シリーズがん生きる

第17回
イラスト/瀬藤優

がんを経験すると、手術の影響や抗がん剤の副作用などによって、食事をとりにくくなることが少なくありません。病院に入院している間は、食事の栄養バランスや食べやすさが管理されていますが、退院後はどうしたらよいのでしょうか。国立がん研究センター東病院栄養管理室長の千歳はるかさんに、患者さんのよくある悩みと、基本的な対応法について伺いました。

千歳はるかさん

国立がん研究センター東病院 栄養管理室長

その3

料理や食材の買い物がつらい時の
対応策を教えてください。

コンビニや電子レンジを上手に活用。

インタビュー1回目で、がんの治療中は身体機能として食べられないだけでなく、そもそも料理をしたり、買い物に行ったりすることも大変という話をお聞きしました。

治療に通うだけでもぐったりで、 食事を作るなんて無理だと感じている患者さんは珍しくありません。退院後の食事はおにぎりや菓子パンだけといった食事をされている人もいます。このような食生活が長く続くとどうしても栄養不足に陥りますし、食べることへの意欲もわきにくくなってしまいます。

ですから、必要な栄養がとれて、「これならできるかも」と思えるくらい、料理のハードルを下げる必要があります。市販の惣菜や保存の利く食品をうまく組み合わせたり、カット野菜を添えたりするところから始めてみましょう。

洗い物が大変であれば、鍋などの調理器具を使わずに電子レンジを活用したり、紙皿や紙コップに頼ってもよいのではないでしょうか。

菓子パンやおにぎりだけより、惣菜を組み合わせた方がよいのですね。

栄養バランスをとりやすいという意味でもそうですし、お弁当だと食べきれずに残して、罪悪感を覚えることもあります。買ってきた惣菜をごはんに載せるなど、わずかでも調理をすることは「自分で食事を作って食べた」という満足感をもたらし、食べる意欲へとつながっていきます。

体調が優れない時、コンビニは強い味方です。惣菜コーナーに目を向けると、小ぶりの卵焼きなど、1人分の惣菜が充実していますし、缶詰やレトルト食品、冷凍食品もそろっています。狭いスペースに多種多様なものが詰まっていますから、買い物で歩き回る必要もありません。

例えば、ザーサイのみじん切りを挽き割り納豆に混ぜて、ごはんに乗せる「変わり納豆ごはん」。ほのかなヨーグルト風味の「アレンジフレントースト」。このくらい簡単なところからスタートしていいんです。

『変わり納豆ごはん』
(写真提供:がん症状別レシピ検索「CHEER!(チアー)」

『飲むヨーグルトのフレンチトースト』
(写真提供:がん症状別レシピ検索「CHEER!(チアー)」

手軽な食事を望む一方、電子レンジの電磁波や、食品添加物を気にされる人もいるかもしれません。

実際にそうした声を聞くこともあります。ただ、身体への影響がはっきりわからないものに不安を感じるより、まずは食欲不振で衰弱していかないようにすることが最優先な場合もあります。

レンジ調理も市販の惣菜も、ずっと続けてほしいわけではなく、困った状態を乗り切るための対処法です。最初はこうした簡単な調理で自信をつけ、体調がよくなってきたらアレンジをしたり、一から作ったりして、食事を楽しんでいただけたらと思います。

栄養不足が気になる時、サプリメントなどを使うのはいかがでしょう。

医療現場でも、「栄養補助食品」で栄養を補うことはあります。不足している栄養素を、効率よく補給するという意味では否定されるものではないと思います。ただ、患者さんの体調によっては合わないものもありますし、薬との相互作用に支障が出て、かえって病状を悪くする懸念もあります。使用する前に、主治医や管理栄養士に相談していただくとよいと思います。

食事の悩みを共有し「自分だけじゃない」。

患者さんの家族も食事作りに悩むことが多いそうですが、どのようなアドバイスをされていますか。

家族が食事を作っても、患者さんの口に合わない場合は、一緒に料理をするのも方法のひとつです。やはり味の加減については、患者さん自身が一番よくわかっています。患者さんに味見役をしてもらうなど、簡単なことでも参加してもらうと、食べてもらいやすくなることがあります。

がんの治療によって味覚が変わったり、食欲不振だったりする時は、あえて味をつけずにシンプルに焼いたり煮たりしたものを出して、しょうゆやソース、マヨネーズ、ケチャップ、ポン酢など好みの味付けを自分で選んでもらうのも良いでしょう。家族で食卓を囲んで、それぞれが好きなものを食べられます。

調味料と香味野菜を組み合わせて簡単にできるタレやソース、ドレッシングを用意して、何種類か出しておくのもお勧めです。

『生姜と玉ねぎの甘酢ダレ』
(写真提供:がん症状別レシピ検索「CHEER!(チアー)」

国立がん研究センター東病院では、患者さんと家族を対象に「柏の葉料理教室」を開催していますね。

はい、始まったきっかけは「がん治療をしている家族に何を作ったらよいかわからない」といった声だったそうです。毎回、よくある食事の悩みへの対応法を管理栄養士が実演し、みなさんで召し上がっていただきます。

ここでは、参加者同士やスタッフとの交流もしているんですよ。同じような悩みを持たれている人と時間を共有することには、大きな意味があります。がんで食事に困っているのは自分たちだけじゃない、孤独ではないと感じられるようになります。

柏の葉料理教室で紹介しているレシピは、がん患者さんとご家族のための料理レシピサイト「CHEER!」(チアー)で公開しています。そちらも参考にしてみてください。

食事や栄養の悩みを、一人で抱え込まないことも大切ですね。

そうですね。食事の最大の役割は、がん治療を支えることです。しっかり栄養をとって体力が保たれるようになると、治療に前向きになる精神的な効果にもつながります。食べることがつらくて、食事作りもままならない状態にあったとしても、食べることを諦めないでほしいと思います。ぜひ周囲の人も一緒になって、おいしく食べるための工夫をしてみてください。

取材・文/八木沢由香

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