シリーズがん生きる

第13回
イラスト/瀬藤優

「看護師FP」Ⓡの黒田ちはるさんのもとには、がんとお金の問題で悩む患者さんや、その家族からの相談が寄せられています。昨今、治療費の負担や、収入の減少、それらへの不安は「経済毒性」と呼ばれて社会問題になっていますが、実際に困った時はどうしたら良いのでしょうか。具体的な対応方法をうかがいました。

黒田ちはるさん

黒田ちはるFP事務所代表、一般社団法人患者家計サポート協会代表理事

その2

治療費の負担が重すぎる時、
家計をどう見直したらいいですか?

食事や光熱費は無理に減らさなくてもいい。

がん治療に関するお金の相談に来られた人に、黒田さんはどのようなアドバイスをするのでしょうか。

前回お話した通り、がんになると収入が下がる人が多いのですが、いきなり生活費を切り詰めるような話は受け入れにくいものです。まずは今までの収入と、これから予想される収入を比較して、どのくらい足りないかを一緒に確認します。そして家計を細かく洗い出し、このままの生活を続けたらどうなるかを年単位で見ていきます。「1年後にこのくらいマイナスになります」などと数字で分かると、患者さんも「少しお金の使い方を変えなければ」と理解しやすいんですよね。必要なお金に優先順位をつけて、どこを減らしたらもう少し楽に医療費を出せるのかを考えていきます。

家計を見直すときは、すべての出費を洗い出して優先順位を付ける。

家計を見直す際の基本的な考え方を教えてください。

できるだけ収入を維持しながら、支出を減らすことが基本中の基本です。支出は、食費や光熱費などの「変動費」よりも、住宅費用や自動車関係などの「固定費」を減らせないかを最初に考えます。

節約というと変動費を減らす方法が身近ですが、がんになったことで食事を気にかけている人もいらっしゃいますし、育ち盛りのお子さんがいる家庭ではお金がかかっても仕方がありません。光熱費も、無理に減らそうとすると治療の意欲が削がれたり、家族関係に影響したりすることがあります。それに、家計に占める変動費の割合はそれほど大きくないのです。一番大きい支出は医療費、その次が住居費、そして自動車や保険の費用などです。

例えば、ある患者さんの家庭では、車の維持費が高く、ガソリン代や駐車場代を含めて月50万円ほどかかっていました。車を手放すかどうか悩まれましたが、その頃は毎日、放射線治療を受けていて、妻が車で送迎していました。そういう時期に車を売ってしまったら大変ですよね。そこで、治療の見通しを確認したうえで一緒に検討しました。毎日の放射線治療は1ヵ月くらいで終わり、その後は月に1~2回の通院になるというので、それであればタクシーやカーシェアリングを利用する選択肢もあることを提案しました。患者さんは家族とじっくりと考えてタクシーで通院することに決め、放射線治療が終わった段階で車を手放されました。

治療費がかさんで、住宅ローンが苦しくなったら。

計画的に出費を削減することが大切なのですね。住居費で悩んでいる場合は、どのような方法がありますか。

がんになって住宅ローンの支払いが難しいけれども、家を手放したくないという相談をたくさん受けてきました。
患者さん名義の住宅ローンだと難しいのですが、配偶者名義の住宅ローンで、なおかつ健康ならば、借り換えで返済額を圧縮できる場合があります。

1年以内に治療が終わり、復職の見通しが立っている場合は、住宅ローンを借りている金融機関に相談し、審査を経て一時的に返済額を変更してもらう方法もあります。ただ、注意する点が二つあります。一つは長期の治療が予想される場合です。血液がんや再発転移などでは、治療が長引くケースや治療後の体力回復までに時間を要することがあるため、他の方法も含めて慎重に考えた方が良いです。

もう一つは、住宅ローン以外の問題を抱えている場合です。住宅ローンだけを変更しても解決にならないことがあります。医療費、教育費、生活費はもちろんですが、固定資産税やマンションならば管理費・修繕積立金など含めて、お金の全体像を整理したうえで、住宅ローンについて銀行に相談した方が良いのか、他のところに相談した方が良いのかを検討していく必要があります。
このあたりは大変難しく、今後の生活を左右する大事な内容になりますので、患者支援に対応しているFPと一緒に考えていくことをお勧めします。

賃貸住宅に住んでいる場合は、どうしたら良いでしょうか。

家賃の安いところへ転居したり、しばらく実家で一緒に暮らさせてもらったりすることを検討します。現実問題として、がんで働くことのできない患者さんが利用できる家賃補助制度はほとんどなく、どうしても状況が厳しくて生活保護を受ける人もいます。

家計の見直しで「削ってはいけない項目」。

がんの治療中の家計で、削ってはいけない項目はありますか?

医療費のほか、税金や国民健康保険料(国民健康保険税)、国民年金保険料は必ず払わなければなりません(図参照)。国民健康保険料は医療費の負担を抑えるために、国民年金保険料は今後の老齢年金、障害年金、遺族年金の受給のためのお金ですが、滞納した場合に差し押さえの対象となることがあります。

国民健康保険料や国民年金保険料は、早めに自治体に相談に行くことで免除・減額が行える場合があります。また、税金に関しても自治体が支払いの相談を行っています。こういった支払いは非免責債権であり、自己破産したとしても支払い義務を免れることができません。万が一、ご本人が亡くなった後もご家族(相続人)が支払うことになります。

また、お子さんのいる家庭では「授業料」も削ることができない項目です。ここであえて「教育費」といわないのには理由があります。文部科学省の「子供の学習費調査」(令和3年度)によると、公立高校生の年間の教育費(学習費)は平均51万円くらいですが、そのうち授業料は約31万円で、残りの約20万円は習い事や予備校など学校外活動費なのです。学校に行くために欠かせない授業料と、それ以外は分けて考えることが大切です。

がん治療中の家計で「削ってはいけない」優先順位

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子どもの教育費は“聖域”のようにしている家庭も多いといわれます。

その気持ちは分かります。でも、高校・大学生の親御さんからの相談を受けていると、教育費で無理をして、後々苦しくなってしまうケースが結構多いんです。

授業料に関しては、奨学金を借りることも視野に入れていいと思います。「奨学金は子どもに借金を負わせることになる」と抵抗を感じるかもしれませんが、実は住宅ローンなど他の借り入れよりも金利が低いのです。授業料を家計から捻出して、ほかの支出を借金で工面するより、奨学金を借りたほうがいい場合もあります。奨学金はお子さんの名義で借りることになりますが、がんの治療が落ち着いてから親子で一緒に返済(返還)してもいいわけです。お金のことは長期的な視点で考えていきましょう。返済シミュレーションを行い、必要以上に借りすぎないことも大事です。

家族が仕事を増やして、収入減を補おうとしても…。

収入を維持するために、患者さんや家族にできることはありますか?

収入が減った分、家族がもっと働けばいいと思われがちなのですが、実際にできる人は少ないですね。家族も仕事や家事、患者さんのサポートなどで精一杯だからです。

ある患者さんの家庭では、フルタイムで働いている妻が、夜も仕事に出ることを考えていました。でも、まだお子さんが小学校低学年で、もし夜に患者さんが急変しても、救急車を呼ぶなどの対応ができません。昼も夜も働いていては妻も倒れてしまいますし、そうした心配がある中では、患者さんも安心して療養できないと思います。

逆に、妻ががんになって、夫が一人で仕事も家事・育児もすべて担おうとしてダウンしてしまう場合もあります。負担を軽減しようとして外食をしたり、家事を外注したりするのも、費用の面から長期間続けるには難しいですよね。がんの「経済毒性」への対応は、お金のやりくりだけではなく、家事や育児も含めて家族で生活体制を見直すことも含まれます。

次回(1月19日公開)に続く

取材・文/越膳綾子

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