週刊通販生活トップページ   >  読み物:「福島原発被ばく労災」損害賠償裁判│福島原発収束作業に従事して白血病を発症した「あらかぶさん」を知っていますか?

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 福島第一原発の収束作業に従事した労働者に対して初めて被ばくによる労災認定が公表されたとき、安全管理に責任を負うべき東京電力は報道機関に対して「作業員の労災申請や認定状況について、当社はコメントする立場にない」などと語りました。
 あらかぶさん(通称。魚のカサゴを九州ではアラカブと呼ぶ)は、命がけで収束作業に携わった労働者に対して使い捨てと言わざるを得ない扱いをしている東電に対して強い怒りを感じ、2016年11月、東京地裁に提訴したのです。
 第1回口頭弁論(2月2日)では、「人前に立つのは苦手」というあらかぶさんが証言台に立ち、裁判官(東亜由美裁判長)にしっかり対面して、提訴するに至った思いと裁判への決意を力強く訴えました。

東北、福島の人たちの力になりたい!

 2011年3月、東日本大震災が起きた当時、あらかぶさんは36歳。高校を退学し、17歳から鍛冶見習いとして働きはじめ、途中他の仕事に就いたこともありましたが、北九州で鍛冶工として働いていました。テレビで繰り返し流される津波の映像、福島第一原発の大変な状況に胸を痛め、すぐにでも現地に駆けつけたいと思いましたが、生活が精一杯だったのでボランティアはできませんでした。
 4月になって、仕事仲間から「福島原発事故の収束作業を手伝わないか」と声をかけられ、あらかぶさんは自分の溶接技術が福島の人たちの役に立てるのなら力になりたいと思いました。でも、健康を心配する妻と3人の子どもたち(当時7歳、5歳、2歳)からは「行かないでほしい」と言われて悩みました。でも、あらかぶさんは「これは行かにゃならんだろう」と約15人の仲間とともに福島に向かいました。

ずさんな安全管理、作業現場の実態。

 原発事故の作業現場に入って、あらかぶさんはその管理のずさんさに驚きました。2011年11月~12年1月まで従事した福島第二原発4号機建屋の耐震化工事では、作業員にAPD(警報器付き個人線量計)が渡されませんでした。唯一APDを持つ現場監督は警報が鳴っているのに「だいじょうぶ」と言って警報を解除してしまうなど、でたらめな作業が行なわれていました。放射線管理区域に36日間立ち入ったあらかぶさんの被ばく線量は0mSvと記録されています。
 2012年10月~13年3月、福島第一原発4号機の原子炉建屋のカバーリング工事では、放射線防護のための鉛ベストが足りず、あらかぶさんたちは鉛ベストなしで作業をさせられました。92日間で10.7mSvの被ばく。2013年5月~12月は福島第一原発の雑固体廃棄物焼却施設設備建屋などの設置工事で作業し、148日間で4.98mSvの被ばくをしました。また、あらかぶさんは2012年1月~3月、九州電力玄海原発4号機の定検工事で余熱除去配管の取り換え工事に従事し、51日間で4.1mSvの被ばくをしています。
 記録されているあらかぶさんの累積被ばく線量は19.78mSv(うち福島原発で15.68mSv)となっています。しかし、放射性物質が飛散する現場の放射線計測は十分ではなく、内部被ばくの評価もされていません。玄海原発4号炉では研削機を使って配管を解体しているので放射性物質を含んだ粉塵を吸い込み、内部被ばくも相当あったと考えられます。

2013年2月、福島第一原発4号機で鉛ベストなしでカバーリング作業をする。(あらかぶさん提供)



つらい白血病治療が始まり うつ病も発症。

 2013年12月中頃から、あらかぶさんは発熱が続き、咳が出て風邪のような症状に悩まされるようになりました。年末にいったん北九州に帰り、地元の医師の診察を受けましたが、風邪との診断でした。しかし、年が明けて14年1月10日、福島原発の作業に復帰するために受けた電離放射線健康診断(放射線業務に従事する者が定期的に受ける健診)で白血病と診断されました。
 意見陳述書であらかぶさんはこう語っています。

 「目の前が真っ暗になりました。白血病は血液のがんで、死ぬ確率がきわめて高い病気ですから、もうダメだと思いました。子どもたちもまだ小さいのに、なんで自分が死ななきゃならないのかと思うと、涙があふれました。
 それからとてもつらい治療が始まりました。抗がん剤治療で髪の毛、まゆ毛など体中の毛が全て抜け落ち、毎日大変な吐き気、高熱に悩まされ、爪もボロボロになりました。さらに24時間モルヒネを打たれている状態なので、ずっと船酔いしたような体の感覚でした。また週に1~2回、血液検査のための骨髄穿刺では、手回しのドリルで胸や腰の骨に穴を開けて骨髄を採取するのですが、それも大変に辛いものでした。
 そして、死ぬかもしれないという恐怖や、妻と子どもたちを置いていくことになるのかという悔しさから、夜も眠れない日が続き、最後にはもう生きていてもしょうがないんじゃないかとまで思うようになりました。この時期に、うつ病との診断もされました。
 それでも、妻と子どもたちのためと思い、辛い治療にもなんとか耐えて頑張ったところ、2014年8月には退院することができました」

 2016年5月にうつ病も労災認定され、今も働けない状態が続いています。

責任逃れの東電らの姿勢に憤り。

 東京電力と九州電力はあらかぶさんの訴えを否定し、全面的に争う姿勢です。第2回口頭弁論(4月27日)で、東電は「原告が受けた放射線被ばくと白血病及びうつ病との間に事実的因果関係が認められない」と、国が認定した労災すら否定する内容の陳述を行ないました。あらかぶさんの被ばく線量が「相当量=100mSv」に満たないので因果関係はない、「速やかに棄却されるべき」などと、愚弄しきった主張をしています。
 あらかぶさんが1年半で被ばくした19.78mSvは、白血病の労災認定基準(5mSv×従事年数と被ばく開始後1年以上で発症)を大きく上回っています。しかも作業環境は劣悪で、実際の被ばく線量は記録されているもの以上であることは明らかです。さらに従事期間中の生活環境での被ばくもあります。また、急性骨髄性白血病は100mSv以下でも放射線被ばくによる有意な増加を示すという疫学論文(科学的データ)は数多く存在します。

困難な状況でのあらかぶさんの決意。

 あらかぶさんに次いで2016年8月、50代男性が白血病で労災認定、また同年12月、緊急作業に従事した東電社員が甲状腺がんを発症し、労災認定されたことが報じられました。収束作業に携わった労働者はすでに6万人に達し、3000人近くが50mSv超の被ばく(100mSv超は174人)をしています。今後、被ばくの影響による労働者の健康被害は更に出てくるでしょう。
 これまで国と電力会社は原子力政策・産業を維持するために、被ばく労働者の使い捨てと住民に被ばくの受忍を強いて、被ばくによる健康被害について当事者が声を上げることを阻んできました。それでも1970年代には放射線皮膚炎を患った岩佐嘉寿幸(かずゆき)さん、1990年代には慢性骨髄性白血病で息子である嶋橋伸之さんを亡くしたご両親、2000年代に入って初めて白血病以外の多発性骨髄腫で認定された長尾光明さん、悪性リンパ腫で亡くなった喜友名正さんの妻の末子さん、心筋梗塞で労災申請した梅田隆亮(りゅうすけ)さんらが声を上げ、闘い続けてきました。
 2010年5月、多発性骨髄腫と悪性リンパ腫が労災の例示疾病に追加されたのは、当事者が労災認定を勝ち取るため、ともに闘った支援者たちによる運動の成果です。しかし、これまでに原発で働いた労働者に被ばくによる労災が認定されたのはわずか16件。原子力損害賠償法に基づく裁判では、岩佐さんが1991年に敗訴、長尾さんが2010年に敗訴といずれも不当判決でした。梅田さんと札幌在住で福島原発事故の元収束作業員は現在も係争中でまだ勝った例はありません。
 そんな中で、自身の尊厳の回復と「働く仲間があとに続けるように」との思いで自ら声を上げたあらかぶさんの裁判は、絶対に負けるわけにいきません。この裁判に多くの市民が関心をもっていると示すことが勝訴への大きな鍵になります。

●第3回口頭弁論は7月28日(金)午前11時~
東京地裁103号大法廷(原告側反論)で行なわれます。

●「あらかぶさんを支える会」の賛同人になってください。
裁判闘争には多額な費用が必要です。カンパをお願いします。

●「公正な判決を求める署名」運動にご協力をお願いします。

福島原発被ばく労災 損害賠償裁判を支える会
(あらかぶさんを支える会)

https://sites.google.com/site/arakabushien/

〒136-0071 東京都江東区亀戸7-10-1 Zビル5階
東京労働安全衛生センター気付
電話:090-6477-9358(中村)
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