週刊通販生活トップページ  >  読み物:映画『沖縄 うりずんの雨』監督/ジャン・ユンカーマンさんインタビュー

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アメリカの特権意識、日本政府の差別意識──辺野古の問題の背景には、この2つがあります

沖縄と米軍基地との関係を
改めて多面的に振り返る。

──前作『映画 日本国憲法』からちょうど10年。今回、「沖縄」をテーマにこの映画を撮ろうと思われた理由をまずお聞かせください。

ユンカーマン  『映画 日本国憲法』ができた段階で、すでに「次は沖縄の映画を」ということが頭にありました。憲法の問題と日本の再軍備の問題、沖縄の米軍基地の問題は、すごく密接に関連していて切り離せません。「世界から見た日本国憲法」がテーマだった前回の映画でも、沖縄は日本国内で唯一取材に行った場所でした。僕は40年ほど前に、沖縄のコザに住んでベトナム反戦米兵たちの支援活動に加わった経験もありますし、もっと正面から沖縄の基地問題を撮りたい、という気持ちがずっとあったんです。
 その後、辺野古の基地建設問題が激しく動きはじめたこともあって、3年半ほど前から本格的に制作に取りかかりました。

──映画の中では、1945年の沖縄戦から70年に及ぶ歴史が、さまざまな立場の人たちへのインタビューを通じて重層的に描き出されていきます。

(C)2015 SIGLO

ユンカーマン  沖縄については、すでに多くのテレビや映画のドキュメンタリーがつくられていますし、日々のニュースで取り上げられることもあります。しかし反面、それぞれの問題の根っこに何があるのか、どういった歴史的事実から始まった問題なのかが、いまひとつ見えなくなっている気がするのです。例えば普天間基地の「移設」問題であれば、「1995年の少女暴行事件がきっかけとなり……」くらいの説明はあるけれども、それも単なる決まり文句のようになってしまっていて、表面的なことしか見えてこないと感じるんですね。
 その意味で、沖縄戦や占領時代からの歴史をもう一度振り返って、米軍基地と沖縄の関係性をいろんな角度から描いてみる必要があるのではないかと思いました。これは昨日今日出てきた問題じゃない、少なくとも70年という長いスパンで見なくてはならない問題だと考えたのです。

──登場する証言者の方たちは、どのように選ばれたのですか。

ユンカーマン  例えば沖縄戦の部分については、僕はアメリカ人なので、日本側の視点だけではなく元米兵のインタビューも入れたいという思いがあったんですね。そして、沖縄戦を体験した元日本兵の近藤一さんのインタビューは撮りたいと思っていたので、彼と同じ場所で戦闘に参加した米兵を探しました。同じ戦場で敵同士として戦っていた人たちの証言を取ることで、沖縄戦とはどういうものだったのかが、私たちにも少しは理解できるのではないかと思ったのです。

基地の中でも外でも多発する
性暴力事件の背景にあるもの。

──そのほかにもさまざまな人たちが登場し、それぞれの体験や思いを語っています。なかでも衝撃的だったのが、先ほどもお話に出た、1995年の女子小学生暴行事件の犯人の1人である元米兵へのインタビューです。

ユンカーマン  彼に会ったとき、僕はすごく緊張していたし、とてもつらいインタビューでした。でも、さっき言ったように「1995年の少女暴行事件」というのが基地問題の決まり文句のようになっている一方で、それが実際にどういう事件で、どんなふうにして起こったのかはほとんど知られていません。それを知るためには、やはり加害者本人に話を聞くしかないと思ったのです。

(C)2015 SIGLO

──彼は、事件のことを「自分の記憶の中で最悪の夜」と語り、被害者の少女に謝罪したい、と話していましたね。監督は彼の話を聞いて、どう感じられましたか。

ユンカーマン  彼自身は、会ってみればとても素朴な人で──インタビューに応じたのも、謝罪したいという気持ちが強かったからだと言っていました。ああいう事件の犯人というと、どうしても「モンスター」みたいなイメージが強いけれど、少なくとも彼はそうではないと感じました。事件についても、自分からやろうとしたというよりは、なんとなく流れに乗ってしまった感じなんですね。
 事件の首謀者だった元米兵には会えなかったので分からないけれど、おそらくこうした事件を起こす人の多くは、決して「モンスター」ではない、「普通の人」なのではないか。でも、だからこそ問題はより深刻なのだと思います。

──というと?

ユンカーマン  「モンスター」ではないごくごく普通の人が、軽い気持ちで性暴力事件を起こしてしまうというのは、米軍がきちんと取り締まりをやっていない、あるいは防止のための教育をやっていないということ。それどころか、半ばそうした事件を許しているところがあるという、構造的な問題だと思います。その意味で、彼は単にあの1995年の事件の犯人というだけではなく、沖縄にいる若い海兵隊員の象徴的な存在でもあると思うのです。
 映画の中に、歌人の玉城洋子さんが、自身が米兵に拉致されて性暴力に遭いそうになったときのことを話してくれるシーンが出てきます。最初、もちろん僕はそんなことはまったく知らなくて、彼女が詠む反戦短歌の話を聞こうと思ってインタビューをお願いしたんです。それが、いろいろと話すうちにああいう体験談が出てきてびっくりしたけれど、沖縄の人に話を聞いていると、自分や知り合いが同じような体験をしたという人が非常に多い。本当に誰もがそうした問題に直面しているということだと思うんです。

──それだけ日常的に起こっている話だということですね。そしてその背景には、犯罪が半ば黙認されているという構造的な問題がある……。映画の後半で取り上げられている、米軍内部でも性暴力事件が多発しているという話も、まさに「構造的な問題」によるものだと思います。

(C)2015 SIGLO

ユンカーマン  基地外での性暴力事件のほうがどうしても注目されがちですが、実は数でいえば、基地内で起きている事件のほうが圧倒的に多いんですね。米国防総省は、2012年に米軍内部で約2万6000件の性暴力事件が起きていたと発表しています。
 これは、決して最近始まった問題ではありません。この問題に取り組んでいるあるアメリカの国会議員が言うには、軍隊で性暴力を受けたという体験を話してくれる女性の中には、80代の人もいるんだそうです。ということは、朝鮮戦争、あるいは第二次世界大戦のときでしょうね。つまり、この問題自体はそのころからずっと続いていて、最近になって勇気を持って被害を告白する人たちが出てきたことでやっと表に出てきたということなんです。

基地がなくならなければ
沖縄の「火傷」は治らない。

──さて現在、名護市辺野古での米軍基地建設問題が大きな注目を集めています。現地で激しい反対運動が続き、昨年の県知事選では「反対」を明言する翁長雄志(おながたけし)知事が誕生したにもかかわらず、現政権は「建設を続行する」と明言しました。この問題については、どう考えていらっしゃいますか。

ユンカーマン  今回の映画の中でも、辺野古には少しだけ触れているんですが、この問題に関して、僕が映画の中で描こうと思ったことが2つあります。
 1つは、米軍が沖縄に対して特権的な意識を持っているということです。沖縄は自分たちが血を流して勝ち取った「戦利品」だという意識が、今もずっと続いている。この意識がなければ、辺野古に基地をつくるなんていうことは考えもしないでしょう。そもそも、海兵隊が沖縄に、あんなに大きな演習場を持つ必要はないのですから。
 そしてもう1つは、その基地建設を許しているのが日本政府だということ。それは、日本政府もまた沖縄に対して差別的な意識を持っているからこそ、でしょう。そうでなければ、日本全体における米軍基地の74%が沖縄に集中している事態そのものが許されないはずです。

──アメリカの特権意識と日本政府の差別意識、その2つが重なり合って、辺野古への基地建設という結果になっているわけですね。

(C)2015 SIGLO

ユンカーマン  沖縄の多くの人たちが明確に反対の声をあげているにもかかわらず、聞き入れようとしないのですから、本当に、信じられないほど非民主的な行為だと思います。安倍首相は4月にワシントンに行ったときに「日米は自由や民主主義といった価値観を共有している」と言っていたけれど、その一方でこうして無理やり基地をつくろうとしているわけで、あまりにも深い矛盾がありますね。
 この先、強引に基地を完成させたとしても、人々の不満が消えることはないでしょう。根本的な解決をしない限りは、この理不尽な状況に対する人々の怒りは永遠に残り続けるのではないかと思います。

──たしかにそのとおりだと思います。ユンカーマン監督がこうして沖縄の問題を追い続けてこられたのには、ご自身が「アメリカ人である」ことも関係しているのでしょうか。

ユンカーマン  根本には、自分の国がやっていることに、アメリカ人として責任を持たなくてはいけないという思いがあります。その「責任」を果たす意味でも、この映画はどうしてもつくりたかったんです。
 アメリカが今も世界中に800以上の基地を持っていること、その中でも沖縄に集中的に基地を置いていることに対して許せないという思いがあるし、この現実を世界の人たちに知ってもらいたいとの思いもある。それがこの映画をつくった動機の1つでもあるんです。まもなく英語版も完成するので、海外の映画祭などでも発表していきたいと思っています。

──英語版には、日本語版とは違う『The Afterburn』というタイトルが付けられていますが、ここにはどんな意味が込められているのでしょうか。

ユンカーマン  「Afterburn」とは、あまり馴染みのない言葉だと思いますが、炎が消えた後も火傷がどんどん深く浸透し続けていく、といった意味です。僕はこの言葉を思いついたとき、沖縄の人たちの経験にぴったり合うのではないかと思いました。沖縄には今も戦争の傷を抱えて苦しんでいる人たちがたくさんいる。目の前に戦争につながる「基地」が存在し続けているために、その傷は治らず苦しみは終わらない……。それが、今の沖縄の姿なのではないかと思うのです。

『沖縄 うりずんの雨』


2015年/2時間28分
監督:ジャン・ユンカーマン
企画・製作:山上徹二郎
制作・配給:シグロ
6月20日(土)より全国順次公開
公式ホームページ http://okinawa-urizun.com/

ジャン・ユンカーマン 1952年、米国ミルウォーキー生まれ。1969年、慶應義塾志木高等学校に留学。スタンフォード大学東洋文学語課卒業。画家の丸木位里・俊夫妻を取材した『劫火-ヒロシマからの旅-』(1986年)は米国アカデミー賞記録映画部門にノミネートされる。ほかに、世界の知識人12人へのインタビューをもとに日本国憲法を検証した『映画 日本国憲法』(2005年)、『老人と海』(1990年)、『チョムスキー9.11』(2002年)、エミー賞受賞作「夢窓~庭との語らい」(1992年)など。日米両国を拠点に活動を続けている。

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