シリーズがん生きる

第10回
イラスト/瀬藤優

がんやがんの治療で外見が変わり、仕事や、人間関係に影響が生じないか…。そう悩む患者さんは少なくありません。国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)の「アピアランス支援センター」では、そのような悩みに専門家がサポートしています。外見を補正することだけでなく、心理・社会的な悩みにどうアドバイスしているのか、センター長の藤間勝子さん(公認心理師・臨床心理士)に取材しました。(インタビュー全3回の2回目)

藤間 勝子さん

国立がん研究センター中央病院
アピアランス支援センター センター長

その2

がんになったことで仕事や人間関係に
影響しないか、心配していませんか?

高齢の親に自分のがんを知られたくない

アピアランス支援センターでは、外見の問題から発生する、気持ちや人付き合いなどの心理・社会的なケアにも対応しているそうですが、どのような相談が多いのでしょうか。

見た目で周囲にがんだとわかってしまうのではないかと、みなさん心配されています。最近よく寄せられるのは「自分ががんになったことで、高齢の親を心配させたくない」という相談です。例えば、80~90歳代のお母さんが高齢者施設に入っていて、面会に行きたいけれども、ウィッグをかぶっていくとがんだと分かってしまうのではないかと。親御さんを思って、涙を流す患者さんもいます。

たしかに気になることですが、ここで改めてお母さんのことを思い出してみてほしいのです。日頃、施設で過ごしていて、わが子が面会に来てくれたらそれ自体が嬉しくて、あれこれ話題が尽きないのではないでしょうか。ウィッグを被っていても、「髪型が変わったのね」くらいにしか思わなかったり、そもそも高齢だと目が見えにくかったりします。

そのようなお話をすると、ウィッグのことでがんだとはわからないと、みなさん納得してくださいます。その上で、がんのことをどのように伝えるかを考えてもらうことを勧めています。

久しぶりに会う高齢の親には、自身のがんを知られたくないという悩みも寄せられる。(写真はイメージです)

一人で抱え込まず、相談することで見えてくる視点があるのですね。仕事上の人間関係における悩みもありますか?

医療の進歩によって、働きながら外来治療をする患者さんは増えました。職場の人にがんであることを知られたら、心配されて、迷惑がかかるのではないかと気にされる人は大勢いらっしゃいます。でも、よく考えてみると「心配」することと「迷惑」に思うことは、直接つながらないのです。

患者さんには、もしも逆の立場だった場合を想像してもらいます。自分の同僚ががんだと知った時、迷惑だとか、どこかへいって欲しいなんて思いますか? と聞くと「いいえ、そんなことはないです」とおっしゃいます。ほとんどの人は、心配することはあっても迷惑だとは思わないものなのです。そういう話をしてから、周囲に心配をかけすぎないために何ができるかを一緒に考えていきます。

自分はがん患者1年生、相手も患者の同僚1年生。

心配をかけすぎないように、がんのことを伝えないほうがいいのでしょうか。

患者さんの状況によって、ケースバイケースです。ある患者さんは「社長である自分ががんだと知れると、会社の経営に影響するのでは」と悩まれていました。このように様々な事情から、ご本人が「隠す必要がある」と感じられたら、ウィッグやメイクなどでしっかりカバーする方法を検討していきます。

また、別のある患者さんはフリーランスで働いていて、「がんを理由に仕事が減るのではないか」と危惧していました。私たちはご本人の話をじっくりお聞きし、がんであることを隠すのか、あるいは「がんになったけれど、こうして仕事ができます」と示すのかを話し合いました。仕事上の信用に影響することは、がんだけではありません。仕事先との関係性をふまえ、これから先も何かがあった時に隠したほうがいいかなどを一緒に考えていくと、その男性は「隠せばいいという問題ではないね」とおっしゃいました。

難しい判断を専門家と話し合えることは心強いです。周囲に、がんであることを告げる場合、気をつける点はありますか。

私たちが必ず伝えることは「あなたががん患者1年生であるように、周りの人もがん患者の友達、同僚、上司、家族の1年生です」ということです。がんであることを打ち明けて、すぐにうまく対応してもらえるとは限りません。まずはお互いの思いを言葉にすることから始めましょう。

がんについて話す時、伝わりやすいように言い方を工夫することも大切です。会話はキャッチボールのようなもので、ストレートに「私はがんで脱毛し、ウィッグをかぶっています」と言われたら、相手は言葉を返しにくくなります。でも、「がんでウィッグをかぶっているけれど、似合うかな?」などと投げかけると、相手は「そうなんだ、似合う似合う」などと返しやすいですよね。相手が受け止めやすい方向に言葉のボールを投げると、お互いにぎくしゃくせずに済むのです。

国立がん研究センターでは、「働く人のためのアピアランスケア(外見)ケア講座」をオンラインで開催している。

「がんを打ち明けられた側」が知っておきたい配慮。

がんであることを打ち明けられた側は、患者さんのアピアランスケアにどう配慮したらよいでしょうか。

性別や年齢などで決めつけず、ご本人の望むことを大切にしてください。高齢の男性であっても、治療で脱毛することが泣くほど辛い人がいます。小児がんの男の子に、良かれと思って「坊主頭もいいよね」と言ってしまう大人もいますが、外見を気にするかどうかは人によって違います。周囲に決めつけた言われ方をすると、患者さんは本当の気持ちを言えなくなることがあります。

また、外見の変化の度合いと、ご本人がどのくらい気にするかは必ずしも比例しません。がんで顔面の一部を切除する手術をした場合、外見は大きく変わりますが、普通に仕事へ出掛ける患者さんはいます。一方で、脱毛以外に外見の変化はなく、ウィッグも似合っているけれども、周囲の視線が気になって家に閉じこもる患者さんもいます。本当に人によって違うことを、まずは知っていただきたいです。

脱毛した時の対応は人それぞれ。ウィッグをかぶる人もいれば、バンダナなどを巻いて過ごす人もいる。(写真はイメージです)

最近では、ルッキズム(容姿による差別)の概念も広がってきています。人の外見のことに口を出してはいけないという社会認識が、アピアランスケアに影響を与えていることはありますか?

子どもたちにそういった教育が行き届いてきている印象はありますね。脱毛しても、「別に隠すことじゃないから」と言ってウィッグをつけずに通学する患者さんもいます。がんで見た目が変わったからといって、必ずしももとの容貌を取り戻す必要はなく、ご本人が自由に、自分らしく生きられることこそが大切なのです。

がんであってもなくても、外見は自由に変えられる。

アピアランスケアは、外見を補正することが最終目的ではなく、これからどう生きるかを考える営みなのですね。

そうなんです。もともと私たちの外見は、がんであってもなくても自由に変えることができます。でも、「がんのせいで変わった」と思うとやっぱり辛いじゃないですか。だから、患者さんが自分で外見をコントロールして、今の自分の状態に折り合いをつけられるようにする。その選択を私たちはサポートしています。

次回(12月15日公開)に続く

取材・文/越膳綾子

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