もくじ

登場人物紹介

恩田家のリビングルーム

はまぐりペペちゃん

ギョーザがいっぱい

一緒に寝ようよ

留守電ルンルン

パーティーは終わった

猿の手

プップッピ プップッピ プッピー プッピー

松茸が食べたい!

私達はあの中で生きてる人


もたいまさこ

東京都生まれ。高校卒業後1年間の百貨店勤務を経て、舞台美術学院に学ぶ。その後、「劇団300」の結成に参加。はじめは制作を担当していたが、やがてに舞台に立つようになった。

室井滋

早稲田大学在学中の八一年、映画「風の歌を聴け」でプロの女優としてデビュー。大学在学中の自主映画数、百本。アルバイトの数、百個。富山県人。

小林聡美

東京都生まれ。中学時代に女優としての活動を始め、高校在学中の八二年に映画「転校生」で初主演。

もたいまさこ

東京都生まれ。高校卒業後1年間の百貨店勤務を経て、舞台美術学院に学ぶ。その後、「劇団300」の結成に参加。はじめは制作を担当していたが、やがてに舞台に立つようになった。

室井滋

早稲田大学在学中の八一年、映画「風の歌を聴け」でプロの女優としてデビュー。大学在学中の自主映画数、百本。アルバイトの数、百個。富山県人。

小林聡美

東京都生まれ。中学時代に女優としての活動を始め、高校在学中の八二年に映画「転校生」で初主演。

やっぱり猫が好き

もたいまさこ 室井滋 小林聡美
はまぐりぺぺちゃん

恩田家リビングルーム。深夜――。

かや乃がルームランナーでジョギングしている。

レイ子はソファに寝そべって雑誌を読みながら、フライドチキンを食べている。

きみえはいない。

かや乃「レイちゃん。寝る前にあんたよくそんな油っこいもん食べられるわね」

レイ子「だってアタシお腹すいてるとさあ、夢見悪いんだもん」

かや乃「夢見?」

レイ子「うん」

かや乃「どういうことよ」

レイ子「夢見が悪いのよなんだか。やきそばの中泳いで人参にぶつかるような夢見んのよ」

かや乃「変なやつねえ」

フライドチキンを差し出すレイ子。

レイ子「食べる?」

かや乃「食べないわよ。全部食べんの、それ?」

レイ子「え?」

かや乃「全部食べるの?」

レイ子「一本どうぞ。いけるわよ、このフライドチキン」

かや乃「だめだめ。誘惑しないで。私ダイエット始めたのよ」

レイ子「(笑って)今更身体の線気にしてどうすんのよ」

かや乃「気にするわよ。あんたはいいわよ。胃下垂だから食べても食べても太んないからさ」

レイ子「何よ」

かや乃「うらやましいわよ」

レイ子「食べなさい。一本あげるから」

強引に勧めるレイ子。

レイ子「おいしいって。このフライドチキンなかなかいける」

かや乃「(そそられて)本当?」

ルームランナーから下りるかや乃。

かや乃「一本いただいちゃおうかな。この匂いがたまんないのよね」

嬉しそうに手で匂いを嗅ぐかや乃。

一本手にするが、ためらったあげくに箱に戻す。

かや乃「やっぱりやめよう」

レイ子「え、なんで」

かや乃「カロリー考えたらとっても無理だわ」

レイ子「なんで? 食べればいいじゃない」

かや乃「だめ、だめ、だめ」

レイ子「頑固ねえ」

かや乃(悩んだ末に)骨のとこだったらいいかな」

レイ子の残した骨を手に取るかや乃。その手を押さえるレイ子。

レイ子「やめなさいよ、みっともない。あるじゃない、ちゃんとしたのが」

かや乃の手を叩くレイ子。

かや乃「(ムッとして)もうあきらめるわよ」

ふきんで手をふくかや乃。

かや乃「いいわよ。なんか、カロリーの低い物食べるから」

キッチンへ向かうかや乃。

レイ子「食べればいいじゃない」

かや乃「ダメなのフライドチキンは。カロリー高すぎて」

冷蔵庫を開けるかや乃。

レイ子「ホントに頑固ね」

一人フライドチキンを頬張るレイ子。

冷蔵庫の中を物色するかや乃。

かや乃「あら、なんにもないや」

レイ子「きみえは?」

かや乃「きみえちゃん? このところ仕事新しく入ってね。いそがしいんだって」

レイ子「なんかあの子買ってくるわよ、きっと」

かや乃「あっ、これなんだろう?」

冷凍庫から皿を取り出す。

怪しげなモノが冷凍されている。

かや乃「あららららら、これなんだろう、アタシ冷凍した覚えないなあ。なんだと思う?」

レイ子「え?」

レイ子、立ち上がってキッチンへ向かう。

皿を差し出すかや乃。

かや乃「これなんだろう。なんかおいしそうだなあ。ちょっと解凍してみようかね。解凍解凍」

電子レンジに入れるかや乃。

レイ子「何それ」

かや乃「わかんないよそんなの」

レンジの前に佇むかや乃。

レイ子はソファに戻る。

かや乃「あ、いい匂いしてきたな」

と、レンジがチンと音を立てる。

かや乃「おっと、できたよ」

かや乃、皿を取り出す。

レイ子「なんだった?」

皿をじっと見つめるかや乃。

かや乃「何よこれ。誰よ、こんなもん冷凍したの」

皿からほかほかのストッキングをつまみ上げる。

レイ子きみえだ」

かや乃「あんたでしょう」

レイ子(まずい)」

かや乃「ほらね、きみちゃんストッキング穿かないのよ」

レイ子「あ、そう、そうだった?」

かや乃「そうよ、かいかいが出るからって」

レイ子「忘れてた。だって、夏ね、去年の夏入れたのよ。だって穿くとすーっとして気持ちいいのよ」

かや乃、呆れて皿をテーブルに置く。

レイ子「もう、使わないから食べて」

かや乃「食べれるわけないでしょ、こんなもん」

レイ子「だって、いいのよ。刻んで。繊維質だから」

かや乃「バカ言ってんじゃないわよ。ああ、期待して損しちゃった」

フライドチキンの箱を差し出すレイ子。

レイ子「食べりゃいいじゃない」

かや乃「いや、やめて」

立ち上がり、落ちつきなく歩き回るかや乃。

かや乃「あぁ、なんか食べたいな。口さびしいな。そうだ、上の佐久間さんが昨日旅行行って来たからおみやげあるって言ってた。あれもらってこよ。あれもらってこよ」

嬉しそうに玄関へ向かうかや乃。

慌てて引き止めるレイ子。

レイ子「お姉ちゃん、待って待って」

かや乃「何よ」

レイ子「やめなさい。もう一時まわってるんだから」

かや乃「いいじゃない」

レイ子「まわってんだから」

かや乃「きっとねきっとね、魚の干物だと思うのね。今そういうのが食べたい

レイ子「お姉ちゃんっ。今日ごはん三杯てんこもりで食べたのよ」

かや乃「だってご飯だけだもん。おかず食べてないもん。(意地になって)干物食べるんだい」

レイ子の手を振り払って、玄関へ走るかや乃。

レイ子「何よ、ご飯食べさせない嫁みたいじゃない、私が」

走って出て行くかや乃。

レイ子

レイ子、再びソファに座る。

レイ子「まったく頑固なんだからホントに」

雑誌に目をやるレイ子。

やがてきみえが、大きな段ボール箱を持って帰ってくる。

きみえ「ただいま」

レイ子「あ、お帰り」

きみえ「どうしたの、かや乃姉ちゃん、すごい勢いで私の傍らを走り抜けて行ったわよ」

レイ子「ほっといてよ。もう、やんなるわよ。食べない?」

フライドチキンを指さすレイ子。

きみえ「あ、おいしそう」

と、皿の上のストッキングを発見。

きみえ「なによ、そのストッキング。誰がやったの。もう、レイちゃんでしょ。まったくもう」

持ってきた箱をテーブルに置くきみえ。

きみえ「これね、明日の番組で使うの」

レイ子「何」

黄色い台本を取り出し見せるきみえ。

レイ子「(タイトルを見て)世界仰天動物大賞? へえこんなのやってんの」

きみえ「そうなの、すごいのもう。世界中からね、もう、計算するワニとかね、踊るキリンとかそういうのがいっぱい来んの」

レイ子「あ、そう。へえ」

きみえ「そう。すごいでしょ」

レイ子「あ、ひょっとしてこれ、中にその動物大賞に出るのが入ってんの?」

きみえ「ピンポンピンポンピンポンっ」

匂いを嗅ぐレイ子。

レイ子「わっやだ。泥臭い。ちょっと、何入ってるのかなあ」

きみえ「見たい?」

レイ子「見たい。ワニじゃないの?」

きみえ「違うわよ」

レイ子「セ、セイウチのミニツア?」

きみえ「違うわよ」

レイ子「今、なまったわね、ちょっと」

きみえ、箱からガラスケースを取り出す。

レイ子「あら、何これ?」

ケースを覗き込むレイ子。

レイ子「はまぐり?」

きみえ「ただのはまぐりじゃないわよ」

ケースを叩くきみえ。

きみえ「しゃべるはまぐり。ブラジルから来た、しゃべるはまぐりのペペちゃんです」

レイ子「しゃべるの?」

きみえ「そう」

レイ子「はまぐりが?」

きみえ「そう」

レイ子「(感心して)すごいね」

二人でケースを覗き込む。

敷きつめられた砂の上に、はまぐりが一個置いてある。

きみえ「噂によるとね、歌って踊ってジョークも飛ばせるってブラジルで評判のはまぐりらしいのよ」

レイ子「普通のはまぐりにしか見えないけどなあ。ちょっといい?」

きみえ「え?」

レイ子「さわって」

きみえ「どうしようかなあ。そうねじゃあ、大事にしてね。ギャラ百万円のスターさんだから」

レイ子「ほんと?」

ケースの蓋をあけるきみえ。

きみえ「百万円よ、レイちゃんよりよっぽど――」

はまぐりに語りかけるレイ子。

レイ子「百万円のスターさん、なんで私のうちに連れてきたわけ?」

ケースを覗き込むレイ子。

きみえ「飼い主がね、日本に初めて来日したから川崎に遊びに行きたいんで預ってくれって」

レイ子「川崎?」

きみえ「そう」

レイ子「大丈夫なの? かつがれてるんじゃないの?」

はまぐりをそっと手にのせる。

レイ子「ペペさん、何かお話ししてください」

無言のはまぐり。

レイ子「しゃべってください」

はまぐりに耳を近づけるレイ子。

なんの反応もない。

きみえ「ちょっと緊張してるんじゃないの?」

レイ子「貝のように口を固く閉ざしてるわよ」

きみえ「だって貝だもん

レイ子、ペペちゃんを指でこづいてからテーブルの上に置く。

レイ子「ちょっとアタシね、ダメね、やっぱり魚介類って」

きみえ「なんで?」

レイ子「あんまりほら、ダメなのよ。食べるのもダメ。肉食だからさ」

と、かや乃が玄関から駆け込んでくる。

かや乃「レイちゃんレイちゃん」

かや乃は手に白いボウルを持っている。

かや乃「レイちゃんレイちゃん、大収穫、なんだと思う?」

レイ子「なーに」

かや乃「よかった。(嬉しそうに)は、ま、ぐ、り」

十個ほどのはまぐりをボウルからテーブルにぶちまける。

ペペちゃんと見事に混ざり合うはまぐりたち。

きみえ・レイ子「きゃーっ(と絶叫)」

かや乃「はまぐりよ。ね、焼きはまにして食べよ、食べよ」

一人嬉しそうなかや乃。

はまぐりをボウルに戻そうとするかや乃。

きみえ「(慌てて)あ、ちょっと待ってちょっと待って」

かや乃の手を押さえるきみえ。

かや乃「(気づいて)あら、きみちゃん帰ってきてたの?」

きみえ「はい、ただいま」

はまぐりを呆然と見つめるきみえ。

かや乃「焼きはま食べようねっ」

やたら上機嫌のかや乃。

きみえ「ちょっと待って」

十一個のはまぐりを見つめるレイ子。

レイ子「混ざっちゃった。何これ、何よこれ」

かや乃を責めるように見つめるレイ子。訳がわからないかや乃。

かや乃「焼きはまにして

レイ子「どうしよう」

かや乃「だから佐久間さんのおみやげがはまぐり…」

レイ子「お姉ちゃん、これね、きみえがね、世界動物びっくり大賞っていうのやるんでね、連れてきたはまぐりなのよ」

きみえ、はまぐりを一個一個手に取って調べている。

かや乃え?」

レイ子「しゃべるのよ、はまぐりが」

かや乃「しゃべるの?」

レイ子「そうよ、しゃべるはまぐりなのよ」

はまぐりを見つめるきみえ。

どれがペペちゃんか完全にわからなくなっている。

きみえどうしようこれ」

かや乃「(呆れて)しゃべってもらえばいいじゃない」

レイ子「だから無口なしゃべるはまぐりなの」

かや乃「え?」

レイ子「無口なしゃべるはまぐりなのよ。人見知りするのよ」

きみえは相変わらずはまぐりを見つめて、ブルーになっている。

きみえ(どうしよう)」

レイ子「困るわ。どうするのよ」

かや乃焼いてみよう」

ボウルにはまぐりを入れようとするかや乃。

きみえ「(慌てて)ちょっと待ってよ。焼きはまぐりはちょっとまずいわ」

はまぐりを奪い返すきみえ。

かや乃の肩に手を置くレイ子。

レイ子「百万円するのよ」

かや乃百万の貝の味ってどんな味かねえ」

嬉しそうにはまぐりを見つめるかや乃。

きみえ「ちょっとやめてよっ」

はまぐりを抱えるきみえ。

きみえ「みんな明日持って行って、飼い主の人に鑑定してもらおう」

レイ子「そうね、それがいいね」

きみえ「それが一番安心だね」

はまぐりをケースに戻そうとするレイ子ときみえ。

かや乃「(慌てて)焼きはまぐりはどうすんの?」

きみえ「だってしょうがないじゃない」

かや乃「恥をおしてもらってきたのよ。寝てるところを」

ケースのはまぐりを見つめるかや乃。

かや乃「絶対食べないと気が済まない」

再びかや乃、はまぐりをボウルに戻そうとする。

取り合いになるきみえとかや乃。

レイ子が割って入る。

レイ子「わかった。わかったお姉ちゃん。たんとお食べ、はまぐり」

かや乃「ホント?」

きみえ「(泣きそうになって)どうしてよ、もう」

かや乃、嬉々としてはまぐりをボウルに戻す。

レイ子「(きみえに)いいから、私がペペちゃんをこれ? これよ。ペペちゃんはこれ」

一個のはまぐりを摑む。

きみえ「なんでわかるの?」

レイ子「え?」

きみえ「なんでわかるのよっ」

レイ子「いいのよどれだってどうせ」

きみえ「なんで」

レイ子「しゃべりゃしないわよ貝なんか。よく考えてごらんなさいよ」

きみえ「しゃべるわよ」

レイ子「嘘よ、嘘に決まってるわよ」

かや乃「そうよ」

レイ子「これがしゃべるはまぐりだとしてもよ、連れてってよ、スタジオに連れてってよ、(以下一人芝居で)皆さんこれがブラジルのしゃべるはまぐりのあっ、どうしたんでしょう(はまぐりを覗き込んで)、緊張してますねちょっと、私も今日あがってますそうやって騙されるのに決まってるのよ」

きみえ「わからないじゃない、そんな本番にならなきゃ緊張してるか緊張してないかなんて」

レイ子「(呆れて)まったく」

かや乃「そんなのばっかりよねえ」

レイ子「怪しいのよ。大体ディレクターとかそんなのなんてさ」

きみえ「え、だってちゃんとあれだよ、ブラジルに行ってしゃべるとこちゃんと聞いてきたって言ってたよ」

レイ子「腹話術かなんかで騙されてんのよあんた」

きみえ「私はディレクターを信じるわよっ」

かや乃「ま、そういう話はあとにして、それじゃ」

はまぐりの入ったボウルを持ってキッチンへ向かうかや乃。

きみえ「ちょっと待ってよっ」

慌ててつかまえるきみえ。

レイ子「悪いけど私お腹すかないわ」

きみえ「(レイ子に)無責任なんじゃないの?」

かや乃「無責任よ」

レイ子「なんで無責任なの」

睨み合う三人。

きみえ「私の仕事がかかってんのよ」

かや乃「私は夜食がかかってるのよ。(レイ子に)あんたが私の前でさフライドチキンなんか食べるから、私がこんなに固執するんじゃないよ」

きみえ「そうよ。だってあれだよ、レイちゃんがはまぐりを水槽から出したからこんなになっちゃったんだよ」

レイ子「ちょっと待って、わかったわよっ。オマェはどう思う?」

立場のないレイ子、突然犬の置物に話しかける。

きみえ

しらけきっているきみえとかや乃。

レイ子「(焦って)わかったわよ、貸しなさいよ。私がしゃべらせてあげるわよ」

かや乃の手からボウルを奪ってテーブルに置く。

見守るきみえ。

タバコに火をつけるレイ子。

レイ子「言ってみろ、オラ」

はまぐりにタバコの火を押しつけようとするレイ子。

きみえ「(慌てて)やめなさいよ」

レイ子の手を押さえるきみえ。

きみえ「乱暴はよしなさいよ」

レイ子「なんでよ」

きみえ「よけいこういうふうに閉じちゃうでしょう」

はまぐりをボウルから出して見つめるきみえ。

レイ子「ああ

かや乃「バカね、あんたたち。あんた、この人たちはどこで生まれたと思うの?」

きみえ「ブラジル」

かや乃「そうでしょう。日本語で言ったってわかるわけないじゃないよ。あんた、バカだね」

きみえ「ブラジル語だ」

レイ子「あ、ブラジル語か」

きみえ「ブラジル語で言えばいいんだよね」

かや乃「ブラジル語わかってんの? ブラジル語ってあんた、ポルトガル語のことよ」

きみえ「学があるんだね」

レイ子「すごいね、さすがお姉ちゃんよね」

きみえ「じゃ、お姉ちゃんはい、お願い」

レイ子「お姉ちゃん、やって」

かや乃「何をよ」

きみえ「ポルトガル語で、はい、しゃべって」

かや乃「知らないわよ」

きみえ(がっかり)」

レイ子「あ、そっか、ポルトガルといえば私よね」

かや乃「何それ」

呆れ返るきみえとかや乃。

レイ子「ポルトガル語よ。私、今、なんてった?」

きみえ「ポルトガルといえば私よね」

レイ子「ポルトガルといえば私よ。鉄砲伝来。以後ヨミガエル鉄砲伝来よ」

きみえ「嘘。ヨサンフエルじゃないの」

かや乃「ヨサンフエルよね」

レイ子「イゴヨミガエルもヨサンフエルも一緒よ、あんたたち」

きみえ「(気づいて)あ、そっかそっか」

かや乃「ごめんなさい、ごめんなさい」

レイ子「それぐらい私はポルトガル語には――」

かや乃「(制して)精通してるのね。わかったわ、やってちょうだい」

レイ子「いくわよ」

かや乃ときみえ、はまぐりたちを凝視する。

はまぐりに向かって呼びかけるレイ子。

レイ子「ペペっ、ペペっ」

なんの反応もない。

かや乃「名前呼んでもだめじゃない」

レイ子「カステーラ、カステーラっ」

なんの反応もないはまぐりたち。

レイ子「(大声で)カステーラっ」

きみえ「あっこれ動いたっ」

はまぐりの一つを指すきみえとかや乃。

レイ子「これだっ」

動いた一個を端へどかす。

レイ子「カステーラっ」

きみえ「かすてら、ポルトガル語だもんね」

レイ子「そうそう。カステーラっ」

さらに大きい声で叫ぶレイ子。

レイ子「コパカバーナのカステーラっ」

かや乃「アントニオ猪木っ」

きみえ「動いたっ。あ、これこれ、これよこれ」

かや乃、動いた一個をどける。

かや乃「アントニオ猪木で動いたよ。やっぱし英雄なのよ」

レイ子「倍賞美津子っ」

きみえ「あ、これ。これこれこれこれ」

今度は二個が一緒に動く。

かや乃「怒ってる怒ってる」

かや乃「マラドーナっ」

反応なし。

レイ子「ダメよ」

言葉に反応した数個のはまぐりを一列に並べる。

レイ子「これだけ?」

かや乃「これだけ。それじゃあとは焼きはまで。よろしいですか。よろしいですね。よろしいですね」

二人の顔を見つめるかや乃。

きみえ「大丈夫?」

レイ子を見る。

レイ子「大丈夫大丈夫」

かや乃「きみえさん、きみえさんいいですね」

きみえ、不安そうに頷く。

かや乃、嬉しそうに残りのはまぐりをボウルに入れる。

レイ子「どうしよう。次どうすんの? どうやって選ぶの?」

残ったはまぐりを一列に並べる。

レイ子「ブラジルといえば何。ほら」

きみえ「コーヒーっ」

レイ子「コーヒーよお姉ちゃん」

かや乃「コーヒーね。コーヒーコーヒー」

きみえ「ブラジルあるの? コーヒー。うちにブラジルのコーヒー」

キッチンへ向かうかや乃。

かや乃「キリマンジャロ

レイ子「キリマンジャロでいいわよ。キリマンジャロ持っていらっしゃいよ」

きみえ「大丈夫?」

レイ子「大丈夫。わかりゃしないわよ、貝だもん」

かや乃、コーヒーメーカーを持ってくる。

かや乃「でもアフリカよ、キリマンジャロって」

レイ子「だから移民してきた貝かもしれないじゃない。やってみましょうよ。つけてつけて」

きみえ「つけたらダメでしょう」

レイ子「なんで?」

かや乃「つけたら食べられなくなっちゃうでしょ」

レイ子「つけてみましょうよ」

かや乃「ダメよ。匂い嗅がせればいいのよ」

コーヒーメーカーの蓋を取るかや乃。

かや乃「食べられなくなっちゃうわよ、何言ってんの」

一個を手に取り、コーヒーメーカーの上に差し出す。

なんの反応もない。

きみえ「ダメね」

レイ子「残念でした」

かや乃「じゃあこれは私がもらっていいわね」

きみえ「ホント大丈夫? こんなことで」

かや乃「や、き、は、まっ」

ボウルに入れるかや乃。

二つ目のはまぐりをコーヒーの上に差し出す。

すでに口が少し開いている。

と、反応するはまぐり。

かや乃「きゃーっ」

思わずのけぞるかや乃。

かや乃「これいける、これいける」

はまぐりをテーブルの上に戻すかや乃。

レイ子「これはどう?」

別のはまぐりを手に取るレイ子。

きみえ「(かや乃に)手、動かしてるんじゃないの?」

かや乃「動かしてないわよ」

と、はまぐりを手にしたレイ子が叫ぶ。

レイ子「ぎゃーっ」

かや乃「もう動いたの?」

レイ子、はまぐりを恐る恐るコーヒーに近づける。

かや乃「落としちゃ嫌よ」

レイ子「大丈夫。これこれ絶対。これ絶対動いた」

きみえ「ホントなの?」

レイ子「うん。これ絶対動いた」

はまぐりをテーブルに戻すレイ子。

かや乃「きみちゃんもやってみなさい」

そっと手に取ろうとするきみえ。

レイ子「ペペっ」

きみえ「ぎゃーっ。うにょって出た。ほら、うにょって」

レイ子「え?」

レイ子に渡すきみえ。

レイ子「ぎゃーっ。すごいよこれ、これよきっと、お姉ちゃん」

かや乃「そう?」

レイ子から受け取るかや乃。

半分中身の出たはまぐりを、コーヒーの上に持っていくかや乃。

と、さらに貝が口を開ける。

かや乃「あーっ」

思わずコーヒーの中に落としてしまうかや乃。

大騒ぎの三人。のたうち回るきみえ。レイ子、慌ててコーヒーの中からはまぐりを拾い上げる。

かや乃「早く早く」

かや乃、急いではまぐりをふきんでふく。

きみえ「ああもう。これペペだったらどうするの?」

コーヒー臭いはまぐりを見つめるきみえ。

げんなりしているはまぐりをじっと見つめるレイ子。

レイ子「ほら、ほら、もう」

かや乃「ペペちゃんの候補よ、第一番よ」

レイ子「気の毒ごめんなさいね」

きみえ「もう閉じちゃったよ、殻を」

レイ子「これはどう?」

別の一個をコーヒーの上に差し出すレイ子。

かや乃「これはだめね。これ、焼きはま」

ボウルに入れるかや乃。

コーヒーに落ちたはまぐりを見つめるレイ子。

レイ子「ちょっとこれ、色が変わっちゃったわよ、ほら」

かや乃「決まったわね。最後の三つまでいったわよ」

レイ子「今、これよね。有力候補は」

変色したはまぐりを指すレイ子。

きみえ「思いついた。これはもうレイちゃんじゃないと。他の人にはできない」

レイ子の手を両手で握りしめるきみえ。

レイ子?」

きみえ「話によるとね、このペペちゃんはサンバのリズムで腰を振りながらハミングするっていうのよ」

レイ子「腰ってどこが腰なの?」

きみえ「よくわかんないんだけど。でも飼い主の話によると、そう言ってた。確か」

かや乃「今サンバって言ったらこれがくいってやったわよ」

真ん中のはまぐりを指さすかや乃。

レイ子「嘘っ。(はまぐりに向かって)サンバ、サンバ」

反応はない。

レイ子「(きみえに)アタシに、じゃあ何、サンバを踊れっていうこと? そりゃアタシは、全大学連盟サンバコンクールで二年連続優勝したわよ。この夜中に、できるかしら」

かや乃「やればできる」

きみえ「お願い」

再びレイ子の手を握りしめるきみえ。

かや乃も手を伸ばす。

かや乃「あなたしかいないのよ」

レイ子二人の目を交互に見つめて。

レイ子「頑張ってみる

固い決意の三人。



時間経過――。

階段の踊り場に、ド派手なサンバの衣裳を着たレイ子が立っている。手にはタンバリン。リビングでは、太鼓を抱えたきみえとパーカッション担当のかや乃が控える。

レイ子「ダシテマーラ」

レイ子、かけ声と共に階段を下りてくる。きみえとかや乃、楽器を構える。レイ子、タンバリンを鳴らしながら叫ぶ。

レイ子「ビーバ、ブラジール」

激しく太鼓を打つきみえ。

かや乃も懸命にパーカッションを叩く。

サンバのリズムで、激しく踊り狂うレイ子。

きみえ「あっ、動いたっ」

テーブルの上のはまぐりを指さすきみえ。

かや乃・レイ子「あーっ」

三人、はまぐりに近づく。

レイ子「ホントに? 動いた?」

きみえ「動いた、これ動いた。ほら」

かや乃「もう一回やらなきゃだめよ。わかんないわよ、まだわかんないわよ」

はあはあしながら。

きみえ「ホントに?」

レイ子「OK。やるわよっ。ビバ、ブーラジール」

再び激しく踊り狂うレイ子。

楽器を奏でるきみえとかや乃。

かや乃「あっ動いたっ」

左端のはまぐりを指すかや乃。

かや乃「これが動いたわよ」

きみえ「ホントに?」

かや乃「これが動いたわよ。これが動いた。これかこれ。これはチェック」

反応のないはまぐりを摑むかや乃。

かや乃「これは焼きはま」

はまぐりを選り分けるかや乃。

かや乃「これこれ。最後の二つよ」

レイ子「OK。ラーストブーラジールっ。ハァッ」

激しく踊り狂うレイ子。

きみえ「これだこれこれこれこれこれっ」

左端のはまぐりを指さすきみえ。

かや乃「これでしょ、こっちよ」

興奮しながらうなずくきみえ。

かや乃「やったわね」

きみえ「ホントにもう、心配かけて」

はまぐりを手に取ってポンと叩くきみえ。

かや乃「さ、焼きはまで、一杯やる?」

きみえ「あ、そうしましょ。そうしましょ」

かや乃「あ、日本酒日本酒」

はまぐりが入ったボウルを抱えてキッチンヘ向かうかや乃。レイ子立ち上がって玄関へ。

きみえ「どこ行くの」

レイ子「なんだかちょっと、引っ越してきたばかりだし、町内歩いてきたくなっちゃった」

きみえ「やめなさい。やめなさいよレイちゃん」

かや乃「夜中の二時にやめてよ」

派手な衣装で出て行くレイ子。

かや乃「また引っ越さなきゃなんないじゃない」

追いかけて行くかや乃ときみえ。


翌朝。かや乃がキッチンで食事の支度をしている。

かや乃「きみちゃーん、起きなさーい、会社遅れるわよ」

きみえが階段を駆け下りてくる。

きみえ「起きてはいるんだけど」

かや乃「起きてるの? 早くしないとご飯食べられなくなっちゃうわよ」

ソファに腰掛け、靴下を穿く。

きみえ「ご飯、ご飯はいいわ。昨日ちょっと寝る前にはまぐり食べすぎたから」

かや乃「それじゃ、味噌汁だけでも飲んで行きなさい。特製よ」

きみえ「何、特製って?」

かや乃「カニなのよカニ」

きみえ「カニ? どうしたの?」

かや乃「今日さベランダにカニがいたのよ。浜から上がってきたのよね」

きみえ「三階まで登ってきたの?」

かや乃「そうよ。やっぱ海辺のところってすごいわね。引っ越してきてよかった」

テーブルの上のはまぐりのケースを覗くきみえ。

きみえ「ペペちゃん」

中の様子を見るきみえ。

きみえ「あら? ちょっとお姉ちゃん。ペペちしゃん、ペペちゃんは?」

かや乃「はあ?」

きみえ「ペペちゃん」

かや乃「いるでしょう?」

きみえ「いないよ」

かや乃「なんで?」

青ざめるきみえ。

きみえ食べたでしょう」

かや乃「食べないわよ」

きみえ「嘘ね」

かや乃「私だって昨日あんなにはまぐり食べたんだから、もういらないわよ」

きみえ「じゃあなんでいないのよ。また、どっか隠したでしょう。冷凍とかしてんじゃないの」

かや乃「逃げたのよ。逃げたのよ。逃げたのよっ」

きみえ「そんなわけない、私だってちゃんと――」

かや乃「逃げたのよ」

きみえ「なんで嬉しそうに言うのよ、そういうふうに」

かや乃「いやそういうわけじゃないけど」

きみえ「じゃあ探してよ」

かや乃「そりゃサンバ踊るぐらいのはまぐりよ、逃げるわよ」

きみえ「ペペちゃん、ペペちゃんっ」

部屋の中を探すきみえ。

かや乃「チャチャチャ、ペペちゃん、チャチャチャ、ペペちゃん」

かや乃も一緒になって探す。

と、レイ子パジャマで下りてくる。

レイ子「ペペちゃんならここよ」

振り返るかや乃ときみえ。

レイ子、手にしたはまぐりを見せる。

きみえ「ちょっとレイちゃん、勝手に持ち出さないでよ、ホントにもう」

レイ子「私と一緒に添い寝してたの」

きみえ「返してよ」

レイ子の手から奪おうとするきみえ。

レイ子「さわらないでよ、ペペちゃんは私と一緒に暮らすの」

かや乃、はまぐりを見て驚く。

かや乃「何この顔。ちょっときみちゃん見てごらん」

覗き込むきみえ。

はまぐりにはマジックで目と口が描いてある。

きみえ「あっ」

レイ子「何よ」

きみえ「なんでこういうことするの。飼い主の人が怒るでしょう。洗うから返して」

レイ子「やめてよ。油性マジックで描いたんだもん。洗ったって無駄よ。洗ったって無駄よ」

はまぐりを奪おうとするきみえ。

部屋の中を逃げ回るレイ子。

レイ子「やめてよ。私たちは昨日話し合って、ブラジルの話も聞いて、心を通じ合わせたのよ。やめてよ」

きみえ「ペペちゃんがいないと始まらないんだから」

レイ子「ペペちゃんね、嫌なんだってさ。マスコミはきらいなんだっ。あっ」

思わず手が滑ってはまぐりを落としてしまうレイ子。

きみえ「あ、お姉ちゃん踏んだ」

かや乃「踏まないよ」

拾い上げるきみえ。

と、はまぐりを見つめて呆然となる。

きみえ「どーすんのよ、ペペちゃんいないじゃないのよ。どこやったの?」

はまぐりは殻だけで、中身が入っていない。

レイ子「やだ、やだ。ペペっペペっ」

三人必死になって探しまわる。

かや乃「ちょっと、気をつけなさいよ。ベランダのほうに行っちゃってたんじゃないの? ちょっと、気をつけなさいよ」

レイ子「いや、踏まないでよ」

三人、恐る恐るベランダへ向かう。窓を開けて外に出る三人。

レイ子「ペペ、ペペ」

レイ子「やだ、いないじゃない。やだ、いない」

涙ぐむレイ子。

きみえ「どうしよう」

かや乃「海に帰ったんだよ」

レイ子「だって裸一貫で、どうやってこの知らない海で暮らしていくの?」

きみえ「海に帰った?」

かや乃「帰ったのよ」

きみえ「そんなわけ――」

と、リビングで電話が鳴る。

きみえ「あ、ちょっと、どうしよう、会社からだったら」

かや乃「正直に言うしかないわよ」

レイ子「ひどいよお姉ちゃん」

きみえ、リビングに戻って電話に出る。

きみえ「はい、恩田です、あ、ファイン サンキュー アンド ユー? あ、グー、え、あ、ハーイ」

かや乃とレイ子もベランダから戻ってくる。

きみえ「(二人に)飼い主。飼い主。あ、川崎、川崎、よかったですね、はい。え、何? スピーク モア スローリー、あ、ごめんなさい。えっとー、ペペちゃん、あ、ペペちゃんは元気で、あ、いや餌はあげなかったですけど。いや、だって入ってなかったでしょ? え、あ? はまぐりが餌なの? それで?  じゃ、ペペちゃんは? え(呆然)あ、ちょっと待って、ジャスト ア モーメント プリーズ」

受話器を置くきみえ。

きみえ(呆然)」

見守るかや乃とレイ子。

きみえ「はまぐりは餌なんだって。東京で買ったんだって。で、ペペちゃんは、カニ」

かや乃「しゃ、しゃべるのは誰?」

きみえ「カニ。カニがペペちゃんなんだって。でもいなかったよね。土の中に隠れてたのかな」

ケースを揺すってみるきみえ。

レイ子「私、語り明かして

かや乃「バカみたいね。カニだったんだね。何よ」

と、かや乃、何かに気づく。

かや乃カニ? きみちゃん、それどういうカニ?」

きみえ「身体がこんなにちっちゃくって、手がこんなに大きいの」

かや乃「水色の縞模様っていうか

きみえ「うん。水色の縞模様って言ってた

かや乃「えーっ」

慌ててキッチンへ走るかや乃。

きみえ「え、ちょっと、どうしたの?」

後を追うきみえとレイ子。

火にかけた鍋のフタからカニの足がはみ出している。

きみえ

呆然と佇む三人。

ギョーザがいっぱい

恩田家リビングルーム。夕刻――。

かや乃ときみえ、キッチンで料理の準備。

レイ子が玄関から入ってくる。

レイ子「こんにちは」

思いきり背伸びをするレイ子。

きみえ「こんにちは」

レイ子「ああもうヒショの生活にもやっと慣れたっていうか」

かや乃「え? どっか遊びに行ってたの?」

レイ子「新しい仕事始めたの知らない?」

きみえ「ああそう、それはよかった」

レイ子「丸の内で社長秘書になったのよ私。知らない?」

きみえ「へえ」

レイ子「もう、肩凝っちゃって」

かや乃「ドラマなんだ?」

レイ子「ドラマじゃないの、今度から秘書になろうかなって」

きみえ「女優やめたの?」

レイ子「女優はちょっとまあね、しばらくまあ休業っていうかね」

きみえ「せっかくねえ、テレビ初出演が」

レイ子「そうね、残念だけどね」

かや乃「もうちょっとやんなさいよ、あんなにセリフしゃべったんだからねえ」

レイ子「まあいいじゃない。あらら、今日は二人でごはん作ってるの?」

きみえ「そう、たまの日曜くらいはお手伝いしないとね」

レイ子「ふーん。何作ってるの?」

かや乃「ん? ギョーザよ」

レイ子「まあ、ギョーザ」

テーブルの上の大量の「皮」を見て驚くレイ子。

レイ子「あら、すごいこれどうしたの?」

かや乃「駅前でさ、出血大サービスやってたのよ」

きみえ「もう、血まみれ」

レイ子「ギョーザの皮ってさあ、そんなにだって、安いものでしょ普段だって」

かや乃「それがさあ、それに輪をかけて安かったのよ。あんた素通りするわけにいかないでしょ、かや乃姉さんが」

きみえ「悪い癖」

袋を手に取って見つめるレイ子。

レイ子「賞味期間ぎりぎりよ。今日中に食べないと腐っちゃうってことだからね」

きみえ「がんばりましょ」

レイ子「知ってる? ギョーザの中におしんこ入れるとおいしいって」

かや乃「おしんこ?」

レイ子「そうよ」

きみえ「嘘。どういうふうに入れるの?」

レイ子「細かく刻んで」

かや乃「たくあんなんかはパリパリしてておいしいかもね」

レイ子「そうそうおいしいのよ」

かや乃「そういえばあったかもしれない。ねえ古漬けでもいいの?」

冷蔵庫を覗くかや乃。たくあんを取り出す。

レイ子「うん、古漬けでもいいけど、なんといっても料理はアイデアよね。ねえ、他にもなんかないの?」

冷蔵庫を物色するかや乃。

かや乃「あるよ。固くなったチーズでしょう。固くなったアジの開き。すっかり固くなった納豆」

レイ子「柔らかくなったのないの?」

かや乃「柔らかくなったの? あるよ。柔らかくなっためざし。それと、柔らかくなったリンゴ。だめ?」

レイ子「リンゴねえ」

かや乃「だめ? 使えない?」

きみえ「普通のでいいんじゃないの?」

かや乃「溶けてしまった、ところてん」

きみえ「(呆れて)溶けてしまった、ところてん?」

レイ子「お姉ちゃん、これなあに?」

冷蔵庫を覗き込むレイ子。

かや乃「あ、それ、マグロよ。マグロ」

レイ子「薫製?」

かや乃「薫製じゃないわよ」

レイ子「薫製になってるわよ」

かや乃「あら、薫製になってる? 刺身だったんだけどね」

レイ子「やめてよこういうの、すぐ捨ててよ、もう」

かや乃「だってあんたたちがさ、帰り遅くなってさ、今日はごはん食べるなんか言っててさ、用意すると食べないんだもん」

レイ子「そうやってどんどんどんどんたまってくんだ、いろんなものが」

かや乃、たくあんを刻む。

かや乃「ね、こんなもんでいいの? こういう細かさ?」

レイ子「そうそう。そんなもんでいいのよ」

かや乃「あ、ホント? それじゃ、これを入れればいいのね」

トントンと調子よく刻むかや乃。

目の前に具の入ったボウルが二つ置いてある。

そのうちの一つにたくあんを入れるかや乃。

かや乃「こっちひとつだけにしようかね」

きみえ「うん。こっちは普通のにしようよ」

レイ子「ホントにきれいな手ねお姉ちゃんの手っていつ見ても」

かや乃「だって昔手タレやってたんだもん」

レイ子「手タレやってたことあんの?」

きみえ「そうそうそう。学生時代」

レイ子「私たちこの手に育てられたってことになるの?」

かや乃「当たり前よ。ホントに。顔は映んなかったけどね。さ、こんなもんかな。それじゃ、こねこねしちゃおかね」

きみえ「こねこね。そういうの私も好き」

レイ子「私もやりたい」

かや乃「あんたたちちゃんと手洗いなさいよ」

きみえとレイ子、先を争いながら手を洗う。

かや乃「もう、うるさいね。石鹸で洗ってよ」

きみえ「はいはい」

レイ子「石鹸で洗うのよ」

今度はギョーザの具が入ったボウルを取り合うレイ子ときみえ。レイ子、具をこねながらリビングへ移動する。

レイ子「ああ、気持ちいい。ひんやりして気持ちいい。気持ちいい」

具をこねまわして遊ぶレイ子。

かや乃「(困惑して)ちょっとちょっとちょっと」

きみえ「貸してよ。なんでよ」

きみえもボウルに手をつっ込む。

もみ合う二人。

かや乃「遊ばないでよ、食べ物で。ここに置いてやればいいじゃん二人で」

レイ子「気持ちいい」

きみえ仲直り」

手を差し出すきみえ。

レイ子も手を出す。

きみえ、具だらけの手で、レイ子の腕を摑む。

レイ子「うわ、きたねえ、こいつ」

もみ合う二人。

手についた具がボロボロ床に落ちる。

かや乃「ちょっと、何してるのよ、二人で。こぼれてるわよもう」

きみえ「ほら、拾わなくっちゃ」

しゃがみ込む二人。

かや乃「もう、やあねえ」

レイ子、拾った具をボウルに戻している。

きみえ「もう、入れないでよ、中に」

レイ子「なんでよ」

きみえ「入れないでよ」

かや乃「そっちはレイちゃんよ。レイちゃん食ベなさいよ」

レイ子「(きみえに)きたねーっ、この子はもうどうしてこうなの」

きみえ「(呆れて)なんで」

レイ子ときみえ、ゴミを捨てて戻ってくる。

リビングのテーブルで具をこねる三人。

レイ子「でも、いいわね。こうやってさあ、みんなでたまに、料理作るってのも、よくない?」

きみえ「子どもの頃を思い出すわね」

レイ子「うん」

かや乃「え、子どもの頃ギョーザなんか作ったっけ? みんなで」

きみえ「ギョーザは作んなかった。紙ねんどでみんなでこねこねして遊んだ」

かや乃「作ったね、ほら、象のうんちとか」

レイ子「え?」

きみえ「象のうんち作らないよ。病気になったセイウチとか作ったよ」

レイ子「でもさ、家庭科のときもこういうことやったよね、よく」

きみえ「え? 家庭科?」

レイ子「学校の家庭科」

きみえ「やったやった」

かや乃「最初にやったのはね、チャーハンかなんか」

きみえ「最初はカレーライスだよ。みんな。小学校のときにカレーライスだよ」

レイ子「嘘よ、青菜炒めよ」

きみえ「何よ青菜炒めって」

レイ子「それでお客様を招待してさあ、お茶出すのよ、小学校のときに」

きょとんとしているかや乃ときみえ。

レイ子「あんたたちどこの中学?」

かや乃「あんただって一緒じゃないの。千葉の、中学校でしょう」

レイ子「そうよ。だからアタシさ、お金もらって鶏肉買ってこうと思ったらお金落としちゃってしょうがないから、カエル持ってったわよ、千葉の田圃から」

かや乃「何それ?」

きみえ(また始まった)」

レイ子「わかりゃしないわ、味が一緒だから。そう教えてくれたのはお姉ちゃんあなただったでしょう」

きみえ(しらけている)」

かや乃「カエルったってあんた、食用カエルとは違うんだよ普通の雨蛙なんかとは」

レイ子「食べたわよ。みんな。千葉の小学生は」

かや乃「あんたってやることが小さいときから大胆ね」

レイ子「わあ見て、ほら。おにぎり」

具を丸めてみせるレイ子。

レイ子「わあ面白い。ハンバーグにもなるわ」

平たくしてみせるレイ子。

きみえも負けじと具をこねる。

きみえ「わあ見て、ほら。トド」

レイ子「わあ見て、ほら、ほら。鷗よ。」

かや乃「一生やってな、二人で」

と、電話が鳴る。

きみえ「あ、電話。出て、レイちゃん」

レイ子「いや」

かや乃「ちょっと出なさいよ」

きみえ「手べたべただもん、アタシたち」

レイ子「アタシだって。アタシなんかもっとくっついてるわよ」

きみえ「レイちゃん一番近いでしょ」

かや乃「近いんだから、出なさい」

レイ子「わかったわよ。しょうがないわね、あんたたちはホントにもう」

キッチンに向かうレイ子。

電話は鳴り続けている。

かや乃「何やってるのよもう」

レイ子「手洗わないと」

きみえ「洗わなくていいっ」

かや乃「洗わなくていいから早く出なさいよ、もう」

きみえ「早く」

かや乃「そっちにティッシュがあるじゃない」

きみえ「あー、切れちゃう、早く早く」

かや乃「何してるのよ、いいから早く」

右往左往するレイ子。

意を決して、ベたべたの手で受話器を摑む。

レイ子「ぐわあああ(電話に)もしもしはい。え? ギョーザ。うちはギョーザは作ってますけどねー、出前はやってませんよ」

受話器を置くレイ子。

レイ子「間違い電話だった」

戻ってくるレイ子。

きみえ「ちょっと。電話ふいといて」

レイ子「あとでふく」

再び具のボウルに手をつっ込もうとするレイ子。

きみえ「はい終わり」

レイ子

かや乃「はいはいはい」

ボウルをキッチンにさげようとするかや乃。

きみえ「あ、置いといて、このまま。皮だけ持ってくればいいから」

かや乃「そうね」

かや乃ときみえ、手を洗いにキッチンへ行く。

レイ子(淋しい)」

レイ子もついて行く。

かや乃に邪魔されて、なかなか手が洗えないレイ子。

レイ子「どうしてそんな。私がやっと真面目に秘書になったっていうのに、その態度は何よ」

かや乃「夢でも見たんじゃないの?」

きみえはリビングへ戻る。

きみえ「(かや乃に)ギョーザ載せるお皿も持ってきて」

かや乃「うん」

かや乃、皿を用意する。

レイ子、やっと手を洗うことができる。

レイ子「ああ、やだやだ」

リビングのテーブルに集合する三人。

三人せっせと皮に具を包み始める。

レイ子「すごいね、この量」

かや乃「そりゃそうよ」

きみえ「何個くらい作るの、これ?」

かや乃「えーと、一人三十個アタマで、九十個あればいいんじゃない?」

きみえ「そんなに作るの?」

レイ子「三十個って誰が食べるのよ?」

かや乃「あんたたち」

きみえ「九十個? 一人三十個? それ多い」

レイ子「五個か六個でいいんじゃない? ねえ?」

かや乃「バカねあんた、ホームのギョーザよ。ホームギョーザよ」

きみえ「ホームギョーザはいっぱい食べることになってるの?」

かや乃「そりゃそうよ」

レイ子「一人五、六個でいいわよ」

かや乃「それじゃ少ない少ない」

きみえ「五、六個? 五、六個はちょっと少ないかもしれないけど」

かや乃「そうよ五、六個じゃ少ないでしょう」

きみえ「そうよ、一番食べるくせに」

かや乃「何言ってるのよ」

レイ子、きみえの作業を見つめる。

レイ子「きみちゃん下手ねえ、しかし。ちょっと見てらっしゃい。ギョーザはこうするのよ」

きみえの前で挑戦的に皮をひらひらさせるレイ子。

レイ子「いくわよ」

手で具を摑んで、ぽんと皮に載せる。

きみえ「(感心して)お、スプーンは使わないね」

レイ子、いきなり舌で皮をなめる。

かや乃・きみえ「あっ汚い」

かや乃「何するの」

きみえ「何こいつ」

涼しい顔で、皮を貼るレイ子。

きみえ「きたねえやつ、こいつ」

かや乃「やだ、一緒にしないでちょうだいね」

レイ子「こうやってひっつくのよ」

きみえ「何、前『赤さそり』でそうやって出してたの?」

レイ子「そうよ」

思ったように皮が貼りつかない。

レイ子あんたたち、すっごい上手だけどこれってどうやってやるの?」

かや乃「あんた、なんにも知らないで作ってたの?」

レイ子「どうやったらできるのこれ」

きみえ「なめてただくっつけてただけなの?」

かや乃「ぎざぎざ作っていくの、こうやって。ぴゅっぴゅっと」

器用にギョーザの皮を貼りつけるかや乃。

レイ子「そんなの学校で教えてくれなかったもん。『赤さそり』はこうよっ」

また皮をなめて貼りつけるレイ子。

きみえ「汚ーい。『赤さそり』の人可哀想だね。『赤さそり』で食べた人」

かや乃「クラブに来るじじいなんて、気持ち悪いやつ食べさせてもわかりゃしないよ」

レイ子「ほら、これでいいのよ」

形の崩れたギョーザをブローチのように胸に当ててみせるレイ子。

レイ子「ベスト・オブ・ギョーザ。ヘっへっへっ」

対抗して、自分のギョーザを見せるきみえ。

きみえ「ほら、頭が割れてる、てるてる坊主。脳味噌出てる、てるてる坊主」

呆れているかや乃。

きみえ「ダメ?」

かや乃「好きにしてちょうだい」

きみえ「ギョーザにいろんな形があってもいいと思うの」

かや乃「ああ、わかったわかったわかったわかったわよ。なんでも好きにやんなさい」

レイ子「お姉ちゃんてどうしてきみえばっかりそういうふうに、きみえの作ったものはいいって言うの?」

かや乃「いいって言わないじゃん」

レイ子「そうかなあ」

と、レイ子の顔色が変わる。

レイ子「ちょっと待って、ちょっと待って。指輪ない?」

かや乃「うん?」

ボゥルの具の中を探すレイ子。

きみえ「してこなかったんじゃない、最初から」

レイ子「アタシ、指輪してたでしょう」

具をさぐる。

かや乃「してないよ」

レイ子「え、やだ。猫目石のね、十五万の指輪をね、買っていただいたのよ。社長に」

きみえ「えっ、社長?」

かや乃「誰、社長って」

レイ子「水戸の社長よ」

かや乃「会社やってんの? カメラの? カメラマンの会社?」

レイ子「それの中に入ってるんじゃないの?」

もう一つのボウルに手を伸ばすレイ子。

が、きみえがボウルを端にどける。

レイ子(ムッとする)」

かや乃「じゃあ大事なやつだったんだ」

レイ子「そうよ。猫目石ってさ、ひき肉と交じると変色しない?」

かや乃「するかもしれないね」

レイ子「やだぁ、ちょっと貸してよ」

ボウルを奪おうとするが、きみえはなかなか離さない。

レイ子「お願いだから、貸してもらわないと困るのよ」

強引にきみえから奪い、スプーンを二本使って具をほぐす。

かや乃「食べ物で遊ぶからこういう結果になるのよ」

レイ子ないわ。ちょっと待って。悪いけどちょっと、開かせていただきます」

レイ子、包み終えたギョーザに手を伸ばす。

かや乃「何言ってるのよ、せっかく作ったのに」

きみえ「(レイ子に)せっかく作ってるのに。ちょっと、自分のはいいわよ、私たちのはやめてね」

レイ子、自分で包んだギョーザを次々に開き出す。

レイ子「まあ、開きやすいこと、私のギョーザ」

必死になって指輪を探すレイ子。

レイ子「ないわよっ」

きみえ「だから、なかったのよ」

かや乃「持ってこなかったのよ」

レイ子「ちょっと待って」

レイ子、二人が作ったギョーザに手を伸ばす。

かや乃「ちょっとちょっとレイちゃん、やめて

無理矢理開いて調べるレイ子。

レイ子「私あとでやるから。私うまいのよ」

きみえ「やだ、汚いじゃないのよ、レイちゃんの」

次々とギョーザを開いていくレイ子。

かや乃「あーあ」

きみえ「もったいない」

レイ子「ない、ない、ないよっ」

レイ子、指輪が見つからずに半べそになる。

かや乃「初めっからしてこないから、あるわけないわよ」

レイ子「猫目石よ、十五万の。あっ」

レイ子、きみえに近づく。

きみえ「何」

レイ子「あったわ、それよ」

きみえ「ダメよ、これ。脳味噌はみ出てる、てるてる坊主」

レイ子「そん中しかないじゃない」

きみえ「焼いたらあとであげるわよ」

レイ子「嫌よ、焼いたら猫目石の色が変わらない?」

きみえ「変わるかもしれない」

かや乃「そうだよねえ」

レイ子、きみえを追う。逃げるきみえ。

レイ子「返してよ」

きみえ「ダメ、これはダメなのよ」

レイ子「お願い、返してよ」

キッチンまで逃げるきみえ。追いつめるレイ子。

かや乃「きみちゃんもさあ、また作りゃあいいじゃん」

と、きみえ、流しで何かを見つける。

きみえ何これ?」

レイ子「あ

きみえ「なんだこれ」

きみえが脳んだのは猫目石の指輪。

きみえ(レイ子を睨む)」

レイ子「(ごまかして)あんたが持ってたのね、やっぱり」

きみえ「ここに(流しを指さす)」

レイ子「嘘、そこ(ギョーザ)から出したのね、見たわよ見たわよ返してよ」

きみえ(呆れて)信じられない」

かや乃「何?」

きみえ「手洗うとこに、ここに置いといたのよレイちゃん」

レイ子、指輪をきみえから返してもらう。

レイ子「やあねえ、ごめんなさいねえ、(指輪に)離れるんじゃないって、あれほど言ってるでしょ、バカ」

呆れはてているきみえとかや乃。

レイ子「(気にせず)さ、作業開始しようかね。さ、やり直し、やり直し」

レイ子、ギョーザに取りかかる。きみえ、レイ子が崩したギョーザの残骸をレイ子の前にぶちまける。

気まずいムードの中――。

レイ子「さ、やり直しやり直し、いいわよ、私全部やるからね、ははは、大丈夫よ」

と、レイ子、舌でギョーザの皮をなめる。呆れるかや乃ときみえ。


時間経過。

食後のひととき。

テーブルの周りでグッタリしている三人。

レイ子「ああ、食べた食べた」

テーブルの上には焼きギョーザ、揚げギョーザなどの残骸が散乱している。

かや乃「ベルトの穴をひとつアレしたら」

レイ子「苦しい。でもこれいっぱい残っちゃったねえ」

皿の上のギョーザを見つめる三人。

きみえ「ねえ胃薬ない、胃薬」

かや乃「胃薬切れてんのよ」

きみえ「ああ助けてください」

レイ子「ちょっとアタシたち四十個は食べた?」

きみえ「食べた?」

レイ子「食べたわよ」

かや乃「六十作ったから三分の二は食べたわね、それでも」

レイ子「だいたいさあギョンザ――」

食べすぎて舌がまわらないレイ子。

きみえ「うん?」

レイ子「(気にせず)ギョンザオンリーってのがやあね」

きみえ「ギョンザオンリー?」

レイ子「もっとサラダとかなかったの」

かや乃「ちゃんと考えたつもりなのよ。ギョーザスープでしょ、普通のギョーザでしょ、揚げ、フライドギョーザでしょ」

レイ子「きみえ、何個食べた?」

きみえ「私はちゃんと十二個食べたわよ」

レイ子「アタシは十八個でしょ。お姉ちゃん」

かや乃「十九個かな」

きみえ「嘘」

きみえ、かや乃の頭をこづく。

かや乃「食べたって、食べたって。食べた、十個は食べた」

きみえ「そんなに食べてないわよ」

レイ子、箸を掴んで立ち上がる。

揚げギョーザを箸で摑み、かや乃に無理矢理食べさせようとするレイ子。

かや乃「もう、もう

レイ子「恩田、ぱーっとやろうぜ」

かや乃「無理です無理です」

レイ子「恩田、食べてごらん」

きみえ「レイちゃん、やめなさいよ。渋谷にいる変な大学生みたいだからやめなさい」

かや乃「やめてよ、もう本当に入らないって」

かや乃を解放するレイ子。

かや乃「そうだ、ねえ隣の鴨田さん、赤ちゃん生まれたのよ」

レイ子「そう?」

かや乃「そうなのよ」

きみえ「そうなの」

かや乃「お祝いにギョーザってのはどう?」

レイ子「お祝いにギョーザ?」

きみえ「ちょっとギョーザっていうのはあれなんじゃないの」

レイ子「いいじゃない、大丈夫よ、ねえ」

かや乃「いいよね」

きみえ「えー」

レイ子「キレイに持ってけば平気よ」

きみえ「えー、だって普通の家だったらいいけどさ、めでたいとこにギョーザ

レイ子「ギョーザ、めでたいじゃないの」

かや乃「産後にさ、力つけてくださいみたいでいいじゃない」

かや乃、立ち上がり、奥の部屋へ行く。

レイ子「きれいにねえ、ラッピングしていけば大丈夫よ、のしつけて持ってけばいいんじゃない」

きみえ「えーだって

レイ子「いいじゃない、近所なんだから別にいいじゃない」

戻ってくるかや乃。

かや乃「じゃーん」

かや乃、手にした箱を差し出す。

レイ子「あっ、いいわね」

かや乃「憶えてますか、去年のクリスマスケーキの箱なんですね」

レイ子「よくそんなのもってたわね」

かや乃「パーティー、パーティー」

きみえ「ごちそう作って朝まで飲んで」

かや乃「パーティー、パーティー。踊ったじゃないの」

きみえ「やったわね」

レイ子「そんなこともあったかしら」

きみえ「招待状で舌切ったじゃない」

かや乃「そうよ。さ、入れて入れて」

かや乃、ギョーザを箱に詰める。

かや乃「あ、箱が小さいな、一皿しか入らないなあ」

レイ子「いいわよ、あとはね、あとはほら、朝まで適当に食べればいいじゃない」

かや乃「もうちょっと入ると思ったのにな、参ったなあ。あれ、ろうそく入ってる。これもつける?」

レイ子「いいわね」

きみえ「やめたほうがいいわよ」

箱に蓋をするかや乃。

レイ子「リボンどうしようか」

かや乃「あ、リボン買ってこようか」

きみえ「いいわよ、いいよいいよこんなのでいいよ。期待持たせないほうがいいよ」

かや乃「あ、そうかそうか。それじゃあ、ちょちょちょちょっと」

レイ子「ちゃんとごあいさつしてきてよ」

かや乃「ちょっと行って来ますね」

かや乃、いそいそと出掛ける。

見送るレイ子ときみえ。

レイ子「いってらっしゃーい」

きみえ「(レイ子に)失礼じゃない」

レイ子「なんで」

きみえ「ケーキの箱の中に入ってるなんて」

レイ子「何事にも自信持たなきゃダメよ」

浮かない顔のきみえ。

レイ子「しっかり自分が作ったギョーザなんだから自信持たなきゃ。ギョーザもこの世に生まれてきたかいがないでしょ」

きみえ「う、うん」

レイ子「あ、思い出した」

レイ子、手を打って立ち上がり、電話をかける。

きみえ「どこに電話すんのよ」

レイ子「ちょっとね。『赤さそり』のお客さんに栗山さんて人がいるのよ。ギョーザ好きなのよ」

きみえ「せっかくやめたっていうのに」

レイ子「(電話に)あ、もしもしくりや、あ、くーちゃん、レイ子」

急に口調が女っぽくなる。

レイ子「(電話に)何してたのあ、そう」

きみえ(唖然)」

レイ子「(電話に)私今日ね、くーちゃんのために作ったのよ、ギョーザ、ギョーザ、ぎょほほほほ。今から取りに来ない? 家族も紹介したいのよ」

きみえ「やだよ、そんなの」

レイ子「くーさん、どこだっけ? 相模大野?それじゃレイ子困っちゃうわ、またね、グッナィ」

電話を切るレイ子。

レイ子(がっかり)」

きみえ(呆然)」

と、かや乃が表から戻ってくる。

かや乃「大成功、大成功」

レイ子「どうだった?」

かや乃「もらってくれたわ」

きみえ「怒らなかった?」

かや乃「怒んないわよ。怒るつもりかもわかんないけどさ、そのまま『はいどうぞ』って言って渡してきちゃった」

きみえ「開けるの見ずに?」

かや乃「そうよ」

きみえ「何持ってんの」

かや乃は重箱を抱えている。

かや乃「引き出物もらっちゃった」

レイ子「おはぎだょ」

かや乃「奥さんの実家から送ってきたんだって」

きみえ「じゃおはぎだよ。甘い物だったらちょっと入るかね」

レイ子「食べよう食べよう」

かや乃「おはぎだ」

きみえ「お茶なんか入れ替えたりして」

かや乃、蓋を開ける。

中にはぎっしり詰まったギョーザ。

呆然となる三人。

怒りに震えるかや乃。

かや乃(騙したな)」

玄関へ向かうかや乃をレイ子が必死になって止める。

レイ子「(泣きながら)ちょっとお姉ちゃん。やめなさいよ、せっかく引っ越してきたのにやめてよ」

かや乃を羽交い締めにするレイ子。

かや乃「(悔しい)

レイ子「また引っ越さなきゃいけないことになるんだから抑えてよ」

きみえ「きっと隣の鴨田さんもセールに釣られてギョーザの皮いっぱい買って作りすぎたのよ」

かや乃「考えることはおんなじだったんだ」

がっくり肩を落とすかや乃。

重箱に入ったギョーザを凝視するレイ子。

レイ子だってびっくりよ、このレイアウト。お姉ちゃんが教えてさしあげたんじゃないの」

かや乃「違うわよ」

目の前のギョーザの山を見つめる三人。

結果的にギョーザの量はさっきより増えている。

かや乃「まいったなあ、もう」

溜息をつく三人。

かや乃「考えることはおんなじなんだねえ」

なにやら決意して立ち上がるきみえ。

きみえ「よし、ちらっとアタシ、二、三個ちょうだい。このお皿でいいや」

皿にギョーザを盛るきみえ。

きみえ「道路の向かいに犬がいるでしょ、大きな犬が」

レイ子「ああん」

きみえ「こいつがまたよく食べるのよ」

レイ子「そいつにやっちゃえ、くれちゃえくれしちゃえ」

きみえ「会社の帰りにアタシも色々食べさせてんだけどね」

かや乃「やあねえ」

きみえ「じゃちょっと散歩がてら行ってくるね」

きみえ、皿を持って表へ出て行く。

残りのギョーザをしみじみと見つめるかや乃とレイ子。

かや乃冷凍しようかね」

レイ子「いや、あたしは冷凍はよくないと思うよ、絶対食べないって、絶対。それよりさ、節分みたいにして撒こうか、ギョーザを」

かや乃「何言ってんのよ」

レイ子「ギョーザ外、ギョーザ外」

かや乃「食べ物を粗末にしちゃいけないの」

レイ子「お姉ちゃん。戦中派」

かや乃「戦中派って?」

レイ子「オフロにざぶーんと入って水がざあーって出るのもったいないと思うでしょ」

かや乃「思うわよ」

レイ子「(納得)」

かや乃「あんたはそういう感じよね」

電話が鳴る。立ち上がり、電話に出るかや乃。

かや乃「(電話に)はい、もしもし恩田です。小石川?やだ、何よ久しぶり、どしたの。あなたよくうちのことわかったわね。あ、そう、今どこに住んでるの、幕張? やだ、うち幕張だよ、やあだ、今度遊びに来てよ。今夜? え、妹たちいるけどいいよ。おいでおいでよ。うん、パーティー? かまわないかまわない来てよ、なあに、料理持ってきてくれるの、いいよ、なんでも

黙って聞いていたレイ子が、突然立ち上がる。

レイ子「代わってよ」

かや乃「えっ」

強引に受話器を取り上げるレイ子。

レイ子「(電話に)もしもし、あ、恐れ入ります、妹のレイ子ですけれども、あのですね、ちょっとおうかがいしたいんですけども。あなたいま手元にギョーザの入った箱を持ってますね? 持ってる? ほう、正直でよろしい。結構です、来なくて。はい失礼しました」

レイ子、電話を切る。

かや乃「(呆気にとられて)何、どういうことよ」

レイ子「お姉ちゃん。今夜この町はギョーザで溢れてるのよ」

かや乃「えっ」

レイ子「ギョーザのマシュマロマンがビルの谷間を歩いて行くのよ。誰も信用しちゃダメなのよ」

レイ子、かや乃の肩を揺さぶる。

かや乃「(怯えて)怖い

と、きみえが戻ってくる。

きみえ「ただいま」

かや乃「(顔を上げて)あ、きみちゃんだ、成功した?」

きみえ「ダメよもう、行ったらすでに口がギョーザ臭いのよ」

かや乃「本当?」

きみえ「そう」

かや乃「やだあ、しょうがないねえ」

きみえ「それでね――」

かや乃「口の臭いギョーザ犬か」

きみえ「それでね、帰ろうと思ったらね、横断歩道のところでおばあさんがねえ『はあ、はあ』ってやってるのよね。で、『おばあさん、大丈夫ですか』って言ったら、『今どきの若いお嬢さんにこんなに優しい人がいたなんて。お礼にこれ差し上げます』って」

と、きみえ、隠し持っていたタッパウェアを見せる。

レイ子とかや乃、息を呑む。

かや乃、恐る恐る蓋を開ける。

中にはギョーザが詰まっている。

かや乃「(呆れて)ギョーザじゃない、きみちゃん」

レイ子「まずいわよっ」

かや乃「なんで返さないのよっ」

きみえ「返せなかったのよ、だっておばあさん足にローラースケートつけてジュージュー滑って逃げて行ったのよ、海岸通りを」

かや乃「ばばあがローラースケート? 技だったの、そのよろよろは」

きみえ「そう、ローラースケート見せないようにしゃがんでたの、わざと。腰が悪いのかと思っちゃった、私」

かや乃「みんな色々考えるわねえ」

しみじみとギョーザを見つめる三人。

レイ子「考えるねえ。どうするの、これ、ふやけちゃって」

かや乃「こればんばん増えてくじゃない、ギョーザ」

きみえ「あ、でも散歩したから一、二個ぐらい食べれそうな気がするな」

レイ子「食べ比べてみる、全部? ばばあのギョーザと隣のギョーザと」

かや乃「一個ぐらいね。私は一個ぐらい。きみちゃんどれ?」

と、ドアノックの音。

きみえ「誰か来た」

かや乃「はあい」

玄関へ向かうかや乃。

ギョーザを見つめるレイ子ときみえ。

きみえ「レイちゃんなめたのどれだっけ」

レイ子「アタシがなめたのはあ、これ揚げ

てあるから大丈夫よ」

きみえ「(かや乃に)誰?」

かや乃、大きな段ボール箱を抱えて戻ってくる。

立ち上がるきみえ。

きみえ?」

かや乃、箱に貼ってある手紙を読み上げる。

かや乃「どうかこの子たちを貰ってやってください。お願いします」

三人、いやな予感。

かや乃、蓋を開ける。

中にはギョーザがびっしり。

かや乃「捨てギョーザっ」

レイ子「百個はあるわ、これ」

きみえ「許せん」

レイ子「ちょっと、まだ近くにいるわよ、追いかけましょうよっ」

段ボール箱を抱えるきみえ。かや乃は、隣から貰った重箱を手に持ち、三人で表に出て行く。

一緒に寝ようよ

恩田家リビングルーム。深夜――。

パジャマ姿で布団を敷いているかや乃ときみえ。

と、バッグとクッションを抱えて、レイ子が玄関から入ってくる。

モーモー柄の派手な服装。

レイ子「おじゃま」

苦しそうな表情のレイ子、ヨタヨタしながら部屋の中に入ってくる。

かや乃「どうしたの? 今ごろ」

レイ子「もうさあ、ウチさ、むしむししちゃってさ、眠れないの、寝苦しいのよ」

きみえ「泊まるの?」

レイ子「うん」

きみえ「ここに?」

レイ子「ダメなの?」

かや乃「いいけど」

部屋に敷かれた布団を見つめるレイ子。

レイ子「あれっ、どうしたの?」

きみえ「え?」

レイ子「どうしたのよ、これ」

布団を指さすレイ子。

きみえ、二階にさ、出たのよ」

レイ子「何が?」

きみえ「(かや乃に)ねっ」

かや乃「うん」

きみえ「虫が」

レイ子「虫?」

かや乃「特別のじゃないんだけどさ」

きみえ「ゴキブリ」

レイ子「ゴキブリっ」

かや乃「なんで今ごろ、台所でもないのに、寝室になんか出たんだろうね」

きみえ「動物には昔から好かれるのよ」

かや乃「きみちゃん、どっちに寝る?」

素早く窓側の布団に潜り込むきみえ。

きみえ「寝た者勝ちよ。ZZZZ

いきなり寝たふりのきみえ。

かや乃「ホントにヤな子ね、あんた」

きみえ「あした早いからね、はい寝ましょ、早く皆さん」

かや乃「そいじゃいいわ、アタシこっちで」

きみえ「おやすみなさい」

かや乃「はい、おやすみ」

布団に入るかや乃。

かや乃「ああ極楽、極楽」

レイ子「この布団どうしたの? こんなのあったんだ」

かや乃「押し入れに入ってたお客さん用のよ」

レイ子「フーン、だけどアタシ、ほら、来るといつもここに(ソファを叩いて)眠らされるでしょ」

かや乃「だって、あんたお客さんじゃないもん」

レイ子(悔しい)」

レイ子、きみえの布団に潜り込む。

きみえ「(驚いて)ちょっと、嫌だ」

レイ子を追い出そうとするきみえ。

きみえ「暑いな、もうやだっ」

レイ子「一緒に寝ようよ、だって修学旅行みたいでいいじゃない」

きみえ「嫌だ、何すんのよ」

レイ子「なんでそんなに嫌がるの」

きみえ「(むかついて)レイちゃん、ソファで寝ればいいでしょう」

レイ子「おかしいよ、少し」

きみえ「そっちのほうがおかしいよ、いい年して大の大人が一個の布団で寝たらせまいでしょっ」

きみえに追い出されたレイ子、今度はかや乃の布団に潜り込む。

かや乃「(ドスを利かせて)ああ、もうっ、じゃまだな」

ガバッと起き上がるかや乃。

かや乃「なんでここに入ってくるのよっ」

レイ子「えっ

かや乃「自分のとこで、いつものように寝りゃあいいじゃんっ」

レイ子「悪かったわよ、スリッパで入ったのは」

スリッパを脱ぐレイ子

かや乃「(呆れて)

レイ子「でもほら、子どものときさ、お姉ちゃんいつも一緒に寝てくれたでしょう」

かや乃にすり寄るレイ子。

レイ子「一緒に寝ようよ」

かや乃「子どものときはあんた小さかったから邪魔にならなかったけど、あれから三倍大きくなってるわよっ。ソファで寝なさいよ」

レイ子「やだ、アタシだけここで寝んの。だって布団

しぶしぶ立ち上がるレイ子。

かや乃「布団あるから、出して持ってきなさいよ」

レイ子「あるの?」

かや乃「あるわよ」

レイ子「なんだ、早く言ってよ」

かや乃「まったくうるさいんだから」

レイ子「ホントにもう、困っちゃうな」

はしゃぎながら奥の部屋に布団を取りに行くレイ子。

その様子を見ていたきみえ、布団から起き上がる。

きみえ「(嫌そうに)どこに敷くの? ここに敷いて寝るのかな」

かや乃「うん

きみえ「(顔をしかめて)やだね」

ゴキブリの出た階段を指さすかや乃。

かや乃「そっちに寝かせればいいじゃない、ちょっとまだくさいけど」

きみえ「寝ちゃおう」

かや乃「寝ちゃおう、寝ちゃおう」

と、レイ子が布団を抱えて戻ってくる。

寝たフリを決め込むきみえとかや乃。

突然、きみえにクッションを投げつけるレイ子。

きみえ「うわーっ」

レイ子「ヘッヘッヘッ」

嬉しそうなレイ子。

起き上がるきみえ。

きみえ「何するんだよ、もうーっ」

一人はしゃいでるレイ子。

かや乃も起きる。

かや乃「やめなさいよ」

レイ子「こい! ほら」

二人を挑発するレイ子。

呆れているかや乃ときみえ。

レイ子「枕投げしよう、枕投げしようっ、ほら枕投げ」

きみえ「(不快)

相手にしないで寝てしまうきみえ。

レイ子「(淋しい)

かや乃「よしなさいっつうの」

レイ子「どうして興奮しないの、こうやって布団敷くと楽しいじゃん、やろうよ」

かや乃「ああもう、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいねえ、ホントにもう、あんたは」

かや乃、布団に横になる。

レイ子面白くないやつら」

レイ子はかや乃とソファの隙間に、無理矢理布団を敷き始める。

起き上がるかや乃。

かや乃「あーっ、ここはアタシだって言ってるでしょう、さっきからっ」

かや乃、布団をレイ子に投げ返す。

レイ子「どうして」

かや乃「もーっ、邪魔なのよ、ここに来られると」

レイ子「お姉ちゃん、じゃあこのソファどこか持っていこうか」

かや乃「なんでよ。そんなオオゴトにすることないじゃない、台所で寝ればいいじゃない、むしむしするからこっちに来たんでしょう?」

レイ子

仕方なくレイ子、布団を引きずってキッチンへ行く。

かや乃「そうそうそうそう、ゆーっくり寝なさい、そこで」

レイ子「(泣きながら)やだよぉ、淋しいから、淋しいから」

階段を指さすかや乃。

かや乃「それじゃ、そこで寝りゃあいいじゃないよ」

レイ子「ここで寝よっかな」

かや乃「そうよ」

階段の前に布団を敷き直すレイ子。

かや乃「あ、そうだ、歯磨くの忘れちゃった。(レイ子に)もうあんたが来ると全部予定がぐちゃぐちゃになっちゃうんだから」

かや乃、歯を磨きに洗面所へ行く。

レイ子は布団を敷きながらブツブツつぶやいている。

レイ子「あれ、北枕かな、これ、太陽はこっちで左側が北だから、北枕だと縁起悪いからな」

寝ているきみえの耳元でわざとささやくレイ子。

レイ子「北枕ってどっちかな」

我慢できずに起き上がるきみえ。

きみえ「うるさいな、(階段の方を指さして)北はあっちだって言ってるでしょ」

レイ子「きみえ」

きみえ「(憮然と)何」

きみえの布団を指さすレイ子。

レイ子「北枕だよそれ」

きみえいいのよ」

レイ子「縁起悪いからやめてよ」

きみえ「好きなのよ」

レイ子「好きなの?」

きみえ「そっ」

レイ子「知らないの? スウェーデンのさ、ウエルダム・マッケンジーていう人が北枕にした三日後にさ、鼻血出してさ、死んじゃったんだって」

きみえ「そういうこと言わないでよ」

枕を投げつけるきみえ。

パッと避けるレイ子。

レイ子「(嬉しい)」

きみえ

レイ子「よしっ、カモン、来い、カモン!」

盛んにきみえを挑発するレイ子。

きみえ

構わず寝てしまうきみえ。

レイ子「面白味のない子ね、ホントにもう」

歯磨きを終えたかや乃が戻ってくる。

かや乃「ああ、すっきりした」

ぐちゃぐちゃになったレイ子の布団を見つめる。

かや乃「(呆れて)きちんと敷きなさいよ」

レイ子「え、なんで?」

かや乃「そのままで寝るんじゃないよ」

レイ子「今敷く。よしっ」

布団を敷き直すレイ子。

かや乃「あんた、着替えなさいよ、服、クシャクシャになっちゃうわよ」

レイ子「そうね、それじゃ、着替えてこようかな」

レイ子、奥の部屋へ消える。

布団の上で正座をするかや乃。

かや乃「さてと、きょうも一日終わりました、ありがとうございます(と、手を合わせる)」

起き上がるきみえ。

レイ子がいる奥の部屋を見つめるきみえ。

きみえ「どうして? ホントにもう、布団敷くだけで

かや乃「なんか、解放的になるんじゃないの?」

きみえ「ねぇ」

かや乃「なんでも人が集まると笑っちゃうタイプでしょ、お葬式とかいっつも笑っているじゃない、不謹慎に

きみえ「変なやつ」

かや乃、突然掛け声と共にポキポキと指の関節を一本一本鳴らす。

かや乃「ハッ、ハッ、ハッ」

きみえ「いやだ、何やってるの」

かや乃「ん?」

きみえ「何やってるの」

かや乃「これやんないと寝られないのよ」

きみえ「何それ?」

かや乃何かな、癖かな」

きみえ「いつから?」

かや乃「うん、かれこれ十五年ぐらいやってる」

きみえおやすみなさい」

呆れて布団に潜るきみえ。

かや乃「うん、おやすみ」

と、モーモー柄のパジャマに着替えたレイ子が戻ってくる。

手にはバッグを抱えている。

レイ子「さてと

かや乃「何、あんた?」

レイ子「え?」

かや乃「着替えなさいよ」

レイ子「着替えたよ」

かや乃「着替えてないでしょう?」

レイ子「着替えたわよ、ホラ」

かや乃「外出着でそのまま寝るなんて、もう気持ち悪いからよしなさいよ」

レイ子「パジャマっ、パジャマよ」

かや乃「パジャマなの?」

レイ子「パジャマよ、失礼ねぇ」

かや乃「外出着と一緒の柄なの?」

レイ子「違うのよ、微妙に」

布団の上でバッグを開けるレイ子。

かや乃「そうなの? 本当にあんたって変わってるわね」

レイ子「はやってんのよ」

バッグからコーヒーカップとスリッパを取り出す。

すべてパジャマと同じモーモー柄である。

レイ子「ババくさいからわかりゃしないよ。この感覚はよ」

かや乃「どうもすみませんでしたね」

レイ子、カップとスリッパを布団の脇に並べる。

レイ子「よしよし、さてと」

レイ子、突然ブルブルと唇を震わせる。

レイ子「ブルブルブル

かや乃「何やってんの」

レイ子「ブルブルブル」

起き上がるきみえ。

きみえ「うるさいなーっ」

レイ子「これやんないと、眠れないもん。ブルブルブル

きみえ「何それ」

かや乃「癖なの?」

レイ子「気持ちいいの、あした、滑舌かつぜつがよくなるの。ブルブルブル

かや乃「あと何回くらいやるの?」

レイ子「えっこれ? 二十回で十セット」

きみえ昔、そんな子じゃなかったのにねぇ」

呆れて布団に入るきみえ。

かや乃「さあさあ、寝ようかねえ、それじゃ」

レイ子「ブルブル

しつこく続けるレイ子。

きみえ「うるさいなあっ、もうーっ」

遂にキレるきみえ、立ち上がり、手足をバタバタさせてあばれだす。

レイ子「(驚いて)きみちゃん、何してるのよ」

勢いあまって転んでしまうきみえ。

自分でびっくりしているきみえ。

きみえ

レイ子「きみえ、どうしたの? きみえ」

かや乃「きみちゃん」

恥ずかしいのでそのまま寝たふりをするきみえ。

レイ子「寝ちゃったわ、手伝って、お姉ちゃん」

きみえの両腕を後ろから抱えるレイ子。

かや乃「何この癖、大丈夫かな」

きみえを布団に寝かすレイ子とかや乃。

きみえが目を開ける。

きみえ「(きょとんとして)なんかあったの?」

かや乃「(呆れて)まったく困っちゃったわね」

レイ子「おかしくなっちゃったんじゃないの」

かや乃「変わった癖ね」

レイ子寝ましょうか」

かや乃「寝ようかね」

かや乃とレイ子もそれぞれの布団に入る。

レイ子「怖いねなんか」

きみえ、転んだのがおかしくて、布団の中で笑っている。

かや乃「まあ、自分でも驚いているみたいよ」

と、レイ子の足がかや乃の頭に当たる。

かや乃「ちょっと、レイちゃん、レイちゃん」

レイ子「あ?」

かや乃「ちょっと、けっとばさないでよ、この足」

パチンとレイ子の足を叩くかや乃。

レイ子「ん?」

かや乃「あしたの朝さ、私鼻血で顔真っ赤に染まっていたらやだから、ちょっと向こうにやってよ」

レイ子、わざとかや乃の顔の前に足を持ってくる。

レイ子「大丈夫よ、ひざまずいて足をおなめ、ヘッヘッヘッヘッ」

かや乃「おめーの足なんか汚くてなめられるか」

起き上がって、レイ子に馬乗りになるかや乃。

レイ子「(慌てて)寝ようよ、寝ようよ」

レイ子の首を絞めるかや乃。

かや乃

かや乃、自分の布団に戻る。

かや乃「レイちゃん、電気消して」

レイ子「え、遠いじゃん」

かや乃「(頭にきて)あーっ」

立ち上がり、電気を消すかや乃。

暗くなる室内。

レイ子「イヤッホー」

かや乃「電気消したぐらいで騒がないで、うるさいから」

レイ子「イヤッホー」

かや乃「うるさいねえ。きみちゃん、目覚ましかけた?」

きみえあいよ」

かや乃「じゃあ、おやすみ」

レイ子半身を起こして、きみえの耳元でささやく。

レイ子「きみえ、卒倒するほど怖い話してあげようか、あのさぁ

きみえ「いいよ、卒倒するから」

レイ子「電車に乗ってたらさ、鼻血出したオヤジがさ」

かや乃「うるさいなあ、もうやめなよ」

レイ子「だって、面白い話してるんだもん」

かや乃「きみちゃん、あした早いんだよ、仕事が」

レイ子「わかったわかった。今度話した人は、ビンタ、ビンタね、はい、わかったね」

布団に入るレイ子。

かや乃「自分でビンタしてな」

レイ子「一、二の三、おやすみ」

ようやく寝る態勢に入る三人。

かや乃ねえ」

すかさずビンタの構えをするレイ子。

かや乃「そうじゃなくて、あんたさっきトイレに行ったときにさ、水道ちゃんと締めてきた?」

レイ子「え、締めたよ」

かや乃「ポタポタって聞こえない?」

レイ子「聞こえんっ」

耳をすますかや乃。

かや乃「気になるな」

立ち上がり、電気をつけるかや乃。

レイ子「(うんざり)」

確認しにトイレに行くかや乃。

レイ子「ねえもう、ちょっと、早く寝ようよ」

戻ってくるかや乃。

かや乃「ごめんごめん、大丈夫、ちゃんと締まってた」

かや乃、電気を消して布団に入る。

かや乃「おやすみ」

レイ子「おやすみ」

と、冷蔵庫のモーターの音が聞こえてくる。

かや乃ねぇ」

起き上がるレイ子。

かや乃「あの音なーに?」

レイ子「何?」

かや乃「ブーンて、聞こえるでしょう?」

レイ子「聞こえない」

かや乃「聞こえるよ」

レイ子「聞こえないわよ、冷蔵庫じゃない?」

かや乃「やっぱし冷蔵庫かなあ」

立ち上がり電気をつけるかや乃。

キッチンへ行き、冷蔵庫のコンセントを抜いてしまう。

音は止まる。

戻ってくるかや乃。

電気を消して布団に入る。

かや乃「ごめんね、何度も」

レイ子「どうしたの」

かや乃「コンセント抜いてきた」

レイ子「え、腐んない?」

かや乃「大丈夫よ、腐るモノ入ってないもん」

レイ子「あ、そう。目が冴えちゃうよ、これ」

かや乃「ごめんね」

レイ子「あ、きみえもう寝てるわ」

きみえの顔を覗き込むレイ子。

かや乃「ほっときなよ」

レイ子「フフフッ、お姉ちゃん」

かや乃「ん?」

レイ子「前から思ってたんだけどさ、きみえの顔って若いころの清川虹子さんに似てる

かや乃「あんた、十勝花子さんに似てるっていわれない?」

レイ子「やめてちょうだい。(きみえに)聞こえてんだろ、ホントは、ヘヘヘ」

かや乃「もう寝なさいよ、あんた、あした仕事じゃないの?」

レイ子「ない、ない、ないのずっと」

かや乃「フーン、それじゃあね」

レイ子「おやすみ」

眠りに入る三人。

と、レイ子、かや乃の枕に足をのせる。

かや乃、足をどかす。

かや乃「ねえ、レイちゃん」

レイ子「ん?」

かや乃「うちのマンションの向かい側にさ、大きな家があるでしょう、犬飼ってる。あそこの家の名字ってさ、カワマタさんだったっけ? マタガワさんだったっけ?」

レイ子「さぁ」

すでにレイ子は半分眠っている。

かや乃「表札になんて書いてあったっけな」

たまらずに起き上がるレイ子。

レイ子「見てくればっ」

かや乃「バカねえ、そんなことするわけないじゃん、夜中に寝ようやっぱり見てこよっ」

と、おとなしく寝ていたきみえが、いきなり立ち上がり、ヒステリックに手足をバタバタさせる。

再び転んで、今度は寝ているレイ子の上に倒れる。

かや乃「きみちゃんっ」

きみえ「もうお願い、寝かせて」

べそをかいているきみえ。

かや乃「ごめんごめんごめん、もう行かない、大丈夫、寝よう寝よう」

レイ子「寝ようよ」

かや乃「ごめん、なんか気になってダメなのよねえ、アタシの性格。あっ、マタガワさんだよ、あそこの家は、マタガワさん、マタガワさん、(と、自分に言い聞かせて)さぁ、寝よう、寝よう」

再度眠りにつく三人。

と、突然吹き出すレイ子。

レイ子「アハハハハ」

かや乃どうしたのよ」

レイ子「朝さ、電車に乗ってたらさ、髪の毛が全然ないのにさ、耳の穴からさ、アハハハ毛がキャハハハ

と、言いつつ眠ってしまうレイ子。

きみえ(気になる)」

起き上がるきみえ。

きみえ「(レィ子に)ねえその人、女? 男? レイちゃん、耳から毛を出した頭に毛のない人って、男だよね」

レイ子「ブォー、フゴー」

いびきをかいて寝ているレイ子。

きみえ(がっくり)」

諦めて寝ようとするきみえ。

隣でレイ子が激しくいびきを立てる。

レイ子「グォー」

きみえ「眠れない

かや乃はすでに眠っている。

きみえ(眠れない)」



時間経過。

深夜―。

眠っている三人。かすかに虫の声が聞こえる。

きみえ「(突然大声で)ウオーッ!」

両手を大きく振り上げるきみえ。

驚いて飛び起きるかや乃とレイ子。

かや乃「きみちゃんっ」

慌てて電気をつけに行くかや乃。

レイ子「きみえ、きみえっ」

きみえの腕を叩くレイ子。ハッと目を覚ますきみえ。

きみえ

レイ子「きみちゃん、大丈夫?」

きみえ「(きょとんとして)何。どうしたの」

かや乃「今あんた、アーッって、すごい声」

レイ子「ああびっくりした」

かや乃「悲鳴あげてたのよ」

きみえ「またあ」

レイ子「あげてたよ、どうしたのよ」

きみえ「(ムッとして)なんでもう、せっかくやっとウトウトしてきたと思ったのに、どうしてそこで起こすのよ」

かや乃「だって、すごいうなされ方だったよ、ウオーッだもん」

レイ子「びっくりしちゃったよ」

きみえ「そんな冗談言ってないで早く寝ましょうよ、あした早いんだから、アタシ」

と、さっさと寝てしまうきみえ。

かや乃

レイ子「寝ぼけてたのかなあ」

かや乃「小さいとき、こんなことなかったのにねえ」

レイ子「ねえ」

かや乃「まあいいや、寝よう寝よう」

レイ子「ああ、眠い、ああ、いい夢見てたのにさ」

電気を消して布団に入るかや乃。

再び静寂。

きみえ「(寝ぼけて)ああ、ああ

レイ子、起き上がってきみえの顔を覗き込む。

かや乃も起き上がる。

きみえ「ああ

レイ子、きみえの腕を揺すってみる。

きみえ「(眠ったままで)なるほど、そういうことか」

かや乃とレイ子、驚いて顔を見合わせる。

きみえ、目をつぶったままむっくり起き上がる。

きみえ「(寝言で)ひでぇことをしやがる」

かや乃「何?」

きみえ「お侍さん、てえした度胸だ」

かや乃「ちょ、ちょっ

レイ子「面白いから聞いていよう、聞いてようよ」

かや乃「ちょっと、きみちゃん」

きみえ「この市に素手で向かってくるとは驚きだ」

かや乃座頭市だ!」

きみえ「可哀想だが、二度とおてんとうさまは拝めねぇよ。ピシッ、ピシピシピシッ」

レイ子「きみえ、素手の人斬っちゃダメ、ダメよ」

きみえ嫌な渡世だな」

布団に倒れるきみえ。

レイ子「斬っちゃったのかな」

きみえ、スヤスヤと眠りにつく。

レイ子「何これ?」

かや乃「変なの」

レイ子「こんなだった?」

かや乃「知らないわよ、小さいとき覚えてないもん、そんなこと」

レイ子「お姉ちゃん、でもこの子ときどきさ、朝げっそりした顔して起きてくるでしょう二階から。やだこれやってたんじゃないの」

かや乃「毎晩こうやって立ち回りしてるの?」

きみえ「(眠ったまま)来るなら来い」

びっくりするかや乃とレイ子。

起き上がるきみえ。

きみえ「鞍馬天狗がお相手いたす」

かや乃「(レイ子に)今度は鞍馬天狗よ」

きみえ「誰だ、そこにいるのは誰だ」

かや乃「(慌てて)鞍馬天狗よ、誰だっけ」

レイ子「ええと」

かや乃「(思い出して)す、す、杉作です、おじちゃん、杉作」

きみえ「ここには来るなと言っただろうっ」

と眠ったまま、かや乃をなぐるきみえ。

レイ子、立ち上がり奥の部屋へ走る。

かや乃「あッ、ちょっとレイちゃん、レイちゃん何してるのよ、早く来て、レイちゃん、ちょっちょっと(杉作になりきって)天狗のおじちゃん、ごめんよぉーっ」

レイ子、ラジカセを持って戻ってくる。

かや乃「何やってるのよ」

レイ子「カセットに入れとけば、面白いじゃないよ」

きみえは再び眠りにつく。

レイ子「ちょっと、終わっちゃったわ。何か呼び出して呼び出して」

かや乃「(杉作で)おじちゃん、天狗のおじちゃん」

きみえは熟睡している。

かや乃「起きてよ」

レイ子「ダメだ、もっと言って、もっと言って」

かや乃「(きみえの耳元で)ご隠居さん、角さんが、角さんがいなくなりましたぜ」

レイ子「浅野殿、殿中ーっでござる」

きみえ、反応なし。

かや乃だめだわ」

レイ子「熟睡してるわね」

かや乃「西郷どん、日本の夜明けは近い」

きみえ「(突然)いかにもでごわす」

起き上がるきみえ。

かや乃とレイ子、顔を見合わせる。

かや乃「やったっ」

きみえ(寝ぼけて)おいどんは幸せ者ですたい」

目をつぶったままはにかんでいるきみえ。

かや乃「(レイ子に)入れて、入れて」

レイ子、ラジカセのスイッチを入れる。しかし間違って再生ボタンを押してしまい、高らかに軍艦マーチが流れる。慌てるレイ子とかや乃。きみえは眠ったまま軍艦マーチに合わせてリズムをとり、やがて布団に倒れ込む。

呆然としているかや乃とレイ子。

かや乃「(レイ子に)何やってんのよ」

レイ子「あーびっくりした。来たわねぇ」

かや乃「来たわよ、西郷さんで来た」

レイ子「幕末モノに行ってるんだね、今」

かや乃「そうそうそうそう、(ラジカセを指さし)ちゃんと録ってよ」

ラジカセのスイッチを入れてきみえに話しかけるレイ子。

かや乃「(レイ子に)聞いて聞いて」

レイ子「(きみえに)近藤さん、近藤殿」

きみえ「(眠ったまま)こんどーぉです」

と、近藤正臣風に答えるきみえ。

喜ぶかや乃とレイ子。

かや乃「来たわよ。幕末に来ちゃったわよ(きみえに)桂さん」

きみえ「(眠ったまま)いらっしゃーい」

と、桂三枝風に答えるきみえ。

受けまくるかや乃とレイ子。

かや乃「(レイ子に)でも幕末モノよ、ちょっと違うんじゃない」

何事もなかったかのように眠っているきみえ。

かや乃「(レイ子に)他に何がある?」

レイ子「(きみえに)西郷さん」

きみえ、むっくり起き上がり、目はつぶったまま歌い出す。

きみえ「ほーしーのフーラーメーンーコー」

と、西郷輝彦ばりに熱唱するきみえ。

つられてかや乃とレイ子もフラメンコを踊る。

三人「オーレイッ!」

満足した三人、再び眠りにつく。

留守電ルンルン

恩田家リビングルーム。夜――。

電話をかけているかや乃。

ソファに横になってタバコを吸いながら雑誌を読んでいるレイ子。

きみえはいない。

かや乃「(電話に)あ、もしもし? 何度もすいません、かけちゃって。あ、アタシ恩田かや乃です。あの、もう、ホントにこういうの苦手でなんてしゃべっていいかねぇ。そういうふうにしているうちにまたあのぅ、さっきは途中で切れちゃって。あ、だからあの、ちゃんと用件言いますね」

電話の向こうでピー音が聞こえる。

電話を切るかや乃。

レイ子「さっきから何やってるの?」

かや乃「管理人さんに電話をかけてるのよ」

レイ子「うん」

かや乃「いやあ、留守番電話っていうのは苦手だわ」

テーブルの前に座るかや乃。

レイ子「ああ、留守番電話なんだ」

かや乃「そうそうそうそう。どうもヤな感じなんだよね。それでさあ、アタシ、ちょっと管理人さんがさぁ、八丈島のお土産くれたんで、それのお礼の電話をしようと思ってたんだけどさ、七回もかけてるのよ」

レイ子「あ、そう。アタシかけてあげる」

立ち上がり、電話をとろうとするレイ子。

かや乃「うん、いい。明日会ってお礼言いに行く。その方が早いもん」

レイ子「あそう。お姉ちゃんねえ、留守番電話ね、今多いでしょう? ちゃんとかけられるようになった方がいいと思うな」

かや乃「そうは言ってもねえ、せっかく電話したのにさ、一人で勝手にしゃべってくださいっていうの、なんか失礼だと思わない?」

レイ子「えー、そんなこと言ったって、だってもうどこの家だって留守番電話入ってるんだからしょうがないじゃないよ」

かや乃「うーん

レイ子「ねえ、文明開化の時期に遅れるわよ」

と、玄関口から入ってくるきみえ。大きな茶色い紙袋を持っている。

きみえ「ただいま。みんなーっ」

レイ子「はーい」

かや乃「お帰り」

きみえ「きょうは皆さんにお土産があるのよ」

レイ子「えッ、お土産? お土産?」

子どものようにはしゃぐレイ子。

かや乃「何買ってきたの?」

レイ子「何よ、何?」

レイ子、きみえの持っていた袋に目をやる。

レイ子「きみえ、可愛い! これ、この袋」

きみえ「袋じゃないよ」

レイ子「違うの?」

袋の中から段ボールの箱を取り出すきみえ。

かや乃「洋服?」

きみえ「留守番電話だーい」

レイ子「新品っ」

かや乃「すごいよ」

きみえ「あ、ちょっと。中古なんだけどね」

レイ子「ホント?」

きみえ「もらったのよ、これ」

レイ子「ああ、すごい」

かや乃「アタシね、これ欲しかったのよ」

レイ子「何言ってるのよ」

きみえ「あの、大学時代の友達がね、これ買ったんだけど、会社が倒産しちゃってさ、電話料金払えなくなっちゃったんだって。それでくれたの」

レイ子「ラッキーっ、やったーっ、ハハハハハ」

レイ子、箱を開けてみる。

かや乃「あら」

逆さまになって出てきた留守番電話。

レイ子「やったーっ」

きみえ「逆さまだよ、これ」

かや乃「逆さまじゃだめね」

留守番電話を裏返すかや乃ときみえ。

レイ子「やりい」

きみえ「ホワイトボデーね」

レイ子「すごいじゃん」

かや乃「汚くなっちゃうから箱に入れといたら?」

きみえ「使わなきゃしょうがないでしょう、これ」

かや乃「ねえ、これきみちゃん、どうやって使うのかしら」

きみえ「説明書が入ってたはずだよ」

かや乃「あ、ホント?」

きみえ「これこれ」

説明書を取り出すきみえ。

かや乃「こういうのって、でもさ、取りつけるの大変なんじゃない?」

きみえ「大丈夫、大丈夫」

かや乃「工事の人頼むんでしょ?」

レイ子「工事の人はね、お金かかるの。今、自分たちでできるのよね、こういうのね」

かや乃「できんの?」

レイ子「できんの、できんの」

きみえ「プッと差すだけなの、コード」

かや乃「あ、そうなの? それじゃ、ちょっと説明書を

電話機をしみじみ眺めるレイ子。

レイ子「すごいじゃん、これっ、プッシュホン、プッシュホンっ」

かや乃「ずいぶん厚いわね、ちょっと重いね」

きみえ「それだけ機能がいっぱいついてるっていうことじゃないの」

かや乃「なるほどね。きみちゃん、ちょっと早く調べてちょうだい」

きみえ「大丈夫よ」

説明書を読み始めるきみえ。

レイ子は勝手に電話機をいじっている。

かや乃「ちょっと、レイちゃんよしなさいよ」

きみえ「レイちゃん、ちょっとぐちゃぐちゃやらないでよ、そうやっていつも壊すんだからぁ」

レイ子「なんで、大丈夫よ」

かや乃「きみちゃんが読んでからにしなさいよ」

きみえ「読んでからにしなさいよ」

レイ子「アタシやったことあるもん、こういうの」

きみえ「またいいかげんなこと言って」

電源用コードを引っ張ってくるレイ子。

レイ子「ほらぁ、コード差すぐらいいいじゃん」

と、言いつつコードをつなぐレイ子。

レイ子「あっ、差しちゃった、ホッホッホッホッ」

かや乃「ちょっと、触るのよしなさいって言ってるのに」

レイ子「なんでよ」

きみえは説明書を読みふけっている。

きみえ「あら、すごいわ、電話っていうのはね」

かや乃「うん」

きみえ「一八七六年にグラハム・ベルっていう人が作ったのが最初らしいわよ」

かや乃「きみちゃん、電話の歴史から勉強したってしょうがないでしょう、飛ばしてよ」

きみえ「ああ、そうね、飛ばさないといけないのね」

かや乃「そうよ、使い方よレイちゃんっ」

レイ子は電話線のプラグを電話のジャックに差し込む。

レイ子「何よ」

かや乃「よしなさいよ」

きみえ「やめてよ」

レイ子「大丈夫だって」

勝手に作業を続けるレイ子。

きみえ、説明書から顔を上げる。

きみえ「あ、そうだ、電話って言えばね」

かや乃「うん」

きみえ「面白い話聞いたのよ」

かや乃「そんなのいいから。(説明書を)読んで、早く」

きみえ「違う、ホントすごいんだってば」

レイ子「(興味を示して)なに?」

きみえ「向かいの犬を飼っている奥さんいるでしょう? マタガワさんだっけ? カワマタさん? マタガワさん?」

かや乃「マタガワさん」

きみえ「マタガワさん? そう、あの奥さんがこの間、心臓発作で倒れたんだって」

かや乃「うん」

レイ子「あ、ホント」

きみえ「そしたら、どうしたと思う? 犬が119番に電話したんだって」

レイ子「嘘だよ」

きみえ「ホントだよ、今、町ですごいうわさだよ」

レイ子「嘘よ」

かや乃「あの犬、結構利口そうだもんね」

きみえ「そう」

レイ子「じゃ何? 犬がどうやって電話するのよ」

かや乃「鼻でプッシュホン押したんじゃない?」

きみえ「そうだよ。でもね、今は感動が感動を呼んでね。高倉健主演で映画化の話も持ち上がっているって話よ」

かや乃「へえ、すごいわね」

きみえ「すごいよ」

ついに電話線の接続に成功するレイ子。

レイ子「入った、入った」

かや乃「犬も電話する時代になったのよ」

レイ子「入ったよ」

かや乃「ちょっと、ちょっと。きみちゃん早く読んでよ、レイちゃんが壊しちゃうわよ」

レイ子「入ったってば。いや、もうできたわよ」

きみえ「ああ、もうダメこれっ」

説明書を閉じるきみえ。

かや乃「なーに」

きみえ「ダメよこれ、文章がなってないわ」

説明書を叩くきみえ。

かや乃「何言ってるのよ」

きみえ「大丈夫? ちょっと、レイちゃん」

レイ子「ホント、ホント」

きみえ「ホント?」

受話器を取るレイ子。

レイ子「大丈夫、ほら入るよ」

かや乃「うまくできるの?」

レイ子「できるわよ」

かや乃「(きみえに)レイちゃんがやったのよ」

電話機を調べるきみえ。

きみえ「留守録の声はかや乃姉ちゃんにやってもらおうかな」

レイ子「はい、やってちょうだい」

かや乃「アタシはダメよ、アタシはダメ」

きみえ「なんで?」

かや乃「こういうの苦手なの知ってるじゃん」

きみえ「かや乃姉ちゃん、一家の大黒柱でしょう」

かや乃「アタシやるの?」

きみえ「(レイ子に)そうよねえ」

レイ子「そうよ、そうそうそう、録音ボタン押せばいいのよ」

きみえ「録音ボタン?」

レイ子「そうそうそう、録音ボタンね」

きみえ「これでしょう」

レイ子「そうそう、これ押せばいいの」

かや乃「レイちゃん、なんて言ったらいいの?」

レイ子「え?」

かや乃「なんて言ったら」

レイ子「『はい、恩田です。ただいま留守にしています。発信音の後にあなたのお名前をはっきりおっしゃってください、それではよろしく』これでいいのよ」

練習を始めるかや乃。

かや乃「ただいま

レイ子「じゃ、いくわよ」

かや乃

小声で練習するかや乃。

かや乃ただいま、えっと、えっと」

きみえ「録音時間は?」

レイ子「録音時間どのぐらいだろう」

きみえ「ちょっとレイちゃん、調べてよ」

かや乃「ただいま、ただいま

ひたすら呪文のように唱えるかや乃。

説明書を読むレイ子。

かや乃「ただいま留守にしています。あ、はーい恩田です。ただいま留守にしております

レイ子「書いてないよっ、わかんないよっ、こんなの」

説明書を放るレイ子。

きみえ「十五秒くらいでいいんじゃない?」

レイ子「十五秒でいいよ、ほら。お姉ちゃんっ」

かや乃「何?」

レイ子「入れて」

かや乃「マイクどこにあるの?」

レイ子「マイク? マイクなんかないわよ」

きみえ「マイク? マイク、ちょっと待って、調べる」

説明書を見るきみえ。

レイ子「マイクって、こういうマイク?」

と、マイクを握る素振り。

かや乃「うん。なんかつけるんじゃないの? マイクを

レイ子「穴の中にしゃべればいいのよ、ここのところに(と、内蔵マイクを指さす)ほら」

かや乃「ここに?」

レイ子「うん、そうそうそう」

説明書を読んでいたきみえが思わず叫ぶ。

きみえ「あら、すごいわ」

かや乃「何? どうしたの?」

きみえ「すごいわよ」

レイ子「え?」

きみえ「日本に最初に電話が来たのは一八九〇年だって

レイ子「(呆れて)何言ってるのよ」

かや乃「きみちゃん、電話の歴史読んだってしようがないじゃないの」

きみえ「あ、そう? ああそうね」

説明書を閉じるきみえ。

かや乃「いいの? それじゃここにしゃべるのね?」

レイ子「この穴の中に言えばいいのよ」

きみえ「あ、そうね」

かや乃「いいの」

きみえ「いくわよ」

レイ子「(かや乃に)はい」

きみえ「いい?」

かや乃「ちょっと待ってね」

緊張しているかや乃。

きみえ「のど潤してね」

かや乃「ちょっとね」

かや乃、テーブルのオレンジジュースを飲む。

きみえ「いくわよ」

レイ子「緊張する?」

かや乃「ちょっと心の準備がね」

きみえ「いい?」

レイ子「いくわよ」

かや乃「(決心して)うん」

きみえ「それでは用意

レイ子「はいっ」

机を叩くレイ子。

きみえ、録音ボタンを押す。

かや乃「(一呼吸おいてから)あ、どうも、お電話ありがとうございます、あの、恩田かや乃です、あの、このごろ暑くて大変ですよね、あの、お水やなんかにも気をつけないとお腹こわしたり、そういう

きみえとレイ子、慌てて「まき」のサインを出す。

無情にもピー音が鳴り響く。

かや乃(呆然)」

きみえ「ダメだよ、これじゃあ」

かや乃「だから」

きみえ「留守番電話かなんかわかんないよ、これじゃ」

かや乃「だからアタシじゃだめだって言ってるじゃないの」

レイ子「何よ、とろくさいわね」

きみえ「レイちゃんやって。次、レイちゃん」

レイ子「アタシはダメよ」

きみえ「なんでよ」

レイ子「ラジオ一本いくらでやってると思ってるの?」

きみえ「二千円でしょ」

かや乃「いいじゃないよ、そんな」

きみえ「二千円でしょ」

レイ子

かや乃「どうせ今日もウチでごはん食べていくんでしょ?」

電話機の前に進むレイ子。

レイ子「しょうがない、あんたたち幸せ者ね」

かや乃「はい、どうもありがとう」

きみえ「はい、ありがとう、幸せね」

かや乃「幸せ」

きみえ「(レイ子に)いくわよ」

レイ子「ちょっと待って、ちょっと待って(一呼吸おいて)青巻紙、赤巻紙、黄巻紙(むちゃくちゃの早口言葉を繰り返すレイ子)」

きみえ「滑舌悪いわねえ。よくそれで女優やってるわよね」

レイ子「大丈夫よ」

きみえ「いい? 大丈夫?」

レイ子「はい」

きみえ「用意、はいっ」

録音ボタンを押すきみえ。

レイ子『はい、もしもし。あ、はい、はい、はい、あ、ちょっとお待ちください、レイちゃーん、電話よー。はい、レイ子でーす、はい。あれ? もしもし? もしもし、もしもしと言って出ないのは留守番電話だからです。メッセージをどうぞ』シャレてない?」

きみえとかや乃顔を見合わる。

そしてピー音。

きみえ(呆れている)」

かや乃

レイ子「ほら、オシャレじゃないっ、オシャレじゃないっ」

きみえ「(無視して)私がやろうか」

かや乃「だよね」

レイ子「なんで」

きみえ「だってレイちゃん

かや乃「だってそんな、ウチにかかってきたのにレイ子ですって言ったらさ、どうするのよ?」

きみえ「それに何? その白々しいあの演技」

レイ子「だから、向こうから電話したら、あれ本人かな? と思って一生懸命しゃべるでしょ? それがこの中に入るとおかしいじゃない?」

かや乃「それで、聞いてもいないのに、『ハイ、ハイ』とか言って相づち打つの?」

きみえ「失礼よねえ」

レイ子「(ムキになって)いいじゃない」

かや乃「だめ、そんなのつまんない」

きみえ「ダメよ」

かや乃「ウチにかけたのにさ、間違いだと思って切っちゃうじゃない、レイちゃんちじゃないんだもん」

レイ子「いいじゃん、アタシ、持って帰るよ」

電話を持っていこうとするレイ子。

きみえ「ダメっ」

かや乃「そういう問題じゃないよ」

レイ子「なんで?」

かや乃「そういう問題じゃないんだから」

きみえ「もういい、アタシがやる、アタシがやればいいんでしょっ」

かや乃「そうそうそう」

きみえ「パッパッとね」

レイ子「(未練がましく)もう一回だけチャレンジさせて」

きみえ「いいから、いいから、レイちゃんどいて、信用できないわよ。いい?」

電話機の前にスタンバイするきみえ。

かや乃「(照れくさそうに)ちょっと」

きみえ「え? 何?」

かや乃「きみちゃん、なんかさ、ちょっと脚色したっていうの、なんか、とにかくねぇ、奇をてらったっていうかさ、なんかね

きみえ「いや、そういうのはね」

かや乃「モノマネで」

きみえ「いやいや、モノマネとかね、そういうさ、凝ったやつって最初は面白いんだよね、だけどダメよ」

レイ子「そうそう、嫌になるよ」

きみえ「そう、ウチの仕事先でさ、ある会社があるんだけど、そこはもう二年半ずーっと同じ留守番電話。『(ブリっ子風に)こんにちは! なんとかかんとかの、なんとかかんとかです。ただいま外出しています、ピーッという発信音の後でメッセージをよろしく』とか言ってもね、二年半ずーっと」

かや乃「同じなの?」

きみえ「おんなじ」

かや乃「あ、そう」

レイ子「それと、オカルト篇でやったりするの」

きみえ「戦争篇とかね」

レイ子「一回だけよ、面白いのは」

かや乃「ああそうか」

きみえ「やっぱり普通に」

かや乃「それじゃ、普通がいいんだ」

きみえ「ノーマルにやった方がいいって」

かや乃「普通に。はい」

レイ子「じゃ、いい?」

かや乃「きみちゃん」

きみえ「それではいきます。五秒前、四秒前、三、二

録音ボタンを押すかや乃。

いきなり桜田淳子のモノマネで吹き込むきみえ。

きみえ「♪ようこそどうぞ、やっまいっち♪こんにちはー、恩田です。ただいま外出しています。この発信音の後にメッセージをどうぞって言ってんのよーっ」

ピー音が鳴る。

レイ子「(怒って)何よ、モノマネよ、しかも間違えたわねっ」

きみえ「何を? え、私、モノマネした?」

レイ子「モノマネよ」

かや乃「モノマネになってたわよ、きみちゃん」

レイ子「桜田さんちだと思われたらどうするのよ」

かや乃「そうだよ」

きみえ「どうしよう、いや、でも

かや乃「恩田って言ってたけど、大丈夫なんじゃない?」

きみえ「大丈夫でしょう」

かや乃「ねえねえこれちょっと聞いてみたいね」

きみえ「聞いてみたいね」

かや乃「聞いてみたいよね」

きみえ「聞いてみよう!」

かや乃「うん、聞いてみよう」

きみえ「表の、公衆電話でしようかな」

かや乃「そうそうそうそう」

かや乃「ちゃんと入ってるかね」

きみえ「テレカもあるんだ」

走って出て行くきみえ。

かや乃「頼むね」

見送るかや乃とレイ子。

かや乃「でもなんていうの? 新しいモノがウチに来るっていうと、なんかワクワクするよね」

レイ子「お姉ちゃん、アタシたちほら、テレビ来たときのこと覚えてる?」

かや乃「覚えてるわよ」

レイ子「白黒の」

かや乃「覚えてる」

レイ子「東京オリンピックのときだったでしょう?」

かや乃「ウチだけなんであんなに遅かったんだろうね」

レイ子「ねえ、東京オリンピックでカラーのテレビが増えたのよね」

かや乃「そうだよ」

レイ子「でさあ、覚えてる? お父さんがさ、しようがないからさ、黄色いセロハンとか赤いセロハンとか、アタシたちの目につけてさ、『これでカラーテレビになるんだ』って。でもあれでカラーって思ってたわよねぇ」

かや乃「そこまではやってなかったでしょ。まったく

レイ子「そう?」

レイ子とかや乃、新しい電話を見つめる。

かや乃「でもさ、こういうものでおかしいのはさ、テープレコーダーだよね。アタシ初めてさ、テープレコーダーで自分の声聞いたときにさ、『これは絶対自分の声じゃない』って確信持ったもんね」

レイ子「そうでしょう」

かや乃「アタシは『こんなヘンな声はしていない』と思ったもんね」

レイ子「そうでしょう、アタシだって、初めてテレビに出たとき、そうよ。『これはアタシじゃない』って思ったわよ」

かや乃「そんなに違ったの? 自分のイメージと、現実が」

レイ子「うん、違ったわね、ちょっと

かや乃「(驚いて)あ、そう」

レイ子「人生が狂ったのはあそこからよねえ」

かや乃「でもテープだけはいまだに信じられないね、聞いてもね」

レイ子「うん」

かや乃「どういうわけなんだろうね、あれはね」

レイ子「そうよね、機械ってヘンよね」

かや乃「うん」

レイ子「アタシたち機械には振り回されないようにしよう」

と、電話が鳴る。

すかさず受話器を取るかや乃。

かや乃「(電話に)はい、もしもし」

レイ子「(気づいて)あっ」

かや乃(電話に)きみちゃん?」

レイ子「なんで出ちゃうの?」

かや乃(電話に)ゴメン、出ちゃった。うん、取らないようにする」

レイ子「バッカじゃないの」

電話を切るかや乃。

かや乃「だって、すぐかかってきちゃったんだもん、しょうがないじゃないよ」

レイ子「やんなっちゃうな。出ないでよ。留守になってるんだからね」

かや乃「留守になってるんでしょ。わかった、わかった」

レイ子「なんか、根本的にわかってないんじゃないの」

かや乃「わかってるわよ! 留守電だから、出ちゃいけないんでしょ?」

レイ子「そうそうそうそう」

かや乃「でも

と、電話が鳴る。

かや乃「(受話器を取って)はい、もしもし恩田です」

レイ子「あ、なんで出るのよっ、なんで今言ったハナからなんで出るのよっ」

かや乃「(電話に)はい、あっ、います。来てますよ」

レイ子「やだな、もう嫌よ」

かや乃「レイちゃん、あんたよ」

レイ子「えっ?」

かや乃「あんたにだもん」

レイ子「電話?」

かや乃「そうよ」

レイ子「あ、そう」

かや乃「きみえちゃんじゃないわよ(勝ち誇ったように)。だから、こういうときがあるから、こうやって取った方がいいときだって

電話に出るレイ子。

レイ子「(電話に)モシモシ、はい、ああ、やだー、クーさん? お久しぶりねぇ。どうしてたのぉ? すっごいレイ子心配してたのぉ。うん、ええー、やだ、この間の天皇賞、誘ってくれたの? まあ、やだ。イナリワンでしょう?」

かや乃「(レイ子に)きみちゃん待ってるわよ、早くしなさい

レイ子「(電話に)まぁ、武豊ってすてきよぉ。当たるわよね。ええ? 今度行く? ホントぉ、嬉しいわっ。銀座のお店はね、全然行ってないの。うん、だってママけちなんだもん」

かや乃「(呆れて)レイちゃんっ」

構わず話し続けるレイ子。

レイ子「(電話に)それにテレビの方からもわりとお誘いがあるのよ。この間『女ねずみ小僧』出たの見た? まあ、見たの? イヤッ、ハッハッハッハッ、お恥ずかしい。ウフッフッフッフッ、そうなの、今度また忍者の役で出ないかって言われてるんだけどねえ。手裏剣ちょっと投げられるかどうかちょっと心配なのよ」

と、表から戻ってくるきみえ。

きみえ「ちょっとぉ、ねえ、受話器外れてない?」

かや乃「レイちゃんに電話かかってきちゃってさ、長電話しちゃったのよ」

きみえ「信じられないっ、何やってんのよっ」

レイ子をどつくきみえ。

きみえ「早く切りなさいよっ」

レイ子「(きみえに)替わる?」

かや乃「替わらないわよっ」

レイ子「(電話に)そうなの、ヒステリーのねえ

きみえ「(ヒステリックに)キイッ、早く」

かや乃「レイちゃん、早くしなさいよ」

レイ子「(電話に)また今度、それじゃね、バイビー。ウフフフフ」

電話を切るレイ子。

かや乃「もう、なんでそんな長電話してるのよ、きみちゃん待ってるの知ってるでしょ」

きみえ「せっかく行ってきたのに」

レイ子「だって久しぶりなんだもん」

かや乃「関係ないじゃないよ」

きみえ「今度レイちゃん、行ってきなさいよ」

レイ子「何よ」

きみえ「レイちゃん行ってきて、今度」

かや乃「レイちゃん行っておいでよ」

レイ子「アタシ? しょうがないか」

きみえ「早く行ってよ。はい、テレカ」

重い腰をあげるレイ子。

レイ子「はいはい、じゃ行ってくるわよ。(かや乃に)出ないでよっ、お姉ちゃんボケかますから」

かや乃「出ないわよ、もう大丈夫よ」

と、電話が鳴る。

きみえ「かかってきた!」

戻って来るレイ子。

かや乃「留守番電話第一号」

きみえの入れた応答メッセージが流れる。

きみえの声「♪ようこそどうぞ、やっまいっち♪ こんにちはー、恩田です。ただいま外出しています。この発信音の後にメッセージをどうぞって言ってんのよーっ」

じっと聞いている三人。

発信音が鳴る。

きみえ「誰かな?」

と、電話の向こうから荒い息づかいが――。

「ハアハアハアハアハアハアハアハア

じっと電話を見つめる三人。

きみえ「やだ

顔を見合わせる三人。


時間経過。

翌日の夜。

電話の前に集まっている三人。

きみえの入れた応答メッセージが流れる。

きみえの声「♪ようこそどうぞ、やっまいっち♪ こんにちはー、恩田です。ただいま外出しています。この発信音の後にメッセージをどうぞって言ってんのよーっ」

発信音に続いてかや乃の伝言が流れる。

かや乃の声「もしもし、かや乃です、ちょっと留守番電話を聞いてみたくてお電話しました」

きみえ「ああ、かや乃姉ちゃん」

レイ子「やあだ、お姉ちゃん」

かや乃「アタシが一番最初だったんだ

レイ子「うん、何時ごろ?」

かや乃「えっとね、夕方会社からだから四時ごろ」

レイ子「ホント?」

発信音に続いて今度はきみえの声が。

きみえの声「きみえです、留守番電話いいみたいですね、それではさよなら」

呆れる三人。

きみえ「ちょっと堅かったかな堅かった?」

レイ子「うん、ちょっとね」

かや乃「ちょっとね」

きみえ「会社からだったからかも」

発信音に続いてレイ子の声。

レイ子の声「レイ子。今夜も泊めてね、お風呂わかしておいてください

かや乃「あんたまで電話してるの?」

レイ子「(自分の声に)可愛い、可愛いっ」

かや乃「なんだぁ、アタシたちの声ばっかりじゃない」

またかや乃の伝言。

かや乃の声「もしもし、かや乃です、やっぱし留守番電話っていいもんですね。それじゃ、また」

黙って見つめ合う三人。

きみえ「じゃ、他の人から全然かかってこなかったってこと?」

レイ子「なんて人気のない一家なの」

かや乃「やだ、消そう消そう」

きみえ「ちょっと待って待って。最後まで聞いてみないと」

発信音が流れる。

きみえ「最後に入っているかもしれないじゃない」

聞こえてきたのはきみえの伝言。

きみえの声「(桜田淳子のモノマネで)こんにちは、恩田さんのお宅ですか? 誰のモノマネかわからないですね。それではさようなら」

きみえを見つめるレイ子。

レイ子「なあに、これ?」

きみえ「似てなかった」

かや乃「きみちゃん、似てるわよ、十分」

そして発信音。

しばらく無音状態が続く。

かや乃「誰?」

きみえ「かや乃姉ちゃん?」

かや乃「ううん」

きみえ「レイちゃん?」

聞こえてきたのは荒い息づかい。

「ハアハアハアハアハアハアハアハア

呆然となる三人。

レイ子「やだ! まただよ、スーハーおじさん」

きみえ「懲りないわねぇ」

かや乃「気持ち悪いやつね」

レイ子「スーハースーハー言ってそこらじゅう全部電話してるんだと思うよ、こういう人は」

きみえ「スーハーおじさん?」

レイ子「そう、スーハーおじさんよ」

かや乃「ちょっと、消そうよ、消そ消そっ」

レイ子「消そう、気持ち悪い」

消去ボタンを押すきみえ。

かや乃「何が目的なんだろう、これ?」

きみえ「どういうこと」

レイ子「なんか心当たりあるんじゃないの? お姉ちゃん」

かや乃「アタシ、心当たりなんかないわよ」

レイ子「え?」

きみえ「ねえ、でもさ、こういうのって、知ってる人っていうかさぁ」

レイ子「うん」

かや乃「やだ、知ってる人ならよけい気持ち悪いじゃない」

きみえ「だって、電話番号だって、何回も何回もわかんないよ」

レイ子「でも、リダイヤルできるよ、今」

かや乃「どうやって調べたのかしら。あっ、そっか、リダイヤル

レイ子「めちゃくちゃかけてさ、それでいい声だとリダイヤルするのよ」

きみえ「いい声、あ、わかった、やだ、あたし?」

レイ子「まずいこと言っちゃった。アッハッハ」

きみえ「アタシが淳子に似ていたから、あまりにも?」

レイ子「わかった、桜田さんのファンの方じゃないの?」

かや乃「ああ、そうね、そうね、そうかもしれない」

きみえ「じゃ、同じ『じゅんこ』でも、三原にすればよかったかしら」

レイ子「あんた、それ失礼じゃない?」

きみえ「(モノマネで)♪セクシーナイト♪あ、ダメだ、歌声が淳子だわ」

レイ子「もっとまずい。セクシーだもん」

かや乃「でも怖いからそっちの方がよかったんじゃないの」

きみえ「そうね、(モノマネで)『三原だよ』って言って」

かや乃「そうそうそうそう」

レイ子「その方がよかったわよね」

かや乃「嫌だこれ、困っちゃうわね」

レイ子「アタシひどい目に遭ったことがあるのよ、留守番電話で」

かや乃「ホント?」

レイ子「ウチ昔留守番電話だったじゃない? 『ゴースト・キャッスル・ドー』は」

かや乃「うん」

レイ子「ねえ、まだウチはプッシュホンじゃなかったけど」

かや乃「浦安の方でしょう?」

レイ子「うん」

きみえ「パルス回線だったころね」

レイ子「えっ、何それ」

かや乃「何? パルスって」

きみえ「ダイヤルのことパルス回線っていうのよ」

かや乃「あ、そうなの?」

レイ子「あんた、なんでも知ってるわねえ」

かや乃「きみちゃん、早いもん情報が」

きみえ「業界じゃ常識よ」

かや乃「あ、ごめんなさいね」

レイ子「それでね、あの、すごい、すごいヤな電話があったのよ。『恩田さんですか? あの、ボクでーす。田中です。元気ですか?』って入ってるの。『マル番にマル番、帰ったらすぐに電話くださいね』ガチャッって切れてるの」

かや乃「うん」

レイ子「で、知らないのよ、その人、聞き覚えがないの。でも急いでるからみたいに言うからかけたの。それで『田中さんのお宅ですか?』って言ったら『マルマル株式会社ですけど』って女の人が出たの」

かや乃「うん」

レイ子「『田中さんお願いします』って言ったら、『ちょっとお待ちください』って、田中さんが出てきたの。『あの、恩田ですけれども、あのう、なんでしょうか?』て、『はっ?』って言うの。『あなたからお電話いただいた恩田ですけれども、すぐにお電話くださるように言われたので』って言ったら、『いやあ知らないなあなたは』って言うんですよ」

かや乃「へえ」

レイ子「『言うんです』だって」

思わず自分で吹いてしまうレイ子。

話を続けるレイ子。

レイ子「それで、アタシ『でも電話いただいたから。これあなたの声ですよ絶対に、聞かせましょうか?』って言って、聞かせたの、声を。自分の声なの。ただのセールスマンだったの」

きみえ何それ」

レイ子「ひどいでしょう? だってアタシ電話したんだもん。ひどくない?」

顔を見合わせるきみえとかや乃。

きみえ(意味がわからない)」

沈黙する三人。

きみえ「お猿日記再びって感じね」

かや乃「そうね」

レイ子「なんで? わかんないの、意味が? わかってくれないわね、姉妹なのに」

きみえ「わからなかったわね、今の」

かや乃「うん、わからなかったね」

と、電話が鳴る。

レイ子「あっ、かかってきた」

きみえ「どうする? 聞いてみる?」

レイ子「うん、ちょっと聞いてみよう」

きみえの応答メッセージが流れる。

きみえの声「♪ようこそどうぞ、やっまいっち♪ こんにちはー、恩田です。ただいま外出しています。この発信音のあとにメッセージをどうぞって言ってんのよーっ」

発信音が流れる。

そしてまた荒い息づかいが――。

「ハアハアハアハアハアハアハアハア

きみえ「やだもう」

かや乃「しつこいねえ、ちょっとやめてよ、気持ち悪いよ」

きみえ「コイツ、ホントに何考えてんだ、ホントにっ」

レイ子「あっ」

急に立ち上がるレイ子。

かや乃「なによ、レイちゃん」

ベランダへ駆け出すレイ子。

きみえ「どうしたの、どうしたの?」

かや乃ときみえ、レイ子の後を追う。

ベランダのレイ子、手すりから身を乗り出す。

レイ子「ちょっとあいつじゃないの?」

向かいの電話ボックスを指さす。

かや乃「何よ」

きみえ「電話してる」

レイ子「電話してるわよ。近いじゃんよ、音」

かや乃「いや、いくら近くても

レイ子「ちょっと、見るからに変態よ、脂ぎっちゃって」

かや乃「鴨下さんじゃないの?」

きみえ「鴨下さん? 鴨下さんてどこよ、隣は鴨田さんよ」

かや乃「鴨田さんじゃないの?」

きみえ「鴨田さんじゃないわよ」

かや乃「あの声、だって近すぎない?」

レイ子「近いねえ」

きみえ「でも、あのぐらいの距離でも、あのぐらいの近さはあるかもしれない」

かや乃「ホント?」

レイ子「あれよ」

電話ボックスを睨むレイ子。

かや乃「(レイ子に)ちょっと」

きみえ「ホント?」

かや乃「ちょっとちょっと、勝手に疑っちゃダメよ、そんなの誰だかわかんないんだから」

レイ子「アタシ、下行ってちょっと怒鳴ってこようか」

きみえ「あっ」

突然しゃがんで隠れるきみえ。

かや乃とレイ子もそれにつられて慌ててしゃがむ。

かや乃「(しゃがんだまま)ちょっと、きみちゃん、何よっ」

きみえ「今、目が合っちゃった」

レイ子「嘘っ」

きみえ「ホント。あの目は変態の目よ、絶対っ」

レイ子「え?」

きみえ「なんかぶつけてやろうか」

レイ子「やってやってっ」

かや乃「ちょっとやめなさい、きみちゃん。間違いだったらどうするの?」

レイ子「ガツンとよ、ガツンと」

かや乃「きみちゃん、やめなさいっ」

きみえ、ベランダの端にある植木から石を拾う。

公衆電話に向かって石を投げつけるきみえ。

恐る恐る顔を上げる三人。

かや乃「きみちゃん、当たっちゃったじゃないのよ。ちょっとよしなさいよ」

レイ子「もっともっともっと、投げなさい」

きみえ「マヨネーズは?」

レイ子「おう、いいじゃん」

キッチンヘマヨネーズを取りに走るきみえとレイ子。

二人を追ってリビングに戻るかや乃。

かや乃「だって仕事かなんかの電話してたらどうすんのよ、やめなさいよ、きみちゃん」

レイ子ときみえ、マヨネーズを持って再び、ベランダへ走る。

かや乃は受話器を持って語りかける。

かや乃「(優しく)もしもし、あなたね、誰だかよくわからないけれども、こんな電話なんかしてちゃだめでしょう」

きみえ「そんなやさしく言ってもしょうがないじゃんっ」

レイ子「声が芝居がかってるね」

かや乃「(電話に)ウチはね、三姉妹だけど、七十、六十、五十のおばあさんなんですよ。だから、どっかへ電話するんだったらもっと違うとこに電話してちょうだいよ。わかったね、勉強してくださいよ。わかった? はいっ」

きみえに受話器を渡す。

きみえ「(鼻をつまんで)もしもし、あんたもね、夜なのにね、こんなね、人の家なんか電話しないで、テレビ見てなさいよ、おとなしく」

レイ子に受話器を渡す。

レイ子「(電話に)ヘックショーンっ。ハッハッハッ」

かや乃に渡す。

かや乃、再び電話に出る。

かや乃「(電話に)わかった? もう電話しないでね、よろしくね。頼みますよーだ」

電話を切るかや乃。

ベランダに出るきみえとレイ子。

向かいの公衆電話を見つめる二人。

きみえまだ電話してるよ」

かや乃「え?」

レイ子

リビングからかや乃が叫ぶ。

かや乃「ほら、やっぱりそうじゃん、あの人じゃないんじゃない。電話ボックスの人じゃ」

レイ子「やだあ」

レイ子ときみえ、ベランダから戻ってくる。

かや乃「だめよ」

レイ子「誰よ。あっ、わかったっ。川越のタカシおじさんじゃないの?」

かや乃「何言ってるのよ、あのおじさん、あんた、九十よ。そんな元気あるわけないじゃないよ、気持ち悪いわよ」

レイ子「あの、ほら、入れ歯してるから、スーハースーハーってあれじゃない?」

きみえ「まさかぁ」

かや乃「違うわよ、おじさん」

レイ子「会社の人?」

かや乃「違うわよね、だって知り合いだったら気持ち悪いじゃない」

レイ子「そうかなぁ」

きみえ「森進一じゃないの?」

電話が鳴る。

緊張する三人。

きみえの応答メッセージが流れる。

きみえの声「♪ようこそどうぞ、やっまいっち♪ こんにちはー、恩田です。ただいま外出しています。この発信音のあとにメッセージをどうぞって言ってんのよーっ」

呆れている三人。

きみえ「でしょ? あきるのよ。こういうのは」

かや乃「あきるね、あきるあきる」

発信音が流れる。

耳をすます三人。

やがてあの荒い息づかいが――。

「ハアハアハアハアハアハア

たまらずにきみえが電話に向かって叫ぶ。

きみえ「(電話に)おまえ、ホントに懲りないねっ」

レイ子「いくわよ」

きみえ「何?」

受話器を摑むレイ子。

レイ子「(電話に)ちょっとぉ、あんたいいかげんにしなさいよっ。ここどこだと思ってるのよぉ。ええっ、幕張なのよっ、ホントにもうっ」

隣できみえも叫ぶ。

きみえ「(電話に)あんたもねえ、口があるんだったらね、スーハースーハーじゃなくて、なんか言ったらどうなのよっ。ワンとかウンとかスンとかさあっ」

と、電話の向こうで犬が「ワン」と鳴く。

きみえ(呆然)」

見つめ合う三人。

きみえむかいの犬だよっ」

うなずく三人。

パーティーは終わった

恩田家リビングルーム。夜――。

パーティーが終わった後の室内。

食べ残しの料理やパーティーグッズが散乱している。

一人、放心状態で佇むかや乃。

かや乃

ベランダではレイ子ときみえが車で帰っていく友人たちを見送っている。

きみえ「気をつけてね」

レイ子「来年また来てね」

クラクションが鳴る。

きみえ「(ジュリーの真似で)寝た振りしてる間に帰ってくれーっ」

レイ子「頼むよ。楽しみにしてるからね」

きみえ「バイバイ」

レイ子「バイバイ」

車のエンジン音が遠ざかる。

部屋に戻る二人。

きみえ「かや乃姉ちゃん、みんな帰ったよ」

不機嫌そうに腰かけているかや乃。

かや乃

レイ子「しかし、よく飲んだね」

きみえ「面白かったわね。やっぱり高校時代の友達はいいわねぇ」

レイ子「一番ね、長生きするのは高校時代の友達なんだって」

きみえ「長生き? 長続きでしょ?」

レイ子「長続きするのは」

きみえ「もう、舞い上がっちゃって、本当に。いやぁ、レイちゃん、感心したわ」

レイ子「ごめん、なんか言った?」

きみえ「いや、何も言わないけど、よく人の同窓会であれだけはしゃげるなぁと思って。高校、別なのに」

レイ子「『やだ』とか言ってた?『お姉さんなんかケバい』とか」

きみえ「いや、それは前から知ってるから平気だったけど。いや、でも、カラオケ五曲連続でかましたのは、ちょっとびっくりしたけど」

レイ子「言ってくれなきゃわかんないじゃない」

きみえ「でも、みんな盛り上がってたよ。好きだったからいいんじゃないの?」

レイ子「ごめんね」

きみえ「いやいや。でも、やっぱりかや乃姉ちゃんよね、今日は」

レイ子「かや乃姉ちゃん、いろいろご苦労さまでした」

かや乃何が?」

ぶっきらぼうに答えるかや乃。

きみえ「いや、この料理とかさ、美味しかったよね」

レイ子「うん」

かや乃「べつに大したもん作ってないもん」

きみえ「いや、そんなことないよ。みんなすごい大喜びだったよ」

かや乃「ふーん。普段よっぽどマズいもん食べてんだね」

顔を見合わせるレイ子ときみえ。

レイ子うち、寄り合うの昔から好きじゃないから」

きみえそうね」

かや乃「きみちゃん」

ドキッとするきみえ。

きみえ「はい」

かや乃「べつに言いたかないんだけどさ」

きみえ「え、何ですか?」

かや乃「うちで同窓会やるって、なんか意味があるわけ?」

きみえ(必死に)いや、ほら、人数少なかったし、たまには少人数でアットホームなのもちょっと面白いかなと思って」

かや乃「うちって『大都会』じゃないのよ、『やる気茶屋』でもないのよ。いきなり『明太子、三つ』って言われてもね、困っちゃうわけよ。用意してないから。ね」

きみえ「本当にね、かや乃姉ちゃんには本当――」

かや乃「あれば出すよ」

きみえ「あ、本当にどうも失礼しました」

かや乃「(追いうちをかけるように)人んちのトイレでさ、ゲロ吐くのやめてくんないかな」

きみえ「ごめんね。あれ、本当に私もびっくりしたんだけど」

かや乃「あいつの顔、一生忘れないよ、私」

きみえ「コイズミ君でしょ。コイズミ君ね、あれ、癖っていうか。緊張するとよく吐くのよ。卒業式のときも、校長先生に賞状もらいながら、アアって」

かや乃「だったらいつもさ、ビニール袋持って歩けばいいじゃない」

きみえ「あ、そうなんだよね。そのへんがちょっと甘いわよね」

かや乃「そうよ」

きみえ「緊張したのかもしれないね。緊張するとすぐ吐くのよ、あの子」

かや乃「それじゃあ何? 緊張した人はさ、アタシに『おかみさん、ちょっとメニュー』って言うわけ?」

きみえあれは単に冗談で、場を盛り上げようと思った気の利かない冗談よ」

かや乃「そりゃ私はさ、一生懸命やるわよ。やるけどさ、『あ、メニューください』なんて言われてさ、すぐに『今日これがね、本日のおすすめ品なんですよ、どうぞ』なんて切り返しできないって」

きみえ「そりゃそうよね」

レイ子「(ふざけてかや乃に)あ、おかみさん、おしぼりくれるかな? これ。ベトベトに

レイ子を睨むかや乃。

レイ子(まずい)」

きみえ「なんか埋め合わせするから、今度」

かや乃の肩を揉むきみえ。

かや乃「まあ、いいや。あと片づけはよろしくね」

きみえ「ええ、それはもちろんね。そこまで迷惑はかけられないよね、かや乃姉ちゃんにね」

レイ子「そうそう。当然、当然」

きみえ「やります、やります」

かや乃「ちゃんとやってね」

きみえ「ええ、やります」

かや乃「わかった。私、寝るから」

きみえ「はい。あ、じゃあ、ゆっくり休んで」

かや乃「これ、全部片づけて」

きみえ「ええ、もう、ちゃんとやりますよ」

かや乃「飾りつけ全部取って、食器も洗って」

きみえ「はいはい、洗います」

かや乃「全部やっといて」

きみえ「床掃除もね。やります、やります」

かや乃「そうよ。わかった?」

きみえ「やります、やります」

かや乃「頼むわね」

きみえ「じゃあ、ゆっくり休んでね。おやすみ」

かや乃、寝室に下がる。

見送るレイ子ときみえ。

きみえ(気まずい)」

レイ子「へへ、行った、行った。ヘヘっ」

きみえ「(かや乃に)おやすみ」

レイ子、コップに残ったビールを注ぎ足して飲む。

きみえ「(慌てて)何やってんの? レイちゃん。やめなさいよ」

レイ子「もったいないじゃん」

きみえ「片づけなきゃダメでしょ」

レイ子「え?」

きみえ「早い時間に片づけたほうがいいでしょ」

レイ子「うんうん」

きみえ「早く片づけよう」

レイ子「わかった。じゃあ、私、行こう。きみえちゃん部屋貸して」

きみえ「ちょっと、レイちゃん。レイちゃんっ」

レイ子「何よ?」

きみえ「なんで部屋行くの?」

レイ子「だって、ここで食べれないでしょ。汚いじゃん」

きみえ「レイちゃんも片づけるんでしょ」

レイ子「どうして? なんで? あんた。わかんない? この格好見て私が誰か」

きみえ「恩田レイ子でしょ」

レイ子「ゲストよ、今日の。スペシャルゲストよ」

きみえ「冗談じゃないわよ。ゲストはいいけど、このへん散らかしたのみんなレイちゃんなんだからね。ポップコーンだってこれほら、こんなにバァーッと散らかって」

レイ子「仕方ないじゃない。私だって、袋開けるのヘタなんだもん」

きみえ「(ムッとして)レイちゃん」

レイ子「なによ?」

きみえ「片づけなさいよ、一緒に」

レイ子「え?」

きみえ「一緒に片づけましょうよ」

レイ子「どうしてよ?」

レイ子、ビールとつまみを持って逃げようとする。

きみえ「そんなのいいじゃん、あとで食べれば」

レイ子「あー

きみえ「なんなの? その『あー』っていうのは」

レイ子「わかったわよ。私でも、お腹空いちゃってるのよ、飲んでばっかしだったから」

きみえ「そう? じゃあ、これだけだからね」

レイ子「わかった。じゃあ、これ食べたら片づけるからさ」

きみえ「そうだよ。本当だよ。じゃあ、床掃除とゴミ拾いはレイちゃんだからね」

きみえ、片づけようとしていた皿を落としてしまう。

きみえ「あっ」

かや乃が階段を駆け下りてくる。

割れた皿を見て立ちつくすかや乃。

かや乃「(うんざり)ああ、もう。やっぱり自分でやればよかった」

レイ子「危ないよ」

かや乃「ああ、どいてどいて。私やるから」

きみえ「ごめんなさい」

かや乃「きみちゃん、他のお皿そうっと持ってらっしゃいよ、そうっと」

きみえ「はい」

かや乃「参ったねえ。初めからやっぱりやればよかった」

後片づけをするかや乃。

レイ子は一人、つまみを食べ始める。

きみえ「掃除機、掃除機。レイちゃん、そこ全部片づけなさいよ」

掃除機を取りに行くきみえ。

かや乃レイ子」

レイ子「え?」

かや乃「食べ終わったら早く持ってらっしゃいよ」

レイ子「はい」

かや乃「だからうちでパーティーやるの嫌だっていうのよ。祭の後っていうのかね」

レイ子が食べているそばから掃除機をかけ始めるきみえ。

レイ子「(ムッとして)ちょっと何やってんの? あんた」

レイ子に掃除機を吸いつかせる。

レイ子「やめてよっ」

きみえ「どいてよ」

レイ子「もう。何よ? あんた、なんのつもりよ?」

ポップコーンの袋を開けるレイ子、力を入れすぎて、思わずポップコーンをぶちまける。

さらに散らかる室内。

きみえ「何、今の」

レイ子「滑ったのよ」

きみえ「(うんざりして)もう吸えないわよ、掃除機だっていっぱいになっちゃって。ほら」

レイ子「ヘタなのよ、袋開けるのが」

きみえ「だから、練習しとけって言ったでしょ」

レイ子「練習するからさ」

きみえ「かや乃姉ちゃん」

かや乃「何よ」

きみえ「レイちゃんが散らかすんですけど」

かや乃「もう。ちゃんとやんなさい、早く」

きみえ「もう、ポップコーン」

かや乃「レイちゃん、あんたさ、ほら、上の飾りつけ取って」

レイ子「どれですか?」

かや乃「食べる時間じゃないんだから」

レイ子「(素直に)そうですね」

立ち上がるレイ子。

レイ子「どこを取ればいいの」

かや乃「そこそこ」

レイ子「はい。何? これ」

かや乃「画鋲でついてるでしょ。何言ってるのよ。あんた、酔っ払ってるでしょ?」

レイ子「え?」

かや乃「酔っ払ってるでしょ。すごい飲んでたもんね。まったく。取ってください、これ」

壁についているパーティー用の飾りを指さすかや乃。

レイ子「指で?」

かや乃「指で取ってちょうだいね、指で。そうそう、そうそう。できる? そう、よかったわね。頭にも咲いてるわよ、花が」

レイ子「きみえ、これ、何?」

飾ってある花を指すレイ子。

きみえ「え? 何?」

レイ子「これ、きみえが作ったの?」

きみえ「そう。私が作ったの」

レイ子「バーカ」

きみえ「何よ」

レイ子「子ども」

きみえ「なんで」

レイ子「こんなもん作って嬉しいかよ? ヘヘへへっ」

と、作業にかかるレイ子。

きみえ「(ムカッ)」

掃除機でつつくきみえ。

レイ子「何すんのよ、やめてよっ、まったく。あれ?」

何かを落とした様子のレイ子。

きみえ「え? どうしたの?」

レイ子「ちょっと、ちょっと。ちょっとスリッパ脱いで。ちょっとこのへん走ってみて」

きみえ「何よ」

レイ子「1、2。1、2。1、2。はい、2ステップ。1、2」

その場で足踏みするきみえ。

レイ子「はい、ワルツ。ブン、チャッ、チャッ。ブン、チャッ、チャッ」

つられて踊るきみえ。

レイ子「どう?」

きみえ「何がよ」

レイ子「画鋲落としたんだけどなぁ」

きみえ「(慌てて)何やらせるのよ、危ないわねぇ」

レイ子「だってわかんないじゃない、どこ行ったか」

きみえ「かや乃姉ちゃんっ」

後片づけをしていたかや乃が振り返る。

かや乃「何?」

きみえ「レイちゃん画鋲落としたって」

かや乃「ええっ」

レイ子「なんでチクるの?」

きみえ「本当に落としたでしょ、画鋲」

かや乃「サチコがさ、踏んだら大変だから、ちゃんと探してといてやんなさいよ」

レイ子「大丈夫よ。猫の足は象の足よ」

かや乃「何? それ。プヨプヨしてんだから痛いわよ」

きみえ「どうすんのよ」

レイ子「あ、わかった。私わかった。いいことがあんのよ。ねえ、私さ、もう一回ここから画鋲落っことしてみるからさ、見てて」

かや乃「何よ?」

レイ子「どこに行くかわかるじゃん。いくよ」

レイ子、再び別の画鋲を落としてみる。

レイ子

かや乃、今のどこ行ったの?」

レイ子「だから、よく見ててって言ったじゃない」

きみえ「あーあ。二つともなくなっちゃった」

かや乃「どうしてそういう幼稚なこと考えるのよ。ちょっと水浴びてきなさいよ。酔っ払ってるでしょ、なんか」

きみえ「ああっ」

部屋の隅に何か見つけるきみえ。

かや乃「どうしたの? あったの?」

黒い物体を拾い上げるきみえ。

きみえ「何? これ」

覗き込むかや乃とレイ子。

かや乃「あらららら」

レイ子「ヘアピースじゃん」

きみえ「あ、吉田君だ」

レイ子「え?」

きみえ「吉田君」

レイ子「あの派手なジャケット着てた人?」

きみえ「そうそう」

かや乃「チェックの」

レイ子「ああ」

かや乃「でも、よく似合ってたじゃん。身体大きいから」

レイ子「私たちにバッジくれた人でしょ、お土産に」

かや乃「そうそう」

きみえ「でも、二十四なんだよ、あの人まだ」

かや乃「二十四でねぇ」

きみえ「そう。出世頭でさ。ロスの輸入商っていうの? 結構ね、輸入」

かや乃「バイヤーやってんだ」

きみえ「そうそう」

かや乃「すごいじゃない。でも、苦労が多いんだね」

きみえ「神経遣うんだよね」

レイ子「へぇ、そうなんだ」

かや乃「可哀想にね」

レイ子「ちょっと、でも、この中に画鋲入ってない?」

かや乃「いや、ないみたいよ」

レイ子「頭に刺さると血出るよ」

かや乃「ないない。大丈夫よ」

きみえ「大丈夫だよ」

レイ子「どこいったんだろう?」

かや乃「いいよ。明日、もう一回きれいに掃除するから。今日、ザーッとやっといて」

と、歩いていたきみえが突然叫ぶ。

きみえ「あ、痛いっ。何、今の」

足元を調べるきみえ。

レイ子「何?」

かや乃「画鋲?」

レイ子「幻じゃないの」

かや乃「画鋲じゃないの」

きみえびっくりした。ポップコーンのかけらだった。痛ぁーい」

かや乃「やだ、危ない。気をつけなさいよ」

レイ子「気ぃつけなさいよ」

きみえ「レイちゃんがこれ、こぼしたんだからね、そんなこといったって」

かや乃「隅のほうもさ、きれいにきみちゃん、このへんやっといて」

きみえ「はいはい」

かや乃、カーテンに目をやる。

かや乃きみえちゃん」

きみえ「はい?」

かや乃「これは何かしら」

カーテンにケチャップがベッタリついている。

かや乃(目が据わっている)」

きみえこ、これはトマト科の植物かな? トマトケチャップかな?」

かや乃「カーテンで口ふいたわけだね」

きみえ「ごめんなさい。本当にもう友達とんでもないわよねぇ、もう。いやぁ、なんか本当に」

かや乃「冗談じゃないわ。これ、本当に水洗いしなきゃ、すぐ」

きみえ「ホントそうだ。ごめんね」

かや乃「ちょっと取ろう、取ろう。レイちゃん、このカーテン取ってよ」

レイ子「私、ダメよ。今、こっちで手一杯なんだもん。佳境になっちゃったのよ」

レイ子は壁の飾りをはずすので手一杯の様子。

かや乃「先にこっちが佳境なのよ。早くしないと」

きみえ「いい、私がやる」

キッチンから椅子を持ってくるきみえ。

かや乃「いや、きみちゃんじゃなくてさ、レイちゃんのほうが背が高いからすぐ取れるからやってよ」

レイ子「なんでよ」

かや乃「きみちゃん、いいって。そんなに無理しなくて」

椅子に上がるきみえ。

かや乃「きみちゃん、ちょっと」

椅子の上に乗って不安定なきみえ。

きみえ「あっ」

バランスを崩すきみえ。

慌てて椅子を支えるかや乃。

レイ子も駆け寄る。

かや乃「レイちゃん、持つんだったらさ、あんたやってあげなさいよ」

きみえ「ああっ」

椅子から落ちるきみえ。

尻もちをつくきみえ。

かや乃「きみちゃん、大丈夫?」

きみえ「大丈夫、大丈夫」

起き上がるきみえ。

かや乃「大丈夫?」

きみえ「大丈夫。あ、そうだ。いい知らせがあるんだ、みんな」

レイ子「ん?」

かや乃「何よ」

きみえ、足の裏を公開する。

画鋲が刺さっている。

かや乃「一個見っけ」

レイ子「画鋲だね」

痛みをこらえて微笑むきみえ。



時間経過。

部屋は見違えるように片付いている。

レイ子の肩をマッサージしてやるきみえ。

レイ子「そこそこそこ、そこそこそこ。ううっ、そこそこそこ、そこそこそこ、そこそこそこ」

きみえ

一息つくきみえ。

部屋を見渡すレイ子。

レイ子「終わったねぇ」

きみえ「終わったって感じよねぇ」

かや乃、洗濯したカーテンを洗面所から運んでくる。

かや乃「干すの手伝って」

きみえ「どこに干すの?」

かや乃「ベランダ、ベランダ」

レイ子「ああ、そうか」

きみえ「ベランダね」

ベランダに出るかや乃。

レイ子ときみえもついていく。

レイ子「雨、降らないかな?」

かや乃「大丈夫でしょ」

きみえ「でも、早く乾かないと家の中、丸見えだもんね」

カーテンを干すかや乃。

レイ子「そうだよね。裸で部屋んなか歩けないじゃん」

きみえ「近所に見えちゃうよ」

かや乃「そんな、裸でなんか歩かないわよ」

レイ子「だって、ふろ上がり歩くのよ、独り暮らしの人はみんな」

かや乃「歩かない」

レイ子「あれ? トイレ入るときもさ、全開で入るでしょ? 独り暮らしの人は」

きみえ「レイちゃんだけでしょ」

かや乃「レイちゃんぐらいよ」

レイ子「嘘? 一人のときはそうやってるでしょ?」

きみえ「やってないわよ」

かや乃「そんなのしてないわよ、誰も。見てないからって手を抜かないのよ、あんた女として」

レイ子

落ち込むレイ子。

かや乃「よし、これで朝までに乾くと」

きみえ「完璧」

かや乃「完璧」

リビングに戻る三人。

レイ子「しかしさ、こうやって見ると、なんか家の中もきれいにすると広く感じるね」

きみえ「ね。広いね。ああ、でも片づいた」

かや乃「あら、やだ。もう三時半じゃない」

レイ子「うん」

きみえ「え、三時半?」

かや乃「うん」

時計を見るきみえ。

きみえ「あら、本当だ」

レイ子「乾杯しようか」

きみえ「え、今から?」

レイ子「だって、いいじゃん。ほら、完成祝いの乾杯ってどう?」

きみえ「いいよ、もう寝よう。眠いよ」

かや乃「でも、寝る前に一杯だけ飲みたいね」

レイ子「でしょ? ね、ね、決まり、決まり」

キッチンにビールを取りに行くレイ子。

きみえ「好きなんだから、かや乃姉ちゃんたら」

かや乃「あ、レイ子」

キッチンのレイ子が振り向く。

レイ子「はい」

かや乃「コップ、水切りの中に入ってるから。まだ棚の中に入れてない」

きみえ「せっかく洗ったのにいいんですか」

かや乃「きみちゃん。洗ったのはね、使うために洗ったんでしょうにね」

きみえ「(納得して)そうですね」

かや乃「飾るために洗ったわけじゃないんだから」

きみえ「そうですよ。ケチ臭いこと言っちゃダメだよ、レイちゃん。本当に」

レイ子がビールとコップを持って戻ってくる。

レイ子「はいはい、お待ち遠さまでした」

きみえ「はいはい、はいはい。慣れてるね、さすがに」

レイ子「ありがとう。はい、どうじょ」

ビールを注いでやるレイ子。

かや乃「何? あなた。源氏名ないの? 銀座の」

きみえ「また泡だらけだよ、レイちゃん」

グラスを持つ三人。

かや乃「これでよくアルバイトしてるね、あんた。泡だらけで」

きみえ「コップに問題があるんじゃないの」

かや乃「コップに問題はないでしょうよ」

きみえ「嘘、洗い方が足りなかったんじゃない」

レイ子「洗剤がまだついてるんじゃないの?」

かや乃「どうして? 曇りはないじゃん。あんたたち、余計なことよく言うわね、なんにも手伝わないで」

レイ子「はい、どうじょ」

かや乃「さあさあさあ、それではきみちゃん、音頭とってくださいね」

きみえ「そうですね。いきなり立つ奴いるよね、こういうときね」

立ち上がるきみえ。

きみえ「本日は、私と私の友人のためにいろいろとご迷惑をおかけしたことを、大変申し訳なく思うということをご挨拶に代えさせていただきます。それでは乾杯」

レイ子「乾杯!」

かや乃「乾杯。お疲れさま」

グラスを合わせる三人。

レイ子「やっぱりきれいな部屋で飲むビールは格別だな」

きみえ「つまみが欲しいなっていう感じしますね」

レイ子「あ、するする」

かや乃「あるのよ」

きみえ「何?」

かや乃「一塩の野沢菜」

きみえ「それ、いきましょ」

レイ子「ね。美味しい」

つまみを取りに行くかや乃。きみえは、カラ

オケが出しっ放しなのに気づく。

レイ子「あ、やだ。これ」

きみえ「忘れてた。まんま置いとこうか」

レイ子「ね。ときどき歌う練習なんかしたりなんかしてね」

きみえ「そうね、いいよね。インテリアとしても気がきいてるわよね」

キッチンから野沢菜を持って戻ってくるかや乃。

かや乃「なになに? 何?」

レイ子「ほら」

かや乃「あ、カラオケしまうの忘れちゃったね」

レイ子「そうなのよ」

かや乃「やだ」

きみえ「このままここに置いとくのもいいんじゃないかっていう話で」

かや乃「インテリアで」

レイ子「うん」

かや乃「それでさ、紫に塗らない?」

レイ子「紫に?」

かや乃「だめ?」

きみえ(無視して)いただきまぁす」

野沢菜に手を伸ばすきみえ。

レイ子「いただきます」

かや乃だめかなぁ?」

まだカラオケのことが気になっている様子のかや乃。

きみえ「美味しい」

かや乃「いいと思うんだけどなぁ」

レイ子「お姉ちゃん、柿の種は?」

きみえ「あ、私のベッドのとこにある」

かや乃「(びっくりして)きみちゃんなの? 持ってったの」

きみえ「そう。なんかね、最近あれ食べないと寝れないんだよね」

かや乃「変なやつ」

柿の種を取りに自分の部屋へ行くきみえ。

かや乃「レイちゃん」

レイ子「ん?」

かや乃「今日、パーティーでさ、カラオケやったでしょ」

レイ子「うん」

かや乃「あんた、何曲歌ったの?」

レイ子「私はね、三曲かな」

かや乃「三曲。ふーん。私も歌いたかったな」

レイ子「ん?」

かや乃練習してたのに」

レイ子「何が? ん?」

かや乃「歌いたかったな、と思って」

レイ子「やだよ、言ってくれればいいじゃん」

かや乃「やだ。だって恥ずかしいじゃないよ」

レイ子「誰に?」

かや乃「だってさ、恥ずかしいよ、そりゃ。若い子ばっかりでさ」

レイ子「あんなの子供ばっかりじゃないよ」

かや乃「でも、あの子たちもさ、ちょっと礼儀知らないわよね」

レイ子「なんで?」

かや乃「恩田家にさ、わざわざパーティーしに来てるのにさ、レイちゃんも三曲歌うでしょ。きみちゃんなんか郷ひろみのメロディかなんかバァーッと歌っちゃってさ。メドレーか。メドレー歌っちゃってさ、あんなに歌って。そしたらさ、そしたら順番として、『一番上のかや乃お姉さん、ちょっと一曲どうですか?』って」

レイ子「言わなかった?」

かや乃「そういう可愛いこと言ってくれても。そりゃあ礼儀だよね」

レイ子「照れ屋さん。ヘヘヘっ。歌いたいって言えばいいじゃないよ」

かや乃「そんなの恥ずかしいじゃない」

レイ子「あ、それでなの? さっきからスネてんのは」

かや乃「べつにそれでスネてないわよ。それでスネてるわけじゃないわよ」

レイ子「本当? それでスネてたんじゃないの?」

乾き物をたくさん抱えて戻るきみえ。

きみえ「ちょっとすごいよ。探してたらこんなにいっぱい出てきたよ、ほら」

かや乃「きみちゃんだったの?」

きみえ「えへへ」

かや乃「どうもこの頃お菓子なくなるから、レイ子だとばっかり思ってた」

レイ子「濡れ衣でしょ、濡れ衣」

きみえ「非常食で買っといたのよ」

かや乃「きみちゃん、よしなさいよ。虫歯になっちゃうよ」

レイ子「きみえ、きみえ」

きみえ「何?」

レイ子「かや姉」

かや乃「(制して)よしなさいよ」

レイ子「本当はね――」

かや乃「済んだことだからいい」

レイ子「歌いたかったんだって」

きみえ「(驚いて)言えばよかったのに」

かや乃「だって、妹のパーティーにしゃしゃり出るのもおかしいわよ」

きみえ「じゃあ、この五曲歌った人はどうなるのよ」

かや乃「それはね」

レイ子「三曲だってば、三曲」

きみえ「また嘘つく」

レイ子「二曲は舌慣らしだっつってんでしょ」

きみえ「何? それ」

かや乃「汚らしいっていうのよ、それ」

レイ子「(ごまかして)かや乃姉ちゃん、歌えば」

かや乃「(照れて)いい、いい」

レイ子「なんでよ? 歌いなさいよ。(きみえに)ね、かや乃姉ちゃんの歌聴きたいわよね」

きみえ「聴きたい、聴きたい」

かや乃「そう?」

まんざらでもなさそうなかや乃。

きみえ「歌いなよ」

かや乃「夜遅いもん、もう」

レイ子「大丈夫だって」

きみえ「このぐらいの時間だったら」

かや乃「だって、聴かせる人、レイちゃんときみえ」

レイ子「いいじゃない」

かや乃「つまんないじゃない、(自分に言い聞かせるように)つまんない」

きみえ「聴きたいわよ」

レイ子「そういえば聴いたことないもんね、お姉ちゃんの歌ね」

かや乃「いい、いい」

レイ子「なんで? 歌いなってば。何、曲は何? じゃあ私がまず歌おうか?」

きみえ「(慌てて)レイちゃんいいって」

レイ子

きみえ「レイちゃんはいいよ。もう五曲も歌ったんだから」

かや乃「(決心して)じゃあ、歌おうかな」

きみえ「え? いく? 何?」

レイ子「私がまず先に歌って、それで」

きみえ「レイちゃんはいいの。(かや乃に)何?」

かや乃「『王将』」

曲のリストをめくるきみえ。

レイ子「あった?」

かや乃「あのね、Aの41

きみえ「(呆れて)練習してんじゃないの?」

かや乃「ちょっとだけね。だって、昨日カラオケパーティーやるって言ってたからさ」

曲をインプットするきみえ。

きみえ「Aの41

レイ子「(かや乃に)じゃあ次、デュエットする?」

かや乃「いいね、いいね」

レイ子「(きみえに)次はBの36の『氷雨』ね」

かや乃「(焦って)それ知らない。それ知らないもん」

レイ子「リードするからさ」

かや乃「え? 本当に? やだなぁ」

きみえ「はいっ」

イントロがスタートする。

レイ子はポップコーンの袋を開けようとしている。

きみえ「(ナレーション風に)フッた私が悪いのか、フラれたあなたが悪いのか。幕張に根ざして半年。さあ、ここで幕張魂みせていただきましょう。女、かや乃さん。『王将』です」

かや乃「(ふざけて)村田だ!(照れて)ヘタよ、ヘタよ。♪吹――」

と、かや乃が歌いだしたと同時に、レイ子がポップコーンの袋を破ってしまい、中身をぶちまける。

レイ子「きゃあっ」

カラオケも思わず停まってしまう。

かや乃「レイちゃんっ」

きみえ「(頭にきて)レイちゃんポップコーンまたっ。練習しとけって言ったでしょ、もう」

かや乃「ほら、止まっちゃったじゃん。戻すの大変なんだから」

レイ子「かや姉、歌いなよ、ほら。『氷雨』スタート!」

再び始まるカラオケ大宴会。


時間経過。

部屋は再びぐちゃぐちゃに散らかっている。

マイクを握ったまま寝ているかや乃。

ビール瓶をラッパ飲みしながら寝ているレイ子。

ソファで寝ていたきみえ、むっくり起き上がる。

周囲を見渡す。

きみえ

さっきよりさらに散らかっている。

きみえ「なんなのかしら、私たち」

脱力したきみえ、ソファに顔をうずめる。

再び顔を上げる。

きみえ

鼻の脇に画鋲が刺さっている。

きみえ

そのままちあきなおみの真似に移行するきみえ。

猿の手

恩田家リビングルーム。夜――。

部屋でくつろいでいる三人。

黙々とみかんを食べているきみえ。

雑誌を見ているかや乃。

新聞を開いているレイ子。

かや乃「きみちゃん、それ、何個目?」

きみえ「わかんない」

かや乃「半分ちょうだい」

きみえ「やだ」

かや乃「だって私、一個しか食べてないんだよ」

きみえ「こういうのは、早いもの勝ち」

かや乃「ちょうだいよ」

きみえ「そうやって、筋ばっかりブリブリ取ってるからでしょ」

レイ子「(新聞を見ながら)すごい事件起こってるよ、世の中で」

かや乃「(きみえに)ちょうだいよ」

かや乃、きみえが手にしたみかんを奪おうとする。

きみえ、慌てて丸ごと口に頬張る。

かや乃(呆れる)」

と、新聞を読んでいたレイ子が顔を上げる。

レイ子「ほら、『恥ずかしながら』の人、また発見されたのよ」

きみえ「ん?」

レイ子「グアムのさ、ジャングルでまた発見されたのよ」

きみえ「横井さん?」

レイ子「そう。見かけないなぁと思ってたらさ、戻ってたね」

きみえ「横井さんて、あの横井庄一さん?」

レイ子「やっぱり戻るとこには戻るんだな、人はな」

きみえ「横井さん?」

レイ子「そうだよ」

きみえ、新聞を覗く。

きみえ「へぇー、横井さんだ、やっぱし」

レイ子「すごいね、横井さんね」

きみえ「なんか、いないなと思ったらね」

レイ子「やっぱね」

かや乃レイちゃん、日付見なさいよ」

きみえ「ん?」

レイ子「え?」

かや乃「昭和四十七年一月の二十四日」

きみえいつの新聞読んでんだよ、本当にね」

レイ子、新聞の臭いを嗅いでみる。

レイ子「醬油臭い。なにこれ? なんでこんなものがここに置いてあんのよ?」

かや乃「今日、奥の棚さ、掃除してたらさ、そういうの出て来たのよ」

レイ子「まったく。読んじゃうじゃないのよ、今日のだと思って」

新聞をたたむレイ子。

かや乃「あ、そうだ。面白いの見つけたのよ、面白いの。やっぱり掃除っていうのはね、してみるもんだね」

奥の部屋へ行くかや乃。

レイ子?」

段ボール箱を抱えて戻ってくるかや乃。

かや乃「ちょっとどいて。ちょっとどいて」

きみえ「なになに」

かや乃「ほらほら、ほらほら」

箱をテーブルに置くかや乃。

覗き込むレイ子ときみえ。

きみえ「何? これ」

中にはガラクタが詰まっている。

怪獣の人形を取り出すきみえ。

かや乃「懐かしいでしょ」

きみえ「いやぁ、あったあった、こういう人形。ピグモン。これ死んじゃうんだよな、これ。可哀想に」

かや乃「レイ子、ほれ」

レイ子「あ」

かや乃「京都の修学旅行の」

レイ子にたて笛を手渡すかや乃。

レイ子「修学旅行のときだ」

かや乃「懐かしいよね」

レイ子「懐かしいね」

かや乃「五条の笛とかっつってさ、買ってきたじゃん、京都で」

かや乃、小箱をきみえに渡す。

かや乃「これこれ、はい、きみちゃん」

きみえ「え? ものは何? これ。私?」

かや乃「そうよ」

きみえ「え? 何? これ」

かや乃「ひよこの頭。覚えてないの?」

箱を開けてみるきみえ。

中にはひよこ饅頭の頭の部分だけがきれいに並んでいる。

きみえ「何? これ」

レイ子「『これ、可哀想だから』って言ってさ」

かや乃「そうよ」

きみえ「誰が? 私?」

かや乃「ひよこ饅頭」

レイ子「そうだよ」

かや乃「いつも食べててさ、可哀想だからって半分食べられなくて、頭ばっかりこの箱に全部埋めてたじゃん」

レイ子「埋めてたんだよ」

きみえ「私が?」

レイ子「そうだよ。私たちが食べようとしてもさ、『頭とっちゃ可哀想だからやめて』って」

かや乃「そうそう」

レイ子「(きみえのモノマネで)食べちゃダメだよ、きみちゃんの」

きみえ「迷惑かけたのね」

レイ子「ひよこが化けるぞ」

きみえ「ごめんね、迷惑かけて」

かや乃「変わった子だったもんね」

レイ子「ね。私たち食べれなかったのよ、ひよこ饅頭の頭」

きみえ「じゃあ、いいわよ、これ食べて」

かや乃「何言ってんのよ。もうカチンコチンじゃないのよ。干物になってるわよ」

レイ子「気持ち悪いなぁ」

きみえ、一つ食べてみる。

かや乃「あっ、あんたってなんて子なの⁈」

きみえ「大丈夫、大丈夫」

かや乃「大丈夫?」

レイ子「保存剤きつかったんだね」

かや乃「やだ。あ、これ。はい、レイ子ちゃん」

ガラス瓶をレイ子に渡す。何やら黄色っぽい液体が入っている。

レイ子「何? これ」

かや乃「魔法のお薬」

レイ子「え? 私?」

かや乃「あなたが作ったのよ」

レイ子「何、これを?」

かや乃「小学校のときにさ、お母さんの香水持ち出したでしょ。それで怒られたじゃない」

レイ子「え?」

かや乃「そしたら『自分で作る』って言って『レイ子いいもん! あたし作るもん!』って作ったじゃない」

しみじみ瓶を見つめるレイ子。

レイ子「(思い出して)あ、これ、『レイ子の五番』だ」

かや乃「そうよ」

レイ子「懐かしい」

蓋を開けて匂いを嗅ぐレイ子。

きみえ「あ、臭えっ」

レイ子「懐かしいわ、この匂い」

かや乃「蓋閉めて、蓋」

きみえ「眼にしみる」

レイ子「ああ、懐かしいね」

かや乃「蓋閉めなさい、蓋」

きみえ「なに入ってるの? それ」

レイ子「これさ、紙石鹸と、リンゴジュースと、レモンと、タバスコちょっと混ぜてさ」

きみえ「タバスコ?」

レイ子「うん。懐かしいなぁ」

かや乃「閉めときなさい。閉めときなさいよ、そんなもん。気持ち悪い」

レイ子「つけてやろうか? きみえ」

きみえ「いらないよ、そんなもの。気持ち悪い」

レイ子「ヘッヘッヘ。あげないもんね、これ。とっとこうっと」

きみえ「いらないよん」

かや乃、何かを見つけて慌てて隠す。

かや乃「おっと」

レイ子「あら? 何隠したの? お姉ちゃん」

かや乃「え? 何が?」

レイ子「なに隠したのよ?」

かや乃「隠してないわよ」

レイ子「隠したでしょ」

きみえ「あ、なんか恥ずかしいもの隠したんだ」

レイ子「何よ?」

かや乃「隠してない」

レイ子「どこよ?」

きみえ「何よ? 何よ?」

かや乃「隠してない、隠してない」

きみえ「座布団の下、座布団の下」

かや乃「うそうそ、うそうそ」

きみえ、座布団の下から一枚の写真を見つける。

きみえ「ああっ、ブロマイド」

レイ子「ブロマイド⁉ 誰のブロマイド?」

写真を見つめるきみえ。

きみえ「ジョン・トラボルタ」

レイ子「違うよ」

きみえ「これ、ジョン・トラボルタじゃない?」

写真を覗き込むレイ子。

レイ子「この八重歯」

きみえ「川地民夫?」

かや乃「違うよ」

きみえ「ジミー小池?」

かや乃「違うよ」

レイ子「ケン・ソゴルだよ」

きみえ「違うよ、それ」

かや乃「違うわよ」

レイ子「誰よ」

きみえ「わかったっ、舟木一夫?」

かや乃「ピンポーンピンポーン」

きみえ「♪高校三年生ー」

レイ子「(かや乃に)どうしたの?」

きみえ「フッくんかと思っちゃった、これ」

かや乃「舟の会に入ってたのよ」

きみえ「フナの会?」

しみじみブロマイドを見つめるレイ子。

レイ子「こんなに髪型変わってたんだね」

かや乃「ファンクラブの名前よ、きみえ。舟の会」

レイ子「やぁね」

きみえ「じゃあ、コンサートとか行ったの?」

かや乃「行ったわよ。今でいうなんて言うの? 追っかけっていうやつ」

きみえ「じゃあ、自宅の前で張ってたりとかしたんでしょ?」

かや乃「やったやった、やったやった」

レイ子「(写真を指さして)この頭、誰もしてないよね。前髪斜めだよ」

きみえ「それで、会えたの?」

かや乃「会えなかったの。だって、恥ずかしいからさ、ピンポーンって押してさ、バァーッって逃げてさ」

レイ子「やぁだなぁ」

かや乃「だって二分してたのよ、橋幸夫と。♪乗ってけ乗ってけ乗ってけサーフィンー」

きみえ「嘘? 違うでしょ。♪スイムで行こうーだよ」

かや乃「あ、そうそう。あれ? なんだったけね?」

レイ子「三田明じゃないの?」

かや乃「三田明?」

レイ子「うん」

きみえ「♪乗ってけ乗ってけーはゴールデンハーフでしょ」

かや乃「ああ、そうだ」

レイ子「ゴールデンハーフって、♪黄色いサクランボーでしょ?」

きみえ「私、なんで知ってるんだろう? そんなこと。いくつなんだろう?」

レイ子「いちばん若いのに」

かや乃「あんた、いくつ?」

きみえ「二十四よ。まあ、いいわよ。(かや乃をつついて)いろんなことして、隠れて。やだなぁ」

かや乃「まあまあ、いろんな過去があるっていうのかね」

レイ子「懐かしいね」

かや乃「はいはい、はいはい、はいはい。はい、入れて」

思い出の品を片づけるかや乃。

レイ子「何? これ」

と、箱の中から油紙に包まれた物体を取り出す。

かや乃「ん?」

レイ子「何? これ」

かや乃「なんだろうね?」

レイ子「何? これ」

かや乃「あ、それはわかんない」

レイ子、包みを開けてみると、しなびた茶色い物が出てくる。

きみえ「いや、気持ち悪い。何? それ」

レイ子「何? これ」

レイ子「やだぁ。誰の? これ」

きみえ「これ、レイちゃんのへその緒じゃないの?」

レイ子「こんな? やだ、パサパサしてるね、これ」

きみえ「何? これ。気持ち悪い」

かや乃「見覚えないよ、こんなの」

レイ子「お父さんじゃない? お父ちゃん」

かや乃「え?」

きみえ「お父ちゃん?」

レイ子「うん」

かや乃「ああ、お父ちゃんなら考えられるよね」

レイ子「お父ちゃんだよ。変な趣味いっぱいあったでしょ、なんか」

きみえ「そうよ。私だって、カエルの剝製のブローチもらって困ったもの」

かや乃「そう。きみえ一番小さいからってさ、すごい可愛がられてたもんね」

レイ子「ハンターだったもんね、お父ちゃん」

箱からカエルの剝製を取り出すかや乃。

きみえ「うわ、やめて」

レイ子「やだやだ」

きみえ「悪いことすると、これをほっぺたになすりつけられたものよ」

かや乃「押し入れは怖くなかったけど、これは怖かったのよ」

レイ子「この手が怖い、手が」

かや乃「押し入れよりきみえが怖がるカエルちゃん」

きみえ「もう、あっちゃってよ、これ」

レイ子「気持ち悪い」

かや乃「すごいね、これ」

レイ子「これ、好きだったよね、お父さんね」

かや乃「お父さん好きだったね」

きみえ「好きだったよ。写生にしてよく描いてたよね、絵」

かや乃「変わりモンだったもんね」

レイ子「硬い?(触ってみて)あ、柔らかいよ」

きみえ「気持ち悪いよ」

かや乃「やだねぇ、こういうの」

カエルの剝製を片づけるかや乃。

再びテーブルの上の茶色い物体を見つめるレイ子。

レイ子「これ、なんだろうね?」

かや乃「同じ類かしら?」

レイ子「そうかな。でも

きみえ「気持ち悪い」

かや乃「文鎮かなんかじゃない?」

レイ子「いや、文鎮にしてはちょっと」

きみえ「いや、文鎮にしてはちょっと軽いでしょ」

かや乃「軽いな。お守りかな?」

レイ子「だって『ぶら下げる』っていう感じじゃないじゃん」

かや乃「あ、そうね」

きみえ「ほうきっていう感じでもないしね」

レイ子「こうやって?」

掃いてみるレイ子。

きみえ「なんかそれ、指がない?」

かや乃「手みたい」

調べてみるレイ子。

レイ子あるわ」

かや乃「これ、あれじゃない?」

レイ子「え?」

かや乃(ためらい)」

きみえ「何? あれって」

かや乃猿の手」

レイ子「猿の手⁉」

きみえ「猿の手⁉」

かや乃「うん」

きみえ「気持ち悪い。何? それ。猿の手って」

レイ子「(かや乃に)そうかな」

かや乃「いや、猿の手さ。猿の手って聞いたことない?」

きみえ「聞いたことないよ」

かや乃「私、ものの本で読んだことあるんだけどさ、猿の手っていうのはね、ま、いいね(口ごもる)」

きみえ「あ、何? いや。そこまで言って言わないなんて」

レイ子「言いなよ、ちゃんと」

かや乃「いや、べつに大したことじゃないもん」

きみえ「じゃあ、いいじゃん。大したことじゃなかったら」

レイ子「言ってよ。気持ち悪いよね」

きみえ「うん」

かや乃「いや、本に書いてあったことよ。私が言ったんじゃないのよ」

レイ子「うん」

かや乃「あのね、猿の手を手に持って願い事を言うと叶うんだって。ね、迷信だよね」

きみえ「あ、でも、私もそれ、聞いたことある。確かあの、三つだけ願い事が叶うんだったよね?」

かや乃「そう」

きみえ「そうでしょ?」

かや乃「三つ」

きみえ「三つでしょ」

かや乃「うん」

レイ子、物体をじっくりと調べる。

レイ子「あ、骨が見えてる。猿の手だ、これ」

かや乃「いやぁ、気持ち悪い」

レイ子「なんだ。じゃあ、お父さんかな?」

きみえ「そうだ、お父さんだ」

かや乃「お父さんだよ。だって、他に考えられないもん」

レイ子「ちょっと一回やってみようか」

きみえ「え?」

レイ子「お願い事」

きみえ「やってみようよ」

かや乃「やだ、だって。捨てよう、捨てよう、捨てよう」

レイ子「だって、ものは試しじゃん」

かや乃「捨てよう、捨てよう。もういいよ」

レイ子「なんで?」

かや乃「いいの、いいの」

レイ子「でも、一回ぐらいいいんじゃない?」

かや乃「え

レイ子「一回ぐらいやってみなよ」

きみえ「やってみようよ、せっかくあるんだから」

レイ子「試しだからさ。シャレ、シャレ」

かや乃「本当?(しぶしぶと)じゃあ、やってみなよ」

レイ子「お姉ちゃんやってみなよ」

かや乃「なんで私やんのよ」

レイ子「だって、お姉ちゃんのだもん」

きみえ「だってね、年の順でしょ」

かや乃「なんで私さ? お父さんのでしょ、三人にって」

きみえ「年の順でしょ」

レイ子「そうそう、年の順にね」

かや乃「私が?」

レイ子「そうよ。やって、やって」

かや乃「だって、こんなのやって『(祈るように)なんとかっ』なんつって、叶わなかったらバカバカしいじゃないよ」

レイ子「だって、別に三人だけだから」

きみえ「そうだよ。誰にも見せるわけじゃないんだから」

猿の手を持って悩むかや乃。

かや乃言わないでよ、あんた」

きみえ「誰も見てないから」

レイ子「誰に言うのよ」

かや乃「誰にも言わない?」

きみえ「言わない、言わない」

レイ子「(せかして)やってみればいいじゃん」

かや乃「言わないでよ。本当だよ」

レイ子「楽しいことをさ、ね」

かや乃やってみようか」

猿の手を握りしめるかや乃。

きみえ「何すんの? お願い事」

かや乃「うーん?(悩んで)ええと、いきます」

きみえ「さん、はい」

かや乃「みかんもっと食べたい」

呆気にとられるレイ子ときみえ。

レイ子何? それ」

かや乃「だって、他に思いつかなかったんだもん」

レイ子「はい、みかん転がってないかい?」

きみえ「できた? 叶ったかな?」

周囲を見まわす三人。

レイ子「みかんは?」

かや乃「あった」

こたつの中からみかんを見つけ出すかや乃。

レイ子「嘘? 嘘?」

きみえ「ええ?」

かや乃「叶った、叶った、叶った」

レイ子「嘘でしょ」

手に取ってみるきみえ。

きみえ「何? これ。あったかいじゃん。最初から落っこってたんだよ、ここに」

レイ子「(ガックリきて)やっぱり最初からこたつの中に入ってたんだよ」

きみえ「なんだぁ」

かや乃「やっぱり迷信か」

きみえ「そうだよ、でも。考えてみたらでも、そうだよね」

かや乃「そうだよね」

きみえ「だって、猿の手で幸せになったら、猿なんかみんなハッピーライフだよね」

レイ子「そうだよね」

かや乃「でもさ、そりゃそうかもしれないけど、猿の手って猿が手を切って願い事叶えるの?」

きみえ「は?」

レイ子「は? まあ、いいよ、これはね。しまっちゃうよ。あと何かなかったけなぁ?」

再び箱の中をさぐるレイ子。

かや乃は猿の手がまだ気になる様子。

かや乃「ねぇ、これ、捨てる前にさ、もう一回試させてくんない?」

きみえ「いいよ」

かや乃「いや、今ちょっと思いついたんだけど。ほら、さっき右手で持って言ったでしょ。それで、左手でやったらどうかな?」

きみえ「いいんじゃない?」

レイ子「(あしらうように)もうちょっと、スケールの大きいことをね」

きみえ「そうだよ。どうせやるならさ」

かや乃「そりゃそうだよね」

きみえ「ドッカーンっと」

かや乃「ドカンとね」

レイ子「そうだね、つまんないからね」

かや乃「さあ、いくぞっ」

レイ子「うん」

猿の手を握りしめるかや乃。

かや乃「(レイ子に)ちょっと、『気』を入れてよ」

レイ子「はいはい」

かや乃「願いが叶うようにみんなで」

レイ子「はいはい」

念を入れる三人。

かや乃、猿の手に願いを込めて一言。

かや乃バナナ一房ください‼」

と、雷鳴と共に窓の外が光る。

きみえ「(びっくり)」

立ち上がるきみえとレイ子。

きみえ「どっか落っこったよ、あれ」

レイ子「どこ?」

窓に駆け寄る二人、表を見つめる。

と、背後でかや乃の悲鳴。

振り返るレイ子ときみえ。

テーブルの前のかや乃、頭の上にバナナが一房のっている。

かや乃どうなってるの」

バナナをのせたまま怯えるかや乃。

立ちつくすレイ子ときみえ。

レイ子「どういうこと?」

きみえ「レイちゃんでしょ?」

レイ子「何が?」

きみえ「バナナのっけたの」

レイ子「私じゃない。そこにいたじゃん」

きみえ「かや乃姉ちゃんでしょ?」

かや乃いいえ」

きみえ「だって、こんなの変じゃないの」

レイ子「かーや、最初から頭にのっけてたんじゃないの?」

かや乃「何言ってんのよ?」

きみえ「そういえば朝からのってたような気がするわ」

レイ子「そう。絶対そうだったよね」

かや乃「バカ言わないでよ。もう一度聞くわよ。私の頭にバナナのっけたの誰?」

レイ子ときみえ、黙ってかや乃を見つめる。

かや乃じゃあ、やっぱりこれか」

猿の手を見つめるかや乃。

レイ子「(半信半疑で)これは関係ないと思うけどなぁ」

きみえ「いや、でもやっぱり」

レイ子「絶対違うと思わない?」

かや乃「だったら、なんで? このバナナはどうやって説明するのよ」

レイ子「だからさ、八百屋さんかなんかが来てさ、お姉ちゃんの頭にのっけて、すぐパッと帰っちゃったんじゃない?」

かや乃「それって猿の手より難しい話よ」

レイ子「そうかな。でも、まあ、こんなのは絶対違うと思うけどな。ああ、疲れちゃったね。じゃあ、私、帰る」

立ち上がるレイ子。

さり気なく猿の手を持っている。

かや乃「ちょっと待って」

レイ子「何?」

きみえ「待ってっ」

レイ子「何? 何よ?」

きみえ「これ、どうすんの?」

レイ子が持っている猿の手を指さす。

レイ子「(しどろもどろで)いや、だから私、犬にでも食わせて、そのへんに捨ててくよ」

きみえ「私が捨てるから」

レイ子「あ、いい、いい、きみえ」

きみえ「私が捨てとくから」

レイ子「いや、いい、いい。私が捨てるからさ」

きみえ「いいから置いていきなさい、猿の手は」

レイ子「なんでよ? どうして?」

猿の手を奪い合うレイ子ときみえ。

きみえ「置いてきなさい。レイちゃんが持ってたらロクなことないでしょ」

レイ子「なんで? 離しなさいよ。この猿の手、絶対効くに決まってるんだから、これ私のもの」

きみえ「みんなのものでしょ」

レイ子「なんでよ」

きみえ「どうしていつもそうして一人で欲張るの」

レイ子「だって、あんたたちロクなこと言わないじゃないよ、(かや乃に)あんなの」

きみえ「何よ? ロクなことって」

レイ子「(かや乃に)だって、あんなバナナなんて」

かや乃「いいじゃない。バナナ食べたかったんだもん」

レイ子「何言ってんのよ」

きみえ「だから、かや乃姉ちゃんはもうはずして、私とレイちゃんで公平に一回ずつやればいいじゃないのよ」

レイ子「なんで?」

きみえ「なんでって、なんでよ?」

かや乃「(割って入って)なんで私、食べられないのよ?」

きみえ「だってもうバナナやったでしょ、かや乃姉ちゃんは」

かや乃「私、バナナだけ? だめなの」

レイ子「ダメだよ、もうやったんだから」

きみえ「ダメだよ、三つしかお願い事ないんだから、しょうがないじゃん」

かや乃「いいわよ。バナナ食べるわよ。魔法のバナナ食べてやる! この野郎!」

やけくそになってバナナを頬張るかや乃。

レイ子「私はだって、たくさん願い事あるんだもん」

きみえ「何よ、ダメよ」

猿の手を取り合うレイ子ときみえ。

かや乃も参戦する。

レイ子「なんで? 人には言えない願い事がいっぱいあるのっ」

かや乃、強引に猿の手を奪う。

かや乃「ヒヒヒヒヒッ、早いもん勝ちだよ」

呆然となるレイ子ときみえ。

レイ子「姉ちゃん、毛、抜けた」

かや乃「さあ、さあ、さあ。何を願おうかな?」

猿の手を握りしめるかや乃。

かや乃「思いつかない。あっ」

きみえ、スキを突いてかや乃の手から奪い取る。

きみえ「いただき」

かや乃「このこわっぱめっ」

レイ子「きみえ、返しなよっ」

かや乃「きみえ、返しなさい。きみえちゃん返しなさい」

きみえ「嫌だ、嫌だっ」

レイ子「何すんのよ」

きみえ「みんな、クールにいこうぜ。ここはみんな公平に一人一個って決まってるだろ」

レイ子「なんだよ」

かや乃「私は」

きみえ「もう終わりよ、かや乃姉ちゃんは。しつこいわね」

レイ子「そうだよ。終わりだよ。私は?」

きみえ「次よ。まずは私から」

レイ子「じゃあ、この抜けた毛は返すよ」

抜け落ちた毛をかや乃に渡す。

かや乃ひどい」

きみえ「まずは私からよ。いい?」

レイ子「次は私だな」

きみえ「いいよ」

かや乃「何を願うの?」

レイ子「何よ」

きみえ「私、前からやってみたいことがあったのよ」

レイ子「何よ?」

かや乃「ちょっとスケールの大きいこと言いなさいよ」

レイ子「そうよ、でっかいことじゃないとダメよ」

きみえ「でっかいよ。カニよ」

かや乃「カニ? カニどうするの?」

きみえ「カニを腹一杯食べてみたかったのよ」

かや乃「こりゃあ、でけぇや」

レイ子「何言ってるのよ⁉ バカじゃないの? そんなもん。いいよ、カニなんて私が買ってあげるからやめなよ」

きみえ「口約束ならお断わりよ」

レイ子「何言ってんの、きみえっ」

猿の手を握りしめ、念じるきみえ。

きみえ「どうぞっ、カニで腹一杯にしてくださいっ」

レイ子「ダメよっ、落っこってきちゃうよ、危ないっ」

再び激しい雷鳴。

立ちつくす三人。

レイ子

何の変化も起こらない。

かや乃

と、きみえが苦しそうにつぶやく。

きみえ待って」

かや乃「どうしたの? きみちゃん」

きみえ、腹が異様にふくれている。

きみえ「腹にきたみたい。私、なんか言った? 変なこと」

レイ子「腫れてるよ」

きみえ「カニで腹一杯って言ったから?」

レイ子「そうだよ。言い方が悪かったんだよ。うわぁ」

かや乃嘘みたい」

きみえ「(げっぷ)」

かや乃「うわぁ臭ぇ、こいつ」

レイ子「毛ガニだろ」

かや乃「カニ臭い」

レイ子「毛ガニ臭い」

悔しがるきみえ。

きみえ「くっそー、もう一回」

レイ子「ダメだよ、何言ってんだよ。もうおしまいだよ」

かや乃「(きみえに)もういいじゃない、ね、きみちゃん。とりあえずはカニでお腹いっぱいになったんだから」

きみえ(納得いかない)」

レイ子「そうだよ」

きみえ「うえーん」

泣き出すきみえ。

かや乃「泣かない、泣かない、泣かない」

慰めてやるかや乃。

猿の手を摑むレイ子。

レイ子「いよいよ、私の番ね」

かや乃「うん」

レイ子「任せて」

かや乃「有効に使ってよ。レイちゃん、新しいメガネ欲しいんだけどね」

レイ子「ダメだよ、そんなの。任せて。みんなにいいこと考えてあるんだからさ」

かや乃「言葉選んでよ、言葉。きみちゃんもね、泣かないの、泣かないの」

きみえは隅で泣きじゃくっている。

レイ子「泣かないでよ」

かや乃「またカニ買ってあげるから」

レイ子「食べさせてないわけじゃないでしょ」

きみえ「口約束はごめんよ」

かや乃「わかったわよ。今度の月給日にでも買ってあげるから」

レイ子、猿の手を握りしめ、念を送る。

レイ子「カニの手。カニの手」

かや乃「ダメよ、カニの手じゃ」

レイ子「(しまった)

呆れて見ているきみえ。

慌てて言い直すレイ子。

レイ子「猿の手。猿の手を百個ください。猿の手百個。猿の手百個」

雷鳴は鳴らない。

レイ子(きょとん)」

かや乃「ちょっと欲張りすぎなんじゃない?」

レイ子「ああ、ダメか。よし、じゃあ猿の手五十個。猿の手五十個。五十個。仕方ない、一個で我慢しよう。一個。一個」

やはり雷鳴は鳴らない。

きみえ「強欲っ」

レイ子「ちきしょう」

かや乃「アイデアはよかったよ」

きみえ「強欲すぎるよ」

かや乃「でもね、もうちょっとさ、つつましやかな願いっていうの? そういうの頼んだほうがいいんじゃない?」

レイ子「よし。一万円札がドバッと詰まってるロールスロイス三台。いけっ、カモンっ」

猿の手をかかげるレイ子。

かや乃「それのどこがあんた、つつましやかなのよ? え?」

きみえ「はい、じゃあ次、私」

手を差し出すきみえ。

レイ子「(無視して)ダメだ。ダメだよ、これ。効かないじゃないか。おかしいなぁ」

かや乃「電池が切れてんじゃないの?」

きみえ「振ってみたら? カチャカチャカチャって」

振り回してみるレイ子。

きみえ「ちょっと待って。乱暴だよ、持ち方が」

レイ子「だんだん毛がこそげ落ちてくんのよ」

きみえ、レイ子から猿の手を奪う。

きみえ「こういうふうに持って」

すかさず願いを込めるきみえ。

きみえ「カニ、カニ」

慌てて奪い取るレイ子。

レイ子「なんてことすんのよ? あんた」

猿の手をじっと見つめるレイ子。

レイ子「ダメよ。どうすんのよ」

かや乃「電池入れるとこないね」

レイ子「どうしようか」

かや乃「ねえ、これさ、電池がなくなったときにさ、暖めるといいって言うじゃない。そういうふうにしたらどう? 暖めたら」

レイ子「電子レンジでチン?」

かや乃「あ、それいいかもしれない」

きみえ「いや、ヘタな電子の力を加えるよりも、お湯のほうがいいと思うよ」

かや乃「お湯ね、お湯ね、お湯ね。私、用意する。ちょっと待って」

キッチンへ走るかや乃。

きみえ(不安)」

レイ子「大丈夫よ」

かや乃「でも、難しいわね、いざとなると。願い事を考えるっていうのもね」

レイ子「なんでよ。金だよ、金っきゃないじゃん、やっぱり」

きみえ「そういうのって味気ないじゃない」

レイ子「じゃあ、小切手は?」

きみえ「いや、だからそういうんじゃなくってさ、もうちょっと楽しくて夢のあるような願い事って」

レイ子「例えば何?」

きみえ「例えばカニとかさ」

レイ子「何よカニなんか。カニは買ってやるってば」

きみえ「口約束はお断わりよ」

しみじみ猿の手を見つめるレイ子。

レイ子「おかしいなぁ、これ。ダメなんだよな、どうも」

ボウルにお湯を入れて持って戻るかや乃。

かや乃「はいはい」

レイ子「あ、きた」

かや乃「熱いよ、熱いよ。どいてどいて」

レイ子「おお、熱い」

ボウルをテーブルに置くかや乃。

かや乃「火傷するよ、火傷するよ。気をつけて」

レイ子「入れるよ」

かや乃「うん、入れて」

きみえ「そっとね」

かや乃「そっとね」

レイ子、ゆっくり猿の手をお湯につける。

見守る三人。

かや乃「うん、いい感じだね」

きみえ「もっと全体的にまぶしたほうがいいよ」

かや乃「そうそう。まぶしたほうが」

レイ子「熱い」

かや乃「なにやってんのよ。熱いって言ったでしょ」

レイ子「熱湯だよ、これ」

かや乃「私さ」

レイ子「何?」

かや乃「お湯入れながら考えたんだけどさ、こういうのはどう? 『幸せにしてください』っていうの」

レイ子「え?」

かや乃「『幸せにしてください』ってお願いすんのよ」

レイ子「なんで?」

かや乃「そうすれば、猿の手に委ねればさ、どういう幸せだろうとも幸せになるっていうことでしょ?」

レイ子「え? 三人とも?」

かや乃「三人とも」

レイ子「それはどう転んでも幸せになるわよね」

かや乃「そうでしょ? 『幸せにしてください』っていうのは」

レイ子「うんうん(と納得)」

かや乃「(レイ子に)『三人を幸せにしてください』って言うんだよ。ちゃんと言ってよ」

きみえ「ちょっと待って。言葉尻とらえるからね、どこの三人かちゃんと言わなきゃダメ」

レイ子「そうだよ。レッツゴー三匹のところ行っちゃったらどうすんのよ」

かや乃「そうね。ちゃんと『恩田家の三姉妹を幸せにしてください』、これよ。これよ。頼むわね。頼むわね」

お湯の中でもまれている猿の手を見ながら。

レイ子、猿の手をお湯の中でもむ。

かや乃「どう」

レイ子「いい。柔らかくなってきた」

きみえ「いいよ、いいよ」

かや乃「キテるみたい? キテるみたい?」

きみえ「みなぎってるっていう感じする」

かや乃「いこいこ、いこいこ」

きみえ「さあ、じゃあ、いってみようか!」

かや乃「さぁ、祈るぞ」

レイ子、猿の手をボウルから出す。

握りしめるレイ子。

びしょびしょの猿の手。

レイ子「(お湯を切りながら)ねぇ、ちょっとふきんちょうだい」

と、雷鳴。

立ちつくす三人。

天上からヒラヒラと手ぬぐいが落ちてくる。

呆然自失の三人。

ゆっくりと手ぬぐいを拾い上げるレイ子。

レイ子ふきんになっちゃったのね」

きみえとかや乃の冷たい視線を浴びるレイ子。

レイ子(気まずい)」

プップッピ プップッピ プッピー プッピー

恩田家リビングルーム。深夜――。

リビングでこたつに入ってクロスワードをやっているかや乃。

こたつに入ってみかんを食べているレイ子。

ソファで横になって雑誌を読んでいるきみえ。

レイ子「で?」

かや乃「次いくよ」

鉛筆を握りしめながらクロスワードパズルを見つめるかや乃。

レイ子「うん」

かや乃「えーとね、三文字」

レイ子「三文字」

かや乃「これがあると美人も台無し」

レイ子「これがあると? 美人も台無し?」

かや乃「うん、一番上がね、わかってんのは『メ』」

レイ子「『メ』? 『メ』がついて

ソファに寝ころんで雑誌を読んでいたきみえが口を挟む。

きみえめやに」

レイ子「めやに?」

かや乃「(感心して)めやにね」

書き込むかや乃。

かや乃「次、いくよ」

レイ子「うん」

雑誌をめくるみきえ。

小声で鼻歌を歌っている。

かや乃「えっと、今度は五文字。ああ、こういうの一番嫌なんだなぁ」

レイ子「何?」

かや乃「えっとね、昔のギャグ、五文字で

レイ子「ギャグかあ」

かや乃「えーとね、真ん中だけ『ゲ』、ゲ、ゲ

レイ子

ソファのきみえに助けを求めるレイ子。

レイ子「きみえ、わかる?」

きみえ「え、何?」

レイ子「真ん中に『ゲ』がつく五文字の。昔のだって」

かや乃「ゲッゲッゲ

きみえゲロゲー口」

かや乃「ゲロゲーロ?」

レイ子「(指で数えながら)ゲロゲーロ、あ、ゲロゲー口だっ」

かや乃「ゲロゲー口か、ああ、すごいすごい」

書き込むかや乃。

レイ子「(きみえに)さえてるね」

きみえねえ」

レイ子「え?」

きみえ「ちょっといいかな?」

レイ子「いいよ」

起き上がるきみえ。

きみえ「アタシさあ、ちょっとあのう、歌がさ、歌ってるんだけど、なんの歌だかわかんないのよ、ずっと」

レイ子「歌、歌ってた?」

きみえ「そう」

レイ子「あ、そう」

きみえ「なんの歌かわかんなくて気になるんだけどさ」

レイ子「歌ってみ?」

きみえ「うん。え? 歌うの?」

レイ子「歌ってみ」

きみえ「えー、嘘。照れちゃうな、なんか」

レイ子「何照れてんのよ」

かや乃「そうよ、マイク持ったら離さないくせに」

レイ子「歌ってみ、ほら」

きみえ「ホント?なんか、改まっちゃうと、ちょっと」

かや乃「何言ってるの」

きみえ「ま、いいっか」

レイ子「せえの」

座り直すきみえ。

きみえ「じゃあ、歌います」

照れつつも歌ってみせるきみえ。

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

黙って聞いているレイ子。

きみえ

レイ子「うん、で?」

きみえ「(さらに続けて)♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

レイ子「うん、それから」

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

※メロディは次の通り。

レイ子「あ、戻るんだ、また前に

きみえ「そうそうそう」

レイ子「そうかあ」

きみえ「なんか聞いたことない? これ」

レイ子「聞いたことあるような気もするけど」

きみえ「そうでしょ」

レイ子「うん」

きみえ「気になるなぁ」

レイ子「なんだろうな、知らないな(かや乃に)知ってる?」

かや乃「ん?」

顔を上げるかや乃。

レイ子「知ってる?」

かや乃「何が?」

レイ子「いや

かや乃「聞いてなかったもん」

クロスワードに集中。

きみえは一人さっきの曲をハミングする。

かや乃「(レイ子に)次やるよ、次」

レイ子「うん」

かや乃「三文字、三文字これは、えーとねえ? ある人もない人もいます

レイ子「ある人もない人もいる?」

かや乃「うん」

レイ子「(きみえに)ある人もない人もいるって。ある人もない人もいるって、三文字

きみえ「一番最初は何?」

かや乃「♪ある人も♪」

レイ子「(かや乃に)最初は何かって」

かや乃「これノーヒントなの」

レイ子「ノーヒント」

かや乃「三文字だから。最後これだけなの」

きみえ耳毛」

レイ子「耳毛?」

かや乃「耳毛

『耳毛』を当てはめてみるかや乃。

かや乃「あっ解けた」

レイ子「できたじゃん、すごいじゃん」

かや乃、感動している。

かや乃「いやあ、すごいねえ」

レイ子「やったぁ」

かや乃「これノーヒントだよ、これ、わかんないよねぇ」

レイ子「わかんないよねえ」

かや乃「耳毛なんてさぁ、わかるかぁ?」

レイ子「すごいねえ、へえ」

感心してきみえを見つめる二人。

きみえ(ポツリと)さっきやったもん」

かや乃(呆れて)やったの?」

きみえ「何?」

かや乃「やったの」

きみえ「うん」

かや乃なんでアタシより先にやるの?」

きみえ「だって、そこに置いてあったから」

かや乃「(声を荒らげて)これしかやらないのよ、これっ」

雑誌を叩くかや乃。

かや乃「ジャニーズ事務所の宣伝みたいな本なのにさ、見るわけないじゃないよっ。アタシ、これしか楽しみないのよ。何い。(怒りが収まらない)ここのページだけ楽しみなのに、なんで使っちゃうの。やっちゃうのっ」

きみえ「だから、ちゃんと消してあるでしょ、きれいに」

かや乃「信じられないなっ」

ペンを放り捨てるかや乃。

かや乃「ああ、信じられない

真顔で怒りながらみかんを食べ始めるかや乃。

レイ子「(きみえに)ほら、怒っちゃったじゃないよ、ちょっとお姉ちゃんの身になって考えてあげなよ」

きみえ

きみえ、しぶしぶかや乃のそばに寄って行く。

きみえ「かや乃姉ちゃん、ごめんね、アタシが後で作ってあげるから、新しいの」

かや乃「死んでもやらねーよ」

レイ子「(場を取り繕うように)ちょっと、見せてもらっていいかな、これ」

雑誌を見つめるかや乃。

レイ子「ヘーぇ、可愛いね『プチセブン』か」

かや乃は憮然とみかんを食べる。

再びハミングを始めるきみえ。

レイ子「あ、わかった、おみそじゃない?」

きみえ「え? おみそ?」

レイ子「♪プピップピープッピップップ♪」

きみえ「違う、♪プップッピップッピ♪だよ」

レイ子「だから、♪おおみそなーらプップッピップッピ♪、ほらぁ」

きみえ「アタシが言ってるのは、♪プッピプッピー♪」

レイ子「だから、♪プップップピー♪」

きみえ「ちがーう、ちがうっ。それはちがう」

たまらずかや乃が叫ぶ。

かや乃「うるさいなぁ、何よ、プップップップ、プップップップ。自分たちだけの家だと思わないでね、三人でいるんだから」

きみえ

しゅんとなるきみえ。

レイ子ねえ」

きみえ「ん?」

レイ子「なんで、プップップップなの?」

きみえ「なんでって?」

レイ子「なんで、プップップップなの?」

きみえ「普通そうでしょ? 普通歌詞がわからなかったら、プッププップでしょ?」

レイ子「どういうのがあるの?」

きみえ「えっ?」

レイ子「どういう歌があるのよ、プップップップで」

きみえ「ほかに? そうねえ(しばらく考えて)♪ププップピー プピップー ププププピー、ププッププーピー プープープップピーププー♪」

レイ子「何それ?」

脇から口をはさむかや乃。

かや乃「『アカシヤの雨が止む時』」

きみえ「ほら、わかった」

レイ子「おかしいよ。わかった、きみえね、プとかピとか言ってるから、それでわからなくなっちゃうんじゃない?」

きみえ「じゃあ、レイちゃんは? レイちゃん、なんて歌うの?」

レイ子「アタシは、だからホニャラょ」

きみえ「はあ?」

レイ子「♪ホニャ、ホニャー ホニャホニャ、ホンニャー ホニャ、ホニャー、ホニャホニャ、ホー!♪」

『学園天国』を口ずさむレイ子。

きみえ(きょとん)」

レイ子「わかったでしょう? 今の」

かや乃「わかんない」

きみえ「変だよ。ホニャなんて言わないよ。じゃ、アタシがさっき歌ってたやつやってみ」

レイ子「何?」

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

レイ子「♪ホニャーラ、ホニャーラ、ホニャホニャー、ホニャーラ、ホニャラ、ホニャーラ、ホニャホニャ、ホニャーラ♪」

きみえ「レイちゃん、知らない歌ないって言ってたよね」

レイ子「うん」

きみえ「じゃ何? 今の歌」

レイ子「だから、ハナマルキでしょ」

きみえ「(呆れる)」

かや乃「バカじゃないの、二人とも」

きみえ「何、それ」

かや乃「さっきからさぁ、なんできみちゃん、プップップップって言うの?」

きみえ「だって気になるんだもん。歌、わかんないんだもん」

かや乃「レイ子もなによ、ホニャーラ、ホニャホニャ、ホンニャホンニャって」

きみえ「かや乃ねえちゃんはなんて歌うの?」

かや乃「歌詞わかんないとき、テンツクに決まってんじゃない」

きみえ「はあ?」

かや乃「♪テーンツク テーンツク テンツク テンツク テーンーツク ツクテーン ツクツク♪」

レイ子「何それ? 天に届くっていう歌なの?」

かや乃「『いとしのエリー』よ」

レイ子「わかんないよ」

きみえ「ああ、あれ、レイ・チャールズの」

かや乃「何言ってるの? ねえ、あんたのさっきのなんだったっけ?」

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

かや乃「(自分なりに歌ってみる)♪テンツク テンツク♪」

レイ子「いや、全然テンポ違うよ、お姉ちゃん」

きみえ「暗いよ、かや乃姉ちゃん」

レイ子「暗いよ」

きみえ「これ、明るい歌なんだから」

レイ子「そうだよ」

かや乃「だって、それぞれに、だって、思い出すアレがあるんでしょ?」

きみえ「テンツクはちょっとエイトビートに乗らないわよね」

レイ子「江戸時代に戻った方がいいんじゃない?」

きみえ「戻った方がいいんじゃないの?」

かや乃「(ムッとして)そこまで言う?」

きみえを睨みつけるかや乃。

きみえうん」

かや乃「そこまで言われちゃ、寝るしかないでしょ」

立ち上がるかや乃。

かや乃「おやすみなさい」

二階に上がってしまうかや乃。

レイ子「あーあ、きみえね、あんたがね、あれ(クロスワード)消しちゃったからあんな機嫌悪いんだよ、姉ちゃん。あーあ、やだやだ。ビールでも飲もうかな」

きみえ「結局わからずじまい? 曲は」

レイ子「そうだね、ビールちょうだい」

冷蔵庫に取りに行くレイ子。

きみえ「なんかすっきりしないんだよな」

レイ子「なんかほかの歌、歌ったりしたらどう?」

きみえ、立ち上がって歌い出す。

きみえ「♪僕たち二人 テーテレテッテテーテテ あなたと二人 テーテレテッテーケーンせなかーあーわせ♪

レイ子、ビールを飲みながら戻ってくる。

きみえ「知らない? この歌」

レイ子「なんて歌?」

きみえ「つなき&みどりの『ふたり』っていう歌よ。レコード持ってるもんね」

レイ子「ホント? じゃ、これ知ってる?」

リズミカルに歌い出すレイ子。

レイ子「♪ホニャッ、ホニャホニャッ、ホニャッ

きみえ「♪パーパヤパヤ♪」

レイ子「すばらしい! ほら、わかったじゃないよ!」

きみえ「『ドレミファドン』見てたもんね、昔」

レイ子が歌ったのはザ・ピーナッツの『恋のフーガ』。

座ってビールを飲むレイ子。

何気なくさっきのきみえの鼻歌を口ずさむレイ子。

レイ子「(何気なく)♪ホニャラ ホニャーラ♪」

きみえ「あっ、歌った。なんで歌うの、その歌」

レイ子「今、あれ、ピーナッツ歌ったのよ」

きみえ「違う、今のは♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪ なんで思い出させるの? 忘れようとしてたのに。つなき&みどり歌ってたのに」

レイ子「嘘、私、歌った?」

きみえ「歌ったよ。これはね、あなたも虜よ、♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪の」

レイ子「え?」

きみえ「あと引くのよ、あれは」

レイ子「頭回ってんでしょう」

きみえ「巻き込まれるよ」

レイ子「そうなのよね」

かや乃、二階から下りてくる。

レイ子「あれ?」

かや乃さっきの曲わかった?」

きみえ「かや乃姉ちゃんもだ」

かや乃「ダメなのよ、落ち着こうとすると、♪テンツク テンツク テンツクー♪」

きみえ「だから、違うって」

かや乃「もう耳にこびりついて離れやしない」

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

かや乃「♪テンツク テンツク ツク ツクー♪」

きみえ「なんだろう? これ」

レイ子「何かなぁ」

かや乃「聞いたことあるよ」

きみえ「聞いたことあるでしょう?」

レイ子「あ、わかった、CMソングじゃない?」

かや乃「ううん、そういうんじゃないのよ、そういうんじゃないのよ」

レイ子「CMソングだと思うよ」

かや乃「えーとね、聞いたことあるんだよね、うーんと、ここまで出てるんだけど」

と、手をのどに当てる。

レイ子「あ、『おみそなーらハナマルキ』でしょう?」

きみえ「レイちゃん、だからおみそはもう違うって言ってるから。もうやめてよ。混乱するから」

かや乃「あ、わかった、ホークよホーク」

きみえ「(笑い)ホークじゃないよ」

レイ子「(笑い)ホークじゃないよ、フォークだってば」

きみえ「フォーク」

かや乃「あ、フォーク?」

レイ子「そうよ」

きみえ「ディズニーランド、言える?」

かや乃デズニーランド」

きみえ「パーティー? パーテー?」

かや乃パーティーっ。いいじゃないよ、そんなの。だから、フォークで聞いたことある。えーとねえーと

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッヒー♪」

かや乃「(きみえのメロディに合わせて)♪探しものはなんでーすか、探しものーはなんですかー、探しものは♪」

きみえ「無理があるよ、それ」

かや乃「陽水違う? 陽水よ」

きみえ「陽水?」

かや乃「陽水だって、これ、陽水だって」

きみえ(呆れている)」

レイ子「電話してみようか?」

きみえ「は?」

かや乃「えっ?」

きみえ「誰に?」

レイ子「陽水に」

きみえ「レイちゃん、知ってるの?」

レイ子「知ってるよ」

勝ち誇った笑顔のレイ子。

かや乃「嘘ばっかり」

レイ子「いや、ホントホント」

きみえ「もう、死ぬまで言ってなさい」

レイ子「ホント、ホント。『赤さそり』に来たのよ、この間。ホントよ、だってアタシ名刺もらったもん、ホント」

きみえ「嘘、見せて」

バッグを開くレイ子。

レイ子「ホント、ホント、来るよ、芸能人、あのお店、結構。ほら」

と、名刺を出して見せる。

かや乃「(覗き込んで)あ、サインと同じだぁ」

レイ子「ねっ」

きみえ「(覗き込んで)アハハハ、歌手、井上陽水」

かや乃「あ、すごい、本物だこれ」

名刺を大切そうに両手で持つかや乃。

きみえ「どうしたの? かや乃姉ちゃん」

レイ子「好きなの?」

かや乃「(照れる)

レイ子「ファンなの?」

かや乃「私、陽水の会の千葉支部長だったの」

レイ子「ええ?」

きみえ「陽水の会?」

かや乃「ねえ、電話かけよう」

レイ子「いいよ」

きみえ「関係ないことで電話かけたら迷惑でしょ?」

かや乃「いいから」

と、コードレスホンを取りに行くかや乃。

きみえ「やめなよ」

レイ子「結構ね、気のいい人だった」

きみえ「ホント?」

かや乃「かけよう、かけようっ」

受話器を持って戻るかや乃。

きみえ「(レイ子に)いいの?」

かや乃「ねっ、かけよう」

レイ子に電話を渡すかや乃。

きみえ「何? お姉ちゃん」

レイ子「気持ち悪いなぁ」

きみえ「どうしたのよ」

電話をかけるレイ子。

かや乃「東京だから03よ」

きみえ「ちょっと、やめなよ」

かや乃「ちょっとだけ」

きみえ「図々しいよ、ちょっと」

レイ子「そんなに好きだったの?」

かや乃「いや、だからさ、最初さ、コンサートがあるでしょ? だから、最初にずっと来るのを待っててさ、おはようございますぐらいしか言えたことなかったから」

レイ子「(電話に)あ、もしもし、井上さんのお宅ですか」

緊張するかや乃。

かや乃

レイ子「あ、すみません、あのう、私、恩田と申しますけども、あのう、陽水さんいらっし ゃいますでしょうか? ええ。あ、ちょっと急用で、あ、はい、(かや乃に)セリさん」

かや乃「え、セリさん? セリさんも好きなのアタシ」

レイ子、受話器をきみえに渡す。

レイ子「聞いてみ」

きみえ、受話器を耳に当て、保留音を聞く。

きみえ「(陽水を真似て)♪ホテルはリバーサイド♪」

レイ子「すごいね」

きみえ「あっ、今の石川秀美になっちゃった」

受話器を受け取るレイ子。

かや乃「凝ってるね」

レイ子「(電話に)あ、もしもし。ああ、井上さーん、アタシ。アタシよ、レイ子。やあだ、覚えててくれた? ちょっとね、聞きたいことがあるんだけども、ちょっとその前に姉とかわっていいかしら。ちょっと待ってね」

電話を渡すレイ子。

きみえ「おふろ入って湯冷めしちゃうじゃない」

かや乃「ちょっとだけだから」

電話を握りしめるかや乃。

レイ子「今おふろの中だから」

きみえ「もう、かや乃姉ちゃん、いくつだと思ってるの?」

かや乃「ちょっとだけだからっ。すみません(電話に)あ、もしもし、あの、陽水の会、会員番号4002、恩田かや乃。LP最初から一枚も残らず持ってるんです、ウフフ。それでもって、あした来てくれるかな? いいともっ、なんちゃって、アハハハハ、ウフフフフゥ」

レイ子、かや乃から受話器を奪い取る。

レイ子「(電話に)ごめんなさい、すみませんね、ちょっと舞い上がっちゃって」

かや乃「話しちゃった、話しちゃったっ」

脇で呆れているきみえ。

レイ子「(電話に)ええ、え? アッ、用件ですか? いや、あのね、妹が頭にこびりついちゃった曲があるんですよ、で、多分ね、陽水さんの曲じゃないかなって言うんですけど、それちょっと確かめたいと思って。え? くだらない? そうなんですよ、でも、ちょっとだけいいかしら。あらまあ、嬉しいわぁ、うん、あそう、じゃちょっと待っててね」

受話器をきみえに渡す。

きみえ「えーっ? ちょっと怒ってない?」

レイ子「いや、大丈夫」

きみえ「ホント?」

レイ子「大丈夫、大丈夫」

きみえ「怒ってない?」

かや乃「用件をパッパッと言うのよ」

きみえ「(電話に)もしもし、お電話かわりました、妹のきみえです、どうもすみません、ええ、大丈夫ですか、湯冷めしませんか?」

レイ子「大丈夫、入ってるところだから」

きみえ「(電話に)はい、はいすみません、早速歌わせていただきます、えー

考え込むきみえ。

レイ子「どうしたのよ?」

かや乃「きみえちゃん?」

レイ子「どうしちゃったのよ」

きみえ「忘れちゃった」

レイ子「失礼よ」

きみえ「なんだっけ」

かや乃「ほら、だから、テンツクで歌ってごらん」

きみえ「あ、(思い出して)♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪え? はいもう一回ですか?」

脇で手拍子をとるかや乃とレイ子。

きみえ「♪プップッピ プップーッピ プッピー プッピー♪」

ホニャホニャと合いの手を入れるレイ子。

きみえ「(電話に)プップッピえ? あ、そ

うですか? え~と

レイ子「何? なんだって?」

きみえ「(受話器を押さえながら)メロディがわかんないって」

かや乃「だから、テンツクでやってごらん、テンツクで

きみえ「(電話に)ええ、あ、楽器ですか? あ、楽器っ。楽器なら任せてください。ちょっと持ってきますから、ヘッヘェ、待っててくださいね」

きみえ、受話器をかや乃に預ける。

かや乃「ちょっとっ、待たせるの?」

きみえ「ちょっと持ってて」

かや乃「ダメよ、早くしなきゃ、ちょっと失礼よ」

きみえ、階段をかけ上がり、楽器を取りに行く。

時間経過。

ソファで一人、陽水と話し込むかや乃。

かや乃「(電話に)あ、それでね、あの、陽水さん聞いてますか? アタシね、学生時代にね、詩を書くのが趣味だったんです、ええ、ホントはね、詩人になりたかったんですよ。今でもちょっと書いているんですけど、それでよかったら曲なんかつけてもらえると嬉しいなと思って、ちょっと読んでみますね」

膝に置いたノートを開くかや乃。

二階からフルートを持ってきみえが下りてくる。

きみえ「お待たせ何やってるの?」

かや乃「(電話に)あのね、これ結構自信作なんです、ちょっと待ってくださいね」

きみえ「ちょっと何これ

かや乃「(電話に)それでは、いきます」

詩の朗読を始めるかや乃。

かや乃「えんぴつくん

えんぴつくんて、かわいそう

いつも頭を削られて

ガシガシガシガシ

字を書くたびにこんなに小さくなっていく

えんぴつくん」

レイ子、キーボードを持って奥の部屋から戻ってくる。

きみえ「(レイ子に)詩を読み始めてるよ」

レイ子「あぶないわねぇ」

かや乃「ガシガシ ガシガシ

でも仕方がないよね

それがえんぴつくんの仕事だから」

かや乃「(電話に)どうですか? あのぉ、曲つけてくれたっていいんですけど」

きみえ「ちょっと、早くかわってよっ」

かや乃「わかったわよ(電話に向かって)え、そうですか、そんなに言ってもらうと(きみえに)いいって」

きみえ「ああ、よかったね」

かや乃「『ガシガシ』っていうところが効果的だって」

きみえ「あ、ホント。わかったから早くかわって」

かや乃「(電話に)あ、妹戻ってきましたから、今かわりますけど、これからも書いていった方がいいですかね、アタシ。はい、続けます。それじゃ曲つけてください。いい曲、あの『ジェラシー』みたいな

強引に受話器を奪うきみえ。

きみえ「(電話に)もしもし、すみません、ちょっとウチの姉、かわり者だから」

しつこく脇から話そうとするかや乃。

かや乃「(電話に)『背中まで45分』でもいいです」

きみえ「わかったからっ」

レイ子「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」

かや乃をたしなめるレイ子。

きみえ「(電話に)じゃあ、私、吹かせていただきますんで、ちょっと聞いててください」

立ってフルートを吹くきみえ、かすれた音でメロディにもならない演奏。

きみえ

一旦中断して唇を震わせるきみえ。

きみえブルルル」

レイ子、電話に出る。

レイ子「(電話に)もしもし、すみません、レイ子にかわりました、それじゃ、レイ子がこの時間をおかりして、あなたに一曲差しあげます」

かや乃「(レイ子に駆け寄って)そんなことしないでよ」

後ろでフルートの練習をするきみえ。

レイ子「(電話に)え、私? 実はあのぅ、昔、自作自演で曲を書いていたこともあるっていうか。もし、気に入ってくれたら使ってもらってもいいな、なんて」

かや乃「(小声で)失礼だよ」

レイ子「(電話に)それじゃぁ、よろしく」

きみえ「信じられない」

かや乃「失礼だよ」

きみえ「世間知らずというか、怖いもの知らずっていうか」

かや乃「怖いよねえ」

電話の前でキーボードを弾き出すレイ子。

レイ子「まずは

挨拶の和音を弾くレイ子。

つられてお辞儀をするかや乃ときみえ。

きみえ「いいんだよ、それは」

かや乃「早くやんな、もう」

レイ子「(キーボードを弾きながら)♪大仏ーあなたたちは、あたまーはでかいー、足もー手もーあたまー♪」

きみえ、レイ子をどつく。

きみえ「いいかげんにしなさいよ、あなた」

かや乃!」

かや乃は何かを思いついて奥の部屋へ駆け込む。

レイ子「(電話に)もしもし、あの、今のわかりました? タイトルは『大仏』です。ええ、わたしそういうコミックバンドやってたことあるんですよ。はい、次、あのう『ゴボウ』いってみていいですか?」

きみえ「もういいから、もういいっ」

レイ子、構わず歌いだす。

受話器を摑むきみえ。

きみえ「(電話に)もしもし、本当にすみません、かわり者ばっかりで、え? そんな

レイ子「なーに?」

きみえ「(電話に)いや、芸術家一家なんて

レイ子「やだ、アハハハ」

きみえ「(電話に)そんなことないですけど。ええ、じゃあ私、フルート吹きますのでちょっと聞いてください。(レイ子に)ちょっと持ってて」

レイ子に受話器を渡す。

レイ子「(電話に)聞いてくださいね、お願いします」

きみえ「幕張の山形由美と言われている私」

フルートを吹くきみえ。

さっきよりはメロディがはっきりしている。

レイ子「(電話に)もしもし、どうでした? えっ? はっ? 口で吹いてますよね」

きみえ「何?」

レイ子「鼻で吹いてんだろうって」

きみえ「(電話に)失礼ね、もしもし、ちゃんとあなた受話器耳にあててます? こういうふうにおでこにあててるんじゃないですか?」

レイ子「失礼よ、それは。ああ、しょうがない、アタシが弾くわよ。アタシこれでやるからさ」

きみえ「弾けるの?」

レイ子「目隠ししてもいいのよ」

きみえ「いいわよ、そこまでしなくて」

レイ子「じゃ、やるわ」

きみえ「ホントにやるの?」

レイ子「大丈夫よ」

きみえ「ちょっと待って、(電話に)あ、なんか、今、姉がキーボードを吹く――、弾くそうなので」

レイ子「吹くんじゃないわよ」

きみえ「弾くそうなので、ちょっと聞いてください」

と、奥の部屋から、かや乃が二人を呼ぶ。

かや乃「ちょっと、ちょっと、手伝ってよ」

レイ子、慌てて演奏をやめる。

振り返る二人。

きみえ「ちょっと、どうしたの?」

大きなハープを抱えてやってくるかや乃。

驚くレイ子ときみえ。

レイ子「何、これ?」

かや乃「いや、昔習ってたの、陽水さんにちょっと聞いてもらおうかと思ってさ」

レイ子「いつ?」

かや乃「高校時代よ」

レイ子「えっ?」

きみえ「すごい」

かや乃「いいでしょう? なかなか」

きみえ「これ、どこにあったの?」

かや乃「タンスの裏」

きみえ「タンスの裏?」

かや乃「うん」

きみえ「物干しラックじゃなかったの? これ」

かや乃「違うわよ」

きみえ「いつも靴下ここに挟んで干してなかった?」

かや乃「いや、そういうふうにも使ってたけどね」

レイ子「はあ?」

かや乃「アタシ高校時代に同好会に入っててさ、これなんだと思う?」

きみえ「ペロリってちょっと弾いてみていい?」

かや乃「汚さないでおくれよ」

たわむれにハープを弾いてみるきみえ。

思わずバレリーナのポーズをとるレイ子。

かや乃「いいねぇ」

きみえ「心が洗われるっていうの?」

かや乃「本当ね」

レイ子「へえ、すごいね」

きみえ「やっぱり、芸は身を助けるっていうか」

レイ子「そうっ」

きみえ「三人とも芸がある、隠し芸

レイ子「芸達者だったのねえ」

きみえ「ねぇ」

かや乃「ちゃんと使ってるのよ、今だってこのハープ」

きみえ「えっ? 嘘?」

レイ子「え、どうやって?」

かや乃「茹で卵切るのよ」

きみえ「まあ、ぜいたくな卵食べてたのね、アタシたち」

かや乃「そうよ」

思い出したように受話器を摑むきみえ。

きみえ「(電話に)陽水さん寝てました? すいません、ええ、ちゃんとやりますから。えーと、テーク・スリー

レイ子「そうね」

きみえ「テーク・スリーいきますので」

レイ子「そうね、じゃ、いくわよ」

きみえとレイ子、あらためて演奏の構え。

かや乃「ハープが先っ、聞いてもらうんだから。ハーブが先」

レイ子「いや、お姉ちゃんはいいから」

きみえ「ハーブじゃない、ハープ」

かや乃「ハープ、ハープ」

きみえ「かや乃お姉ちゃん、いいから」

レイ子「いくわよ」

不満気なかや乃を残して演奏会が始まる。

きみえ「あ、ワン、あ、トゥー、あ、ワン、トゥー、スリー、フォー」

きみえはフルート、レイ子はキーボードでそれぞれ演奏する。

途中からかや乃もハープで加わる。

きみえ「うるさいな、ハープ」

かや乃、うっとりとハープを弾き続ける。

レイ子「お姉ちゃん、入ってこないでよ」

かや乃「なんでよ、アレンジしてんじゃないよっ」

きみえ「わからなくなるじゃない」

かや乃「わかるでしょう、アレンジしてるの」

レイ子「(電話に)もしもし? あ、失礼しました、もう一度いきますからよろしくお願いします」

きみえ「頼むよ、レイちゃん」

レイ子「ワン、ツー、さん、はいっ」

きみえとレイ子で演奏をする。

かなりひどい出来。

いい加減にしびれを切らすかや乃。

かや乃「聞いてみなさいよ、それだけ弾きゃ十分よ」

レイ子「あ、そうか。(電話に)もしもし? え? わかった?」

きみえ「嘘っ!」

かや乃「やったじゃないよ」

レイ子「(電話に)え、なんの曲ですか? え? これは確かにオレの曲じゃないかって」

かや乃「そうでしょう、だから陽水さんだって言ったのよ」

レイ子「(電話に)タイトルなんでしょうね、え?(きみえたちに向かって)タイトルがちっとわかんないって、もう一回やってくれればわかるんじゃないかって」

かや乃「わかるって? それじゃ、もう一回」

レイ子「(電話に)それじゃ、もう一回だけいきますよ、いいですね、はい」

受話器を置いて準備するレイ子。

レイ子「せーの!」

演奏を始めるきみえとレイ子。

かや乃も参加する。

と、外から石焼きいも屋さんの売り声が聞こえてくる。

  「♪石やーきいもー」

演奏を中断する三人。

かや乃これ終わってから」

レイ子「そうね」

かや乃「行っちゃってから」

通り過ぎるのを待つ三人。

石焼きいも屋さんの売り声が流れる。

  「♪おいもおいーも ほっか ほっかー ほっかほかーのいもいも」

と、きみえの表情が変わる。

気になっていたメロディが、石焼きいもの売り声だったことに気がつくきみえ。

きみえ

他の二人も同時に気づく。

レイ子、受話器をきみえに渡す。

きみえ

電話の前で立ちつくすきみえ。

きみえ(気まずい)」

きみえ、そのまま電話を切ってしまう。

黙って佇む三人。

松茸が食べたい!

恩田家リビングルーム。夜――。

夕食後の一時。

リビングでテレビを見ているきみえとかや乃。

かや乃、映画を見て、泣いている。

きみえ「うわっすごいよ、これ。どこ、これ?」

かや乃「(涙声で)わかんない、チベットの方だって(鼻をすする)」

きみえ「チベットうわぁ、すごいわ」

かや乃「よくきみちゃん、ずっと見てられるね」

きみえ「すごい、ご飯、おわ終わってからでよかったね、これね」

かや乃「ホントだよ」

と、玄関から走り込んでくるレイ子、勢い余ってリビングとの段差でコケる。

かや乃「うわっ、びっくりしたっ」

きみえ、テレビを消す。

かや乃「何、あんた」

レイ子「何、この段差(立ったまま)」

かや乃「しょうがないじゃないよ」

レイ子「転ぶじゃない」

きみえ「今、修理屋さんに頼んでるから。ちゃんと改修してもらうから大丈夫」

きみえ「(皮肉っぽく)レイちゃんいらっしゃい」

レイ子「こんにちは!」

と、レイ子、手にした新聞紙の中から、わざと松茸をポロポロとこぼす。

思わず立ち上がるきみえ。

きみえ「あーっ、何これっ」

かや乃も、立ち上がる。

かや乃「どうしたの、どうしたの、それ」

レイ子「(得意気に)フフン」

レイ子、松茸を拾って匂いを嗅いでみせる。

きみえ「松茸だっ」

駆け寄るきみえとかや乃。

レイ子「松茸っ」

きみえ「どうしたの」

かや乃「(興奮して)やだ、ちょっと、初物でございます」

松茸に頬ずりするかや乃(松茸は二本)。

きみえ「どうしたの? 買ったの?」

かや乃「五年ぶりだよね」

レイ子「もらっちゃったの」

きみえ「ええっ」

かや乃「誰に?」

レイ子「え、なんだか、その辺のおばさんに、ウフッ」

きみえ「その辺のおばさん?」

レイ子「なんか、ほら、ここ(眉間)にさ仏ボクロのある

きみえ「ヌルキさんだ」

レイ子「ヌルキさん?」

きみえ「ヌルキさんだ」

かや乃「ヌルキさん」

きみえ「太ってたでしょ?」

レイ子「太ってた太ってた」

きみえ「でしょう? じゃあ、ヌルキさんだ」

レイ子「その人が、どうぞって、いつもお世話になっていますって」

しみじみ松茸を眺めるかや乃。

かや乃「あっらー、これ高いよ、結構」

レイ子「ね、これ丹波でしょ、これ」

思いきり匂いを嗅ぐレイ子。

レイ子「強烈。いいねえ、食べようか、何やって食べる?」

きみえ「これはやはりあれでしょう、あのう、焼いて、食べるという、焼き、焼き松茸でしょ」

レイ子「焼き松茸? ちょっとそれは平凡過ぎるかな」

きみえ「なんで」

何やら考え込んでいる様子のかや乃。

かや乃

レイ子「アタシ、いいの知っているのよ。スウェーデンの友達から聞いたんだけどさ」

きみえ「えっ、マユコちゃん帰ってきた?」

レイ子「帰ってきた、ヘリコプター乗って帰ってきわよ」

きみえ「ホント? それでなんだって?」

レイ子「チョコレートを溶かして、その中にこれを茹でてね、つけてペロリ」

きみえ「チョコフォンデュ?」

レイ子「そうそうそう、これしかないでしょ」

きみえ「気持ち悪いでしょ」

レイ子「いや、そんなことないってよ」

きみえ「せっかくのいい匂い消えちゃうでしょう、それ」

レイ子「いや、なかなかいいって。増幅して、匂いが」

かや乃、お茶を飲みながら考え込んでいる。

かや乃

レイ子「やってみる?」

きみえ「違うよ」

レイ子「なんでよ」

きみえ「ダメダメっ、却下、それ違う。焼き、焼き松茸ね、かや姉ちゃん、はい、お願い」

きみえ、かや乃に松茸を渡す。

かや乃

なぜか沈黙しているかや乃。

レイ子「じゃあ一個はさ、お姉ちゃんチョコフォンデュにして」

きみえ「(眉をしかめて)えー、いいよ」

レイ子「(かや乃に)ね、どうぞ。やって」

かや乃

きみえ「はい、お願い」

と、かや乃に松茸を渡す。

立ち上がるかや乃。

かや乃

浮かない表情のかや乃。

レイ子「やったなぁ。嬉しいねっ」

きみえ「ご飯食べちゃったけど」

レイ子「知ってる」

きみえ「今日、何食べた?」

と、かや乃いきなり松茸をゴミ箱に捨てる。

きみえ「あっ、ちょっとっ」

足でぐいぐいゴミ箱の松茸を踏みつけるかや乃。

レイ子「!」

レイ子、かや乃を押しのけて、松茸を拾う。

かや乃「だめだっ、レイちゃん、だめよっ」

かや乃、レイ子から松茸を奪い、ゴミ箱に放る。

きみえ「何よっ、かや姉ちゃんどうしたのよっ。どうした? ちょっとぉ」

後ろからかや乃を取り押さえるきみえ。

松茸を拾おうとするレイ子。

かや乃「レイちゃんっ、拾っちゃダメっ」

きみえ「どうしたのよ、かや姉ちゃんっっ」

かや乃「レイちゃん、拾っちゃだめだっつうのにっ」

レイ子、ゴミ箱を抱えて避難する。

レイ子「なんてことすんのよ?」

かや乃「よしなさいよ、食べちゃだめなのよ」

レイ子「どうしてよ」

きみえ「どうしたのよ、かや姉ちゃん」

レイ子、ゴミ箱から松茸を拾う。

レイ子「ああ、びっくりした。(松茸に)大丈夫だった?」

松茸に話しかけながら、匂いを嗅ぐ。

かや乃「うまい話には裏があるっていうでしょうがっ」

きみえ「何よ」

レイ子「なんで?」

かや乃「なんでヌルキさんがうちにさ、こんな高価な松茸をくれる理由があんの?」

きみえ「それは、ご主人の家から送ってきたからよ」

レイ子「送ってきたからよっ」

かや乃「送ってきたからって、そんなのないでしょ。そんなにみんな人がいいかぁ? いいかぁ?(きみえに)おまえ、いいかぁ」

きみえ「ご近所づき合いでしょ、そういうものが」

かや乃「ヌルキさんなんて、うちが引っ越してきたって、何もくれなかったわよ」

きみえ「(かや乃の肩を抱き)かや姉ちゃん、普通は、越してきた人があげるのよ、ねえ?」

かや乃そういうことじゃなくって、うまい話には気をつけろってことよ」

きみえ「なんで、疑ってかかるのよ」

かや乃「そうでしょう」

きみえ「なんで」

かや乃「それはそうでしょう。おかしいじゃないよ。理屈に合わないもの」

きみえ「もういいよ、作っちゃお、作っちゃお」

きみえとレイ子、キッチンへ行く。

かや乃「(二人の背中に向かって)よしなさいよ、それ毒キノコよ」

きみえ「違うよ」

かや乃「(真顔で)毒キノコよ」

レイ子「(腕をまくりつつ)どこが毒キノコよ」

かや乃「(呆れて)食べてもいいわよ」

きみえ「なんで?」

かや乃「この中で残るのは、アタシだけね」

きみえ「なんで、ヌルキさんがうちに毒キノコを贈んなきゃいけないの」

かや乃「理由があるのよ」

きみえ「何よ、理由って」

かや乃「心当たりがあるから言ってるんじゃないよ! もぉーっ!」

きみえ、かや乃に近づく。

きみえ「ちょっと」

かや乃「何?」

きみえ「何したの?」

きみえ、かや乃を押し倒し首を絞め上げる。

かや乃「いや、だから

きみえ「ヌルキさんの奥さんに何したの?」

かや乃「だから、もう

きみえ「言ってごらんなさいよっ」

かや乃「いやだから、だからだからだから

ぐっと首を絞め上げるきみえ。

かや乃「わかった、言う、きのうのことです」

レイ子「何よ」

かや乃「だからさ」

レイ子は既に調理に入ろうとしている。

かや乃「ちょっと話を聞いてよ」

レイ子「(無視して)ふーん」

かや乃「それ食べる前にさ」

レイ子「ふーん」

かや乃「ヌルキさんちって赤ちゃんいるじゃない?」

レイ子「うん」

きみえ「あの頭の大きなイチロウ?」

かや乃「そのイチロウ君。やっぱりきみちゃんもそう思ってた?」

きみえ「だって、アタシ、イチロウが道で遊んでいるのを見て、生首が転がっているのかと思っちゃったよ、アタシ」

かや乃「誰だってそう思うよね」

きみえ「強力だよね」

かや乃「強力だよ」

きみえ「あの大きさはね。それでどうしたのよ?」

かや乃「きのうのことでぇ、あのぅ、スーパーに行ったのね。そうしたらさ、スーパーのところにベビーカーが置いてあって、あのさ彼が寝てんのよ」

きみえ「うんイチロウ?」

レイ子もやって来る。

かや乃「イチゴのイチロウ、イチロウちゃんさ、遠くから見たらさ、こんな顔が大きいからさ、はみ出してんのよ、ベビーカーから」

レイ子「ウフフフフ」

きみえ「なんか、それも変わったベビーカーなんでしょ?」

かや乃「そうそうそう」

きみえ「なんかこう、ヒョウタン型なんでしょ?」

かや乃「そう、そうそう」

きみえ「顔がはみ出て血がのぼっちゃって大変、いつも赤い顔して」

かや乃「だから、イチゴちゃんって言うの。ウフフフフ」

レイ子「あだ名なの? イチゴちゃんって」

かや乃「そうなのよ」

きみえ「だから、それでどうしたのよ」

かや乃「いや、だからね、それで、ちょっとヌルキさんの奥さんがいなかったんで、前からちょっと気になっていたから

きみえ(不安)」

かや乃「指で

きみえ「何よ?」

かや乃「顔の周り、計ってたの」

レイ子「いやーん」

かや乃「それ途中でやっているときにヌルキさんの奥さんに見つかっちゃったの」

きみえ「ヤバイわ、これはっ」

かや乃「ねぇ、でしょ? でしょ?」

レイ子「失礼よ、それ、失礼だわ」

かや乃「だから、もうしょうがなくって、走って逃げてきたんだけど、そのあとのこれ(松茸)でしょう? 絶対ダメだよ、食べちゃダメだよー」

きみえ「そりゃあねえ

かや乃「復讐っ」

きみえ「そりゃあ、自分の赤ちゃんの顔周りを計られたら、それは頭に来るけど、毒キノコは贈らないでしょ?」

かや乃「いや、アタシだって毒キノコ贈んないけどさ

レイ子

と、レイ子なぜか一人青ざめている。

レイ子「いや、ごめん。アタシ、ちょっと、そう言われてみれば、あった一個

かや乃「レイ子、何かあるんだ?」

レイ子「道を歩いてたら、あのう、アタシ、ヌルキさんって名前は初めて聞いたけど、ここ(マンション)の人が、なんか向こうから歩いてくるのよ、赤ちゃんおんぶして」

かや乃「うん」

レイ子「ほんで、ご主人をおんぶしているみたいに見えたから、『まあ、天気のいい日に、ホントに仲のいいご夫婦ね』って言っちゃったんだけどね

呆然とするかや乃ときみえ。

かや乃「知らないよ」

きみえ「いつよ、それ?」

レイ子「きのう」

きみえダブルパンチっ」

かや乃「ねっ、わかったでしょ?」

きみえ「そっか」

かや乃「これで、二本だっていう意味もよくわかったでしょ?」

レイ子「へ?」

かや乃「二本しかないっていう意味がよくわかったでしょ?」

レイ子「なんで?」

かや乃「だって、うち、レイちゃんがいて三人だっていうのを知ってんのよ。ヌルキさん」

レイ子「あ、そう」

かや乃「それなのに、二本よ」

レイ子「なんで?」

かや乃「復讐よ」

レイ子「はあ?」

かや乃「レイちゃんとアタシに対する復讐だって

レイ子「そっかあ」

かや乃「食べんの、よそう」

きみえ「ちょっとちょっと待ってっ」

レイ子「いや、ダメだよ、食べちゃダメだよ」

かや乃「やめなさいよ」

きみえ「そんな、人を疑っちゃダメだって」

レイ子「だって」

きみえ「そんなね、そんなことで、わざわざ毒キノコを贈るような、そんな人いないよ」

かや乃「毒キノコは贈らないにしても、その辺に生えているキノコ拾ってきてさ」

レイ子「あっ」

松茸を手に取り、覗き込む。

レイ子(不安)」

かや乃「『これ松茸ですけど、ひとつ召し上がって』ぐらいの冗談は言うな」

レイ子「アタシさ、これとなんか似たさ、キノコ見たことがあるな。ほらあ、あそこの橋のところのわきっちょの溝があるでしょ? ちょっと出た。あそこんところに、これいっぱい生えてるじゃん」

きみえ「ああ、あの犬がよくおしっこをしていく、おしっこストリートでしょ?」

レイ子「そうそう」

かや乃「何それ」

レイ子「たくさんあったよね」

きみえ「あった」

レイ子「あれ、そうじゃない?」

きみえ「えーっ」

レイ子、匂いを嗅ぐ。

レイ子「うッ、強烈、そう言われれば」

きみえ「ええーっ」

かや乃「それだよ」

レイ子「ねっ?」

かや乃「ちょっと、比べてみようよ」

立ち上がるレイ子。

レイ子「取ってくる」

かや乃「ちょっとレイちゃん」

レイ子「拾ってくるわ」

きみえ「取っておいでよ」

レイ子「取ってくる」

走って出て行くレイ子。

きみえ「(かや乃に)ねえねえねえ」

かや乃「よくやるよな、ふう(と溜息)」

きみえ「ねえ、ヌルキさんちの隣側の人って誰だっけ?」

かや乃「反対側?」

きみえ「うん、入江さん?」

かや乃「入江さん」

きみえ「入江さんだよね」

かや乃「入江さん」

きみえ「入江さんちに行って、聞いてきてくれる?」

かや乃「何を?」

きみえ「松茸もらったかどうか」

かや乃「聞いてどうするの?」

きみえ「だって、うちだけじゃないかもしれないでしょ? ご近所じゅう、みんなに配ったかもしれないでしょ? ねっ?」

かや乃「ああ、そっか」

きみえ「ね、そうしたら毒キノコじゃないってことでしょう?」

かや乃「みんなに配ってればね」

きみえ「うん」

かや乃「それはそうよね」

きみえ「でしょう?」

かや乃「そんなに復讐できるものじゃないものね」

きみえ「そうでしょう」

立ち上がるかや乃。

かや乃「ちょっと聞いてくるわ」

きみえ「聞いてきて」

玄関に向かうかや乃。

かや乃「毒だと思うけどな、アタシはね」

出て行くかや乃。

きみえ「(松茸の香りを嗅いで)これは松茸ですよ。ダメよね、そんな人を疑っちゃ、(カメラに向かって)ねえ」

レイ子が表から戻ってくる。

手に拾ってきたキノコを持っている。

レイ子「(息を切らせながら)ほらっ」

きみえ「あっ」

レイ子「ほら、(匂いを嗅ぎ)うわっ、これっ(きみえに差し出し)ちょっとまだシケってるよ、まだ」

きみえ「うわっ、(匂いを嗅いで)ウッ」

レイ子「ねっ、そっくりでしょ、これだよ」

きみえ、二種類のキノコを比べる。

きみえ「似てるけどさ、ああ、似てるねえ」

レイ子「同じでしょう、色、ツヤといい」

きみえ「いや、だけれども、これ違うでしょ」

レイ子「そんなことないよ、一緒よ(キノコを比べながら)これはやられたね」

かや乃が表から戻ってくる。

かや乃「聞いてきたよ」

きみえ「なんだって?」

かや乃「やっぱり、アタシの思っていたとおり」

レイ子「何?」

かや乃「(首を振りつつ)もらっていないって」

きみえ「うちだけなの?」

かや乃「うちだけ」

レイ子「バッカじゃない」

レイ子、ゴミ箱にキノコを捨てる。

かや乃「よかったね! 食べなくて。捨てよう捨てよう、捨てよう、もう捨てよう、捨てよう。ホントに、ああよかった、もう人なんか信じたらだめよ、ホント」

レイ子「きみえ、ホントに信じちゃダメよ、そうやって騙されるんだからね、よく」

かや乃「ああ、怖い怖い、人は怖いわ」

きみえ(半信半疑)」

電話が鳴る。

かや乃「レイちゃんよ。なんでもくれるって言ったらもらってくるんじゃないよ」

きみえ、電話を取る。

きみえ「(電話に)はい、恩田でございます、はい

かや乃「もう、恥ずかしいよ」

きみえ「(電話に)あ、入江さん、はい、ええ、あ、あ、そうですか」

かや乃「レイちゃん、お茶いれて」

レイ子「はいはい」

きみえ「(電話に)ええ、そうですか。はい、はい、わかりました、どうもわざわざすみません、はい、どうも失礼します」

電話を切るきみえ。

レイ子はキッチンでお茶の準備をしている。

きみえ「ねえ」

かや乃「どうしたの?」

きみえ「間違いだって、入江さんから」

かや乃「何が?」

きみえ「松茸もらってたって」

かや乃「もらってた?」

きみえ「うん、ご主人が隠していたんだって。食べちゃって、それ、今発覚してもめてるみたいよー」

かや乃「どういうこと?」

キッチンから戻って来るレイ子。

レイ子「どういうこと」

きみえ「おいしかったって」

かや乃「あ、ホント」

きみえ「おいしかったってよ」

かや乃「じゃあ、ホンモノの松茸ってこと?」

きみえ「ほうらね、(松茸をゴミ箱から拾いつつ)だから、そういうふうに人を疑っちゃいけないって言ったでしょ。ホンモノの松茸なんだから」

レイ子「なんだあ」

きみえ「ね、捨てないでよかったでしょ?」

きみえ、松茸をボウルに移す。

レイ子「きっとね」

きみえ「食べましょうよ、松茸、食べましょう」

レイ子「ホントだね」

かや乃「それじゃ、安心して食べられるね」

きみえ「ねぇ、何にしようかね」

レイ子「やっぱりチョコ。カレー味というのもいいんじゃない?」

きみえ「焼き松茸。はーい」

かや乃「でも土瓶蒸しに

きみえ「いや、松茸ご飯、せっかく三本」

かや乃「せっかく三本?」

松茸の入ったボウルを覗き込む三人。

きみえ「三本、三

かや乃「一本、レイちゃんが持ってきたの、どれ?」

レイ子「えっ?」

きみえ「一本違うんでしょ」

かや乃「レイちゃんが持ってきたのどれ?」

レイ子「アタシ持ってきたのこれ、これ、これか、これかな」

一本取り出し、匂いを嗅ぐ。

かや乃「(別の一本を取り出し)え、こっちじゃない?」

レイ子「いや、どっちだっけな」

かや乃「一番大きいヤツじゃなかった?」

きみえ「(キノコの匂いを嗅ぎ)うわ」

レイ子「いや、こ、これだよ」

きみえ「えっ?」

かや乃「えっ? どれ?」

レイ子「えっ」

きみえ「どれよっ」

青ざめる三人。

かや乃「どれ?」

レイ子ビバ・ブラジルでもやってみる?

時間経過。

テーブルの前のきみえとレイ子。

かや乃が焼き松茸を持ってキッチンからやってくる。

三人共、なぜか正装している。

かや乃「とりあえず、三つとも焼いてみました」

きみえ「ご苦労さまです」

かや乃「ご存じのとおり、一つはニセモノです。得体の知れないヤツ、しかも犬のお小水を栄養源としております」

ツバを飲み込むきみえとレイ子。

かや乃どれかしら」

じっと皿を覗き込む三人。

きみえ、匂いを嗅いでから一本摑む。

きみえ「いただきっ」

慌ててきみえの手をパンパン叩くかや乃。

きみえ「あっ、痛いっ」

かや乃「何するのよ」

きみえ「なんでいけないの」

かや乃「そんなのいけないに決まってんじゃないのよ」

きみえを睨みつけるレイ子。

きみえ「怖いよ、レイちゃん、見ないでよ、そんな顔で」

レイ子

かや乃「ちょっと大丈夫? やだ、みんな」

きみえ「真剣になりすぎじゃない? 気ぃ入れすぎよ」

かや乃「そうよ、たかが松茸よ」

きみえ「だいたい、なんで着替えてんの、レイちゃん。アタシもかぁ」

かや乃「なに着替えてんの」

きみえ「なに、みんな髪の毛セットしてんのよ」

レイ子「かもじ入れてんでしょう、姉ちゃん」

かや乃「何よ、あんただっていっぱい入れているんでしょ? なんで美容院行ったの?」

レイ子「だから、腹割って話すけどさ、食べたいわけだろうが」

きみえ「はははは」

レイ子「食べたいわけだろが、これを、みんな」

きみえ「そうだよ」

レイ子「松茸食べたいのよ、みんな」

かや乃「みんな食べたいよ」

きみえ「そうだよ」

レイ子「だれも、野に咲く草、じゃなくてキノコは嫌なのよ」

かや乃「そうよ」

レイ子「だから、アタシにアイデアがあんだけどさ」

かや乃「何よ」

レイ子「ここで、例えばきみえがさ、一人だけお毒味役になって、それでちょっと、ちょこっとだけ試してみると。例えば、ね?」

きみえ「何それ」

レイ子「それで、安全だとわかったところで、アタシたちもいただくっていうのはどう?」

かや乃「うん、うん、いいかもしれない、いいかもしれない」

きみえ「なんで!やだよ」

かや乃「いいよ」

きみえ「例えばの話でしょ、それは」

レイ子「例えば」

かや乃「いいじゃん、きみちゃん、一番若いんだから」

レイ子「そうそうそう、毒に対する抵抗力も一番よ」

きみえ「嫌だ」

かや乃「なんでよ! わがまま言わずに食べなさいよ」

きみえ「なんでいつも年のちっこいのが、そういう目に遭わなきゃいけないのよ」

レイ子「当たり前じゃないよ、一番最後に生まれてきたんだからっ、役割よっ」

かや乃「なんだかよくわかんないよ、その理屈も」

きみえ「うん」

かや乃「そういうわけじゃないけどさ、ほら、きみちゃんって、ほらね、ね、なんか抵抗力が一番すぐれているじゃない?」

きみえ「やだよ」

レイ子「いや、昔からなんにもあたんないのよ、あんた。何食べても」

かや乃「アタシたち、もうこのごろ病気ばっかりよ、もうホントに」

きみえ「やだっ、ジャンケンで決めようよ」

かや乃「ジャンケンなんて、そんな、子どもじみたこと言わないでよ」

レイ子「いいよいいよ、わかったわかった、ジャンケン。いいじゃない、きみえがやりたいって言うなら、ジャンケンにしようか」

かや乃「えー、ジャンケン?」

レイ子「かー、かーや、ちょっと」

かや乃「え、何?」

かや乃に「パー」と耳打ちするレイ子。

きみえ「あっ、何してんのっ、なんて言ったの?」

レイ子「いや、パーッとやればいいかな、なんて」

かや乃「そうね、そうね」

きみえ「パーッと?」

レイ子「はい、ジャンケン、ポン」

一斉にジャンケンをする三人。

チョキを出すきみえ。

かや乃とレイ子はグー。

きみえ(唖然)」

勝ち誇った顔のかや乃とレイ子。

きみえ思い出した」

かや乃「もう早く、最初から決まってるんだから」

きみえ「たしか子どものとき、いつもこの手で騙されてた。思い出したよ、クソー」

かや乃「早く食べなよ、ぐずぐず言っていないで」

レイ子「ちょっとだけだよ、ちょっとだけだよ」

かや乃「ちょっとでいいんだから」

きみえ「(皿を引き寄せ)どれだろ?」

かや乃「どれ?」

きみえ「これかな?」

きみえ、一本取り、匂いを嗅ぎ、醤油をつける。

きみえをとめるかや乃。

かや乃「何やっているの」

きみえ「ついている方が、おいしい方がいいでしょう」

レイ子「ちょっとよ、ちょっと」

かや乃「ちょっとでいいんだから、そんないいの、そんなものつけなくて」

きみえ「(ムッとして)わかったから、わかったから」

きみえ、ちょっとかじってみる。

レイ子「どう? どう?」

テーブルに乗り出すレイ子。

きみえ「(複雑な表情)

きみえ、もう一回ちょっとかじる。

レイ子「どう?」

きみえ、渋い顔をしつつ、一本を丸ごとパクッと口に入れる。

レイ子「ああっ」

かや乃「ちょっと、ちょっと、あんた大丈夫なの?」

きみえ

レイ子「(きみえのあごを押さえつつ)ちょっと、出しなさいよっ。出しなさいよっ。きみえっ。きみえっ」

かや乃「おなか

きみえ、飲み込んだあと、にっこりと笑う。

きみえこれは松茸」

嬉しそうなきみえ。

かや乃「信じらんない、このガキっ」

レイ子「ひどーい」

きみえ「松茸、当たり」

得意気なきみえ。

レイ子「ひどいよ」

かや乃「冗談じゃないわよ」

きみえ「次っ」

かや乃「何言ってんのっ。この手はなんだっ、この口はっ。もうっ」

きみえの手を叩くかや乃。

レイ子、皿を引き寄せる。

かや乃「(きみえに)冗談じゃないわよっ。何考えてんのよっ」

レイ子とかや乃、箸を持つ。

レイ子「二つしかない、残り二つ、どっちかよっ」

きみえ「(冷静に)そうね、どっちかね」

レイ子「どっちか? どうしようか?」

かや乃「うーん」

きみえ「(指をなめっっ)アタシ、どっちかわかるんだ、どっちか」

レイ子「えー?」

きみえ「なんか、今、松茸と一体化しているから」

かや乃「どっち、どっち?」

きみえ、匂いを嗅ぎ、一本を指す。

きみえ「絶対こっち」

かや乃「ホント?」

きみえ「松茸はこっち」

レイ子「(嬉しそうに)絶対こっちだって」

かや乃「でも、きみちゃん、こっちは?」

きみえ「いや、これは絶対違うもん」

かや乃「じゃあこれを毒味してごらんよ」

怪しい方のキノコをきみえに渡す。

きみえ

かや乃「いいから、これを食べていいから、さっきみたいに」

レイ子「やってごらん」

かや乃「ガブッとやって」

きみえ毒味しちゃうよ」

かや乃「うん」

怪しい方のキノコを手に取って醤油をつけるきみえ。

かや乃「(ハッと気づいて)ちょっと。これがホントは松茸なんでしょう」

きみえの手を止めるかや乃。

きみえ、目をそらして不敵な笑みを浮かべる。

かや乃「これ松茸なんでしょう」

きみえいいよ、じゃあ、こっち食べるわよもう」

もう一方のきのこを指さす。

かや乃「どうして姉ちゃんのこと騙すの」

きみえ「だから、いいよ、こっちで」

かや乃「あなたは一本食べたんだから、これは二本で、あと半分ずつしかね、アタシたち食べられないんだから」

レイ子「お姉ちゃん、お願いだから興奮しないでよ」

かや乃「だって

レイ子「きみえちゃん、さっきみたいにちょっとずつ、最初やったやつみたいにちょっとずつ」

かや乃「ちょっとよ、ちょっとでいいんだから、それで、味が同じだったら、すぐ出す」

レイ子「出す、その食べたヤツも出すんだよ、わかった?」

かや乃「あんたは一個食べたんだから、いいわね」

きみえ

うなずいてみせるきみえ。

レイ子「食べたんだからね、ちゃんとやってょ」

かや乃「ちょっとレイちゃん、後ろに回って」

レイ子、きみえの後ろに立つ。

かや乃「(きみえに)余計なことすんじゃないよ、ね、わかった?」

二本のキノコを見つめるきみえ。

きみえ

かや乃「どっちがホンモノだと思っているの、どっち?」

レイ子「どっち?」

きみえこっち」

かや乃「もう一回匂いを嗅いでごらん」

きみえこっち」

かや乃「こっちなの?」

きみえ「こっち」

かや乃「こっちがホンモノっぽいの?」

きみえ「こっちこっち、絶対こっち」

かや乃「こっちね」

きみえ「絶対こっち」

かや乃「それじゃあ、ちょこっとでいいんだよ、あんたもういいんでしょ、一本食べたんだからね」

きみえ「二本も食べれないって、そんな」

レイ子「そりゃそうよね」

きみえ「信じなさいよ」

レイ子「膨らむよ、腹のなかで。ほら干しシイタケだって、液体に浸かると広がるから、一個食べると、もう胃は松茸でいっぱいよ、いいわね、はい」

きみえ「ガンにならない?」

レイ子「どうして、やめてよ、ガンの話すんの。早く、早く」

きみえ、キノコに醤油をたっぷりつける。

見守るレイ子とかや乃。

きみえ、そっとキノコをかじる。

見守るレイ子とかや乃。

きみえ「う、うわっ」

顔をしかめるきみえ。

かや乃「違うっ」

もう一方のキノコを手に取るかや乃。

かや乃「これだっ」

慌ててキノコを取り合うレイ子とかや乃。

そのすきに、手にしたキノコをすました顔で丸々一本食べてしまうきみえ。

知らずにもみ合うレイ子とかや乃。

かや乃「何よっ、ちょっとレイ子」

レイ子「ダメっ、お姉ちゃん」

二人の醜い争いをよそにきみえはすでに食ベ終わり、お茶を飲んでいる。

かや乃、手にしたキノコをくわえる。

レイ子「出しなさいっ。出しなさいよっ」

かや乃に襲いかかるレイ子。

かや乃、やむなく口から出す。

レイ子「かじったわねっ、どうしてそういうことすんのっ、いい年して、半分こよ、半分こ」

脇できみえがしみじみつぶやく。

きみえ「うまいなぁー、松茸

我に返ってきみえを見つめるレイ子とかや乃。

かや乃

レイ子

ようやくきみえに騙されたことに気づく二人。

かや乃「(皿を持ってテーブルまで来て)このガキ、ホント信じられないっ。今のがホンモノだったの?」

レイ子(呆然)」

きみえ「悪いね、当たっちゃった、二本も」

かや乃「(無念)

きみえ「あれ、あと一本は?」

かや乃「犬のお小水なめちゃった」

きみえ「汚ーい」

レイ子ひどい」

かや乃「なんてことすんのよ」

かや乃、きみえのアタマをグシャグシャにする。

かや乃「まったくもう」

きみえ「ああ、おいしかった」

とお茶を飲むきみえ。

かや乃「なんてことする子なんだろうね」

残ったキノコを手にしてしみじみ見つめるレイ子。

レイ子「そっくりなのにね

じっとキノコを見ていたレイ子、思わず口に入れようとする。

慌てて止めるかや乃。

かや乃「よしなよ、よしなっ」

レイ子「いいよ」

かや乃「お腹壊すょ」

レイ子「ちょびっとかじって」

かや乃「よしな、もうあきらめなって」

レイ子、キノコをなめる。

かや乃(呆れる)」

レイ子「ちょっと酸っぱいかな?」

きみえ「酢の味じゃないの?」

レイ子

レイ子、また、キノコをなめる。

きみえ「やめなって」

かや乃「やめなよ」

きみえ「アタシが二本いただいたんだから」

かや乃「レイちゃん、もうやめな、あきらめな、そんなもの」

ついにキノコを食べてしまうレイ子。

きみえ「あっ」

レイ子

レイ子をじっと見つめるかや乃。

かや乃「松茸なの?」

レイ子、黙ってキノコをかんでいる。

かや乃「松茸なの?」

レイ子「(頬張りながら)まだわからない」

かや乃「きた?」

きみえ「松茸だった?

レイ子(うなずく)」

かや乃「お腹痛くないの?(きみえを指さして)あんたは?」

きみえ「平気」

かや乃「時間たっても大丈夫? 来ない?」

きみえ「(レイ子に)大丈夫、来ない」

かや乃「あんたは?」

レイ子「今胃に落ちたからまだわからない、まだ

かや乃「待てないわよ、そんなに」

レイ子「大丈夫、松茸よ、これは(と、うなずく)」

かや乃「ホントに?」

レイ子「うん」

かや乃「ちょっと口、開いてごらん」

レイ子に顔を近づけ、口の中を嗅ぐかや乃。

かや乃「これ、ホントに松茸みたいだよ、だって匂いも香りも全部同じだもん」

きみえ「と、いうことは三本とも松茸だったってこと?」

かや乃「そうよ、絶対そうだよそうすると、あの下に生えていたのは?」

顔を見合わせる三人。

きみえ「表にあったやつ、あと何本ぐらいあった?」

レイ子「あとね、二、三本」

きみえ「早いもの勝ち!」

玄関に向かって駆けだす三人。

私達はあの中で生きてる人

『やっぱり猫が好き』(以下「猫」)の十周年を記念して企画された、六年半ぶりの新作ビデオ撮影に挑んだ長女かや乃(もたいまさこ)、次女レイ子(室井滋)、三女きみえ(小林聡美)の恩田三姉妹。ブランクを感じさせないテンションで、朝の九時から深夜にまで及んだ撮影も無事(?)終えた三人の、打ち上げの席での「猫」話は尽きることなく盛り上がり

スタッフも同窓会みたいに集まってくれて、嬉しかった

もたい――今日はもう本当に懐かしいって感じだったね。*1レイちゃんの目が潤むの、久しぶりに見て、あー懐かしいこれこれ、ってもんだったけど、きみちゃんまで潤むんだから本当に。もらいウルウルしてんの。もー、きみちゃんも歳とったなって思った。

小 林――ハハハハハッ。

もたい――あと、*2きみちゃんの桜田淳子とかさ、懐かしかったよね。

小 林――あたし、全然するつもりじゃ

室 井――『桜田淳子モノ』とか、あぶないなーコイツって思った。でも昔って結構実名ってあったよね。石井ふく子先生とかさ。

小 林――でも今日久しぶりに実名言って、いいのかなあ、っていうのなかった? 特にもたいさん、結構挑戦的にいろいろ出してたけど。

室 井――そうそう。昔はかや乃姉ちゃんが「まあまあ」ってたしなめてたのに、今日はあたしとかがもたいさん状態。かや乃姉ちゃん過激になったよね。

もたい――昔はね、「なに言ってんの」というしっかり者だったけど、今日はやりたい放題というかね。歯止めがなくなってるよね。

室 井――かや乃姉ちゃんは、向田ドラマの八千草薫さんみたいな存在だったのに。

もたい――レイちゃんは変わってなかったよね。

室 井――いやー、でも私久しぶりにやって、将来このままやらしてもらってもいいかなって思った。「猫」をやって、あとはのんびりエッセイでも書いて

もたい――でもこれそうとうパワー使うからね。

室 井――二週間に一回の収録だったら耐えられるじゃん。

もたい――そうね。でも、もうすぐ五十だよ、私。ボロボロなんだから、今日だって。明日から一週間寝るよ、私。もしやるとしたら月一回だね。

小 林――うんうん。あたしも今日久しぶりにやってなんかすんごい疲れた。すんごい疲れました、なんか(眠い)。

もたい――しかしスタッフも同窓会みたいでみんな集まってくれて、懐かしい顔があってすごく嬉しかった。

小 林――白髪混じりになったりしてね。

室 井――みんなね。

もたい――人のこと言えないけどネ。フフフ。今日の二本目なんか、やっぱり昔の「猫」のときと同じように*3現場で止めたりしたでしょ。あのときの、スタッフの目のあったかさ。「やってたやってた」みたいな感じで。昔は「また始めたの? なんだよ、おまえたち、台本通りにやれよ」ってフンイキでね。

室 井――そうそう。最初の頃は結構寒かったよね。

もたい――でも今日は、みんな分かってくれてて、ホントに楽しんでくれたみたいな感じで。

室 井――あれ、すごい大変なことだよね。普通、本番に突然アドリブっていうのには制限があって「なんとかよね」が「なんとかだな」くらいの差しかなくって。でも私達のやることって、立ち位置とかも全然違うのに、カメラがちゃんと私達の激しいアドリブを追っかけてくれて、スイッチングしてくれる。

小 林――飛んだり跳ねたりしながらで、セリフ忘れちゃうから、アドリブがアドリブを呼んで、ホント激しかったよね。

もたい――リハーサルっていっても台本読みだけだもん。

室 井――だから、本番になってみないと、どうなるかわからないことがすごい多くて。今日だってきみちゃんが「(親が)パン屋だったから」って言ったから、「えっ、パン屋だったんだ」って思うんだけど、そのまま続けないといけなくって。昔やってた頃は、そういう*4アドリブで出てきたことが、次の話へと蓄積されていったんだよね。隣に住んでるのが誰とか、昔の恋人の名前とか。

もたい――レイちゃんが女優っていうのも私が作ったんだから。レイちゃんが何してるかって、最初はなんにも決まってなかったんだよね。それが『赤さそり』でバイトしてるって話になって、それからあるとき「売れない女優」っていうのが話してるうちに出て。それを三谷さんが見ていて、次の台本が上がったときにちゃんとプラスされてるんだよね。

私達はあの中で生きてる人

室 井――普通ドラマって短いシーンを正確にやるんだけどね。

もたい――ちょっと間違えると「あ、すいません」ってカメラ止めたりして。

室 井――そうそう。でも「猫」の場合は回しっぱなしで「すいません」はない。私達はあの中で生きてる人? でもね、そういうことが最初不安だったのね。やっているうちにどんどん気持ちがわがままになっていくのがね。

小 林――アハハハハ(大爆笑)。レイ子になっていく。

室 井――普通だったらスタジオに知らない人が入ってきたらもっと愛想がいいのに、レイ子になってるときは、「私なんかがしなくても、お姉ちゃんがしてくれるわ」とか「きみちゃんもしっかりしてるから」とか思って、この現場に来るとなんかわがままになっちゃうのよね。

もたい――なんかキャラクターが降りてくるんだよねえコワイネ、ハハハ。私も他の現場で知らない人がいても気にならないけど、「猫」ではすっごい気になる。「知らない人が見に来てる。やだな」って。本当だったら、ああいうシチュエーションでああいうバカなことばっかりやってる三姉妹だから、「誰でも見学OK」みたいな感じなんだけど、「猫」だと

小 林――家の中見られてるみたいな気分になっちゃってね。公開でやるって話も一回あったけど、絶対無理だよね。

もたい――絶対ダメだね。本当は人に見せてはいけない物を見せてるような。

室 井――だから、普段はトーク番組とかに出ても三人とも他の芸能人の話とかできないタイプだけど

もたい――そう。でもここではいいんじゃないかって。ここは家庭だから芸能人の噂話もいいじゃん、なんでダメなのってなる。家庭でしてる話をそのまましちゃうみたいな感じで。

小 林――今日は*5川島さんの話題で盛り上がったけど。

もたい――昔は富田靖子さんとか桜田淳子さんとか定番だったよね

小 林――絶対ね、誰も気にしないっていう強みがあったんだよね。私達が家庭で誰の噂しようと、なんの影響力もないって。

当時からおじさん顔の三谷さん

室 井――三谷さんの台本って何か違ったよね。読んでピーンとくる。おかしかったし、私達が一番ウケてた。ご本人が来られたときもなんかおかしかった。

小 林――何人か交代で脚本書いてたけど、みんな現場にいらっしゃらなかったもんね。

室 井――三谷さんは必ずいらっしゃって。リハーサルにも来て。そういう意味では一番「猫」にかかわった作家だよね。

もたい――その頃の三谷くんって

小 林――二十八歳くらい。

室 井――あんまり変わらないよね、今とね。

もたい――当時からおじさん顔で。あの頃は、撮り終わると毎回ごはん食べてたよね。編成の鈴木さんと三谷くんと私達三人で。毎回焼き肉屋さんとか同じとこで。

室 井――でも三谷さん全然しゃべらなかった。

もたい――あんまり共通の話題もなくって。でもきっと、彼は馴染んでるんだけど、表に出ないタイプ? そうじゃない?

室 井――私達のことなんだろう、って思ってたのかな? 今度聞いといてね。

小 林――そ、それは。そこまで深く聞けないっすよ。

室 井――こないだ私、*6日本アカデミー賞の授賞式のテレビで、三谷さんが黒のスーツでパリッとしゃべってらっしゃる姿を見て、なんか感慨深かった。なんだろうな、「ああ三谷さん、あんなにいっぱいしゃべってる」って

『はまぐりペペちゃん』から「猫」は変わった

もたい――三谷作品はどれも印象深いけど*7『はまぐりペペちゃん』はキョーレツだったよね。

室 井――傑作だった。本当に。ここから「猫」は変わった。

もたい――私達が「猫」でやりたかったことに見事にはまったというか。

室 井――発想がね、もうホントすごくおかしくて。だからこうやっぱり引き込まれて、セリフ覚えるのも全然苦痛じゃなくて。

もたい――あとよく覚えてるのが『ギョーザがいっぱい』。ほら、レイちゃんの汚いギョーザの作り方。

小 林――そうそう。なめて作るの。

室 井――野蛮な人間だったんですね。それは今も変わってないんですよー。

もたい――でもこうしてタイトル見ても、結構忘れてるよねー。だって、話の数、数えたらすごいでしょ。

小 林――ボツになって悲しかったのもあるけどね。あの「カビ」の話とかさ。家中がカビだらけになったとかいうの。まるっきりボツになったのはそれが初めてだったから、すごくショックだった。ボツっていうのもありなんだなと。画面に緑の合成みたいなことして

室 井――どんな話だったっけね。あれ見たいねえ。あれ、なんでボツになったんだったっけ?

小 林――たしかに全然面白くなかったから、しょうがないか。

室 井――まとめようがなかったんだ。

小 林――だから台本の力はやっぱりすごいね、って話したんだ。

室 井――あと、ロケにも出たよね。*8ニューヨークに

もたい――でもニューヨークは全然映さなかったんだよね。

室 井――ニューヨークのどこかのアパートメント、っていう設定で、本当にニューヨークのアパートで撮ったのに

もたい――初めはね、テレビでやっちゃいけないこと、全部やりたいっていうのがあったよね。例えばお茶の間で、四角いテーブルで、カメラに背を向けては座らないでしょ。でも「猫」はカメラに背中向け放題。そういうこと全部やりたいってのがあったね。タブーに挑戦? みたいな。ただ台本もらって演技するだけじゃなくて、テレビ作る段階から参加してたよね。

室 井――そんなこと「猫」だけだった。あれからやってない。

もたい――そうやって参加するようになったのは、最初の頃、やるほうも、これは面白いとはいえなくって。これは壊すしかないって感じになったんだよね。深夜で誰も見てない、自分達が好きなことやりたいっていう気持ちが強かったから、本当に、一生懸命書いてくれたのをボツにして

室 井――三谷さんのシナリオは本当に面白かったし、斬新だったから、一字一句間違えないようにきれいにやろうっていう話もしたんだよね。でも、ほかにも脚本書いてる方はたくさんいらっしゃって、ホンもいろいろで。そのうち、何十本もやってくうちに、やっぱりワンセットドラマだから、どんどん似たような話が出てきたりとか。ワンセットドラマの限界みたいなものが、なんとなく三年半で見えてきて

もたい――ワンセットでそれに加えて三人だけっていうね。だから、そりゃ結構、最後はね

室 井――最初は*9夜中の番組だったから、スポンサーもひとつだったけど、ゴールデンになるとスポンサーも増えて、そうなると規制がね、いろんなことあって。それまでOKだったのも、ピー音が増えて

サン・トワ・マミーに救われた

室 井――大地真央さんに出てもらった回があったよね。

小 林――そうそう。あれはなぜかロケだったんだよね。なんだったんだろ、あれ。

室 井――大地さんが出てらっしゃる『女ねずみ小僧』に恩田レイ子で出してもらって。女優恩田レイ子に初めて役がついたって、お姉ちゃんときみちゃんがお弁当持って陣中見舞いに来るっていうね

小 林――あと逸見(政孝)さんにもゲストで出ていただいて。ゲストは二人だけだったね。

室 井――動物も出したよね、結構。

もたい――10ワラビー

小 林――ホリちゃん。

室 井――ポニーは出てなかったっけ? 

小 林――出てない出てない。あ、大晦日スペシャルのとき出てたか。なんかクイズコーナーみたいなやつに。

もたい――私達三人以外人間を出せないから動物出してね。

室 井――最後にサチコの映像と一緒に清志郎さんの♪サン・トワ・マミーって入るじゃない? あれがすごく

もたい――救われるよね。

室 井――そう、あれでこっちはちょっと「大丈夫かな」って不安に思ってても、なんかドーンと盛り上がって終わることができるという。

もたい――見ても、きっと嫌な気持ちにはならないよね。見終わって、はー、さあ寝ちゃおうかーみたいなそういう時間帯にやってたから、火曜の夜中の。そういう意味では寝る前に「バカだな、こいっら」と思って寝てほしいという気持ちはあったよね。

小 林――ドラマにありがちな、すごく深刻な相談をしあって悩むみたいなことはなかったね。そういう生々しいのって、そういう台本があがってきても、全然、なんか照れくさくて、こんなこと言えないよねー、みたいな。

もたい――そう。恥ずかしくてできない。

小 林――ホント。ドラマっていうと泣きとかラブものがはいんないとみんな面白がらないみたいだけど、まるっきりそんなのなくて、ねえ。

もたい――11サチコは死んじゃったのかね

小 林――あの頃いろんなCMに出てたよね、サチコ。売れっ子だったんだよ(笑)。

室 井――一番かわいかったよね。

もたい――おとなしくてね。抱いてもいやがんなくて。

これって幸せな時間なんだな

室 井――前ね、お寿司屋さんに行ったときにね、どっかのよっぱらってるおじさんに「今日は姉妹はいないの? 遠くまで飲みに来るんだね」みたいなこと言われたことがあるの。そのおじさんみたいに、私達が幕張のどっかのマンションに実際に住んでて、ああいうことが本当にあるんだ、って、ドキュメントみたいにそういうふうに思い込まれちゃったりってこと、すごくあったと思う。ファンレターとか読むと、完璧そんなふうに。「私も三人姉妹で、私は真ん中で跳ねっ返りなんで、レイちゃんにすごく似てると思う。妹はきみちゃんそっくりです」とか「私にもかや乃姉ちゃみたいなお姉ちゃんがいたらいいのに」とか。なんかそういう手紙、ほんっとに多くて。どっかで、隣にこういう姉妹がいるんだ、って思われてた。

もたい――「猫」のファンってすごく多かった。あるとき女の子がテレビ局の外で待ってて、「ずっと見てました」って泣いちゃって。なんか、思いがすごくて、圧倒されて、っていうのはあるよね。

小 林――そういう人達がいるから、今回久しぶりにやるっていっても「あんまり変なのできないな」っていうのあったよね。

室 井――なんだろうな。こういう三姉妹がいて、いろんな事件が起きるけど、すごく幸せな感じがするんだと思う。私、今日久しぶりに会ってね、これって幸せな時間なんだなって、うん、ちょっと思っちゃった。当時はせっぱ詰まってたから、あんまりそんなふうに思ってなかったけど。やっぱり普通、ドラマで「今この時間が幸せだ」ってそんなに思わない。あの当時は、二週間に一回、戦場のような感じで撮らなきゃいけなかったから気がつかなかったけど、多分ね、こういうタイプの幸せがあると思うんですよ。それが、やっぱり見てる人は、そういう幸せがあってほしいってすごく思うんだと思う。だから、放送が終わっちゃって、「そういうのがあったのに」ってずっと思ってくれてて、淋しくなっちゃうんじゃないのかなって。だから、その「見てました」なんて言ってくれる人は、そういう幸せを感じとってくれる人?アッハッハ、泣きそうになっちゃった。すみませんー。

*1 「人情」や「兄弟愛」もので、感謝しなきゃいけない、レイ子がバカだったのね、などのシーンで、室井は本当に目が潤んでしまうことがあった。今回の新作『レイ子はん、きつきつカンニンえ』では、「レイ子、これからは真面目になる」と反省して目を潤ませるレイ子を受けて、きみえの目もウルッと

*2 小林はモノマネが上手。新作ビデオで披露している桜田淳子をはじめ、郷ひろみ、桃井かおりなどなど。小林のモノマネのバリエーションは『一緒に寝ようよ』で楽しめる。

*3 通称「猫の長考」。リハーサルの途中などで、より面白くするために、三人が台本を囲んで、セリフや話の展開について長い時間をかけて話し合うことがよくあった。

*4 猫の「サチコ」という名前もアドリブで出てきた。

*5 新作『ワインを飲んでシル・ヴ・プレ』は、レイ子が川島なお美ならぬ女優島川ナウ美に指名されて、テレビでグルメ対談をすることになったので、急いでワインを勉強しなければ、という設定。三人は「ナウ美」話で盛り上がった。

*6 三谷は初監督した映画『ラヂオの時間』(九七年)で、第二一回日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞した。

*7 三谷が「猫」に参加しはじめた頃の作品。

*8 『ニューヨーク・スペシャル』という作品。

*9 初めは火曜日の深夜に放送されていたが、途中から、土曜日のゴールデンタイムへと放送日が変わった。

10 『カンガルーのホリちゃん』という作品。カンガルーの目が堀ちえみに似ているところから名がついた。

11 新作の収録にはサチコはやって来なかった。


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