シリーズがん生きる

第8回
イラスト/瀬藤優

日本人の2人に1人ががんと診断される時代。療養生活の中で、苦痛を和らげ、できる限り普段通りの生活を送るために、緩和ケアがあります。がんが進行してからではなく、診断時から緩和ケアを受ける流れが広がってきましたが、もし自分のかかっている病院で満足な緩和ケアを受けることができなかったら。また、緩和ケアを受ける際に患者側から伝えておきたいこととは。緩和ケアの専門医・余宮きのみ先生に教えていただきました。(インタビュー全4回の最終回)

余宮きのみさん

埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長

その4

もしも「主治医による緩和ケア」で
苦痛が取り除かれなかったら?

専門性の高い緩和ケアチームが設置された病院は全国に約400ヵ所。

どの病院でも、緩和ケアのスキルは均一なのですか。

緩和ケアは、「がん対策基本法」などで、がんと診断された時点からすべての医療従事者が提供するものとされています。そして、がん診療に関わる医師は、緩和ケア研修会を受けることが必須になっています。
しかしながら、医師によって緩和ケアのスキルに差が生じているのは否めません。

現在、専門性の高い緩和ケアチームの設置が義務付けられている病院は、おもに「都道府県がん診療連携拠点病院」(全国51ヵ所)と「地域がん診療連携拠点病院」(全国357ヵ所)です。私が勤める埼玉県立がんセンターは、埼玉県の都道府県がん診療連携拠点病院です。
こうした病院では、「基本的緩和ケア」はおもに主治医が中心となって行い、専門的な知識や技術が必要な「専門的緩和ケア」は緩和ケアチームが行います。主治医は緩和ケアチームのケアを間近で見ているため、緩和ケアのスキルも向上していきます。

一方、緩和ケアチームのいない病院では、緩和ケアのクオリティは主治医の力量によって差が生まれていきます。

つらさを我慢せず、転院することも視野に。

何らかの事情で、緩和ケアチームのいない病院でがん治療を受けることになった場合はどうすればよいのでしょうか。

主治医が提供する緩和ケアでは不十分だと感じたら、転院することも視野に入れるべきです。妥協する必要はありません。
まずは、主治医や看護師、薬剤師などに相談する形で「緩和ケアを受けたい」と伝えるとよいでしょう。それでも、希望に沿ってもらえないのであれば自分から動いて構いません。

都道府県や地域のがん診療連携拠点病院には、相談窓口である「がん相談支援センター」が設置されています。施設によっては「医療相談室」「患者サポートセンター」「地域医療連携室」などの名前が併記されていることもあります。
がん相談支援センターは、がんに詳しい看護師や生活全般の相談ができるソーシャルワーカーなどが相談員として対応しており、だれでも無料で利用できます。ここで相談すれば、あなたの希望に沿った対応をしてくれます。

がん相談支援センターは、 国立がん研究センターが運営する「がん情報サービス」のホームページから探すことができます。また、「がん情報サービスサポートセンター」から電話やチャットで問い合わせることも可能です。

「がんの治療」と「緩和ケア」は並行するもの。

がんはだれもがなりえる病気です。読者へ特に伝えたいメッセージはありますか。

がんは、つらい病気です。特に進行がんを患えばいろいろな症状が出てきて、身体的な苦痛は相当なものとなります。さらに、不安は募り、死への恐怖に苛まれ、仕事のことを心配するなど、精神的・スピリチュアル的・社会的な苦痛も襲いかかってきます。
そんな状態では、痛みで夜は眠れず、食事もできず、動くこともままなりません。これでは治療がうまくいくわけがありません。

しかし今は、緩和ケアで様々な痛みを和らげることができます。がんの治療と緩和ケアは、同時に行っていくものであることをぜひ覚えておいてください。

そして、痛みがつらく苦しい状態であったら、緩和ケアチームを頼ってください。
今までの人生の中では、人に相談しないで自分一人の力でやってこられたという方もいるでしょう。
しかしながらこの病気は、自分一人だけでは対処することが難しい局面も多く出てきます。「でも、先生も忙しいし……」と遠慮して、心にしまいこんでしまう患者さんも多くいるのですが、療養生活の質を上げるには何でも相談することが大切です。

緩和ケア医にとって、患者さんやご家族と会話をすることは、外科医にとっての手術と同じこと。ですから、心に思うことを何でも話してください。

「これからどう生きたいか」を明確に伝える。

緩和ケアの相談をするとき、どのような話をするといいでしょうか。

ともかく、「自分の意向」を伝えてほしいと思います。
特に、進行がんで治癒が難しい局面になったとき、がん治療の最終目的は患者さんの満足感になります。そのために、医療者にどんな情報が必要かといえば、それこそが患者さんの意向なのです。患者さんが「これからの人生をどのように過ごしたいか」です。

以前、こんな末期がんの患者さんがいらっしゃいました。
その患者さんの夫は認知症を患っていました。1回目の抗がん剤治療を終えて、私が面談したときに、患者さんは「夫の面倒を見たい」と言いました。
その意向を受けて、2回目の抗がん剤治療をやめる診療方針に切り変えました。その結果、その患者さんは体力を保ったまま、夫が入る介護施設を決めたり、やれることはすべて行ってから亡くなりました。

この患者さんは、これからの人生をどのように過ごしたいかをはっきり伝えたからこそ、夫の面倒を見ることができたのです。
病院や医師によっては、患者さんにこうした意思確認をしないケースもあります。そのときは、遠慮せずに自ら伝えるようにしてください。

日本人ががんと診断される確率は2人に1人、がんで亡くなるのは4人に1人です。多くの人は「自分は大丈夫」と思っているものですが、だれもがなりえる病気、それが、がんです。
読者の皆さんには、今回私がお話ししたことを頭の片隅にしまっていただき、いつかの備えにしてほしいなと思います。

取材・構成/永峰英太郎

次回は、「アピアランス(外見)ケア」に関する専門家のインタビューです(11月17 日公開予定)。

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