シリーズがん生きる

第18回
イラスト/瀬藤優

元フジテレビアナウンサーの笠井信輔さんは、退社してフリーランスになった2ヵ月後に「悪性リンパ腫」ステージ4と診断されました。決まっていた仕事をキャンセルして、4ヵ月半にわたる入院治療。その経験から、いい医療を受ける秘結や、家族と話し合っておくことの大切さを痛感したと言います。がんになる前にも、なってからも知っておきたい、患者さんが治療で迷わないための方法についてお聞きしました。

笠井信輔さん

フリーアナウンサー

その1

「悪性リンパ腫」と診断されて、
どんな気持ちで、どんな治療を受けましたか?

「セカンドオピニオンを受けたい」と言ったら……

「悪性リンパ腫」と告知されたときは、どんなお気持ちでしたか。

「まさか私が!」ですよ。がんの可能性が高いと言われてはいましたが、「がんじゃありませんでした」という答えを待ち望んでいましたから。

けれども日本人が生涯にがんになる確率は、女性が51%、男性が65%です。日本人男性が3人いれば2人はがんになるわけで、今思えばそれは「メジャーの仲間入りした」ということだった。3人のうち2人が100万円当たる宝くじがあると言われたら、みんな買いますよね? でも、それが「がん」だと、なぜか自分は当たらないと思っちゃう。

がんだと分かったとき、うろたえながらも「助かった」と思ったのは、数ヵ月前に入った掛け捨ての生命保険に、がん特約を付けていたことです。「がんと診断されたら100万円」という保障が特にありがたかったですね。まさに100万円の宝くじに当たったというか、運が悪いような、いいような。でも、本当は運じゃなくて当たり前。がんになる方がメジャーなんですよ。

セカンドオピニオンはどうされましたか。

セカンドオピニオンを受けて、最終的にそちらの先生に治療していただきました。でも実は、私自身は及び腰でした。「悪性リンパ腫と診断された」と妻に告げたところ、即座に「セカンドオピニオンを」と言われたのですが、「どうして? もう身体中痛いし、診断してくれたのは大学病院の先生なんだよ。ここに入院した方がいいんじゃないの」と。しかし妻は退きません。

それで仕方なく、診断をした医師に「妻がセカンドオピニオンを受けろと言うのですが……」と切り出したところ、「ぜひ受けてください。笠井さんは悪性リンパ腫の中でも珍しい難しいタイプですから、ほかの先生にも診てもらった方がいい」と快諾していただきました。

僕も含めて、古い考えをもつ“昭和患者”は「ほかの先生に診てもらいたいなんて、申し訳なくて言えない」と思ってしまうのではないでしょうか。でも、令和の医療ではセカンドオピニオンは当たり前。もしも「私の診断が信用できないのか!」などと言う医師がいたら、即刻転院した方がいいと、がんの学会でも専門医の先生が言っていました。なぜならば、そういう医師ほど誤診を認めないから。次の治療法に移れなくなってしまうからだそうです。

とはいえ、問題はどこでセカンドオピニオンを受けるかですね。

そうなんです。結論から言うと、ネットで病院を探したり、病気のことを調べたりするのはやめた方がいい。ネット情報は玉石混交で、いい情報よりも悪い情報をつかむ確率の方が高いからです。私も初めの頃はネットで悪性リンパ腫について調べたのですが、そうするともう生きていけないような気持ちになってしまう。それで、ネット検索をやめました。

では、どうやってセカンドオピニオン先を探すか。私は悩んだ挙句、知人に悪性リンパ腫の経験値が高い病院を教えてもらったのですが、あとで聞いて「このとき知っていればよかった!」と痛感したのが「がん相談支援センター」です。

がん相談支援センターは、全国に456ヵ所(※1)ある厚生労働省指定の「がん診療連携拠点病院」などに設置されている相談窓口です。がんに関するさまざまなことを、その病院に通っていてもいなくても、匿名でも、面談でも電話でも、患者本人でも家族でも友人・知人でも、相談できます。「あなたの地域でこのがんのセカンドオピニオンを受けるなら、この病院とこの病院がいいですよ」とか、「このがんでこの治療法なら、一般的にはいくらくらいかかります」といったことも教えてもらえます。

※1…2023年4月1日時点(厚生労働省ホームページより)

ほかに、情報を集める方法としておすすめのものはありますか。

がん保険やがん特約に入っている人なら、保険会社に問い合わせる手もあります。それらの保険には、付帯サービスとして医療相談がついていることが多いですから。保険会社では、いかに充実した情報を提供するかが勝負所になっていて、契約者本人や家族の相談にのってくれます。

いい情報をつかむことがいい医療を受ける近道で、社会復帰への近道でもありますから、がん相談支援センターや保険会社を上手に利用するといいと思います。

「標準治療」は「並の治療」ではない。

笠井さんの最終的な診断は悪性リンパ腫「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」。その中でも進行が早く難しいタイプで、ステージ4でした。どのような治療を受けられましたか。

2019年の年末から翌年の4月末まで4ヵ月間半入院して、24時間抗がん剤を5日間投与し続け、それを6回繰り返すという、大変な治療でした。抗がん剤はオーダーメイドで、数種類の抗がん剤の量を微調整して調合したものです。こう言うと何か特別な治療のようですが、私が受けたのは健康保険適用の「標準治療」でした。

“標準”治療というと、“並”と“上”があったら並、高いお金を払えばもっといい「標準以上の治療法」があるんじゃないかと思ってしまいますよね。でも、決してそうではありません。医師はみなさん「標準治療こそが治療のキング・オブ・キングスだ」と言います。

標準治療のほかにも先進医療(※2)、あるいは民間療法などもあり、それらで効果がある人もいるとは思います。しかし安全性の評価が定まっておらず、健康被害が起きるかもしれないし、効果があるのもごく一部の人だけかもしれません。先進医療の薬や治療法が、長い治験を経て安全性と効果が証明され、健康保険適用に格上げされたのが標準治療です。まずは標準治療を受けるのがいちばんです。

※2 先進医療…現時点では保険適用されていないが、保険診療との併用が認められている医療技術。実施可能な医療機関は限定されている。

退院してから、家族と「人生会議」を開いた。

抗がん剤治療が功を奏し、現在はがん細胞が体内から消えた「完全寛解」状態になられたそうですね。

その経験を経た今だからこそ思うのは、「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング)の重要性です。

私はがんになった時まだ56歳でしたから、「どんなに苦しくても抗がん剤治療を受ける」と決意しましたが、もし80代、90代だったら、そう思わなかったかもしれません。しかし家族はどうでしょう。前もって私の思いを伝えていなければ、「抗がん剤をやめたい」と言っても同意しないかもしれません。同意する家族としない家族が諍うことだってあるかもしれない。そんなことになったら、どんなに悲しいでしょう。

「人生会議」とは、いつかやってくる最期に備え、家族や医療・介護従事者などと話し合い、自身の希望を共有する取り組みのこと。ノートに残しておく場合も。(※写真はイメージです)

そう思って私は、退院してから家族と人生会議を開きました。自分の大切にしていることや、いざという時にどのような治療やケアを受けたいかを話し合ったのです。命の危険が迫った状態では、自分の意思を表明することが難しくなりますから、元気なうちに話し合っておくことが、とても大切だと思います。

がんの経験を綴った2冊の本

笠井さんが闘病生活で気づいたことや、適切な医療を受けるためのコツなどをまとめた著書。

  • 『がんがつなぐ足し算の縁』
    笠井 信輔 (中日新聞社)

  • 『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』
    笠井 信輔 (KADOKAWA)

次回(3月27日公開)に続く

取材・文/佐々木とく子、撮影/坂本禎久

バックナンバー