シリーズがん生きる

第19回
イラスト/瀬藤優

56歳で「悪性リンパ腫」ステージ4と診断された笠井信輔さん。抗がん剤治療が功を奏して完全寛解にいたりましたが、治療期間中の自身を、古い考えを持つ「昭和患者だった」と振り返ります。入院中のQОL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を高め、より自分らしく過ごすためには「令和患者」になることが大切だとも言いますが、両者にはいったいどんな違いがあるのでしょうか。

笠井信輔さん

フリーアナウンサー

その2

笠井さん、「昭和患者」と
「令和患者」ってなんですか?

「やわな男」だと思われたくなくて…

治療について、もう少し詳しくお聞かせください。抗がん剤を24時間、5日間連続投与して、それを6回繰り返すという過酷な治療だったそうですが、効果はどのように現れましたか。

入院した頃はがんの影響で排尿障害があり、いきまないと尿が出ないし、身体中が痛くて痛み止めを飲まないと生活できない状態でした。それが1回目の抗がん剤投与で身体中の痛みが半減、これはびっくりしましたね。排尿障害も大きく改善して、いきまなくても尿がシャーシャー出るようになりました。

患者にとっても医療者にとっても、痛みのコントロールはとても重要です。痛みはQОL(生活の質)を大きく左右しますし、それが治療効果にも影響します。ところが古い考えを持つ昭和生まれの“昭和患者”は「痛みはどうですか?」と聞かれると、「おかげさまで」と答えてしまう。

そこで、今は10段階で痛みを評価する「痛みスケール」を使う病院が多い。私自身も「痛みは幾つですか?」と聞かれて、本当は8だったのに、「5です」と答えてしまったことがありました。「やわな男」だと思われたくないという、昭和男のプライドがムクムクと湧き上がってきて。そうしたら、あとで医師に怒られました。「うそをつくとQОLが下がります。正直に言ってください」と。

昭和世代の患者は、我慢は美徳と思っているからでしょう、いい患者になろうとして、我慢して嘘をついてしまいます。でも、令和の医療でそれをするのは悪い患者。自分の状態を正直に伝えるほうが“いい患者”なのです。

病室でこっそりカップ麺──好きな物を食べていい。

抗がん剤治療の副作用はいかがでしたか。食欲不振や嘔吐に悩まされる人も多いといわれますが。

私は制吐剤(嘔吐を抑える薬)がよく効いて吐くことはありませんでしたが、食欲不振には悩まされました。体力を温存して治療を続けるには食べなきゃいけないと思ったから、無理をして病院食を完食することを目指していました。けれども毎食4~5時間もかかってしまい、地獄のようにきつかったので、栄養士さんに来てもらって相談したんです。そうしたら「量が半分、カロリーは倍の“ハーフ食”にしましょう」と。そんなことができるなんて知りませんでしたよ。もっと早く言えばよかったです。

これでだいぶ楽になりましたが、味覚障害のせいで白米が甘ったるく感じられてなんともつらい。それでまた相談して、主食を朝はパン、昼は頑張って白米、夜は麺にしてもらいました。「その時々で自在に変えることはできないけれど、こうと決めておけば対応できる」ということでした。何ができて何ができないかは病院によって違いますが、とにかく相談してみて、自分にとって食べやすい方法を探すことをお勧めします。

それから、食べたいものを食べることも大事。私はカップ焼きそばが大好きで、病院のコンビニで買ってはこっそり病室で食べていました。妻には「栄養バランスの取れた病院食があるのに!」と叱られましたが、食べたいものを食べればQОLも上がるし、重要なのは体重を減らさないことですから。そのうちに妻も分かってくれましたけれど。

入院中は病状に合わせた食事が提供されるが、治療の副作用などで食べにくい場合は管理栄養士に相談できる(写真はイメージです)。

フォロワー5人でもいい! 患者にSNSを勧める理由。

自分から能動的に動くことが大事ですね。

そうです。私はリハビリも自分から「受けたい」と言いました。まだ50代でしたし、私はよく喋るから、医師や看護師にはリハビリが必要だと思われていなかったのですが、入院2ヵ月目ぐらいに階段を下りられなくなっていることに気づいて。ペットボトルの蓋も開けられなくなっていました。そこで医師に相談して、週5日、30分ずつリハビリをするようになったのですが、これがとてもよかった。コロナ禍で面会禁止になり、誰も見舞いに来ないなか、リハビリ室や病室で理学療法士や作業療法士の先生とコミュニケーションを取ることができて、とても楽しかったのです。

また、私は「病室にいても年中行事をちゃんとやる」と決めていました。長く入院していると季節の移ろいが感じられず、自分の世界が止まったような気がして、つらくなりがちだからです。そこで、クリスマスにはサンタの帽子を被り、大晦日にはカップ麺を作って年越しそばを食べました。ただ、一人で年越しそばを食べても侘しいですよね。そこでどうするかというと、発信です。ブログとInstagramで病室から発信していました。

反応はどうでしたか。

私の場合は、悪性リンパ腫だと発表したとたん、インスタグラムのフォロワーが300人から30万人に急増しました。でも、大事なことはフォロワー数ではないんです。私の母は「コロナ禍でお見舞いに行けなかったけれど、あなたが毎日のようにインスタグラムに写真付きで病状を報告していたから、とても良かった」と言っていました。「いったいどんな状態なんだろう」と悶々と考えなくて済んだ、と。

患者にとってSNSは、多くの人に見てもらうのが目的ではなく、家族や知り合いとつながるためだから、フォロワーが4人でも5人でもいい。その5人が患者の孤立と孤独を救ってくれるのです。デジタルツールが苦手な人は、元気なうちに慣れておくといいと思います。

昭和テイストの典型「男は頑固、女は遠慮」。

入院生活の過ごし方も、一昔前とは違ってきていますね。

ただ、ネックになるのが通信費。病室でWi-Fiが使える病院はいいのですが、そうでないとポケットWi-Fiを持ち込んだり、スマホのギガを増やしたりしなければならず、お金がかかります。私も毎月8000円から1万円ほど追加料金がかかりました。ただでさえ治療費がかかるのに、金銭面から外とのつながりを我慢せざるを得ない人も多い。それをなんとかしようと、退院後に「#病室WiFi協議会」という会を立ち上げて、病室Wi-Fiの普及に向けて政治家や官僚に働きかけたりしています。

すでに病室Wi-Fiを導入した病院に取材したところ、看護師さんたちから「ナースコールの回数が減った」「鎮痛剤の投与量が減った」という話を聞きました。スマホで家族や友人とつながったり、動画配信サイトでドラマを見たりしていれば、痛みやストレスを忘れていられるからでしょう。

最後に、ご自身の闘病を振り返って、いちばん大事なことは何だと思われますか。

「昭和の患者・家族」から「令和の患者・家族」への意識改革でしょうか。昭和テイストの典型は「男は頑固、女は遠慮」で、高齢になるほどそうなります。私も歳を取るにつれて、家族から「頑固になってきた」と言われていました。

元気なうちはいくら頑固でも、いくら遠慮してもいいんです。けれども病気になったら、患者本人も家族も、それを180度転換させなければいけない。自己主張はわがままとは違いますから、素直になって、自分のことを正直に伝えるのがいちばんです。頑固や遠慮は、せっかく受けられるいい医療を邪魔してしまいます。

がんの経験を綴った2冊の本

笠井さんが闘病生活で気づいたことや、適切な医療を受けるためのコツなどをまとめた著書。

  • 『がんがつなぐ足し算の縁』
    笠井 信輔 (中日新聞社)

  • 『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』
    笠井 信輔 (KADOKAWA)

取材・文/佐々木とく子、撮影/坂本禎久

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