シリーズがんと生きる
がんを経験すると、手術の影響や抗がん剤の副作用などによって、食事をとりにくくなることが少なくありません。病院に入院している間は、食事の栄養バランスや食べやすさが管理されていますが、退院後はどうしたらよいのでしょうか。国立がん研究センター東病院栄養管理室長の千歳はるかさんに、患者さんのよくある悩みと、基本的な対応法について伺いました。
国立がん研究センター東病院 栄養管理室長
料理や食材の買い物がつらい時の
対応策を教えてください。
コンビニや電子レンジを上手に活用。
インタビュー1回目で、がんの治療中は身体機能として食べられないだけでなく、そもそも料理をしたり、買い物に行ったりすることも大変という話をお聞きしました。
治療に通うだけでもぐったりで、 食事を作るなんて無理だと感じている患者さんは珍しくありません。退院後の食事はおにぎりや菓子パンだけといった食事をされている人もいます。このような食生活が長く続くとどうしても栄養不足に陥りますし、食べることへの意欲もわきにくくなってしまいます。
ですから、必要な栄養がとれて、「これならできるかも」と思えるくらい、料理のハードルを下げる必要があります。市販の惣菜や保存の利く食品をうまく組み合わせたり、カット野菜を添えたりするところから始めてみましょう。
洗い物が大変であれば、鍋などの調理器具を使わずに電子レンジを活用したり、紙皿や紙コップに頼ってもよいのではないでしょうか。
菓子パンやおにぎりだけより、惣菜を組み合わせた方がよいのですね。
栄養バランスをとりやすいという意味でもそうですし、お弁当だと食べきれずに残して、罪悪感を覚えることもあります。買ってきた惣菜をごはんに載せるなど、わずかでも調理をすることは「自分で食事を作って食べた」という満足感をもたらし、食べる意欲へとつながっていきます。
体調が優れない時、コンビニは強い味方です。惣菜コーナーに目を向けると、小ぶりの卵焼きなど、1人分の惣菜が充実していますし、缶詰やレトルト食品、冷凍食品もそろっています。狭いスペースに多種多様なものが詰まっていますから、買い物で歩き回る必要もありません。
例えば、ザーサイのみじん切りを挽き割り納豆に混ぜて、ごはんに乗せる「変わり納豆ごはん」。ほのかなヨーグルト風味の「アレンジフレントースト」。このくらい簡単なところからスタートしていいんです。
手軽な食事を望む一方、電子レンジの電磁波や、食品添加物を気にされる人もいるかもしれません。
実際にそうした声を聞くこともあります。ただ、身体への影響がはっきりわからないものに不安を感じるより、まずは食欲不振で衰弱していかないようにすることが最優先な場合もあります。
レンジ調理も市販の惣菜も、ずっと続けてほしいわけではなく、困った状態を乗り切るための対処法です。最初はこうした簡単な調理で自信をつけ、体調がよくなってきたらアレンジをしたり、一から作ったりして、食事を楽しんでいただけたらと思います。
栄養不足が気になる時、サプリメントなどを使うのはいかがでしょう。
医療現場でも、「栄養補助食品」で栄養を補うことはあります。不足している栄養素を、効率よく補給するという意味では否定されるものではないと思います。ただ、患者さんの体調によっては合わないものもありますし、薬との相互作用に支障が出て、かえって病状を悪くする懸念もあります。使用する前に、主治医や管理栄養士に相談していただくとよいと思います。
食事の悩みを共有し「自分だけじゃない」。
患者さんの家族も食事作りに悩むことが多いそうですが、どのようなアドバイスをされていますか。
家族が食事を作っても、患者さんの口に合わない場合は、一緒に料理をするのも方法のひとつです。やはり味の加減については、患者さん自身が一番よくわかっています。患者さんに味見役をしてもらうなど、簡単なことでも参加してもらうと、食べてもらいやすくなることがあります。
がんの治療によって味覚が変わったり、食欲不振だったりする時は、あえて味をつけずにシンプルに焼いたり煮たりしたものを出して、しょうゆやソース、マヨネーズ、ケチャップ、ポン酢など好みの味付けを自分で選んでもらうのも良いでしょう。家族で食卓を囲んで、それぞれが好きなものを食べられます。
調味料と香味野菜を組み合わせて簡単にできるタレやソース、ドレッシングを用意して、何種類か出しておくのもお勧めです。
国立がん研究センター東病院では、患者さんと家族を対象に「柏の葉料理教室」を開催していますね。
はい、始まったきっかけは「がん治療をしている家族に何を作ったらよいかわからない」といった声だったそうです。毎回、よくある食事の悩みへの対応法を管理栄養士が実演し、みなさんで召し上がっていただきます。
ここでは、参加者同士やスタッフとの交流もしているんですよ。同じような悩みを持たれている人と時間を共有することには、大きな意味があります。がんで食事に困っているのは自分たちだけじゃない、孤独ではないと感じられるようになります。
柏の葉料理教室で紹介しているレシピは、がん患者さんとご家族のための料理レシピサイト「CHEER!」(チアー)で公開しています。そちらも参考にしてみてください。
食事や栄養の悩みを、一人で抱え込まないことも大切ですね。
そうですね。食事の最大の役割は、がん治療を支えることです。しっかり栄養をとって体力が保たれるようになると、治療に前向きになる精神的な効果にもつながります。食べることがつらくて、食事作りもままならない状態にあったとしても、食べることを諦めないでほしいと思います。ぜひ周囲の人も一緒になって、おいしく食べるための工夫をしてみてください。
取材・文/八木沢由香
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第1回
がんで傷ついた「心のつらさ」をケアする
腫瘍精神科を知っていますか? 清水 研(がん研有明病院医師) -
第2回
抗がん剤をやめて標準治療以外を
試したいと考えるのはおかしいこと? 清水 研(がん研有明病院医師) -
第3回
がん患者同士のコミュティサイト
「5years」を知っていますか? 大久保 淳一(認定NPO法人5years理事長) -
第4回
闘病中の孤独と闘う仲間を見つけるには
どのように行動すればよいのですか? 大久保 淳一(認定NPO法人5years理事長) -
第5回
がんの早期から「緩和ケア」を受けられることを知っていますか? 余宮 きのみ(埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長)
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第6回
がんの治療が成功しても、痛みが続く…
そんな時、緩和ケアはどう対応する? 余宮 きのみ(埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長) -
第7回
患者家族の「痛み」「不安」に
緩和ケアができることとは? 余宮 きのみ(埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長) -
第8回
もしも「主治医による緩和ケア」で
苦痛が取り除かれなかったら? 余宮 きのみ(埼玉県立がんセンター緩和ケア科科長兼診療部長) -
第9回
外見の変化の悩みを専門家に相談できる
「アピアランスケア」を知っていますか? 藤間 勝子(国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター センター長) -
第10回
がんになったことで仕事や人間関係に
影響しないか、心配していませんか? 藤間 勝子(国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター センター長) -
第11回
がん患者さんが外見をケアする時
どんな道具を選ぶといいのでしょうか? 藤間 勝子(国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター センター長) -
第12回
がんにともなうお金のつらさ
「経済毒性」を知っていますか? 黒田 ちはる(黒田ちはるFP事務所代表、一般社団法人患者家計サポート協会代表理事) -
第13回
治療費の負担が重すぎる時、
家計をどう見直したらいいですか? 黒田 ちはる(黒田ちはるFP事務所代表、一般社団法人患者家計サポート協会代表理事) -
第14回
どこまで保障が必要か、保険料は払えるか? 黒田 ちはる(黒田ちはるFP事務所代表、一般社団法人患者家計サポート協会代表理事)
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第15回
がん治療後、自宅での食事で気をつけることは何ですか? 千歳 はるか(国立がん研究センター東病院 栄養管理室長)
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第16回
がん治療中の「食べにくさ」。どう工夫したら良いでしょうか? 千歳 はるか(国立がん研究センター東病院 栄養管理室長)
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第17回
料理や食材の買い物がつらい時の対応策を教えてください。 千歳 はるか(国立がん研究センター東病院 栄養管理室長)
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第18回
「悪性リンパ腫」と診断されて、どんな気持ちで、どんな治療を受けましたか? 笠井信輔(フリーアナウンサー)
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第19回
笠井さん、「昭和患者」と「令和患者」ってなんですか? 笠井信輔(フリーアナウンサー)