通販生活写真館食堂・レストランの巻

笑顔があふれる場所、幸せになれるところ。文*泉麻人(コラムニスト)

 食堂、という言葉の響きは懐かしい昭和の生活風景を連想させる。レストラン、の方もカタカナ書きにすると、チキンライスやハンバーグ……なんかを看板メニューにした日本式の洋食屋がふとイメージされる。

 そんなテーマの今回、まず目についたのがデパートの食堂風景のスナップ。わが国最初のデパート内食堂は、明治36年の日本橋白木屋(現在のコレド日本橋の場所に存在)といわれ、またデパートの人気メニュー、お子様ランチの元祖は昭和5年の日本橋三越、とされている。

 Aの幼女がナイフとフォークを使って食べようとしているのは、お子様ランチだろうか……。「昭和33年。ナイフとフォークの使い方を教えてくれた母は現在95歳。いまもオシャレを忘れない人です」と書かれているが、逆算するとこの写真の当時は30代半ば頃。ここは大阪のデパート(髙島屋か大丸、と記されている)らしい。しかし、お母様のボタンがいっぱい付いたブラウス、60年前としては相当オシャレなマダムファッションだ。

大阪府・楠亀佳津子さん 5年前、94歳で亡くなった父が撮ってくれた写真。
A大阪府・楠亀佳津子さん
5年前、94歳で亡くなった父が撮ってくれた写真。

 Bは池袋の東武デパート。女の子たちがわざわざ前掛けをしているのが可愛らしい。池袋はわが家から近かったので僕もよく行ったが、昭和41年というと東武はまだできて3,4年の頃だろう。ちなみに僕が池袋で贔屓にしていたのは東口の西武。大食堂はいつも混み合っていて、食べてるすぐ後ろにお客さんが立って、席が空くのを待っていた光景を思い出す。そして、西武は昔から新しもの好きだったのか、ショーケースにワラに包まれたピータンのサンプルが置かれていたのを記憶している(あの妙なもんはナンだ?といつも思った)。

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神奈川県・柏﨑久美子さん/デパートの食堂は、いつもエプロンをくれるのが楽しみだった。
B神奈川県・柏﨑久美子さん
デパートの食堂は、いつもエプロンをくれるのが楽しみだった。
C 東京都・内田由貴子さん/日本橋三越のクリスマスパーティー。歌やクイズで楽しんだ。
C東京都・内田由貴子さん
日本橋三越のクリスマスパーティー。歌やクイズで楽しんだ。

 昭和40年、日本橋三越はシャレたことをやっている。Cは特別食堂で催された“子どものためのクリスマスパーティー”。そしてこの写真、当時まだ珍しかったポラロイドカメラで撮られたスナップ(各テーブルで撮影するサービス)だという。
 もう1点、地方のデパートを。Dは大分にいまも健在のトキハデパートの食堂。「弟はいなり寿司、私はオムライスが定番でした」とあるけれど、テーブルにドカンと置かれた湯のみのヤカンがいかにも昭和38年の食堂である。

D 大分県・柴田久美子さん/蒸気機関車で1時間余りかけて出かけたトキハデパート。
D大分県・柴田久美子さん
蒸気機関車で1時間余りかけて出かけたトキハデパート。

 食堂といえば、学食というのもある。Eは昭和39年の法政大学の食堂。女性ばかり並んでいるが、この時代はまだ法政あたりで女子学生は珍しかったのではないだろうか。
「法政大学文学部3年生、ゼミの人たちと学食で。各々違うメニューをチョイスしている。300円くらいだったか……」
 奥の男子たちのグループと、くっきり列が分かれているのが時代だ。

E 神奈川県・篠田弥生子さん/法政大学の学生食堂で友人たちと。右から2人目が私。
E神奈川県・篠田弥生子さん
法政大学の学生食堂で友人たちと。右から2人目が私。

 Fは広島の高校の臨海学校。昭和36年、場所は大崎上島の小学校らしい。こちらは男女が合同見合いのように向かい合っているけれど、どことなく照れて目をそむけているような空気感が伝わってくる。

F 山口県・乗兼佑司さん/高校時代に行なわれた2泊3日の臨海学校の夕食風景。
F山口県・乗兼佑司さん
高校時代に行なわれた2泊3日の臨海学校の夕食風景。

 Gは、昭和45年の仙台七夕祭りでの一コマ。「ファンタを飲むおばあちゃんを扇子であおいであげている男性は親子なのか、知人同士なのか?」と投稿者は書いているが、この2人の息づかいまで聞こえてきそうな、ナイスショットだ(背景のキリスト教会の警句も妙に効いている)。

G 東京都・村角創一さん/仙台の七夕祭り。猛暑の中、簡易休憩所で一息つく人たち。
G東京都・村角創一さん
仙台の七夕祭り。猛暑の中、簡易休憩所で一息つく人たち。

 この辺で、食堂そのものの写真をいくつか。Hはいかにも昭和の時代らしい、町のおそば屋さんの開店ショット。「『おばさんの店で記念写真を撮るから……』と母が私にオシャレさせて、コテで髪の毛をくるくる巻いてパーマをかけているようにしてくれました」と書いた彼女は、左端にいる女の子。この写真のタイトルバックとともに、ほのぼのとしたホームドラマが始まりそうな想像が浮かぶ。

H 静岡県・相羽真佐子さん/叔母夫婦が開店したそば屋の前で。前列左端がオシャレした私。
H静岡県・相羽真佐子さん
叔母夫婦が開店したそば屋の前で。前列左端がオシャレした私。

 見た瞬間、わっ、こんな店行ってみたかったなあ……と思ったのがI。COFFEE(レストラン)地球──ってネームは凄い! 昭和20年代半ば、東京新宿・歌舞伎町のコマ劇場近くにオープンした店で、玄関先にいい感じで立っているのが投稿者の祖父(創業者)だという。そして、昭和30年代半ばの改装時に撮ったという別の写真の店先に掲げられた品書きには、なかなか魅力的なメニューが並んでいる。インデアンカレーライス、ゴールデンライス、地球ライス……ゴールデンライスってのはドライカレー(ピラフ)風のものでは……と想像がつくけれど、店名を冠した地球ライスとはどういうものだったのか、気になる。もしや「地球」の名称、かつてコマの西側にあった映画館「地球座」(いまのヒューマックスパビリオン新宿アネックスのところ)と関係しているのだろうか。投稿者の手紙で、おっ!と思ったのは「室伏広治さんのお父様やフォーリーブスの方々がよくお見えになったそうです」の一文。室伏氏はともかく、フォーリーブスは「地球はひとつ」って歌をうたっていた頃じゃないのかなぁ……。

I 東京都・鍬本真理さん/祖父が経営していた新宿コマ劇場近くのレストラン「地球」。
I東京都・鍬本真理さん
祖父が経営していた新宿コマ劇場近くのレストラン「地球」。
I 東京都・鍬本真理さん/昭和30年代半ばに建て替えられた「地球」の店頭。
昭和30年代半ばに建て替えられた「地球」の店頭。

 最後の1枚はちょっと異色の食堂を。箱根の金時山山頂にある金時茶屋J
「今から58年前、昭和36年4月2日、友人と金時山から乙女峠へハイキングをしました。富士山は絶景で金時山山頂の金時娘の茶屋に立ち寄りました。目的は有名人・金時娘(小見山妙子さん)に会うこと」
 金時娘──僕は存じあげなかったのだが、昭和7年に足柄村(現・小山町)で生まれた彼女、強力(ごうりき)の仕事をしていた父親に付いて13の歳から金時茶屋で手伝いを始めて“看板娘”として親しまれてきたらしい。なんでも、長嶋茂雄が選手時代の昭和37年から41年まで、仙石原でのトレーニングの折に訪れたというが、この写真はその前年。白いエプロン姿の彼女、29歳の頃ということになる。
 ネットでチェックしてみたら、金時娘さん、86歳になるいまも車イスに乗りながら(大腿骨骨折から復活したという)、元気そうな姿を見せていた。

J 埼玉県・小泉保夫さん<br>満席の金時茶屋で店を切り盛りする金時娘・小見山妙子さんと。
J埼玉県・小泉保夫さん
満席の金時茶屋で店を切り盛りする金時娘・小見山妙子さんと。

いずみ・あさと●1956年、東京都生まれ。編集者を経てコラムニストに。『東京23区外さんぽ』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞出版局)、『大東京23区散歩』(講談社)など著書多数。

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