週刊通販生活トップページ  >  読み物:映画『カレーライスを一から作る』監督・前田亜紀さんインタビュー

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「“カレーライスを一から作る”ことに挑戦した美大生の姿を通じ、生き物を食べることの意味を改めて考えてほしい」

カレーライスを一から作るという途方もない挑戦を、どうしても映画にしたかった。

――『カレーライスを一から作る』はもともと、テレビドキュメンタリーとして制作したそうですね。

前田 ええ。テレビ版が好評だったから映画をつくった……と、言いたいところなのですが(笑)、関東のみの深夜放送枠だったこともあり、それほど多くの反応はありませんでした。
 この作品は、美術大学で実際に行われた、カレーライスを一から作るという課外ゼミ活動に密着したドキュメンタリーです。
 ゼミでは、土を耕すところから始めて、田植え、野菜の種まき、水やりから草むしり、収穫までを全て学生たちが行ないます。当然、鳥もヒナから育てる。そのうえ塩も海水を煮詰めて採取したり、器も自分たちで焼いて作るというくらい、徹底して「一から作る」ことにこだわっているので、撮り終えるまでには9ヵ月もの時間がかかりました。
 ところが、テレビ版の放送時間は48分。この長さでは、9カ月の営みを伝えきるのは難しいというのが、正直な思いでした。自分の納得のいく長さで編集した映像を、もう一度世に出したかったのです。同時に、できるだけ多くの人に、この作品を見てほしいとも思いました。
 そのためにはどういう方法がいいだろうと考えた結果、映画にすることにしました。テレビドキュメンタリーの世界で生きてきた私にとって、映画をつくるのは大きな挑戦でしたね。

――製作にあたり、苦労したことは?

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前田 とにかく今回の作品は、何から何まで自分たちで行なっているんです。製作から配給・宣伝まで全て自社で行なう自主制作映画の形をとり、資金の多くはクラウドファンディングで集めました。公開前には、チラシ配りもやりました。私にとってこの作品は、映画監督デビュー作であるだけでなく、〝映画を一から作る〟という得がたい経験も与えてくれましたね。映画館に掲げる看板も、私とプロデューサーとで手づくりしましたが、さすがにペンキで塗っているときには「アレ? 私、何しているんだっけ」と、多少は思っちゃいました(笑)。

カレーライスを一から作ると、
ものの見方が変わってくる。

――そもそも、カレーライスを一から作るゼミを、美術大学で行なう目的はどこにあるのでしょう。

前田 「ものづくりを志す美大生が、身の周りにあるものが何からできているかを知らないのはおかしい」。ゼミを指導する関野吉晴さんが、常々言っていることです。関野さんは、南米大陸を出発し、ユーラシア大陸を通ってアフリカ大陸を目指す5万3千キロの旅を、足掛け10年という歳月をかけて達成した途方もない探検家。医師となったのも、自然と共に暮す人々から宿や食べ物を与えてもらう旅を繰り返すうち、自分も彼らにお返しをしたいと思ったから。アマゾンの先住民と共に暮した経験もある関野さんは、「彼らの生活には、素材の分からないものは何もない」と語ります。
 一方、現在の私たちの日常生活は、素材の分からないものであふれています。例えば、文庫本。紙を作る材料は、自然界のどこからとってきているか、それを知ることに意味があるのです。加えて、文庫本の原点を探るうちに、パルプ工場が自然環境にどんな影響を与えているか、どういうルートで紙が売買されているかといったことも見えてきます。ものの原点を探っていくことで、社会への視野が拓けるし、ものの見方も変わってくる。それが、関野さんの考えであり、ゼミの狙いなのです。

――映画からは、関野さんは学生たちを指導しているというよりも、ただ静かに見守っているという印象を受けます。

前田 関野さんは、「10年後くらいに、何かに気づけばそれでいいんじゃない」と、サラリとおっしゃるような方なんです。私としては、もっと学生たちに語りかけてくれた方が面白い画が撮れるのに、とやきもきしていたんですが、それが関野流の指導法なんですよね。

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――関野さんが一歩引いたところから見守る一方、学生たちは葛藤を繰り返します。特に、野菜作り班のリーダーの男子生徒が、「先生は化学肥料を使ってはいけないと言うけど、なぜダメなのかが分からない」と悩む姿は印象的でした。

前田 なかなか野菜が育たず悩んでいる時に、化学肥料を蒔いた隣の畑で作物がグングン伸びるのを見れば、「なんで自分たちは使えないんだ」と思いますよね。彼はそこで「先生がダメと言ったからダメだ」とは考えず、「なぜ、化学肥料を使ってはいけないのか」、その問いの答えを自分なりに導き出すために、家のプランターで野菜を育ててみたそうです。化学肥料を与えた野菜と、有機肥料を与えた野菜とで、何が違うのかを比較したところ、「野菜の出来も、味も変わらなかった。だったら、化学肥料を使わなくてもいい」という結論に至った。彼は現在も関野さんの課外ゼミに参加しながら、作物の栽培について後輩たちにアドバイスしているそうです。ゼミで得た疑問をその後の学びに活かす姿を頼もしく感じました。
 ホロホロ鳥と烏骨鶏を飼育していた学生たちも、寒がりの鳥たちを気遣って小屋にカイロを入れてあげたりと、本当によく世話していました。みんな、休み時間ごとに小屋を覗いては話しかけるほど可愛がっていたんです。
 そうする内に、やっぱり情がうつっちゃうんですよね。人に懐きにくいと言われるホロホロ鳥が、自分から学生の肩に乗るようになった頃、「彼らは、本当にこのあと鳥を殺して食べられるのかしら」と、私も心配になってしまいました。

――やはり育てた鳥を屠るシーンでは、学生たちの表情が硬いですね。

前田 「最初から、食べるために飼うというルールだったんだから」と言っていた女子生徒も、鳥が屠られるのを固唾を飲んで見つめるという感じでしたね。彼女は自分から立候補して鳥の頭を切り落とすなど、終始毅然としてはいたものの、表情の奥には戸惑いが見えました。20歳前後という年頃ならではの、人前では感情をコントロールせねばと思う心と、それでも抑えきれずに零れ落ちる本音みたいなものが、映像にうつり込んでいるシーンだと思います。
 でも実際、みんなで作った材料でカレーを作って食べる段になると、学生たちもいつも通りというか、再びわきあいあいとしたムードを取り戻していきました。

――「いつもの鶏肉の味だ」「甘い」「さっぱりしている」と、大変な工程を経た割に、学生たちの感想はとても素朴なものでした。

前田 あの時はまだ、彼らのなかでカレーライスを一から作るという経験が消化されていなかったのでしょう。それは、ゼミが終了して数ヵ月が経った今でも同じ。映画のパンフレットをつくるために学生たちにコメントを求めたのですが、「まだ、あの経験にどういう意味があったのか、はっきりとした答えをつかめない」という子たちがほとんどでした。
 それこそ関野さんが言うように、10年後、ようやく何かに気づくのかもしれません。関野さん自身も、5万3千キロの旅を達成した直後には「家族とか仲間とか、水とか空気が大切だと思った」と、やっぱり同行していたテレビクルーがちょっとがっかりしちゃうような素朴な感想を述べたそうですから。

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「生」と「食」について、
改めてじっくりと考えてほしい。

――関野さんご自身は、すでにこの作品をご覧になったのでしょうか。

前田 劇場公開前の段階で見てもらった時には、あまり反応がなかったです。ただ、「学生たちは弱くなったな」とポツリとこぼしていました。

――「学生たちは弱くなった」というと?

前田 カレーライスを一から作るというテーマ自体が、ある意味で現代人の弱さというか、自然との接点のなさを象徴しているんですよね。例えば、60年前の日本だったら、鳥を育てて、殺して、食べるなんて、あまりにも当たり前すぎて映画のテーマとして成立しない。鳥を屠る時に、若者たちがこわごわ見守るなんてことも、ありえないんです。ゼミでも年を追うごとに学生たちの〝抵抗感〟が増しているそうで、関野さんは、そこに彼らの弱さを感じていると語り、少しさみしそうでした。
 最初の反応がそんな感じだったので、「関野さんはあまり気に入ってないのかな」と思っていたら、マスコミ試写に招待して劇場で見てもらったら「なんだ、面白いじゃん」と急に言い出して。よかった、とほっとした半面、多少複雑でしたけどね(笑)。

――映画を見た観客からは、どんな感想が寄せられていますか。

前田 「昔はよく、家で飼っていた鳥を絞めて食べたことを思い出しました」など、見た人が持つ食の経験によって、感想がガラリと変わるんです。感想が一様ではないのは、作り手として本当に嬉しいことですね。それでこそ、たくさんの人に見てもらう価値があると思うのです。
 それから、この映画はドキュメンタリーとしては珍しく、子どもがたくさん見に来てくれているんです。親子連れの観客はもちろん、小学生同士で劇場に足を運んでくれた子たちもいるそうです。普段の生活のなかで思いを馳せる機会は少ないけれど、人は生きている限り、命を食べなければいけません。関野さんは、「命をいただく」のではなく「殺して食べている」現実をそのまま学生たちに伝えました。映画を通じ、「生」と「食」の関係について、改めて考えてもらえたらと思います。

前田亜紀(まえだ・あき)1976年生まれ。大分県出身。 東京学芸大学卒業後、テレビ番組制作の仕事に携わる。フリーランスのTVディレクターを経て、映像製作会社ネツゲンに所属。『ETV特集』(NHK-Eテレ)、『情熱大陸』(毎日放送)、『ザ・ノンフィクション』『NONFIX』(フジテレビ)などの、ドキュメンタリー番組を手がけている。

『カレーライスを一から作る』

2015年4月。武蔵野美術大学関野ゼミに、100人以上の学生たちが集まった。ゼミの目的は、一からカレーライスを作ること。野菜も米も肉も、一から育てよう。途方もない計画に驚きつつも、授業にのめりこんでいく学生たち。植物を刈り取るのは良くても、動物を殺して食べるのはかわいそう? そこには、日常生活のなかで通り過ぎてしまいがちな、素朴な疑問が転がっていた。学生たちの姿が、食べることと生きることの意味を、見る者に強く問いかける。

出演:関野吉晴、武蔵野美術大学 関野ゼミ生
監督:前田亜紀 プロデューサー:大島 新
製作・配給:ネツゲン
2016年/日本映画/カラー/96分/©ネツゲン
ポレポレ東中野にて公開中
公式HP:http://www.ichikaracurry.com/index.html

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