シリーズがん生きる

第3回
イラスト/瀬藤優

がんの「5年相対生存率」は向上し、最新のデータでは男女計で64.1 %と推計されています。それだけ、がんとともに生きている人が多い半面、周囲にがんであることを話せず、孤独感を抱えている人も多いのではないでしょうか。大久保淳一さんは、自身の闘病を機に、がん患者同士のコミュティサイト「5years」(ファイブ イヤーズ)を立ち上げました。患者同士がつながることに、どのような意味があるのか? 患者さんが本当に求めているものとは? 大久保さん自身の経験もまじえて語っていただきました。

大久保淳一さん

認定NPO法人 5years 理事長

前編

がん患者同士のコミュティサイト
「5years」を知っていますか?

ネットコミュニティ「5years」が生まれた背景。

大久保さんはがんの闘病をへて、
2015年にがん患者のための
ネット上のコミュニティサイト
「5years」を立ち上げられました。
なぜ5yearsを作ろうと思ったのですか。

2007年、42歳の時に精巣がんを告知されました。
その後、腹部や肺、首への転移も見つかり、
5年生存率20%以下のステージ3の段階でした。
抗がん剤治療と手術によって
何とか命はとりとめましたが、
治療の副作用で間質性肺炎にかかり、
肺機能の3分の1を失いました。
まるで暗い深海に沈んでいくような
恐怖と孤独を感じました。

そんな私が当時最もほしかったものは、
「元気になった人の情報」と
「相談に乗ってもらえる仕組み」でした。
病気や治療に関する情報は
ネットで検索すればたくさん手に入りますが、
治療が終わればその必要性は低下していきます。
一方で、がんになった人がどういう生活をして、
社会復帰に向けて何をしてきたかといった
「体験情報」は、告知の段階から治療終了後まで
ずっと必要です(下図参照)。
でも、ここをサポートする仕組みが
日本にはありませんでした。

当時はアメリカの外資系金融会社に
勤めていたこともあり、
アメリカ人のがん経験者数人に
話を聞く機会がありました。
アメリカ在住で乳がんを経験したある女性は、
医師から名前と連絡先のリストを渡されて、
「あなたとまったく同じタイプの
乳がん経験者たちです。
いつでも連絡を入れてみてください」
と言われたそうです。
アメリカには、
そうやって患者同士がつながる
仕組みがあるのです。
彼女から「日本でも作りなさいよ」
と言われたことは、とても心に残りました。

患者に必要なものは「希望」「仲間」「体験情報」。

それがきっかけで、
がんを経験した人たちとの
ネットワークを作ろうと思われたのですね。

そうです。私は、がんの種類が同じで、
進行度も年齢も、生活水準や職業も同じような人の
情報がほしいと思っていました。
自分と同じような人が、また社会に戻っている。
そうした体験情報は、
どんな薬よりも力になるからです。

5yearsには、過酷な状況の方がたくさんいます。
シングルマザーで小さなお子さんがいながら
がんと闘っている会員の方は
「ほしいものはお金やモノじゃない。
希望と仲間です」と言っていました。
会員の皆さんのお話から、
命と向き合うがん患者には
「希望」「仲間」「体験情報」の
3つが必要なのだと思いました。

元気になった人の体験情報があれば
治療への希望になりますし、
その後の人生の希望にもなります。
がんになった後、
経験者とつながる仕組みがあれば仲間もできます。
そのための場が「5years」なのです。

ネットにあふれる情報を見極めることも大切(写真はイメージです)。

がん患者さんやご家族は、
どのような悩みや不安を
抱えているのでしょうか。

大きくは「こころ・体調」「会社・仕事」
「生活・家族」「その他」に分類できます。
細かくは副作用や後遺症の悩み、
治療と仕事の両立など社会復帰に関する悩み、
お金に関すること、治療選択、病院との関係、
それから孤独もあります。
こうした悩みの一つの解になるのが、
「こうやってうまくいった」「こうして失敗した」といった
先人たちの経験情報だと私は思っています。

5yearsのウェブサイトには、
相談に乗ってもらえる仕組みを
いくつも用意しました。
がん患者同士のSNS「みんなの広場」では、
だれかが質問をすると、ほかのがん経験者たちが
自分の体験談をもとにコメントをつけます。
たとえば「放射線治療の副作用・後遺症で、
唾液の出る量が少なくてつらいです」
と質問すると、
「卵かけご飯なら食べられます」
「バナナとトロロがいい」
「味覚は7年で戻りました」
といった体験談が一斉に寄せられるんですね(下図参照)。

コメントは自分の体験であることが原則です。
ただ、治療に関することは影響が大きいので、
自分の体験であっても
会員同士で勧めることをNGにしています。
すべてスタッフがモニタリングしていて、
規約に反するコメントは掲載していません。
これまでに1200件程度の質問が寄せられ、
7000件程度の回答がありました。

命を支え合っている「同志」がいるから頑張れる。

現在の会員数は約2万2千人で、
ネット上のがんコミュニティとしては
日本最大規模だそうですね。
2015年の立ち上げ当初から
どんどん増えてきたのですか。

いいえ、最初は本当に大変でした。
がん患者の多くは、
がんであることを周囲に隠して暮しています。
ですから、
「がんを隠しているのに、
サイト上で公開なんてしたくない」
「そんなサイトが成立するわけがない」
とさんざん言われて。
それでも「登録をお願いします」と頼んで、
小石を積み上げるように会員数を増やしていきました。

2020年からは、新型コロナの影響で
がん拠点病院やがん相談支援センターが閉まってしまい、
そうした各施設が
「5yearsはネットの活動だから動いている」
と紹介してくれたようです。
会員数は大幅に増えました。

ネット上のコミュニティであることが、
コロナ禍でも多くの方の拠りどころになったのですね。

がんの闘病において、最もよくないのは
孤独だと思っています。
「がん患者は受験生と同じ」と、私はよく話すんです。
受験は自分1人の闘いで、
孤独を感じやすいじゃないですか。
けれども同じ受験生仲間が周りにいると
乗り越えていける。
がんも、命を支え合っている
「同志」が近くにいると
頑張れるという感覚なんです。

1人でがんと闘うのは本当にきついです。
でも「自分も同じ」と言える仲間の存在は、
今日を乗り越える力になります。
5yearsはそのための社会インフラづくりです。
がん患者たちをつなぐ
インフラをつくっていると考えています。

次回(9月29日公開)に続く

取材・構成/八木沢由香

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