週刊通販生活トップページ  >  読み物:『「健康格差社会」を生き抜く』著者・近藤克則さんインタビュー

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「個人では変えられない『上流の社会環境』を変えないと、健康格差はなくせません」

臨床現場で、所得による健康の不平等
「健康格差」の存在に気づいた。

──なぜ「健康格差」に注目なさったのでしょうか。

近藤 私は研究者になるまでの14年間、地域医療の現場でリハビリ専門医として、年間200人弱の脳卒中の患者さんを診ていました。当時は景気のいい時代で、政府統計では生活保護を受けている人は100人に1.4人でした。ところが、私が担当した患者さんには、100人に4人、つまり全国平均の2~3倍も生活保護受給者がいた。それを知ったとき、「脳卒中の患者さんには生活保護の人が多いということは、貧困と結びついているのかもしれない」と思ったのがきっかけです。
 さらに、年金が振り込まれた直後でないと診療費を払えないからと、2ヵ月に1回の年金受給日に合わせて予約を取るお年寄りがいたり、夏の暑い日にエアコンもない部屋で暮す患者さんを訪問診療したりと、社会的な背景が人の健康を左右する現実をたくさん見ました。
 ただ、そういう現実を知り、何とかしたいと思っても、臨床医にできることは限られています。データの裏付けがなければ政策にしてもらうための提言もできない。それで1997年、38歳のときに、思い切って日本福祉大学に転じて、データを使って政策を評価する研究者になったのです。

──データはどのようにして集めたのでしょうか。

近藤 当時は介護保険制度が始まる直前で、どのような介護サービスをどれくらい提供すればよいかといった計画作りのために、市町村が調査を実施していました。地元の市町村から日本福祉大学に協力してほしいと依頼がきたので、私も協力することになりました。
 私を含めた研究者3人で「AGES(愛知老年学的評価研究)」というプロジェクトを立ち上げ、高齢者ケア政策の基礎となるデータを集めることにしました。1999年度には、愛知県内の2市町村から高齢者5,000人の要介護認定該当者と課税所得のデータを提供してもらえました。施設に入所している人にも市の職員が面接調査をして集めたので、漏れが少ないデータです。
 所得階層別に分析してみたら、どの年齢層でも最低所得層で要介護者が最も多いことがわかりました。平均すると、低所得層(給与所得控除後の総所得が0万円。夫婦で公的年金のみの場合で約175万円未満に相当)では17.2%と、高所得層(同所得が200万円以上に加え公的年金175万円)では要介護者が3.7%に対して、約5倍。低所得者の方の健康状態が悪いという結果でした。ある程度は予測していたものの、5倍もの差があるとは思っていなかったので非常に驚きました。その結果を学会で発表したのですが、大したリアクションもありませんでした。

──当時は「健康格差」という言葉さえなかった。それでも健康格差問題に取り組み続けられたのですね。2013年から10年計画で国が進める「健康日本21」第2次計画では、「健康格差の縮小」が目標として掲げられるまでになりました。

近藤 健康格差とは、いわば“命の格差”です。研究者である前に一人の人間として、見過ごすことはできない問題です。留学したイギリスで、「健康の不平等」が欧米では再び注目され始めていることも知りました。さらに社会的要因が健康に深くかかわっていることを説いた『Unhealthy Societies(不健康な社会)』というイギリスの社会疫学者リチャード・ウィルキンソンが書いた本を読んだのも大きかった。貧困、学歴、環境、コミュニケーション、心理、ストレス、受診抑制、社会保障政策、コミュニティといった一見バラバラの要素が、健康の社会的決定要因という概念でひとつにつながったんです。
 帰国後は、AGESのメンバーといっしょに大規模な疫学調査を行ないました。疫学調査とは、病気の原因と思われる環境因子を決め、その因子が病気を引き起こす可能性を調べる統計的調査です。よく知られた研究成果には喫煙と肺がんの関係や、塩分と脳卒中の関係などがあります。私たちは特に、収入や学歴、他者とのつながりなど、その人を取り巻く社会的背景と健康との関係を調べる「社会疫学」という新しい研究分野に力を入れました。
 1999年に愛知県の2市町村から始まったAGESは、現在では「JAGES(日本老年学的評価研究)」と名前を変えて、北海道から沖縄までの約30市町村の高齢者約14万人が回答を寄せてくださる規模になりました。千葉大、日本福祉大を始め多くの大学・研究機関の医師、歯科医師、理学療法士、作業療法士、栄養士、社会学者など40人以上の研究者が毎月の研究会に参加する一大研究グループになりました。

ある程度の所得があっても、
相対的はく奪感が強いと不健康になる。

──具体的には、どのような調査結果があるのでしょうか。

近藤 所得との関連では、高齢者約1万5,000人を最長4年間追跡した研究で、男性高齢者のうち、年収が200万円未満の人ががんで死亡するリスクは、400万円以上の人の約2倍というデータがあります。がんの大きな要因である飲酒と喫煙の影響を取り除いた分析でも、同様の結果が出ています。

※グラフの左目盛は累積死亡割合(1=100%)
出典:JAGESプロジェクト(Press Release No:021-11-02)

 不眠の割合も所得と関連していて、年収400万円以上では48.9%であるのに対して、200万円未満の人では不眠の人の割合が60.1%と多い。不眠は教育年数とも関連していて、教育を受けた年数が13年以上の人では45.9%であるのに対して、6年未満の人では不眠の人の割合が60.4%です。うつ状態との関連でも、所得が低いほどうつ状態の人の割合が多く、男性に限ると、年収400万円以上では2.3%がうつ状態であるのに対して、100万円未満の人では15.8%と、約7倍もの差がありました。これらのデータが示すのは、あくまでも統計的にそのような傾向があるという意味で、低所得や低学歴の人が全員不健康ではなく、健康な人の方が多いことにも注意が必要です。

 教育年数が短ければ、賃金の高い安定した職業に就くのが難しく、結果として所得が低くなりやすい。所得が低ければ、食事も安くてカロリーの高いものに偏りがちですし、病気になっても医療費のことが心配で受診を我慢する。高齢になって体調が悪くなったり仕事ができなくなったりすれば、先のことが不安で不眠やうつにもなるでしょう。
 「教育年数や所得の低い人の方が病気になりやすい」ことは、多くの人が漠然と感じている、ある意味当たり前のことで、「なにも大規模調査データを集める必要はないのでは?」と思うかもしれません。しかし、「そんな感じがする」だけでは、政策に反映することはできません。当たり前だと感じることでも、政策を実現するには、その必要性を裏付ける科学的なデータが重要なのです。

──ある程度以上の所得がある人たちにも、健康格差はあるのでしょうか。

近藤 はい。「絶対的格差」以外にも「相対的格差」もあります。社会的動物である人間は、周りと比べた相対的格差にも大きな影響を受けます。ある程度以上の所得がある人でも、同級生などと自分を比べて、周囲が持っているものを自分が持っていないと思うと惨めさやねたみ、あきらめなどのマイナス感情を抱きます。これを「相対的はく奪感」と呼びます。相対的はく奪感を持ちやすい状況にある男性は、そうでない人に比べて循環器疾患(心疾患、脳血管疾患など)による死亡リスクが1.5倍高いのです。これは、要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者約2万1,000人を対象にアンケート調査を行ない、さらに4年半追跡調査してわかった結果です。ある程度以上の所得がある人でも、周囲との生活水準の差が大きい人たちでは、それが強いストレスとなって、循環器疾患による死亡リスクを上げている可能性を示しています。循環器疾患は、ストレスと関係が強いのです。ただしこの調査では、女性では死亡との関連は認められませんでした。

※相対的はく奪感は、イツザキ係数という指標を使って測定。イツザキ係数は、自分の所得と、自分以外の人の所得との差の平均値。グラフの左目盛は死亡リスク(倍)。年齢・婚姻状況・自宅の種類・世帯所得・病気の有無といった要因の影響を除いてある。
出典:JAGESプロジェクト(Press Release No:054-14-09)

──どうしてでしょうか。

近藤 国際的にも男性で健康格差は大きい傾向が報告されており、男性の方が賃金など社会経済格差を通じて相対的はく奪感を感じやすいといったことが考えられますが、それを裏付けるにはさらに研究を重ねる必要があります。

流れの上流を変えないと、
健康格差は解消できない。

──所得が少なくても、健康的な生活習慣を心がけて病気にならないようにすればいいのではないでしょうか。

近藤 もちろん、所得が少なくても健康的な生活習慣を保ち、元気に過ごしている人もいます。しかし、先にも述べた通り、使えるお金が少なければ食事は安くて高カロリーなものになりがちですし、慢性的にストレスにさらされると誰でもまいってしまいます。教育年数が少なく、体の仕組みや栄養、運動などに関する知識が乏しければ、健康的な生活習慣を持つことは難しいでしょう。最近は、ワーキングプアという言葉が示すように、一生懸命働いても貧困から抜け出すのが難しくなっています。お金がなければ、高い教育を受けることも難しい。不利な環境に置かれた人が、自助努力だけで健康な生活を送るのは、経験したことがない人が思うほど簡単ではありません。
 社会疫学では、人が病気になるまでの経過を川の流れにたとえて考えます。病気や要介護状態が最終段階、つまり川下だとすると、その川上には不健康な生活習慣があり、さらに上流には所得や教育、住んでいる地域の環境などの社会的要因があると考えられます。
 たとえば認知症でも、住んでいる地域によって、認知症発症リスクに約3倍の地域差があることがわかってきました。53市区町村の約8万8,000人の高齢者を対象に、認知症の初期に低下することが知られているIADL(注)の低下者割合を調べたところ、65歳から74歳までの前期高齢者でも7.9〜23.2%と2.9倍の差(下図)が、75歳以上の後期高齢者では11.9〜39.8%と3.3倍の差があることがわかったのです。
 しかも、都市部では低下者の割合が低く、郊外や農村で高いこともわかりました。このような差は、IADLの低下が、純粋に生物学的な理由のみで起こるとは考えにくい。都市部であろうと農村であろうと、ほぼ一定の割合でIADL低下者がいるはずです。これほどの差は、地域環境要因の影響を受けている可能性が高いと思います。

(注)IADL:Instrumental Activity of Daily Living(手段的日常生活動作)。日常生活に必要な動作のうち、食事や排泄などの日常生活動作(ADL)よりも、複雑で高次な動作をさす。具体的には、食事の用意、買い物、掃除、洗濯などの家事全般、金銭管理、服薬管理、バスや電車に乗ること、など。この調査では「外出・買い物・食事の用意・請求書の支払い・貯金の出入」の5項目について調べた。

出典:JAGESプロジェクト(Press Release No:067-15-12)

──ではなぜ、そのような差が生じるのでしょうか。

近藤 この調査では、同時に趣味やスポーツの会への参加割合も調べています。すると、「趣味がある」「趣味・スポーツの会への参加」者が多い地域ほどIADL低下者の割合が少ないという結果が出ました。すなわち、「IADL低下者の少ない地域=『趣味がある』『趣味・スポーツの会への参加』者が多い地域=都市部」という構図です。都市部ほど趣味やスポーツに親しむ機会が多く、その結果IADL低下者が少ないということで一部は説明できそうです。趣味やスポーツに参加する機会を増やすには、行政が支援して、地域住民が気軽に参加できる「交流サロン」などを増やして、参加しやすくして仲間を見つけ継続しやすくするなどの施策が重要です。
 もちろん、趣味やスポーツの会参加だけが関連しているわけではなく、都市部は刺激が多い、交通網が発達していて車以外で出かけやすい、すると歩行量が増える等々、さまざまな要因が絡み合って差が生じていると思われます。
 たとえば、生まれたときの親の社会・経済状態は、自分では変えられない“上流”の社会的要因ですが、これらが大人になってからの健康に影響することもわかってきています。イギリスの研究で、子どもの出生時体重は、親の社会・経済状態が低いほど少ないことがわかっています。そして、出生時体重が2.5kg未満だった人では、4.3kg以上だった人に比べて、大人になってから糖尿病を発症するリスクが6.8倍も高いというデータがあるのです。糖尿病は、大人になってからの食べ過ぎや運動不足が原因だと考えられていますが、出生時からの要因が積み重なっているのです。

──日本でも同様の研究はあるのでしょうか。

近藤 JAGESでも分析中で、その結果が出つつあるところです。さらに検証が必要ですが、子どもの頃に貧困、親の離婚や死、虐待、家庭内暴力などの「逆境体験」と呼ばれる体験をした人では、高齢期になってもある種の傷跡が残っていることがわかってきました。認知機能の低下割合が高い、睡眠障害やうつが多い等々です。50年もの時を経て幼少時の影響が残っているという事実に、私たちも非常な驚きを感じています。いずれJAGESのホームページに掲載しますから、興味のある方はご覧になってみてください。

──50年前の影響ですか。

近藤 逆に言えば、50年後を見据えて、今手を打たなければならないということです。その意味で、「子ども食堂」や「無料塾」などは、子ども時代のストレスや不利を緩和する取り組みで、とても良いと思います。関心のある方にはぜひ、子どもの将来の健康を守るような活動に参加していただきたいと思います。
 健康は自助努力も大事ですが、それだけで守れるものではありません。上流の社会的要因によって健康が損なわれ、自分では変えられないことが往々にしてあるのです。社会的格差が広がれば、健康格差もますます広がります。私たちは、JAGESプロジェクトを通じて国や自治体にさまざまなデータを示し、健康格差の縮小につながる政策が実現するよう働きかけていきます。みなさんにも、身の回りにある健康格差に目を向け、その縮小に向けて手を貸していただきたいと思います。

『「健康格差社会」を生き抜く』朝日新書(780円+税、Kindle版500円)

貧困をはじめとする社会的格差が大きな問題になっている今、看過できないのが「健康格差」だ。格差社会では健康にも格差が及び、やがては富裕層まで健康が悪化する。膨大なデータを元に「健康格差」とはなにか、そこに生きる私たちはどうすればいいかを解く。

近藤克則(こんどう・かつのり)1958年、愛知県生まれ。千葉大学予防医学センター教授(社会予防医学研究部門)、国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター 老年学評価研究部長併任。千葉大学医学部卒業。船橋二和病院リハビリテーション科科長、日本福祉大学助教授、ケント大学(イギリス)客員研究員、日本福祉大学教授などを経て、2014年4月から現職。全国14万人を対象とする国内最大規模の高齢者調査プロジェクト「JAGES(日本老年学的評価研究)」を率いる。『健康格差社会—何が心と健康を蝕むのか』(医学書院)で社会政策学会賞(奨励賞)受賞、著書多数。

データ出典:
→JAGESプロジェクト
→プレスリリース

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