どうして日本では毎年5万頭もの犬や猫が殺処分されてしまうのか。

どうして日本では毎年5万頭もの犬や猫が殺処分されてしまうのか。

日本では毎年5万頭を超える犬や猫が殺処分されています。心ないペット業者や飼い主に問題があるのは間違いありませんが、実は人と動物の共生する社会の実現を目指すために定められた「動物愛護管理法」の不備が、大きな原因と言えます。現在、国会で6年振りの改正に向けて動いている同法の問題点を探ります。

 動物愛護管理法(以下、動物愛護法)について触れる前に、犬と猫の殺処分の状況を確認しておきましょう。
保健所や動物愛護センターなど自治体の施設に引き取られる犬や猫は、年間10万頭を超え、そのうち引き取り手のない約5万頭が殺処分されています(平成28年度、環境省の統計資料より)。しかし、この数字はあくまでも各自治体が環境省に届け出たもの。後述する動物愛護法改正によって自治体がペットショップや繁殖業者(ブリーダー)などのペット業者からの引き取りを拒否できるようになったこともあり、表面上は殺処分の頭数が年々減っているように見えます(図1参照)。しかし、実際にはさらに多くの犬や猫が殺されているのです。

全国の犬・猫の殺処分数の推移

環境省のホームページを参考に編集部で作成。

 この悲惨な状況の原因のひとつに、日本独特の「ペット事情」が挙げられます。
まず、ペットを売る側の問題です。日本では、ほとんどのペットショップで犬や猫をケージやショーケースに入れて“生体展示販売”しています。欧米ではこのような売り方をする国はほとんどないため、日本で見慣れたペットショップの光景自体が海外から見れば「異常」なのです。店頭で展示されているのは、生まれて間もない子犬や子猫。「小さくて可愛い」ほど商品価値があるとされ、店側もそのニーズに合わせて、とにかく幼いうちに売ろうとします。
しかし、どうしても売れ残る犬や猫が出てきます。そうした動物たちはどうなるのか──。責任を持って里親を見つける良心的な店もありますが、公益社団法人「日本動物福祉協会」によると、売れ残った犬や猫を有料で引き取る「引き取り屋」と呼ばれる業者がいて、清潔さとはほど遠い劣悪な環境に何頭も押し込めて衰弱死させたり、生きたまま山中に捨てたりする悪質なケースもあるということです。当然これらは殺処分の頭数にカウントされません。

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ペット販売の主な流通ルート

一般家庭で飼われている犬と猫の数は、一般社団法人「ペットフード協会」の17年調査によるもの。上記以外にインターネットを介した販売も行なわれている。

 さらに、大量販売をしたい大手チェーンのペットショップなどの要望で、大量の犬や猫を流通させなければならない事情があります。
『朝日新聞』の2016年の調査によると、日本では1年間に約83万頭の犬や猫が流通しています。ルートは図2に示したとおりですが、免疫力の弱い子犬や子猫は、この流通過程で病気になることもあります。
加えて、先の日本動物福祉協会によると、繁殖業者の中には、発情期が来たばかりの1歳未満の犬猫にも種付けをしたり、帝王切開手術後1年と間をおかずに繁殖させ手術を繰り返したりするような悪質な業者もいるようです。このような無理な出産は、雌の体をボロボロにし、その後は産めなくなってしまうことがあるといいます。
こうした“役に立たなくなった”動物は、先に触れた引き取り屋の手に渡ることもあり、悲劇が繰り返されるのです。

健康な犬や猫を飼うために必要な「8週齢」規制。

 あまりにも幼いうちに販売される犬や猫は、当然のことながら生まれてすぐ親やきょうだいから引き離されます。そのため、精神的外傷を負う可能性が高く、例えば犬の場合だと、無駄に吠える、粗相を繰り返す、あたりかまわず噛むなどの問題行動を起こす事例が見られます。さらに免疫力も十分になく、病気になる危険性も高くなり、飼い主が飼育を放棄する原因にもなります。
欧米各国では、生まれ親しんだ環境から子犬を引き離す時期は、早くても8週齢(生後56日)以上という認識が定着しており、法律による規制も進んでいます。日本でも、一般社団法人「日本小動物獣医師会」が会員を対象に11年に行なった調査で、8割以上の獣医師が親から引き離すのは8週齢以上が好ましいと回答しています。
この「8週齢」規制を守ることは、結果的に多くの犬や猫を殺処分から救うことにつながるわけですが、「小さくて可愛い」動物を売りたいペット業者からの反発もあり、個々の業者の自主規制に任されています。

殺処分ゼロを目指すための愛護法の改正ポイントとは。

 まさに“ペット大国”の闇の部分を見る思いですが、こうした状況を改善しようとする動きは少しずつ進んでいます。
1973年に制定された動物愛護法は、これまでに3度改正されました。2012年の改正(施行は13年)では、ペット業者や飼い主の責任が強化され、動物が死ぬまで世話をする責務を負うことなどが盛り込まれました。熊本県や神奈川県など「殺処分ゼロ」を掲げる自治体も増え、施設での引き取りを依頼しに来た飼い主に考え直すよう説得したり、里親探しの助言をするなどの取り組みをしているところもあります。
また、全国の動物愛護団体は、動物を虐待する悪質ペット業者を刑事告発したり、自治体施設から殺処分される動物を引き取ったりして保護する活動を続けています。
しかし、こうした自治体や愛護団体の努力をもってしても、年間5万頭以上の犬や猫が殺処分されているのです。ここはやはり法律による規制が必要です。この秋の臨時国会、あるいは来年の通常国会で動物愛護法が改正される予定で、現在、与野党の超党派議員連盟が衆議院法制局と共に改正案づくりの詰めの作業をしています。
最大の焦点は前記の「8週齢未満の販売禁止」です。実は前回の法改正でも条文に盛り込まれたのですが、ある「附則」が加えられて事実上無効になりました(参照)。今回の改正でそこに切り込めるかどうかがポイントです。
その他にも繁殖犬や猫の生涯出産回数、飼育員1人あたりの適切な飼育頭数などの「数値規制」の設定、繁殖業者などの動物取扱業を現行の登録制から免許制に改めることなども今回の法改正の注目点です。
これらが法改正で改善されれば殺処分はさらに減ることになるのでしょうが、「難しいのでは」と危惧する声もあります。次の頁では、政治の動きも含めて動物愛護法について、識者にご意見をうかがいました。

犬や猫の販売を8週齢以上にすることは今や世界の常識です。
山根義久さん(公益財団法人「動物臨床医学研究所」理事長、前日本獣医師会会長、東京農工大学名誉教授)
山根義久さん(公益財団法人「動物臨床医学研究所」理事長、前日本獣医師会会長、東京農工大学名誉教授)

 私は2005年から8年間、日本獣医師会の会長を務めていました。その間の13年に動物愛護法の改正が実施されましたが、私はこのときの改正について関与することはありませんでした。
もともと私はペットの販売時期や、親やきょうだいから引き離すのは8週齢以上を守るように主張していましたから、それを良しとしない人たちに煙たがれたのかもしれません。
そうした人たちがペット業者の利権に与しているのかどうか分かりませんが、「7週齢で構わない」という立場の人がいるのは事実で、動物愛護法改正の問題を複雑化しています。
8週齢に反対する人たちは必ず「8週齢が適切だというエビデンス(科学的根拠)はどこにあるんだ」と言います。でも、それを言うのなら、7週齢で良いというエビデンスを出してほしいのですが、出てきていないのが現状です。
ドイツやイギリス、アメリカなどの欧米先進国では、8週齢未満の犬や猫を販売のために、生まれた環境から引き離すことは法令などで禁止されています。8週齢と7週齢の差を裏付ける明確なエビデンスはありませんが、「分からないのなら、より安全な方策を」という予防原則の考えに立っているのです。こうした考え方は先進国では常識なのに、なぜか日本では7週齢が許されてしまっています。
つまりはペット業者の影響力が強すぎるのが問題だと思います。
彼らは8週齢よりも前の、一見可愛く見える動物を売りたがります。それからブリーダーの多くは経済的に立場が弱い。生まれたらなるべく幼いうちに、つまり可愛くて高く売れるうちに手放して、早くお金にしたい事情があるのです。
ですが、動物のこと、飼い主のことを思えば、8週齢を越えて社会的に成熟した状態で買ってもらうのが、どちらにとっても一番いいのは間違いありません。
私が理事長を務めている動物臨床医学研究所では、2013年より鳥取県と共同で動物愛護施設「アミティエ」を運営しています。この施設には、問題行動を起こして飼育放棄された犬や猫がおり、その多くは生まれた環境から早くに引き離された経緯があります。私たちは、それらの動物のケアをして、社会性を育み、里親に引き渡しています。
こうした経験からも8週齢は必ず守るべきラインだと思います。8週齢は人間の子どもで言うと3歳にあたります。犬や猫の成長にとって、7週齢と8週齢の差は大きく、神経細胞や脳細胞が急激に発達するこの時期はとても重要なのです。「三つ子の魂百まで」とはよく言いますが、人間だけでなく、動物にも当てはまる言葉ではないでしょうか。
今回の法改正で8週齢が認められなければ、ペットの殺処分の問題は解決しないでしょう。

山根さんが鳥取県と共同運営する動物愛護施設「アミティエ」では、県内の保健所に収容された犬や猫を受け入れている。適切な健康管理や訓練などを行なったあと、里親を探す活動をしている。

山根さんが鳥取県と共同運営する動物愛護施設「アミティエ」では、県内の保健所に収容された犬や猫を受け入れている。適切な健康管理や訓練などを行なったあと、里親を探す活動をしている。

明確な数値規制と虐待の具体的な定義付けが必要です。
和崎聖子さん(NPO法人「動物実験の廃止を求める会」事務局長)
和崎聖子さん(NPO法人「動物実験の廃止を求める会」事務局長)

 動物愛護法の改正時期を踏まえ、私たちは改正に関わる各党の国会議員の方々に向けてロビー活動中です。
現行の動物愛護法ではペット業者が動物を飼育する際の数値規制が曖昧です。今年2018年3月、福井県坂井市で約400頭の犬や猫を過密状態で飼育しているブリーダーが刑事告発された事件がありました(下写真)。この業者は不起訴処分となりましたが、動物を入れるケージの大きさや広さ等の数値規制がないこともこうした事件が起きる原因の一つです。
猫を飼育するケージについて言うと、猫は高いところに登る習性があるので、ケージ内に登るものを設置せず、狭いところに押し込めるのは問題があります。また、幼い個体を1頭だけにしておくのも不安やストレスを溜め込んでしまうので、避けるべきです。個々の動物の状況に完璧に合わせるのは難しいとは思いますが、ある程度の数値規制は必要です。
業者の従業員1人あたりの飼育頭数や、一個体あたりの繁殖回数の規制もはっきりしていませんし、最低限守るべき飼育環境が何なのか判断できない状況にあります。環境省でも動物行動学の専門家など識者を集めての検討会を始めました。検討会の結果を受けて明確な数値を決め、今回の法改正ではその数値を「守らなければならない」という一文を入れるべきです。検討会が開催されたのは今年2018年3月の1度きりですが(2018年9月半ば時点)、数値規制は法改正の大きなポイントなので、積極的な取り組みを期待しています。
数値規制に加えて、私たちが訴えているのが、動物の虐待防止の強化です。
現行の動物愛護法では「みだりに殺し、又は傷つけた者は…」(第44条)という曖昧な文言で、「みだりに」とは何をもってそう判断するのか、自治体も警察もはっきり分かっていない。ですから、先の福井県坂井市のような動物虐待の事件が起きても、なかなか立件されない現状があります。
私たちは「過密状態で飼養する」「習性に適した給餌、給水を怠る」など、具体的な虐待の定義を盛り込むことを提案していますので、これにより行政や警察の虐待か否かの判断の助けになり、告発もしやすくなります。同時に私たちは、虐待をした人に対する罰則の強化も求めています。現行の動物愛護法では動物虐待は懲役刑の場合2年以下(第44条)で、これは器物損壊罪の3年以下よりも軽微な犯罪となっています。ですから懲役を「5年以下」にすることを要望しています。
「動物には命があり、苦しみを感じる存在だから、彼らの自然な欲求を満たし、幸せな状態におく」という動物福祉の概念を、今回の改正で、動物愛護法の中に据えてもらいたいと思います。

400頭の犬猫が過密状態で飼育されていた。写真提供/公益社団法人「日本動物福祉協会」

400頭の犬猫が過密状態で飼育されていた。写真提供/公益社団法人「日本動物福祉協会」

法改正を「骨抜き」にする自民党議連の抵抗。
宮尾幹成さん(東京新聞社会部記者)

 現在、自民党を含む超党派の議員による「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」が、動物愛護法の改正案提出に向けた作業を進めています。「8週齢未満での販売禁止」「虐待防止のための数値規制」「ペット業者の免許制」、この3つの項目は最優先で実現したいというのが議連の共通認識です。しかし、動物愛護法が「議員立法」であることから一抹の不安が拭えません。

 議員立法の場合、与野党で事前に合意したうえで改正案を提出し、全会一致で成立させる慣行があります。そのため、法案作成の段階で一部議員が抵抗すると合意が叶わず、提出すらできなくなってしまいます。

 実際、2012年の前回の法改正では、8週齢未満の販売禁止が法案に盛り込まれたのですが、土壇場で一部議員が「施行後3年間は45日、4年以降は49日(7週齢)に読み替える」という「附則」を追加するようゴリ押しし、8週齢が事実上無効となってしまいました。多くの議員は8週齢を支持していましたが、この附則に反対すると法案自体がお蔵入りになり、他の合意できている項目まで実現しなくなってしまうため、やむなく受け入れたのです。

 今回の法改正では、自民党の「どうぶつ愛護議員連盟」(会長・鴨下一郎元環境相)を中心に8週齢への強い異論があります。中にはペット業界から政治献金をもらっている議員もいます。それが理由かどうか分かりませんが、私が調べた限り、この議連が8週齢や数値規制をほとんど議論していないことは事実です。

 代わりに検討されているのは、犬や猫の個体を識別するマイクロチップの体内埋め込みの義務化ばかり。「迷子の犬や猫の飼い主が分かり、殺処分を減らせる」、理屈は分からなくもありませんが、8週齢や数値規制の議論をかわす隠れ蓑にしているのではと疑いたくなります。

 日本にはいま1800万頭を超えるペットの犬や猫がいると言われています。もしマイクロチップが義務化されれば、個体情報の管理システムをつくるのに莫大な予算が必要になりますし、チップの製造業者や埋め込み手術をする獣医師の新たな「利権」を生みかねません。

 超党派議連の一部には、ペット業界を刺激する数値規制に及び腰で、虐待に対する罰則強化ばかり主張する議員もいます。しかし、問題は数値規制がないために過密飼育のような虐待を取り締まれないことです。まずは数値規制をやるべきです。

 利権がらみのマイクロチップ義務化には熱心なのに、業界の痛みを伴う8週齢や数値規制は無視する自民党議連と、足並みの乱れもみられる超党派議連──。動物愛護法改正をめぐる国会の動きを取材すると、そんな構図が浮かんできます。 

 2020年の東京五輪まで、幼い犬や猫が街中で売られる異常な光景が続いているのかどうか。今回の法改正が大きな鍵を握っています。

2018年4月、中川雅治環境相(左)に規制強化を盛り込んだ動物愛護法改正を求める署名が提出された。写真提供/共同通信社

2018年4月、中川雅治環境相(左)に規制強化を盛り込んだ動物愛護法改正を求める署名が提出された。写真提供/共同通信社

取材・文/中島泰司(ユークラフト)

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