「米軍基地は沖縄の経済と民主主義をフリーズ(凍結)させている存在です」

「米軍基地は沖縄の経済と民主主義をフリーズ(凍結)させている存在です」

 通販生活の読者の皆さん、いつも沖縄県に心をよせてくださってありがとうございます。
 ご存知の方も多いと思いますが、私は沖縄に駐留するアメリカ海兵隊員の父とウチナーンチュ(沖縄人)の母との間に生まれました。私が母のお腹の中にいるときに父はアメリカに帰ってしまったため、母子家庭になりました。当時は今より子どもを育てながら仕事をするのは難しかったため、母は私をある家庭にあずけ、住み込みの仕事に就いて養育費を送ってくれました。
 私はその家に2歳から10歳まであずけられて「育ての母」のもとで暮しましたが、子どもの頃の私は今よりも肌が白くて、髪の毛ももっと赤くて、見た目は完全に「アメリカ人の子ども」でした。それで、外見が違うというだけでいじめられて、泣いて帰ることもよくありました。ある日、いじめられた話を「育ての母」にすると、こんなことを言われました。
「両手の指を見てごらん。10本の指は同じ高さや太さじゃないよね。人間も見た目はみんな違っていいんだよ。人間の姿かたちは皮一枚なの。皮をとってしまったら、骨も肉も血の色もみんな同じ。気にすることはないんだよ」
 母の話を聞いて、子どもながらになるほどなと思いました。自分がいじめられる理由はないこと、そして人をいじめてもいけないことをぼんやりながら理解しました。政治家はみんな、「だれ1人取り残されない社会」を語りますが、私はおのれの出自によって、つまり理念からではなく体験から語っていくつもりです。

県知事選で示された基地反対の民意を無視して政府は工事を再開しています。

 2018年9月の沖縄県知事選挙で私は、
「ダイバーシティ(多様性)、
デモクラシー(民主主義)、
ディプロマシー(外交)、
の3つのD」を掲げましたが、それらをまとめる言葉として「チムグクル」という沖縄の言葉があります。私心のない、見返りを求めないやさしさをあらわす言葉です。隣人に、あなたはあなたのままでいい、誰もが普通に暮せる社会にしようよというやさしさをあらわす言葉なのです。
 このやさしさは国と国とのつき合い、そして沖縄県と政府とのつき合いにも当てはまるでしょう。後ろ手にナイフを持ちながら、もう片方の手で握手を求めても対話は成り立ちません。両手を差し出して握手をする。誰と対話をするときでも、そこから始めたいと私は思っています。

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 今回の知事選で、私は辺野古の新基地建設に反対することを公約として掲げ、「沖縄の将来はウチナーンチュが決める」と訴えました。相手候補は辺野古の「へ」の字も口にせず、基地問題を争点化させない戦法に出ましたが、県民は相手候補を「自公政権と同じ辺野古基地容認」と認識したと思います。

 選挙の結果、私は8万票余りの大差で勝たせていただきました。つまり、民主主義の正式な手続きである「県知事選挙」にのっとって行なわれた「民意の結論」は、「新基地建設に反対する」だったのです。

 新基地建設に対する民意が示されたのは、今回の知事選だけではありません。この20年余り、沖縄県民は「新しい基地はつくってほしくない」「未来の世代に負担を押しつけたくない」と訴え続けてきましたが、日本政府は相手にしてくれませんでした。とくに県民が失望し、ワジワジーした(怒った)のは2013年12月です。

 当時知事だった仲井眞弘多さんは「普天間基地は県外に移設する」という公約で当選したにもかかわらず、突如ご自分の公約を破って、日本政府が提出していた辺野古の埋め立て申請を承認してしまったのです。多くの県民は深く落胆し失望しましたが、同時に自分たちが奮い立たなければ状況は変えられないのだという想いから、翌14年、「魂(まぶい)の蜂起」とも言うべき運動が起きました。

●14年、1月の名護市長選挙では基地反対派の稲嶺進さんが当選、
●9月の名護市議会議員選挙で基地反対派が過半数当選、
●11月の県知事選挙では辺野古基地反対の公約を掲げた翁長雄志さんが当選、
●12月の衆議院議員選挙では1区から4区までの沖縄全選挙区で基地反対派が勝利。

 このように、沖縄県民は基地建設反対の強い意思を選挙への投票によってはっきり示したのです。

 翁長さんはその県民の明確な意思を実現すべく、まさに命がけで日本政府と対峙しました。そしてご病気で亡くなる約2週間前の18年7月27日、「辺野古の埋め立て承認は承認後の事実から要件を満たさなくなったので撤回に向けた聴聞の手続きを実施する」と記者会見で発表。その後聴聞手続きを経て、8月31日に埋め立て承認を取り消しました。

 私は、翁長さんが命を賭して守ろうとしたこの県民との約束を受け継ぐために急遽立候補させていただき、辺野古新基地建設反対を訴え沖縄県知事選で過去最多の票を得て当選しました。

 ところが、私が就任後初めて安倍総理と菅官房長官と会談し、対話による解決を求めたわずか5日後の10月17日、防衛省沖縄防衛局は「行政不服審査法」に基づいて埋め立て承認撤回の効力を停止するよう国土交通大臣に申し立てたのです。安倍内閣の一員である国土交通大臣はさっそく、この申し立てを認めます。自作自演もいいところですね。

 これを受けて沖縄防衛局は11月1日に、それまで中断していた辺野古新基地建設の工事を再開させました。これは、まさに民主主義の破壊行為です。選挙という民主主義のルールにのっとって表明した沖縄県民の民意をこのようにあっさり無視して、本当に日本は民主主義国家だと言えるのでしょうか。

「行政不服審査請求」とは本来、一般私人が自分の権利や権限を守るために行政を相手取って不服を申し立てる制度です。ところが、今回は行政官庁である沖縄防衛局が私人になりすまして訴えを提起し、同じく行政官庁である国土交通省がその訴えを認めたわけで、法治国家においてはとても考えられない行為です。辺野古新基地反対の民意によって当選した翁長雄志さんが法の支配にのっとって埋め立て承認を撤回したのに対して、それを政府は法の趣旨をねじ曲げて覆すというのですから、まさに民主主義を破壊する行為です。

 私が知事に就任したあと、11月9日から約1ヵ月間、この問題をめぐって政府と沖縄県との間で集中協議を行ないました。翁長さんの知事時代にもこうした協議の場が設けられたことがあります。そのときは物別れに終わりましたが、さすがに協議の期間中は辺野古の工事は中断されました。しかし、今回は協議期間中も工事は続けられています。「協議には応ずるが工事は進める」としています。

 それでも、私は「対話で物事を解決する」という基本姿勢を変えるつもりはありません。お互いの考えが違うことを認めたうえで、対話をする中で解決に向けた糸口を見つけていくしかないと考えています。沖縄県は法の支配にのっとって埋め立て承認を撤回しました。一方、政府は「法の趣旨に従ってその承認撤回の効力を停止した」と主張します。どちらにその理があるのかはすでに明らかですが、政府と今後も対話を続けていくなかで、沖縄県以外の国民の皆さんにも理解していただけるよう、協議を続けていくつもりです。

「すでに後戻りができないくらい基地の建設工事は進んでいる」というのは間違いです。

 対話の一方で、私たちは基地建設を阻止するために具体的な行動をしなくてはなりません。まず、政府や一部メディアが言うような「辺野古基地の工事はもう後戻りできないくらい進んでいる」というのは間違いであることを、2019年の新年冒頭に沖縄県知事として全国の皆さんに明言しておきます。

 テレビのニュースで辺野古の海に石材が投下されている映像などをごらんになって、工事は相当進んでしまっていると勘違いされている方が多いのではないでしょうか。現実は違います。これまで政府は護岸工事の一部などを強行してきましたが、計画にある22の護岸のうち、7つの護岸工事しか着手しておらず(18年11月時点)、「後戻りできない」と言うにはほど遠い状況なのです。だからこそ、強引に工事を進めているわけですが。

 政府は「辺野古が唯一の解決策」と繰り返し言う一方で、同時に工事が相当進んでいると思わせることで、基地に反対する人たちに「あきらめ感」をつくろうとしているのでしょう。それは全く事実ではないことを私たちは繰り返し訴えていますが、メディアの皆さんにもそのことをもっと伝えてもらいたいものです。

基地建設工事はまだ始まったばかり。

 もちろん知事の立場からの法的な手段による基地建設阻止策も考えています。1つは、埋め立て承認撤回をめぐる国の執行停止決定について、総務省の第三者機関である「国地方係争処理委員会」に審査の申出を11月29日にしました。国の審査請求が法の趣旨を逸脱した違法行為であったことを、しっかりと認めてもらいたいと考えています。

 2つめは海底地盤の問題です。現在政府は工事が進行しているように見せかけるため、まず浅い海域のエリアを護岸で囲って土砂を投入しようとしています。しかし、それ以外の深い海域のエリアに実は大きな問題があるのです。このエリアは「マヨネーズ並みの柔らかさ」ともいわれる超軟弱地盤であることが分かっていて、埋め立てを行なうには大規模な地盤改良工事が必要になります。

 さらに、基地建設予定地には2本の活断層が存在することも指摘されています。沖縄防衛局は詳しい地質調査の結果を公表しないまま「安全性に問題はない」と主張していますが、弾薬なども扱う基地を活断層の上に建設すれば、地震が起きたときには大きな被害が出ることが容易に予測できます。

 このように、辺野古の工事を現在の計画のままで進行することは絶対に不可能なのです。しかも、工事計画を変更するためには県知事の承認が必要になりますから、これから何度も何度も、政府が私に承認を求める場面が出てくるでしょう。そのときには、今申し上げた地盤や活断層の問題を踏まえて、しっかり判断していこうと思っています。

「沖縄」への基地集中は、「本土」の基地反対闘争の結果でした。

 日本政府だけでなく、アメリカに対しても私は基地建設反対の声を届け続けたいと思っています。その第1弾として11月11日から16日までニューヨークとワシントンDCを訪問し、ニューヨーク大学で講演を行ない、市民と交流もしてまいりました。

 また、国連の中満泉事務次長とお会いして、国連と沖縄の連携について話をさせていただきました。ワシントンDCでは、国務省のナッパー国務次官補代理や国防総省のボスティ日本部長代行、連邦議会調査局の方々と意見交換を行ない、お互いそれぞれの考え方等を主張しつつも、対話によって問題解決への糸口を見つけていく努力を重ねていきたいということを申し上げました。

 アメリカにルーツを持つ私が「辺野古の基地建設反対の民意が県知事選で示された」事実を改めて伝えることは、アメリカにとっても今までとは違う重みがあるはずだと信じています。今回の訪米は、母の国である日本政府だけでなく、父の国であるアメリカ政府とも対話を続けていく、そのスタートラインにはなったと考えています。

 私は今後、アメリカ政府だけでなくアメリカ国民にも「皆さんが考えている民主主義と沖縄の民主主義を同時に成立させるにはどうすべきだと思いますか」と訴えていくつもりです。

 日本の戦後は、アメリカの民主主義のもとに始まりました。そして1972年、沖縄は日本国憲法が掲げる民主主義のもとに返りました。しかし、復帰から50年近く経った今も、国土のたった0・6パーセントの面積しかない沖縄に、在日米軍専用施設の70・3パーセントが存在し、米軍による事件・事故は後を絶ちません。

 沖縄県は、事件事故が発生する度に、綱紀粛正、再発防止、教育の徹底等を日米両政府に何度も強く申し入れてきましたが、現状では全く変わらないと言っても過言ではありません。アメリカの民主主義と日本の民主主義、そして沖縄県民が実感している民主主義は、果たして同じものなのでしょうか。

 日本とアメリカの間には日米安全保障条約があり、私はこの体制自体は支持しています。そして沖縄県内の米軍基地についても、全てを今すぐ返還すべきだと考えているわけではありません。しかし、米軍基地の多くが沖縄に押しつけられている異常な事態はいずれ解消されなければならない。ましてや新たな負担となる辺野古の新基地建設は絶対に認められない、と言っているだけなのです。

 今の若い方の中には、米軍基地はもともと沖縄にあったと思っている人も多いかもしれませんが、そうではありません。

 1945年に戦争が終わった後、46年から47年にかけて、日本に駐留していた米軍の大半は部隊を解散してアメリカに帰っていきました。ところが50年に朝鮮戦争が起きると、米軍はその戦争に参加するため、武装して韓国や日本に戻ってきました。そのとき、当初は日本の「本土」で米軍基地を拡張しようとしたのですが、多くの場所で地元住民による反対運動が起きたのです。

 冷戦の時代でした。日本列島をソ連と中国という共産主義国家に対する防波堤にするためには、日本のどこかに米軍基地を置かなければならない。そこで、当時は日本からもアメリカからも法律の「埒外」に置かれていた沖縄が選ばれたわけです。きつい言い方をするなら、「本土」の人たちが、自分たちの近くに基地はいらないと言って米軍を追い出した、その基地反対闘争の「勝利」が結果的に沖縄への基地集中につながったわけです。

玉城デニーさん

沖縄の米軍基地問題について、「本土」の人たちはどれぐらい関心をお持ちなのでしょうか。

 そうして、日本「本土」から米軍部隊が沖縄に移ってきて、海兵隊がキャンプ・シュワブやキャンプ・ハンセンに入り、普天間基地を拡張していきました。

 辺野古にあるキャンプ・シュワブは「辺野古の人たちが自ら進んで米軍に土地を差し上げた」などと言う人がいますが、事実は全く違います。他の地域で米軍の「銃剣とブルドーザー」によって家屋を押しつぶされ土地を奪われる無法な状況が続いているのを目の当たりにした辺野古の皆さんは、委員会を開いて苦渋の選択をしたのです。

 辺野古区事務所が発行した「辺野古誌」には、当時の琉球列島米国民政府は水面下での地主との交渉の中で、「これ以上反対を続行するならば、強行立ち退き行使も辞さず、一切の補償も拒否すると勧告してきた。」と記されています。このまま反対をしているだけでは、今住んでいる場所も含めてすべての土地を奪われてしまう。それよりは、一部の土地を米軍に提供することで住居のある場所だけは確保させてもらうしかない。辺野古の人々はそこまで追いつめられていたのです。

 そして、今、辺野古の皆さんは再び基地建設に賛成か反対かという苦渋の選択を押しつけられているのです。あまりにも理不尽すぎると思いませんか。

本土の人が日米安保条約を支持するのなら、米軍基地と向き合ってください。

 18年1月に内閣府が実施した「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」では、日米安全保障条約が「日本の平和と安全に役立っている」と考える人が約8割に達しました。その多くは「本土」の人たちでしょうが、ではその安保体制の背景にある沖縄の米軍基地問題について、「本土」の人たちはどれくらい関心をお持ちなのでしょうか。

 沖縄で米兵による事件や事故が起きて、日米地位協定の定めによって十分な捜査や取り調べさえできないようなことが発生しても、「日米地位協定を改定すべきだ」といった声が全国的に盛り上がることはありません。「本土」で暮す人たちの身近な場所に米軍基地がないからでしょう。街中で軍服を着ている米兵の姿を目にすることも、Yナンバーを付けた車(駐留米軍関係者の私用車)を見かけることもないからでしょう。

 沖縄ではYナンバーの車と日本の車両の交通事故を頻繁に見かけますし、軍服を着た米兵の姿もしょっちゅう目に入ります。週末になれば繁華街で若い米兵が遊んでいます。そして、何よりも軍用機や戦闘機、さらにはオスプレイが爆音を鳴らして四六時中空を飛んでいます。沖縄では、そうした光景が当り前なのです。

 日米安保体制は日本とアメリカとの間の約束事であり、その日米安保体制を実行するためにあるのが日米地位協定です。つまり、地位協定は、全ての日本国民の頭の上にかかっている「網」なのです。

 たとえば、公務中の米兵が横須賀から横田へ高速道路を使って移動する途中で重大な事故を起こしたとします。しかし、日米地位協定の定めによって、この米兵を日本の法律で罰することはできません。「本土」に住む人がそうした事故に巻き込まれたとたん、誰もが日米地位協定の不条理を目の当たりにすることになるのです。

玉城デニーさん

「本土」の皆さんにとって、ふだんは米軍の存在が身近ではないために、地位協定の存在そのものや、地位協定が抱える問題点にも、関心が薄いかもしれませんが、皆さんもまた、この不平等な地位協定の犠牲者側に簡単に追いやられてしまう立場にあるのです。

「沖縄は米軍基地があるから経済が成り立っているじゃないか」というセリフも、さも当たり前のように語られます。たしかに、戦後の沖縄がスタートした1950年代には県民総所得に占める米軍基地からの収入は約50パーセントでした。72年に「本土復帰」が成り、施政権がアメリカから日本に移ったときでも基地収入は約15パーセントでした。

 しかし、現在では、約4兆円の県民総所得に占める基地収入の割合はわずか5パーセント程度に過ぎません。観光産業は年々成長しており、17年度に沖縄を訪れた観光客数は957万9900人を記録し、5年連続で過去最高を更新しました。

 翁長さんは知事時代に「米軍基地は沖縄経済の発展の最大の阻害要因だ」とおっしゃいましたが、私は「米軍基地は沖縄の経済と民主主義をフリーズ(凍結)させている存在だ」と思っています。

 それを解かすためには何をすればよいのか。

 「どうぞ米軍基地を県外・国外に持って行ってください」
 それだけです。

2月24日に「辺野古米軍基地建設の賛否」を問う県民投票が実施されます。

 日本では、選挙で選ばれた代表が議会で議決をして物事を決める間接民主主義をとっていますが、それを補う1つの形として、有権者の50分の1以上の署名が集まれば条例の制定を地方自治体の長に求められることが地方自治法で認められています。今回の辺野古米軍基地建設の賛否を問う県民投票も、住民側の直接請求により発案されたものです。

 沖縄の有権者は約115万人ですから、条例制定請求には2万3000筆の署名が必要ですが、それを大きく上回る9万2848筆が集まりました。これほどまでにたくさんの署名が集まったことは、県民投票に対する県民の意識の高さの表れでしょう。これを受けて、県議会の賛成の議決をもって県民投票条例が制定されました。

 国によって沖縄の民意が無視され続けているなかで、改めて沖縄県民が辺野古米軍基地建設の賛否をめぐって賛成か反対かの1票を投じるのです。本土の皆さん、ぜひ、2月24日の県民投票の結果をごらんになって、辺野古米軍基地建設の問題に正面から向き合ってくださいませんか。

玉城デニーさん

本名/玉城康裕(デニーは子どもの頃からの愛称)
1959年、沖縄県与那城村(現うるま市)生まれ。ラジオパーソナリティやタレントとして活動し、2002年9月、沖縄市議会議員選挙で初当選。09年8月、衆議院議員選挙に沖縄3区から出馬し当選。以降4期連続当選。18年9月、沖縄県知事選挙で当選。中学生のころから音楽活動を続けており、現在もバンドではボーカルとギターを担当している。

インタビューを終えて

2018年11月1日、わが国は、民主主義の国ではなくなりました。戦後史に残る大汚点です。

18年11月、東京・千代田区にある都道府県会館の沖縄事務所で玉城知事に約1時間取材することができました。知事は挨拶回りなどのための上京でした。

――選挙中に比べて少し体型、戻ったようですね。
――これ以上、太ったら、ギターがお腹に邪魔されてロックンローラーに戻れないわよって、妻に言われています(笑)。 

 2018年9月30日、日本国の法律にしたがって、沖縄県知事選挙が行なわれた。
 普天間米軍基地を移設するために、辺野古沿岸部を埋め立てて米軍基地を拡張する工事に反対する玉城候補と、工事について一言もふれない佐喜眞候補の一騎打ちとなった。結果は、米軍基地拡張工事反対の玉城候補の勝利に終わった。
この民意を受けた日本政府は辺野古の米軍基地拡張工事の即刻中止を決定し、国民に表明した。日本は中国や北朝鮮やサウジアラビアとは違う民主主義国家なのだから、この決定は当然だった。

 となるはずでしたが、現実は安倍コベです。安倍政権はこの沖縄県民の民意を全く無視して、まるで県知事選挙などなかったかのように、11月1日から拡張工事を再開しました。
 玉城知事が指摘されたように、これって、明らかに選挙結果を無視した民主主義の破壊行為です。それなのに、この安倍政権の反民主主義的態度について、新聞、テレビの批判はあまり目にしません。モリカケ疑惑のときは連日、民主主義を破壊する大問題としてあれほど批判したのに。
 国が民主主義を放棄するときは、国民が国に民主主義を守らせるしかありません。
 そこで、提案します。

国民の多数が日米安保条約を支持する以上、普天間米軍基地は「本土」に移転させるべき。どこに移転するかは、くじ引きで決める。

 いきなり「くじ引き」と聞いて笑い出す人がいるかもしれませんが、「くじ引き」以外に危険迷惑施設の移転は実現不可能でしょう。
 いま、在日米軍施設は次の13ヵ所に点在しています。

数字は都道府県の面積に対する米軍基地面積の割合。2018年3月31日現在、防衛省ウェブサイトより。

数字は都道府県の面積に対する米軍基地面積の割合。2018年3月31日現在、防衛省ウェブサイトより。

 そこで、47都道府県からこの13都道府県を差し引いた「米軍基地ゼロの34府県」でくじ引きをするか、それとも自衛隊基地の施設の割合を加味した新基準をつくってくじ引きをするか。
「本土」に住む読者の皆さんは、この案、どう思われますか。

今回の「沖縄県知事選挙」に対する安倍政権の民意無視は、「九条改正国民投票」への不安につながります。

 九条改正国民投票の結果が、安倍政権の意に反して「現行条文多数派支持」となった場合、安倍政権は沖縄県知事選後のふるまいと同じように、「すでに安保法制で集団的自衛権の行使容認は決定しているので、国民投票の結果とは関係なく、自衛隊は米軍と一体化して海外の戦争に参加できる」と居直るのでしょうか。
だったら、何のための九条改正国民投票なのでしょうか? とても不安になります。

(読み物編集長・平野 裕二)

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