シリーズがん生きる

第1回
イラスト/瀬藤優

日本人の2人に1人ががんになる時代。決して珍しい病気ではありませんが、いざがんと分かった時のショックは大きいもの。突然のことに混乱し、根拠が不確かな情報に頼ったり、不安や恐怖に押しつぶされそうになったりする人もいます。家族や知人を失った人は「ああすればよかった」と後悔し、悲嘆に暮れることも…。この連載では、患者さん本人や家族などに医学的に正しい情報をお届けします。第1回目は、がんと精神的なケアについて、清水研さん(がん研有明病院の腫瘍精神科部長)に伺いました。

清水研さん

公益財団法人がん研究会 有明病院
腫瘍精神科 部長

前編

がんで傷ついた「心のつらさ」をケアする
腫瘍精神科を知っていますか?

5人に1人はうつ病や適応障害に。

「腫瘍精神科」とは、あまり聞き慣れない言葉ですが、
どのような診療科でしょうか?

がんに精通した精神科医や心理師などが、
がんの患者さんとそのご家族、
もしくはご遺族が抱える心の辛さに対応する診療科です。
その方の状態に応じて、カウンセリングや薬による治療、
生活上のアドバイスなどをします。
腫瘍精神科という診療科名のほか
「精神腫瘍科」「精神科リエゾンチーム」などの名称で
同じようなケアを提供している場合もあります。
現在、精神腫瘍医は全国に約130名で、
日本サイコオンコロジー学会のウェブサイトから
登録医リストを確認できます。
https://jpos-society.org/

がんの告知を受けてから、
患者さんの心はどう変化していくのかを教えてください。

100人いらっしゃれば100通りの変化が見られますが、
ある程度、共通の道筋として
「心的外傷後成長モデル」という理論があります。
下の図は大きな精神的ショックを受けてから、
立ち直るまでの大まかなプロセスを示したものです。

死と向き合った後の心の道筋 ①もともとその人が持っていた人生観 ②衝撃的な出来事(がん告知など) ③喪失と向き合う ④新たな人生の意味を考える 新たな人生観

私も含めて、大きな病気を持っていない人は、
自分の人生が10年、20年と続いていくような感覚で
過ごしています。そこに、初めてがんになって
「余命は平均6ヵ月です」などと言われると、
当たり前ですが大混乱に陥る方が多いんですね。
突然、未来が喪失したことへの悲しみや不安、
「なんで自分がこんな目にあわなくてはならないのか」
という怒りに包み込まれます。

そうした悲嘆の感情は、
2週間ほどすると日常生活を送れるレベルにまで
回復することが多いのですが、長引く場合もあります。
国内の研究を概観すると、
がんと診断された方の5人に1人は、
うつ病や適応障害などになると考えられています。
がんの告知から1年間の自殺率は
一般人口の24倍という研究もあります。

ただ、人の心というのは、
ずっと悲嘆にとどまっているわけではないんです。
実は、悲しみや怒りといった感情は非常に大切で、
それをたくさん表に出すことによって変化していきます。
がんの体験を織り込んだ人生観というんですかね。
だんだんと、「起きてしまったことは変えられないんだ」
と受け止める感覚が出てきて、
大切な人との時間を増やそうとか、
お金を稼ぐより人のためになることをしようとか、
その人なりの道筋が見えてくると言われています。

身近な人ががんになった時、
言ってはいけないこと。

悲しみや怒りを表に出した方がいいのは、
どうしてですか。

悲しみという感情には、
心に空いた穴を埋める力があります。
なにか辛いことがあって泣いたあと、
清々しい気持ちになった体験を持つ方は多いことでしょう。
人間の身体は、泣くことによって副交感神経が優位になり、
リラックスできる生理的な仕組みが備わっています。

これは本人だけでなく、
周囲の人にも言えることです。
例えば、大切な人を亡くして悲嘆が長引いている遺族に対し、
最も効果的なカウンセリング法は、
亡くなった人について語っていただくことです。
一緒に過ごした思い出とか、
場合によっては亡くなった日のことを語って、
積極的に悲しんでいただくんです。
そうすると、標準的なカウンセリングよりも
回復が早いというデータがあります。

怒りの感情については、
「自分がなにに腹が立っているのか」を見つめて、
誰かに話すことが大切です。
怒りの理由も人によって様々で、
例えば「まじめに一生懸命生きてきて、
やっと老後の自分らしい生活が手に入るはずだったのに、
それが絶たれた」という怒りがあるとしたら、
その気持ちをだれかに聞いてもらえると、
次のステップに進みやすいでしょうね。

聞く側の立場になった時は、どう対応したらよいのでしょうか。

目の前で家族や友だちが泣き出したり、
怒りをあらわにしたりすると戸惑ってしまう人が多いのは事実です。
でも、信頼しているからこそつらい感情を出せるんですよね。
「きっと私に心を許しているんだな」と受け取っていいと思います。
話を聞く時は、「そうだったの、それは大変だったね」
と傾聴しましょう。
「あなたは仕事もすごく頑張っていたもんね」などと
話を掘り下げるのもいいですね。

一方で「もっと辛い人がいる」とか
「神様は乗り越えられない試練を与えない」
などは“NGワード”です。
安易に「その気持ちはわかるよ」などと言うのも
控えたほうがいいでしょう。
私が患者さんの話を聞く時は、
「○○さんはずっと頑張ってきて、
そのうえでがんになって悔しいと感じることは、
私なりにわかる気がします」のような言い方をします。

大切なのは、
相手が何を望んでいるのかを想像しながら接することです。
周囲に心配をかけまいとして、
何も言わない患者さんもいますが、
無理をしているようであれば、
さりげなく声をかけていいと思います。

「あなたはとても気遣ってくれているんじゃないかと思って、
その気持ちはうれしいよ。ただ、私はあなたと一緒に
病気と向き合いたいから、気持ちを話してくれるとありがたいな」
といったふうに伝えてみるのはどうでしょうか。

家族は「第2の患者」。
不安や恐怖は並大抵ではない。

なかには、患者さんの悲嘆を支える余力のない家族もいるかもしれません。

そうですね。家族は「第2の患者」とも呼ばれ、
患者さんと同じように心を痛めます。
自分の大切な人ががんで苦しんでいるとか、
その人が亡くなってしまった世界を想像する不安や恐怖感は、
並大抵のものではありません。
まずは、家族自身も心の危機を迎えていると、
認識していただくことが必要です。

がんの患者さんや、その家族などの心の問題は、
まずどこに相談したらよいのでしょうか。

話を聴いてもらうだけで楽になることも多いですし、
精神的にかなり参っている場合は、
精神科の薬物療法が必要なことがあります。
腫瘍精神科(精神腫瘍科)を掲げている医療機関を
受診してもいいですし、身体の病気にも対応するという意味で、
総合病院にある精神科を受診されてもいいと思います。
患者さんだけでなく、
ご家族も保険診療で診てもらうことができます。

あるいは、全国456ヵ所にある「がん診療連携拠点病院」には
必ず「がん相談支援センター」がありますから、
そこから地域の相談窓口を紹介してもらう方法もあります。
専門家に相談するほどでもないと思われる場合は、
患者さんがかかっている医療機関の看護師などに
声を掛けてみてください。
「この人だったら話をしてもいいな」と思える人に
相談することから、解決の糸口が見えてきます。

次回(9月1日公開)に続く

取材・構成/越膳綾子

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