週刊通販生活トップページ  >  読み物:フクシマの首長【第1回】富岡町 宮本皓一町長(1)

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福島第一原発の事故からもうすぐ3年。いま、福島では何が問題になっているのでしょうか。自治体の長として住民の課題に向き合う方々に話を伺っていきます。まずは、事故による被害がもっとも大きい福島県東部・双葉郡から連載を始めます。(取材・文・写真/畠山理仁)

第1回富岡町 宮本皓一町長「原発事故によって富岡の町民は分断されています。あえて『震災から6年間は帰らない』と宣言して、若い世代も安心して戻れる環境を全力でつくっていきたい」

誰も予想していなかった避難の長期化

――富岡町には東京電力福島第二原子力発電所が立地しています。2011年3月11日に東日本大震災が起きた時はどんな様子だったのでしょうか。

宮本  大震災が起きた当初は、地震と津波の被害のことしか考えていませんでした。津波で富岡駅が流されるほどの大きな被害がありましたからね。
 最初に原子力災害のことを意識したのは3月11日の夜です。灌漑用水を蓄えている溜池が決壊するおそれがあったため、下流域の方々には富岡第二中学校の体育館に避難をしていただいたんですね。富岡町には東京電力で働いていた人がかなりいましたから、その人たちが「福島第一原子力発電所で異変が起きている」という話を小声でしていました。そしてある時間になったら避難所からいなくなってしまった。そのことで町民の間にも「マズいのではないか」という情報が広がりました。しかし、東京電力からは連絡がなかったため、誰も早くから避難指示が出るとは思ってはいませんでした。
 翌3月12日の朝、当時町議会議員だった私は朝5時頃に起きて津波被害の状況を見て回り、朝7時頃に役場前に行ったんです。役場は早朝にもかかわらず、車であふれていました。そこに町内一斉に流れる防災無線で「第一原子力発電所が危険な状態ですから避難して下さい」という第一報が流れたんです。
 その時は我先にという状況で避難しましたが、みんな「2、3日で戻ってこられるだろう」という考えでいたんです。だから着の身着のまま。お年寄りの中には常備薬さえ持たずに避難した人もいたほどです。それがまさかこんなに長い間の避難生活になるとは、誰も予想していませんでした。

――避難先は双葉郡の各自治体で異なったと思います。富岡町はどちらに避難したのでしょうか。

宮本  避難指示は国と県を通して来ましたが、風の影響などを考えて「西にある川内村に避難しなさい」ということでした。福島第一原子力発電所が立地する大熊町、双葉町には国から大型バスが50〜60台用意されましたが、富岡町には国からの手配がなかったため、移動手段のない町民は町の温泉施設「リフレ富岡」が所有するバス4台をフル稼働して川内村まで避難しました。
 富岡町から川内村に向かう富岡大越線は約15Kmで、普段なら20分程度の道のりです。ところが当時は車が飽和状態となり、4〜6時間かかりました。
 川内村は人口3千人弱の村で、富岡町民1万6千人を収容する能力はありません。しかし、その日はコミュニテイセンター、学校、体育館、公民館などに分散して、約6千人が避難しました。電気は来ていましたが、山間地なので携帯電話は通じませんでした。
 テレビでは津波被害の映像が流れていました。しかし、ある時間を境に、第一原子力発電所に津波が押し寄せて全電源喪失したニュースが繰り返し放送されました。そして3月12日午後3時36分、福島第一原子力発電所1号機が水素爆発したんです。そういう状況下で、「ここも危険だ」と思った人たちが自分の車でどんどん夜中にいなくなった。川内村に残ったのは約半分の3千人でした。
 続いて3月14日午前11時頃に福島第一原子力発電所3号機が爆発すると、「川内村も危険だ」となり、川内村の遠藤雄幸村長と村民も一緒に避難することになりました。当初、県からは「会津方面に避難しなさい」という指示が出ましたが、会津は遠すぎる。県からは「郡山のビッグパレットは天井が崩落しているからダメだ」と言われましたが、ビッグパレットの館長に直接電話したところ、「大丈夫なところもあるから来なさい」と言われました。それから郡山市での長期にわたる避難生活が始まりました。

郡山市の複合施設「ビッグパレット福島」の横にある仮設住宅。富岡町と川内村からの住民が避難生活を送る。

「災害救助法」の不備が
生活再建を妨げている

――今現在、富岡町の皆さんはどこに避難しているのでしょうか。

宮本  震災前の富岡町の人口は約1万6千人でしたが、今は誰も町内に住むことはできません。2013年3月25日に避難区域の再編が行なわれ、町は放射線量の高い順に「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の三つに分けられました。これは町が自主的に決めたものではなく、国が決めたものです。現在、避難指示解除準備区域、居住制限区域においては日中の自由な立ち入りが認められています。

出典:経済産業省のウェブサイト

帰還困難区域…放射線の年間積算線量が50ミリシーベルトを超え、5年間を経過しても年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれのある地域。
居住制限区域…放射線の年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがあり、引き続き避難の継続を求める地域。
避難指示解除準備区域…放射線の年間積算線量が20ミリシーベルト以下となることが確実であると確認された地域。

 富岡町の場合、人口比で言うと帰還困難区域は29%、居住制限区域は62%、避難指示解除準備はたった9%となっています。
 2014年1月1日現在、福島県内に避難している町民は1万999人。そのうち郡山市に3061人、いわき市に5660人が避難しています。福島県を除く46都道府県では4420人が避難生活を送っています。富岡町には中国、韓国からお嫁に来ている方もいたので、国外に戻った方もいらっしゃいます。

――富岡町役場出張所は郡山にありますが、今はいわき市で避難生活を送る方のほうが多いんですね。

宮本  ふるさとの富岡町までは、郡山からは約150Kmですが、いわきであれば50Kmもありません。やはり同じ「浜通り」(福島県の東部)にあるいわきのほうが、自分の生活していた環境に似ています。「中通り」(福島県の中部)の郡山では今冬、3、4回、雪が降りましたが、富岡やいわきではまだ一度も降っていませんからね。
 将来的には役場機能をいわき市に移そうと考えていますが、敷地や建物が簡単には見つからないので難しいところです。
 今、役場職員は140名、臨時職員は100名です。役場を移すことは可能でも、郡山に避難している人たちに片道100kmあるいわきまで通ってくれというのは酷です。かといって、いわきに職員と家族分の住宅を確保することも難しい。

富岡町郡山出張所の外観。

 また、国の方針で「住宅の借り換えができない」ことも一因です。災害救助法は原子力災害を想定していませんから、震災から2年半を経過した段階での住宅の借り換えは認められないのです。我々が陳情したおかげで県外にいる方が県内に戻るときは特例で認められますが、それだけでは不十分です。
 町を追われた私たちは、当初は「住める状況であればどこでもいい」ということで避難しました。しかし、時間が経てば子どもも成長します。2DKの家に夫婦1部屋、子どもたち1部屋でやってきたのが手狭になり、広いところに移動したくても認められません。国には私どもが言っていることが通じないんですね。

――町民のみなさんが一番困っていることはなんでしょうか?

宮本  困っているというよりも、「いつ帰れるんだ」という話ですよ。どこの仮設住宅、借り上げ住宅に行っても、「町長、いつ帰れるんだ」という言葉が最初に出てきます。どんなに難しい方程式でも解けないはずはないけれど、これだけは本当に答えが出ません。
 ただ、町としては、除染の完了、ライフラインの整備、医療施設、商業施設等々のインフラ整備にかかる時間等を精査して、平成29年3月までにはなんとかなるだろうということで「発災後6年間は帰らない宣言」をしています。そういう意味では、平成29年4月には帰れるという希望を持てるわけですが、本当に除染をすれば人が住めるような状況になるのかどうかはわからない。たとえ国が「大丈夫ですよ」と言っても、「とんでもない話だ」と言って帰らないのか、それとも帰るのか、なかなか答えにならないんです。

――「線量が高くても帰りたい」という方もいらっしゃいますね。

宮本  ええ。今もいます。「除染なんかしなくても帰る。いつでも帰して下さい」という話をされる方もいますが、あまりにも無謀な話です。実際に帰るためには、自宅を片付ける必要もあります。
 これから除染が始まる状況で、「半壊」「大規模半壊」(※注)の住宅は環境省が解体しましょうという話になっていますが、外壁などがしっかりして見えれば「半壊」として認めてもらえないんです。
 我々は震災後、原子力災害によって避難していますから、ほとんどの家は手付かずです。外見はしっかりして見えても、内部はネズミなどの小動物や家畜に荒らされたり、雨漏りして天井が落ちたり、壁や床が抜けたりしている。家は放置されれば朽ち果てるんです。
 本来はそういうものも解体して除染していただきたいのですが、国は認めません。住めないし壊せない。将来的には崩壊する。それを町で管理しろと言われても、避難前に比べて自主財源が大幅に減った現状では全く手がつけられないんです。

※注 「半壊」…損壊・焼失・流失した部分が延床面積の20%以上50%未満、または、建物の主要部分の経済的被害が20%以上40%未満 「大規模半壊」…大規模な補修を行わなければ居住することが困難な世帯。損壊・焼失・流失した部分が延床面積の50%以上70%未満、または、建物の主要部分の経済的被害が40%以上50%未満

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