週刊通販生活トップページ  >  読み物:映画『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』『袴田巖 夢の間の世の中』監督・金聖雄さんインタビュー

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「『不幸なはずだ』という先入観がひっくり返されて、この人たちを撮ってみたいと思ったんです」

【狭山事件】1963年5月1日、埼玉県狭山市で女子高校生が行方不明になり、脅迫状が届けられました。警察は40人態勢で張り込みながら身代金を取りに現れた犯人を取り逃がし、女子高校生は遺体となって発見。世論の非難を浴び、捜査にも行き詰まった警察は、近くの被差別部落に見込み捜査を集中し、なんの証拠もないまま石川一雄さん(当時24歳)を別件逮捕。留置場での1ヵ月にわたる強引な取り調べによって、自白を強要しました。

【袴田事件】1966年6月30日、静岡県清水市で味噌会社専務の一家4人が殺され、放火されました。警察は、この会社の従業員で元プロボクサーの袴田巖さん(当時30歳)を、「ボクサーくずれならやりかねない」という偏見から犯人に仕立て上げて逮捕。拷問を伴う長時間の取り調べによって自白を強要しました。

最初のうちは「このシーンは使わないだろうな」と思いながら、集会ばかり撮っていた。

──『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』の主人公・石川一雄さんとは、どのように出会われたのですか。

 『人権ってなあに?』(注)というビデオシリーズを作っているときでした。人権をキーワードに語ってくれる人たちにインタビューする、そのなかの一人が石川さんだったのです。

(注)『人権ってなあに?』:(社)神奈川人権センター企画・発行、アズマックス制作。DVD全9巻(制作時はVHS全12巻)。当事者の声や実情を大切にしながら、「人権とは何か」を考えることを目的としたシリーズ。金監督は第3巻在日外国人編、第4巻部落編、第8巻AIDS編、などを担当。

 最初にお会いするとき、自分のなかでイメージを膨らませていくわけです。「いったいどんな人なんだろう?」と。「すごく怖い人なのかな」とか、「きっと不幸に違いない」とかね。被差別部落出身だからと、何の証拠もないのに殺人という濡れ衣を着せられ、無実を訴えても認めてもらえなかったことに憤りを感じながらも、心の片隅では「無実っていうけれど、本当はどうなんだろう」と思ったり。「偏見って、こうしてひとりでに盛り上がるんだな」とも思いました。
 ところが、実際に会ってみたら、イメージと全然違うんです。石川一雄さんと妻の早智子さんに同時に会ったんですが、「あれ?」と拍子抜けするようでした。すごく不幸なはずの人たちが、とてもいい顔をして「人生に悔いなし」と前向きに生きている。「ちょっと待てよ、俺は幸せなはずだよな」「僕らの言う幸せって、なんなの?」と、複雑な思いに駆られて「この人たちを撮ってみたい」と思ったんです。

『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』より (c)Kimoon Film

──とはいえ、すぐに私生活を撮らせてはくれませんよね。

 「なにを撮りたいんだ?」と聞かれても、「なにを撮りたい」という決まったものがあるわけではない。とにかく、「事件を追いかけるのではなく人間石川一雄を、人としての一雄さんと早智子さんを撮りたいんだ」というような話をしました。それで「まあ、やってみれば」といわれて撮影に入ったんですが、最初のうちは、ほぼ支援者との集会しか撮らせてもらえませんでした。

──食事のシーンや、早智子さんが一雄さんの散髪をするところなど、お二人の日常を近くから、とても自然に撮られていますが。

 ご自宅にうかがったのは、初めて会って半年ほど経ってからです。“運動”の映画にはしたくなかったので、「集会のシーンはあんまり使わないだろうな」と思っていたのですが、使わないだろうシーンを一生懸命撮りながら(笑)、関係を深めていったという感じです。
 映画では、たとえば「彼はこう言っている」とナレーションをつけて、強引にこちら側で代弁していくこともできます。しかし、僕はそうではなく、いっしょにいるなかでポツリと出て来るような、彼らの内にある思いを丁寧にすくいあげたいと思っていました。それには気を許してもらうというか、時間が必要です。それで、石川さん夫妻には3年間、このあとお話しする袴田さん姉弟には1年半寄り添うことになりました。

初めの頃の袴田さんの姿は、
今見ても胸が苦しくなる。

──『袴田巖 夢の間の世の中』の袴田巖さんとの出会いは?

 袴田さんの再審開始、即日釈放の決定が出た2014年3月27日、僕らは東京高裁前で無実を訴える石川さん夫妻を撮っていました。『SAYAMA』は撮り終えていたんですが、映画を撮って終わりじゃなく、石川さんを見続けていこうと思っていたので。
 そこへ袴田さんの再審決定の一報が入り、どっと喜びの声があがった。冤罪で闘っている人たちは互いに知っていますから、みんな自分のことのように喜んでいました。ただ、このとき僕はまだ、袴田さんを撮る予定はありませんでした。その数日後、石川一雄さんといっしょに、袴田巖さんのお姉さんの秀子さんを訪ねたのですが、秀子さんのツヤツヤした肌と弾けんばかりの笑顔に一目で惹かれてしまって、袴田さん姉弟を撮ろうと決めたんです。

──このとき巖さん本人は、拘禁反応(注)などの治療のために入院されていたのですね?

(注)拘禁反応:刑務所など外部から遮断された場所に拘禁されることで起こる。最初は自律神経失調症のような症状が現れ、しだいにうつ、幻覚、妄想などの精神症状が現れる。

 はい。撮影を開始したのは3ヵ月後、巖さんが家に帰ってからです。でも、いったいどうなるか、まったくわからなかった。退院後も拘禁反応が強く残っていて、ほぼ無表情でした。僕らとお姉さんとの関係はどんどん深まっていくんですが、巖さんとはなかなか意思疎通ができない。「今日は巖の調子が悪いから来ないでくれ」といわれたことも何回もあります。

──巖さんが呪文のように意味不明な言葉を唱え、家のなかをグルグルと際限なく歩き回る姿は、衝撃的でした。

 最初の頃の映像は、今見ても胸が苦しくなります。本当に良くなっていくんだろうかと、絶望的な感じがしていました。ただ明らかに、日が経つにつれて表情が出て来るんです。死刑執行の恐怖を抱えて生きざるを得なかった年月が、人をこんなふうに変えてしまう残酷さや、彼をこんな目に遭わせたことへの怒りがわくのと同時に、当たり前の日常が心を回復させていく力も感じました。
 大好きなあんパンを食べたり、うたた寝をしたりする、僕らにとっては当たり前の日常のかけがえのなさを知り、それが表現できれば事件そのものはあまり描かなくてもいいと思ったんです。それは『SAYAMA』にも共通していて、事件そのものの説明は必要最小限しかしていません。

『袴田巖 夢の間の世の中』より (c)Kimoon Film

次に描きたいのは“獄友(ごくとも)”、
3作目だからできることがある。

──『SAYAMA』では、石川さん夫妻が海水浴や登山をするシーンがありますが、監督は「こういうシーンは、本当は撮られたくないのかもしれない」と思ったとか。

 「こんなふうに楽しんだりしていいのか?」という思いが、常に、どんな瞬間にも一雄さんのなかにあるように感じました。まさにそれが、タイトルにもなった“みえない手錠”だと思ったんです。本人は明るいんですが、やはり晴れ切っていないというか、本当の意味で自由になっていない。

──観客としては、海水浴や登山のシーンがあることで救われました。もっとも、映画全体のトーンは2作とも明るいのですが。

 早智子さんと秀子さんの存在が大きいですね。苛酷な状況を全部受け入れて、「これが私の人生よ」と言い切り、「アッハッハ」と笑える、その潔さ。そこに僕は惹かれたし、彼女たちがいなかったら、2作とも撮っていなかったかもしれません。

──監督はこの2作では冤罪を、その前の作品では在日一世のおばあちゃんたちや知的障害のある人たちを撮っています。それは監督自身が在日二世であることと関係があるのでしょうか。

 なくはないと思います。ただ、若い頃はそういうことがうっとうしいような思いがあって、しんどいことは脇に置いて、ロックとかサーフィンとか、普通に青春をエンジョイしたいと思っていました。社会的なことに目が向くようになったのは、自分がどう生きていくかに悩み、経験を積むなかで、在日云々にかかわらず「違うと思うことは、違うと言っていこう」と、思うようになってからですね。

──今後、撮りたい映画は?

 たくさんありますが、まずは袴田巖さんの前にとりかかっていた“獄友”を、早い時期に仕上げたいと思っています。獄友とは文字どおり獄中の友だちのことで、石川さんや袴田さんだけでなく、足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さんと杉山卓男さんなど、冤罪仲間ともいうべき人たちがいます。
 彼らは長い年月を獄中で過ごし、それは苦難の連続だったわけですが、獄中でもささやかながら青春や友情があって、釈放されたあとも支え合っている。仲間が落ち込んでいると「入っていた年数が少ないからね。30年を超えるとふっきれるんだよ」なんて慰めたりして(笑)。1作目でこれを描くと不謹慎だと言われるかもしれませんが、3作目なら許されるんじゃないかと思うんです。「ああいう映画を撮ったんだから、これもありだ」と。
 それに、大上段に構えて「冤罪はおかしい!」「差別はダメだ!」と言っても、なかなか伝わるものじゃないと思うんです。僕自身がそうでしたから。自分たちと同じように些細なことで喜び、怒り、泣き、笑う。そういう当たり前の姿を映すことで、伝わるものがあるように思います。

(c)Kimoon Film

金聖雄(きむ・そんうん) 1963年、大阪府生まれ。大学卒業後、(株)リクルート勤務、料理写真家助手、助監督などを経て1993年よりフリーの演出家。PR映像、ドキュメンタリー、テレビ番組など幅広く手がける。監督作品に映画『花はんめ』(04年)、『空想劇場 若竹ミュージカル物語』(12年)、ビデオ『人権ってなあに?』シリーズ、など。『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』で、2014年毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞受賞。

『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』

監督:金聖雄 撮影:池田俊巳 プロデューサー:陣内直行
制作:映画『SAYAMA』製作委員会 2013年/105分

2014年5月31日劇場公開 現在は自主上映受付中(公式ホームページより)

公式ホームページ http://sayama-movie.com

『袴田巌 夢の間の世の中』

監督:金聖雄 撮影:池田俊巳 プロデューサー:陣内直行
制作・配給:Kimoon Film 2015年/119分

2016年5月7日〜27日:京都シネマ(京都市)、6月4日〜:シネモンド(金沢市)、アミューあつぎ映画.comシネマ(厚木市)
日時未定:シネウインド(新潟市)、横川シネマ(広島市)、など
自主上映の申し込みは公式ホームページより

公式ホームページ http://www.hakamada-movie.com

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