シリーズがん生きる

第15回
イラスト/瀬藤優

がんを経験すると、手術の影響や抗がん剤の副作用などによって、食事をとりにくくなることが少なくありません。病院に入院している間は、食事の栄養バランスや食べやすさが管理されていますが、退院後はどうしたらよいのでしょうか。国立がん研究センター東病院栄養管理室長の千歳はるかさんに、患者さんのよくある悩みと、基本的な対応法について伺いました。

千歳はるかさん

国立がん研究センター東病院 栄養管理室長

その1

がん治療後、自宅での食事で
気をつけることは何ですか?

買い物に行くことや皿を持つことすら難しい場合も。

千歳さんは、国立がん研究センター東病院でがん患者さんの栄養相談や、患者さんと家族向けの料理教室に携わっています。がんと食事について、どのような悩みが寄せられていますか。

食道や胃、腸などの消化器がんで手術を受けられた患者さんからは、食べたい気持ちはあっても、機能的に今までと同じように食べられなくなることの悩みをよく伺います。ほかの部位のがんでも、化学療法(抗がん剤治療)の副作用で吐き気や味覚障害、口内炎などが生じたり、全身状態が悪かったりして思うように食べられないことがあります。不安やストレスから気持ちが落ち込んで、食べる意欲がわかないといった精神面の影響も珍しくありません。

退院後、料理が苦手な人や、一人暮しの高齢者などは、食事を作ることが苦痛になってしまうことがあります。家族が食事を作ってくれる家庭でも、患者さんは「食べられるもの、食べたいものを出してもらえない」と悩み、家族もまた「作っても食べてもらえない」「どうやって食べてもらうか」などと困っているという話をよく聞きます。

食べること自体が大変になってしまうのですね。

そうですね。「大変」の中には術後の痛みや体力低下で買い物に出られない、買ったものを持って帰れないということも含まれます。乳がんの術後で腕が上がりにくかったり、抗がん剤の副作用で指先にピリピリした神経障害が出たりして、料理をするどころか、食器を持ったり洗い物をしたりすることも大変な人もいます。

炭水化物とタンパク質を優先的に食べる。

退院後、食事がとりにくい時に注意したい点を教えてください。

いきなり治療前と同じ生活に戻ることは難しいので、できそうなところから少しずつ始めていくことです。本当に食べられない時は、食べたいと思うもの、食べられそうなものをひと口食べるところから始めてみてください。徐々に「食べられた」という自信をつけて、食事量や食べるものの種類を増やしていくとよいと思います。

少量であっても栄養バランスは考えなくてはなりませんか。

「主食」「主菜」「副菜」でバランスよく栄養をとりたいところではありますが、栄養やカロリーに神経質になるよりも、まずは体重を減らさない、体力をつけることの方が大事です。

私は「体調が悪い時は、主食と主菜を優先して食べてくださいね」と患者さんにお伝えしています。主食というのは、ご飯・パン・麺類などの炭水化物。主菜は肉・魚・卵・大豆製品といったタンパク質がとれるものです。

野菜よりも、炭水化物やタンパク質が優先なのですね。

がんになると「野菜をたくさんとらなきゃ」と考える人がいらっしゃいますが、野菜だけでお腹いっぱいになってしまうと、よりエネルギー源となる大切な主食や主菜が十分にとれなくなってしまいます。ですから、副菜となる野菜は、余力があったら足していくぐらいでかまいません。ある程度しっかり食べられるようになるまでは、無理に増やさなくてもよいと思います。

糖質や脂質を無理に制限してはいけない。

糖質や脂質のとりすぎを心配する患者さんもいるそうです。

たしかに「糖質はがん細胞の栄養になるから」と心配して、炭水化物を減らしてしまう人もいます。けれども糖質はエネルギー源ですから、不足するとがんと闘う体力を保ちにくくなります。また、糖質が足りないと、ヒトの身体は体内のタンパク質を分解してエネルギー源にしようとするので、筋肉がやせてしまいます。

「悪液質」といって、体重減少や食欲不振が進む合併症が起き、もとに戻らなくなってしまうこともあります。少量でも工夫して「炭水化物+タンパク質」の組み合わせで食べていただきたいですね。卵かけご飯やツナサンドのように、簡単なものでもいいんです。

同じように油脂についても「とってはいけない」と思われている人がいますが、油脂は大切な栄養素です。少量で効率よくエネルギーを作ることができます。もちろんとりすぎはよくないですし、脂質制限が必要とされている人は別ですが、そうでなければ消化吸収の優れたMCTオイルやオリーブオイルなどを汁物やおかゆに少し垂らすなど、エネルギーアップのために上手にとり入れてください。

外食に関してはどうでしょうか。外食を躊躇する人もいるのではないかと思うのですが。

「家族や友人と外で食事をしたいけれど、食欲がなくて気を遣わせてしまいそう…」と諦めてしまう患者さんは多くいらっしゃいます。でも、食べられる料理があるお店を選び、体の状態に合った食べ物を、食べられる量だけ注文すれば外食もできます。

食事はお腹を満たすだけではなく、大切な人とのコミュニケーションの時間でもあります。家族や友人と外食をすることで、それまで苦痛だった食事が楽しくなり、食べる意欲につながったという患者さんもいます。

ですから、患者さんが望むのなら、外食を避ける必要はありません。逆に、患者さんが乗り気でない時は、周囲の人もその気持ちを受け入れて、今まで通りの関わりを保つことが大切だと思います。

次回(3月1日公開)に続く

取材・文/八木沢由香

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