかもしれない、そう理解した上で、認知症になった人の興味・関心は何かを考えてコミュニケーションに生かす。こう対処すればいいという一般的な法則はありません。個別に向き合うことが大切で、たとえばコーヒー好きのお婆さんなら、いつも寝てばかりなのに『コーヒー飲みに行こうか』と言っただけでスッと起きたりしますからね」

ずっと喋っていなくても「喋れない」と思い込まない。

和田さんの会社が運営する施設では、作業する間も会話がたえない。

 また、認知症が進行して会話ができなくなったとしても、コミュニケーションがとれないわけではないと和田さんは言います。

「もう久しく喋ってないというお母ちゃんが、お父ちゃんと娘さんに連れられて、グループホームの入居申し込みに来ました。僕が家族と話している間も、言葉にならない声を発している。それで僕がお母ちゃんの膝をパンッと叩いたら、『うーん』と抵抗する声を出した。ああ、嫌なことを嫌がる能力は残っているんだなとわかりました」

 その様子を見ていた家族は不審そうな表情でしたが、和田さんは知らん顔。しばらくして、また膝を叩くこと2回。最後は少し強くパンッと叩いたら、女性はなんと「いやーん」とはっきり言ったそうなのです。これには家族もびっくり。その後、入居してじっくり関わると、「ふるさと」を何とか歌うまで回復しました。

「喋れないと思い込むのは、大きな間違いだと僕は思うんです」

 こんなこともあったそうです。

「お嫁さんが介護をしている、ある家のお義父さんはずっと奇声を発しているんです。お嫁さんから相談されたので、精神科医に投薬してもらったら、パタッと奇声がなくなった。ところが、しばらくしたら『やっぱり前のお義父さんのほうがいい』とお嫁さんが言うんです。そうだね、前のお義父ちゃんが素だよなと薬をやめたら、また一日中奇声。だけどお嫁さん、今度は『うるさいなあ』って笑っていました」

 認知症の人とのコミュニケーションは、周りが変わることで前に進むのです。

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現役時代の活躍ぶりを紙芝居で振り返ると気持ちが通じ合うんです。奥田真美さん(NPO法人みんなの家 ケア主任)

現役時代の活躍ぶりを紙芝居で振り返ると気持ちが通じ合うんです。奥田真美さん(NPO法人みんなの家 ケア主任)

1本あたり平均10分の紙芝居を上演する奥田真美さん。
1本あたり平均10分の紙芝居を上演する奥田真美さん。

 宅老所(デイサービス)「みんなの家」でケア主任を務める奥田真美さんは、お年寄り一人ひとりの人生をテーマにした『人生紙芝居』を制作・上演しています。本人や家族からの聞き取り、資料探し、絵や文の作成など膨大な作業を10年も続けています。

「絶大なケア効果があるんです。お年寄りは自分の人生が周囲の人に認められることで、大きな自己肯定感を得られますし、私たちへの信頼感も高まります。さらに、その場に集うお年寄りたちはもちろん、ご家族も含めた地域の大人や子どもまでがその人の人生に共感できる。気持ちが通じ合うんです」

 取材にうかがった日にも、自分が主人公の紙芝居を見てお年寄りが涙を流したり、周りの人たちが「すごいねえ」と感心したりする姿がありました。

「ここまで続いたのは、最初に作った紙芝居で『こんなにも喜んでもらえるんだ!』という経験をしたことが大きいと思います」

 その男性は、子・孫・ひ孫と4世代同居でしたが、認知症によって起こるさまざまな行動を孫たちが理解できず、家庭内がギクシャクしてしまっていたそうです。ところが、現役時代は鰹船の船主であり、若い頃には海洋実習で世界の海を回ってさまざまな漁の仕方を学んだことを紙芝居にして上演すると、孫たちの見る目が変わりました。「おじいちゃんは、すごい人だったんだ」と、誇りを持てたのです。

「娘さんが、我が家の家宝にしますと言ってくれて。お葬式の時には紙芝居を祭壇に飾って、弔問に来てくれた人の前で上演して、みんなで笑っておじいちゃんを送ってあげたい、と。それは、まったく予想もしない言葉でした」

人に認められることが心の安定につながる。

「介護現場では、障害の軽いお年寄りが重いお年寄りをバカにしたり、差別的態度をとったりすることがあります。ところが、紙芝居を一緒に見ると『苦労したんだね』と共感したり、『偉いね』とほめたりして、その場の雰囲気がとてもよくなります」

 わかり合うのが難しい本人と周りの人たちのコミュニケーションの扉を紙芝居が開けるのでしょう。認知症の重い人の心の扉はどうなのでしょうか。

「ある女性は、座布団の縫い目をほどくことに没頭するなど、認知症が進んで自分だけの世界に入り込んでしまっていました。ところが、その方の紙芝居を上演し、ご主人が倒れて救急車で運ばれるシーンで『ピーポーピーポー』とサイレンの音マネをすると、涙を流したのです」

 その姿に、周りの人たちも思わずもらい泣きをしたそうです。これほど効果があるならば、家庭でも紙芝居を作ったらどうでしょうか。

「介護しているご家族はただでさえ大変ですし、家族ゆえに客観視できないかもしれません。紙芝居の代わりに、昔のアルバムなどを見ながら話をして、ほめたり感謝したりするといいと思います。年代が合っていないなど、間違ったことを言っても否定せず、同調しながら聞くのがポイントです」

紙芝居の作り方は『新しい回想レクリエーション「人生紙芝居」』(講談社、税込1,620円)に詳しく書かれています。
紙芝居の作り方は『新しい回想レクリエーション「人生紙芝居」』(講談社、税込1,620円)に詳しく書かれています。

ロボットが動いたり話したりすると満面に笑みが広がります。宮崎詩子さん(テレノイドケア代表取締役/CEO)

ロボットが動いたり話したりすると満面に笑みが広がります。宮崎詩子さん(テレノイドケア代表取締役/CEO)

軽度の認知症のAさん(80代女性)は、テレノイドにハグされてとても嬉しそうです。

 テレノイドは、アンドロイド(人造人間)で有名な大阪大学教授の石黒浩さんが開発した、遠隔操作型ロボットです。人工知能で動くロボットではなく、施設内の離れた場所にいるオペレーターが操作します。目に仕込まれたカメラで相手の様子を確認しながら、パソコンでテレノイドを動かし、オペレーターがマイクに向かって発した声がテレノイドから聞こえるしくみです。
介護用に開発されたわけではありませんが、お年寄り、特に認知症の人とのコミュニケーションに大きな効果を発揮すると言われています。テレノイドを教材にした介護職員研修プログラムを提供している「テレノイドケア」の宮崎詩子さんはこう語ります。

「一見、不気味ですよね? 一目で人間のロボットとわかるけれど、性別も年齢もわからない。でも、このデザインだからこそ誰でも適応できるんです。実際、お年寄りたちも動かない状態のテレノイドを見たときは『怖い』と言うのですが、動いたり話したりし始めると満面に笑みを浮かべるんです」

 確かに、軽度の認知症のAさん(80代女性)は、テレノイドにハグされてとても嬉しそうです。

「かわいいなあ。あらまあ、えらい積極的やな、ギュッて。人間にもしてもらったことないのに」

 中等度の認知症で、気持ちをうまく表現できず、会話が途切れてしまうことも多いBさん(90代女性)の変化は劇的でした。テレノイド(を通して宮崎さん)が「お好み焼きを食べたいんだ」と言うと、「食べよう! みんなで食べたらおいしいで。おばちゃんたちが作ってやるで」と、はっきり楽しそうに答えたのです。
これには、4年間Bさんを見守ってきた施設長も「あんなに意欲を持って楽しそうにご自分の思いを伝える姿を見て驚きました」と言います。

現実よりも、その人が事実だと思う世界を大切に。

 認知症でコミュニケーションがうまくできないお年寄りが、なぜテレノイドとならできるのでしょうか。宮崎さんはこう言います。

「認知症が進んだ人ほど、テレノイドをロボットではなく人だと感じるようです。自分がイメージする子どもの姿を投影して慈しんでいる。いつもの介護される立場から、幼い子どもを守る立場に変わることで、自尊心や自己肯定感が高まり、眠っていた能力が活性化されるのではないでしょうか」

 テレノイドを操作する介護職員にも、変化があると言います。

「職員は、お年寄りがテレノイドを誰だと思っているのか、今どのような場面なのかを考えながら、対話しなくてはなりません。現実よりも、お年寄りが事実だと思っている世界を大事にすることが求められるわけです。そうやって操作していれば、相手への理解も深まります」(宮崎さん)

身長約50㎝、体重2.7㎏のテレノイドを遠隔操作する宮崎詩子さん。
身長約50㎝、体重2.7㎏のテレノイドを遠隔操作する宮崎詩子さん。
テレノイドは口のほか、首や腕も動く。
テレノイドは口のほか、首や腕も動く。

「認知症の人の言葉の背景にある心理を尊重して安心させることが重要です」佐藤眞一さん(大阪大学大学院 人間科学研究科教授)

「認知症の人の言葉の背景にある心理を尊重して安心させることが重要です」佐藤眞一さん(大阪大学大学院 人間科学研究科教授)

 認知症になると、なぜ会話がすれ違っていくのでしょうか。
老年行動学・心理学の研究者である大阪大学大学院教授・佐藤眞一さんは、こう言います。

「認知症になるとよくあるのが、同じことを何度も言って、周囲の人がイライラするという状況です。その最大の理由は、新しく体験したことを覚える力・記銘力の低下です。さっき言ったのを覚えていられないために、また同じことを言ってしまう。しかし、原因はそれだけではありません」

 一度にたくさんの情報を処理できないために、あることが頭に浮かぶと、それだけを繰り返し思い出す。同時にあちこちに注意を向けられないために、ほかの人の反応に気がつかない。こういったことも原因だそうです。

「時間・場所・人がわからなくなる見当識障害も、会話のすれ違いを生みます。『お盆には孫が来るから』と言われても、今がお盆の前か後かわからないため、会話が続きません」

 さらにすれ違いを大きくするのが、社会的認知の低下です。

「社会的認知は非常に広い概念ですが、ここで問題になるのは、相手の言葉の裏や表情を読み、心の動きを推察して、適切な行動をとる能力です。この能力が低下すると、会話の婉曲な表現や比喩が理解できず、自分でも使えなくなります。たとえば『犯人を泳がせる』というと、プールで泳がせるのだと思ったりします」

 そのため、本人を傷つけないように周囲の人がやんわり言ったことは通じなくなり、自分がしてほしいことはストレートに言う、といった状態になります。『こっちの言うことはきいてくれないのに、自分のしてほしいことだけ主張するわがままな人』と誤解されて、会話そのものを避けられてしまったりするのです。
「このようにさまざまな理由が重なって会話がなくなると、介助のためにしか声かけしなくなります」

現実よりも、その人が事実だと思う世界を大切に。

 では、どうすれば会話を取り戻すことができるのでしょうか。

「その人の認知機能の状態と会話の特徴を知り、それに合った対応をすることが大事です。私たちが開発した『日常会話式認知機能評価CANDy(キャンディ。下表参照)』が役に立つと思います。もともと認知症のスクリーニング(ふるい分け)テストとして作ったものですが、指標となっているのが会話の特徴です。認知症になるとよく見られる特徴15項目が、日常会話の中にどれくらい出現するかをチェックすることで、その人の認知症のレベルと会話の特徴が同時にわかります。会話の特徴を念頭に置いて話せば、むやみにイライラしなくてすむでしょう」

まずは、認知機能の状態と会話の特徴を調べましょう。

 しかし、会話の特徴がわかっただけで、対処できるでしょうか。

「言葉の背景にどのような心理があるかを考え、それを尊重することが重要です。たとえば、『ご飯はまだ?』『お金はどこ?』『何時に帰るの?』等々同じことを繰り返し質問してくる場合。何度も聞かれると、ついイライラしてきつく言い返してしまいがちですが、これはもっともしてはいけない返答です。『あなたとはもう話をしたくない』という、拒絶の意思表示だからです」

 何度も同じことを尋ねるのは、それが本人にとってとても大事なことだからだと佐藤さんは言います。大事なのにわからず不安で尋ねるのです。同じ質問には繰り返し答えて安心してもらうのが基本ですが、答え続けるのもつらいものです。

「日頃からその人の好きなこと、甘いものが好き、花が好きといったことを見つけておいて、それで気をそらす方法があります。歌が好きなら『いっしょに歌おうか』と誘ってみる。どのような状況で不安になるかを見極められれば、もう少し根本的な解決法もあります。タイミングを測って興味のあることに誘ったり話をしたりして、気持ちをポジティブにし、不安になるのを防ぐのです。認知症になると現実認識が曖昧で、不安が強くなりますから、不安を取り除くことが重要なのです」

 夕方になると「家に帰る」と言い出すケースなども、対処法は同様。夕方になる前に、好きなことをしたり、話をしたりする時間を取ります。子どものときに得意だったことや現役時代の活躍ぶりなどを聞けば、よく話してくれるはずです。すると気持ちがポジティブになり、夕食までの時間を落ち着いて過ごせることが多いそうです。

「会話の特徴をいくつか、別途解説しておきますので、参考にしてください。忘れないでいただきたいのは、認知症の人の世界を尊重することが、コミュニケーションの基本だという点です。相手をこちらに合わせようとしても、うまくいきません」

認知症の人との会話 こんなときの対処法

取材・文/佐々木とく子 撮影/大倉琢夫、テラサカトモコ

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