シリーズがん生きる

第12回
イラスト/瀬藤優

がんになると治療費の負担や、収入の減少などから、先々へ不安を募らせる人は少なくありません。近年、がんにまつわるお金の問題は「経済毒性」と呼ばれ、医療従事者や患者さんの間で注目されています。元看護師でファイナンシャルプランナー(FP)の黒田ちはるさんに、がんの経済毒性とはどのようなものか、詳しくお聞きしました。

黒田ちはるさん

黒田ちはるFP事務所代表、一般社団法人患者家計サポート協会代表理事

その1

がんにともなうお金のつらさ
「経済毒性」を知っていますか?

医療費がかかるうえ、収入も減ってしまう。

がんとお金の問題を「経済毒性」と呼ぶようになったのはなぜでしょうか?

もともと、がんの治療の副作用は「毒性」という言葉で表現されるものがあります。例えば、白血球や血小板などが下がることを「血液毒性」、吐き気や食欲不振などは「消化器毒性」といいます。経済毒性には、がんの治療にともなうお金の問題も、体の副作用と同じようにつらいという意味が込められています。

医療技術の進歩によって治療効果が高まったことは良いのですが、その半面、治療が長期化したり、値段の高い薬が増えたりしてきました。そのため、治療にともなうお金のつらさについて、アメリカで「Financial Toxicity」(ファイナンシャル・トキシシティー)という言葉が生まれました。それを、日本人の医師が経済毒性と訳して、国内でも使われるようになったのです。「支出の増加」「収入・資産の減少」「不安感」が経済毒性の3要素といわれています。

支出の増加でいうと、がんの医療費はどのくらいかかるのでしょうか?

私の事務所のLINE登録者にアンケートをしたところ、96%が公的医療保険適応の治療のみを受けていると回答していました(グラフ1)。その人達が実際に支払った医療費は「51万~130万円」という回答が約半数を占めていました。がんの医療費というと何百万円もかかるイメージがあるかもしれませんが、公的医療保険の効く標準治療であれば、そこまでではないのです。

グラフ1 黒田さんのもとに寄せられる悩み

2023年1月実施「黒田ちはるFP事務所公式LINE登録者アンケート」回答者58名
©️2023 patient-support-fp ALL rights reserved

ただ、アンケート回答者の75%が「収入が減った」と回答していました(グラフ2)。内訳は、「月6万~10万円減」が33%と最も多く、次いで「月16万円以上減」が17%でした。回答者は30~50代の現役世代が中心で、年金を受け取る前の人たちです。そのため、がんの治療中に体調が変わったり、体力が落ちたりして仕事をセーブせざるを得ないと収入減に直結してしまいます。

グラフ2 がんと診断されたあとの収入の変化

2023年1月実施「黒田ちはるFP事務所公式LINE登録者アンケート」回答者58名
©️2023 patient-support-fp ALL rights reserved

特に、元気だった頃、残業代や役職手当などのプラスαで稼いでいた人は、仕事を減らすとそのプラスα部分が削られて、大きな影響を受けます。ボーナスも減りますから、住宅ローンや固定資産税、子どもの学校の授業料など大きめの出費をボーナス払いにしていると、返済が苦しくなりがちです。
働き盛りでがんになると今後のキャリアも変えざるを得ず、定年後の再就職や、老齢年金の受給額などにも響いてきます。

医療費の支払いに加えて収入減というダブルパンチなのですね。生活を守るための支援制度はあるのでしょうか。

会社員や公務員など健康保険に加入している人は、休職している間の生活を保障する「傷病手当金」があります。しかし、保障金額は給与のおよそ3分の2で、そこから健康保険料や介護保険料、厚生年金保険料などが引かれるので、思ったより少ないという声をよく聞きます。
傷病手当金の保障期間は最長1年6ヵ月(通算)なので、だいたい治療が1年続いた頃に「傷病手当金を使い切りそうだけど、まだ復職できない」と焦り、相談に来られる患者さんが多いですね。

それに、扶養内で働いている人は休職しても傷病手当金が給付されません。例えば、妻のパート代で教育費や住宅ローンを賄っていたような家庭は、かなり家計が苦しくなることがあります。

「高額療養費制度」があるから大丈夫?

公的医療保険の「高額療養費制度」があるから大丈夫という考え方もありますが、実際にはいかがですか。

たしかによく聞きます。そもそも高額療養費制度とは、1ヵ月に支払った医療費の自己負担のうち、限度額を超えた部分が返還される制度です(※)。「限度額適用認定証」を提出すれば、窓口での3割負担の立替払いが必要なく、自己負担の限度額までの支払いで済みます。

限度額は年齢や収入によって異なりますが、厚生労働省の基準(グラフ3)に従って計算すると、69歳以下で標準的な年収(約370万~約770万円)の人であれば自己負担する医療費は月約9万円で、それ以上の自己負担はありません。1年以内に3ヵ月以上高額療養費に該当すると、4ヵ月目から自己負担の限度額が下がる「多数回該当」という仕組みもあり、限度額が月約9万円だった人は月4万4400円に下がります。高額な抗がん剤治療などが長く続いても、自己負担はある程度抑えられるわけです。

※入院中の食事代や、差額ベッド代は対象外。

グラフ3 高額療養費制度を利用した場合の限度額(69歳以下)

出典)厚生労働省保険局「高額療養費制度を利用される皆さまへ」

でも、高額療養費制度があるから安心とは言い切れないと思います。年収約770万円以上の人は多数回該当になっても自己負担の限度額が月9万3000円と高額です。女性に多いパターンでは、夫の扶養になっていると、夫の収入に基づいて限度額が決まるため、本人の収入が少なくても限度額が高いこともあります。それに、がんの治療は数年にわたることも珍しくなく、限度額が月4万4400円であっても毎月支払い続けることは難しいケースも多いのです。

お金を理由に、治療回数を減らす人も…。

医療費のことで悩む前に、医師としっかり治療方針を相談したい。

突発的な出費で済まず、しばらく続くつらさがあるのですね。

何百万円という医療費ではないだけに、頑張れば何とかなると思われがちで、家計が苦しいことを親族にも相談できないという患者さんもいます。

また、患者さん同士でもお金の話はしにくいものです。同じくらいの医療費がかかっていても、住宅ローンがすでに終わっているか、お子さんがいるかなどによって負担感は全然違います。加入している健康保険組合によっては高額療養費の「付加給付」があり、自己負担の限度額が2万~3万円くらいに下がる人もいます。同じがん、同じ治療法でも経済的負担は大きく違うのです。

お金のことを理由に、治療を躊躇する人もいるのではないでしょうか。

そうですね。本当は1ヵ月に1回の抗がん剤治療を受けたいけれど、治療費が払えなくて2ヵ月に1回に減らそうかと悩まれるなどのケースは実際にあります。お金の問題だけで治療法を選ばざるを得ないとしたら、それはとても悲しいことです。
ファイナンシャルプランナー(FP)の立場としては、まずは効果や副作用など、患者さんの体を第一に治療を決めてほしいと思います。医師と納得するまで話し合って治療方針を決め、そのうえでお金のことを考えていきましょう。値段の高い治療を受けるとしたらどうやってお金を用意するか、患者さんの病状やライフステージなどを考慮して、無理せずやりくりする方法を探していくのです。

次回(1月12日公開)に続く

取材・文/越膳綾子

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