私の人生を変えたあの人の言葉 谷村新司さん│「どうして日本は大陸に背を向けてるんですか」中国で通訳をしてくれた大学生の言葉

私の人生を変えたあの人の言葉 谷村新司さん│「どうして日本は大陸に背を向けてるんですか」中国で通訳をしてくれた大学生の言葉

 アリスの活動停止を発表した1981年の夏、中国・北京の舞台にアリスとして立つ機会を得ました。日中国交正常化10周年記念コンサートでアリスが日本代表として招聘されたのです。

 当時の中国は日本の音楽はもちろん西洋の音楽も全く知られていなくて、ポップスというものを知っている人がほとんどいない状態でした。

 コンサート自体も珍しく、リズムに合わせて手拍子をして楽しむという習慣もなく、静かに鑑賞するものでした。ステージの途中で我々がサンバのリズムに乗って会場に降りて行き、観客のみなのそばで歌い始めたら、一気に会場のムードが一変。みんな立ち上がり、楽しそうに手拍子を打って盛り上がってくれたのです。「音楽が国境を越えた」ことを実感した瞬間でした。

 そのコンサートの打ち上げには、地元のスタッフや通訳をしてくれた北京の大学生さんたちも参加して、打ち溶け大いに盛り上がりました。「感動しました。ありがとう」と、涙を流す学生もいました。

 そんな中で通訳をしてくれていた一人の学生さんが僕にある質問をしたのです。

「どうして日本は大陸に背中を向けてるんですか」

 唐突な問いに僕はうまく答えられずに、ホテルに戻ってその言葉を噛みしめてみました。確かに僕らの世代は音楽やファッションなど、アメリカ文化の影響ばかり受けていてアジア大陸には目を向けていませんでした。アジアの一員でありながら、日本はどこか違うという意識が心の片隅にあったような気がします。このままいくと、日本はアジアのなかで孤立してしまうかもしれない……。そんな危機感を持ちました。

1981年、中国・北京でコンサートを開催したアリス。<br>写真は天安門広場にて。
1981年、中国・北京でコンサートを開催したアリス。
写真は天安門広場にて。

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 その年の11月、アリスは活動を停止し、本格的なソロ活動を始めました。自分が目指したのは音楽によってアジアの国々と日本をつなぐという夢に向かうことでした。あのときの学生さんの言葉が自分をアジアに向かわせてくれたと思っています。

 でも、その当時の日本の音楽業界はアジアに目を向ける人はほとんどいない状態でした。唯一、キョードー東京の創始メンバーだった内野二朗さんが応援をしてくれました。

 そんな内野さんの尽力で韓国のチョー・ヨンピルとの縁がつながり、香港のアラン・タムとも縁を結ぶことができ、1984年、後楽園球場で「PAX MUSICA(パックスムジカ)'84」がスタートしました。「パックスムジカ」とは「音楽による世界平和」という意味のラテン語です。この言葉を旗印に、その後、20年にわたってアジアの国々へ出向き、音楽交流を続けてきました。そして近年では、日本の多くのミュージシャンたちもアジアを目指して活動してくれています。

 政治状況や経済問題など、国と国とがお互いの利益のためにぶつかり合うこともありますが、音楽や文化が直接、人と人の心をつなぐ橋になると実感しています。

 その国に一人でも好きな人がいれば、その国は「好きな国」になるものです。時には頭で考えすぎないで心のままに行動してみることで得られることもあります。その気付きを自分に与えてくれたのは、81年の北京での大学生の一言だったのです。

 音楽だから出来ること、音楽にしか出来ないこと……。自分の目で見て肌で感じて、その感覚を忘れることなく、「心の命ずるままに」歩き続けたいと思っています。

たにむら・しんじ●1948年、大阪府生まれ。72年にアリスとしてレコードデビュー。ソロとしても数々のヒット曲を世に送り出す。81年アリスの北京コンサート以後、両国のかけ橋としても活躍している。2013年より毎年4月に東京・国立劇場でリサイタルを開催。18年6月6日にアルバム「EARLY TIMES ~38年目の昴~」リリース。現在、全国コンサートツアー中。詳細は公式HP「タニコム」(www.tanimura.com)。

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