週刊通販生活トップページ  >  読み物:映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』監督・綿井健陽さんインタビュー

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国際情勢の図式でイラクを見るのではなく、彼らの日々の生活や気持ちを伝えたいと思いました。

綿井健陽(わたい・たけはる)映像ジャーナリスト、映画監督。1971年生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業後、97年からジャーナリスト活動を始める。著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共同監督作品として映画『311』(2011年)がある。

——映画を拝見した第一印象は、「悲しい映画」ということでした。

綿井  たしかに「元気が出る映画」ではないかもしれませんね(笑)。でもそれは、イラクのこの10年がそうだったから、悲しくならざるを得なかったんです。

——2005年に公開された前作『Little Birds イラク 戦火の家族たち』の主人公の1人であり、米軍の空爆で幼い子ども3人を亡くしたアリ・サクバンさんはじめ、綿井さんが取材してきた人たちの多くが亡くなっていました。

綿井  03年から04年は断続的にイラクに通って多くの人を取材したので、彼らの「その後」を描きたいと思って、昨年現地に入ったんですが、思った以上に再会できなかったですね。あの人は亡くなっている、この人は行方不明、あの家族は一家で国外に逃れた……。そのなかでいちばん会いたいと思っていたアリ・サクバンさんが武装勢力に銃撃され、08年に亡くなっていたと聞いたときは、この5年間、自分は何をやっていたのかと呆然となりました。

(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

——昨年(13年)の3月から4月にかけて取材をされたそうですが、それ以前にイラクに入られたのは?

綿井  07年が最後でした。04年10月に起きた香田証生さん殺害事件以降、日本のメディアが、フリーランスも含めてイラク取材が困難になって、僕も少しずつ足が遠のいていきました。それまでは、最低でも年に1回はイラクを訪れるようにしていたんですが、自らでは撮影できないくらい、特にバグダッドは治安が悪化していきました。
 08年以降は、「裏ルート」と呼んでいた、イラク北部のクルド人自治区に入り、そこから国内線でバグダッドへ入るルートも封鎖されてしまって、入国もままならなくなりました。2011年に再び何とかイラクに、と思ったら3・11が起きて、福島原発事故の取材をしているうちにどんどん年月が過ぎてしまった。

日本はイラク戦争を「遠い国の戦争」で
終わらせてはいけない。

——昨年撮影されたバグダッドの様子を見ると、物質的には一見豊かなようにも見えました。

綿井  もともと飢え死にするような国でもありませんし、モノはたくさんあるんです。携帯電話やクルマは最新のものが出回ったりしている。その一方で、電気は10年経っても停電ばかり。ちょっと不思議な状況でした。

——空爆のような、「戦争」をイメージさせるものもありません。

綿井  そうですね。前作は空爆から始まって、米軍が侵攻して占領する時期でしたから、戦争の惨禍や米軍の横暴を直接的に描いていました。しかし、イスラム教シーア派とスンニ派の間での宗派抗争が06年以降激化して、戦争の構図がどんどん変化していきます。イラク人同士の争いですね。

(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

 一度外部から戦争が起こされると、内戦が続いて国が安定しない。旧ソ連の侵攻から内戦、911後の米軍攻撃と続くアフガニスタンも同じ構図ですよね。中東の場合、周辺国で起きている状況も多大に影響する。11年のアラブの春以降、シリアの内戦は続いていますし、昨年から台頭した「イスラム国」も国境に関係なく勢力を広めています。
 でも僕としては、そうした国際情勢の図式や構図でイラクを見るのではなく、彼らの日々の生活や気持ち、姿や表情をより映像で伝えたいと、ずっと思っていました。

——その意図もあって、映画では登場するイラクの「人」にフォーカスがあてられています。

綿井  誰かを取材した際に、「その後」というのは常に意識するようにしています。今回の取材でも、なるべく以前会った人たちに、彼らがイラク戦争をどう思っているのか。極端な話、「イラク戦争は正しかった」と彼らが考えていれば、その結論でもいいんです。
 しかし結局、03年にあのフセイン像を倒し歓喜していた人たちでさえも、10年後のいま、大きな失望感を抱えていました。

——一方で、フセイン政権時代を懐かしむ言動も見られました。

綿井  フセイン政権に対する評価もいろいろあって、確かに治安の面ではフセイン政権時代のほうが圧倒的によかった。一方で処刑や弾圧もありましたから、当時の政権自体には戻りたくないという人も多いです。
 しかし、なんとか当時の治安を取り戻したい。銃弾が飛び交わない、安心して外を歩ける、路肩のクルマが突然爆発しない、爆弾テロがない……。最低限「これがない」という状態が、彼らの言う「平和」なんだと思います。
 いまもイラク人の通訳と連絡を取り合っていますが、彼らは冗談ではなく「いつまで生きていられるかわからない」と言います。彼らはどこかに出かける際も、安否確認を頻繁にしている。それが、「到着連絡」というよりは「無事生きている」といったニュアンスなんです。
 僕自身、昨年イラクから日本に戻った際、「ここに止まっているクルマは爆発しないんだよな」と思うと、すごく安心した記憶があります。

(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

——イラク戦争は、一応は終結したわけですが、「戦後」のイメージが日本とは明らかに違いますね。

綿井  ブッシュ前大統領が「大規模戦闘終結宣言」をしたのが03年5月。オバマ大統領が戦争の終結を宣言し、米軍が撤退したのが11年12月です。映画のなかでは03年を基準に、「開戦から◯年」という言い方をしているんですが、さすがにいまの状況を見ていると、とても終戦とは言えません。「戦後」のほうがより悪い状態です。
 「治安の悪化」と言いますが、日本でいう強盗や殺人事件が増えているといった感覚とはちょっと違いますね。一時期アメリカでは「事実上の内戦状態」と、内戦を認めない言い方をしていましたが、特に06年から08年ごろは、最悪の宗派対立・内戦状態でした。

——日本では、スンニ派とシーア派による争いと報道されています。

綿井  そうしたイスラム教の「宗派対立」という見方は間違ってはいないと思いますが、そのなかでも様々な組織が入り乱れています。イラクの政党間の権力対立に市民が巻き込まれていった。以前、前作の上映会をした際に、「いま、イラクでは誰と誰が戦っているんですか?」という質問を受けたんです。会場からは失笑も起きたんですが、僕はちょっと困ってしまった。いまでもイラク人にこの質問をすると、人によってかなり違った答えが返ってくるでしょう。首相、民兵組織、アメリカ、イラク軍、アルカイダ、イスラム国などなど、いろんな「敵」を言ってくる。

——そうした状況は、日本に暮しているわれわれには少し想像しづらいですね。

綿井  でもね、普段の生活はそんなに変わらないと思うんです。台所でご飯をつくって家族で食べているところとか、子どもたちが学校に通っているシーンは僕たちとあんまり変わらない。

(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽


 そうは言っても距離的にイラクが遠いのは確かです。だけど、イラク戦争は自衛隊も派遣したし、在日米軍基地の関係を考えると、日本が直接的にも間接的にも関わった戦争です。とてもじゃないけれど、「遠い国の戦争」で終わらせてはいけないと思うんです。
 映画のなかで、米軍の誤爆で両足を失った車いすテニスプレイヤーの女性が「日本にも責任がある」と言っていましたね。彼女は日本に対して憎しみを持っているわけではないけれど、イラク人がそう感じていることは心のどこかにとどめておいてほしい。
 一方で、「政治家だけでなく、私のような市民にも責任がある」というイラク人もいて、彼も銃弾を受けた被害者にも関わらず、罪責感を感じている。その言葉に、「日本だって、こうなってしまうんじゃないですか」という思いを込めました。

イスラム国の空爆をめぐって、
集団的自衛権「行使」理由が拡大される。

——イラクは親日国だったけれど、イラク戦争を境に意識が変化したという話もききます。

綿井  根本の部分では、対日感情はそう変わってないと思うのですが、この10年で、イラクにおける日本の存在感がものすごく薄くなったのは間違いないですね。
 10年前、僕がバグダッドの街を歩いていると、「日本人?」と聞かれたのが、いまはほぼ間違いなく「中国人?」「韓国人?」と聞かれる。携帯電話、電化製品、そしてクルマも、中国・韓国メーカーのものが圧倒的に多いです。
 湾岸戦争以前は、イラクに日本人が1万人ほど住んでいて、道路や港湾施設を整備したり、石油プラントをつくっていましたが、いまは街で日本人の姿は見かけない。それに電化製品の衰退が輪をかけている感じです。中国・韓国の存在感は中東でも本当に大きくなりました。

——自衛隊が学校の修理や水道の復旧をしていたことは覚えていない?

綿井  自衛隊が派遣されたサマワにも昨年行きましたが、現地の人たちは失望感のほうが大きかったようです。彼らとしては、自衛隊のあとに日本の企業がやってきて、自分たちの街を発展させてくれることを期待していた。「また自衛隊に来てほしいか?」と質問すると、「軍隊が来てもやることはないので、日本の企業に来てほしい」と答えていました。

(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

——イラクと同様に、日本でもイラクへの関心は薄まっているように感じます。

綿井  イラクというと、爆弾テロのニュースか、最近ではあの「イスラム国」ですね。危ない国で、武器を持った残虐な人たちがまた現れたというイメージが多いと思います。イラク戦争から10年以上経って、関心が薄れていくことは悲しいですが、でもたとえ薄れたとしても、思い出すことはできるでしょう。
 ベトナム戦争は、来年で終戦から40年経ちますが、その間に映画、写真、小説、詩、ルポルタージュと、あらゆる表現・記録が繰り返されてきました。歴史的な出来事としてではなく、自分は沢田教一さんや石川文洋さんの写真、開高健さんの小説、近藤紘一さん(『サイゴンから来た妻と娘』)のルポに登場する人で記憶している。
 今回の映画も、何年か経ったときに、「そういえば、イラク戦争で家族を描いた映画があったな」と、心のどこかで覚えておいてもらえると光栄です。そして、次にまた戦争が起きるかもしれないってときに、意識や行動が少し違ってくるんじゃないか。そういう気はしているんですね。

——集団的自衛権との関連で、日本の関わり方に変化は出るのでしょうか。

綿井  「イスラム国」に対して、米軍を中心とした「有志連合」が空爆攻撃を続けていますが、その"報復"がどういう形で出てくるのかを恐れています。
 日本政府はその空爆を「支持」していますが、僕がいちばん恐れているのは、日本人の誘拐や殺害ですね。特に日本の大使館員や、日本企業の駐在員が人質にとられて、次々と殺害されたときです。いまは具体的に示されていない集団的自衛権の「行使」理由が拡大され、自衛隊が派兵されることが起こり得るんじゃないか。

——そのとき、いまは「反対」が大勢を占める世論がどう動くかも心配です。

綿井  誰が被害にあうかで変わるでしょうね。それが大学生や旅行者だったりすると、イラク人質事件のように「自己責任論」のような非難がまた出てくる。逆に大使館員のような場合、自衛隊派兵を後押しする「尊い犠牲」になってしまうかもしれません。

——そういう意味でも、イラク戦争というテーマは、もう一度考える必要がありますね。

綿井  あれだけ理不尽な理由で開戦した不条理な戦争ですし、日本も深く関わった。そしてその混乱はまだ続いている。
 僕自身も深く関わり、大切な人が死んだりしましたから。自分の戦争体験としては、もっとも大きなものになっています。だからこの10年というのはとても大きな存在ではあるんですが、日本でパレスチナを取材している先人を見ると、みなさん30年ぐらいの期間で取材していますからね。まだ僕は駆け出しです。そう考えると、僕とイラクの関わりにも、まだまだ先があるかもしれません。

『イラク チグリスに浮かぶ平和』

監督・撮影:綿井健陽 2014年 108分
配給:東風 製作:ソネットエンタテインメント
公式HP:www.peace-tigris.com
10月25日(土)よりポレポレ東中野にて公開、ほか全国順次

(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

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