週刊通販生活トップページ  >  読み物:映画『人生フルーツ』監督・伏原健之さんインタビュー

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「こういう老い方もあっていいと思えるようなファンタジーをドキュメンタリーで描きたかった」

それぞれ好きなことをしながらも
愛し合っている夫婦の姿に理想を見る。

――『人生フルーツ』は、津端夫妻の穏やかな生活ぶりを見ているだけで幸せな気分になります。そもそも夫妻のドキュメンタリーを撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

伏原 僕は普段、報道の仕事をしているのですが、ニュースで老人を扱うと、ついネガティブになってしまうんですね。超高齢化社会とか独居老人といった言葉が世の中に飛び交っているし、年を取ることへの不安が自分の中にありました。これではいけない。誰かお手本になるような人はいないかなあと思っていたときに、たまたま目にした雑誌で、津端夫妻のことが紹介されていたんです。すると、地元にある高蔵寺ニュータウンを作った人で、しかもそこに長年定住していることを知り、お会いしたいと思ったのがきっかけです。2014年の冬のことでした。

(C)東海テレビ放送

――最初は、夫の津端修一さんに撮影を断られたとのことですが。

伏原 電話で「東海テレビです」と言ったら、修一さんの第一声が「テレビはお断りしてるんですよ」でした。それでも「まあ会うだけならいいよ」ということでしたので、お宅にうかがいました。奥さんの英子さん手作りのお菓子、スコーンだったと思いますけど、それと紅茶が品のいい器で出てきて、ああ素敵なご夫婦だなと。いろいろ話して意気投合しました。これは取材OKということかなと思い、春になった頃に連絡したら、「あのときたくさん話したから、もう話すことはない」と(笑)。

――修一さんの中に、テレビに対する嫌悪感のようなものがあったのでしょうか。

伏原 いわゆるテレビの、土足で勝手に人の生活に踏み込んでくるようなスタンスをよくご存知だったようです。それで手紙を書きました。ちょっと気恥ずかしくなるぐらいというか、ラブレターのようなものでしたね(笑)。長期にわたって撮りたいと思っている。デリカシーのない撮り方はしない。一日1時間でもいいから撮らせてほしい。そういった内容の手紙のやりとりをして、5月の頭ぐらいでしたか、「いいですよ」という返事をいただいて、そこから撮影がスタートしました。

(C)東海テレビ放送

――実際の撮影はどのような感じで進んだのでしょうか。

伏原 当時、僕はニュース番組の編集長も兼任していたので、なかなかお宅に行けなかったというのが正直なところです。ただ、ずっと張り付いていたら、すごく暑苦しい距離感になったと思うんです。1週間か2週間に一度ぐらいのペースでお宅にお邪魔することになりましたが、結果的にほどよい距離感が取れた気がします。この映画を作るには、薄く長くというスタンスが合っていたようです。

――夫妻の日々の暮しぶりが描かれますが、朝ご飯のシーンで、修一さんはご飯を食べるのに、英子さんはパンなんですね。それぞれ好きなことをしているにもかかわらず、仲の良さがじんわりと伝わってきました。

伏原 僕は独身なものですから、夫婦というものに、ある種の幻想みたいなものがあったんです。旦那さんがご飯を食べるのなら、奥さんもご飯とか。あるいは奥さんがパンだったら、旦那さんも合わせるとか。でも津端家では、お互いやりたいようにやって。でも仲がいいというか、ちゃんと愛し合っている。しかもウエットじゃない。こういう夫婦って理想的だなと。

(C)東海テレビ放送

――津端修一さんは、原宿団地、多摩平団地、阿佐ヶ谷住宅など、多くの宅地造成に携わり、戦後日本の発展に大きな貢献をした高名な建築家です。そんな修一さんの人生を描いた作品でもあるわけですね。

伏原 修一さんは、戦時中は海軍の技術士官だった方で、飛行機を作ることが国を豊かにすると思われていたようです。そして戦後になって自分がやらなければいけないのは、住宅を作ることだと。あの方はあの方のやりかたで、この国を良くしていこうとしていたと思います。修一さんのような方がいたからこそ、今の日本の社会ができているのではないでしょうか。

亡くなってから初めて
その人のことがわかってくる不思議。

――劇中、修一さんが突然亡くなるという衝撃的な出来事が起こります。修一さんのご遺体が映し出されますが、そこまで踏み込んで撮影するのはかなり勇気のいることではないかと思いました。

伏原 15年の6月、娘さんから電話があり、「今日、父が亡くなりました」と。そうした兆候はまったくありませんでしたから、とにかく驚くばかりで。カメラを持たずにお宅に行きましたが、修一さんのお顔がすごく綺麗だなと思いました。まるで寝ているような表情だったので、これは撮りたいと。とはいえ、なかなかそれを切り出すのが大変でした。奥さんの英子さんは娘たちに聞いてくださいとおっしゃる。それで娘さんに「お顔がすごく綺麗で、いわゆる悲惨さがないし、暗さもない、実際に使うかどうかはわかりませんが、撮らせてください」という話をしたら、最終的に娘さん2人でお話しになられて、「いいですよ」というご返事をいただきました。

(C)東海テレビ放送

――映画はそこで終わると思ったのですが、そのあと修一さんが佐賀県伊万里市の精神科クリニックの建築の仕事を手掛けているエピソードが描かれますね。

伏原 修一さんが伊万里の施設を手掛けていることは知っていました。でも、まさか亡くなるとは思っていなかったので、施設が完成したらきっと本人も行くだろうから、そのときに撮ろうと思っていたんです。亡くなったあと、伊万里に行ったらクリニックの方たちが、修一さんがスケッチする様子の動画を撮っていたんです。自分たちが撮っていた修一さんは、ほぼ隠居暮しに近かったし、現役の建築家としての様子は過去の資料からしかわからなかったんです。そうか、修一さんはそういう人だったんだと。
 実は、僕もこの作品に関わる前に、父を亡くしていたんですが、葬儀のときに、父の友人とか、まったく知らない人から「あなたのお父さんってこういう人だったんだよ」と教えられる機会がたくさんあったんです。それと同じように、修一さんが亡くなったあとにいろんなことがわかってきたんですね。修一さんは大変な記録魔で、建築の資料から手紙、買い物をしたときのレシートにいたるまで、全部ファイルしてまとめていたんです。それを一枚一枚見ていくと、修一さんのいろんな思いが伝わってきて、それと僕たちが撮っていたものとうまく重なってきて、これでようやく作品になりそうだなと思いました。

(C)東海テレビ放送

――奥さんの英子さんは修一さんを亡くして、悲しみに暮れるご様子も映し出されますが、それでも朝起きて、パンを食べてという日常を過ごしているところが印象的です。

伏原 僕も自分の父を亡くしたとき、母の様子を見ていたんですが、英子さんとまったく同じリアクションをするんですね。「1人で生きるのは空しいね」と話すのも同じでした。でもそういうことを言いながら、趣味に没頭したり、いつのまにか友だちが増えていたり、女性ってかよわいと思う反面、強いと思うところもあって。それはやっぱり日々の生活があり、ちゃんと暮しているからなのでしょう。そういう英子さんの姿も描きたいと思いました。

――最後に、この映画をどのように見てほしいと思いますか。

伏原 東海テレビ制作のドキュメンタリーは、気合いを入れて見るような題材が多いのですが、これはのんびり安心して見ていだだける作品になっていると思います。こういう老後があってもいいじゃないか。そして生きてて良かったなと思えるような、一種のファンタジーとして描きたいと思って作りました。そういう意味でも、できたら家族で、あるいはご夫婦で見ていただきたいですね。旦那さんは「ああいう大らかな奥さんっていいよね」って言いながら見て、奥さんの方は「何言ってるのよ、ああいう素敵な旦那さんがいいのよ」っていう感じで(笑)。

伏原健之(ふしはら・けんし)1969年、愛知県生まれ。立教大学法学部を卒業後、90年に東海テレビに入社。営業局を経て、制作局で情報番組などのディレクターやプロデューサーを経験する。報道部では県警キャップや編集長を歴任。『とうちゃんはエジソン』で、03年のギャラクシー大賞、『福祉番長!』では04年ゆふいん文化・記録映画祭松川賞観客賞を受賞する。その他の作品に『オヤジ和尚』『森といのちの響き〜お伊勢さんとモアイの島〜』、14年に『神宮希林 わたしの神様』が劇場公開された。

『人生フルーツ』

監督:伏原健之
ナレーション:樹木希林
プロデューサー:阿武野勝彦
2016年 91分
製作・配給:東海テレビ放送
配給協力:東風
2017年1月2日(月・祝)よりポレポレ東中野にてお正月ロードショー、
1月9日(月・祝)名古屋シネマテーク
1月14日(土)大阪・第七藝術劇場
ほか全国順次公開。

→公式ホームページ

2016年11月24日発売
ふたりから ひとり
~ときをためる暮らし それから~

つばた英子・つばたしゅういち 著
水野恵美子 聞き手 落合由利子 写真
自然食通信社
本体価格:1800(税込:1944)円

あしたも、こはるびより。
83歳と86歳の菜園生活。はる。なつ。あき。ふゆ。

2011年10月刊行/主婦と生活社/定価:1,512円(税込)

ひでこさんのたからもの。
2015年11月刊行/主婦と生活社/定価:1,512円(税込)円

ききがたり ときをためる暮らし
2012年9月刊行/自然食通信社/定価:1,944円

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