シリーズがん生きる

第2回
イラスト/瀬藤優

日本人の2人に1人ががんになる時代。決して珍しい病気ではありませんが、いざがんと分かった時のショックは大きいもの。突然のことに混乱し、根拠が不確かな情報に頼ったり、不安や恐怖に押しつぶされそうになったりする人もいます。この連載では、患者さん本人や家族などに医学的に正しい情報をお届けします。今回は、再発や抗がん剤治療への向き合い方について、引き続き清水研さん(がん研有明病院の腫瘍精神科部長)に伺います。

清水研さん

公益財団法人がん研究会 有明病院
腫瘍精神科 部長

後編

抗がん剤をやめて標準治療以外を
試したいと考えるのはおかしいこと?

再発のショックは、初発の告知を上回る。

前回、初めてがんと診断された時の精神状態について
伺いました。がんが再発した場合は、また違うものでしょうか。

やはり、再発を告げられた時は、
初発より大きな衝撃を受けると考えられています。
がんをきっかけにうつ病などになる割合も、
再発後のほうが高いんです。

なぜなら、初発の時は不安がありながらも
「しっかり治して元の生活に戻ろう」などと
目標を持てることが多いのですが、
再発ではがんが進行して根治は期待できず、
命を失う可能性も高い。
加えて、「これまでの治療は無駄だったのか」といった
怒りの感情もわくことがあります。

がんが進行すると、抗がん剤治療がつらくて
やめたいという方もいらっしゃると聞きます。

抗がん剤については、自分がどう生きたいのかを考えて、
納得して受けることが大事です。
吐き気や脱毛などの副作用に苦しみながら生きるより、
痛みなどの症状をしっかり取って、
穏やかな時間を過ごしたいという方はたくさんいらっしゃいます。

抗がん剤はつらくてやめたいけれど、
死への恐怖からやめられないという方もいます。
自分は何がつらいか、何を恐れているかという
心の動きを理解できたら、
納得感に近づくことができるのではないでしょうか。

ただ、副作用の吐き気については、
薬の進歩などでだいぶコントロールできるようになってきました。
脱毛は避けられませんが、
アピアランスケアといって、ウィッグや化粧でカバーしたり、
カウンセリングを受けたりするサポートも広がってきています。
まずは、副作用対策の情報を得て、
迷っているならば1回だけ試してみるといいのではないでしょうか。
これはもう到底だめだと思ったら、中止したり、
投与量や投与間隔を調整したりする方法もあります。

「私はこれで治りました」を信じたくなる心理。

標準治療を避けて、医学的根拠が不確かな治療法に
期待を寄せる方もいます。

私もそのような相談を受けることがあります。
表現が難しいのですが、
標準治療以外に惹かれるというのは、
現実と向き合えていない状況にあるように感じます。

例えば、がんが再発して、
医師から根治は厳しいと告げられた時、
ネットを見たら
「私はこれで治りました」「まだまだ打つ手はある」
などといった情報が溢れている。
そこにすがりたくなる気持ちが出てくるのは、
わからないではありません。
それを頭ごなしに否定しても意味はなく、
私はまずその方の思いを理解しようとしますね。
そのうえで、そうした選択肢で治った例を
私は知らないという話を、丁寧に伝えます。

進行がんだけでなく、初期のがんで手術が有効なのに、
それを拒絶して5年後に亡くなられた事例などを
お話することもあります。
なかには法外なお金がかかるなど、
患者さんにとってのデメリットが大きい治療法もあるので、
しっかり話を聴いたうえで
「私個人的に、本当に勧められないんです」
と言うことがあります。
ただ、それでも標準治療以外を選ばれる方はいらっしゃいます。
最終的にはご本人の選択になります。

自分にとって一番いい選択をするには、
どうしたらいいのでしょうか。

そもそも中年期になると、体力的に頑張れなくなっていき、
人生の終盤が見えてきますよね。
多くの方が「自分はこのままでいいのか?」という
葛藤を抱くわけですが、がんになるとそれが一気に加速します。
1日1日を大切に生きるために、
自分の根っこにある気持ちがむくむくと出てくるんです。

普段はあまり意識しないかもしれませんが、
だれでも自分が本当に求める「want(~したい)」と、
合理性や周囲の価値観に合わせた
「must(~しなくてはいけない)」という気持ちを
併せ持っています。
自分にとっての「want」は何なのか、
じっくり見つめていくことが大切だと思います。

私自身も、少し前まではコンビニでお昼ご飯を買うときに、
ダイエットを気にして
「そばは300キロカロリーか…。そうめんはもうちょっと低いな」
などと「must」を考えて選んでいました。
でも、最近はそれが窮屈に感じるようになり、
棚を見渡して「今日はカツ丼にわくわくしてるな」とか
「卵豆腐もいいな」とか、
自分の気持ちと対話して選ぶようにしています。
外出するときも最短ルートにこだわらず、
「あっちの景色がきれいだから、行ってみよう」などと、
心に耳を傾けるようになりました。

「私にとって、老いることは恵みです」

ちょっとした意識の転換から、
自分にとって大事なものが見えてくるのですね。

そうなんです。
以前、作家の岸本葉子さんと対談したことがありました。
その頃の岸本さんは60代でしたが、
実は40代で虫垂がんを経験されています。
私が「年をとることはどうですか?」と伺うと、
「死を覚悟した私にとって、老いることは恵みです」
とおっしゃって驚きました。
年をとることは、ついネガティブに捉えがちですが、
1年をすごせることは当たり前ではなく、
ありがたいという視点は、本当にその通りだなと思いました。

がんになってよかったという方はまずいないのですが、
「がんになったからこそ気づいたことがある」とは、
多くの方がおっしゃっている言葉です。
そこから私自身もたくさんのことを学びました。

最後に、自分や家族ががんになった時、
どのように情報を収集するといいのかを教えてください。

やはり最初はインターネットで調べるが
患者さんやご家族が多いのですが、
ネット上の情報は本当に玉石混交で、
医学的に正しくないものも含まれます。
例えば、国立がん研究センターの「がん情報サービス」
https://ganjoho.jp/)など、
包括的で信頼できるホームページを
見てみることをお勧めします。

次回は、患者コミュニティサイト開設者のインタビューです(9月22 日公開予定)。

取材・構成/越膳綾子

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