週刊通販生活トップページ  >  読み物:ジャーナリスト・堤未果さんインタビュー

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医療の“商品化”で国民を破産させたアメリカ。その波は日本にも押し寄せています。

堤未果(つつみ・みか)東京都生まれ。国連、証券会社を経て現職。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。2006年『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)で黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。2008年『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書)で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞を受賞。

皆保険制度が始まっても
“医療破産”する人が後を絶たない。

――アメリカ全国民が医療を受けやすくするために施行されたオバマケア(アメリカの国民皆保険制度)によって、医療費の支払いに苦しむ人が増えたとはどういうことでしょうか。

 私が取材したある男性はHIVウイルスに感染していました。以前のアメリカは皆保険制度がなかったので民間の医療保険で備えなければなりませんでしたが、保険料が高いし、病気の人はなかなか加入できません。その男性は無保険でした。そこにオバマケアが始まり、ようやく保険に入ることができたと涙ながらに喜んでいました。
 ところが、喜んだのもつかの間。保険が利いても、日本円で50万円ほどの免責分(自己負担金)が必要なうえ、ひと月10万円以上もの薬代がかかることがわかったのです。加えて、治療に必要な薬の一部は保険対象外で、毎月8万4000円の全額を自己負担しなくてはなりません。保険には加入できても、薬代で破産しそうな状態です。

――同じ皆保険制度であっても、オバマケアと日本の公的医療保険はずいぶん違うのですね。

 日本の公的医療保険は、憲法25条(生存権)に基づく「社会保障」の位置づけで、国が保険料を集めて「現物」としての医療を提供する「単一払い」(シングルペイヤー)です。一方、オバマケアは、民間の保険に加入することを未加入者には罰金付きで強制した制度。国の制度でありながら、その実態は普通のビジネスと変わりません。制度の成り立ちからして、180度真逆なのです。
 オバマケアの中心は民間の保険会社ですから、保険料を上げるのも、どの薬を保険でカバーするかも保険会社の自由です。また、日本とは違って国が薬価交渉権を持たず、製薬会社の「言い値」で薬の値段が決まっていますから薬代が非常に高い。アメリカでは人の命や健康も「商品」ですから、当然企業の利益が最優先されるのです。
 結局、そのHIVウイルスに感染した男性は、オバマケアの保険をやめて罰金を払うか、自己破産して低所得者用の公的医療保障(メディケイド)に入るか、あるいはエイズが発症するまで待ってメディケイドの障害者枠に入るかしかないというところに追い込まれていました。
 こうしたケースは彼だけではありません。オバマケアが始まっても、“医療破産”をする人はちっとも減らない。国が強制的に医療保険を買わせても、それが儲けの対象だという構図が放置されている限り、医療は「贅沢品」のままなのです。

――まさに命の沙汰も金次第ですね。なぜ、そうした制度設計になったのでしょうか。

 アメリカでは、保険会社や製薬会社などの「医療産業複合体」(医産複合体)と、そこに投資するウォール街の人たちが絶大な力を持っています。医産複合体は軍需産業よりも大きな力で、完全に政治を押さえつけています。
「回転ドア」と言うのですが、医産複合体の業界関係者が、政府の職員やロビイスト(圧力団体の利益を政治に反映するために、政党・議員・官僚などに働きかける人々)として政治の中枢に出入りし、業界に都合のいい政策を法制化します。オバマケアは、全米最大の保険会社ウェルポイント社の社員だった女性が法案骨子を書き、当初盛り込まれていたシングルペイヤー案を取り除きました。それが残っていては、医産複合体が巨大な利益を得るビジネスモデルが成立しませんからね。
 日本でも、人材派遣会社の代表が政府産業競争力会議の民間議員になって、残業代ゼロ法案などの労働規制緩和をどんどん進めていますよね。こうした人事が、アメリカではもっと大規模に常態化しているのです。

※『沈みゆく大国アメリカ』(集英社新書)より

――日本では、オバマ大統領が産業界にだまされたとか、努力はしたが叶わなかったなどという見方もあります。

 いいえ、私はオバマ大統領が当選する直前から「皆保険制度は無理だな」と思っていました。なぜなら、選挙のときにオバマ大統領が保険会社から受け取った献金は、日本円で20億円以上だったからです。もらったお金は政策で返す、というのは、日本でも「政治とカネ」のニュースが出ているからわかりますよね?
 アメリカの選挙は、すでに民主主義のツールではなく、投資商品になっています。オバマケアが始まるときにアメリカ国民が注視すべきだったのは、「お金の流れ」「人事」、それから「法改正」の3点でした。実はどれもブッシュ政権時代とさほど変わらず、企業が儲かって弱者を切り捨てる内容になっていました。
 オバマ大統領が途中から骨抜きにされたというよりは、最初から民間保険中心の制度にするレールが敷かれていたのです。
 今後、たとえ次の大統領選でオバマ大統領の民主党が破れて共和党が政権を取ったとしても状況は変わりません。医産複合体は共和党にも大勢のロビイストを送っていますし、多額の献金もしています。こうした流れは80年代から始まり、以後30年間でアメリカは国家を「株式会社化」してしまいました。敵は民主党でも共和党でもなく、そのバックにいる財界なのです。
 さらに怖いのは、この仕組みがアメリカだけでなく日本にも及びつつあることです。

――どういうことでしょうか。

 前述の「回転ドア」は、アメリカの政府と業界を行き来しているだけでなく、日本にもつながっています。すでに、日本の有識者会議にアメリカの医産複合体やウォール街の人たちが参加し、自分たちが日本で儲けやすいように法律を変えようとしています。例えば、政府の戦略特区(地域を限定して規制緩和などを行ない、経済を活性化する政策)有識者ヒアリングには、米国モルガンスタンレーMUFG証券のチーフエコノミストが出席し、日本の医療費自己負担を6割に引き上げることなどを提案しました。アメリカの財界は、次のターゲットとして日本の医療や介護を狙っているのです。
 5月に、『沈みゆく大国アメリカ』の続編として“日本版”を出版しますが、書きながら身震いしました。日本の医療が商品化される政策が、いくつも同時進行している事実を知ったからです。そのうちのひとつが、混合診療枠の拡大です。

混合診療の枠が拡大し、民間保険に
入らなければ生きられない社会に。

――日本の公的医療保険制度では、歯科診療や一部の先進医療に限って、保険診療と全額自己負担による自由診療の併用が認められています。それが、さらに広がるという話ですね。

 そうです。安倍政権が力を入れる政策のひとつが「医療を成長産業にする」ことであることをご存知でしょうか。最近、すでに一部で認められている混合診療に加え、難病などの患者が未承認の新薬や新しい治療法を自費診療で受けられる「患者申出療養制度」が進められています。困っている患者を救うための制度とされていますが、当の患者団体は猛反対しています。保険外の費用負担が大幅に増えることが理由のひとつ。もうひとつは安全性への懸念です。
 患者が望んでいるのは、高額な新薬を保険外で使えることではなく、治験によって安全性と効果が担保された薬が、保険に収載されることです。患者申出療養制度では、未承認新薬などを短期間でスピード承認することも可能になりますが、これまで6ヵ月かかっていた安全審査を6週間に短縮するのは一体誰のためでしょう?
 一方で、自由診療の幅が広がると医療機関はものすごく儲かります。安倍政権が導入した国家戦略特区内(規制を大幅にゆるめた特区)で営利病院の参入が増えれば、大規模小売店舗法の規制緩和で郊外に大型ショッピングモールができて商店街がシャッター通り化したのと同じことが起こる危険があります。戦略特区に選ばれた一部地域だけの話だから問題ないと言う人がいますが、特区で成功したら日本全国に広げる計画です。かなりの確率で日本中に拡大するでしょう。

※東京新聞(2014年3月29日)より

――混合診療が広がると、皆保険制度はどうなるのですか。

 製薬会社にとっては、保険に入れないで自由診療枠で売る方が儲かりますから、徐々に保険でカバーされる薬は減っていくでしょう。薬はバージョンアップしていくもので、例えばHIVの治療薬でいえば、第1世代から現在は第4世代まで進んでいます。しかし今後、混合診療になって新しく第5世代の薬が開発されたら? 製薬会社は自由診療で売るでしょうから、一気に自己負担は跳ね上がります。日本は、国が薬価交渉権を持っていて保険承認を受けると薬価が下げられますから、製薬会社からすれば自由診療のほうが圧倒的に儲かるのです。
 最終的には、オバマケアと同じ構図になるでしょう。冒頭でお話したHIVに感染した男性のように、国民皆保険は残って、保険証も手元にあるけれど、対象となる薬や医療行為は最低限のものだけ。それ以外の薬や治療はほとんどが自由診療で、民間の医療保険に入らなければ十分な医療は受けられない社会です。ここが、海外の医産複合体にとっては大きなビジネスチャンスなわけです。
 他にも、日本の医療をアメリカ化する制度はどんどん進んでいます。
 これから国会で審議される「地域医療連携推進法人制度」(非営利ホールディングカンパニー型法人制度)も要注意です。新たにつくられる非営利大規模法人が、複数の医療法人や介護施設などを束ねて経営する制度で、表向きは施設間の連携が進み、医療や介護が効率化すると言われています。しかし、これはアメリカで急速に進んでいる寡占化の一環です。効率化のために病院や介護施設が統廃合され、病気になっても遠くまで行かなければならない地域も出てくるでしょう。
 また、2014年11月に始まった「ヘルスケアリート(REIT)」も医療や介護を商品化する制度です。医療機関や介護施設の不動産を対象とした投資信託のことで、財政難に苦しむ医療・介護施設の資金調達の手段になるとされています。しかし、REITは福祉ではなく投資商品です。投資家にとって思うような利益が出ない施設は、人件費カットや利用料値上げなどが起こりえます。

――日本の医療を守るために、私たちは何ができるのでしょうか。

 まず、誰が敵かを見誤らないことが大切です。よく社会保障政策が切り捨てられることに対して、安倍首相個人を批判するケースがありますが、それは間違っています。首相は安倍さんでも、他の誰かでも基本的な流れは変わりません。日本の皆保険制度を形骸化しようとしているのは、アメリカの医産複合体やウォール街など、日本の医療を商品化して儲けようとしている人たちだからです。彼らにとって、日本人の批判の矛先が安倍首相個人に集中すれば、問題が矮小化し、本質から議論がそれてしまうので好都合。安倍総理をヒットラーに見立ててヘイトスピーチなどしていると、それこそ彼らの思うつぼなのです。
 分かりやすい例は、2008年のアメリカ大統領選です。当時、イラク戦争が起きたことに関して、アメリカ国民は反戦運動をしていました。それが、選挙戦が進むにつれて、いつしか反ブッシュ運動に移り変わってしまった。大勢の支持を受けてオバマさんは当選しましたが、その結果、何か起きましたか。アフガニスタンへの派兵を増やし、イラク戦争もしばらく続けて、イラクから撤退したと思ったら、次はリビア、シリア、パキスタンと拡げていますね。彼らはブッシュもオバマも同じスポンサーがバックについていた事を見抜けなかった。
 政局や人物ではなく、政策が何によって決められているか、どんなプロセスでどんな法律が進んでいるかという、制度の方を監視しなければなりません。

――単に政権批判だけをしていても、社会は変わらないということですね。

 本当に社会を変えるには、どこが相手のアキレス腱なのか、何に自分たちは惑わされているのかを分析しなくてはなりません。批判すべきは安倍首相個人ではなく、経済財政諮問会議や規制改革会議、有識者会議など、アメリカの財界が介入しているところです。日本はマスコミに対する信頼度が先進国トップですが、大手マスコミを鵜呑みにするのもやめて、自分の手で情報を集めましょう。マスコミも学者もお金の出所をチェックしましょう。想像力を使うのです。こう考えてみて下さい。もし、自分たちが製薬会社や保険会社のCEO(最高経営責任者)だったら、利益を増やすためにどことどこを押さえるか?
 さっきも言いましたが、政治を見るときは「お金の流れ」と「人事」、そして「法改正」の3点が大切です。法律の話は難しいと思うかもしれませんが、今は弁護士が分かりやすく解説しているホームページがありますし、一般向けの本も出版されています。ネットで国会中継を見ても意外と分かります。できれば、自分の選挙区の政治家に「今、審議しているこの法律はどういうことですか」と質問してみましょう。彼らには説明する義務があります。もし説明できなかったら、次の選挙でその人に投票しなければいいのです。
 今すべきは「反・安倍総理」でなく、「反・強欲資本主義」。そこに気づいたら、世界中に仲間がいるのがわかります。守るべきものはお金で買えないもの、日本には「国民皆保険制度」をはじめ、そういう宝がまだまだ沢山ありますよ。

『沈みゆく大国 アメリカ』
堤未果 著
集英社新書(本体720円+税)
※5月に「沈みゆく大国 アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>」(集英社新書)が発売予定

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