人の想像力は弱まっているのではないか。——筑紫哲也さんの言葉

人の想像力は弱まっているのではないか。——筑紫哲也さんの言葉

人の想像力は弱まっているのではないか。——筑紫哲也さんの言葉

 ピースボートに乗船した20代のころから、筑紫哲也さんとは家族ぐるみでおつきあいいただいています。ホントは奥さまからのアドバイスのほうが私の人生には響いているのですが(笑)、ここでは筑紫さんの思い出を。

 親しい何人かで食事をしていたとき、作家さんやジャーナリストの方もいらしたからか、本が売れないという話題になりました。出版不況ということばが聞かれるようになったばかりのころです。

「小説が売れないのはともかくとしてね」と筑紫さんが口をはさみました。「エロ小説までもが売れないというのは、いったいどういう状況か──」。冗談を言うのかと思っていたら真顔で続けます。文字を読んで頭の中でそれを解釈するには、力が要る。たとえば活字で描写された人物を肉づけして、自分の中にその姿や声を映像として浮かべるには「想像力」が必要である。いまはそれを必要としない表現や動画が先にあるので、人の想像力は弱まっているのではないか──という話です。

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 これまではいくら小説が読まれなくてもエロ小説だけは売れていたのだとか。つまりいちばん楽にその光景を想像させる文章だったというのに、それすら読まれなくなったということは、人間が本来持っていた力をすっかり弱まらせてしまうことかもしれない、もしくはもうとっくに退化してしまったのかもしれない。他の動物にはなくて人間にだけ備わった能力が想像力だとすると、もしかしたら人は生き物としても動物としても、生きていく力が全体に弱まってきているのかもしれない──。

 ふだんから筑紫さんは平易なことばでざっくばらんに話をしてくださる方です。そのときも何か特別重大に引用されたわけではなく、愉快に過ごして終わりました。しかしその後、私はときどきそのエピソードを思い出します。

91年7月、石坂さん(左)の著書出版パーティで挨拶をする筑紫さん。筑紫さんは08年に73歳で亡くなった。
91年7月、石坂さん(左)の著書出版パーティで挨拶をする筑紫さん。筑紫さんは08年に73歳で亡くなった。

 いいんだか悪いんだか、マンガ家は想像力だけはあります。物語を考えて登場人物を作り出す。妄想・夢想で頭の中がとっ散らかっていて、私などは知性や記憶力はさっぱりですが、勝手な空想をふくらますのは得意です。どれだけ自分に都合のいい恋愛劇を思い描いてきたことか。

 同時に、思いきり意地悪に人のことを疑ってみたり、ことばの裏を勘ぐってみたりということも、平気でします。いろんなシミュレーションをするくせがついているので、すぐに素直にものごとを受け取らない。政治家がこんなことを言っているときは、本音はどうなのか。きれいに繕っているとすると、何を隠そうとしているのか。

 本来の動物だったら危険を察知したり、なんとなくイヤだという感性が働く場面ならば、人も警戒しなきゃいけないんですよね。想像力を働かせて。この人についてって大丈夫なのかなァとか、こっちの方向ヤバイんじゃないかなァって。平和な時代に戦争を考えるのは距離があるように思えるけど、どこかでだれかがひどい目にあっているのを、自分や家族だったらどうだろうと想像することはすぐできる。

 筑紫さんがいまいらっしゃったらなァとも、よく思います。あの笑顔でもって画面に登場されて、このところのニュースを解説してくださったら、どんなにうれしくたのもしいか。単一な見方をせず、事象のひだを広げてくださったはず。もっとも筑紫さんにとってもトランプ氏や正恩氏、この国の一強ぶりなどについては、「想像以上」だとおっしゃるかもですね。

いしざか・けい 漫画家・作家。1956年、愛知県生まれ。78年に上京し、故・手塚治虫氏に師事。79年のデビュー以降、『キスより簡単』『セカンドベスト』(共に小学館)ほか多数の漫画を執筆。99年、『アイ’ムホーム』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門の大賞を受賞。同作は2004年にNHKで、2015年にテレビ朝日系でドラマ化。『赤ちゃんが来た』(朝日文庫)、『お金の思い出』(新潮文庫)ほかエッセイ集も多数。

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