シリーズがん生きる

第6回
イラスト/瀬藤優

前回の記事で、緩和ケアは身体的苦痛だけでなく、精神的苦痛、社会的苦痛、そしてスピリチュアルペイン(生きることに関する根源的な苦悩)も含めた「トータルペイン」をケアすることをお伝えしました。では、緩和ケアを受ける、受けないで患者さんの予後にどのような変化が見られるのでしょうか。また、早期がんで緩和ケアを受ける意味とは? 実際のエピソードも交えながら、緩和医療専門医の余宮きのみ先生にお話しいただきます。(インタビュー全4回、その2)

余宮きのみさん

埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長

その2

がんの治療が成功しても、痛みが続く…
そんな時、緩和ケアはどう対応する?

「普通の生活」を送れる期間が長くなる。

緩和ケアは患者の余命に影響を与えるのでしょうか。

がんの患者さんが経験する痛みは、持続的でとてもつらいものです。その痛みをがまんしていると眠れませんし、食欲も落ちます。痛みのために動けなくなると体力も落ち、不安が強くなることもあります。こういった症状が続けば、生きる気力は失せていき、治療や検査にも消極的になってしまう。これでは、どんどん死に向かっていくことになります。

しかし、ある研究によると、手術が困難な状態まで進行した肺がんの患者さんを「抗がん剤治療のみを開始するグループ」と「抗がん剤治療に加えて月1回の緩和ケアを受けるグループ」に分けて結果を追ったところ、緩和ケアを受けたグループのほうが余命を2.7ヵ月延ばす結果となりました。

なぜ、緩和ケアをすることで、余命が延びるのでしょうか。

要因の一つとして、緩和ケアによりトータルペイン(前回記事参照)が和らいだことで体力や気力が向上し、それが余命の長さにつながったと考えられます。
もう一つ、適切なタイミングで抗がん剤治療をやめたことで、それが体力の向上につながり、余命に好影響を与えたことも可能性として考えられます。

抗がん剤をやめる適切なタイミングとは?

進行がんの場合、抗がん剤はある段階までは効果を発揮しますが、「これ以上は効果が見込めない」というタイミングが訪れることもあります。それでも抗がん剤を使い続けると、からだへの負担が大きくなってしまいます。
月1回の緩和ケアの際、医師との対話を通じて、患者さんが「抗がん剤をやめる」という意思決定をしたことで余命が延びたと考えられるのです。

緩和ケアを行うと、普通の生活も送れそうですね。

そうなんです。緩和ケアは、余命が延びるだけではなく、体力の維持にも大きく貢献します。
進行がんの患者さんの体力は、痛みを緩和していればある程度保たれ、最期の1~2ヵ月で急速に低下していきます。体力が維持されている間は、ギリギリまで普通に日常生活を送っている患者さんも多くいるのです。

一方、緩和ケアをしないと、体力を維持できる期間は限られ、少しずつ、そして着実に体力は低下していきます。普通の日常生活を送ることのできる期間は減り、ずっと苦しい状態が続いてしまいます。

脳が痛みを覚えてしまう「慢性疼痛」のつらさ。

治療可能な早期のがんでも、緩和ケアは受けられますか。

早期がんの場合、手術や抗がん剤治療などで完治できることも多く、緩和ケアは軽視されがちです。しかし、早期がんでも、その種類によっては痛みを伴うものもあります。

一つのエピソードを紹介します。
ある病院で、悪性リンパ腫の患者さんがいたのですが、早期がんだったのにもかかわらず、かなり痛みを感じていました。
担当医師は「抗がん剤治療で腫瘍が消えるので、そうすれば痛みもなくなる」と判断し、痛みの緩和をしませんでした。患者さんも「早期のがんだし、治れば良くなる」と、痛みをがまんしました。
幸い抗がん剤治療は成功し、腫瘍は消えたのですが、その患者さんに笑顔はありませんでした。腫瘍が消えたにもかかわらず、痛みはまったく消えず、そのままの状態が続いたからです。
こうした状態を「慢性疼痛」といいます。脳が痛みを記憶してしまったのです。

がんは治癒しても、痛みが続いてしまうわけですね。

問題は、その痛みの原因が画像検査上にはないということです。
痛みの原因が目に見える形で分かれば、人は安心するものです。治療方法が明確になるからです。しかし、この患者さんのように、腫瘍は消えたのに痛みが脳に記憶されている状況では、鎮痛薬の効果も得られにくい状態になっています。人によってはうつ病になってしまうケースもあります。

緩和ケアは、診断時から、がんに対する治療と並行して行われるものです。進行がんのみが対象と思う人も多いのですが、そんなことはありません。治癒が見込めるがんも、診断時から緩和ケアを受けられるのです。

前回お話したように、がんの痛みの治療は、「弱い」痛みか「中等度以上」の痛みかによって、使う薬が決められています。
がんで「弱い痛み」であれば、おもに痛んでいる場所に作用して、痛みが出ないようにする解熱鎮痛剤(アセトアミノフェンなど)を使います。
「中等度以上の痛み」であれば、第三段階の薬―おもに、痛みを大脳に伝える場所に作用して、痛みを伝えにくくする薬―、を使用します。第二段階の薬は、第三段階の薬が何らかの理由で使用できない状況で使用します。こうして痛みを和らげながら、がんの治療を行っていくのです。

次回(11月3日公開)に続く

取材・構成/永峰英太郎

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