シリーズがん生きる

第7回
イラスト/瀬藤優

がんは患者さん本人だけでなく、家族にも大きな影響を与えます。本人のつらさを思って苦しくなったり、先々への不安を抱えたりして、精神的に不安定になってしまうことが少なくないそうです。また、患者さんが高齢で認知症を患っていたりすると、治療の意思決定も容易ではありません。緩和ケアは、そうした家族の悩みにも対応します。引き続き、埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長の余宮きのみ先生が解説します。(インタビュー全4回、その3)

余宮きのみさん

埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長

その3

患者家族の「痛み」「不安」に
緩和ケアができることとは?

「延命する、しない」本人の意向をしっかり聞くことが大切。

家族が緩和ケアを受けることになった際、見守る家族として何ができますか。

まず大前提としてお伝えしたいのは、がんの患者さんのご家族が抱える精神的なストレスは、かなり高いということです。しかしながら、ご家族は「本人があれだけ頑張っているのに、自分が不安を抱えることは恥ずかしいこと」と考え、だれにも相談しようとしない場合も多い。

その結果、ストレスを抱えこむことになり、精神的に不安定になってしまいます。自分の中の許容量が大幅に超えたキャパオーバーの状態になり、がんと闘っている本人に対して、つい怒ってしまったり、余裕のない対応をしてしまうことがあります。
がんの患者さんのご家族のうつ病の罹患率は40%を超え、患者さんにおける割合を上回っているという報告もあるのです。

患者さん自身も、自分の病気のせいで家族に負担をかけてしまっているという自責の念にかられ、家族に気を使い、自分のことは我慢してしまうことになります。

患者さんとご家族、双方が追い詰められてしまうんですね。

そうしたことを踏まえ、患者さんだけではなく、そのご家族に対しても緩和ケアを行います。患者さんはご家族と長い時間を一緒に過ごすため、ご家族のストレスが高まれば、患者さんによい影響を与えるわけがないからです。

ご家族は「自分はこんなにも弱い人間なのか」と、思っています。そこで緩和ケアでは、ご家族に「皆さんが不安を抱いたり、落ち込んだり、弱音を吐いてしまうのは普通のことなんですよ」と伝えています。すると「私だけではないんだ」と安心する方が多く、その安心感は患者さんにもダイレクトに伝わります。

もしご家族の一人ががんを患ったら、「身内の自分が不安な気持ちになるのは自然なこと」と、自分を受け入れてください。そして、心配事や不安をお互いに話し、理解しあうことで、お互いのストレスは軽減されていきます。

ほかに、見守る家族が心得ておくことはありますか。

何よりも、患者さんの意向をしっかり聞くことです。
医療の現場でよく見かけるのが、患者さん本人は「延命したくない」という気持ちなのに、家族間でコミュニケーションが取れておらず、「もっと頑張って!」などと励ますパターンです。これでは、患者さんの意向に沿った医療ができなくなります。患者さんはもはや会話ができる状態ではない場合もあり、そのときは家族の意向を病院側は採用することになります。

そうならないためにも、早い段階で患者さんの意向を聞いておき、家族間で共有することが大切です。

認知症の患者さんの痛みをどう把握する?

認知症の方など、自分の痛みを説明しにくい方の場合も緩和ケアは受けられますか。

「認知症患者は痛みを感じない」と思っている人も少なくないのですが、それは大きな間違いです。認知症を患うと、言語で表現することが難しくなり、そのため痛みを伝えることができないだけなのです。実際は、がんの痛みに苛まれていることもありえるのです。

それだけに、緩和ケアの現場では、認知症のがん患者さんも、非認知症の方と同様に痛みの軽減に努めています。

具体的にはどのように緩和ケアを行っているのでしょうか。

何よりも大切なのは、患者さんの痛みの具合を知ることです。認知症が軽度~中等度程度で会話ができる場合は、医師やご家族が「痛いですか?」と聞き、反応を得ていきます。

会話ができない状態の場合は、どのように痛みを察知するのですか。

重度の認知症で、言葉によって苦痛を伝えられない場合は、ご家族からの情報を得たり、2003年にアメリカで開発された「PAINAD」(Pain Assessment In Advanced Dementia Scale)と呼ばれる客観的評価法を用いて、苦痛の度合いをつかんでいきます。
具体的には「呼吸」「ネガティブな発声」「顔の表情」「ボディ・ランゲージ」「慰めやすさ」の5つのポイントを、1~3の3段階で数値化し評価していきます。

喜怒哀楽や快・不快といった情動(反射的に起こる強い反応)は、大脳の中の「大脳辺縁系」の扁桃体とういう部位が担っており、この部位は、認知症になっても比較的長い間保たれます。5つのポイントには、こうした情動が出やすいのです。

例えば、顔の表情であれば、微笑んでいたり、無表情であれば痛みは少ない。悲しそうな表情や怯えている表情、不機嫌な顔であれば、少し痛みがあると考えられます。そして、顔をゆがめている場合は、痛みが強い可能性があります。そうやって患者さんの痛みを判断し、必要に応じて薬を使うなどの緩和ケアを行います。

がんの患者さんは高齢者が多いため、必然的に認知症の方も少なくありません。それでも緩和ケアをしっかりとすることで、顔をゆがめていたのが、リラックスした表情に変わります。
逆に、自ら痛さを言葉で伝えないため、医療者や家族が「緩和ケアはしないで大丈夫」と判断してしまえば、患者さんはどんなにつらいことでしょうか。

認知症の患者さんに緩和ケアをすることは、とても大切なことなのです。

次回(11月10日公開)に続く

取材・構成/永峰英太郎

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