もくじ

涙ながして、また夜

女だけの冬

砂の音

夜風

心中のあと

夏雲

初夢

色もだす

畳の目

春の夜の重たさ

藤原審爾

大正10年(1921)、東京生まれ。代表作に昭和22年の『秋津温泉』、昭和27年には「罪な女」で直木賞を受賞した。昭和59年(1984)没。63歳。

涙ながして、また夜

藤原審爾
涙ながして、また夜
 灯を消した部屋の蒲団の中で、政次はじっと目をあけていた。二人の子供たちは、隣の部屋でもう眠っている。そろそろ十二時になる頃なのだが、ぼろ家のこの木造アパートの二階は、テレビの音ばかりでなく、あちこちから物音が聞えている。このごろはむかしと違い、みんな帰りがおそくなっている。働き疲れて帰ってきた足どりが、廊下をきしませている。
 政次はそんなさわがしさには馴れきっている。かな子と結婚してから、十五年以上もここで暮らしているのである。
 蒲団の中で、足をちぢめ、背を丸め、じっと目をあけている政次には、なにひとつ耳に入っていなかった。
 ただもうかな子のことで、頭がいっぱいだった。
 どうしてもかな子が蒸発したとは思えなかった。
 結婚してからこのかた、ただの一度も政次はかな子と喧嘩をしたことがない。八つ違いのかな子は、可愛い女房で、政次はなにひとつ不満だったことがない。
 むろん贅沢な暮らしは出来なかったが、かな子はそのことを不満がったことはない。貧しい家に育ったせいだろう、倹約で、やりくり上手だった。こんど働きに出たのも、政次のために、もう少し静かなアパートへ引越そうという話からだった。
 政次は七時すぎに起き、九時までに社へ出かける。九時から夜中の四時五時までタクシーに乗る。そのあと社へ帰り、車の掃除をして、七時か八時ごろ家に戻ってくる。子供たちが学校に出かけたあと、やっと眠るのだが、その時分にはアパート中が起きだしてきて、ぐっすり眠れない。夜また眠るのだが、中途半端な眠りになることがよくある。若い頃は、若さでこなしていたが、四十半ばになると、眠りの足りぬのがこたえはじめた。政次自身はそれをさして気にしていなかったのだが、かな子のほうが心配して、どうしても引越し資金をつくると言いだしたのだった。
 政次はその気持ちがうれしくて、かな子の思いどおりにさせてやったのだが、そんなかな子がなにひとことも言わず、突然、蒸発するというようなことが、どうしても信じられないのだった。かな子は小柄で明るいたちなので、歳よりは若くみえたが、もう三十五をすぎている。高校生の良子や中学一年生の正雄を、すごく可愛がっている。子供が寝込んでなにも食べないと、自分も食事が出来なくなるほどである。実際、政次は、酒も煙草もやめて、稼いだ金を全額かな子にわたしている。なんとか不自由しないで、まあ暮らしており、かな子に不満を言われた覚えもない。どう考えてみても、蒸発するような理由がみつからない。むしろ車にでもはねられて、どこかの病院にかつぎこまれ、意識不明でこんこんと眠っていると思うほうが、当っていそうなほどである。
 しかし本当はそうではないのである。昨日の朝、もしかして病気で倒れて帰って来られないのではないかと、政次はかな子の勤め先へ電話をかけてみたのだった。
「ああ、あの、こでまりさんね、昨日、やめたよ、昨日までの給料をもって、帰っていったよ、五時すぎだった。これでいいだろ、こっちは眠たいんだ、な」
 子供たちを学校に行かせたあと、政次はタンスや押入れをあけて、かな子の持物を調べてみたが、なにも持ちだした様子がない。どこもかしこも、きちんと整頓してあって、よい女房だと、あらためて思わされただけだった。もしかしたら店の客に誘われ、腕ずくでどうかされてしまい、帰りそびれているのかもしれない。今頃は友だちのとこか、横浜の実家に行っているかもしれない。電話をかけようと階下の玄関わきの電話のとこまで出かけたが、もしもかな子がいなければ、さわぎが大きくなるばかりである。あとでかな子がよけい辛い思いをしなければならない。
 まあもう少し待ってみようと政次は、蒲団にもぐりこんだのだが、気が滅入るばかりでじっとしていられない。ともかく政次は働きどおしで生きてきたので、働いているときでないと、気持ちがそわそわしたり、不安になってきて落着けないのである。とうとうじっとしていられなくて、政次は社へ出かけ、いつものように働いて、いつものように今朝はやく帰ってきた。いつもならかな子があたたかいめしをつくって待っているのだが、やはりかな子は戻っていなかった。部屋では、このごろ別の寝床でねるようになった良子と正雄が、仔犬のように抱きあって、一つ蒲団で寝ているだけだった。
 なんだかむしょうに悲しくなり、政次は、かな子はやく戻ってくれと泣きながら、うとうと泣き寝入りしたのだが、午後になると実家からかな子の母と兄とがやってきて、急に大きなさわぎになった。良子の電話で、驚いてやってきた母の粂子(くめこ)は、蒸発などという考えを持ちあわせていない。
「交通事故でどこかの病院にいるンだよ、政さん、寝てちゃらちがあかないよ」
 男ぐるいするようなそんな娘なら、あんたと今まで一緒に暮らしてなんかいないよ、などとずけずけ言われ、かな子の兄と二人で、政次は新宿署まで相談に出かけていった。年配の白髪まじりのくりくりした警官が、なかなか親切にあちこちの病院へ電話をかけて調べてくれたが、かな子らしい女を保護しているところはなかった。
「よくあるんだな。よそのものはうまそうにみえるからね。ふらふらっと出て行くんだな。子供がいると、そのうち電話をかけてくるよ。そのとき、やさしく迎えてやるンだ。後悔しておっても、飛びだすともう帰れないと思いこんでるからね。おたくなんかまだいいほうじゃないの。一年くらい前から計画して、少しずつ荷物を運びだしておいて、飛びだすなんてのがいるからね。こないだ亭主が停年で退職金をもらったのを、そっくり持って蒸発したのがいたな。こっちも心がけて探すがね、もううちの管内にはいないんじゃないの」
 警察から牟礼(むれ)に戻り、かな子の友だちへも電話をかけたが、かな子はどこにも連絡していなかった。どこへ電話しても、店から給料をもらってから居なくなったというと、すぐに蒸発したと思いこんでしまい、そんな応答をする。
「やっぱり男が出来たのかねえ」
 粂子もそんな気になり、お父さんに相談してくるよと言って帰っていった。
 それでも政次は、かな子が蒸発したとは思えなかった。どう考えてみても、かな子が自分たちをのこして蒸発するなどということを出来るとは思えなかった。
 そこは小さな雑居ビルの間のせまい通路だった。まだ空は明かるかったが、聳(そび)えたビルの間のその通路は、もう薄暗かった。
 その通路へ少し入ったところで、政次はぐったりビルにもたれていた。その通路のつきあたりにビルの裏口のドアーが開いており、そこを入れば、かな子が勤めていたキャバレーの事務所があるそうだった。しかしそこまでくると、政次は気も足もすくんでしまい、それ以上すすめなくなった。
 政次はかなり酔っており、ビルにもたれかかったまま、上体をふらつかせ、口のなかでぶつぶつ言っていた。よほど頭をあげないと空がみえない、その感じが政次の心をとらえており、政次は監獄みたいだなとつぶやいたり、酒をのんでなぜ悪いんだと言ったりしていた。しかし政次は、わけがわからなくなるほど飲んでいるのではなかった。新宿でかな子の兄と別れたあと、コップ酒を一杯ひっかけただけだった。一杯ひっかけでもしなければ、女房の勤め先へ顔をだしたりするようなことが出来るわけがない。今日は午(ひる)すぎ、約束通り、かな子の兄がやってきて、実家の父親の結論を話してくれた。あれこれ話しあってみたのだが、どう考えてもかな子は男にだまされ、家を飛びだしたに違いない。そんな娘のことを探してくれるのはありがたいが、わが子を捨てるような女では、たとえ連れもどしたところで、子供達も倖せにはなれないだろう。もっとましな嫁をさがしたほうが、よほどよいだろう。新しい生活が落着くまでは、良子たちをひきとり、面倒をみてくれるということだった。
「今日明日というような話ではないンだから、政さんも考えてみて下さいよ」
 かな子の兄が帰ったあと、なんだか政次は子供たちをとりあげられてしまうような気がして、じっとしていられなくなった。政次がほしいのは、これまでのようなかな子との四人の生活であって、別の女房ではない。しかしかな子が帰るのを、ただ待っているというような余裕はないのである。一日でもはやくかな子をみつけなければならない。これまで政次は、男が出来たと考えたくなくて、店へ出かける気になれなかったのだが、今日はかな子が店に出てきそうな気がしたし、じっとしていられなくなった。しかし店へ行けば、否応なく男の話になりそうで、政次はその通路でうごけなくなったのだった。そしてそのうち政次は、その通路でずるずるしゃがみこんでしまった。糊で貼りつけたのをはがすような音を、ジャンパーが立てた。ここまできたのだが、これからどうすればよいのか、政次はわからなくなってしまったのだった。まるで考えるということが出来ないのだった。
 頭があるのに考えることが出来ないとは、ずいぶんおかしなことだが、ほんとうに政次は考えることが出来なかった。長い歳月、政次は生きてきたが、ただ真面目に働いていれば生きていられたので、あれこれ考える必要がなかった。目さきの危険をさけたり、病気にならぬように用心するとか、その程度のことを考えていれば、それで無事に生きていられるのだった。小さい巣のような家庭でしかなかったが、それなりにたのしいこともあって、それで政次は十分だったのである。もとより進学のこととか、隣近所の出来事にまきこまれたり、社の組合の仕事もあったり、あれやこれやと問題もおこってくるが、そんなときは世間なみのことを真似てやれば、なんとかやって行けるのである。べつに頭をつかうこともない。しかし今度の出来事は、見様見真似ではまるきりかたづかないのだった。今も見様見真似で一杯ひっかけてみたら、かえって悲しみが大きくなり、身の置所もなくなってしまった。しゃがみこみ、うちひしがれ、途方にくれながら、そのくせまるで考えることが出来ないのだった。
 ちょうどその時、急ぎ足でその路地へ白いパンタロンの女が入ってきて、しゃがんだ政次を見つけ、ぎょっと立ちどまった。それで政次はあわてて立ちあがり、逃げるように店の裏口のほうへ歩きだした。
 裏口からビルの中に入ると、つい先の部屋から灯の光りが廊下に流れ出ている。半聞きのドアーに事務所という字があるのをみて、政次は立ちどまった。半聞きのドアーをそっとおすと、奥の事務机のむこうに上着をぬいだ蝶ネクタイの男が立っており、帳簿のようなものをのぞきこんでいた。四十年配の見るからに支配人という感じの、てかてかした顔の太った男だった。なでつけた髪と額が、汗ばんだように灯に光っている。
 政次は、事務所へ一歩入ったところで、
「あのう」
 と声をかけた。
 ちらりと政次をみた支配人の顔が、うさんくさいものを見るような顔になった。はやく話さないと追いだされそうである。
「あのう、小森かな子は来ていないでしょうか、こ、こでまりですが」
 男はこでまりという女をすぐには思いだせなかった。
「こでまりね、あんたは?」
「小森かな子の家の者ですが」
 男はそれでこでまりのことを思いだした。
「あんた、電話をかけてきた人だろ、あの時、言ったろ、あの人やめたンだよ」
「ずっと帰って来ないんで、もしや」
「困るなあ、関係ないよ。うちはやめたンだからさ。そんなことは、おたくの問題だろ。うちにゃ百人から女の子がいるンだ。いちいちかまっちゃいられないンだ。非常識ってもんだぜ、おっさん。こっちは女の子をあずかって監視して、金を貰ってるんじゃねえンだ。こっちが金を払って仕事をさせてるンだよ。店の仕事以外のことは関係ねえンだ。いいかげんにしてもらいたいよな」
 ぱたっと帳簿を閉め、それを引出しにしまって鍵をかけると、男は上着をきながら、政次を、「さあ」
 と追いだした。廊下に出ると、ドアーに鍵をかけ、
「つまみだされたくなかったら、さっさと帰ンな」
 そう言いすてて、背をみせ、奥のほうへ去っていった。
 こんなところへ働きにこさせた自分がわるいのである。誰もうらむわけにはいかない。にぎやかなざわめきがしているビルの中から政次は、とぼとぼ暗い路地へ出ていった。少し歩いたとき、うしろから小さい靴音が追いかけてきた。
「ちょっとあんた!」
 政次がふりむくと、白いパンタロンのさっきの女が、駈けよってきている。小さい靴音がよくひびく。
 その女は、駈けよってきて、政次に、
「ねえ、そばでもおごってよ」
 と言った。
 しかしすぐに言い直した。
「ううん、あたいがおごってあげるから、そこまで行こうよ」
 なんだか事情がよくのみこめないうちに、政次はその女に、近くのそば屋の二階へ連れこまれた。
 その女は、かな子より二つか三つ年下で、ひしゃげたような顔で浅黒かったが、きれいな目とやわらかい声をもっており、どことなく人のよさそうな感じだった。
 その女はあたたかいてんぷらそばを肴に、ビールをのみだした。
 横の柱の掛花には、芯の赤い木槿(むくげ)の白い花がさしてあった。
 政次がそばをたベはじめると、その女は、政次をなぐさめるような調子になった。
「あたい、あの人と、ウマっての、ウマが合ってたの。子供二人あると言ってたけどさ、ほんと?」
 そばをのみこみながら政次はうなずいた。
「それじゃあんた大変ね、困るでしょ」
「あれの居る所、知ってるンですか」
「そこまでは知らないけど、彼女を口説いていた客は知ってるわ。あの人がやめたら、ぷっつり来なくなったからね。あの男だと思うけどなあ」
「あのう、その男の、住所は」
「行って連れもどす気?」
「――」
「きっと帰ンないと思うわ、こういっちゃあんたにわるいけどね。なにもあいつがいい男なんかじゃないけどね。インチキ臭い不動産のセールスやってて、口はうまいけどね。女をくいものにするやつさ。あたい、あんなの駄目よと注意したんだよ。でもさ、帰ンないと思うよ。人問、意地ってものがあるからね。一度、飛びだしたら、おめおめと帰れるもんじゃないよ。あんたが許したって、そりゃ借りになるだけだもんね。あたいだってそうなんだよ。むかしはれっきとした奥さんだったンだ。社宅にすんで亭主の両親たちと暮らしていたンだよ。亭主ともうまくやってたンだけど、今のあいつにひっかかったのさ。ギャングなんだけどさ、真っ昼間にホテルへひっぱりこまれて、ぎゅうぎゅうやられたのさ。うちじゃ隣に親が寝てるんだ。声をだすわけにはいかないもんね。ありったけ声をだしてやったときは、ぱっと目の前が明かるくなったみたいでさ、これこそ人生だと思ったもんだわ。人生ってそんなもんじゃないわけね。あればっかりやってるンじゃないからさ。おまけに飛びだして一緒になってみたらギャングでさ、なにかといえばさ、ぶっとばすんだから。すぐ後悔したけどさ、帰りたくなったけどさ、帰るだけの勇気なかったよね。もういっぺんやり直してみたかったけどさ、でもさ、そうしたくないものがあるんだよね。兎小屋みたいなとこでさ、親と一緒にきちきちの生活なんて、生きた人間のすることじゃないもんね。帰れば、どうせいびられるんだし、それよかまだましだからさ、帰んなかったンだ。謂ってみればさ、禁断の木の実をたべてしまった女なのさ。こういっちゃわるいけど、あんたの奥さんも禁断の木の実をたべたンだもん、帰りゃしないよ。諦めなよ。女はあの人だけじゃないんだよ」
 その女は、喋りすぎて、急に白けた気分になった。
 そばをたべた政次は、ぼんやりうつむいていた。その女がいうように、かな子は小さい生活から飛びだし、大きな生活を知ったのだから、もう帰って来ないかもしれない。しかし小さな生活育ちのかな子に、これといった才能があるわけではないし、大きな生活がこなせるわけがない。いずれ男にも捨てられてしまうだろう。それよりも家へ帰れば、みんなに愛され頼られて生きて行けるのである。そこへ帰るのが、かな子にはいちばんよいことなんだ。
 女はうつむいた五十近い、皺(しわ)の多い顔の、女房に逃げられた男を見ているうちに、いらいらしだした。これじゃ彼女が飛びだすのも無理はない。
「あたいは、会わないほうがいいと思うけどさ、もう別の男と暮らしているンだからさ、会って、どこが気に入らないんだなんて言ったってはじまらないんだよ。あんたがきらいじゃなくてさ、今の男がずっと好きだということだろ。どうにもならないンだ」
 女はだんだんぞんざいになってきた。
 コンパクトをだして、ばたばた化粧を直しだした。
「どうしても会いたいのなら、北口の秋田不動産へいって、沢井という男の住所をきけば、わかるだろうよ。そこに勤めているんじゃないよ、あいつはいろんな物をセールスするんだよ。でもさ、溝(どぶ)の蛙だって、大きな川へ出たら、二度と溝には帰って来ないんだ。無駄だと思うよ」
 口紅を塗り、口紅をショルダーバッグへほうりこみ、女はさっさと立ちあがった。
 ひどく不服そうに、伝票をとり、ショルダーバッグの紐を手首へまきつけ、そのまま政次をのこして帰っていった。

 政次は、自分でも、なにをしようとしているのか、よくわからなかった。これまでなにも考えないで生きてきたのではない。毎日、どこへ行けば、いい客が拾えるか、稼ぎが多くなるかと考えたり、子供やかな子のことを考えたり、アパートの裏のせまい通路用の空地に種子を播いた草花のことを考えたりしていたのだが、今のような大きな出来事に会ったのは初めてである。まるで専門外のことのように、よくわからないのだった。
 秋田不動産に出かけ、沢井の住所を教えてもらうと、すぐさま、その阿佐谷へ出かけて行く気になった。力ずくでもかな子を連れて帰るつもりだったが、それがよいことだとか、そうしなければならないことだと思っているわけではなかった。かな子が家を飛びだしたのは、自分達よりも好きな男が出来たということだから、連れもどすということは、かな子の気持ちをおしつぶすことでしかない。子供たちがかな子の帰りを待ちこがれているから、連れもどしてよいというわけにはいかない。政次はそこで、そういうことを考えないために、なんとなくかな子は沢井にだまされているんだと、無理に思いこんでいるのだった。その無理で、頭が疲れてぼんやりしているのだった。
 やがて政次は阿佐谷で国電をおりると、構内の商店街へ出かけ、金物屋でよく光る登山ナイフを買った。沢井という男の様子も齢も政次は知らない。もしも腕力のある男だったら、叩きのめされるかもしれない。そういう場合のためにナイフを買い、それから駅裏の飲屋でコップ酒をひっかけた。ジャンパーのポケットでナイフを握りしめながら、少し肌寒い秋の夜の街を通りぬけていった。
 やがて政次は、閑かな住宅街の中で、目ざす沢井のアパートを見つけた。大きな庭のある屋敷と屋敷にはさまれて、三階建ての鉄筋の白っぽい望月荘がそびえていた。車一台が通れるだけの道から、少しひきこんで建っているその望月荘は一階が車庫になっており、左側に階段がある。アパートというより小型マンションといった感じである。なんとなく自分のアパート程度のものを想像していたので、政次はその建物をみるなりぎょっとなった。自分たちより沢井はずっとよい暮らしをしているのである。豪華な家具やステレオやベッドの中で暮らしているかな子を、ぼろ家のアパートへ連れて帰ってよいのだろうか。足も心もすくんだようになり、政次は少し離れた電柱の蔭で動けなくなった。それと同時にぽつりぽつり雨が降りだした。雨のむこうの明かるい灯のついた窓を眺めながら、政次はなにも出来ない自分にいらいらしはじめた。そのうち沢井ともつれあったかな子の様子がうかぶと、いきなり政次はかっとなった。雨の中を政次は駈けだし、車庫の横の階段を飛ぶようにあがっていった。階段をあがると右側に、ガラスのドアーがある。明るい灯のともったそのドアーの中へ、政次は一っ気に入っていった。玄関のホールの奥の右に階段があり、その階段から下りてきたばかりの中年の奥さんが、雨に濡れた政次を見るなり、
「あら、雨なの」
 と声をかけた。
 政次はあわてて立ちどまり、
「降ってますよ」
 と答え、濡れた頭を拭きながらたずねた。
「沢井さんとこ、何階ですか」
 雨支度をしに帰りかけた奥さんが、階段のところでふりかえった。おやっというように政次を見た。
「沢井さんは、もう居ませんよ」
「えっ」
「結婚されて、二三日前に出て行かれましたよ」
「どこへ行ったンでしょうか」
 奥さんはまたけげんそうにちらりと政次の顔をみた。いくらか薄気味わるくなったように、急いで、
「北海道だかへ帰るとか言ってましたよ」
 そう答えながら、逃げるように階段をあがっていった。
 北海道のどこだろうというように、政次は頭がうごかなかった。
 しまったと思った。
 そしてかな子たちを追いかけるように、雨の中へあらあらしく飛びだしていった。暗い雨の夜道で、間もなく政次は小走りになった。どうしてそういう気になったのか、政次は、びしょ濡れになりながら、
 北海道に行ったのなら、しかたがない
 もう好きなようにやらせてやろう
 という気になった。なにも無理をしているわけではなく、ほっとしながら、そう思ったのだった。

 政次の父親は長崎の炭鉱夫で、戦争が終ってからは、ずいぶんひどい暮らしだった。炭鉱がつぶれ、職を探して親子五人、ここで一年、かしこで二年というような流浪の生活がつづいた。二人いた姉たちも、金のために居なくなり、今では行方もわからない。神戸で造船会社の日雇いをやっていた父親が亡くなると、政次はその工場で働きだしたのだが、そこもまたつぶれてしまった。上のほうの連中は、会社がつぶれても、その日の米にこまるということはないが、働く連中は職はなし、大変なのである。政次はつくづく工場労働者がいやになり、東京へ出て運転手になったのだった。
 生れてこのかた小さい生活しかしたことがないので、テレビのホームドラマをみても、暮らしぶりがのみこめないほどである。しかし大きなたのしい生活がこの世にあることは知っている。きっとかな子は、そんな生活に触れてみて、戻ってくるのがいやになってしまったにちがいない。なにも飢えるほどではないが、政次のところでは朝から晩まで倹約することばかり考えていなければならない。たったいっぺんこっきりの一生なのだから、ましな生活をえらぶのがあたりまえである。かな子をいちがいにせめるわけにはいかない。だいいち大きな生活を政次はすることが出来ないのである。それに政次は、かな子を愛しており、ほかの女に気をうばわれたこともない。
 多分政次は、愛しているから大きな生活をさせてやりたかったのだろう。それに北海道へ行ったことの中には、政次たちに申しわけなくて、顔をあわせられないという気持ちがあるように思えたのだった。もしかするとかな子は、許してくださいと掌を合せて詫びているのではないか。そのかな子の声が聞えてくるような気がする。
 考えようによっては、四人のうちの一人でも大きな生活が出来たほうがよいのである。あとは三人で一生懸命やって行けばよい。べつに深く考えたわけではなく、政次はそんなふうにふっと気をとり戻したのだった。
 しかし、それもたった一日のことだった。あくる日の朝、気をとり戻した政次は仕事に出たのだが、四時頃、鷺宮を走っているとき、社から無線で連絡があった。良子が泣きながら、帰ってきてくれと電話をかけてきたそうである。
 良子は辛抱づよくて滅多に泣いたりしない子である。なにかよくよくのことがおこったにちがいない。もしかしたら正雄がタクシーにはねられたのかもしれない。上井草で客をおろすと、政次は急いで家へ帰っていった。
 政次の部屋は、四帖半と六帖の二タ間である。政次が飛びこんで行くと、音を消したテレビの前で、良子と正雄が抱きあわんばかりによりそって、おびえた顔で政次をふり仰いだ。テレビと反対側の押入れの襖があけっぱなしになっており、押入れの中から洋服箱やなんかがひっぱりだしてある。奥の六帖のほうへ入ってみると、そこも押入れの中がかきまわされ、タンスの引出しも抜きだされている。足の踏み場もないほど、あたりは散らかっている。
 もとより空巣なんかではない。
 かな子が留守をねらってやってきたのである。
 あたふた自分の物を荷づくりして行ったのである。
「おまえら、母ちゃんに会ったのか?」
 政次がふりむいて子供たちにきくと、二人の子供たちはびくっとなり、あわてて顔を横にふった。
 着るものばかりでなく、靴や小道具の類いまで持っていっている。大きな生活からみれば、僅かなものだが、それでも一人で運びだせる量ではない。
 二人でやってきたのである。
 むろんもう一人が沢井だとはいえないが、政次はかっと頭に血がのぼった。
 かな子は北海道なんかに行ってはいない。
 この東京にいるのである。
 あとを追いかけられるのが面倒で、引越して、行方をくらましただけである。
 それもまあ許せるが、なにも留守をねらって来なくても、せめて子供たちが学校から戻る時分にきて、家を出た事情くらい話してやればいいだろう。
 なんて女だっ
 政次はぶるぶる体がふるえだした。
 このまま許すわけにはいかねえ、ひっ捕えて思い知らせてやる。政次はすっかり頭にきてしまった。
 その日から、政次は、仕事そっちのけで、かな子をさがしはじめた。
 そんな執念深さが、どこにあったのかと、仲間たちがおどろくほどだった。なかには畳と女房は新しいほうがいいって言うじゃねえかとか、サービスが足りなかったンだと嗤(わら)う者もいたが、そのうち、狂ったような政次をほっておけなくなった。
 かな子を知っている連中が、かな子の写真をひきのばし、車の中にはりだしたりして、かな子探しに協力しはじめた。会社もいくらか大目にみてくれたが、東京は広くて人は多い。それにこれという手懸りがあるわけではない。不動産屋を手当り次第、政次は当ってみたが、沢井を知っている者にさえ会えない。ただやみくもに探しているだけである。
 うらない師にうらなってもらい、巽(たつみ)の方角といわれれば、そっちへ出かけて行く。なんとなく銀座に今ゆけば、かな子に会える気がしてきて、客を断わり、銀座へふっ飛ばして行ってみたりする。
 一ト月ばかりは夢中ですごしたが、仕事のほうはさっぱりである。協力してくれた連中も、だんだんはなれて行く。二カ月ばかりたつと、会社もよい顔をしなくなった。政次は居づらくなり、稼ぎどきの年の暮れに、とうとう社をやめてしまった。しかしぜがひでもかな子たちをふんづかまえてやるという気持ちが抑えきれず、会社の仕事が邪魔になったというふうではなかった。気でも狂ったようにかな子を探しまわっているうち、白髪はふえ、皺の多い顔はしほんだようになり、政次はだんだん働くことがきつくなり億劫になっていたのだった。
 会社はやめたが、涙金や組合の貯金や仲間から餞別などと、あれこれ金が入ってきたし、失業保険もとれる。働かないとたちまち暮らしに困るというわけでもない。ちょうど正月休みの頃なので、子どもと一緒に遊びに行ったり、酒をくらってテレビをみたり、ごろごろしながら正月を迎え、松の内もすぎた。そろそろかな子を探しに行かなければならないのだが、それがなんだか億劫で、たまに表へ出ると、かな子さがしはいいかげんで、パチンコをやったり、安酒でぐでんぐでんになったりする。働こうというような気がおこらないのである。
 梅が蕾をつけだした頃には、政次は酒びたりになり、顔かたちがすっかり変ってしまった。髪はすっかり白くなり、艶のない顔はやつれ細ってひどく小さくなった。しかしそれでも政次は、働きに行こうとしなかった。
 良子はもう卒業だし、勤めに出ることになっている。着る物の支度もしてやらなければならないし、物いりなのだから、酒をくらってごろごろしてはいられない。働かなければならないのだが、その気力がわきあがって来ない。はた目には、女房に蒸発されて、そのショックでおしつぶされて立ちなおれなくなっているように見えるのだが、もとよりそれもこたえていたが、政次がなにひとつまともなことがやれなくなっているのは、もっとべつのことのせいだった。働くということ自体が、自分に必要なものと思えなくなっているのだった。
 なぜ働かなければならないのかときかれれば、食べて行かなければならないからだという答で、これまで政次は十分だったのだが、そんな答では納得出来なくなってきたのだった。実際かな子が居なくなる前までは、働くことが当り前で、一生懸命働くのは、かな子や良子たちをよろこばしてやりたかったからである。少しでもよろこばしてやるために、自分の煙草や酒までやめたのに、そういう苦労がなんの成果もあげず、水の泡になってしまったのである。
 水の泡になるようなことを、一生懸命にやることはないのである。なにもあくせく働くことはないんだと思え、働くことがいやになったばかりではない。父親も自分も、働くことがあたりまえで、働きさえすればなんとか倖せになると思いこみ、ひたすら働いたのに、結果は逆だった。父子もろとも裏切られたのである。明日の米がないようなときは、働くことがよろこびではあったが、しかし倖せになりたくて働いても、働きは倖せを保証してはくれない。腹も立てず、よろこびもなく、虫けらのようにただ生きるだけなら、べつに生きていなくてもかまわない。自分がほしい小さい倖せを、働いてもこの手にすることが出来ないのなら、働くことはない。小さい生活よりほかに生きようがないのだから、なんの能力も技術もないのだから、働くだけ損をする。明日の米がなくなったら、少し働けばよいではないか。
 これまで働くことが当然であり、一生懸命働きさえすれば、なんとか倖せになれると思いこんでいたところが、政次はぶっこわれたようになったのだった。せっせと働けば働くほど、小さい生活の中へ閉じこめられてしまうような気がしているのだった。
 そんな政次が、逃げた女房を恋しがり、廃人になりかけているように見えるのだろう、やめた社の親しかった木村が、ある日、テレビの人だという若い男を連れてきた。テレビでかな子さがしをして貰えというのである。
「全然反応がないということは、絶対ありませんよ。蒸発した御本人が戻った例もありますし、お子さんに連絡してきますよ。どこどこにいるという電話は、よくかかってきますよ」
 木村も、かりに見つからなくてもモトモ卜だろうと言う。
 それで政次は、粂子と二人の子どもたちを連れて、テレビ局に出かけていった。いちど練習をしたあと、本番がはじまり、真先に木村が、あらましの事情を説明し、司会の男が、
「わたし達が調べましたところ、その沢井五郎さんは、不動産ばかりでなく中古車の仲介とか、ホステスさんの斡旋とか、なんでもセールスする人で、ちょっとサギまがいのこともしています。御本人のかな子さんは、そういうことを御存知なかったでしょう」
 と沢井のことを話し、沢井むけに子どもさんの許(もと)へかな子さんに連絡するようすすめてくれと頼んだ。つづいて政次が、帰ってくるかどうかは別のこととして、子どもたちに連絡してくれと言った。
 そのあと粂子が、泣きながら、
「父さんも泣いてるよ、この子たちが可哀相だよ、帰ってきておくれ、みんな、待ってんだからね」
 とカメラにむかっていった。
 最後は子どもたちの番で、母ちゃん、帰ってきて、とさけぶように言うことになっていた。司会の助手の若い女の人が、正雄にさあお母さんに言いたいこと言ってごらんなさいと話しかけたが、正雄は緊張で臆してしまい口がきけない。うつむいて隣の良子のうしろへかくれてしまった。
「それじゃ、お姉さんに言ってもらいましょうね」
 と女の人が良子へ声をかけた。
 練習のときには、そこで良子は、お父さんの御飯もうまくつくれないし、お父さんは酒ばかり飲んで会社もやめてしまった、母ちゃんが帰ってきてくれないと、どうにもならないと訴える稽古をしたのだが、良子は突然きっとなり、胸をはってうわずった声で、まったく別のことを言いだした。
「母ちゃんがいなくなってから、家の中はめちゃめちゃになってるわ。父さんもお酒ばかり飲んでるし、正雄も元気がなくなって、勉強もしなくなったわ。母ちゃんは身勝手だわ。身勝手でわたしたちを捨てたのよ。私は母ちゃんをもう母ちゃんだと思ってないし、帰ってほしいとも思ってないわ。
 スタジオの中に、一瞬、狼狽した気配があわただしく流れた。粂子が、おまえなにいうんだねと、抑えつけようとした。
 政次もうろたえて、思わず椅子から腰を浮かせた。しかしカメラにむかった良子の顔をみるなり、はっと胸が詰り動けなくなってしまった。
 びっくりさせられるほど良子の顔は、凛としていた。一心のこもった、凛とした、犯しがたく輝くその顔を、涙が太い筋になって流れている。
 ほとんど同時にカメラがターンして、司会者へ移って行き、結びのことばがはじまった。そしてそれが終ると同時に、音をひかえた拍手が、スタジオの中へ、潮騒のようにひろがっていった。

 テレビがおわり、スタジオから廊下へ出るなり、内輪もめがはじまった。
「なんてこと言うンだい」
 と粂子が、良子にくってかかった。
 木村が仲にわりこんで、粂子を、まあまあとなだめたが、なかなか粂子はおさまらなかった。ぶつぶつ、あんなことを言うような子では、おじいちゃんだってひきとる気がなくなるよなどと言った。
 良子がまけずに、すぐやりかえした。
「わたしも正雄も、横浜にはいかないわ」
 それを政次は叱りつけ、謝礼や土産物をたくさん貰い、木村に粂子をまかせ、牟礼にもどってきた。
 馴れぬことをしたせいで、政次はひどく疲れていた。馴れぬことをしたせいばかりでなく、政次は良子の言葉にショックをうけており、うまくショックを解消出来ず、癇癪がおこりそうになっていた。実のところ政次は、良子たちがかな子を恋しがっているとばかり思いこんでいたのだった。しかし子どもたちは、そうばかりでなく、いきどおってもいるのである。かな子に帰ってほしいと、無条件に願っているのは自分だけであって、その気持ちを子どもたちにおしつけていたのだった。その自分の意気地なさにうんざりさせられたばかりでなく、もうかな子は帰って来ないだろうと、せつなくかなしくなってもいるのだった。まるでなんの希望もなくなったような気持ちになり、暫く子どもたちがうとましかった。
 たった三人の生活の中で、子どもたちがうとましくなるのは、きつい出来事である。おしひしがれたような疲れで、よぼよぼと家に戻った政次は、四帖半の炬燵(こたつ)でものも言わず、テレビ局で貰ったウイスキーを飲みはじめた。
 学生服を普段の服に着替えた良子と正雄の二人は、機嫌のわるい政次のとこへよりつかず、台所で夕飯の支度にとりかかった。帰りに買った野菜を正雄が洗い、良子がそれを切っている。小さい庖丁の音や話し声を聞くともなく聞いていると、やはりあわれでうとましさなど消えて行く。酔いがそういう気持ちに輪をかける。なんとなく政次は目頭が熱くなってきた。
 子どもたちは、実に親の気持ちに敏感である。たちまち声や動作が大きくなり明かるくなった。
 まだ五時まえだが、昼御飯がはやかったので、子どもたちはお腹をすかせている。いつもはむろん政次が御飯をつくるのだが、今日はそこまで親らしい気持ちになれない。少々かな子のことをテレビで刺戟され、もやもやした気分がくすぶってもいる。それにつよい酒の酔いが、政次を横着にしており、手伝う気もおこらない。
 やがて小一時間ほど経つと、夕飯の支度が出来あがった。おかずは鶏の水たきである。湯気の立っている鍋が、炬燵の上におかれ、大根おろしの入った丼や箸や茶碗が運ばれてくる。鍋の中には野菜や鶏肉がもう煮えていい匂いをだしている。
 侍ちきれなくて正雄が、箸をのばすのを、良子が、駄目駄目、父ちゃんが先よと言って、小鉢へおろしを入れ、酢と醤油をまぜたたれをつくる。茶碗に御飯をよそって、一番に政次の前へおき、それから正雄の分をつくってやる。そのあと御飯になった。
 このごろいつの間にか、そういうさしずを良子がするようになっており、別に目新らしい光景ではないのだが、はじめて見たように政次はなんとなくどきりとした。テレビの時もびっくりするほど良子は大人だったが、目の前の良子もちゃんとしたものである。考えてみれば良子はもう十八である。かな子が政次と一緒になったのが十九だったのだから、てきぱきさしずが出来ても不思議はない。
 酔っぱらってとろんとなった政次は、
 そうだったな、あのときかな子は
 十九だったんだな
 と良子をちらっと見た。良子はかな子似で丸い愛くるしい顔だが、眉が濃く目が黒く輝き、芯のつよさをみせている。しかしちょいとした身ごなしに、かな子そっくりのところがある。あわてて政次は、目をそらした。なんだかあやしくせつない思いが、とたんにわきあがってきた。いそいでコップにウイスキーをつぎ、一っ気にのみほした。それでもおさまらず、政次は、
「あああ」
 と溜息して仰向けに寝ころんだ。実際それは奇妙な成行だった。
 なにも政次は、今日のテレビの良子をうらめしく思っているわけでなかったし、たえがたいほどかな子がほしくなったわけでもない。むしろ一っ気にあおったウイスキーが、五臓六舶をかけまわるあらあらしさに圧倒されて、仰向けになったのだが、それで子どもたちが一瞬しいんとなってしまった。
 生憎、酔った政次は、それにも気がつかなかった。
 政次はただぼんやりうつろになっていたかっただけだった。
 しかしたちまち組んだ掌に頭をのせた政次の目から涙が出はじめた。
 瞬間、良子が、箸と茶碗を投げだし、わっと泣きだした。
「もういいかげんにしてよっ」
 そう泣声でさけんだかと思うと、驚いてはね起きた政次に抱きついてきた。
「母ちゃんなんかいらないじゃないの。あたいたちを捨てていったのよ、父ちゃん。父ちゃんには、あたいも正雄もついてるじゃない、母ちゃんなんか忘れてよっ」
 はげしい勢いで抱きつかれ、政次はあわあわ口をうごかしながら、うしろへ倒れこんだ。炬燵の上でひっくり返ったウイスキーの瓶を、あわてて正雄が立てている。
「あたいと正雄で、御飯つくるし、洗濯も、アイロンもかけるわ。二人で一生懸命やるって誓ったのよ、母ちゃんに負けないようにやるからさ、父ちゃんも、前のように、働きにいってよ、お願い」
 蔽いかぶさって胸に顔をおしつけて、良子が泣きさけんでいる。テレビに出るため、かな子の化粧品をつかったのだろう。政次の顔にかかった良子の髪からかな子の匂いがしてくる。蔽いかぶさった体も一人前である。
 ほんの一瞬、政次はその体の感触にうろたえたが、ほとんど同時に胸の奥深くで、これまではずれていた歯車が、ぱちんと合ったのだった。それを政次はありありと感じたばかりでなく、怒涛のように子どもたちへのいとおしさがこみあげてきた。
「わるかったわるかった、父ちゃんがわるかった」
 酒もやめる、働きにも行く、一生懸命働くぞと政次は、良子を抱えて起きあがった。
 政次は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
 しかし政次は、したたか酔っており、自分がしゃべっていることも、あまりはっきりわかっていなかった。それでも泣けば泣くほどに、腹の底から勇気がわきあがってきはじめた。
 多分政次は、この子たちのためにがんばろうと思ったせいで、働くということが自分のためだけのものでないという道理を、のみこんだのだろう。わが子たちをいとしく思うことが、その道理を展望させたにちがいない。はずれていた歯車がかちっと合ってくれて、働くということが、生きることと一つになったのだろう。
 あくる日から、政次は有金を良子に渡し、もとの会社で働かせてもらうことにした。テレビを社の連中はほとんどみており、あらためて政次に同情をしていた。あたたかく歓迎され、気持ちよく政次はもとの仕事に戻ることが出来た。
 四月になると、良子は大手のスーパーマーケットに就職した。
「考えたけど、スーパーは社員割引があるから、いいのよね。買物の手間もはぶけるから、早く晩御飯つくってやれるでしょ」
 良子は、ほんとうによく働いた。
 朝は六時に起き、帰ってくる政次のためにあたたかい御飯をつくる。七時ごろ帰宅する政次がめしをすませると、正雄を起し、二人で食事をとる。手ばやくあとかたづけして、学校へ行く正雄と一緒に家を出る。
 政次の仕事明けの日のときは、政次も夕飯の支度を手伝うが、政次がいない日は自分で全部やる。風呂にも正雄と一緒に行く。
 もとよりかな子のようにうまくは出来ないが、ともかく不便なことはない。そのうえ、あれもこれもとかな子の真似をする。朝帰りの御飯のときなど、かな子とおなじように政次の凝った肩や首すじを揉んでくれる。
 まったく申し分のない働きぶりだった。
 月二回の休日も、遊びに行ったりせず、洗濯につかう。
 生れてはじめて給料をもらうと、その記念に月払でミシンを買い、みんなのシャツくらいは縫いあげる。かな子も働き者だったが、良子はさらによく働いた。
 政次も良子にまけず、酒もやめてよく働くようになったが、しかし芯から気分一新したわけではなかった。なんといってもまだ五十前の男である。働くほうは億劫でなくなっているが、朝わが家にもどり、子どもたちがいなくなったあと、ひと眠りして目を覚したときなど、かな子が恋しくなる。たてつづけにかな子の夢をみたりする。
 夢はいつも蒲団の中である。きわどいところで目がさめるのだが、夢の中のかな子はすこぶる優しい。目がさめても、せつなさ淋しさがつづき、涙をこぼしたり、
「おい、かな子!」
 と思わず咳いたりする。
 しかしそのかな子は、もう政次の心の中だけに住んでいるかな子である。以前のようにぜがひでもかな子を連れもどそうなどという気は、次第におこらなくなっていた。
 しかし大きな傷が心の奥深くに出来ており、それが痛みを訴えてくるのである。たった一夜のうちにその傷は出来たのだが、それが癒えるのにはつらい努力の歳月が、果しなく必要なのだった。
 漸くそのダメージから、政次が解放されたのは、二年ばかりも経ってからだった。
 時折、木枯しのようなさけびをあげて、その傷は痛むこともあったが、いつとはなくその痛みになれていった。政次は親子三人の暮らしの中に、ぴったり自分をおき、ぴったし一つになったおだやかな家庭をつくりあげたのだった。しかしその二年ばかりのうちに、まるで心にもない暮らしをしているように、政次はめっきり老いこんでしまった。髪は真っ白になり、皺の多い顔はつつましさをたたえ、目は人形のように綺麗になった。
 誰の目にも、無害で組みしやすい感じの、初老の男が出来あがった。

 常務の太った大男の藤山から、その秋の朝はやく、
「政さん、ちょっときてくれ」
 と声をかけられた。
 車に乗りかけていた政次は、それで藤山のあとから事務所の二階へあがっていった。
「こっちだ」
 藤山について、殺風景な応接間に入って行くと、小柄な和服の品のよい婦人が、陽のさしこんだ窓際の長椅子へ腰かけていた。親しげに、五十年配のその奥さんは会釈してきた。
 政次が会釈をかえすと、藤山は政次をソファに腰かけさせてから、浮き浮きと話しかけてきた。
「こちらはね、西平さんと仰有(おっしゃ)る方で、うちの家内の高校時代の同級生で、昵懇(じっこん)にしていただいているんだ」
 常務によばれるなんて時は、ろくなことではない。政次はわけがわからなくてますます神妙な顔になった。
「これはもっとちゃんとしたとこで、話すべきことなんだが、政さんの気性も知ってるし、ざっくばらんにおれがきいてみようということにしたんだ。良子ちゃんのことなんだがね」
 えっというように政次は顔をあげた。
「こちらに正則君という息子さんがいるんだ。ノムラスーパーマーケットで、良子ちゃんの上司なんだがね、良子ちゃんをお嫁さんにもらいたいと仰有ってるんだ。こちらの御主人は西平食品という会社をやっておられる方で、わるい話じゃないと思ったんでね。どうだろうね」
 政次は思いがけない話にうろたえて青くなった。
「はあ、しかし」
「当人同士は話がついてるんだよ、ただ良子ちゃんが、政さんの気持ち次第だと言うんでね」
 藤山はパイプに火をつけた。
 政次は目の前がさあっと暗くなった。
「どうかね」
「突然のことなんで、どう御返事してよいのか、はァ、まだ子どもですから。高校だけしかいってませんし」
 政次はなにを言ってるのか、自分でもよくわからなかった。
「御両親は何度も良子ちゃんと会ってらっしゃるんだ。すっかり良子ちゃんが気に入って、どうしてもと仰有ってるんだ。本人同士も愛し合ってるんだし、政さん、いい縁談だと思うよ」
「はあ、とにかく良子と話して、ぴんと来ないもんで」
「それはそれでいいと思うよ。ただね、昨日、正則君に内示があって、新しく出来る千葉のミニスーパーの店長になるんで、十二月一日までに式をあげて、新婚旅行もすませ、千葉へ行かなきゃならない、その点を頭に入れておいてもらいたいんだ」
「はあ」
 それから小一時間、西平の奥さんから良子をどんなにみんなが気に入っているかを、さんざん聞かされて、漸く政次は解放された。
 すぐに政次は、車に乗り、仕事に出たが、ショックで溜息ばかり出て、客に、
「どっか悪いんじゃないのかね」
 と言われたり、あやうくおかまを掘りそうになったりする有様だった。
 良子も年頃なのだが、政次はただの一度もまともに良子の結婚のことを考えた覚えがなかった。だいいち親子三人のぴったり一つになった生活が、どうにか出来はじめ、ようやく平安な日々を送れるようになったばかりなのである。とても良子なしの生活なんて考えることが出来ない。正雄と二人になっては、暮らしが成りたたないではないか。毎朝の食事はつくってやれても、夕飯はとても一人ではつくれそうもない。正雄は神経がこまかく内気なたちである。とても自分には育てられそうにない。良子が居て、やっと家の中のことがやって行けているのだから、良子がいなければ、もう木枯しの吹きすさぶような暮らしになるにちがいない。とてもそんな生活に、この齢では耐えられないだろう。
 そんなことがわからぬような良子ではないだろう。自分に話もせず、結婚をきめたりするわけがない。これはなにかの間違いだ。そうにちがいない。
 政次は自分にそう言い聞かせながら、そのすぐあと、良子が好きな相手を諦めさせてよいものか、こんないい話が二度とあるはずがないと思いはじめる。そしてすぐまた、この齢で木枯しの吹きすさぶ地獄のような暮らしなんて出来るものか。なんのために生れてきたのか、なんのためにせっせと働いてきたのか、わからないではないか。おれだって少しは倖せになる権利があるはずだなどと思ってしまう。
 気持ちが乱れて、とても運転出来る状態ではない。日が昏れ、良子の帰ってくる時間になると、政次はじっとしていられなくて、仕事をきりあげ、いそいでわが家へもどっていった。
 家では正雄が台所で焼飯をつくっていた。
「姉ちゃん、ちょっとおそくなるって」
「何時頃になると言った?」
「九時ごろだろ」
「時々、おそいのか」
「時々ね」
 二人で焼飯をたべ、テレビを見ながら待っていたが、九時をすぎても良子は帰って来なかった。
「姉ちゃん、好きな相手が出来たのか」
「さあね」
「おまえ、平気なのか。姉ちゃんがいなくなるかもしれないんだぞ」
「しょうがないよ。ぼくがさ、御飯つくるよ、洗濯もするよ。姉ちゃんほどうまくつくれないけどさ、一生懸命やるよ、覚悟してンだ」
「おまえ知ってたんだな」
「もう寝ようよ」
 正雄がひょいとかわして、政次の蒲団を敷きだした時、ケーキの箱をさげた良子が、
「ただいまァ」
 と綺麗な声で元気よく帰ってきた。
 テレビの前の政次を見るなり、ぱっと良子は、花が咲いたようなはなやかな笑顔になった。よろこびがはじけるような感じになったかと思うと、良子は、すぐ台所へ入り、そこから、はずんだ倖せそうな声で話しかけた。
「西平のお母さんと会ったそうね。とてもいいお父さんねと言ってたわよ」
 お茶の支度をし、ケーキを皿に入れ、たちまち部屋へもどってきた。なんと言ったらよいのかこんな倖せそうな良子を政次は見たことがない。こんな倖せがこの家の中にあったことはただの一度もない。そんな素晴らしいものを、こわせるわけがない。
「いきなりだもんな、驚いたよ」
 きっと何代も何代も、小森の家の中では、こんな倖せはなかったにちがいない。その思いだけで政次はなにも言えなくなってしまった。
「今日はおそいから、明日にしよう」
 政次は血迷ったようなことを言って、ケーキと湯呑みをもち、奥の部屋へ入り、正雄が敷いてくれた蒲団にもぐりこんだ。
 良子は、正雄と二人でケーキをたべると、すぐパジャマに着替え、蒲団を抱えて、政次の部屋に入ってきた。
 このごろ政次と正雄が奥の部屋で寝て、良子は独りでテレビの部屋で寝ている。今夜は正雄と入れかわって、良子は政次の隣へ蒲団を敷き、元気にどしんともぐりこんだ。
 ずいぶんあらっぽい生活である。
 こんな生活しか知らなくて、あの品のよい連中の家の生活が出来るのだろうか。
 しかし良子はそんな想いはかけらもない。もぐりこんだ蒲団から、手をのばし、境の襖を閉めながら、良子は満ち足りた声で言った。
「今日から、あたし、ここで寝るわね」
 すっと部屋の中が暗くなり、空気が動いて、良子の匂いを運んできた。
 もう良子は間もなく別れる気になっているのである。そのよろこびを政次と一緒によろこびたいのである。
 襖のむこうで正雄がテレビを消した。
 むんむん女の匂いが流れてくる。
 それにしても変な気分である。
 なんだか久しぶりにかな子と枕を並べて寝ているような気がするし、良子がここから出て行くのがおそろしい。
 といってもう良子を諦めさせるわけにもいかない。
 折角、三人ぴったりの生活が出来だしたと思ったのに、またさびしいつらい日がはじまる。涙のかわかぬうちに、また涙の日々がはじまるのである。
 こんなふうでは、まるで泣くためだけに、この世に生れてきたような気がする。
 隣の寝床では、はや良子が安らかな寝息をたてはじめた。
 こちらの寝床では、政次の目から涙があふれ、頬をつたって、枕を濡らしはじめた。
 もしもかな子がそこにいたなら、政次は、
 母ちゃん、どうしよう
 おれ、人間なんてやってられないよ
 と言いたいところだが、それも出来ずに、涙ばかりを流していた。
女だけの冬
 隣で龍三はたちまち大きな鼾(いびき)をかきはじめた。
 尚子はもう二十年ちかく連れそっているので、龍三の鼾には馴(な)れている。結婚して間もなく尚子たちは、メキシコの東海岸のほうへ出張し、橋が出来あがるまでの三年間、現場近くの市で暮らした。若い技師の龍三は、現場でメキシコ人たちをつかい、荒っぽい仕事をしていたので、酒も荒っぽい飲み方をし、泥酔して戻ると、鼾をかきはじめた。その時分の鼾は、むろん近頃の鼾とくらべると、若々しくて、時間も短かった。尚子のほうも、鼾が龍三の仕事で疲れた体のうめきのような気がし、少しも苦にならなかった。ずいぶん長い間、男は誰でも鼾をかくものだと思っていた。
 その龍三の鼾は年々すごくなり、鼾が耳について眠られないことがあるようになった。実際龍三は、愛撫のあと始末を尚子がしてやっているうち、もう鼾をかくというありさまで、いつも尚子はとり残されて、満ち足りない。あれこれ話しかけて、龍三を寝かせないようにし、自分がさきに眠るように心がけたりしたものだった。しかしそういう努力も近頃では殆んどする気がおこらない。なにか諦めてしまったようになっている。諦めたせいなのか、鼾があまり気にならなくなり、すばやく眠りに落ちてしまえるときもあるし、ときにはまるきり眠れない夜もある。これが毎夜のことであれば、たえられなくなり、なにか方法を講じるところだが、ここ三年ばかり龍三は九州支社で現場の総指揮をやっており、月に二、三度、土曜日に帰ってくるだけである。あくる日の午後には九州へ帰って行くので、たとえ眠れなくてもそのあとぐっすり眠ればよい。そういう習慣が近年出来あがり、徹夜の土曜日がつづいている。今夜もそうである。
 隣の龍三が大きな鼾をかきはじめると、尚子はいつものようになんともうっとうしい気分になりだした。このうっとうしい気分は、自分だけ満足すると尚子からさっさとはなれ、たちまち鼾をかきだす身勝手な龍三への不満とか、話したいことがいっぱいあるのに話せないというような不満のせいではない。もっと違った深く大きな不満であって、諦めが通じないものなのである。まるで全身から力がぬけてしまい、なにをする気もおこらなくなってくる。生きながら死んだようになるその気分の虜(とりこ)になるのは、なんとなく恐しい。尚子はなんとなく反射的にそっとベッドから汚れものを持って出た。
 ドアの上のところが窓になっており、廊下の灯の明かりがそこから部屋の中へ流れこんでいる。仄暗(ほのぐら)い部屋の中で、裸の尚子は椅子にかけてあるガウンをとり、それを羽織りながら明かるい廊下へ出た。すぐ前のところに階段がある。階段のところで、尚子はちょっと階下の様子をうかがった。年が明けると受験がはじまるので、高校生の独(ひと)り息子の寛は、このごろ暁方まで勉強している。夜が更けお腹がすくと、台所へ出てきて、自分で夜食をとる。時々、その物音で目をさますと、尚子は夜食をつくりにおりて行く。しかし今は、最愛の息子にも会いたくない気分である。階下の気配はしいんとしていて、物音ひとつ聞えない。尚子に気がついて寛が部屋から出てきたりしないように、尚子は足音をしのばせて階段をおりはじめた。この家は部長用の社宅で、寛と二人で暮らすのには広すぎるが、龍三が帰ってくると使い勝手の悪い家になる。
 暗い階下へおりると、居間を通り、台所のわきの廊下の先にある風呂場へ出かけていった。洗面所とトイレと風呂場の三つがある部屋へ入ると、尚子はいくらか気楽になった。トイレへ汚れ物を流し、脱衣場でガウンを脱ぐと、尚子は風呂場へ入っていった。浴槽の湯はもうさめていたが、湯をだしながら尚子は、体を洗い、ぬるい湯の中へ入った。底のほうはぬるいというより冷たかったが、その冷たさが、尚子は気持ちよかった。湯が熱くなるまでにはいくらか時聞がかかりそうである。そのことが尚子をのんびりさせ、自分の時間をよみがえらせた。尚子は安らかな心地になり、ゆったり足をのばした。尚子は四十をすぎたばかりだが、無理な体の使い方をしていないので、若々しさがまだ残っている。なにか出来そうなほど若さをみせている湯の中の肢(あし)を眺めながら、尚子は息を細くした。
 どうしてこんなうっとうしい気分になるのだろう?
 もうあの人を愛していないのではないだろうか?

 龍三との縁談がもちこまれたのは、三重の大学を卒業する一カ月ほど前のことだった。高校の校長をしている父が、その正月、軽い脳溢血で倒れ、将来の不安が一家に襲いかかっていた。大学受験をひかえた二人の弟たちも、進学の費用がまかなえるかどうかという有様になった。そこへ親戚の者から龍三との縁談がもちこまれたのだった。
「尚子ちゃん、働いてみんなをたすけることは、悪いことじゃないわよ。でも下の正彦ちゃんはこれから高校よ。大学を出たときには、あなたは三十に手が届く年よ。そうでしょ。むしろ結婚したほうが、お父さんの気持ちも軽くなると思うわ。親は子どもが倖せになるのがいちばんうれしいんだからね」
 龍三は東大から東洋鋼管に入ったエリートの技師で、四月からメキシコに橋をかけに行く。二年余かかる工事なので、親たちが急いで結婚させたがっているそうだった。それであわただしく尚子は名古屋で見合いをした。結婚について、尚子は大きな希望も持ってなく、自分が相手を品定めするより、親の目のほうがたしかだろうと思っており、あまり深く結婚のことを考えていなかった。ぼんやりと背が高くて男らしく、将来性がある人という程度のことを期待しているだけだった。
 名古屋城の前のホテルのレストランに、津と東京から集まり、尚子たちは見合いをし、そのあと二人で明治村へ出かけていった。その頃の龍三はバイタリティのある大男で、尚子を一目みて気に入ったようだった。建築関係の知識も豊富で、そこに並んだ建物を詳しく説明してくれたり、始終疲れないかとやさしく気を配ってくれた。必要なことしか口にしないようなところがあったが、建造物の説明をしはじめると、目を輝かせ、すこぶる情熱的になる。そこが尚子に好感を抱かせたものだった。
 結婚には愛がなくてはならない。少なくとも二人で一緒にいたいという程度の気持ちが必要なのだが、そういう男女の愛そのものに深い理解があるわけではなかった。しかし尚子の希望どおりのエリートで、背も高く、まずまず好感も持てたし、この人とならやって行けそうな気がした。それでその日のうちに結婚がきまり、三月半ばには式をあげ、そのままメキシコへ発ったのだった。メキシコの東海岸近くの市に落着き、新婚生活を送りはじめた。外地での生活は、給与もよく、メイド二人をつかえるほどなので、物質的には恵まれた暮らしだったが、環境に馴れ、言葉も覚えなければならず、なにかとあわただしく、ものを考えるゆとりもなかった。それに龍三だけが頼りの生活だから、白分たちの愛がどういうものか、よく考えたりするよりも、ただ龍三の帰宅を待ちこがれる生活がつづいた。そういう生活がつづくうち、寛が生れ、尚子は子育てに夢中になった。なにぶん子育ての相談をする相手もいず、頼りは育児書だけである。龍三が仕事に出かけたあとは、子どもにかかりっきりの生活がはじまり、尚子の関心は子どもに集中していった。
 そのメキシコでの橋が完成すると、インドネシヤの人造湖の現場へ尚子たちは移っていった。それが完成するとカナダヘ転勤になり、パルプ工場の建設にとりかかった。新しい環境と解けあうには、長い時間と努力が必要である。それを繰返しているうち、たちまち十年近い歳月がすぎ、寛も学校へ通わなければならなくなった。人種の違う子はどこの国でも好奇心の的になり、親しい友達もなかなか出来ない。寛も学校がきらいになり、三年生の時には登校拒否になってしまった。それまで尚子は、自分の考えをあからさまに主張したりすることはなかったのだが、その時は寛の学校のために日本へ帰ると言いはった。工場の建設はあと一年たらずで完成する。せめてそれまで待ってはどうか。一年くらい進級がおくれても、大きな影響があるわけでないと龍三が言ったが、尚子はその気になれなかった。幼児のときの経験は、わるくすると一生つきまとい、能力を抑えこむようなことになるかもしれない。子ども同士が仲よく遊べるような環境を寛に与えてやりたい。尚子は、
「自分の子のために親が犠牲になってやるのは当然だわ」
 と言いはり、龍三は、
「おれと子どもとどっちが大切なんだ」
 と呶鳴(どな)ったりした。 それが因(もと)で尚子たちは、口をきかなくなったのだが、三日目龍三のほうが折れ、日航の切符をとってくれた。それで尚子は寛を連れて、三重の実家へ戻ってきた。その時、じっと顔を見られながら尚子は、母から、さぐるように、
「おまえ、龍三さんのことが心配でないの」
 と言われた。むろん心配でなくはないが、心配でたまらないというようではなかった。すると居合せた父が、ぷいと立ちあがり、茶の間から出て行きながら、
「おまえは間違っとる」
 と言った。尚子は胸もとを突きとばされたような心地になったが、それ以上深く考えるいとまがなかった。近くの小学校へ寛を入学させたり、おくれた勉強を教えたりするうち、東京の本社から社宅があいたという知らせがあり、そこに住まなければならなくなった。それで尚子は上京し、空いた社宅へ住み、家具や家庭用品を買いととのえ、いくらか造作もして、寛を上京させ、また新しい学校へ入れた。
 やがて年の暮れに、龍三はカナダから戻り、本社勤務になったが、半年たたぬうちに、イランへ石油コンビナートをつくりに出かけていった。年に二度の休暇があり、そのたび龍三は戻ってきたが、それが五年も続いた。漸く工事が完成し、龍三が本社へ戻ってきたときには、寛は中学生になっていた。もう外地への出張はしないと龍三は言っていたが、半年後には九州支社へ転任になり、九州、韓国、台湾の現場の采配管理をうけもたされた。何年か後には、九州支社長になり、役員になるコースだということだった。少なくとも五、六年は九州で暮らさなければならないので、龍三は一家そろって博多へ移りたがった。しかし尚子は、とても九州の高校からでは、東大へは入れない、それにこれから学校をかわれば、寛自身も友達をつくるための努力で、勉強に身が入らず、ましな高校へすすむことが出来ないかもしれない、寛にとっては、人生を左右するような大事な時期だから、転校させたくないと言いはった。そういう時に龍三が説得しようとすると、口論になり、気まずい思いをしなければならない。遠い外地とは違い、二時間もあれば帰ってくることが出来る距離である。近頃、社内にも単身赴任をする者がふえている。通いの婆やでも傭(やと)えば、さして不自由もないだろう。むろん尚子が一緒に来てくれないのは淋しいが、独り暮らしには馴れている。それに龍三も部長だし、部長くらいになると、仕事が山ほどあって、家でごたごたする暇などない。結局龍三は独りで九州へ移っていった。それからずっと土曜日になると九州から帰ってくる生活がつづいている。しかもこのごろでは、
「仕事で今度は帰れないよ」
 と電話をかけてくることが多くなった。
 龍三が九州へ赴任していった頃は、あれこれ相談したいことがあり、龍三が帰ってくるのを待ったりすることもあったが、一年二年とたつうち、尚子は帰ってきてくれなくても、別になんとも思わなくなった。月々龍三が四十万ほど家計費を渡してくれるので、金のことでは不自由しない。長い外地勤務で、あまり金をつかうことがなかったから、貯金も家を建てられるほどたまっている。とくに龍三が必要になるようなこともないからだろう。そのうち尚子は、龍三が帰ってくるのを、あまり歓迎出来なくなってきた。帰ってくれば、亭主なのだから気をつかわなければならない。それが面倒なのである。土曜日が近づくと、気が重くなってきたりしはじめた。そういう日がつづくうち、近頃は、龍三との仲がスムーズでなくなり、龍三そのものがうとましくなっている。
 龍三は土曜日の夜、九州から戻ってきて、酒をのみ夜食をたベ、それから湯に入って二階へあがる。それから尚子を抱き、用をすますと、鼾をかいてたちまち寝てしまう。それが土曜日の日課になっている。あくる日には、尚子の相談事を聞きはするが、滅多に自分の意見を言わない。尚子の好きなようにやれというだけである。そして午後になると着替えなどをバッグに詰め、さっさと九州へ行ってしまう。ただ、その用足しのために帰ってくるというふうである。多分、用足しの道具のようにあつかわれることが、尚子からベッドの快感をうばったのだろう。尚子は次第に抱かれることがうっとうしくなってきた。それが昂(こう)じて近頃は、觝(さわ)られるだけで、ぞっとするような時がある。もとより龍三を愛していないわけではないし、尚子と寛のために人の倍ほども働いてくれていることに、感謝もしている。いやだという気持ちを、自分で強く抑制しているのだが、それが却(かえ)って気持ちを複雑にするばかりだった。もっと龍三のためになにかしてあげたいと思うのに、それがスムーズに出来ないのだった。
 愛が足りないといえば、その通りなのだが、しかしほかの男と浮気をしようというような気もおこらない。むろん龍三と別れるなどということを、ただの一度も考えたことはない。どうして龍三がこんなにうっとうしいのか、その理由が尚子はよくわからないのだった。
 日曜日の午後になると、龍三は九州へ帰って行く。
 龍三が居なくなると、尚子は、寛のために夕飯の支度をしてやる。火をつけさえすれば、それで出来あがるような鍋物なんかをつくっておく。その支度が出来ると、それを寛に教えておき、それから二階へあがって行く。ベッドにもぐりこんで、こんこんと眠りつづけるのである。
 あくる日の朝は、早く目を覚し、朝食をつくり、それを寛にたベさしてから、学校へ送りだす。食事のあとかたづけをすますと、もういちどベッドにもぐりこむ。二、三時間ほど眠り、昼頃目をさます。龍三がなんとなくうとましくなりだした頃は、二度目の眠りから覚めるとすっかり気疲れがぬけ、体に生気が戻っており、なんだかじっとしていられない。昨日の苦労でうしなったものをとり戻そうとするように、むやみに遊びたくなってくる。むろんひと年とった主婦の遊びは、ごくごくかぎられている。渋谷の盛り場へ出かけて、店々をのぞいてまわるとか、親しい奥さん連中とおしゃべりするとか、テニスをしに出かけるくらいのことしかない。それでも尚子は、軽い昼食をすませると、たちまち家を飛びだして行ったものだった。外に出れば、いろいろ刺戟(しげき)があるし、テニスに出かければ素敵な男性とも会える。そういうところで会う男性たちは、商店の主人や勤めていない芸術家や俳優たちで、それぞれ個性的な雰囲気を持っており、やさしい感触の人が多い。そういう人たちと暫(しばら)くプレーをしたり、雑談したりしていると、からだの中のしこりが消え、血のめぐりがよくなってくる。それにプレーで全力をあげると大きな快い気分が満ちてくる。
 しかし龍三にさわられると、うんざりするようになった頃から、尚子はあまり外へ出なくなった。じっとしていられないような気持ちが、はずんで来ないのである。家にとじこもっているからといって、ぼんやり寝そべっているわけでもない。家の中には掃除洗濯つくろいものから料理などと、際限なく仕事がある。まるで仕事の倉庫みたいである。それに一日なん人ものセールスマンがやってくるし、社宅の奥さんたちもやってくる。ぐずついた気分でなんとなく一日をすごすのである。しかし、そういう雑事の流れが切れ、白っぽいような時聞がはじまったりすると、たちまち、
 どうしてこんなにうっとうしいのだろう?
 もうあの人を愛してなんかいないんだろうか?
 というような思いにとり憑(つ)かれる。
 社宅の奥さんたちからも、よく、
「男って目をはなすと、なにをするかわからないわよ。わたしだったら心配で、とても単身赴任なんかさせられないわ」
 と、さぐりを入れるように言われる。もとより尚子にしても、そうした心配をしないわけではないが、その心配よりも寛の勉強のほうが気にかかり、とても九州なんかに行く気がしないのである。カナダに龍三をのこして日本に戻ってきてから、もう何年も似たりよったりの別々の生活がつづいている。そんな生活をよしとしているわけではなく、世間の夫婦のように尚子も親子三人一緒に暮らしたい。しかしそういう生活をするためには、今の会社ではない、もっと仕事の楽な会社に移らなくてはならない。給与も安く寛の学資も満足にまかなえないような生活をするか、淋しく不自由であっても今の生活をつづけるか。龍三と尚子は、今の生活をえらんだのだから、心配は覚悟のうえなのである。あれこれほじくってみてもはじまらないのだと、尚子は自分に言い聞かせている。その通りにやっている。
 それがなぜ今頃になって、うとましく思えだしてきたのだろう?
 ここ三年ばかりというもの、龍三がうとましくなったのは、寛との仲が変ってきたせいかもしれない。高校へ入り、勉強がふえてから、寛は学校から戻ってきても、応接間を少し改造した自分の部屋に入り、夕飯まで部屋から出て来ない。夕飯をすましたあとも、さっさと部屋に帰って行き、あれこれ尚子と話しあうようなことをしない。むりやり尚子がひきとめ、話しかけると、
「勉強の邪魔をしないでくれよ」
 とすぐ機嫌がわるくなる。いつも尚子は居間にとり残され、独りぼっちで御飯のあとかたづけをしなければならない。受験勉強で寛は気持ちにゆとりがなくなっており、とげとげしいのである。まるで寛が自由にならないのである。いずれ子どもは巣立つものだと思っているのだが、しかし淋しくて物足りない。このせつない気持ちを、龍三は少しも気がつこうとしない。多分、尚子がたえきれなくなって、そのせつなさを話せば、
「だから九州へ一緒に来いと言ったんだ。子どもは、自分じゃないんだ。子ども自身の人生を生きて行くんだ。こうなることはわかりきってるんだ」
 とにべもなく言われるに違いない。なにか手も足も出ないような八方ふさがりみたいなことになり、そのいらだちが龍三をうとましく思わせだしたようである。もっと龍三が尚子の気持ちを理解して、なぐさめたりはげましたりしてくれれば、ずっと救われる気がするのだった。
 むろんそんなふうに龍三がなぐさめてくれたりはげましてくれたりするためには、もっとむつまじい生活がなければならない。しかし、最初のときから、そういうむつまじくあまい生活をのぞんだのではなくて、経済的にもゆとりがあり、亭主は大手のエリート社員で、将来は役員になれる。子どもは秀才で東大に通っているというような暮らしを、思い描いていただけである。その思い描いたとおりの生活を尚子は手にしており、十分満足もしているのだが、どうかするとそこから足を踏みはずし、うっとうしい気分にとり愚かれるのだった。とくにその日は、うっとうしい気分がつよく、なにをする気もおこらなくて、居間のソファに腰かけ、ぼんやりテレビを眺めていた。
 ちょうどその時、居間につづいた台所の勝手口から、
「上るわよ」
 という声がし、隣の井沢の奥さんと藤波庶務課長の奥さんとが、どやどやっという感じで、台所へ入ってきた。井沢の奥さんと藤波の奥さん、それに尚子の三人は、なんとなく気が合い、買物などにもよく一緒に出かけて行く。本社のプロジェクト部門の渉外部長の井沢は、外国出張が多く、奥さんの珠子は、尚子とおなじように独りのことが多いのだが、却って独りのほうが気儘(きまま)が出来るといって、あっけらかんとしている。昔、社のバレーの選手だった珠子は、体も声も大きく、男みたいである。その珠子が、
「大変よ、森田さんの奥さんが、蒸発したわよ」
 がらがら声でそう言いながら、どしんと食卓の椅子へ腰かけ、食卓へ腕をのせた。珠子が話すと、哀しいことも哀しくなくなるようなところがあるのだが、それでも尚子は、えっとショックをうけた。森田は営業部の事業拡大促進チームのボスをやっており、日本中を飛びまわっている。月のうち十日ほどしか家に帰って来ず、帰ってくるのは夜半すぎである。まだ小さい学校前の子どももおり、尚子はすぐ子どものことが頭にうかんできて、藤波の奥さんの美穂のほうを見た。おっとりした面長(おもなが)な顔の美穂の社宅は、森田の家の隣である。美穂は瓜実顔の美人で、一見おっとりしているが、なかなかお喋(しゃべ)りである。
「昨日の夜から居なくなったのよね。森田さんは二階で独り寝ているのよね。夜中に酔っぱらって戻ってきて、子どもたちを起すもんだから、奥さんは階下で子どもと一緒に寝ているのよ。夜中の二時三時に、二階からオーイオーイと奥さんをよんだりしていたわね。昨日も森田さんが帰ったときは、奥さんたち寝ているものと思って、二階で寝たらしいわ。今朝になって、枕許に置手紙があったのに気がついたのね。それで大騒ぎになったのよ」
「お子さんたちは?」
「二人ともおいて蒸発したのよ」
「理由はどういうことなの?」
「一年くらい前にも、いちど騒ぎがあったのよ。その時は、奥さんがこれ以上、こんな生活はつづけられないから別れましょうと言いだしたのね。あの奥さんは、黙って主人について行くというタイプでしょ。じっと辛抱していたんだけど、辛抱しきれなくなったのね。なんたって森田さんって鋼鉄みたいな人でしょう。日曜といえばゴルフだし、雨が降れば麻雀なのよね。半月以上出張で、家にいるときは十日くらいじゃないかしら。その十日は、毎晩、二時三時でしょ。家族みんなで揃って御飯をたべることなんて、滅多にないのよね。この前のときは、奥さんは、わたしはあなたの会社と結婚したのではない、あなたと結婚したのよ。そのあなたは、身も心も会社に捧げるつもりだから、これ以上あなたについて行けません。わたしはわたしの倖せがほしいんですと言ったらしいわ。森田さんは、奥さんがそんな気持ちでいるなんて、全然気がつかなかったのね。家のことは奥さんにまかせ、社の仕事を目いっぱいやるのも、奥さんや子ども達のためだと思っているからなのね。奥さんに言われてみて、自分が家族たちとの生活をまるでしていなかったことに気がついたのよね。おまえにそんな淋しい思いをさせていたとは、知らなかった。おまえたちと一緒の時間もふやし、出来るだけ早く戻るようにする。どうか出て行かないでくれ、このおれを見捨てないでくれと泣いて頼んだそうなのよ。そうそう、二カ月くらい前のことだったわ。森田さんと奥さんが夜更けに口論していたことがあったわ。相変らず森田さんは午前さまだし、出張も多いし、ちっとも家庭をかえりみないのよね。それで、奥さんは、家庭をうまく築けないような会社に勤めていることないでしょ。ほかの会社へかわればいいでしょと言いだしたのね。そしたら会社をかわれば、給料も少なくなるし、こんな社宅にも住めなくなるんだぞと喚(わめ)きだしたのよね。あの奥さんは、見かけはつつましくてひかえ目な感じだけど、根性(ガッツ)がある人なのよ。あなた、なに言ってるんです、こんな社宅があったり給料が少しくらいよいというようなことが、人の倖せの役に立つと思ってらっしゃるの、そんな人なの、あなたという人は、なんて言ってたわ。森田さん、ぐうの音(ね)もなかったわね」
「子どもたちを置いていったのは、帰ってくるつもりがあるからじゃないのかしら?」
「そうかも知れないけど、ちょうどうちの人が靴をはいている時、血相変えて、森田さんが飛びこんできたのよね。置手紙をうちの人に渡して、今日は社を休むから、うまく社のほうへ話を通しておいてくれと言うのよね。わたしもその置手紙をみせてもらったけど、奥さんはすごくはっきりしてるのよね。森田さんのように会社へ身も心も捧げるような人がいても、そのことについては、別に非難をする気はない。しかし、愛を誓って結婚したからには、わたしや家族のために倖せな生活を築く責任がある。その責任をまるで果そうとしない人と、この先、何十年も一緒にやって行く気にはなれない。たった一度きりの人生を、間違っていると思う生活ですごすことは、とうてい出来ません。子ども達は可哀相ですが、わたしにはとても育てて行く力がありません。出来ることなら母の許(もと)へ送りとどけてください。そういうようなことが書いであったわ。奥さんの字は、いい字だったわよ」
 いいかげんな生活でなく、がっちりとした家庭をつくることは、女の大きな願いである。森田の小柄なひかえめな奥さんが、いいかげんな生活ときっぱり縁をきったことは、つよい衝撃を珠子や美穂にあたえていた。暫く珠子たちは、猛烈会社のために家庭がうちのめされていることを、繰返しぼやいていた。しかしそういうぼやきは自分の不甲斐なさを思い知らさせるばかりである。そのうち気が重くなり、お喋りも億劫(おっくう)になり、
「買物にでも行こうよ」
 と珠子が立ちあがった。
 二人が帰って行き、独りになると尚子は、ショックからぬけだせず、なんとなくあせりだした。とくに応えたのは、森田の奥さんが会社をやめればよいと言ったところだった。珠子たちも猛烈会社のせいで、家庭はめちゃめちゃだとこぼしていたが、尚子はそんなふうに考えたことがなかった。考えたことがなかったのが、尚子をあせらせだしたのだった。たったいちどきりの人生なのだから、こんな暮らしをつづけるよりも、もっと倖せな、自由な生活があるかもしれない。たしかにそうなのである。満たされない生活にくすぶっている必要はないのである。しかも森田のおとなしい奥さんにくらべれば、尚子は書や生花のアルバイトが出来、独立することもむつかしくない。にもかかわらず、ただの一度もこの暮らしから出て行く気になったことがない。実際龍三には、あれこれの不満もあり、今では触れられることさえいやなのだが、別れようと思ったことがない。
 いったいどうして、この生活から飛びだす気がおこらないのだろう?
 きっと自分は、森田の奥さんと違い、大手の会社に勤めていることや、ちゃんとした社宅が与えられており、月々少なからぬ給与を渡してもらえることのほうが、亭主の出来よりずっと大事に思えるにちがいない。なんて女なんだろうと、いらだたしくなってきだしたのだった。むろんそういう思いは、あまりたのしいものではない。なんとなく思いが核心にむかいだすと、尚子はさっさと立ちあがった。買物籠をさげ、珠子たちのあとを追って家を出ていった。

 火曜日と木曜日には、尚子は書の塾に出かけて行き、三時すぎから集まってくる子供達に、書き方の指導をする。金曜日の午後は、一時からはじまる生花の講習会へ出かけて行き、師の徳永仙水の助手をつとめ、それぞれバイト料を貰う。
 子供の頃から、尚子は家にやってくる生徒たちを両親が教えているのを、目のあたりに見ているし、高校生の頃には小学生の勉強をみてやったりしていたから、教えるコツのようなものを心得ており、子供たちに評判がよい。尚子自身も家でぼんやりしているより、バイトをしたほうが儲かるので、このごろわりに休まずに出かけている。
 その日は少し寝すぎて、尚子は寛を起すのが十分ばかりおくれた。起きだした寛は、朝御飯の並んでいるのをみたが、
「テストにおくれるじゃないか」
 と尚子を睨(にら)んで、御飯もたべずに出ていった。その寛の形相は見たことがないほどすごくて、尚子はぎょっとしたほどだった。自分が寝すぎたのに、それを棚にあげて親をとがめるとは、あまりにひどすぎる。きっと昨日の勉強がうまく進まなくてあせっているのだろう。尚子は自分にそう言い聞かせたが、そのショックがぬけず、朝から重い気分に閉ざされた。なんだか寛が家庭暴力児になるような気がしたり、受験に失敗するとやけっぱちになるのではないかと思えたりした。家にいるとむやみにあれこれの思いがうかんでくるので尚子は、午(ひる)をすぎると塾へ行く支度にとりかかった。少しはやめに家を出ようとしたとき、電話がかかってきた。きっと寛からだと思って、急いで電話に出ると、寛ではなくて博多の龍三からだった。
「明日本社で会議があるんだ。遅くなるかもしれんが、今夜帰るよ」
 うれしそうな声でそれだけ言うと、電話はがちゃっときれてしまった。いつもの通りの電話である。受話器をおいた尚子の耳に、そのうれしそうな感じが薄気味悪くじっとりと残った。ちょうどいい機会だから、寛のことを龍三に話してみようと思ったが、それと同時にたちまち鼾をかいて寝る龍三の様子がうかんできた。話したところで、相談にのってくれそうにもないし、わるくすれば、
「お前のやりかたが悪いんじゃないか、過保護だよ」
 とやられるかもしれない。
 尚子はともかく寒い表に出たのだが、塾へ出かける気持ちがまるでなくなった。それで尚子は、塾のほうへ電話をかけ、主人が帰ってくることを理由にして休ませてもらうことにした。
 休みをとったものの、したいことがあるわけではない。たちまち尚子は時間をもてあました。もうそろそろクリスマスなので、風はつめたいが、天気がよく晩秋のような気配がある。この天気なら、テニスコートには社宅の連中が出かけているかもしれない。わっと騒ぎたいような気分になって、ぶらぶらうっとうしい顔で、テニスコートのある区の運動場へ出かけていった。区のテニスコートは運動場の端にあって、高い金網にかこまれている。近づいてみると、朝の霜でテニスコートは使用中止になっている。やってきた連中が、グランドのほうで、駈けっこをしたりしている。そのうち尚子は、誰もいない金網のところに、茶色の革のハーフコートをきた男がいるのに気がついた。がらんとしたテニスコートのほうを金網にすがりつくようにしてその中年の男は、じっとみつめている。なんとなく哀れっぽい感じがその男にあふれている。なんとなくその感じにひかれて近づいて行くと、森田である。森田は社を休んでいるらしい。それにしてもなぜこんなところにいるのだろう。尚子が立ちどまると、その気配で、森田がふりかえった。
「やあ、奥さん」
 と声をかけてきた。森田は鋼鉄のような岩乗(がんじょう)な体の男で、それこそ踏んでも蹴っても死なないような感じである。いつも元気な挨拶をし、ブルドーザーのように人なみの中を突進して行く。ごつくて強い感じの男なのだが、その猛烈な感じのところがまるでなくなっている。助けを求めるようなひよわい目(まな)ざしになっており、疲労が顔にあふれでいる。なんだかすげなく出来なくて、尚子は、
「なにしてらっしゃるの」
 と言いながら金網のところへ近よっていった。
 森田は誰でもよいから話をしたくてたまらないというように、すぐ喋りだした。
「あいつのね、荷物をつくっていたら、ラケットやシューズが出てきたんですよ」
「荷物って、奥さんの居所がわかったんですか」
「いや実家へ送ることになったんでね。あいつがテニスをやっていたなんて、これっぽっちも知らなかったんで、驚きましたよ。ほんとにわたしは、なにも知らなかったんですな。あいつが出て行ったのもあたりまえだとつくづく思いましたよ。どうかしていたんですよ、わたしはね。給料を貰ってやりさえすれば、家族は好きなことが出来るんだから、それで倖せにしてやったというような気でいたんです。わたしが頑張れば、頑張るだけ家の者は倖せになると思っていたんですよ。金で倖せが買えるわけはないと承知しているのに、いい気になったんですよ」
「奥さんの行方はわからないんですか」
「あれっきりですよ。探して見つけだしても、もう帰ってはくれんでしょう。わたしが会社をやめないかぎり、おなじことの繰返しですからね。子ども二人を育ててやるためには、今の社をやめることは出来ないですからね。お宅の山川さんのような技術があるわけじゃあないから、ほかの勤め口もみつかりませんよ。これで行くよりしょうがないですよ」
「奥さん、探してくれるのを待ってらっしゃるんじゃないでしょうか」
「いやそんなことはないでしょう。子どもをおいて出て行くなんてことは、あいつに出来ることじゃないですよ。それをやったんですからね、尋常の覚悟ではないでしょうからね。おかしなことなんですがね、あいつに逃げられてみて、あいつを愛していることがよくわかりましたよ。あいつを連れもどすより、あいつの好きなことをやらせてやろうという気になりましたよ。あいつがうしろ髪をひかれぬように、子どもたちをちゃんと育ててやりますよ。それにしてもあれですね、つまり結婚というものを、あまく考えていたんですよ、わたしはね」
 うしろから強い風が吹きぬけて行き、グランドのほうで淡く土埃りを舞上らせていった。
「お茶でものみましょうか」
「そうですね」
 それから尚子と森田は肩を並べて歩きだした。グランドを出たところに、うまいコーヒーをのませる店があるのである。

 森田の奥さんが蒸発したという話は、中堅社員にとってはショッキングな出来事なのだろう。九州支社にもその話は伝わっていた。
 十時すぎ戻ってきた龍三は、風呂に入ってくつろぎ、夜食にとりかかると、すぐその話をもちだした。
「森田の細君が蒸発したそうだな。相手の男は塾の教師だとかいう話だな」
 むろんそんなことは、根も葉もない噂にすぎない。そういうことではなくて、あまりに社の仕事がいそがしすぎて、家庭の団欒などもなくなり、思うような家庭をつくることが出来なくなり、奥さんはかなりまえから、もっと家庭のために時間をとれるような会社へかわることをのぞんでいたんだけど、森田さんはそういう気になれなかったのね。それでたまりかねて、奥さんは家を飛びだしたのよ。尚子はそういうふうに話したのだが、龍三はまるでそれを信じなかった。
「母親にとっては、子どもは自分のかけらみたいなものさ、部分なんだろう。とても子どもをおいて出ていったり出来るわけのものじゃないんだ。子どもを捨てられるのは、男が出来た場合だけだ」
 あまり龍三が確信に満ちた言い方をしたので、あきれて思わず尚子は、龍三をみた。このところ龍三の顔をしげしげと見たりすることがなかったせいで、気がつかなかったのだが、この数年、管理者として働いているせいだろう、以前のようなすっきりした顔でなくなっている。どことなく一種の威風のある顔になっている。多分職場では、少々間違ったことを言っても、いいかげんなことを言っても通用するのだろう。それが龍三の言うことをぞんざいにさせている。人間のことを、ぞんざいに割りきって、少しもためらわない、無神経さをまるで反省出来ないようである。むろんどんな反論をしても、とうてい理解することが出来ないに違いない。森田さんの奥さんは、ここには生活はあるけど、人生はないと言ったそうよ、と尚子は言ってやりたかったが、とても龍三にはわからないだろう。もうそれ以上、尚子は論争する気がなくなってしまった。
 明日は早朝から会議があるので、酒はひかえ、その夜食をたべると龍三は、さっさと二階へあがってしまった。あとはいつもの通りで、用を足すと龍三は、たちまち鼾をかいて眠り、とうとう寛のことを話すような気持ちもチャンスもなかった。そればかりでなく尚子は、なかなか寝つかれなくて、とてもこのまま龍三と一生をともにすることなど出来そうもないと思えだした。そのうち寛は大学を出て自立して結婚もするだろう。いつの日かは龍三も停年になり、社をやめ二人で暮らさなければならなくなる。こんな荒っぽい、人の心がわからぬような龍三のお守(も)りをして老いさらばえて行く人生など、とても我慢することは出来ないだろう。そういうことになれば、今のうちに別な生活をえらんだほうがよいにちがいない。今ならまだ若さも残っているし、新しい人生をきりひらくことが出来そうである。むろんそれはそう簡単に出来ることではない。いざというときになれば、あれこれ悩むことが出てくるだろうが、しかしそういう思いに尚子はその夜はじめてぶつかったのだった。
 あくる日、龍三は、社から電話をかけてきて、急にイスラエルへ出張しなければならないと言ってきた。これから九州に帰り、明日イスラエルに発ち、暮れの三十日には帰ってくると言った。「石油の海底備蓄のプロジェクトなんだ。事情は帰ってから話すよ」
 その話しぶりで、尚子は、また外地勤務がはじまるのだと思った。念のため珠子に頼んで、そのことを調べてもらうと、思った通りだった。このほど海底備蓄の技術を開発したところ、早速、イスラエルから註文が飛びこんできたのである。五カ年計画の事業で、その指揮を龍三がとることになったそうだった。海底備蓄の技術はいずれ原発の汚染廃棄物用の捨て場にもつかえるようになるので、社では最優先事業としている。半世紀くらいはその需要がつづくとみており、当分龍三は外地暮らしをつづけることになるだろうという話だった。
「来年は役員だそうよ」
 とも教えられた。
 珠子には、山川さんはやるわねえと羨ましがられたが、尚子は少しもうれしくなかった。五年もの海外生活ということになると、単身赴任は無理である。これまでの現場の技師とちがい、采配管理が仕事だし、イスラエル政府と緊密な協力をしなければならない。あれこれの会合や儀式には夫妻で出席しなければならぬこともあるにちがいない。なんといっても龍三はもう若くはないから、親身なパートナーが必要なのである。しかし尚子は、とても龍三と二人きりで、外地生活をする気にはなれなかった。だいいち寛を一人、東京へ残しておくなどということが出来るわけもない。寛のためにも、どうしても龍三を説得して、この危機を乗りこえなければならない。
 暮れまではまだ十日近くある。その聞に、しっかりした理由を考えておかねばならない。尚子はあせりだした。

 そのクリスマスがおわったあくる日の夜のこと、尚子が風呂を落して寝間着に着替えたばかりのとき、珠子が手を貸してくれとさけびながら勝手口から飛びこんできた。美穂が睡眠薬をのみ、自殺をはかったというのである。
「病院へ連れて行かなきゃならないのよ」
 事情はよくわからないが、ともかくほってはおけない。急いで着替えをして、表に出て行くと、粉雪が降っている。その粉雪の中を駈けて美穂の社宅へ出かけてみると、高校生と中学生の子どもたちに、とりすがられて、美穂はこんこんと眠っていた。そこへ救急車がきたので、珠子と尚子が連れそって、病院へ運んでいった。すぐに美穂は診察室に連れこまれ、胃洗滌(せんじょう)をしてもらった。どうやら致死量ぎりぎりの量しか飲んでなく、手当が早かったので、美穂は一命をとりとめた。
「もう大丈夫です」
 と医師からいわれるまで、尚子は寒い廊下の長椅子で、がたがたふるえながら、珠子から美穂の自殺の原因を聞いていた。珠子の話では、藤波が女をつくり、別れ話を持ちだしたそうだった。相手が渋谷で小さい飲み屋をやっている二十(はたち)くらいの若い女だというので、はじめ美穂は吹きだして、歯牙(しが)にもかけなかった。ところがボーナスの日から、藤波が社宅へ帰って来なくなり、会社のほうにも出ていない。それで美穂は漸くうろたえだし、渋谷のその飲み屋に出かけてみた。ところが藤波は飲み屋の中で向う鉢巻きをして、いかにもうれしそうにいきいきと酒の肴(さかな)をつくっている。そんないきいきした藤波を美穂はこれまで見たことがない。そのうえ、まだ二十そこそこの若い女に、
「連れて帰ったって、どうもならないわよ。あんた達にはもう愛がないんだからね。また舞い戻ってくるわよ、この人はね」
 とやられたのだそうだ。それがこたえて、とうとう美穂は睡眠薬をのんだというわけだった。
 珠子と尚子は、子供もいることだし、なんとかもと通りにしてあげようと話し合い、あくる日、渋谷の藤波に会いに出かけていった。やっと探しあてたその女のアパートで、赤い炬燵かけの炬燵に入っている藤波と会ったのだが、美穂が歯牙にもかけなかったその若い女が、なかなか藤波によく尽す。肩を揉んでやったり、お茶を入れたり、煙草に火をつけて渡してやったり、藤波になにもさせないという有様である。どちらかといえば珠子も美穂も男女平等主義で、亭主に自分のことは自分でやらせるほうである。そういう尽しぶりを見ると、もうなにも言えなくなってしまった。こっちのほうが、男にはいいのにきまっている。
 結局藤波は会社をやめてしまったし、美穂は命をとりとめたが、社宅へ帰らず、病院から、実家へ子供を連れて帰っていった。手伝いにいった珠子と尚子に、別れしな、しみじみした口ぶりで、美穂は、
「女ってつまらないわね、四十をすぎると、ただもうたそがれた冬の道を歩いて行くしかなくなるのね」
 と言って、涙を指先で抑えた。
 それにしてもたった四五日のうちに、美穂は見違えるほど老けこんでしまった。それをつぶさにみたせいで、尚子は、自分の行先がひどく案じられはじめた。ともかく龍三はあてにならないから、寛だけはしっかり羽根の下に入れておかなければならない。もっとあの子に尽してやらなければならない。そういう気持ちが燃えあがってきたのだが、そう思う通りには行かない。あと三日で龍三が戻ってくるというのに、突然、寛が大人びた顔つきで、尚子を脱むようにして、
「おれ、明日から、沖縄へ行ってくる。高校の最後の休みだし、親父をみると、いやになるからさ、可哀相でさ」
 と言いだし、独り尚子をのこして、旅行に出ていってしまった。
 実際それは痛烈なダメージを尚子に与えた。これまでの長い長い歳月、ただ寛を立派に育てることに、尚子は専念してきたのである。自分の希望も欲もすて、むろん龍三のこともあとまわしにして、寛の面倒をみてきたのである。これまでの人生で、尚子がしたことといえば、この寛を育てあげたことしかない。たった一つきりの努力の結晶が、いつの間にか思いがけないものになっていたのだった。龍三を可哀相で見ていられないと言ったときの寛の顔には、憎しみに近いものがにじみ出ていた。それは昨日今日で出来たものではなく、長い歳月の中で培われてきた、根強い感じが籠っていた。
 ずっと前から、寛は、龍三だけを外で暮らさせることを、反対していたにちがいない。偶(たま)に戻ってくる龍三をもてなす尚子の態度も不満だったに違いない。尚子はあれもこれも寛に与えてきたのだが、最も肝心な家庭や父親を与えてなかったのである。それが子どもにとってそれほど必要なものとは、ほんとうに尚子は考えたことがなかった。自分が龍三をほしくないように、寛にも必要ではないと思いこんでいたのである。
 いったいどうしてそんなことになったのだろう?
 その答は、わりとスムーズにうかびあがってきた。結婚がこんな大きな内容を持ったものとは思わす、背の高い夫と収入と家と子どもで出来上るものだと思っていたからにちがいない。背の高い夫も手に入れたし、収入もあり、子どもも出来たのだが、それが揃ったところで、なにも出来あがっていないことが、はっきり見えだしたのだった。なによりも助けあったり、話しあったり、限りなく愛し合えるような夫をえらばねばならなかったのに、それを気づかず、安直に結婚してしまったのである。傍目(はため)からは、よい結婚とうらやましがられたり、倖せな奥さんと思われたりするので、なんとなく尚子自身もそんな満足を抱いてきたのだが、その結果がこういうありさまなのである。たちまちきつい長い日がはじまった。
 いつも寛は学校へ出かけて行くので、日中は尚子独りになる。もう十何年もそういう日がつづいており、それに馴れきっていたのだが、寛が飛びだして行くと、独りぽっちの淋しさに尚子は耐えられなくなった。いまに寛は大学を卒業し、きっとある日、
「おれ、会社の近くへ移るよ」
 と言い、さっさと出て行くに違いない。龍三は海底備蓄場の建設で外地で暮らしており、自分は独りでここで暮らさなければならない。病気をしても看病してくれる者もなければ、食事をつくってくれる者もない。いつ起きだしても家の中はがらんとしていて、話しかけても答えてくれる者はいない。そんな生活は生地獄である。やはり龍三と気持ちが合わなくても、一緒に暮らすほうがまだしもである。
「あなただってもう若くはないんだから、外地での独り暮らしは無理だわ。寛が大学に入れば、しっかりしたところへ下宿させて、それからあなたのところへまいりますわ」
 帰ってきた龍三に話すせりふも出来あがった。多分それで龍三もよろこび、万事うまく行くようになるだろう。
 丸二日の間に、そういう手立てを考え、あとは龍三を待つだけになった。しかし、明日は龍三が帰るという前の夜になって、尚子は突然気がかわった。湯に入り、二階にあがり、ベッドに入り、眠ろうとしはじめたとき、尚子は不意になにもかもがいやになってしまった。その思いは龍巻きのように、尚子へ襲いかかってきた。寛は自分のことしか考えていないし、龍三は仕事のことがなによりも大事なのである。なぜ自分だけが好きなこともせず、のこのこあとをついて行くような生き方をしなければならないのか、それが我慢出来なくなったのだった。
 わたしだって、もっとみんなに大事にされたいのよ
 たったいちどきりの一生を、ひたすら忍従してすごすなんて、わたしが許さないわ
 それが終ると尚子は、いく枚かの着替えをスーツケースに詰め、やがて夜明けの表へ出ていった。凍(い)てつくように寒い表で、社宅のわが家をふりかえって眺めてみると、なんだか尚子は二度とこの家へ帰って来ることがないような気がした。

 東北の山深くの湖のほとりのその温泉場は、ひなびた温泉宿が数軒並んでいるだけだった。
 宿の女中さんの話では、
「いつもはひまなんですよ。雪になると帰れなくなりますから、冬はお客さんが少ないんです。今年は、あたたかくて冬がおそいから、お客さんが多いんです」
 ということだった。きっと閑静でものさびしいところだろうと思っていたのだが、子連れの客が多く、一日中、子どもたちの騒ぐ声が聞えていた。静かな山の中で、いったい自分がどんな人生を生きたいのかを、つきつめて考えてみたくて、ここにやってきたのだが、その思惑はいささかはずれた。むろん夜になれば、子供達の騒(ざわ)めきも足音もなくなり、静謐(せいひつ)な山気にかこまれた時聞がやってくる。もの思うのにはことかかないのだが、なんとなく尚子は、つきつめた気持ちになれなくなった。
 どういうふうに生きて行こうか?
 子ども達に書き方を教えたり、会社の女子社員たちに生花の手ほどきをしたりして、一生独りで暮らせるだろうか?
 この年になって、新しい夫につかえたりする面倒なことが出来るものだろうか?
 もっとなにか生きているあかしをのこせるような仕事に、一生をかけてみたいとか、あれこれの思いが脳裡をかすめてくるが、これといった答が出ない。そのうえ元旦の午後になって、近所の宿にとまっていた中年の女の人の水死体が湖であがり、大騒ぎになった。その中年の女の人とは、尚子は一度湖畔で会っている。湖畔のベンチに腰をかけ、暮れかける湖面を眺めていたとき、その女の人が気(け)だるそうにやってきて、尚子の隣に腰かけた。
 どこからきたのか、どこが悪いのかというような話をし、また女の人は立ちさっていった。更年期障害がひどくて、治療にきているのだと言っていた。あの女の人が自殺したと聞くと尚子は、なんとなく落着けなくなり、騒ぎが終ったあと、花を買って湖畔へ出かけていった。岸辺に立ち、花を湖面に投げこみ成仏をいのって帰りかけると、ベンチに腰かけている老人が、声をかけてきた。久保田という日本画家で、例年正月になるとこの温泉場を訪れ、雁の写生をしているという人だった。
 おなじ宿に泊っており、奥さんとは話をしたこともあるので、誘われるまま尚子は、久保田の隣へ腰をおろした。
「そろそろいいものが見えますよ」
 と言って、空をじっと眺めている。眺めながら、ぽつりぽつりと死んだ女の人のことを話しだした。
「あのおかみさんをわたしは知ってるんですよ。仙台の大きな百万石というお菓子屋さんのおかみさんでね、朝から晩まで、店でよく働いていましたよ。さっき旦那さんがやってきて、おかみさんのなきがらに縋(すが)りついて、おいおい泣いていましたよ。おまえが死ぬのはひどいじゃないか、あとに残ったおれはどうすればいいんだと泣きさけんでいましたよ。おかみさんは家つきの娘で、旦那は菓子職人で、養子なんですよ。旦那は仙台のはずれにある工場のほうで働いて、夜中に帰ってくる。無口でね、つぎつぎ新しい菓子をつくる男で、おまけに養子でしょう。働いてなきゃ、旦那の口がきけないんで、働きぬいていたんですよ。まだ先代が財布を握ってるんでね。おかみさんのほうは店を九時に閉めて、帳面をして、仕事がおわる。くたくたですよ。旦那と一つ家にいながら、話をするような時がない。自分を旦那がきらいなんじゃないかと、一年ほど前から思いだして、それが昂じてノイローゼ気味だったそうですよ。昨日夫婦になったからといって、それでなんでも通じあえるような仲になれるわけじゃない。夫婦らしい夫婦になるためには、ぴったり一つになって、よく話しあわないとね。いそがしいばかりじゃ、人も心も育たない、もちろん、夫婦も出来あがらない。旦那がどんなに頼りにしているか、それも、おかみさんにはわからなかったんだね。おかみさんがいなけりゃ、旦那は旦那になれないんだから、ほんとにまいっていたね、旦那はね」
 尚子はびっくりして、大きく目をみひらいた。昨日夫婦になったからといって、夫婦になれるわけではないというのが、こたえたのだった。
「おかしなもんですよ、昔は一家が心を合せてせっせと働きさえすれば、商売は繁盛、言うことなしだったのにね、今では働きすぎるとすぐへんなことになる。夫婦仲までがこわれる。おかしな世の中になってきたものだ」
 そう言ったかと思うと、久保田画伯が、
「ほら、あれ御覧!」
 と夕空の彼方を指さした。
 いったいどこから飛び立ったのか、夕空の中へ二十羽ばかり雁が舞いあがり、列をつくった。最初一列に並んでいたが、すぐ横一列になった。横一列になったかと思うと、今度は斜めにA型をつくり、山のほうへむかいはじめた。
「ねえ、雁は何千年も前から、ちっとも変らない。よろこびもかなしみも、ずっとおんなじなんだね。自然はよく出来ているんだね、速度はおそいがいいものを残して行くからね。それにひきかえ人の世の中はだんだんむつかしくなるばかりで、よほど辛抱したり努力しないとまあまあの生活も出来ないからね」
「先生、わたしも死にそうにみえますの」
「それは気のまわしすぎだね」
 雁が淡い黄色がかった夕空に消えると、画伯は尚子に笑いかけながら立ちあがった。
「気をまわしすぎると手もとがおろそかになると、むかしは言ったもんですよ」
 画伯のあとから尚子は帰りはじめたが、なんだか突然目の前が明かるく展けたような心地になりだした。とりわけ昔は働きさえすれば、繁盛言うことなしだったが、今は夫婦仲までがこわれてしまうというところが、大きなショックだった。結婚生活そのものが、昔とちがってたやすく強固に育たなくなっているのに、多分龍三も自分もそのことに気づいていなかったのだろう。式を挙げ、一つ生活をして子どもをつくることで、結婚が成熟するような幻想にとりつかれていたのだろう。そういうことがおこったのは、今の世の中は結婚をはぐくむようなものでなくなっており、よほどの努力をしなければ、よほど愛を深めていかなくては、結婚を育てることがむつかしくなっているせいだろう。
 画伯の目には尚子が、まわりの生活をきょろきょろ見まわし、人におくれをとらぬように、ただそれだけのことに気をつかうだけで、肝心の結婚そのものを育てることを知らぬ女に見えるのだろう。なんてわたしはばかなんだろう。こんな憂目をみたのは、龍三とおなじように、金さえあれば結婚が育つと思っていたせいである。
 すると突然、尚子は、そんな考えを家にもちこんできた龍三が可哀相になってきた。もしかしたら龍三は、尚子自身がそういう女だったから、がめつく働くようになったのではないだろうか。いやいや、そうではない、あの人は根っからそれしかない男なんだ。この山の宿の暮らしがさみしくて、こんなふうに考えているにちがいない。帰りたくなって、こんな気持ちになっているんだわ。
 やがて画伯と一緒に宿へ帰り、独り部屋へ戻ると、電話の前に尚子は坐りこんだ。ほんの暫くぼうっとしていたが、束の間、尚子は受話器をとり、0からダイヤルをまわしはじめた。電話はすぐかかった。龍三がそこに居たように、すぐ電話に出てきた。
「あなた、わたしよ、お目出度うございます」
 電話のむこうからは、いきなり、
「どこにいるんだよ、帰ってきてくれよ、ずっとおれ、眠れないんだよ、おれ、おれ」
 と龍三のはげしい声がしだし、すぐその声が泣き声にかわった。
 ここが正念場だと、尚子は思った。そう思ううちに尚子は、
「ごめんなさい」
 と言ってしまった。あとはいつもの通りだった。
「すぐ帰るわ、すぐ帰ります」
 と答えながら、夢中でしゃにむに自分に言いきかせはじめた。
 うん、結婚して二十年だもの、無駄じゃなかったんだわ、そうよね、なんだかんだといっても、愛していたのよね、それでなきゃ、浮気もせずに、二十年も一緒にいられるはずがないわ、そうよね

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