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道具の真相

OKINAWANの[びん底グラス]ー前篇

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p.8
2004年のびん底グラス
「針金摩擦法」でつくったびん底グラス。現在出回っているコークのびんを利用したので、色はいずれもジョージアグリーン。ご覧のように、見事な出来映えの品がぞくぞくと完成した。
あれから、ざっと60年……
1945年のびん底グラス誕生から60年後、21世紀のウチナーンチュがつくった2004年のびん底グラスである。ワークショップ開催にあたり、学生たちが沖縄コカ・コーラ社に空きびんの提供を依頼したところ、「うちは中身を売っている会社なので」とニベもなく断られた。

手前にあるのが摩擦用の針金(鋼鉄製ワイヤー)、左端の1点は「バケツ内水面燃焼式」で試した失敗作である。

1945年のボトルとグラスの写真提供:沖縄市総務部市史編集担当。
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p.6
びん底グラス製造法─3/バケツ内水面燃焼式
a:一升びんを素材に大型のグラスをつくろうという試みだが、かなり過激にして乱暴な方法だ。水を張ったバケツにびんを立て、その水面に灯油を流しこんで火を点ける。点火したとたんに燃え上がった炎で、びんは「上半身」全体があぶられている。

b:炎が静まると、黒い煤を浴びた一升びんが姿をあらわした。焼け焦げたびんを軽く叩いてやると吃水線のぐるりが割れ、びん底が分離した。

c:バケツから取り出した一升びんの底部。縁のバリを取り除いて研磨してやったのだが、方法が乱暴だっただけにラフな仕上がりのグラスとなった。写真提供:道具学会
びん底グラス製造法─2/針金摩擦式
a:コーラびんを固定する台は、事前に當真進氏が用意してくれた。台には大きな力がかかるため、机にクランプで固定。ワイヤーを1周巻き付けたうえでしっかり両手でびんを押さえる。

b〜c:當真氏が手本を見せたあと、学生たちが。全員、夢中になって「びん底伝説」に挑戦した。

d:体重をかけ、力いっぱいワイヤーを引いてこする。ここがびん底グラスづくりのハイライト。ボトルの表面がじゅうぶん熱せられると潤滑油の焦げたにおいがする。スポイトで水滴を垂らすと、びんが真っぷたつに割れ落ちた。

e:カットしたグラスの縁は鋭い破片だらけだ。植木バサミでバリを切り落とし、ヤスリで研磨して滑らかに仕上げる。

f:「ほら、できたよ」と當真氏。会場は大きな拍手と歓声に包まれた。写真提供:道具学会。
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p.6
「道具学会研究フォーラム」のサイン
びん底グラスのワークショップは、2004年9月、筆者がプロデュースを担当した「道具学会研究フォーラム/暮らしのわざ、デザインのちから」の一環として開催された。上は会場となった沖縄県立芸術大学。
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p.5
1950年代のAサインバー
a:1950年代、コザ・ゲート通り(現・沖縄市)に開店したAサインバー。米軍当局が「米国軍要員を相手とした営業を許可(APPROVED)した」風俗業の店である。看板に「BAR-A-SUNLIGHT」とあり、腰壁にコカ・コーラとペプシのホーロー看板が飾られている。

b:コザ市の安慶田(あげた)大通りには米兵相手の商店街が出現した。右側通行の大通りを行き交う米軍関係者の車輛。遠方にコザ十字路が見える。

C:沖縄市戦後歴史資料館「ヒストリート」に再現されたAサインバー。米国製の清涼飲料水のボトルや酒びんが棚にずらりと並んでいる。カウンターの下に貼られた写真は、1960〜70年代のベトナム戦争下、Aサインバーで乱痴気騒ぎをする米兵の姿だ。

写真a、b提供:沖縄市総務部市史編集担当。
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p.4
1945年のびん底グラス
どん底からびん底へ!
素朴で力感あふれるOKINAWANのびん底グラスは、捕虜収容所内のどん底生活から誕生した。
このグラスは、沖縄の人びとから「びん底コップ」、あるいは単に「びん底」とも呼ばれている。
びん底グラスのいろいろ
現在、コークのボトルの標準色は「ジョージアグリーン」と呼ばれる淡い緑色だ(左から2番目のボトルとグラスがジョージアグリーン)。しかし、1945年当時は透明タイプのびんが多数もちこまれていたようで、「グラスはやっぱり透明でなくちゃ」ということか、現存するびん底グラスには透明の品が圧倒的に多い。

右はボトルの上半分だが、これはこれで漏斗(じょうご)として使われたり、風鈴に加工されて軒に吊るされた。ボトルと風鈴の写真提供:沖縄市総務部市史編集担当。
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p.4
びん底グラスの製造法-1
ロビンソン・クルーソーの船の帆はテントハウスになった。ジンの酒びんは湯たんぽに(*)、肉の缶詰の空き缶はカンカラ三線になった(**)。そして、コーク・ボトル転じてグラスとなる。

道具の世界には、ひとつの器物が本来の用途を超えて別の器物にブリコラージュされることが多々ある。万物は輪廻転生(りんねてんしょう)し、道具たちはかくて進化する。

* 連載14〜15─ローテク道具の底力![湯たんぽ]参照。
** 連載23─絶体絶命のなかに[手製楽器]あり 参照。
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p.3
1945年のコカ・コーラ
左:アメリカ本土で製造されたレギュラーサイズ(6.5オンス=190ml)のボトルだ。
右:胴体に「45」のマークが。この年、沖縄ではまだコカ・コーラの製造工場が存在しなかった。
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p.2
これって、なに ?
分厚いガラスの断面、独特のセクシーなくびれ。
高さ83mm、外径58mm、内径45mm、重さ:240gほどの器だ。
ガラス器が大好きだ
左:フリントガラス(屈折率が高い鉛入りガラス)の高杯(たかつき)。庭で収穫したプラムを盛ってみた。

中上:バカラのソーサー形シャンペン・グラス。
中下:オールド・ファッションド・グラス。

右:ラムネの空きびん。夜店で売られている最近の品だ。しびんは[連載-28]参照。
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