シリーズがん生きる

第9回
イラスト/瀬藤優

国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)では、2013年に「アピアランス支援センター」を開設しました。アピアランスとは「外見」「容貌」のこと。同センターは、がんや、がんの治療で外見に変化が生じたことについて相談できる場です。寄せられる悩みは、外見の変化そのものだけでなく、心理・社会的な問題も含まれるそうです。センター長の藤間勝子さん(公認心理師・臨床心理士)に、アピアランスケアの大切さについて伺いました。(インタビュー全3回の1回目)

藤間 勝子さん

国立がん研究センター中央病院
アピアランス支援センター センター長

その1

外見の変化の悩みを専門家に相談できる
「アピアランスケア」を知っていますか?

全国にケア体制が広がり始めている。

ここにはたくさんのウィッグや化粧品などがたくさん並んでいますね。「アピアランスケア」とはどんなケアなのか、改めて教えて下さい。

当センターでは「アピアランスケアとは、がんやその治療に伴う外見変化に起因する身体・心理・社会的な困難に直面している患者とその家族に対し、診断時からの包括的なアセスメントに基づき、多職種で支援する医療者のアプローチである」と定義しています。

具体的には、がん治療に伴う外見変化についてケアや対処方法を患者さんに説明しており、週2回のグループプログラムや患者さん個別のニーズに応える個別相談などを行っています。

がん患者さんの外見の変化へのケアは以前からありましたが、当初はウィッグ(かつら)や化粧を用いた外見補正というイメージが強かったと思います。でも、それでは男性や小児の患者さんが相談しにくいですし、私たちは外見だけでなく心理・社会的な問題も含めて包括的なケアを行っています。より実態に合うように「アピアランスケア」という言葉を創り、使い始めました。

国立がん研究センター中央病院の1階にあるアピアランス支援センター。オレンジ色のクローバーがシンボルマーク(画像は同院ウェブサイトより)。

アピアランスケアは、国内にどのくらい広がっているのですか。

一部の病院では、アピアランスセンターやアピアランス外来という名称で、支援を行っています。そうした専門部門を持たない病院でも、がん患者さんに脱毛など外見の変化が生じる時は副作用対策として事前に説明がされています。

2022年に「全国がん診療連携拠点病院」の指定要件が見直され、アピアランスケアに関する情報提供・相談体制を整備していることが要件の一つとなりました。地域のがん診療を中心的に担う病院では、相談支援センターにてアピアランスの相談に応じる体制が整えられつつあります。

抗がん剤で脱毛する人は意外と少ない?

がんの影響による外見の変化には、どのようなものがありますか。

脱毛や、爪、肌の変化、また手術の痕や手術で体の一部を失うなど様々な変化があります。がん治療では脱毛する人がほとんどと思い込んでいる人が多いのですが、私たちの試算ではおそらく2~3割とそれほど多くはありません。抗がん剤治療すると聞いて、すぐにウィッグを買いに行く患者さんもいますが、薬剤の種類によっては脱毛が起きないこともありますので、慌てないでください。
治療により変化は様々なので、まずは医療者から説明を正しい情報を聞くことが大切です。

アピアランスケアプログラムではどのような話をしているのか教えてください。

はじめに、紙芝居を使って抗がん剤治療による外見の変化の話をしています。脱毛に関心のある患者さんが多いので、抗がん剤で脱毛する仕組みを説明して、「心配になって当然ですよね」と話をします。その上で、事前準備の一つとしてウィッグの話をしています。

アピアランス支援センターには、いろいろな種類のウィッグが置いてありますが「この中で、いちばん値段の高いものはどれだと思いますか?」と問いかけると、たいてい当たらないのです。「どれが人工毛で、どれが人毛かわかりますか?」と聞いても、ほとんどの人がわかりません。

アピアランスケアプログラムで使用する紙芝居を持つ藤間さん。

「ちゃんとした患者」にならなくていい。

「値段の高いウィッグが良い」「人工毛は不自然」というわけではないのですね。

そうです。ウィッグの見た目と値段は関係ないことを理解していただいてから、どういうものを選べばいいかを一緒に考えていきます。

それから、脱毛している時期にかぶる帽子の話もします。ドラマなどでよく見かける患者さん向けの帽子はかぶりたくない人も多いのです。がんのイメージが強いため、帽子をかぶってベランダに洗濯物を干しに出るのを躊躇するという方もいます。

別に患者さん向けの帽子でなくても全く構わないんですね。私たちがよく勧めているのは、ジョギングなどで使うネックガード。これは頭にかぶれるんですよ。そんなに格好良くはないけれど、何となく“忙しそうに働いている人”に見えませんか? 家にいて宅配便を受け取る時も、これだと「ちょっと掃除していました」「髪が跳ねているから隠しているだけ」という体(てい)で出られます。

もっとユニークな方法としては、100円ショップで売っている台所用の排水口ネット(深型)を、頭にかぶってもいいのです。脱毛中、髪の毛の飛散を防止するのに専用のネットもあるのですが、代わりに大きめの排水溝ネットを使うこともできます。

そのような身近なものが利用できるとは意外です。

患者さんの多くは、心のどこかで「がんになったのは、自分が間違ったことをしたからかな」「私がちゃんとしなかったから」などと思っています。これ以上、間違いたくないという気持ちから、高額な医療用ウィッグや、専用の化粧品を買って“ちゃんとした患者”になろうとするのです。でも、ここを訪れてネックガードや排水口ネットでもいいですよ、なんて聞くと、笑っちゃうじゃないですか。そんなに「患者らしく」しなくていいと分かると、すごく気持ちが楽になる方が多いです。

がんをカミングアウトするか、しないか。

見た目に関するアドバイスと、心理・社会的なケアはつながっているのですね。

患者さんは、外見が変化したことによって、がんであることを意図せず他人に知られるのではないかと、気にしています。ですから、アピアランス支援センターでは「それってウィッグ?」と聞かれた時の対応法を、みんなでシミュレーションします。

ほとんどの場合、ウィッグについて聞く人には悪気がなく、おしゃれ用かなと思っています。がんであることを話さなくても「今、グレイヘアを目指して白髪染めをやめていて、中途半端だからウィッグにしたの」といった言い方でもいいのです。「髪を傷めないでカラーリングできると美容師さんに勧められてね」でもいい。

ある患者さんは、「『占い師がウィッグを使ったほうがいいっていうから』と返答したら、それ以上だれもつっこんでこなくて楽だったわ」とおっしゃっていました。

友人や知人からの「ウィッグなの?」の質問は、おしゃれ用だと思われていることも。(写真はイメージです)

必ずしも本当のことを言う必要はないということでしょうか。

芸能人ががんをカミングアウトすることがあるので、「言わなければならない」と思っている患者さんもいらっしゃるのですが、言うか言わないかは個人の自由です。基本的には言わなくていいと思います。

がんのことに限らず、皆さんも普段からそうしていますよね。自分の事情を全て明言しているわけはなく、ほどほどにかわしたり、ごまかしたりしているじゃないですか。でも、がんのことになると咄嗟にそれができなかったりします。アピアランス支援センターで相談して対応策を考えておくと、気持ちが楽になりますよ。

次回(12月8日公開)に続く

取材・文/越膳綾子

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