週刊通販生活トップページ  >  読み物:『九月、東京の路上で』の著者・加藤直樹さんインタビュー

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「これは、現在につながる問題。まずは90年前の東京で起こったことを“目撃”してほしい」取材・構成/仲藤里美(フリーライター) 撮影/吉崎貴幸

東京は「被害者と加害者の子孫が
ともに暮している街」だと気づいた。

――今年3月に出版された加藤さんの著書『九月、東京の路上で』は、関東大震災の際に起こった朝鮮人虐殺事件の実相を、当時の手記や証言などをもとに描き出す歴史ノンフィクションです。ここ1~2年のヘイトスピーチが蔓延する状況(注)に警鐘を鳴らす内容ですが、関東大震災(1923年)のときの朝鮮人虐殺については、以前からずっと関心を持たれていたそうですね。

(注)2012年ごろから、東京・新大久保、大阪・鶴橋などを中心に、「在日特権を許さない市民の会」などのグループが「朝鮮人を叩き出せ」といった排外主義的な文言を掲げ、デモや街頭演説などを行なっていることを指す。

加藤  興味を持った最初のきっかけは、2000年の石原(慎太郎)都知事(当時)の「三国人発言」です。当時は、「三国人」という表現が差別語ではないかということが主に問題視されていたんですが、僕がそれ以上に気になったのは、石原都知事が言うような「地震のときに自衛隊が出動して外国人を鎮圧する」ことが必要になる状況が本当に起きえるのだろうかということでした。もし、あり得ないような状況を挙げて危機を煽っているんだとしたら、そんな人が都知事だというのは逆に災害のとき、まずいことになるんじゃないかと思ったんですね。
 それでまず、イタリア、トルコ、アメリカなどある程度の先進国で、直近の30年間に起こった地震や他の災害について、当時の報道などを調べてみました。そもそも地震の際に外国人による暴動が起きたか、あったとしたらそれは軍隊が出動しないと鎮圧できないようなものだったのか……。結局、そんな事例は一つも出てこなかったんです。

――一つもですか。

加藤  「外国人が」とか「軍隊が」とかいう以前に、暴動が起きたという事例自体が一つも見つかりませんでした。むしろ、歴史全体で見れば、災害のときに外国人などのマイノリティに関する流言が飛び交って、迫害に結びついたケースのほうが多かったんです。
 そこで、日本の関東大震災のときはどうだったんだろうと思って、在日コリアンの歴史学者・姜徳相(カン・ドクサン)さんの『関東大震災』という本を読みました。それまで僕は、朝鮮人虐殺とは単に「地震の混乱の中でデマが流れて、パニックになった人たちが虐殺に走った」事件だと思っていたんですが――そして、それは間違いではないんですが――姜さんの本ではさらに、行政が「そういうこともあるかもしれない」とデマを拡散したことが事態を悪化させたという事実が指摘されていた。背景には、行政の差別的な偏見があったんです。

――それは、まさに石原都知事の「三国人」発言と重なります。

加藤  そう、同じですよね。もし石原さんが都知事の間に首都直下型地震でも起きたら、さすがに自警団が日本刀で人の首をはねたりすることはないとしても、行政がまず治安ありきで「外国人を疑え」という方向で動くことは十分あり得る、と思いました。そう考えたときに、これは全然「過去のこと」ではないんじゃないかと感じて。そこから、少しずつ関東大震災に関する文献などを読み進めるようになったんです。
 その後、墨田区の横網町公園で犠牲者の法要が毎年9月に開かれているというので、関東大震災から80年後の2003年に見に行きました。そうしたら、会場はおじいさんやおばあさんでいっぱい。80年前ですから、存命の遺族がそんなに大勢いるはずはない。不思議に思って、隣に座っていたおばあさんに「どなたが亡くなられたんですか」と聞いてみたんです。そうしたら「兄です」という。よく聞いたら、その法要は関東大震災だけじゃなく、東京大空襲(1945年)で亡くなった方の慰霊も兼ねて開かれていて、おばあさんは空襲でお兄さんを亡くされた人だったんです。
 空襲と震災の法要を一緒にやるというのもどうなんだろう、と思いながら座っていたら、今度は会場の外から、朝鮮の民族楽器の音が聞こえてきた。何だろう? と思って係員に聞いたら、午後に関東大震災のときの朝鮮人犠牲者の追悼式が開かれるので、そのリハーサルです、という。それを聞いたときに、自分の中で「あっ」と見えてきたものがあったんです。

――どういうことでしょう?

加藤  そのおばあさんは、お兄さんを空襲で亡くした。でも、彼女のお父さんは年代的に言えばもしかしたら、大震災のときには朝鮮人を「殺した」側だったかもしれません。東京という街は、たった90年の歴史の中で、殺した側と殺された側の子孫がともに暮している場所なんです。それは、ルワンダや旧ユーゴで起こったことと変わらない。そのことが忘れ去られているのはおかしいんじゃないか、と感じました。そこから、90年前にこの街で生きていた人々の姿を描いてみたい、それを通じて歴史への想像力を取り戻したいと思うようになったんです。

単なる過去ではなく
今を考えるためのきっかけとして。

――そこから10年ほど経って、東京・新大久保などで「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などによるデモがはじまるわけですね。

加藤  彼らは2012年の夏ごろから、月2回くらいのペースで執拗に大久保でのデモを続けていました。「朝鮮人を叩き出せ」といったプラカードを掲げて大通りを歩き、歩道に向かって「死ね」と叫んだりもする。終わった後も「お散歩」と称して路地裏を歩いて、コリアンの店員さんがいるお店の看板をばんばん叩いたり……。もともと僕は大久保出身で、20歳くらいまでそこで育ったのですが、日本人も在日コリアンもたくさんいて、当たり前のように一緒に暮していた、その街のあり方を否定されたような気がして、非常に頭に来ていたんです。
 2013年に入るころからは、そうしたデモに対する反対行動がさまざまな形ではじまって、僕もそこに参加するようになりました。ただ、その中でも、それからツイッターなどの議論を見ていても、この問題について話すときに、関東大震災のときの朝鮮人虐殺に触れる人が――それも、ちょうど90年の節目の年だったのに――誰もいないということに、とても違和感があったんです。

――同じ街で起こった、同じような差別問題でありながら、その二つを重ねて捉える人はいなかった。

加藤  そうなんです。でも、在特会などの存在は最近になっていきなり登場したわけじゃなくて、そこに至る背景があったわけですよね。それを歴史的に俯瞰して見ておくべきなんじゃないだろうかと思いました。
 たぶん「朝鮮人を殺せ」という集団が現れて、街中を堂々と練り歩くというのは、関東大震災以降で初めて起こったことです。そして、関東大震災のときにはその「殺せ」が実行されてしまったわけで……単なる過去としてではなく今を考えるためのきっかけとして、関東大震災の記憶を共有することが絶対に必要なんじゃないかと思いました。それで、反対行動に一緒に参加していた友人たちと相談して、朝鮮人虐殺に関する記録を綴るブログをはじめたんです。

――それが今回の著書のもとになったブログですね。関東大震災が起こった前日、8月31日にスタートして、翌日からは90年前に東京と近郊の各地で起こった虐殺事件の記録を、それと同じ日、同じ時刻にアップしていくという形式を取られていました。

加藤  最初は追悼イベントのようなことも考えたけれど、それではもともと興味のある人にしか発信できない。そこで思いついたのが、ブログとツイッターを連動させることでした。ツイッターの面白さって、ある場所で今起こっていることを、たくさんの人たちで共有できるところにありますよね。それを利用して、いわば90年前の東京を「中継する」ことができないだろうかと思ったんです。
 それで、図書館などを回って資料を読み込むとともに、仲間と手分けして虐殺の現場の写真を撮りに行きました。それも、虐殺が深夜に起こった場所なら真っ暗なとき、昼間に起こったところは明るいときに撮影するようにして。結果として、予想したよりはるかにたくさんのアクセスがありましたね。
 驚いたのは、ツイッターで寄せられたコメントに「昔のこととはとても思えない、これは今の問題だ」というものがとても多かったことです。たぶん、街に「朝鮮人を殺せ」と叫ぶ人たちが出てきている今の状況は、いずれどこに行き着いてしまうんだろうと不安に思っていた人が、とても多かったんだと思うんですね。関東大震災の記録は、それに対して「こういうことが最悪の場合起きうるんだ」という具体的な未来のイメージを与えたんだと思います。

九月、東京の路上で
(ころから刊 1800円+税)

メディアや行政のあり方は
90年前と変わっていない。

――そのブログや、今回本になった内容を読んでいて印象的だったのが、メディアの果たした役割でした。震災が起こる前から、「朝鮮人は怖い」と印象づけるような報道が加熱し、それが虐殺の起こる背景の一つになった。これもまた、書店の棚にずらりと「嫌韓・嫌中」本が並ぶ現在の状況と重なります。

加藤  夕刊紙などが駅の売店に出している広告(ビラ)も、連日嫌韓・嫌中の見出しですよね。最近は、私たちもそうした状況に慣れてしまっているところがあるけれど、これは本来ならもっと驚愕し、恐れるべきことだと思います。
 冷戦のまっただ中にも、それぞれの立場からアメリカやソ連を批判するような本はあったけれど、ここまで下品な、しかも政府批判ではなくて「人」を民族的に否定するような本はなかった。たとえば1980年代の日本人が現代にタイムスリップしてきたら「この国はどうなっちゃったんだ」とショックを受けるのではないでしょうか。
 「口で言っているだけだから大丈夫」という人もいるけれど、ドイツでナチスが「ユダヤ人問題の最終解決」を叫んだときも、まさかそれを文字通りに実行するとは誰も思っていませんでした。ある欲望が口に出され、社会的に大々的に表明されているとき、機会が得られれば何らかの形でそれが実行に移されても不思議ではありません。最近では『中国人を永久に黙らせる100問100答』『韓国・北朝鮮を永久に黙らせる100問100答』といった本が出ていましたが、誰かを「永久に黙らせる」のにもっとも確実な方法は何でしょうね。それを考えてみれば、こうしたタイトルが潜在的に持っているメッセージは自ずと明らかだと思います。

――加えて、最初に「三国人発言」のお話が出たように、行政も90年前と同じように「流言を広げる」役割を果たしかねない状況があるのでは、と思います。

加藤  本来なら行政は災害のとき、偏見をまき散らすのでなく流言による被害から被差別者を守る立ち位置であるべきです。しかし、実際には排外主義を煽ることで人気を得ている政治家が、政権の中にさえいるのが現状なわけで……。
 だから、僕は今も、このままで何か大きな災害が起きれば、何らかのトラブルが起こる可能性は十分にあると思っています。虐殺とかそこまで大きいことではないにしても、誰かが怪我をするとか、精神的に大きな傷を負うとか……。そういうことが実際に起きてしまったら、90年前の教訓を日本社会は何も汲み取らなかったことになってしまいますよね。
 それから、災害に限らなくても、何か危機的なことが起こったときに、社会に満ちている偏見や差別が一気に噴出してきてしまう可能性がある。例えば、尖閣諸島をめぐって中国と軍事衝突があって、不幸にも自衛隊員が亡くなるようなことがもし起きたら、「日本にいる中国人はみんなスパイだ」とか、そういうことを誰かが言い出すかもしれません。そこから事態がどう転がっていくかは誰にも分からないと思うんですよ。今の時点では、嫌韓・嫌中本やレイシストのデモに対しては批判的な人も、何らかの突発的な事態が起きたときに、一挙に「そちら側」に持っていかれることは、大いに考えられるのではないでしょうか。

糾弾でもなく「勉強」でもなく。
90年前の東京を「目撃」してほしい。

――今回の本の中にも、最初は流言に振り回される周囲を「愚かだ」と軽蔑していたはずの人が、噂の広がりに徐々に不安になり、最終的には自ら朝鮮人に殴りかかろうとする場面が描かれていましたね。「加害者になるかならないか」は、本当に紙一重なのだなと思いました。

加藤  そういう声はとても多いです。自分がその場にいたらどうだろう、「やらない」と言える自信はない、と……。今だって、差別的なデモに参加する人はほんの一部かもしれないけれど、その背景にはネットの書き込みなどによって、じわじわと育てられてきたレイシズム(排外主義)の空気があるわけですよね。その中に浸って暮している私たちが「絶対大丈夫」と言えるだろうかと思います。

――その中で、今回の本はこういったテーマの本としては異例のベストセラー(6月末日時点で約1万部発行)になりました。手に取る人に、どんなことを伝えたいですか。

加藤  こうして文章にまとめたことで、改めて見えてきたことがいくつかあります。その一つが、日本人と朝鮮人が迫害の現場で「一緒にいた例」が、意外なほど多かったということ。当時日本にいた朝鮮人というのはほとんどが建築現場などの労働者で、来日して2~3年しか経っていない人が大半です。だから、日本人との結びつきは少ないはずだとは思うんですが、実際には日本人と朝鮮人の夫婦がいたり、日本人の同僚や近所の人たちに守られた朝鮮人がいたり。
 当たり前だけど朝鮮人の彼らも当時の日本社会の一員で、誰かにとっての誰か――同僚だったり、夫や妻だったり、恋人や友人だったり――だったわけですよね。逆に言えば、この虐殺というのは、その「誰かにとっての誰か」が大勢殺されたということだったんだな、と思って。その気づきは、一言で「朝鮮人虐殺」と言ってきた事象の残酷さを、少し違う目で見るきっかけにもなりました。

――「朝鮮人」という、顔のない人が殺されたわけではないんですよね。

加藤  そうなんです。いろんな証言や記録を読んでいるときも、その中にある人の存在の証を見つけるたび、その人の肉声に触れられたような気がして、胸が熱くなりました。今では名前も残っていない、忘れ去られていた人たちの姿を、ちらっとでも見ることができたように感じて……。読者から、本の中で紹介している慰霊碑や、殺された人のお墓にお参りにいきました、という声をいただいたときも、本当に嬉しかったですね。それは、この本がなかったら起きなかったことなわけで。
 僕は今回、「日本人はこんなひどいことをした、許せない」という糾弾の本を書いたつもりはないし、「歴史を勉強しろ」と迫る本を書いたつもりもないんです。ただ、まずは90年前の東京を「目撃」してほしい、そこで何が起こったのか、どんな人がどう生きて、どういうふうに死んでいったのかを知ってほしい。そこから何を感じるか、考えるかは、読んでくれた皆さん次第だと思っています。

加藤直樹(かとう・なおき)
1967年東京都生まれ。法政大学中退。出版社勤務を経てフリーランスに。「鹿島拾市」の名で、近現代史上の人物論を中心に執筆。初の著書と なる『九月、東京の路上で』が今年3月に出版された。