「芸人は核心をついてはいけない。その周りをハエみたいにブンブン飛んでいればいいんだ」——上岡龍太郎さんの言葉

「芸人は核心をついてはいけない。その周りをハエみたいにブンブン飛んでいればいいんだ」——上岡龍太郎さんの言葉

「芸人は核心をついてはいけない。その周りをハエみたいにブンブン飛んでいればいいんだ」——上岡龍太郎さんの言葉

 1979年、きたろう、斉木しげるとコントグループ「シティボーイズ」を結成してデビューしました。バラエティ番組を中心に、個々の仕事も少しずつ増えてきた頃、上岡龍太郎さんが司会を務める関西の番組『EXテレビ』に呼んでもらったんです。関西を中心に活動していた上岡さんとはお会いしたことがなく、「気難しい人」だと噂で聞いていたくらいでした。

 ところが、せっかく声をかけてもらった番組でしたが、最後にひと言しかしゃべることができませんでした。重鎮がたくさん出演しているうえに、この方々がしゃべるしゃべる。東京の番組なら「大竹さん、どう思いますか」と、司会者が振ってくれるんですが、関西ではそれがありません。上岡さんは特に、意見があるなら自分から話すだろうという考え方らしいのです。番組が終わって廊下で上岡さんとすれ違ったとき、「お前は卑怯だ」と言われました。その真意はわからなかったんですが、「関西の番組の出演機会を逃しちゃったな」と、ただただ落ち込んで東京に戻ってきました。

上岡さんは「ゴルフなんてやるやつの気が知れん」と言ってましたが、いつの間にかゴルフ仲間になっていました。
上岡さんは「ゴルフなんてやるやつの気が知れん」と言ってましたが、いつの間にかゴルフ仲間になっていました。

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 それがどういうわけか、その2、3ヵ月後に、また同じ番組に呼ばれたんです。前回は失敗していたので「こうなったらしゃべり倒してやろう」と開き直って行きました。的が外れていようがお構いなしに、最初から最後までしゃべりまくったんです。番組終了後、廊下で上岡さんにばったり会って、怒られるのかなと思ったら「大竹、しゃべりすぎや」って笑ってました。それから定期的に番組に呼ばれるようになったのです。遠慮して意見を言わないのは卑怯で、どんどんしゃべったほうが評価される。「オモロイものが勝ち」という関西独特のノリに慣れて来た頃、今度は上岡さんが東京に進出するようになり、東京の番組でも呼んでいただいて、ご一緒する機会が増えました。

 2000年に上岡さんが芸能界から引退すると聞いたときは、僕もびっくりしました。上岡さん夫妻は仲がいいのですが、奥さんに「私がもし、時代からずれたり間が悪いことをテレビで言っていたりしたら、引退するので教えてください」とお願いしたら、「今です」と即答されて引退を決めたそうです。上岡さんのことだから多少話を盛ってるかもしれませんけど(笑)、スパッとやめてしまうところが上岡さんらしい。
 こうした上岡さんの性格を考えると、引退後に雑誌に写真が載るのは好まないだろうなと思うんです。だから、上岡さんが一緒にいるのは間違いないのですが、上岡さんが写っていない写真(上)で勘弁してください。

 僕もテレビやラジオで時事問題について話をすることが多いですが、「あいつ、馬鹿なこと言ってる」と笑ってもらえるように、核心の周りをブンブン飛んでいようと心がけています。

おおたけ・まこと 1949年、東京都生まれ。79年「シティボーイズ」を結成、お笑い界のニューウェーブと呼ばれる。08年、北野武監督の映画『アキレスと亀』に出演。10年には映画『Dark on Dark(シティボーイズのFilm noir)』において監督・脚本を手掛ける。テレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』などでも活躍中。

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