シリーズがん生きる

第5回
イラスト/瀬藤優

がんの患者さんが抱えるつらさは、がん自体の痛みだけでなく、治療の副作用や合併症などによる痛み、持病の悪化など多岐にわたります。緩和ケアは、専門の医療従事者が患者さんの話をよく聞き、適切な薬を使ったり、カウンセリングを行ったりしてつらさを緩和します。どうやったら緩和ケアを受けることができるのか、痛みはどのくらい和らげられるのか、第一線で活躍する余宮きのみ先生に伺いました。(インタビュー全4回、その1)

余宮きのみさん

埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長

その1

がんの早期から「緩和ケア」を
受けられることを知っていますか?

身体的痛みだけではない「トータルペイン」を緩和する。

そもそも「緩和ケア」とは、どのようなケアなのでしょうか?

緩和ケアと聞くと、「末期がんなどの終末期医療のこと」と思う人は多くいます。しかし、それは誤った認識です。診断時から、がんに対する治療と並行して行われるもの――それが、緩和ケアなのです。

がんは、検診などにより、自覚症状のない早期の状態で見つかることもありますが、からだの痛みを感じて病院に行き、その結果、がんと診断されることも少なくありません。

苦痛は身体的なものだけではありません。がんと診断されれば、不安やいらだちといった「精神的な苦痛」に苛まれたり、生きる意味への問いや死への恐怖といった「実存的な苦痛」(スピリチュアルペイン、魂の痛みともいう)、さらには仕事ができないといった「社会的な苦痛」にも悩まされることになります。

こうした4つの側面の苦痛は、お互いに影響しあっています。体が痛めば心も痛み、心が痛めば体も痛みます。がんの患者さんが経験する、こうした苦痛のことを「トータルペイン(全人的苦痛)」といいます。

このトータルペインに対して何のケアもしないでいると、人間はどんどん弱くなっていきます。体の痛みが強ければ眠れないし、食欲もわかない、やる気も出ない。
そうなれば、精神的な苦痛も湧き上がっていきます。

こうした患者さんのトータルペインを診断時から和らげていき、QOL(Quality Of Life=生活の質)を改善する取り組みが、緩和ケアなのです。
日本では、2007年に「がん対策基本法」が施行され、がんと診断された時点から「緩和ケア」が実施されることになりました。

がん自体の痛みは、ほぼゼロにすることができる。

緩和ケアは、具体的にどのように進められるのでしょうか。

おもに「基本的緩和ケア」と「専門的緩和ケア」に分けられます。
基本的緩和ケアは、がんの治療に携わる医師や看護師によって行われるケアで、鎮痛薬などの投与による痛みの抑制や、不安を和らげるためのカウンセリングや治療などを行います。

一方、専門的緩和ケアは、基本的緩和ケアでは痛みやつらさを和らげられない場合に行います。
専門的な知識や技術を持つ緩和ケア医や緩和ケアチームが受け持ち、通常の病棟のほか、緩和ケア病棟などで行われます。

緩和ケアは、患者さんとの会話にも力を注ぎます。どんな治療を望むのかといった患者さん側の具体的な要望を共有し、そこに向かって治療方針を決めていくのです。
また、患者さんだけではなく、ご家族にも緩和ケアは行われます。家族のだれかががんになるということは、家族みんなが病気と向き合うことになり、不安や悲しみを抱えることになります。そうしたご家族に対しても、治療医や看護師が丁寧に話を聴いたり、必要に応じて緩和ケア医などによる適切なケアを行っていくのです。

がんになると、どのような痛みを伴うのでしょうか。

患者さんに「治療時の悩みや不安はありますか?」と聞くと、多くの方が「痛みや副作用がつらい」と言います。
実際にがんになって感じる痛みは大きく2つに分けられますが、まずは「がん自体の痛み」です。内臓や骨などにがんが広がったり、がんが周囲の神経を圧迫したりすることなどにより発生します。

世界保健機関(WHO)により、「弱い痛み」か「中等度以上の痛み」によって、使う薬が決められています。
最初の段階では、頭痛などで使用されるアセトアミノフェンなどを使い、その後、痛みが強くなっていくと、モルヒネなどのオピオイド鎮痛薬(医療用麻薬)も使用します。
「がん自体の痛み」への対応で一番特徴的なのは、医療用麻薬が使える点です。

薬以外で、痛みを和らげる方法もあるのでしょうか。

放射線治療などによって痛みに対処するケースもあります。例えば、骨転移や脳転移であれば放射線を当てる治療を実施しますし、神経を麻痺させるために神経ブロックを行うこともあります。
このように多種多様な方法で痛みの緩和に務めていくことで、痛みをほぼゼロに近づけることができます。

痛みの場所・程度・性質・状況を医師にしっかり伝える。

「がん自体の痛み」以外には、どのような痛みがあるのでしょうか。

手術した傷の痛み、あるいは薬の副作用といった「治療に伴う痛み」です。
例えば、医療用麻薬を使用すると便秘や眠気、吐き気・おう吐などが起こります。特に便秘は大半の人がなるので、医療用麻薬を服用する際は下剤も服用して便秘を予防します。

そのほか、がんの患者さんは高齢者が多いため、もともと患者さんが持っている持病による痛みもあります。
たとえば、変形性の関節症などです。
この「非がんの痛み」についても様々な方法で緩和に努めますが、「がん自体の痛み」と違って、その痛みをほぼゼロにすることは難しい。普段の生活で、腰痛になったら薬や湿布などを使いますが、それで痛みがゼロになるわけではありませんよね。

痛みをできるだけ和らげるために、患者さん自身がすべきことはあるのでしょうか。

痛みやつらさの内容がより正確に分かれば、医師は最善の処置を施せるので、かなり痛みを軽減できます。ただ、この痛みやつらさの内容は血液検査やレントゲンなどで明らかにできないケースも多くあります。
そこで大切になるのが、患者さんからの情報なんですね。問診のとき、痛みやつらさの「場所(どこが)」「程度(どのくらい)」「性質(どんなふうに)」「状況(いつどんなときに)」について、しっかり医師に伝えることが肝心です。
そうすることで、医師は診察と組み合わせながら、痛みやつらさへの対処法を見極めていけるのです。

なお、痛みの情報は、「治療に伴う痛み」や「持病」だけではなく、「がん自体の痛み」についても患者さんが具体的に伝えることが大切です。

次回(10月27日公開)に続く

取材・構成/永峰英太郎

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