週刊通販生活トップページ  >  読み物:「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟弁護団事務局長・馬奈木厳太郎さんインタビュー

カタログハウスの公式通販サイト

「ペリリュー戦を“追憶”する人々の語りから、戦場の悲惨さに向き合ってほしい」

――「生業訴訟」の原告は、どのような方たちなんでしょうか。

馬奈木 地域としては、福島県と隣県の方たちです。福島県内は、福島支部、相双支部、県中支部、県南支部、会津支部、いわき支部の6つにわかれます。原発に近い浜通りの方たちが約900人、4分の1程度を占めています。
 自分たちの「ふるさと」を傷つけられながらも、被害者のままでは終わろうとしなかった方たちです。本当は誰も裁判などしたくなかった。でも、日本という国は、責任を負うべき人たちが責任を取ろうとせず、声をあげなければ被害があることを認めない。そのことに納得せず、「原発事故をなかったこと、終わったことにされてたまるもんか」と思っている人たちです。
 この方たちを突き動かしているのは「尊厳」です。「尊厳」というのは、たとえていうと、「踏みつぶされっぱなしでいいのか」という問いかけです。先祖に対しての申し訳なさ、次世代への責任など、個人の憤りを超えています。その思いは、「原発事故の前から福島の人も地域も軽視されていた」「この国の主権者の自分たちが大事にされていない」という人間の尊厳の闘いにまで拡がっているのです。

生業訴訟の原告団。

――裁判の目的は、どのようなことですか。

馬奈木 裁判は、「原状回復訴訟」と「ふるさと喪失訴訟」の二つから構成されていますが、「原状回復訴訟」が基本です。その目的は三つあります。
 一つ目が、「原状回復」。私たちの言う「原状回復」は、2011年3月10日に戻せということではありません。放射性物質もない、事故の原因となった原発もない地域を創ろうという意味での「原状回復」です。
 二つ目が被害の「全体救済」です。私たちは原告になった方たちの救済だけではなく、原告の背後にいる多くの方たち――次世代、原発労働者の方たちなど、あらゆる被害者を救済するための制度化を要求しています。国には責任があり、被害者を救済する義務があります。救済するためには、生活、健康、除染、賠償など、多方面から国が制度化して、支える義務があると考えます。
 三つ目が「脱原発」です。国策として進められた原発と、東京電力という企業が経済活動として原発を運転してきたことによる事故と被害。幾度か経験してきた公害の構造と同様です。今後の被害を根絶するために「原発を終わらせる」ことがゴールです。

原告団と裁判所への行進をする前に説明する馬奈木さん。

 一方の「ふるさと喪失訴訟」は、原発事故から2年経過した2013年時、15万人以上の住民が避難生活を余儀なくされ、被害は長期間継続し先の見えない苦しみが続いていることを受け提訴しました。
 被害者は、原発事故までに形成してきた人間関係を失い、それまで自己の人格を育んできた自然環境・文化環境を失いました。こうした被害をひと言で表現するとすれば、「『ふるさと』の喪失」と言うしかありません。
 本来、これに対する救済は、元の居住地から放射性物質を取り除き、生活インフラや生業の場を復活させるなど、人々が「ふるさと」において安心して元の生活を取り戻すことができるように原状回復をすることなのですが、その見通しが持てません。可能であるとしても、10年以上の単位での長期間を要することとなります。
 そうである以上、せめて新たな居住地において、新たな生活基盤を築くに足りる救済を求めるという裁判です。

「ふるさと」を返せ、に込められたもの。

――原告の方たちの「ふるさと」には、どのようなことが含まれているでしょうか。

馬奈木 「ふるさと」は、そこに住んでいるだけではふるさとにはならないのです。2代、3代前から100年住んで、地域の人たちとつながって、初めて「ふるさと」になっていくと思います。同時代の横のつながりだけではなく、先祖代々からの地域コミュニティーが「ふるさと」のベースになっています。
 祭り、地域の習俗、お墓、家族、親戚を表象するものの風景と時間が重なり、その土地に代表されるつながりが人間関係の総体、存在の根源となり、100年の時間軸で「ふるさと」の風景が創られているのです。
 先祖の写真や、自分の家の航空写真を飾っていたお宅も多いです。集落と自宅と畑含めて、地域共同体の中で先祖の代から長年生きてきた「自分」や「家」なのでしょう。

福島第一原発事故で帰還困難区域となっている福島県双葉町に掲げられていた標語。1987年に国の「広報・安全等対策交付金」で建てられた。2015年末から撤去作業が進められた。

 原発事故によって、それらと断絶させられる喪失感は大変なものがあります。新しいところで再スタートしてください、というように言われても納得できません。
 90歳過ぎた原告の男性がいます。彼は、自分の健康被害のことを言いたいのではありません。孫が東京からやってきて、一緒に山に入って山菜を採るのが生きがいだった。原発事故後、山には入れなくなり孫も訪れない。国や東電はたいした損害ではないと言うかもしれないけれど、この方にとっては切実なことです。彼は、長年地域に生きた人間として何ができるのかと考えられたときに、この裁判に参加することを選択されました。自分が生きてきた生活圏がぼろぼろにされていることへの怒り、郷土愛。「ふるさと」という4つの文字にどれだけのことが込められているのだろうと思います。
 夏の草がぼうぼうと繁り、列車の走らなくなった線路を見て、ふるさとの喪失を想う人もあります。駅は思い出が表象しやすい場所です。現在、その駅は降りる人もなく街は無人です。がれきの処理も終わっていない。電柱も地震で傾いたまま。つぶれたままの家もあります。時間がまるで止まっているかのようです。

楢葉町の天神岬から見える、一面に積み上げられた廃棄物の入ったフレコンバッグ。

 避難先から久しぶりに訪れた家の中に、ハクビシンやねずみのふんがいっぱいまき散らされている様子に堪えられない方。避難のために家をあとにして、残してきたピアノの鍵盤に触れることができない方もいます。思い出のつまったピアノは腐食したり、調律もしていません。音色も変わってしまっただろうと、怖くて触れられないんです。
 原発事故は、「ふるさと」とともに、どれだけの人たちの人生を踏みにじってしまったのか。日本の戦後に限ってみても、これだけの規模の被害はないのではないでしょうか。

――福島の住人たちの日常から感じることはどんなことですか。

馬奈木 郡山市など中通りは、一見すると駅前などは普通の地方都市と同じに見えます。でも、一枚めくればそんな単純な話ではありません。
 公民館には「測定できます」という張り紙があります。測定するのは食材です。街のいたるところに「測定できます」と貼り紙のある自治体は福島県だけだと思います。
 住んでいる場所に線量計があり、テレビニュースや新聞で天気予報のように「きょうの線量」が報道されます。福島の方たちは「原発事故を気にしていない」のではなく、気持ちの折り合いをつけて暮していると思います。

浪江町は現在、「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」「帰還困難区域」の3区域に再編されている。

 「これが正解です」と言えないのが放射線の問題です。今すぐに結果が分からないから、それぞれの判断にゆだねるしかない。みなが一致しないので、触れてはいけない話題になるのです。一方、国や行政からは「放射線は大丈夫」という情報も流されてきます。
 子どもの学校生活についても、外遊びや運動会で砂ぼこりを吸うことによる健康被害を考える人もいるし、子どもの発達にとって外遊びを重視する人もいます。学校給食の地域食材使用のこと、子どもに給食を辞退させて弁当を持参するかしないかということ。地域だけでなく、家庭内で意見が一致しません。
 さらに原発事故の損害に対しての賠償金や避難の判断で大人がもめる。そのことが子どもたちに影響しないわけはありません。中学生や高校生たちのなかには、子どもを産めるのか、就職できるのか、という不安を持つ人もいるでしょう。 原発事故被害の広がりは、時間の経過とともに多方面に拡散していきます。

福島で生きるために、必要なこと。

――福島に住む方に必要なことは、どのようなことだと思われますか。

馬奈木 地域や環境の再生です。そこに住み暮している人がいる限り、福島の農業も林業も漁業も必要です。福島県の面積の7割は山林です。福島の農業と林業がなくなったら水の保全にも影響があります。林業や農業の役割は、野菜を作り、木を切ることだけではありません。漁業についても、長いこと漁に出られないと「漁師の手」ではなくなり、再開が難しくなるのです。
 第一次産業は、地域の自然や人々の営み、文化習俗すべてにつながっています。食べてもらえるかと言うこととは別に、福島の第一次産業をつぶしてはいけません。
 人がいる限り医療も必要、子どもがいる限り教育や保育も必要です。除染も一つの方法ですが、そこで暮す人々のために、被ばくをできる限り避ける方策を考えていく必要があります。

福島県須賀川市で農業を営む樽川和也さん。福島第一原発事故後、農作物出荷停止のファックスが届いた翌朝の2011年3月24日、父親が自死された。
(C)「大地を受け継ぐ」製作運動体

――「被支配者同士を争わせ、統治者に矛先が向かうのを避ける」分断統治。原発やダムや基地の建設などでも、その方法が採用されていると思います。水俣病も、賠償金の有無による分断がありました。水俣では、舟を「舫(もや)う」(船と船をつなぎ合わせる)という言葉から、地域の関係性の修復を「舫い直し」とおっしゃる方たちがあります。福島についてはどうですか。

馬奈木 原発が入ってきた地域は、賛成と反対に意見が割れ、交付金で地域が支配され、民意がゆがめられてきた歴史があります。本当に「自分たち」の民意で地域のことを決められていないのです。裁判をひとつの手がかりに、自分たちが自分たちのことを決めるという主権者意識、民主主義を取り戻すことにつながっていったら、法廷の中だけでない勝利、本来の尊厳回復になると思います。

楢川さんの自宅でお話を聴く馬奈木さん。

 水俣と同様、ひと世代では達成できないと思いますが、「舫い直し」をしないと原発事故による被害を克服し、社会全体を回復することにはならないと思います。
 原発事故後、それまでの日常を大事に思うがゆえに福島に暮し続ける方たちもあれば、止むを得ず避難した人たちもいる。福島に暮す大多数の方たちが、被ばくを受け入れているわけではありません。福島にいる人たちと避難した人たちが手をつなげる言葉を紡ぎ、総がかりで闘わないと、国や経団連をバックにした東電は勝てる相手ではありません。
 避難者の住宅支援の打ち切りの問題を考えてみても、避難者だけの取り組みでは、福島県知事の方針を変えることは難しいはずです。事業者の方への賠償打ち切りの問題でも、事業者だけの取り組みでは、国や東電の方針を変えることは容易ではありません。
 原発事故を様々な視点から理解し、自分たちが求めているものは被害としてどのような意味づけにあるのか。どのような枠組みで、どのような方法で取り組んだらよいのか。もっと深く考えて、総がかりで闘い方のグランドデザインを作っていく必要があります。

――福島県以外の、同時代に生きる私たちはどうすればよいのでしょうか。

馬奈木 「原発は危ないと訴えていた人たちがいたことは知っていたけれど、自分は何もしなかった」。これまで傍観してきた結果、汚され傷つけられてしまった福島を次世代に引き継がせざるを得ないという申し訳なさから、原告になった方もあります。
 福島の人たちだけではなく、すべての人が当事者です。多くの方たちが、原発がまさかこのような事故になると想像していなかったでしょう。しかし、私たちはもう福島第一原発事故を知っています。それでも政府は、事故後、原発の再稼働、海外への輸出と言っています。
 将来二度と事故が起きないとは誰も言えない。再び原発事故が起きてしまうまで何もしないのなら、結果として私たちは加害者の側に立つことになるのではないないでしょうか。もう知らなかったとは言えないのです。
 原発が非人間的であることに目をつぶって、自分たちの見たいことだけを見る「虚構の世界」に生きるのはどうなのか。裁判はそんな社会に対する問題提起のひとつの形でもあります。私たちは、「人の命や健康よりも、経済的利益を優先させる社会のあり方をともに終わらせませんか」と呼びかけているのです。  

馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)1975年、福岡県生まれ。弁護士。全国公害弁護団連絡会議事務局次長。著書(共著)に『あなたの福島原発訴訟』『国と東電の罪を問う』『福島を切り捨てるのですか』(すべて、かもがわ出版)など。福島原発事故後自死された農家を描いたドキュメンタリー映画『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督)の企画も務めた。

『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』
福島原発訴訟原告団・弁護団

Webサイト: http://www.nariwaisoshou.jp/
Facebook: https://www.facebook.com/nariwaikaese/

↑このページの先頭へ