もくじ

汝の敵を愛せよ――『氷点』

ふぞろいな人間たち――『想い出づくり』

記録より記憶に残るドラマ――『傷だらけの天使』

大人の青春ドラマ――『金曜日の妻たちへ』

越えられない壁――『淋しいのはお前だけじゃない』

国民的ドラマ――『北の国から』

蒼い名作――『冬の運動会』

真似できないドラマ――TBS水曜劇場

時代を映す鏡――『太陽にほえろ!』


岡田惠和(おかだ よしかず)

1959年2月生まれ。テレビドラマ、映画、舞台などを手がける脚本家。繊細なタッチの物語世界とポジティブなキャラクター造形、会話劇を得意とする。
ドラマでは、「ちゅらさん」(NHK・2001)、「ひよっこ」(NHK・2017)、「ビーチボーイズ」(CX・1997)、「最後から二番目の恋」(CX・2012)、「姉ちゃんの恋人」(KTV・2020)。
映画では『いま、会いにゆきます』(2004)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)など。2021年には「にじいろカルテ」(EX)『おとなの事情 スマホをのぞいたら』(ソニー・ピクチャーズ)が公開予定。

2005年 岩波書店刊

岡田惠和(おかだ よしかず)

1959年2月生まれ。テレビドラマ、映画、舞台などを手がける脚本家。繊細なタッチの物語世界とポジティブなキャラクター造形、会話劇を得意とする。
ドラマでは、「ちゅらさん」(NHK・2001)、「ひよっこ」(NHK・2017)、「ビーチボーイズ」(CX・1997)、「最後から二番目の恋」(CX・2012)、「姉ちゃんの恋人」(KTV・2020)。
映画では『いま、会いにゆきます』(2004)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)など。2021年には「にじいろカルテ」(EX)『おとなの事情 スマホをのぞいたら』(ソニー・ピクチャーズ)が公開予定。

2005年 岩波書店刊

TVドラマが好きだった

岡田惠和
汝の敵を愛せよ――『氷点』
 テレビドラマという生きものは、つくり手が自覚していようがいまいが、時代を映す鏡として存在してしまうのではないだろうか。
「いま」を描こうと取り組んでいる問題作でなくても、である。そこには必ず時代がある。時代の空気がそこに封印されている。つくり手がいま、その作品をつくった「気分」、そして視聴者が観たいと思った「気分」。その二つが重なるとき、名作は生まれるのだと思うのだ。
 過去の大先輩たちの作品を、自分なりに検証してみたいと思う。
(というと大げさだし、不遜だけど。)
 そして、かつてそのドラマを観ていた自分も振り返ってみたい。この作業が、いまドラマ制作の現場にいる自分にも大きな力や、何かヒントを与えてくれるのではないかと期待しつつ。
 さて、第一回は『氷点』である。放映時には銭湯の女湯がガラガラだったという話を聞いたことがあるような気がするのだが、記憶違いだったら失礼。
 連続ドラマ『氷点』は一九六六年一月から四月に日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)で放映された。全一三回。
 原作は三浦綾子のベストセラー。脚本は楠田芳子。演出は北代博。音楽は山本直純。主演は新珠三千代、芦田伸介、内藤洋子。ほかに田村高廣、市原悦子、北村和夫、岸田森、藤原釜足、そしてナレーションは芥川比呂志。
 その後、何度もこの作品はリメイクされている。つい最近も『氷点二〇〇一』というタイトルで、浅野ゆう子主演で連続ドラマ化された。
 物語をごく簡単に書いてみると
 北海道旭川の病院長夫人は、若い医師と自宅で密通中(ちょっと言葉は古いがまさにそんな感じ、肉体関係は感じられない、だが気持ちは、という描き方)、娘が誘拐され殺害される。そして、夫である院長は、娘が殺されたとき、妻が何をしていたのかを知り、妻への復讐として、一人の娘を養女として引き取る。それは、娘を誘拐し殺害した男の娘。そして、それを後に知った妻は娘に憎悪を抱き、冷たくあたり続ける。だがそれでも少女は
 何ともすごい話である。そしてこれが実によくできている。決して激情に走ることなく、静かなトーンで淡々と描かれる。それだけに心に棘のように刺さってくる。物語から逃れられなくなる。
 俳優たちも名優ぞろいで素晴らしい。
(などと若輩の私が書くのも失礼な話だが。)
 インテリの苦悩を演じた芦田伸介のたたずまい。清楚で上品な中に人間の怖さをみせる、新珠三千代。そして、どこまでも可愛らしくけなげな、内藤洋子。明るく頼りがいのある、市原悦子。バンカラ気質のよき友人、北村和夫。みんな、素敵。
 NHKの『ちゅらさん』というドラマで、北村和夫さんと仕事をさせていただいたときは、いつになく緊張してしまった。
 さて放映された一九六六年(昭和四一年)はどんな年だったかというと
「イザナギ」景気と呼ばれる戦後最長の好況期を迎えた頃であり、ビートルズが来日し日本武道館でコンサートを行い、若者のあいだで長髪が流行し、日本の人口が一億人を突破した年。といえば、その時代を過ごされた方には、思い出せるだろうか。
 さらに、流行語では「びっくりしたな!もう」「ケロヨーン」。流行歌では『夢は夜ひらく』『星のフラメンコ』『骨まで愛して』『君といつまでも』。フォークソングブームでもあり『バラが咲いた』などの唄が愛された年。
 残念ながら、私は一九五九年生まれなので、この年はまだ七歳。よって記憶は定かではない。だからあまり無責任には語れないのだが、全体として決して暗い、下を向いた時代ではなかったのでは?という気がするのだが、どうだろうか。
 さて『氷点』だが、この年に放送されたNHKの「朝ドラ」『おはなはん』とともにかなりの高視聴率番組で、『おはなはん』がどちらかというと陽であり動のドラマであるなら、それとは対照的に、影であり静のドラマだったのではないだろうか。
 同じ年に、いずれも過去から現在を描いた、対照的な二本のドラマが人々の心を捉えたというのは興味深い。明るく前向きに元気に生きていくヒロインを愛すると同時に、人間の心の闇を見据えようとする作品をも愛する。当時の人々の心情をどちらも反映しているのだろうか。
 豊かになり、明るく前を向いていこうとする「気分」と、豊かになったことで浮かびあがってくる、人間の心の闇。それを観たいという「気分」。どちらも時代の「気分」だったのではないかと思うのだ。
 七歳だった私だが、このドラマの記憶はある。物悲しいタイトルバックと音楽。子供である自分にはわからない、怖い世界を感じていたような気がする。それは恐怖映画などの怖さではなく、自分が知ってはいけないような世界の持つ怖さ。「見ちゃダメ」と言われたかどうか、記憶は定かではないが、そっと覗き見していたような気がする。ちゃんと観ていたとしても理解できたかどうかは疑問だが。
 印象として、『氷点』は、母の継子いじめがクローズアップされて私たちの記憶に残されている気がするが、とんでもない話。これは限りなく深く人間を描いたドラマである。
 だからこそ、不思議な気がしてくるのだ。
『おはなはん』が時代に受け入れられたのは何となくだが理解できる。前に前にくじけずに明るく向かっていくヒロイン像は、まさに時代が求めていたものなのだろうと思う。
(このヒロイン像は「朝ドラ」のヒロインの雛型になっている。明るく前向き、笑顔がいい、そんなヒロイン。そして、その求められる雛型にいま、私たちは多少苦しめられている。)
 では『氷点』はなぜ?
 物語の力といってしまえば、それまでだ。でも、それだけでは、この重い物語をみんなが受け入れるとは思えないのだ。そこには、時代の「気分」があったはずだ。
 先日、NHKスタジオパークに『おはなはん』の主演女優の樫山文枝さんが出演しておられたのを拝見した。お話はどれも楽しかったが、一番興味深かったのは、「あの頃」といまのテレビドラマに対する視聴者の温度の違い。
 テレビ、そしてドラマというものが人々の生活と密接に結びついていた時代。樫山さんは老けメイクで高年齢を演じたときには、人生相談を持ちかけられたこともあるそうな。
 私などからすれば、何ともうらやましい時代という気もする。
 視聴者は『氷点』にどんな反応を示したのだろう。いじめられ役の可憐な内藤洋子をみんな、応援したのだろうか。そしていじめ役の新珠三千代には、「いじめるな」とか怒りの投書が届いたというようなことがあったのだろうか。
『氷点』の、何が人々の心に響いたのだろう。
 戦後間もない時代、一九四七年(昭和二二年)がドラマ設定のスタートである。夏祭りが再開される日に事件は起こる。第一話にこんなセリフがある。
「内地はまだ大変なんだ、お祭りなんてまだ早いよ」
 この一言で、おそらく視聴者はスッと時代設定を飲み込めたのだろう。そして、描かれた時代の気分も。
 だが、時代設定を表わすセリフ、という以外の意味を考えてしまう。妙に気になるセリフなのだ。戦後すぐの、初めての祭り。その夜の悲劇。
「祭りなんてまだ早い」
 祭りの夜、妻の不義(浮ついた行動、欲望)。そこに起きる悲劇。
 そんな連鎖が思い浮かぶ。そして、その連鎖が、作品が放送された時代へと結びつく。
 戦争を忘れかけ、世の中は好景気。人々の欲望、享楽。
「祭りなんてまだ早い」
 足元をすくわれるぞ
 バリバリの戦後生まれのうがった見方だろうか
『おはなはん』の健全な前向きさに対して『氷点』の、足元を、そして心の奥の闇をえぐる力。未来を信じようとする気持ちと、過去にいまだ縛られ、逃れられない気持ち。そこが時代とマッチしたのではないだろうか?
 このドラマのテーマは聖書のマタイ福音書の「汝の敵を愛せよ」という言葉。作者自身が語っているし、ドラマ内でも繰り返し語られる。
(放送終了後、司会者と原作者が番組について語るコーナーがある、これが面白い。いまのドラマ事情からすると考えられないことで、何とものどかな感じさえするのだが。でも原作者にドラマのテーマについて語られるというのは、脚本家としてはどういう気持ちなのかなという思いはあるが。)
 そこで原作者は、ドラマを(原作を)書くきっかけになった出来事を語る。遠縁の者がかつて殺害されたことがあること。そのとき、はたして自分はその犯人を許すことができるのかどうか、自問自答したという。それがきっかけであるという。
 第一話で、院長が幼い息子にこう質問される。「敵って何?」。そしてこう答える。「敵というのはね、一番仲良くしなきゃいけない相手のことだ」。
 その一番仲良くしなきゃいけない相手、かつての敵。そこに「世界」をあてはめるのは乱暴だろうか?
 そして、『氷点』はストレートなドラマである。テーマについて、真っすぐな言葉で語られる。人と人とが議論をする。いまの言葉で言うと「くさい」会話をする。
 それが少しうらやましかった。いまは「語れない」時代である。ドラマの中で人と人とは話し合わないし、気持ちをなかなか語らない。語るとなぜかウソくさく感じる。
 これもその時代を生きる人々の雰囲気の違いなのだろうか。

 いまさら私などがこんなことを書かなくても、とは思うのだが、連続ドラマ『氷点』が放映された時代といまではテレビ(ドラマだけでなく)を取り巻く状況は激しく変化している。
 簡単に言ってしまうと、テレビは自らの機能を開発し、より優れた便利なモノへとどんどん進歩している。そして進歩することで、視聴者のテレビ離れを誘発してしまっている。
 悪循環である。
 たとえば『氷点』放映当時とまったく違うのが、「リモコン」の出現である。
 リモコンがなかった頃、私たちはいまよりももう少し、チャンネルを変えることに対して辛抱づよくなかっただろうか? いや、もちろんつまらなければ、チャンネルを変えたのだろうが、いまのようにはしていなかったのでは?
 私の子供の頃の記憶では、手動式のガチャガチャと回すチャンネルを、あまり頻繁にいじると親に「壊れる」と怒られたものだ。
(事実、本当に壊れもした。)
 あまりチャンネルをいじると、「落ち着かないからやめろ」とも言われた記憶もある。
 ところが、リモコンの出現以降はどうだろう?
 関わった連続ドラマが放送されているあいだ、私は毎分視聴率のグラフというものを送ってもらう。そこには一時間のあいだ、一分ごとの視聴率の各番組の推移がグラフになっているのだが、それを見ると、視聴者がいかにザッピングしているのかわかって、少し哀しくなる。
 まず、やはり(民放の場合)CMである。CMになると、視聴者はおそらく条件反射のようにリモコンをいじる。見事にそれはグラフに現われている。
(スポンサーの企業の方には申し訳ないが。)
 一通りほかのチャンネルをざっと眺めるのだろう。戻ってきてくれればいいのだが、行った先に「おっ?」と思わせる映像が待っていると、戻ってこない。
 明らかにリモコンの功罪である。座っていた場所からテレビの場所まで歩いていってチャンネルをガチャガチャさせていた時代は、こうではなかったはずだから。
 リモコンだけでなく、それ以降ビデオの出現により、「いま、観なくてもいい」時代に入り、次にテレビ画面はゲームに占領されることになり。つぎつぎとテレビは進歩することで「観ていただかなくてもいい」モノになってしまっている。
 視聴率という存在も『氷点』の頃とは変化したのだと思う。
 もともとは業界内の指標であったはずの視聴率が、いつのまにか一人歩きをし始め、いまや誰でも知っていて当然の情報になってしまっている。子供にすら「ちょっと落ちちゃいましたね」なんて言われる時代である。私の子供の頃は、視聴率なんて存在も知らなかった気がするのだが
 自分が夢中になって観ていた『時間ですよ』とか『太陽にほえろ!」とか、そういう番組はそれこそ八〇パーセントくらいの人が観ていた感覚だったのだが
 いつの頃からか、一般情報として視聴率が流れ始めた。これでも、テレビは自分で自分の首をしめている気がする。もう逃れられなくなっている。
 情報が先行することで先入観が視聴者に生まれる。
「視聴率がいいらしい」=「面白いらしい」
「視聴率が悪いらしい」=「つまらなそう」
 簡単に言うと、こんな図式のように意識が先導されてしまう。
 したがって連続ドラマは、スタートダッシュ以外の成功がなかなかできないでいる。全話の中の構成では、バランスをくずしてでも、第一話にすべての要素や魅力をぶちこもうとする。とにかくスタートで興味をひくために、ありとあらゆることをする。それはもう涙ぐましいのである。
(もちろん私も含めて。)
 相撲でいうと、毎回張り手でつっかかっていく感じである。張り手ばかりでは飽きられるので、ありとあらゆる小技や奇襲をつかって。
「がっぷり四つ」は許されないのだ。それはもう涙ぐましい計算をしているのだ。
(もちろん私も含めて。)
「いいものをつくっていれば、わかってくれる」なんて綺麗ごとは、あまり言いたくない。
 テレビドラマは基本的にその瞬間だけのものである。たとえば映画は、地味な映画が賞をとったりして観客が増えたり、再評価されたりすることはあるだろう。だが、テレビドラマはそれとは違う。「いま」評価されなければ、どうにもならない生きものなのだ。
(まあ、そこが潔くて私は好きなのだが。)
 なんだかくどくどと「いま」のつくり手の愚痴を書いてしまったようだが、それくらい『氷点』の時代と、いまは違う。改めてドラマをビデオで観返してみて、つくづくそう思った。
『氷点』のこの静けさにいまの視聴者はついてこられるのだろうか? ついてこられるというか、「待って」くれるのだろうか? 正直言って疑問である。
 いま、この素材を連続ドラマに料理するとしたら、私はどうしただろう?
 もっと過激に、もっと早くスピーディに、もっと衝撃的に、もっと陰湿に、もっとあおって演出し、過剰に音楽をつけ、あざとく引っ張り。やはりそういうふうにしてしまうのかなと思い、少し哀しくなった。
 観る人のドラマへの意識、そして求めるリズムなぜ、変わってしまうのだろう。いま、自分たちがつくっているドラマも、何十年かすると、違和感のあるものになってしまうのだろうか。「この頃は良かった」そんなふうに思われるのだろうか?
 人は同じスピードで生きているはずなのに。

 改めて『氷点』を観て、反省させられることも多かった。
 いまのつくり手は、視聴者にわかってもらえないのではないか、という潜在的な不信感を持っている。「むずかしい」「暗い」は正直言っていま、あまり受け入れられない。
 この二つは、いつの頃からか、マイナスのイメージのキーワードのようになってしまった。「考える」ことを強いるドラマは、行き場を失いつつある。いったい、いつから、深く考えることを「暗い」という負のイメージのものとしてとらえるようになってしまったんだろう。格好悪いことの代名詞みたいに、なぜなってしまったのだろう。
『氷点』は後半に、芦田伸介演じる院長が、実際に起きた事件、洞爺丸事件の現場にいあわせる(乗船している)という、フィクションとしてはかなり強引ともいえる出来事が大きなプロットポイントとして描かれる。
 洞爺丸に乗り合わせていた院長は結果的には助かるのだが、いままさに沈もうとしている極限状態の船の中で一人の牧師と出会う。数が足りない救命具を決して受け取らず、死を選んでいく牧師と。その出来事が主人公である彼を変える。
 最後に大どんでん返しがあり、ドラマは終焉を迎える。
 これだけ深く、答えの出ないテーマを描きながら、視聴者(大衆)の心を虜にする、娯楽性を持っていることが、このドラマの見事なところである。
 それはどのように計算されたものだったのかは、わからない。ただ、要は志の問題なのだ。視聴者がわかりやすい作品を、と媚びるのではなく、かといって高みに立ったような作品でもなく、視聴者とともに存在するようなドラマ。
『氷点』はそうだったのではないだろうか? と思う。
 だが、現在はどうだろう? 自分を含めて、過去の先輩たちの作品を超えているだろうか? 超えようとしているだろうか?
 自信がない。
 はたして、自分の娘を殺した男の子供を愛せるのかというドラマが、いま連続ドラマで企画が通るのだろうか?
(連続ドラマという娯楽性の高いジャンルであることが私にとっては重要なのである。)
 このような答えの出ないテーマに向かって、私たちドラマ作家は取り組んでいるだろうか。正直言って自信がないのだ。
『氷点』をビデオで観返したのは、今回で二度目である。
 一度目は一九九五年。私は『イグアナの娘』という萩尾望都さん原作の連続ドラマを書くことになり、正直途方にくれていた。原作は「母に愛されなかった子供(娘)」が描かれている。そして、そのことがトラウマのように主人公の心を支配し、鏡に映る自分の姿がイグアナに見えてしまうという話。そして、それは誰もが持つ自分の容姿へのコンプレックスともつながっていて
 限りなく深い原作。ただ原作は四〇ページほどの短篇である。ほとんどオリジナルにドラマをおこさねばならない。
 母と娘の関係を中心に描こうと腹は決めた。子供を愛せない母親と、愛されない子供。しかし、いったいどんなふうに描いたらいいのだろうか? 何か参考になる作品はないのか?
 そんなとき、ふっと(本当にふっと)子供の頃に観た『氷点』を思い出したのだ。そして局に頼んで一気に夢中になって観た。
 そのときに強く思ったのだ。自分もいつか、こんなふうに思い出されるようなドラマのつくり手になりたい。『イグアナの娘』もそんなドラマにしたい。
 そしてもう一つ、ドラマって結構すごいもんだなぁと、思ったのだ。
ふぞろいな人間たち――『想い出づくり』
 私が山田太一さんについて語るのは、おそらく、ロックミュージシャンがビートルズについて語るようなものだと思う。
 必ずしもビートルズに限らないと思うが、たとえば子供の頃、ラジオから流れてきた曲を聴いて、体に電流が流れ、それが後にミュージシャンになる第一歩だとする。
 その曲のつくり手について、冷静に語るのはむずかしい。思いが先走って、客観的には語れない。その曲がどうやって生まれたのか、なぜ衝撃を受けたのか、歴史的にどういう意味がある曲なのか、そういうことを冷静にはなかなか分析できないと思うのだ。
 私も山田さんをリスペクトし続けている書き手の、数多い中の一人だと思う。私自身の作品でいうなら、『彼女たちの時代』というドラマでは『想い出づくり』を、『夢のカリフォルニア」というドラマでは『ふぞろいの林檎たち』を、という具合に
 ただ、誤解しないでいただきたいのだが、同じドラマをめざしたのではない。あのドラマを観て、私が感じたような気持ちを、いまの視聴者に向けて発信してみたい。そんな思いで、書いただけ。
 当然、作家が違えば中身は違うし、時代が違えば、人間も違ってくるはずだ。
 さて、『想い出づくり』である。
 放映は一九八一年。脚本は山田太一。プロデューサーは大山勝美、片島謙二、演出・鴨下信一、井下靖央、豊原隆太郎。役者陣は、森昌子、古手川祐子、田中裕子、柴田恭兵、前田武彦、坂本スミ子、児玉清、佐藤慶、佐々木すみ江、加藤健一、田中美佐。綺羅星のような、スタッフ、キャストである。
 私たち四〇代のドラマ制作者たちが、飲んだときの話題によく出てくるのが、この年である。TBSの『想い出づくり』と、フジテレビの『北の国から』は、同クールだった。
 まだビデオの普及率の低かった時代である。つまり、どちらかを選ばなくてはならなかったのである。なんと贅沢な。まるで究極の選択。
「君はどっちを観ていたのか」
 そんな話で盛り上がる。
(私は『想い出づくり』派だった。)
 連続ドラマの最盛期、つまり、もっともよかった時代だという人もいる。
(それも寂しい話だが。)
 自分たちは、あの頃のような思いを視聴者に与えているのだろうか。そんな思いにさせられる。
 この頃のテレビドラマの書き手たちの充実ぶりが、いま、私たちの世代の脚本家や、制作者を生んだのもまちがいない。なんだか、テレビドラマが輝いて見えたのだ。映画より、小説より。
 山田さんの名前を最初に意識したのは、『高原へいらっしゃい』というドラマだった。
 挫折したり、埋もれたりしている人たちが高原のレストランに集まり、ゼロからのスタートをきる話。それ以来、山田さんの連続ドラマはかかさず観てきた。私の勝手な解釈で一貫しているのは、いまの言葉でいうと「いけてない」人たちのドラマであるということ。「普通の」(という言葉はあまり好きではないのだが)人たちの、心の叫びや、ぼやき、愚痴、よろこび。そんなものを、時には、おかしく、情けなく、そしてせつなく。無理をせずに描いているところが素敵だな、と思うのだ。
「なんでこの人は私の気持ちを知っているんだろう」
 ドラマを観ていて、そんな思いにときどき胸をつかれることがある。それが、笑えるシーンである場合もあるし、女性のセリフだったりもする。そこがすごいところだし、そうなりたいと思うところ。
 いつだったか、脚本家同士でこのドラマの話をしていたときのこと。
(ファン、多いです。)
 どのシーンが一番好きだったか、という話になった。
 驚いたことに見事に一致したのが、ドラマも終盤に近い頃のシーン。主人公たち女の子三人の父親が集まって、娘たちによる結婚式場ジャックという不始末の事後処理について、うなぎ屋で話し合うシーンであった。
 初めは、冷静にというか、普通に話し合っていた男三人が、だんだんもめていくシーン。本音がどんどん出てきて、最後はつかみあいになる。
「田舎のエセインテリが!」
 佐藤慶さんが児玉清さんに言うセリフが好きだった。ただ、そのシーンも、緊迫だけではない。前田武彦さんは、もめているあいだも、
「よそうよ。またなんかこわして弁償だなんてことになったら」
 なんて言っていると、障子を壊してしまって、という展開。絶妙である。
 だが、よく考えてみると、そのシーンについて語っている私も含めた同業者たちは、ほぼ同じ年。つまり、放映時には二〇代である。それが、一番好きだったのが、オヤジたちのシーン?
 そこが山田さんのすごいところだと思うのだ。

 言うまでもなく、このドラマの主人公たちは女の子三人である。
 いま書くと、なつかしい気もするが、女の子はクリスマスケーキと同じ。売れるのは二四まで、二五になると売れ残り。そんなふうに言われていた時代の、適齢期の女の子たち。まわりからは、そろそろ結婚とか言われるし、結婚しかないのかと思うと腹がたつけど、だからと言って、胸をはって言えるそれに代わる何かがあるわけじゃないし、でも、そんなことは何となく認めたくないし、冒険してみたいけど、勇気もお金もないし、もともと慎重だし、臆病だしでも
 そんな女の子たちの、「でも」の話である。
 ドラマはこんなふうに始まる。新宿の雑踏で柴田恭兵演じる、典夫がキャッチセールスをしている。
「旅行なんか行くほう? アンケートなんだけど」
 そこに、主人公三人が声をかけられる。だが、三人は乗らない。慎重なのである。ところが、蓋をあけてみると、すっかりだまされていて
 こんなふうにして三人は知り合う。絶妙の出だし。
 たしかに二五すぎるといきおくれなんて、いまはあまり聞かないのかもしれない。女性が一人でいることに対しても、プレッシャーは弱くなっているのかもしれない。でも、いま書いたような光景は現在でも、そのへんにあるのではないだろうか? 埋もれているだけで。何も変わっていないのではないだろうか? そんな気がするだけで。「普通の」人々の中では
 改めて、全編観直したが、そこにはちゃんと「いま」があった。もちろん、風景や風俗やファッションは「いま」とは違う。でも、彼女たちの心の声の中には「いま」があった。何も変わってない。そう思えた。
 同じようなドラマが、いまもそのへんで起きているのではないだろうか? そんな気がした。
 そしてまた改めて、思ってしまったのだ。私は、私たちは、このドラマを超えられるのだろうか? 二〇年後に、自分たちのつくったドラマを、若い作家たちが語ったりしてくれるのだろうか? それは、二〇年後も色褪せずに観られるドラマになっているのだろうか?
 ちょっと、いや、かなり自信がない。
 このドラマが放映された頃、私は二一歳。現役の大学生である。とくに先行きに夢が強くあるわけでもなく、かと言って、そのまま過ごしていても立派な人生が保障されるようなポジションでもなく、結構鬱々とした日々。さえない日々だったように思う。
 まさに『ふぞろいの林檎たち』の主人公たちのような日々。
 大学にも全然通わなくなって、ドロップアウト(と言うほど格好よくはない、ただ現実から逃げていただけ)寸前の気持ちを思い出す。ドラマの主人公たちは女性だったが、そのあたりの心理が「つぼ」だったのかもしれない。明らかに自己投影して観ていたのだと思う。
 その対象は、女性たちだけではなかった。このドラマのもう一つ、すごいところは、女性主人公たちのドラマでありながらも、男たちのドラマでもあったところ。
 とくに、私のお気にいりだったのが、柴田恭兵さん演じる、典夫。もう、どうしようもない男である。定職にもつかず、キャッチセールスのバイトなんかしていて、まぁいわゆるダメな男である。
 そんな彼が「ちゃんとして」という女の子の声に対して、こんな独白シーンがある。
「それでも俺はききたいね。ちゃんとってぇのは、なんだよ? 本当にちゃんとするってえのはどういうこったよ?」
 このセリフが忘れられない。
 ドラマの中に答えはあったのだろうか?

 最近、どうもテレビドラマに対する風あたりが強い。ドラマそのものの質の低下、スタッフの質の低下といったことなどが毎クールごとに叫ばれる。
(当然、脚本家も含まれます。)
 正直、ここ数年ずっとそう。もう、パンチドランカーみたいになってしまっているくらいである。当事者としては。
 決まって言われるのが、視聴率のためのドラマづくりをしているということ。だが、私の知っている範囲では、そんな取り組みでドラマをつくっている人はいない。
 もちろん、視聴率は番組を評価する一つの座標として与えられているので、当てたいと思うのは当然だし、そんなものなんて関係ない、などと嘯く人は、かえって信用できない。
 メディアも矛盾していると感じるときもある。視聴率のためのドラマづくり(たとえて言えば、人気者を集めればいいと思っているというような)について、批判しているかと思うと、同じメディアで「低視聴率! 打ち切り!」「**の俳優生命も終わりか!」なんて記事が載っていたりする。
 なんか釈然としない。
 むかしも、たしかに名作はたくさん生まれたけど、つまらない、ダメなドラマも死屍累々としていたんじゃないのかなぁ、などと思ってしまうのだ。いまがそんなにダメなのかなぁと。
 ただ、以前、現役の仲間たちの発言で、「いまはドラマがつくりにくい時代」とどこか匙を投げたようなものがあったのだが、これは違うような気がする。
 ドラマがつくりにくい時代なんてあるんだろうか?
 それはまちがっているような気がする。
 人が生きて、考えて、悩んで、恋をして、傷ついて、そして死んでいく限り、ドラマはあるはずだ。一○○パーセントの楽園に、いまがなっているならば、ドラマがつくりにくいというのもわかる気がするが、そんなことはないわけだから。
 なんだか、愚痴っぽくなってしまったが、自作を含めて、最近のドラマを観ていて、思うことが一つだけある。
 人の暮らしが出てこないなぁということ。
 暮らし、もしくは生活というのは、ただ単に家での日常が描かれたり、食卓のシーンがあればいいというものではない。
 また、仕事場が出てくればいいというわけでもない。いまは職業物のドラマが隆盛なのだが、これなども、どこかイビツな感じがする。職業は職業であって、すべてではない。医者は医者でしかなく、人として描かれているものが少ない気がするのだ。もちろん、病院以外のシーンがあればいいということではなく
(そのあたりが何とも表現がむずかしいのだが。)
『週刊文春』での、大先輩、大山勝美さんの発言によると「つまらない人間のつまらない日常を、いかに面白くリアルに描くか、これがテレビドラマの役割なんです」「人生は哀しいし、苦しいし、泣きたくなる。その機微をリアルに示すために、作り手たちはのたうち回りながら悩みました」。
 この発言を読んだときは、シュンとしてしまった。たしかにいまのドラマはそこを避けているのかもしれない。
(もちろん自分も含めてだが。)
 全部が全部、そういうドラマでなくても別にかまわない。荒唐無稽な話も、キラキラしたラブストーリーも必要。だが、人を描くドラマもやっぱり必要なわけで、そのための闘いを、私たちはしてないのかもしれないと。
 で、『想い出づくり』である。
 大山さんの発言を読んだあとに、このドラマを読み返し、観返してみると、まさに「つまらない人間のつまらない日常を、いかに面白く描くか」がなされているのが、よくわかる。
 特別な人間は一人も出てこない。ヒロイン三人も、その周りの人たちも
 実家は洋品店で一人娘、親の反対と心配を押し切って、一人東京に出てきたが、職業はロマンスカーの売り子。彼氏なし。
 実家は下請けの町工場で、父母、そして出来の悪い不良気味の弟と同居。仕事場はロッテの工場で、親は取引先からの見合い話を断れなくて
 福島の実家には、役所勤務の真面目で面白みのない父と、母、兄がいてそこにはお嫁さんが同居していて、母と折合いが悪くそんな彼女は、中堅の会社で、お茶くみなんかしている。
 そんなヒロインたちである。
 絶望するほど、ひどい暮らしをしているわけではないし、生死にかかわるようなドラマを背負っているわけではない。が、特別ではない人の特別ではない人生が、実に面白く描かれているのだ。
 そこに圧倒されてしまう。
 女性として新しい生き方をするわけでもなんでもない。結婚する前に、なんか想い出つくりたい、その程度の夢を持っている娘たちの話なのである。
 当然。恋愛も登場するが、その華やかでないこと。
 一人は、詐欺まがいの仕事をしている男とすったもんだの末、結ばれ
 一人は、親の勧める、俗物を画に描いたような、見合い相手と。ずっと嫌だ嫌だと言っていたのに、結局は結ばれ
 一人は上司に勧められた見合い相手を、そんなに悪くないかもと思うのだが「処女じゃないと嫌だ」と言われでも根津甚八が好きだと言っていた彼女は、根津甚八そっくりな男と結ばれるのだ。
(ここにはちょっと夢がある。)
 その登場人物の中で、出色なのが、森昌子さんの見合い相手役、加藤健一さんの役どころである。
 青森で、裸一貫からガソリンスタンドや食堂などを経営するまでになった男。方言まるだしだし、いい男でもない。よく描かれる、地方の実直で真面目な人ではなく、「金ならなんぼでもだすよ」などと発言する人物である。
 見合い相手の森昌子を気に入り、あとは、押しの一手、しかも物量作戦である。親にプレゼント攻撃。不良の弟の面倒までみて、もう来ないでと言われても何度でもやってくる。
「僕と結婚すれば、金の苦労はさせない」
 そう胸をはって宣言する人物。
(それにしても、このドラマで初めて観た、この役の加藤健一さんのインパクトたるや。夢に出るほどだった。)
 いまのドラマでは、ヒロインがこのタイプの男と結ばれるなどという展開は、ほぼありえないであろう人物である。でも、魅力的なのだ。初めはヒロインと同じ目線で、絶対嫌だと思うのだが、だんだん否定できなくなってくる。憎めないというか、かなわない気がしてくるのだ。
 この人物の描き方などは、何度観ても、私はうなってしまう。ただうなるしかないという感じなのである。
(まあ、ファンなので仕方ないかもしれないが。)
 見事だとしか申し上げられない。
 そして、もう一つ、このドラマが名作だなと思うところ。
 それは、答えのないところである。
 私の中で名作と思えるかどうかの基準の中で、これは重要なポイントである。答えのないところ。
(私ごときがそう思っているだけなので、たいしたことではないが。)
 ドラマの中で、こうあるべきだ、と教えられたくないのだ。どうして、そんなことが、あなたは自信を持って言えるのか、それだけで作者を信用できなくなってしまう。
 答えなどない、それは視聴者一人ひとり違うはずだ。説教臭いドラマではダメなのだ。
 そして、もう一つは、むずかしいことをむずかしく描かないこと。むずかしいことを、むずかしく描くのは言ってしまえば簡単なことなのだ。それはテレビの役割ではないような気がする。
『想い出づくり』は、笑えるのだ。コメディだというのではない。笑わせようとしているのではないところで、笑える。これは素敵なことだと思う。だが、むずかしい。
 先に、柴田恭兵さんのセリフを書いた。
「それでも俺はききたいね。ちゃんとってぇのは、なんだよ? 本当にちゃんとするってぇのはどういうこったよ?」
 ドラマの中に答えはあっただろうか?
 答えはない。
 彼女と結ばれた彼は、一見ちゃんとして車の修理工場で働いて、子供もいてどうやら、それでもすぐ「仕事やめたい」としょっちゅう言っているらしい。
 それは「ちゃんとした」ということなのかどうか。彼はそれで幸せなのかどうか
 その答えはない。なぜなら、そんなこと誰にもわからないから。
 どうすれば、こんなドラマが書けるようになるのだろうか?
 山田太一さんの一ファンである、若輩の脚本家は途方にくれる。そんなドラマである。
記録より記憶に残るドラマ――『傷だらけの天使』
『傷だらけの天使』は連続二六回。一九七四年一〇月から一九七五年三月まで日本テレビで放映された。
 レギュラーは、萩原健一、水谷豊、岸田今日子、岸田森、西村晃、ホーン・ユキ。脚本は、市川森一さんをはじめ、数多くの方がかかわっている。柴英三郎、大野靖子、鎌田敏夫、永原秀一、宮内婦貴子、柏原寛司、渡辺由自、高畠久、峯尾基三、山本邦彦、大野武夫、篠崎好、田上雄の各氏。
 プロデューサーは、清水欣也、工藤英博、磯野理。演出は、深作欣二、恩地日出夫、神代辰巳、工藤栄一、児玉進、鈴木英夫、土屋統吾郎。
(余計なことかもしれないが、全員の名前を書かせていただいた。私もドラマスタッフとして経験があるが、「****ほか」と書かれるほど嫌なことはないので。本当、「ほか」は失礼だと思うのだ。)
 これほど、語られることの多いドラマはめずらしいのではないだろうか? そして、これほど作り手にいまの「傷だらけの天使」をやりたい、そう思わせるドラマもめずらしいのでは?
「傷だらけの天使」的なものを目指して、数々のドラマや映画がつくられてきた。だが、正直言うと、あまり成功した作品を私は知らない。気持ちはわかるのだ。「傷だらけの天使」をやりたいと思う気持ちは。
 でも私は絶対に手を出さずに来た。何となく、かなわない気がするのだ。失敗する予感がする。超えられない気がする。男二人の、兄貴と弟分的な関係。ドラマにそれがあるだけで『傷だらけの天使』っぽくて、恥ずかしくて書けない。それどころか「傷だらけ」「天使」という言葉をタイトルに入れることすらできない。
 それくらい大きな存在なのかもしれない。私にとっては。神聖なものといってもいい。
 放映時に思春期だったつくり手は、飲むと必ず「あぁいうのがやりたい!」と熱く語る。脚本家も、演出家も、役者も。あの頃、ワクワクしながらブラウン管を見つめて、格好よさにしびれていた人で、映像のつくり手になった人ならみんな、そう思うはず。
『傷だらけの天使』はみんなが観ていると思っていた。人気ドラマだと勝手に思い込んでいた。だが、必ずしもそうではなかったらしいのだ。
 脚本集『傷だらけの天使』での市川森一さんのあとがきによると

『傷だらけの天使』は、テレビ界のどんな賞も、もらわなかった。視聴率も、最後まで二〇パーセントに届かなかった。

 それにも関わらず、自作の中で、これ程、いつまでも、人々の囗の端にのぼる作品を、私は、他にもたない。(中略)しかし、その一方では、あのくらい評判の悪かったシリーズもめずらしかったのだ。

「ふざけ過ぎている」「下品だ」「ストーリーが判らん」「テーマがない」等々の風評に絶えずさらされていた。

 
 と、いうことだったらしい。まさに記録ではなく、記憶に残るドラマだったということだろうか。
 みんな、何にそこまで惹かれたのだろうか。
 まず、何と言っても「格好よさ」なのだと思う。それほどまでに、このドラマの格好よさは衝撃的だった。いままでのテレビドラマではないもの、観たことのないものが始まる。観ている側にも、そんな高揚感のようなものがあった気がする。
「格好よさ」といっても、単純なヒーロー像が持つ格好よさではない。弱い、なさけない、つまり「格好悪い、格好よさ」なのである。
 この主人公像は、それまでのテレビドラマでは観られなかったものだったのではないだろうか。
 まずは、タイトルバックの格好よさが強烈だった。
 いきなり「傷だらけの天使」という白字のタイトル。
 革ジャン着て、でっかいヘッドホンをして、アイマスクがわりに水中眼鏡? をつけたショーケンが眠っている。
 むっくり起きて水中眼鏡をはずす。
 テーマ曲が始まる。
 小さな冷蔵庫をあけて、朝食になりそうなものを取り出す。
 トマト、ソーセージ、コンビーフ、牛乳、etc。
 トマトを丸かじりし、次にトマトにおもいきり、塩をかける。
 クラッカーを一枚食べて、今度はコンビーフを缶のまま、食べる。
 トマトをまた一口食べたあと、新聞を手に取り、読むのかと思うとエプロン代わりに、襟元に突っ込む。
 そして、トマト。
 今度は、ソーセージをビニールごとくわえて、歯であけて、ペッと吐き出す。
 汚れた手を新聞紙でふいて
 壜の牛乳の栓を囗であけて、そこらに捨てる。
 そして牛乳を飲む。
 最後にカメラ目線になって、コンビーフを食べて、牛乳。
 ストップ。

 以上が、『傷だらけの天使』の冒頭に出てくる、タイトルバックである。この一連の動きの中に、ショーケンの白黒写真がインサートされる。
 克明に覚えている。おそらくタイトルバックをこれほど克明に覚えているドラマは、これっきりだと思う。
 まさに、その食べ方は下品で貧しく、でも格好よかった。よく真似したものだ。ただしコンビーフの缶をあけての直喰いは、かなりおすすめできないが。
 このタイトルバックを観ると、当時ショーケンこと萩原健一がいかにスターだったのかよくわかる。いま、タイトルバックに主人公一人というドラマはほとんど見られない。

 放映時、私は中学一年から二年。よって、このドラマのストーリーをどこまで理解していたかは、かなり怪しい。
 一応、主人公は探偵(かなり下っぱ)ということにはなっているが、事件物ではない。
 展開する、ダークでアンダーグラウンドな世界は、まだ私には理解できていなかったような気がするのだ。だが、「格好悪い、格好よさ」に心をつかまれたのだと思う。
 タイトルバックを含め、細かいディテールを実によく覚えている。
 主人公の暮らす、代々木の雑居ビルの屋上にあるペントハウス。その部屋の中。髪形、服装。すべてに憧れた気がする。そういえば友達と代々木まで、そのビルを探しに行ったこともあったし、一度は屋上のペントハウスに住んでみたいと思ったものだった。夏の暑さと冬の寒さはかなり厳しいらしく断念したけど。
 そういうテレビドラマはほかにない。いまも見当たらないのでは? それは私がいい大人だから感じないのだろうか?
 ドラマを観ている中学生などが、かつての私のように憧れ、真似したりしているのだろうか?
(同じ服を探して買ったり、ということはありそうだが。)
 後に松田優作の『探偵物語』というドラマが登場するのだが、そのときには思春期も過ぎ、結構大人になっていたので、無邪気に憧れたりは、もうできなくなってしまっていた。中学生だった私に、生まれて初めての「格好悪い、格好よさ」を教えてくれたのが、このドラマだった。それまでのテレビドラマのヒーロー像とは明らかに違っていたのだ。
 ハリウッド映画における、アメリカンニューシネマの役割を、日本のテレビドラマの中ではたしたのが、『傷だらけの天使』だったのではないだろうか? 私は映画青年でも何でもなかったので、ニューシネマ作品の『イージー・ライダー』や『真夜中のカーボーイ』などを観たのは、ずいぶんあとになってからで、『真夜中のカーボーイ』を観たときには、『傷だらけの天使』みたいだなあと、思ったものだった。
 主人公の社会での位置。弱さ、情けなさ。正義の味方でないところ。そして最後にやってくる、あまり救いのないラスト。『傷だらけの天使』は私にとってニューシネマの役割をはたしてくれたのだと思う。
 ラストシーンのインパクトは、ニューシネマの作品群など問題にしないできだと思う。それくらい強烈だった。しばらく、どうしていいかわからない気持ちになったのを覚えている。
 このラストシーンも真似すると、痛い目にあう、でもやりたくなる。

「長嶋茂雄引退、ハイセイコー引退、傷だらけの天使最終回」
これが、連続ドラマ『傷だらけの天使』最終話「祭のあとにさすらいの日々を」に向けての予告編についていたナレーションである。
 改めてビデオで観返してみて、驚いた。記憶には残っていなかったから。予告にナレーションという手法は最近見ないものであることもあるが。
(当時はどうだったのだろう? あまりなかったのでは?)
 驚いたのは、その内容。長嶋にハイセイコーである。それと自ら肩を並べる宣言。もちろん、シャレなのだろうが、ちょっと羨ましくなった。つくり手たちの「自分たちは歴史に残る作品を、忘れられない作品をつくったのだ」という自負のようなものを感じたからだろうか。
 そして、実際そういう作品としていまも語られているのだから、それは素晴らしいこと。
 こんなふうに語られる作品に、生涯一本でもかかわれたら、幸せだと思う。

 ビデオで観返してみて気づいたのが、この作品の音楽の素晴らしさ、格好よさ。井上堯之さんと大野克夫さんのつくった劇伴のこの格好よさは、ただごとではない気がする。
 テレビドラマにおいて、音楽が耳に残っているというか、完成されたものは、ほかに知らない。
(いまのように主題歌というかたちで一人歩きするものではなく、あくまで劇伴で。)
 あえて言えば『太陽にほえろ!』劇伴だろうが、これも同じ音楽スタッフの仕事である。
 井上さん、大野さんは、ザ・スパイダースのメンバー。主演のショーケンこと萩原健一さんは、ザ・テンプターズ。このGS世代の人たちの才能はすごい。当時のショーケンやジュリー(沢田研二さん)の人気というのは、いまでいうと、どんな感じだったのだろうか。匹敵するのは、やはり、キムタク(木村拓哉君)ぐらいなのでは。一挙手一投足が注目され、ファッションリーダーでもある、つまり生き方の注目のされ方が近いのは、木村君ぐらいだろうか。
(ここで、いや、そんなもんじゃないというと、急にオジサン臭くなるので控えておきますが。)
 そして、もう一つビデオを観て、感じたこと。
 これは、少し書きにくいのだがストーリーが、あまり記憶に残っていなかったことに、少し驚いた。何となく、ミステリー小説の、アメリカン・ハードボイルドに似ている。アメリカン・ハードボイルドのシリーズも、正直言って、物語の記憶はあまり残らない。
(私だけではないはずだと思うのだが。)
 ストーリーよりも主人公のありよう、暮らし、言動そこが記憶に残っている。
(脚本スタッフには、非常に申し訳ないし、怒られてしまうかもしれないが。)
 まず、私が当時中学校一年から二年という年齢だったこともあるかもしれない。背伸びしてわかったような顔して観ていたのだろう。だが、どこまで理解できていたかは、かなり怪しい。
 それにしてもなのだ。記憶に残っていた場面は、たくさんあった。だが、物語となるとなのだ。
 そもそも実は主人公の設定が、テレビドラマ的には、わかりやすくない。そして、これまたテレビドラマ的にいうと共感されにくい。
 主人公は調査会社の下請け? というか、使い走りに近い存在。まぁ探偵っぽい仕事でなくもないのだが、そこにそもそも正義はない。岸田今日子さん演じる、綾部貴子が経営する調査会社の存在はかなりうさんくさく、闇の世界にも通じている空気が漂っている。したがって、主人公にくる仕事も、かなり、うさんくさい。
 これっぽっちも、世のためや、誰かのための仕事ではないのだ。それどころか、主人公は、調査会社にとっては、捨て駒。途中でどんな危険な目にあおうが、下手して死のうが気にしない。それくらいの存在。
 爽快さのかけらもないのだ。
 雰囲気はハードボイルドなのだが、どこか違う。主人公は一見自由に生きているのだが、組織からは逃げられない。むしろ寄生虫的存在なのかもしれない。決して格好いいアウトローではない。
 危険な仕事をだまされるかたちで行ったあと、もう二度とあそこの仕事はしない、と宣言するが、それを受けるしか生きる術はない。かなり弱っちい虫けら、都会のネズミなのだ。
 だがだが、そんな何の力もない、正義もない主人公たちも、闘うときはある。上(会社)にたてついても、小さな闘いを挑む。
(その場合も、綾部さんの手のひらの上である場合が多いのだが。)
 そんな物語である。テレビドラマ的には共感されにくい主人公だし、共感されにくい物語。後味も決してよくはない。
 だからこそ、格好いい?
 そんな主人公のありようにはどんな意味や思いがあるのだろうか?
 主人公は、まっとうな社会の一員ではない。かといって夢物語の格好いいヒーローのように社会から超越した自由な存在でもない。ある意味、ものすごく現実的な存在なのだ。落ちこぼれてはいる。はみ出してもいる。でも決して、まっさらな自由、組織や社会に背を向けては生きられない。大切なのは自分。やりたくないことも、嫌というほどしないと、生きていけない。
 でも最後の抵抗、最後の自由は持っている。それは反権力とか、正義とか、復讐ではない。あるとすれば、人情。義理人情。そこだけは、せめてゆずれない。
 そんな主人公のありよう。それが七〇年代中期の、空気みたいなものなのだろうか? 闘いの季節は終わり、それぞれ、みんな現実の中で生きるしかない。自由なんて夢もそうは見られない、そんなあきらめ。
 そんな時代の空気を、勝手にドラマの中に感じてしまうのは、学生運動の季節にかすりもしなかった世代の、ファンタジーなのだろうか? でも、やはりそんな気がする。
 あのときの、あの時代の、あの役者、あのスタッフ。だからこそ成立する、奇跡的に生まれた微妙な空気感。バランス。それまでのテレビドラマとは違うことをやろうとする勢いから出る、格好よさ。
 そんなドラマもあると思うのだ。だから真似はしない方がよい。というところに、繋がるのだが
 少なくとも、かたちから真似しない方がいい。本当の意味での、「傷だらけの天使」をいま、つくりたいのなら。いまの「傷だらけの天使」をつくりたいのなら、精神だけを引き継ぐべきだ。すると、おのずから萩原健一版『傷だらけの天使』とは、似ても似つかないものになるはずだし、でないと嘘だ。だって『傷だらけの天使』は三〇年も前に、もうやられてしまっているものなのだから。スタイルを模倣することは、精神をゆがめることにすら、なると思うのだ。
『傷だらけの天使』的なドラマや映画は数多くつくられてきたが、どれもピンと来ない。いま述べた意味でいうと、いまの「傷だらけの天使」は、宮藤官九郎脚本の『木更津キャッツアイ』くらいしか思いつかない。
 さて、『傷だらけの天使』といえば、なんといっても最終回。
 連続ドラマの最終回というのは、大抵の場合(自作含む)どうもすっきりしないというか、無理矢理終わらせた感がぬぐえないもので、実はドラマを語るときに、みんなの記憶にあるのは、最終回ではない場合が多い(と思う)。
 だが、このドラマはその正反対。それほど強烈なラストシーンだった。
 綾部事務所が突然閉鎖し、みんな行方不明になり、事務所の持ち物であった、ペントハウスも壊されることになる。みんな、バラバラに夢の終わり。
 主人公の修は、行き場もなくプラプラしていると、弟分の亨がゲイバーのアトラクションボーイをしているのを見る。綾部から修だけ欧州に連れていってやると言われ、弟分を捨てて逃げるつもりだった修だが、亨はひどい風邪から肺炎になり、死んでしまう。
 修はリヤカーにドラム缶をのせ、その中に亨を入れ夢の島へ
 そこに、亨の入ったままのドラム缶を残し、リヤカーをひいて、逃げるように去っていく修。
 それがラストシーン。
 この言葉にしてみると、伝わらない気がするが、こんなに寂しく、救いもないテレビドラマのラストシーンは初めて観た気がした。
 眠れなかったのを覚えている。どう解釈していいのか、わからなかったのだと思う。いまもわからない。
 だから格好いい。
 次の日の中学校の男子生徒たちは、ドラマの最終回のことで、もちきりだった。だが、誰もみんなが納得できる解釈を披露できなかった。
「格好よかったなぁ」「終わっちゃったなぁ」――それがほとんどの回想。でも、だからこそ、おそらくみんなの記憶の中にいまも残っている。
 こんなドラマがつくれたら、素敵だと思う。本編の最後に、おまけ(提供バックか?)映像がついていたのもビデオで発見した。おそらく放送時はドラマの衝撃的なおわりの余韻の中だったのだ。
 ドラマのクラックアップの瞬間。喜ぶショーケンを残してロケバスは去っていく。「冗談じゃねえよ」と言いながら追うショーケン。
 これがオマケ。うれしい発見だった。
 素敵なスタッフに乾杯。
大人の青春ドラマ――『金曜日の妻たちへ』
 金曜ドラマ『金曜日の妻たちへ』は、TBS系で一九八三年に放送され、翌八四年『金曜日の妻たちへⅡ 男たちよ、元気かい?』が、さらにその翌八五年に『金曜日の妻たちへⅢ 恋におちて』が放送された。
 言わずと知れた「金妻」シリーズである。脚本は三作とも鎌田敏夫。これ以降、類似系の「いわゆる不倫ドラマ」がいくつも制作され放送されてきたが、本家である「金妻」シリーズを超えたものはないと思われる。
 さて、それはなぜ?
 まずは、何と言ってもタイトルの秀逸さが光る。『金曜日の妻たちへ』――金曜ドラマという枠で、このタイトルをつけた人に拍手。
 金曜なのだ。当然、月曜でも土曜でも日曜でもない、週末黄昏、終焉の近さ、最後の祭りのような淋しさ。そのほかにも人それぞれにイメージを喚起するであろう『金曜日の妻たちへ』というタイトル。見事である。
「金妻」というふうに略されることを計算していたかどうかは不明だが、それにしても見事である。
(このドラマをきっかけにして、『ロングバケーション』が「ロンバケ」と略されたこともあり、略されて親しまれるとヒットするという、ジンクスのようなもの? まで生まれたのだ。)
 ドラマ制作に携わる者は、略されて言いやすい方が当たるなどと、結構本気で考えていたりするのだ。タイトルをつけるときに、略してみたりしてなかなか涙ぐましいのである。
(もちろん私も含めて。)
 それにしても、なぜ、みんなこのドラマに「はまった」のだろうか?
 調べてみると、このドラマがきっかけで不倫ブームが起こり、などと書かれていて、それはさすがに、どうなのだろうかという気がするが、これだけ都会的でオシャレ(死語ですが)に不倫が描かれたのは初めてだったのではないだろうか? 不倫という言葉の持つイメージから解き放たれてしまった? のかもしれない。それがいいことだったのかどうかは置いておいて。
 三作の中で「金妻」のイメージを決定的にしたのは、三作目の『恋におちて』ではないだろうか?
 登場人物たちのライフスタイルに憧れた人も多かったはず。都心ではなく、横浜近郊の田園都市線のニュータウンでの暮らし。そのうちの一軒のテラスで開かれるホームパーティー。一軒一軒の家も素敵だった。
「不倫」が描かれる(テーマではない)ドラマは、つまり幸せな家族が描かれるわけではないのに、そこに憧れるというのもなんだか不思議な話ではあるのだが。初めて日本において、郊外の暮らしが素敵に描かれたドラマだったのかもしれない。
(私もちょっとは憧れた。)
 田園都市線の、「たまプラーザ」や「あざみ野」といった住宅地はいまも人気の高い場所であるという。ガーデニングのブームなどの根っこも実はこのドラマにあるのでは、と思ってしまうのだ。また毎年クリスマスになると話題になる、郊外の家の派手なイルミネーションなども
 それぐらい、このドラマの持った(持ってしまった)影響力ははかりしれないものがある。
 そして、また、複数の男女の恋愛模様を描くという、いまでは当たり前のようになっているドラマのつくりにおいても、当時は革新的だったのではないかと思う。

「不倫」という素材を描きながら、過去の「昼メロ」「よろめきドラマ」といった作品とはまったく異質な匂いをはなち、人々に支持されたこのドラマ。
 まず「不倫」という恋愛の描き方が根本的に違う。このドラマは「不倫」を単純な悪や、ドラマの道具として描いていない。
(もちろん肯定しているわけではない。)
 ひたすら、切ないのだ。
 不倫する人間も(つまり家庭ある人を愛してしまう人も、家庭があるのに、愛してしまう人も)不倫される? 人間も、ひたすら、切なく、痛い。胸がしめつけられるほどに
 脚本家の鎌田敏夫さんは、シナリオ集『金曜日の妻たちへ』の「あとがき」に次のように書いている。

 切ないドラマを作ろうと思った。
 悲しくて泣くのでもなく、可哀そうだと同情して泣くのでもなく、切なくて泣くドラマを作ってみたいと思った。
 現代の家庭の状況を描こうとしたのでもない。ある世代の生きざまを描こうとも思わなかった。ただ、切なくて泣くドラマを作ってみたかった。
 でも、切なさとは一体なんだろう?
 考えてみると、生きること自体がひどく切ない。いつか死ぬことが分かっているのに、人間は一生懸命生きようとする。そのことが、そもそも切ない。
 自分というものが、自分でもよく分からないことが切ない。本当の自分というものを分かっている人は少ない。分かっているつもりで、少しも分かっていないのが自分なのだ。
 真っ直ぐ歩いて行くつもりなのに、何故か横にそれてしまう。曲がってはならないと分かっていながら、何故か曲がってしまう。行ってはならない場所に、また行ってしまう。
 自分とは一体なんなのだろう?
 恋をして、人が切なく感じるのは、日頃分かっていたはずの自分のなかに他人を発見するからだ。自分が自分で思うようにならない、それはひどく切ないことなのだ。

 少々長い引用になってしまったが、なんと優れた文章だろう。脚本家をめざしているときに、この「あとがき」に出会った感動は忘れられない。
 それ以来、ときどき仕事で迷いこんだときに読むほど。テレビドラマのあるべき姿の一つが、ここにはある気がする。
 こうも書かれている。

 子供は、親の生きかたに影響されて育っていく。ある意味で親の人生を背負いこむことになるのだ。自分の人生が自分だけのものではない、そのことがまた切ない。
男と女、親と子供、男と男、女と女、すべてが夫々に切ないのだ。それを描いてみたかった。

 つまり『金曜日の妻たちへ』は「いわゆる不倫ドラマ」などではなく、人間のドラマなのである。それでこそ、あの感動が生まれるのである。
 そして私は思うのだ。『金曜日の妻たちへ』は、実は青春ドラマなのではないかと。
 恋愛ドラマだ、青春ドラマだ、というジャンル分けに意味があるとは思わないが、『金曜日の妻たちへ』は上質の青春ドラマの香りがする。登場人物たちは、いわゆる青春ドラマに登場してくる年齢ではないのかもしれないが、描かれているのは、青春ドラマの世界である。自分に、自分の生き方に、自分自身に悩み、そして恋に悩む。まさに青春ドラマ。
(そんなふうに言ったら、全部青春ドラマじゃないかと言われたらそれまでだが。)
 極論すれば、「不倫」が先にありきではなく、登場人物の年齢が設定されたときに、「不倫」が登場してくるのだ。主人公が高校生に設定されたときに、進学や就職が登場するのと同じように。それぐらい、このドラマにおける「不倫」の描き方が自然である。
 そして青春ドラマというのは、描かれている世代だけが感動するものではない。そこを、通り過ぎてしまった世代は、その世代なりに。これから、そこへ向かっていく世代は、興味と憧れを持って。自分の世代と関係なく、感情移入し、感動できるのが優れた青春ドラマだと思う。『金曜日の妻たちへ』は、まさにそんなドラマである。
 この三作が放映された当時、私はまだ二四歳から二六歳。このドラマの登場人物たちの思いが、わかる年ではない。
 いま、四四になって観てみると、どうなのか。違う思いで、切なくなるのだろうか? あまり登場人物たちの気持ちや行動がわかるとは書きにくいが、きっと、観ていたあの頃とは違う場所で泣き、違う場所で考え込んでしまうのだろう。それが楽しめるのが優れたドラマだと思うのだ。
 いま、連続ドラマはどんどん若者向けに、いつのまにかシフトしてしまった。『金曜日の妻たちへ』のようなドラマは制作されにくくなってしまっているのかもしれない。当時の古谷一行、小川知子、いしだあゆみ、篠ひろ子といった人たちと同じ年齢で連続ドラマの企画が成立するかというと、かなり疑問である。それは、三ヵ月ごとに始まる、連続ドラマのラインナップを見れば明らかである。
 だが、いつの日か、私もこんな大人の青春ドラマを描いてみたいと思っているし、ひそかに計画を潜行させている。
 私にとっては、うらやましくも、憧れであり、目標にしているドラマである。

 TBS系の連続ドラマ『金曜日の妻たちへ』は、三シリーズある。
 第一作目の『金曜日の妻たちへ』が放送されたのが、一九八三年。翌八四年には、第ニシリーズが放送され、さらにその翌年には、第三シリーズが制作放送されている。
 一年一本。三年で三シリーズ。
 これは脅威のハイペースである。
 いまとは制作体制の違いがあるのだろうか? いくらヒットしたと言っても、いまの体制では不可能な気がする。
 いまの連続ドラマの体制で言うと、たとえばある連続ドラマが話題になったとする。だがその早い段階で続編、パート2など決めたとしても、実現するのはだいぶ先のことになる。しかも、この「金妻」シリーズが三本続くあいだには、山田太一さんの『ふぞろいの林檎たち』と、その続編の『ふぞろいの林檎たちⅡ』も「金妻」にはさまれるかたちで、放送されている。
 まさに、TBSの金曜ドラマ、通称「金ドラ」の絶頂期だろうか。
(後に「金ドラ」で、あまり興行的にはよろしくない作品を書いている私が偉そうに書くのはなんだか、申し訳ないのだが。)
 それにしても、三年で三本というのはすごい。連続ドラマがこのように、続くのはめずらしいことではないだろうか?
 続編でもパート2でもなく(その方が簡単だという意味では決してなく)、同じ年代の男女の、特別ではない人たちの集団恋愛ドラマを書き続けるのは、並大抵のことではない。
 ふと思うのだが、もしこの頃に、いまのようにブームになったテレビドラマが映画になるというスタイルがあったとしたら、
『金曜日の妻たちヘ ザ・ムービー』
 あっただろうなあ。大ヒットしていたに違いない。
 この「金妻」のドラマ界に残した功績はたくさんある。
 その一つは、いまでは当たり前になっている、集団恋愛劇というスタイルを、ある意味確立したところにある。このあと、このスタイルは同じく鎌田敏夫さん脚本の『男女七人夏物語』へと続き、それが、その後のフジテレビの、いわゆる「トレンディドラマ」へと続いていく。その、恋愛集団劇の基本形をつくったと言っていいと思う。
 もちろん、それ以前にも、複数の男女の群像劇もあっただろうし、「金妻」が初めてやったことではないのかもしれない。
 だが、何かが違うのだ。
 この「金妻」シリーズに出てくる登場大物たちは、特別な人たちではない。かといって、わざわざ小市民的に描かれているわけでもない。いわゆる、中の中と、中の上のあいだくらいの層だろうか?
 実は、この層はテレビドラマでは、あまり登場することのなかった層なのだ。よくあるパターンとしては、お金持ちの世界や、あえて庶民であることをアピールする描き方が多い。
 なぜかというと描きやすいから。お金持ち=成功者、つまり人も羨む生活をしている人だが、実は不幸。実は寂しい。豪邸に住んでいるけれど、実は家族のあいだに愛はない。
 そして、その逆。家も小さいし、着ている物だって質素だけど、そこには愛がある、暖かい人の暮らしがある。
 こういう構図はわかりやすく、つくりやすいし、共感されやすいのだ。
「金妻」に登場してくるいわゆる不倫というものも、だから、前者のドラマに登場することが圧倒的に多かったのではないだろうか。
 あんまり、下町の商店街の集団恋愛劇、しかも不倫話っていうものをドラマでは観たことがないような気がする。
(いま書いていて、ちょっと面白そうな気がしてきてしまったが。)
 ようするに、悪い言い方をすれば、ドラマを盛り上げるための材料でしかなかったと思うのだ。つまり、欲をかくと失敗するし不幸になる、という材料として。
 だが、よく「金妻」シリーズのせいで「不倫」という言葉がオシャレに使われるようになったなどという人がいるが(それは大抵の場合、嘆かわしいというニュアンスで使われる)、それは違うと思う。もちろん二次的な影響として、そういう傾向が派生してしまったことはたしかかもしれないが、つくり手たちの意図はそんなところにはないはずだ。
(余談だが、「金妻」シリーズⅢの主題歌である『恋におちて』。この曲を友人の披露宴で歌ってしまい、顰蹙をかったという人の話を聞いたことがある。それはどう考えても、まずいでしょう。たしかに恋の歌ではあるが、あれは明らかに不倫ソングなのだから。なにしろ「♪どうしても囗に出せない願いがあるのよ。土曜の夜と日曜のあなたがとてもほしいから。ダイヤル回して手をとめた」なのだから。まぁ、そんな珍現象も起きたのはたしか。)
 むしろ、オシヤレに描くということではなく、ドラマの中で都合よく使われていた「不倫」というものに正面から取り組んだドラマだと思うのだ。
「不倫」してしまう人の気持ちも。つまり家庭がありながら、違う人を愛してしまう人の気持ちも、相手に家庭があるのがわかっていても、愛してしまう気持ちも丁寧に描かれている。同様に「不倫」されてしまった人の気持ちも、である。両方がきちんと描かれている。
 そして作者はそこに答えなど出していない。
「不倫」を愛憎劇ではなく、心の痛みのドラマとして描いていることに、このドラマのすごさがある。だからこそ、人の心をつかんで離さなかったのだ。
 そして三作とも、キーになるのが、かつての恋人。かつて愛した人との再会が、ドラマを構成しているのだ。
 ここが、よくある不倫ドラマと違うところなのだ。
 このドラマに登場してくる人物は、常識人なのだ。恋多き男女の話などでは決してない。会社で上司が若いOLと、というような、不倫ではないのだ。
 そういうことは、このドラマに出てくる人物たちは、ちゃんとパスしてきた人たちなのだと思う。そして、ある程度の社会的地位も、ある程度の生活も手に入れ、ちゃんと守ってきたし、守っていくだろう人たち。
(小さな波風くらいはあったにしても、だ。)
 そんな人たちの、唯一の落とし穴として登場するのが、かつて付き合って、愛し合った相手。それは自分と向き合う作業なのだ。かつての自分と、いまの自分、そしてこれからの自分。それと向き合ってしまうことになるのだ。頑張って、自分を家庭を守ってきた人たちの心が揺らぐのだ。
 これでよかったのか。これからも、それでいいのか。もう最後のチャンスじゃないのだろうか?
 そんな人生のドラマとして、描かれているからこそ、男女問わず、不倫の経験のあるなしも問わず、または結婚をしている、していないも問わず、心に剌さるのだ。かつて愛した人、仮に、付き合った人がいなくても、好きだった人くらいは誰にもいるだろうから、ドラマが人ごとでなくなる。単純に善悪であるとか、そんなこと、どうでもよくなる。
 そこが優れたドラマである所以である。ちゃんと人間を描くこと。当たり前のようだが、これがむずかしいのだ。ドラマ(物語)をつくることにばかり意識がいってしまうと、いとも簡単につくり手はそこを見失ってしまう。
 またこのドラマには、ベッドシーンというものが、ほとんどと言っていいほどない。その辺りに、つくり手たちの誇りを感じる。ベッドシーンなどなくても、感情は表現できるし、その方が人の心に響くのだ。それを、このドラマのスタッフはよくわかっている気がする。
「金妻」シリーズをめざして、超える作品は、未だにないような気がする。同じスタッフで、また、つくってもらいたいと思っているのは、私だけではないだろうと思う。
 観てみたい。
 最後に、この三作、人によって評価は分かれるとは思うが、人気、認知度から言うと、Ⅲ・I・Ⅱの順番で世の中には、印象を残している気がするのだが(もちろん異論はあるとして一般的に)、視聴率は、Ⅱが一番高かったらしい。
 これは正直意外だった。これだから視聴率というやつはわからない。これ以上言うと愚痴になってしまうので、やめておくが
 いつか私も、こんなドラマを書いてみたいと、密かに思っている。もう四四だし、そろそろいいかなと。
越えられない壁――『淋しいのはお前だけじゃない』
 TBS系連続ドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』は、一九八二年六月四日から八月二七日に放映された。全一三本。脚本は、市川森一さん。いわずと知れたドラマ史に残る名作である。
 おもなキャストは、西田敏行、木の実ナナ、萬田久子、河原崎長一郎、山本亘、潮哲也、矢崎滋、小野武彦、梅沢富美男、尾藤イサオ、橋爪功、佐々木すみ江、原保美、泉ピン子、そして財津一郎。各話のゲストとして、真屋順子、小林麻美、柴俊夫、北林谷栄などが出演していた。
 スタッフは、制作が大山勝美。プロデューサーは高橋一郎。演出は高橋一郎、浅生憲章、赤地偉史
 きわめて、おおざっぱに、物語をまとめてしまうと
 西田敏行扮する主人公は、回収成績の悪いサラ金の取り立て屋、しかも下請けの下請けで、返済能力のない債務者ばかり押しつけられ、回収しないと自分が危ないような男。ある日、旅回りの一座に借金の回収に行くが、そこで情にほだされ、借金を帳消しにするような嘘をついてしまう。だが、そんな嘘はあっというまにばれてしまい、自ら、多額の返済責任を負ってしまうことに。
 そして彼は、ほかのどうしようもない債務者をだまし、金をかきあつめ旅回りの一座をくむことに
 だが、彼らの背負った借金は容易に返済できる額ではない。嘘に気づいた債務者たちだったが、いつのまにか、芝居のいや、何かをすることの喜びが忘れられず
 まあ、といった話である。
(本当に乱暴なまとめで申し訳ない。)
 放映された当時、私は、二〇代前半。シナリオライターを志し始めた頃である。このドラマを観て、打ちのめされた記憶がある。
「こんなドラマ自分に書けるわけない」
 シナリオライターなんて自分には無理かもしれない。こんな発想できるわけないし、こんなよく仕組まれた物語を、いくら勉強したって自分が書けるようになるとは到底思えない。
 そんな気持ちになった記憶がある。
 ドラマだけでなく、小説でもそうだろうが、作家志望の人にとって、二種類の作品があるのではないかと思う。
 一つは描かれていること、描き方などを見て、さきほどの私のように「こんなもの書けるわけない」と思わせる作品。
 もう一つは、描かれていることも身近で、描き方も、平易に描かれていて、「ひょっとしたら自分にもできるのかも」と勘違いさせてくれる作品。
(もちろん、それは大いなる勘違いであるのは言うまでもないのだが。)
 市川森一さんの作品は前者である、私にとっては。誤解を恐れずに書くと、たとえば、山田太一さんの作品などは後者なのかもしれない。もちろん、それは大いなる勘違いを産むのだが
 そして、このドラマが始まるときのワクワクした気持ちも覚えている。市川さんによる前作『港町純情シネマ』が大好きだったからかもしれない。またああいうドラマが観られる。その期待に、それこそテレビの前に正座する勢いで放送を待っていた。
 ある意味、ソフトで、まるで夢の世界のようだった『港町純情シネマ』の世界を想像していた私は、裹切られた。そして打ちのめされたのだ。どうやったら、こんなドラマを書けるようになるのだろう?
 市川さんは、シナリオ集『淋しいのはお前だけじゃない』の「あとがき」で、その辺りにふれている。トラックの運チャンが、ドサ廻り劇団の女座長に一目惚れしてネ、一座のあとを追い駈けまわしているうちに、自分も役者として舞台に上がるようになって、はじめは斬られ役専門でも満足してたんだが、だんだんと欲がでてきて、白塗りの主役をやりたくて仕様がなくなり、権謀術数の限りをつくして、女座長を追い出し、一座を乗っ取って、やっと主役の座をつかむが、その時は、一座は崩壊寸前。ふくらむだけふくらんだ夢が、バチンとはじけて、気がついたら、また元のトラックの運チャンに戻っていたという――言ってみれば、リチャード三世みたいな男の話なんだけど

 最初の発想はこういうことだったらしい。これだけでも、非常に面白く観てみたい気になるのだが
 しかし、作家の発想は進化する。西田(敏行)の場合、ジャリトラの運チャンでは、もうひとつ物足りない、役柄が役者を越えていない。そこで、さらに掘りつづける。やがて「サラ金の取り立て屋」という設定を掘り当てる。たちまち、取り立て屋の西田がいままでになく生き生きと動き出す。「できたッ」と思う。西田が相手でなければ、こんな物語は生まれていない。

 読んでいて、鳥肌がたつ文章である。発想が成長し、変化し、実を結ぶ瞬間。いつも、うんうんと唸ってばかりで、「やっぱりこんな感じかなぁ」と、最初の発想からあまり変わらないところで手を打っている後輩としては、うらやましいというか、くやしいというか、情けないというか
 こんなふうに作家が「できたッ」と思ったドラマが悪いものになるはずがない。
 そして、役者との関係も素敵だ。大好きで信頼していて尊敬もしていて、おそらく仲もよくて。だからこそ、彼だからこそ、甘えられない。ストライクを置きに行く球なんて死んでも投げられない。役者の存在が作家を刺激し、お互いに高め合う関係。素敵だなと思う。
 最近はそういうことは、あまりないのかもしれない。それは自分のせいかもしれないし、自分だけなのかもしれないが。理想とするキャスト先にありきのドラマ。理想の当て書き。そんな気がした。
 そういえば
 このドラマの放映中、いままで足を踏み入れたことのない大衆演劇、つまり「ドサ廻り」と呼ばれる芝居を観にいってみた。そんな気持ちにドラマを観てなったのだろうと思う。
 なんだか、圧倒された。感動したとか、そんな言葉とは違う。酔ったという感じだろうか。だが、私はその日の体験を、まだドラマには生かせていない。残念ながら
 余談になるかもしれないが
 このドラマもそうなのだが、当時の連続ドラマはシナリオのかたちでよく出版されていた。市川さんをはじめ、山田太一、向田邦子、倉本聰、早坂暁などの作品を中心として。いまはほとんど、ノベライズ(シナリオを元に小説風にアレンジしたもの)が主流で、シナリオのかたちで出版されることは、よほどの大ヒット作は別として、あまりない。
 理由は簡単、シナリオ集だと売れないのだそうだ。当時はどうだったのだろうか? ちゃんと売れていたのかな
 だとすると、なんだか困ったことだ。ドラマのシナリオというものが、それを読むということが、もしあの当時定着しつつあったのだとしたら私たちの世代がその灯を消してしまっているのだろうか?
 だとすると、哀しい。
 あの頃、シナリオがよく出版されていて、いま、現役で連続ドラマを書いている私たちの世代は、その時代の申し子のようなものだと思うのだ。そこでシナリオを知り、目にし、勉強し(私は、まるごと書き写したりした)、目標にした世代なのである。その世代が、灯を消してしまっているのだとするとこれはまずいことである。
 脚本家は以前に比べ、人気商売になっているし、シナリオスクールの生徒数も増えていると聞く。敷居は低くなったのかもしれない。身近にもなったのだろう。
 だが、シナリオライターになりたいと思う人の夢を、打ちのめすような作品をどれだけつくれているのだろうか。
 久しぶりに、シナリオ集『淋しいのはお前だけじゃない』を読んで、そう思ってしまった。
 私が、このドラマを観て「ドラマ書くのって生半可なことじゃできないんだな」と、打ちのめされ、しょぼんとし「でも、いつか、自分だって」と、ファイトを燃やしたように、そんな気持ちを後輩たちに与えるような作品。そんな作品を書かなくては
 改めて思ってしまった。
 それくらい、このドラマと作家は、私たち、いや、私にとって越えられない壁である。
 そして、そんな先輩を多く持った私は、幸せなのである。

 それにしても、この『淋しいのはお前だけじゃない』の完成度の高さはすごい。ちょっと呆然としている。くやしいけど、足元にも及ばない自分を再確認してしまった。くやしいけど。
 後にも先にも観たことのないドラマ。何にも似ていない。こんなドラマを書いてみたいものだ。
 このドラマを書いたときの、市川さんの年齢を調べてみようかなと思ったが、やめた。自分と同じくらいだったりしたら、立ち直れないほど落ち込むかもしれないと思ったので。
 だが、おかげで、いまの自分を見つめ直す時間を持てた気がする。ほかのドラマについてでも何度か似たようなことを書いた気がするが、いま、はたして、このドラマの企画は通るのだろうか?このドラマは受け入れられるのだろうか? そんなことをすぐ思ってしまう。
 でも、それはまちがっているのだ。きっと。いまでも、このドラマは当たる。視聴率だって取るはず。
 私のは、まるで父親のむかしの仕事の話などを聞いて、「そりゃ、すごいとは思うけど、いまとその頃じゃ時代が全然違うから」と、半ばすねたような囗をきく息子みたいなものだったのだ。
 面白ければ観てくれる。この原則を信じられなくなったら、もうテレビマンとしては終わりなのかもしれない。
 最近少し愚痴っぽい私は、ちょっと危険信号だったのかもしれない。
 とはいえ、やっぱり少し愚痴を書いてしまうことになるが

 テレビの連続ドラマが視聴率を取れなくなってきているという。いろんな取材のたびに、そのことをどう思うかと問われ、少々うんざり気味なのだが、結局のところ、私にもはっきりとはその原因などわからない。
 ただ、いくつか感じることはある。
 一つには、視聴者は「待って」くれなくなったということ。
 連続ドラマという、いつのまにか固定化したスタイルに限界すら感じることがある。週一回、つまり、今日観て、続きは来週の同じ時間、という展開を待ってくれない気がするのだ。
 だからというわけではないが、単発ドラマは好調なのである。
(「単発ドラマ」という言葉も実はなんだか変な言葉ではあると思う。「単発映画」とは言わないわけで、これもテレビドラマの歴史が連続ドラマ主流に動いてきたことのあらわれなのだろう。)
 それに、「昼帯」と言われるドラマも好調である。昼の連続ドラマは月曜から金曜までであるからだと思うのだ。
 そして相変わらず、「朝ドラ」も堅実。
 へばっているのは、ゴールデンタイムの連続ドラマだけなのである。視聴者が一週間も待ってくれない気がするのだ。三ヵ月、一二時間かけた一つのお話というスタイルのものが、ことごとく結果を残せないで苦しんでいる。ワンクールのドラマでも、一話完結方式のものの方が観てもらえる。
 つまり視聴者は、わかりやすいものを求めているのではないだろうか、と思うことがある。たしかにテレビの特性ではあるのだ。娯楽性、エンターテインメント性、つまりわかりやすさ。それは常に求められている。
 時代の空気というものもあるのかもしれない。
 決して先行きの明るくない時代。疲れて家に帰ってきて、身につまされる話は観たくないのかもしれない。不幸な話でも、前提として他人ごとでないと、たしかに観たくないのかも。それはわからないでもない。
 泣ける話でも、尾をひくものよりは、
「あぁ~泣いたぁ」
 と、すっきりするものの方がいいらしい。感動して泣くのも、ストレス解消にはいいのだそうで。そういうものの方が好まれる。いわゆる「暗いもの」は駄目だ。
 しかし、いつからなんだろう。いつから、この国の人は、人間を明るいと暗いに分けてしまうようになったんだろう。もちろん明るいのは素敵なことだが、ものを深く考えることをも「暗い」という枠の中に押し込めているような気がする。
 テレビドラマの企画書には、必ずと言っていいほど、「明るく前向きな主人公」と書かれていて、これにも少々うんざり。いまの時代、明るく前向きでいられる人の方が少し変なんじゃないかと思うのだが。だから明るく前向きなものが観たい、というのもわからないではないのだが、なんだか、そればっかりだと気持ち悪い。
 そして、視聴率というものにも、わからなさが残る。
 もちろん正しいのだが、視聴率も人口の推移に合わせて、サンプルをつくっている。となると当然、いまの日本の人口比率からすると、高年齢の方が多い。視聴率のサンプルも、当然そうなる。
 正しいのだ。
 だが、一方で高年齢の人に観てもらえないと、視聴率は高くならないということになってしまっている。一〇代や二〇代がいくら観ていても、全体の中の比率がおそらく低いので、高い数字にはつながらないという結果になる。当然のことながら、少子化がいまのまま続くかぎり、ほぼ永久にその傾向が続いていってしまうわけだ。
 それは正しいのだ。仕方のないことなのだ。まったくもって正しいのだが、どこか、モヤモヤしてしまう。
 いま、ビジネスはピンポイントだと思うのだ。もちろん、一番人口の多い高齢者をターゲットにするビジネスもたくさんあるだろうが、それだけではやっていけない。あらゆる商品は狭いゾーンに向けて、ピンポイントでアピールしている。全部の年齢層などには受けないだろうが、ある世代には、ある嗜好の人間には、確実にアピールする。そんなビジネスにどんどんなってきていると思うのだ。
 そんな中、テレビはこのままだと指標を失い、とり残されないだろうか? 全体の視聴率を座標にしている限り、全体に向けてつくっていくしかない。テレビは視聴率という結果から逃げられないものだから。そのことがひょっとして、首をしめていないだろうか?
 それに、いまのように、枕言葉みたいに連続ドラマの不振みたいに言われると、つくり手は冒険しなくなってくる。わかりやすいもの。リスクのないもの。知らず知らずのうちにそうなってくる。
 それが一番怖い。
 そんな気分のときに、『淋しいのはお前だけじゃない』のシナリオを読んで、何を甘えているんだろう私は、と反省してしまった。
 そこにはすべてがあった。つくり手の強い思い。そしてエンターテインメント性。サービス精神。
 気取っていないのに、知的なドラマ。笑って泣ける。ハラハララドキドキする感じ。連続ドラマでありながら、一話ごとの完成度の高さ。
 すべてがちゃんと、そこにあった。
 こういうものをつくればいいんだ。そう思えた。
 この連載は、実は自分のために書いている気がこんなときにする。自分がめざしていたもの、憧れていたものを再確認することで、自分を見つめ直す作業だから。
 このドラマの放映時、私はシナリオライターを志していた時期だった。そのとき、なぜ、映画ではなく(男は映画志向の人が多かった)テレビを書きたいと思ったのか、何となく思い出した。
「テレビはさ、誰が観てるかわかんないでしょ? そこが好きなんだよね」
「田舎のおじいちゃんおばあちゃんとかも観てるわけだしさ、ただだし」
「それに、テレビを観てる人たちの数って、映画とか比べものにならないくらい多いわけだし」
 そんなことを、シナリオ学校が終ったあと、居酒屋で発言していた気がする。
「それにテレビドラマって結構すごいよ、実は、その影響力ははかりしれない」
 そんなことも言ったような気がする。
 そう、私は、だからこそテレビを志したわけで、最近の私は、いまさら何を泣き言なんか言ってるんだという、感じだった。
 私は、どうしていいかわからないからテレビドラマが好きなのだ。
 ものつくりをする人間にとって、越えられない壁がたくさんあるのは実に幸せなことだ。
 いつまでも、やめなくてすむから。
国民的ドラマ
『北の国から』
 言わずとしれた、国民的ドラマである『北の国から』。
 放映されたのは一九八一年一〇月九日から八二年三月末まで。
 脚本は、倉本聰。音楽は、さだまさし。プロデューサーは、中村敏夫、富永卓二。演出は、富永卓二、杉田成道、山田良明。
 出演は(書かなくてもみんな知っている気がするのだが)田中邦衛、吉岡秀隆、中嶋朋子、いしだあゆみ、竹下景子、大滝秀治、岩城滉一、原田美枝子、熊谷美由紀、地井武男、小松政夫、ガッツ石松、伊丹十三、大友柳太朗
(どこまで書いたらいいのか、わからなくなってくるほどの人たちである。ただし、今回の文章に関しては、あくまでも、連続ドラマ『北の国から』について、です。)
 これはどの国民的ドラマは、そうはない。
(要するに誰でも知っているという意味です。)
 それは、たとえば登場人物がものまねの対象になるということだけでもわかる。
 ドラマの登場人物がものまねの対象になるというのは、実はすごいことなのだ。単に高い視聴率を取っただけでは、そうはならない。それほど視聴者に愛されているということだと思うのだ。ものまねなのだから、相手が元ネタを知らないと意味がないわけだし、ネタとして成立しないわけだから。
 近年では、『北の国から』『3年B組金八先生』『古畑任三郎』がその代名詞だろうか。多少演技がオーバーアクションなところもポイントなのかもしれないが、やはり、愛されている証拠なのだろう。近年テレビドラマでの俳優の演技は、より自然に自然にという方へ流れているので、今後もあまり、こういうドラマは生まれにくいのかもしれない。
 でも、一度くらい、自分の書いたドラマの登場人物がものまねの対象になっているのを見てみたいものだ、とは思う。嬉しいだろうなぁ。
 さて、今回『北の国から』を取り上げたわけだが、それはあくまでも連続ドラマとしての『北の国から』である。
 どうだろう。『北の国から』が、国民的ドラマになったのは、連続ドラマだけに終わらせなかったことが一番の理由なのではないだろうか。連続ドラマだけで終了していたら、ここまでにはなり得なかったのでは?
 ただ、これは、ものすごく大変なことなのだ。連続ドラマを何年かに一度、持続させていくというのは。スタッフの並々ならぬ熱意。放送局についても同じである。普通で考えたら、役者を揃えるのがまず大変だ。もし、少しでも連続ドラマ時代に対して、出演していた役者たちの中に面白くない思いがあれば、まずまちがいなく成立しない。
 それに、このドラマの場合、純と蛍の二人の子役が、役者を続けていなかったら、アウトなのだし。
 余談だが、純役の吉岡秀隆君が結婚したというワイドショーの報道を、たまたま蕎麦屋で観ていたのだが、テレビの吉岡君を目を細めて観ている隣の席のおばちゃんたちは、まるで彼の親戚か近所の人のようだった。
「結婚するのねえ、あの子がねえ」
「大きくなったわねえ」
「年とるわけよねえ、私たちも」
 といった感じで。
 まるで、幼いときに面倒をみたことがある、赤ん坊の頃、おしめを換えたことがあるかのような口ぶり。彼の成長を目を細めて感慨深げに眺めている、おばちゃんたちを見て、このドラマのすごさを改めて感じてしまった。もちろん、ドラマだし、フィクションであることは百も承知だろう。でも、どこか、北の国に、黒板一家が本当に存在するかのような気がするのだ。
 フィクションの力の勝利。
 その要因の一つとして、やはり、富良野という「場所」の力があるのだろう。行ったことのない、遠い富良野だからこそ、なんだか、そこに登場人物たちがいるような気がしてしまうのではないだろうか。
 話はそれたが、『北の国から』の放映は、前に取り上げた山田太一さんの『想い出づくり』と、同クール。しかも裏表で同時に放送されていた。いまならどちらかをビデオやDVDに録画してということになるのだが、当時はまだ、ビデオの普及はいまのようではなく、私もまだ所有はしていなかったので、どちらかを選ばざるをえなかったのである。
 正直に言おう。
 私は『想い出づくり』派だった。
 なぜなのだろう。なぜ、そうしたのだろう。たぶん先程とは逆になるが、描かれていた場所が富良野、つまり田舎だったからだと思う。
 これもあえて言おう。
 田舎のドラマが苦手なのだ。
 バリバリの東京生まれの東京育ちの私は、都会を否定的に描いたものがどうも嫌だ。それは、自分の存在を否定されたような気分になるからだと思う。
 むかしからある「素朴で純粋な人が都会に出て汚れてしまう」とかいう話には、どこか納得できないものがあるのだ。「都会の人は冷たい」とか「東京砂漠」みたいな表現も、微妙に違和感がある。
 本当にそうなのかなぁ
 だから『北の国から』には、そんな先入観を持ってしまったのだと思う。田舎の暮らしというのだろうか、厳しい自然の中で、自然と闘い、慈しみながら、派手なことを嫌い、慎ましく生きている人こそ、人として正しいみたいなドラマなのかなあと、思ってしまったのだ。
 そんなドラマがどうも苦手なのである。嫌な言い方をあえてすると、偉い人に説教されている気分になるのである。
 田舎に旅行に行っても、一日二日は空気も綺麗で、ずっとここにいたいなどと甘っちょろいことを考えるのだが、三日もすると空気がよすぎるのが肌に合わないのか、逆に頭痛がしてくるような人間なのである。
 だが、都会生まれの人がみんな、そうかというと、これはそうでもないのである。いや、むしろ都会育ちの人の方こそ、都会否定派が多かったりするのだ。つまり、田舎好きなのも都会人なのであるから、これがまた不思議である。
 それに、都会人はどうも田舎の人に対して贖罪意識とでもいうのか、卑屈になるところがあるような気がする。「汚れててすいません」みたいな。そういう意識も嫌いである。
『ちゅらさん』という沖縄のドラマを書いたとき、菅野美穂さん演じる、東京人代表に、こんなセリフを書いたことがある。相手は、沖縄から東京に出てきて、沖縄に帰りたいと嘆く青年である。
「嫌なら来るな、嫌ならいるな、嫌なら帰れ」
「自分のマイナスを東京のせいにするんじゃないわよ、卑怯だよそんなの」
「そんなに沖縄がいいなら、帰ればいい。帰って東京の悪囗言ってればいいじゃない。あそこは人の住むとこじゃないとかなんとか、言ってればいいじゃないでも、私はそう思わない。ここは人が暮らしている街だよ、沖縄と同じようにね」
 正直言うと、気持ちよかった。長年思っていたことをセリフにしてしまった感じだった。
 だが、『北の国から』は、こんな私の薄っぺらい考えなど、軽く凌駕している作品だったのだ。そんな単純な話ではなかったのだ。しばらくたって、ようやく観ることになった私には、かなり衝撃だった。
 作者である、倉本さんは富良野の人ではない。東京生まれである。そして、何があったかは詳しく知らないが、売れっ子脚本家であった倉本さんは、東京を捨て富良野へと移住する。そこから生まれたドラマなのである。
(そんなこと言われなくても、みんな、知ってますよね。)
 でも、私が好きなのは、そういう目線なのである。自分の生まれた土地だからという理由での富良野ではないからこそ、視線が定まっているというか立体的なのである。
 一面的でないのだ。
 そして、私の好きな『北の国から』は連続ドラマの方である。もちろん、その後の作品すべて名作であり、完結してしまったことを、誰よりも淋しく思っている人間ではあるのだが連続ドラマ時代の方が好きである。連続ドラマの頃は、実は『北の国から』というより「北の国へ」というニュアンスも含む、ドラマであったと思うのだ。それは、ある意味不本意に、北の国へ連れて来られた純のナレーションであることに現われているのではないだろうか。
 黒板五郎は、連続ドラマの頃、かなり無茶苦茶な人だったと思うのだ。私などは、純君になったつもりで観てしまう。
「嫌だよなぁ、そりゃ、電気もないなんて」
 そう、つまり、視線が立体的なのだ。
 連続ドラマ『北の国から』には、いろんな魅力がある。なにしろ、UFOだって登場してくるのだから。

 改めて、連続ドラマ『北の国から』のシナリオを読み返してみて
 月並みな感想で申し訳ないのだが、その完成度に圧倒された。多くの人に愛される名作とは、やはりすごいものなのだなぁと、なんだか言葉を失ってしまった。
 なぜ、名作なのか?
 まず泣ける。しかも、『北の国から』の「泣かせ」は「痛い」のだ。何かが可哀相で泣くのではない。登場人物の心に泣けるのだ。観ている側の心に刺さるのだ。だから忘れられなくなる。
 一番簡単な泣かせというのは、正しい主人公や登場人物が、正しくない(悪役もしくはいじめ役など)人物や組織などに、理不尽にひどい目にあわされること。もしくは、単純に個人の力ではどうにもならないことで、ひどい目にあうことではないだろうか。たとえば、人の死。事故。天災。
 もちろん、そういうドラマを否定しているわけではないのだが、そういう涙は実はそれほど、心に剌さらない。
 人の想いに泣ける。ドラマとしてこれほど素敵なことはないし、だからこその名作なのだろうと思う。子を想う親。親を想う子。土地への想い。愛する人への想い。このドラマでは、それがひたすら、すれ違う。人を想っての行動や言動が、からまわりする。裏目に出る。
 そして、登場人物たちは、しばしばまちがう。というか、正しいだけの人たちではない。そこが、そんじょそこらのドラマとは違うところなのである。
『北の国から』の登場人物たちは、そもそもが正しいだけの人たちではない。
 黒板五郎にしても、彼が東京を離れ、故郷である北海道に帰っていったのは、何も高い志でのことではない。ある種の〝逃げ〟なのかもしれない。妻に裏切られ、傷つき逃げるように帰っていったのだ。子供たちを連れていったのもそうだ。そこには、一人になってしまうことへの寂しさがあったのかもしれない。決して、子供たちへの想いだけで、選んだことではないと思うのだ。
 狭量な部分だってある。たとえば、別れた妻から送られてきた子供たちへの手紙を、彼は子供たちに渡さずに黙って焼いてしまう。決して正しくないし、彼は自信がないのだ。
 だから、観ていて、ハラハラする。暮らしがうまくいくのか、いかないのか、ドキドキするのだ。
 そのあたりがドラマを単純化していない。富良野で暮らすことが、一〇〇パーセント正しいだけのこととして描かれていたのなら、ここまで人の心をつかみはしなかったと思うのだ。
 ドラマの視線を担う、純にしたってそうだ。彼は、かなり失敗をし、嘘もつくし、弱いしというタイプの子供である。決してよくある、単にけなげなご都合主義で描かれる子供ではない。だからこそ、視聴者は彼の目線になれる。ドラマが立体的になるのだ。
 登場人物の誰もがそうだ。
 最近思うのだが、テレビドラマの登場人物たちが、どんどんつまらなくなっていないだろうか?いや、つまらないというのは、違うかもしれない。正しい人ばかりになってしまっていないだろうか?
 そう思うのだ。
 正しい人を描くのがまちかっていると言っているのではない。そういうドラマも必要だし、ある種の爽快さがそこにはあり、その爽快さはテレビにとって、必要なものである。だが、そればかりだとどうなのだろう。
 つくり手が人物を造形することに臆病になっていやしないだろうか? 昨今話題の視聴率というものを意識しすぎなのだろうか? 最大公約数に愛されるものをつくろうとしすぎな気がするのだ。自分も含めて。そうすると、冒険できなくなる。どう思われるかだけを気にすると、安全な球しか投げなくなる。いわゆる〝置きに行くボール〟になる。
 それに比べて、やはり名作といわれるドラマは攻めている気がする。
 視聴率について書くと、批判的なだけになってしまうので嫌なのだが、私は必要だと思っている。というか、あるべきだと思うのだ。
 ただ問題は、視聴率のあり方でも、はかり方でもなく、受け取る側の意識だと思う。どうすれば取れるのかではなく、いいものは取れると思うしかないし、また多くの人が観るものだけが素晴らしいものであるはずがない。そう思うしかないんじゃないかな。まあ、言うのは簡単なんだけども

 話を戻します。
 なぜ、名作なのか
 泣けるだけでは駄目だ。
『北の国から』は笑えるのだ。ギャグがあったり、ドタバタがあったりするわけではない。人の必死さ、一生懸命さが、笑いを誘うのだ。しかも、大爆笑とかそういう笑いではなく、クスクス笑ってしまう感じ。これが効くのだ。緊張と緩和のバランス。それが絶妙なのだ。
 そして、名作といわれるドラマは必ず、主人公ではない人たちが愛される。魅力的なキャラクターの宝庫のこのドラマだが、『北の国から』で一番愛されたキャラクターは、岩城滉一さん演じる〝草太あんちゃん〟ではないだろうか?
 この役に岩城滉一というキャスティングのセンスも素晴らしいと思うし、明らかに作者も愛し、楽しんで書いているのが伝わってくる役だ。いわゆる、「おいしい」役。
 そして、連続ドラマの名作であるからには、忘れてならないのは、「引っ張り」の上手さ。それはもう、絶妙である。
 と、ここまでなんだか照れ臭いくらいの絶賛の嵐なのだが(でも、実際あらためて読んでそう思ってしまったのだから仕方ない)、不思議なこともある。
 私がこのドラマの中で、気になって仕方ないのが、原田美枝子さん演じる〝涼子先生〟の存在である。そして、彼女にまつわるドラマの中で登場するUFOの存在。連続ドラマ『北の国から』のエピソードの中では、明らかに異質なアイテムである。
 ドラマの中に唐突にUFOは登場し、子供たちに目撃される。そして、涼子先生は、宇宙船と交信できるということになっている。その種明かしはされていない。真実なのか、どうなのかわからない。
 当時このドラマを愛する人たちはこのエピソードを一体どう受け取ったのだろう。素朴な北海道の家族のドラマを楽しんで観ていた人たちが、囗をポカンとあけて観ている図が浮かぶのは、私だけだろうか? なにより、この回の台本をもらった、スタッフやキャストは驚いただろうなと思う。そんな作者の茶目っ気も好きだ。
 名作ドラマである決め手のもう一つ。
 絵の美しさ。これはもう言うまでもないくらい、テレビドラマとしては突き抜けている。
 よく私たち世代のドラマのつくり手は、『北の国から』の話をする。もちろん、ファンが多いし、あのときのあのシーンがどうだとか、あのセリフが泣けたとか、そういう話か多いのだが、どこか共通しているのが、別格のドラマとして思っているという意識である。亜い言い方をすれば、「反則」だと思っているのだ。
「あんなロケーションできれば、そりゃぁさぁでもそんなの書いても実現しないしさ」
 というようなやっかみ。もちろん、私も含めてなのだが。
 だが、最近思うのだ。豪華予算の番組をつくろうとして、できあがったわけではないだろうと。かなりのリスクを背負っての出発だったのではないだろうか。それでも、この作品に挑んだのは、やはり何かを度外視した、つくりたい思いなのではないだろうか?
 もちろん、スペシャルドラマになってからの『北の国から』は、豪華な予算もかかっているだろうし、宣伝だってすごい。でも、連続ドラマのときはどうだったのだろう。これはかなりの冒険、チャレンジ企画だったのではないだろうか。
 それを成功に導き、名作にしたのは、つくり手の思いでしかないのでは。そこまで思いを、私たちは賭けているだろうか? そんなことを思ってしまった。
 そう、なぜ名作なのか
 一番大事なのは、つくり手の熱い思い。倉本さんが『北の国から』を書いたのは、いまの私とほぼ同じ年代らしい。そのことが私を、また落ち込ませる。
蒼い名作――『冬の運動会』
 どうやら、巷では最近は、「向田邦子ブーム」らしい。
 きっかけは、『阿修羅のごとく』の映画化なのだろうか? それとも、向田邦子さんの妹さんの、向田和子さんがお書きになった『向田邦子の恋文』なのだろうか? 関連の本も何冊も出版され、既刊の本も、本屋では平積みだし、帯には「アイ♥向田」なんてコピーがついていたりして、ちょっとビックリなのである。
『向田邦子の恋文』は山口智子さんの女優復帰作としてスペシャルドラマになったし、なんだか、「向田邦子ブーム」なのである。もちろん、ブームなのはドラマだけではないわけで、小説、エッセイ、そして彼女の生き方、暮らし方、ファッションセンスまで含めての向田ブームなのである。
 いまなぜ向田邦子なのか。正直言うと、わかりません。
 時代が向田さんに追いついたということなのだろうか?
 いや違うな、そういう表現を使うときは、当時認められてなかったりするわけだから。向田さんはスター脚本家だったわけだし。再評価ではないわけで。
 時代が一回転した?
 う~ん、それも違う気がする。ある種の昭和回帰みたいなこともあるのだろうか?
 謎である。もちろんそれが嫌だというわけではない。なぜいま? ということが気になるのだ。答えはわからない、誰か教えてください。
 私と同年代の脚本家には、向田さんのファン(というか信者)が多い。向田さんがドラマ脚本家の地位をステップアップさせたのはまぎれもない事実だし、私たちの世代の脚本家のほとんどの人が、夢中になって向田さんのドラマを観て、出版されていたシナリオ集も、何度も読み込んだはずだ。
 でも、私には正直少しだけ遠い存在の人だった。自分とはあまり交わらない人だと思い込んでいたのだ。失礼を承知で言うと、女性だからだろうか。何か距離を置いていた気がする。
 一つには、シナリオを学んでいたときに、同じ脚本家をめざす女性たちが、囗をそろえて「向田邦子、向田邦子」と言っていたからというのが、本当のところの理由かもしれない。
 天の邪鬼なのかな。私は違う、と思いたかったのかもしれない。つまらない意地をはって、損した気がする。
 そんな私か、向田邦子脚本のすごさに気づいたのは、一〇年ほど前だろうか。
 約束の打ち合わせまで、少し時間があいてしまい、喫茶店を探して席についた私は、読みかけの本を持って出るのを忘れてしまっていたことに気づいたのである。本好きな方は、おわかりいただけると思うが、こういうときのショックというか落ち込みはでかい。
 そこで私の目にとまったのが、その喫茶店に何冊かおいてあった本の中の一冊。
 向田邦子『冬の運動会』。
 なぜ、あえてその本が置いてあったのかはわからない。『父の詫び状』でも『思い出トランプ』でも、『男どき女どき』でも『阿修羅のごとく』でもなく、『冬の運動会』のシナリオ。
 なんとなく手にとり読み始めた私は、ドラマを観ていたときの記憶がよみがえり、一気に読んでしまった。面白かった面白かったとしか言いようがない。打ち合わせには当然遅刻した。かなりの時間遅れた気がする。
 その日から、向田さんの本を読める範囲のものは全部読んだ。そして、いままでの自分が距離を置いていたことを悔いた。激しく後悔した。それから、会う人ごとに「向田邦子」はすごいと言ってまわるのだが、みんな「何をいまさら」「そんなことはわかってる」という顔をするのだ。まぁ、それは当然だと思うのだが。
 そして、だからいま書店で私は得意気な顔でやっと思えるのだ。「何をいまさら」「そんなことはわかってる」
 余談だが、向田邦子賞の、私も一応受賞者で、授賞式の際、壇上の向田さんの大きな写真の下に立ったときには、ちょっと震えが来た。「この人と同じ仕事をしているんだな」ということが嬉しく、誇らしかった。そして、いまさらながら、向田さんにお会いしたり、お話を聞いたりはできないのだなと思い、悔しさも感じた。
 向田さんはいないのだ。それが、無性に悔しかった。いま、いらっしやったら、どんなドラマを書いたりするのだろう。空の上から、いまのテレビドラマをどう思っていたりするのだろう。
 そんなことを思ってしまった。身の縮む思いだった。
 私にとっての「アイ♥向田」のトップは『冬の運動会』である。前述の出会いもあるのだが、それだけではない。この文を書くにあたって、再度ほとんどのシナリオ本を読み返してみて、改めてベスト1を確信した。それは、なぜか
「蒼い」気がするのだ、このドラマは。「青臭い」のだ。だから好きなんだと思う。
 研究本や解説書によれば、向田作品の中でも『冬の運動会』は過渡期の作品になるらしい。『寺内貫太郎一家』などのホームドラマで当たっていた向田さんにとって、そこから本格ドラマ(というのも何か好きな表現ではないのだけど)へ移行する、最初の一歩の作品であったようなのだ。だからこその「青臭さ」なのだろうか。
 生意気を承知で言うと、その気持ちがわかるのだ。私は向田さんのように当たってもいないし、『冬の運動会』のような、素晴らしい本も書けないのだが、規模は違えど、何となくわかる。
 書き手が次のステップに向かう、高揚感のようなもの。いままで、たまっていたものが噴出していく感じ。でも、そこで冷静になろうとする自分。だからといって、いままでの自分を否定はしたくないのだ。いままでの自分の上に立ちたい、という気持ち。その緊張感、書ける場のある喜び。みんなの期待。そしてプレッシャー。不安
 それが、なんとなく匂うのだ、この作品には。と、勝手な若輩者は思っているのだが、いかがだろうか? 向田邦子研究者の方に、怒られるだろうか?
 連続ドラマ『冬の運動会』は、一九七七年一月二七日から三月三一日まで。TBS系で全一〇回。木下恵介・人間の歌シリーズで放映。スタッフは、企画が木下恵介。プロデューサーは、飯島敏宏。演出は、服部晴治、阿部祐二。音楽は、木下忠司。
 キャストは、志村喬、木村功、加藤治子、根津甚八、秋本圭子、いしだあゆみ、藤田弓子、市原悦子、神有介、大滝秀治、赤木春恵、風吹ジュン、大和田進、徳永葉子、宮川明、長窪真佐子。
 物語をかいつまんでいうと、厳格そのものの祖父と、あまりにも常識的で冷たい父を持つ、根津甚八演じる菊男は、家を嫌い、子供のいない小さな靴屋に出入りするうち、そこに居心地の良さと温かさを感じ、本当の家族のように思い、自分のいるべき、いられる場所として強く思う。そして、いつのまにか、擬似親子のような関係に。
 ところが、父にもそんな場所があったのだ。亡くなった同僚の未亡人とその息子の面倒を見ているうちに、父にはその家がいやすい場所となり、理由を見つけては、足繁く通う。
 そして、祖父にも。厳格で、明治軍人を絵に描いたような祖父が、はるか年の離れた女の家に出入りしている。そこは長屋のような汚い家で、部屋は散らかり放題だし、祖父は綿の出たような半纏を着て、かいがいしく女の世話をやいて楽しそうなのだ。
 つまり、祖父、父、息子とも、本当の家ではなく、よそに本当の自分の場所を求めている。やがて、それが明らかになっていき、女たちは
 というドラマである。
 私は、このドラマで、初めて根津甚八さんを認識したのではないだろうか? 大抜擢だったはずである。
(いまはこれがなかなかできないんです。)
 また、ドラマの中で、やはり秀逸なのは、志村喬さんと藤田弓子さんのお話である。これが、泣ける。そして笑える。
 向田ドラマの中で、このドラマが一番好きなのは、この二人のお話があるからかもしれない。

 向田邦子さんの『冬の運動会』は「蒼い名作」である。
 脚本家に限らず、何か作品をつくりそれを生業としている人間には、必ず一本はそういう作品があると思うのだ。
(たぶん私にだって名作とは言えないかもしれないけど。)
 テレビドラマの脚本家の仕事をして、暮らしをたてられる地点にまでくると、得意なポジションというものが生まれてくる。そのジャンルでは、ある程度のことはできるだろう、まかせられるだろうと思われる雰囲気とでもいうのだろうか。
 もちろん、それは本人が勝ち取った結果だし、素晴らしいことなのだ。どこかそう思える、思われることは、誇らしくもある。
 だが、同時に、その頃が一番不安な時期でもある。不安というか、「それでいいのだろうか」と思い悩んでしまう時期でもあるのだ。あるジャンルや範囲には、自信もあるし、実績だって、少なく見積もっても、あるはずだ。それは、胸をはっていいことだろうし、大切にすべきだろうし、期待にも応えていくべきだろう。
 でも、それでいいのだろうか? いつか枯れないか?
 それしかできないと思われていないか? 実際、それ以外に自分はできるだろうか?
 このまま、ずっと生きていけるのだろうか?
 そんな想いが、押し寄せてくる。
 そして、自信が強くなったり、極端に自信を失ったり周りの人が信じられなくなったり、嫉妬したり。同業者の仕事が、みんな羨ましく思えたり自分は過小評価されているのではないかと思ったり
 そんな気持ちになる。つまり情緒不安定になる。人の成長でいうと青年期というやつなのだ、きっと。だから、その時期にどれだけ悩み、傷つき、喜び、考えたかで、その後の生き方が決まってくる。悩まずに過ぎると、あとが怖い。打たれ弱い人ができ上がる。
 この時期を脱したとき、大きくなれるのだ。作家としても。そして、つくり手は、新しい挑戦をする。などと、いつのまにか、向田さんのことを忘れ、自分の気持ちを書いてしまった気がする。申し訳ない。
 向田さんが同じような気持ちをいだいていたかどうかは、まったくわからない。でも、そういう気持ちがゼロつてことはないんじゃないかなと思うのだ。
 そんな時期に書いた作品は、やはり蒼く、素の部分が出る。そして熱い。
 バランスもあまりよくない。思いの強さと、全体のバランスがあまりよくないのだ。いままで書きたくて書けなかったこと、そして引き出しにためこんでいたことが、あふれてしまうから。
 失礼や、批判を受けることを承知の上で言えば、『冬の運動会』もそうだと思う。決してバランスのいい作品ではないのではないだろうか?
 そこが好きなのである。作品の批判をしているのではない。バランスが悪いというのは、いい意味で。そして、その後の『阿修羅のごとく』などの作品と比べての話。
 ということを、わかっていただいた上で
『冬の運動会』には、主人公らしき主人公はいない。群像劇としてのホームドラマである。また青春ドラマとしても、ホームドラマなのである。それまでの、家族を基本的に肯定的に描いていた作品とは違う。
 中でも、バランスを崩してでも、向田さんがどうしても描きたかったであろうものが、志村喬さん演じる、お爺ちゃんである。いわゆるホームドラマにおける、お爺ちゃんの存在とは全く違う描き方。きっとそのことが楽しくて仕方なかったのではないだろうか? お爺ちゃんの恋を描くのが
 連続ドラマ全体の中で、お爺ちゃんの話が占めるウェイトでわかる気がするのだ。当初の計算よりも、はみ出していった気がするのだが
 そして、このドラマの中で、もっとも笑えて、もっとも泣けて、せつなくなってしまうのが、この志村喬さんの話なのである。いったい、どうやったら、こんな素敵な、お爺ちゃんの恋を描けるのだろうかと、私などは、うなってしまうほど。
 それにしても、ホームドラマというジャンルは、実はむずかしい。
 簡単そうに見られてしまうのだが(どうもホームドラマと呼ばれるものは、なかなか評価されない)、実はほかのドラマよりも、むずかしいと私は思う。
 まず第一に、リアリティを持たせるのがむずかしい。
 家族というものに対するリアリティというものに、中心となるものがない。これが、たとえば会社だったり、病院だったり、警察だったり、新聞記者だったりすると、中心となるリアルというものがある。
 だが、家族にはない。絵に描いたような大家族を描いても、それは、人によっては「ありえない、お伽話」になり、ある人は、そこに郷愁を感じ、ある人にとってはリアルということにもなる。
 第二に、家族には、主人公がいない。
 本当に家族を描こうとすると、それは、『冬の運動会』のように、群像劇にならざるを得ないのだ。なぜなら、主人公を一人つくる時点で、それは、主人公にとっての家族でしかなくなり、父は父親、母は母親という役割になってしまう。それは、私の思う(あくまでも私の思う)ホームドラマではない。家族を描くことにならないのだ。
 第三に、家族には同じ時間が流れていない。一緒に過ごす時間は普通、限られている。
(家業を家族でやっているなどの例外はもちろんあるが。)
 つまり、同じドラマを共有しにくい。バラバラで当たり前なのだ。そこに無理矢理ドラマを持ち込もうとすると、どうしても無理が生まれる。そんなに、ドラマチックなものではないのだ。何か大きな目標やカタルシスに向かっていくものではなく、平坦な時間が延々と続いていくものだから。もちろん、些細で平坦なことでも、当人たちにはドラマチックであることはまちがいないのだが、それを視聴者にドラマとして見せていくのは、至難の業なのである。
 安い(という言葉が適当かどうかわからないが)ホームドラマは、無理矢理にドラマを満載してしまう。事件だらけ。いまで言えば、父はリストラされ、母は男がらみ、娘は援助交際、息子は引きこもり、もしくはいじめにあってという具合になってしまうのだ。
 私にとって優れたホームドラマというのは、一緒に暮らしている匂いがちゃんとあるドラマである。家が感じられるドラマ。向田さんのように、いとも簡単にそんなドラマを書ける人を、私は無条件で尊敬する。本当にむずかしいのだ。
 たとえば、誰もが知っているであろう『渡る世間は鬼ばかり』というドラマがあるが、やはり、あのドラマは優れている。
 まず主人公がいない。均等なのである。
(いつか取り上げて考えてみたいと思っているのだが、まだ終わっていないこともあるし、資料として全部観るとすれば、その量が尋常ではないので、尻込みしてしまう。)
 そう、究極のホームドラマだと思うのだ。終わりはない。一軒の家庭でスタートして、娘が嫁に行けば、新しい家族の場ができる。そこに子供が生まれれば、そこにまたドラマができというように、永久に続いていくのである。
 そして、そこに描かれるドラマは、言ってしまえば本当に些細なことである。わざとらしいドラマはつくらずとも、人の暮らしを描いていけば、それがドラマになり、人の心をつかむ。
 まぁ『渡る世間は鬼ばかり』の話はこれくらいにしておくが、ホームドラマほど、書き手の素が出てしまうものはないと思うのだ。
(ホームドラマの中でも、橋田さんの作品と、向田さんの作品は、違っていてそこも面白いのだ。)
 そこが怖いところでもある。
 そして、ホームドラマは時代を映す。作者の意図している以上に、優れたホームドラマは時代を映す。人の暮らしを描くものだから。いま、もし向田さんがいたら、どんなホームドラマを描かれるのだろう。それが観てみたい。
 そして思うのだ。私たちは、向田さんの穴を埋められているのだろうかと
真似できないドラマ――
TBS水曜劇場
 真似しようと思っても、真似できない作品というものがある。もしくは、真似しようとすると、下手をするとオリジナルを冒瀆する結果になってしまう作品。
 絶対に失敗するのだ。
 私にとっての、そんな作品の筆頭にあげられるのが、『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』『ムー一族』などに代表される、TBS水曜劇場のシリーズ。久世光彦さんプロデュース、演出の作品である。
 あの時代、あの空気の、あの人たちだったからできた作品、とでもいうのだろうか。そのスタイルを、いま真似するとかなり陳腐なものになってしまう。そんな不思議な作品である。
 当然のことながら、ドラマ制作者たちのあいだにも、このドラマシリーズのファンは多く、新しいドラマを企画する際に、よく名前が出る。
(おそらく私と同じように子供のころ観ていたのだろう。)
『時間ですよ』みたいな、『寺内貫太郎一家』みたいな。どうですかねぇ?
 そんなとき、私は身構える。そしてお断りする。
「いや、無理でしょう? 私はあんなにアナーキーじゃないし」
 と言うと、たいてい不思議そうな顔をする。
 アナーキー?
 そう。あのドラマシリーズは、メチャクチャ、斬新でアナーキーなのだ。しかも、そう認識されないところが格好いい。
 新しいこと、斬新なこと、実験、冒険といわれるような試みを、いかにも「新しいことやってます」というふうに、これ見よがしにするのは、実はとっても格好わるいし、ある意味では誰でもできる(とは言わないが)簡単なことだと思う。それに、何となく田舎臭い。
 格好いいのは、そんな風情を微塵も見せないことだ。あくまでスタンスは軽く、面白くしようとしたら、なんだかそうなっちゃいました、みたいなのが格好いい。
 と、私は思うのだが。
 このシリーズ、実は東京の下町の、どこか懐かしい、暖かいホームドラマという隠れ蓑の下、かなりメチャクチャやっているのだ。
(隠れ蓑って言うと人聞き悪いけど。)
 そして、それは、非常にテレビ的なのである。テレビドラマだからできる、テレビドラマならではの楽しさの追求。スタジオホームドラマだからこその冒険。そんな作品であると思うのだ。
 なにしろ、まず『時間ですよ』は銭湯が舞台である。当然、当たり前のように裸が出てくる。でまぁ、これも当然のように、それは女湯なわけで
(子供だった私は、かなりドキドキ? で観ていた気がする。)
 もちろん映し方や描き方はいやらしくはないのだが、よく考えると、毎週当然のように裸が出るというのはすごい話である。いまは無理じゃないかなあ
 そして、ギャグの数々。ドラマの中で、笑いがあるのとは別である。単独のギャグ。ウルトラマンが道を歩いてくるし
 なんだかよく考えると、すごいシュールな世界だったりする。これなんか、いまやると絶対すべるなぁ。怖い
 それから、音楽――歌の使い方。
 このシリーズからは、数々のヒット曲が生まれているのだが、それはいまのドラマ主題歌とは基本的にまったく違う。ドラマの登場人物が劇中で歌うのだ。堺正章『街の灯り』、浅田美代子『赤い風船』、さくらと一郎『昭和枯れすすき』。『お化けのロック』や『林檎殺人事件』も。ほかにもたくさんあるが、みんな劇中で歌われるのである。これもいまやると、危ないなぁ
 そういえば、「よのなかばかなのよ」という歌もあったな。「よのなかばかなのよ」、上から読んでも下から読んでもっていうやつである。すごいセンスだなぁ。
 ドラマの中で、屋根の上のセットでギターを抱えて、いつもいく居酒屋で、もしくは唐突に、手を変え品を変え、歌が登場してくる。しかも歌うのが主役たちでないところがまた格好いいのだ。
 いまできるかなぁ、そんな戦略失敗しそうだ。
 ただ、私も、放送を観ていたときは、すごいなどとは思って観てはいないのだ。ある意味、普通のことというか、当たり前のようにドラマを観て、歌を聞いていたりしたのである。いま、同じテレビ人として考えてみると、やはりうなってしまうのだ。すごいなあ。よくやれたよなぁ。
(よく許されたなぁという気持ちも含まれるのだが。)
 何度も言うが、そこが格好いいなあと、憧れてしまうのだ。あの楽しさを再現したい、という気持ちになるのである。
 ただ、いま同じことをやると、それは、単なる真似。絶対浮いてしまうのだ。誰かがやったことのコピーには、それを超えるエネルギーは生まれない。当時だって「これでいいんですかねぇ」という空気や意見は絶対どこかにはあったはずだ。でも、きっと、「いいんだよ、面白ければ」という、いわば「ノリ」でできあがったに違いないのだ。
 それとも、誰も止めなかったのかな。だとしたら、ちょっと羨ましい。いまのほうが保守的なのかもしれない、テレビドラマ界は。
 余談だが、このシリーズを観ていた私がもっとも憧れたのは、「お手伝いさん」という存在である。
(響きもなんだかいい。)
 しかも、浅田美代子さんや岸本加世子さんみたいな可愛い、お手伝いさん。憧れた。
 なんでウチには、お手伝いさんはいないのか、と母親に文句を言ったことがある。
「あんたが手伝いなさい」と言われて終わった。だいいち、いったい、この家のどこにそんな人の住む部屋があるの? と言われて黙るしかなかった。
 ま、本当に余談でしたが。
 このドラマに関して書くと決めたとき、なんとかして当時のシナリオを入手しようと思ったのだが、途中で気が変わり、やめた。どこまで本に書いてあって、どこまでが演出なのか、わからないほうがいい、このドラマたちは。そんな気がしたのだ。
 ただ、これは明らかに作家の腕なのだが、向田邦子さんが書かれた『時間ですよ』の中で忘れられない話がある。なぜだか、強く心に残っている。
 お手伝いさんであるミヨちゃんは、ダンナさんのことが大好きで、父のように慕っている。ダンナさんも娘のように可愛がっている。という回の話なのだが、目の中に入れても痛くない(この表現もよく考えるとすごいコトバ)くらい可愛がっているミヨちゃんが、ある日、ダンナさんの肩たたきをしている。父と娘のような、いや、それ以上に仲のよい二人。ダンナさんは、ミヨちゃんはウチから嫁に出す、それまではいなさい、みたいなことをたしか言っていて
 ミヨちゃんが、ダンナさんの背中に髪の毛がついているのに気づく。
「髪の毛がついています」
「ああ、そう? ミヨちゃん、とってくれる?」
 そこで一瞬の間。ミヨちゃんは髪の毛をとらないでこう言う。
「嫌です。だって気持ちわるい」
(記憶の中なので、正確ではないと思うが。)
 そんなシーンが忘れられない。すごいシーンである。まだガキだった私が鮮烈に覚えているくらい、心にグサッと刺さるシーンである。
 ドタバタのギャグ満載のドラマの中に、さりげなく、そんなシーンが織り込まれている。このバランス。やっぱりセンスがよくなくちゃ、つくれないドラマである。
 格好いいのだ。
 憧れてしまう。
 プロデューサーであり、演出家である久世光彦さんは、最近は小説家になってしまった感もあり、あまりドラマをつくられない。数年前、『寺内貫太郎一家』の最新版が制作され、放送されたのだが、そのドラマの中。あの寺内家の居間(卓袱台をひっくり返し、大喧嘩になるあの部屋)のセットを見て、椅子から落ちそうになった。
 そのセットの掛け軸には「時代錯誤」とさりげなく書かれていた。
 またも、やられてしまった瞬間である。

 テレビドラマにおいて、脚本家と演出家というのは不思議な、微妙な関係なのである。
『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』の脚本家は向田邦子さん。向田さんは、この作品をどんなふうに思っていたのだろうか?
 もちろん、両方とも大ヒット作だし、日本のテレビドラマに名を残す作品であるから、誇りに思っているに違いないのだが、私が勝手に推測するに、実はあまり「自分のもの」という気がしないのではないかと思うのである。別に嫌いだとか、自分のものじゃない、というわけではないんだけど、何か微妙に違う。
 誉められるとちょっと複雑。
 そんな感じなのではないだろうか?
 それくらい、このシリーズは演出が表面に出ているし、いい意味でも悪い意味でも演出過多な気がする。
 これまた、勝手な想像だけど、この作品群の仕事が、向田さんを後の作家性の強い作品へと向かわせたのではないかとすら思う。だって、くやしいですからね。正直言って、自分の書いたもので、自分より演出家が評価されるのって。表現者だったら当然の感情だと思うのですが、どうなんでしょう?
 だが、どこまでが演出なのか、そもそも、演出とは何なのか。そこまで行くと話がむずかしくなりすぎてしまって、とても私の手には負えない。いまだに、演出家、監督っていうのがよくわからない。いい演出というのは、何をさして言っているのか、よくわからない。
 テレビドラマの演出家って大変だと思うのだ。映画に比べると、扱いが低い気がする。仕事は同じなのに。映画はなぜだか、監督のものだ。脚本家の扱いも限りなく低い。映画のポスターなんかだと、よく見ないとわからないくらい名前が小さかったりする。
 それに比べて監督は
 よく「****第一回監督作品」なんてテロップが入っていたりする。あれは何かの名残というか、歴史がそうさせているのだろう。私なんかから見ると「だから何?」っていう気分になるんだが。あまり意味がわからない。
 よく「本をたたく」なんて言い方をする。本(脚本)を、よくする作業のことだと思うのだが、一緒に考えるのは好きだけど、たたかれるのはなんだか嫌なので、そういう表現をする人には、近づかないようにしている。
 それに映画では、よく脚本のクレジットに脚本家とともに、監督の名前が並んでクレジットされる。まあ、それぞれ違う理由なのかもしれないが、脚本家が書いたものを、監督が自分流になおすという作業のクレジットだと思うのだが。テレビの監督は、もし仮に同じ作業をしたとしても、そういうクレジットにはしない。おくゆかしいのかな?
 なぜだかは、わからないが、脚本家にとっては絶対テレビの方が居心地がいい。大切にされるし、扱いもいい。
 なぜなんだろう。
 たしかに、業界の人やドラマ好きな人を除けば、テレビドラマは脚本家のものとして語られる。演出家では語られない。映画と逆なのである。私たちが、ハリウッド映画を観て、監督の作品として記憶する(脚本家の名前は知らない)のとは逆なのだ。
 というわけで、テレビの演出家は、大変なのだ。
 しかも、連続ドラマにおいては、一人の演出家では現場がまわらないので、二人、三人と共同で演出することになる。これなど、当たり前のことのようになっているのだが、本来ならしんどいことだと思うのだ。みんな、全部自分でやりたいと思っているのではないだろうか。
 いつもそう思う。
 いつか、早く早く脚本をあげ、撮影も早くから始め、一人の演出家に全一二話を撮らせてあげたい。そんなふうに思うのだが、思うだけで終わる。いや、それは私のせいだけではなく、いまのシステムだとなかなかかなわない。
 と、話がまた大幅にそれたのだが、テレビドラマにおいて、この『時間ですよ』に始まるシリーズのように演出が目立つというのは、稀なことなのである。で、それは、ドラマを書いた脚本家にとっては悔しいことなのではないかなぁと思うのだ。
 いまさら書かなくても誰でも分かることだが、このシリーズはホームドラマである。私が、朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』を書くにあたって、強く意識したのが、この水曜劇場のシリーズだった。
 だが、最初にも書いたように、真似をしようとは思わなかった。それは危険だと思ったから。
 何かを同じにしようとか、そういうことではなく、自分が観ていた雰囲気。それを何と表現すればよいのかわからないのだが、一言でいうと「自由」ということだろうか?
 つまり、何でも「あり」な雰囲気。虚実が入り交じろうとも、リアリティがなくても、ありえないくらいバカバカしくても。面白ければOKな世界。
 そして、書いてみて思ったのだが、そういう世界観が出しやすい、もしくは、出しても大丈夫なのが、ホームドラマなのである。わかりやすいのだ、ホームドラマという設定は。人物関係に説明がいらない。だからこそ、自由にいろんなことができる。
 なるほどなぁと思った。これが設定自体がひねってあったり、わかりにくいものだと、誰でもが親しめるものにはなりえないのだ。
 ホームドラマって面白い。このシリーズがなぜ、ホームドラマといういわば隠れ蓑を着ていたのか、わかった気になってしまったのだった。当たっているかどうかは全然わからないのだが
 たとえば『ちゅらさん』では、平良とみさん演じる一家のおばぁがナレーションも担当していて、ドラマ中に登場人物を叱る。すると登場人物はキョロキョロして、「いま何か言った?」となるわけだ。これは、一家のおばぁだから成立するし、許された気がする。
 そんなことを満載したドラマにしたのも、そこに『時間ですよ』に出演されていた堺正章さんがいてくれたことが理由の一つだった。わかってくれるような気がしたのだ。「これどういうこと?」なんて言わない気がして、面白がってくれる気がしたから。
 でも、久世ワールドに比べたら、おとなしいものである。そんなに過激なことはやっていない。私には、ちょうどいい湯加減であった。
 なので『ちゅらさん』は、私にとっては憧れの久世ワールドへのオマージュとも呼ぶべき作品でした。
(大げさかもしれないが。)
 コメディとシリアスの配分。ギリギリの楽屋オチ。その演出の領域までを、シナリオでちゃんと最初からこう書こうという試みでもあった。観ている人にはアドリブに見えても、実はちゃんと台本に書かれている。そこを目指した、かなり欲張りな作品ではあった。脚本家としてくやしい思いをしないために、全部書いてやろうという気持ちだったのだ。手柄を演出家にとられないために。
 でも実際作品がつくられてみると、演出家の加えた個所が面白くて、やはりくやしい思いをしたものだった。
『ちゅらさん』を書いて思ったことがもう一つ。ノスタルジック、懐かしいという感覚って何なのだろうということ。『時間ですよ』を観て、そんな気持ちに私はなったのだろうか? あんな下町の近所や家族関係など、知りもしない私が、懐かしい?
『ちゅらさん』でも「懐かしい」という意見がたくさん寄せられた。中には中学生からの「懐かしい感じがする」という言葉もあった。
 懐かしいとは、一種の錯覚ではないのか?
 そんなふうに思えたのである。知っているものを懐かしむのではなく、懐かしい感じ、懐かしい気がする。それは錯覚なのだ。
 そして、いまの時代、家族が仲がよいだけで、懐かしいとみんなが思う時代なのだ。大家族で、仲が良くて、喧嘩もしてそれが、懐かしいとは。
 家族だけではない。人と人、他人同士だろうが何だろうが、人と人が話をすること、本音をぶつけあうこと、許しあうこと、本気で喧嘩をすること。そういうものがドラマで描かれると、必ず「懐かしい感じがする」という感想がよせられる。
 これは、ちょっと恐い。それだけ、人と人との関係はあやうくなってきているのだろうか。
 そんなことを感じてしまった。
時代を映す鏡――
『太陽にほえろ!』
 テレビドラマには、いろんなジャンルで呼ばれるものがあります。「恋愛ドラマ」「ホームドラマ」「青春ドラマ」「職業ドラマ」などなど。
 まあ、もちろん分け方はいろいろあって、また厳密に分けられるものなのか、そもそもジャンル分けなんて必要があるのか、という気もするのだが、人はどんなものでも、区分けをする習性があるからだろうか、現実としては、やはり存在するわけです。
 どんなものでもそうだろうと思うのだが、当事者は大抵ジャンル分けを嫌がりますよね。音楽にしたって映画にしたって。なんだか、せっかくオリジナリティをだそうと頑張っているのに「今度のはなに? 恋愛ドラマ?」みたいに言われちゃうとね、なんだか、反発したくなるわけで。
 まぁ人間、自分は型にはめられるのを嫌がるくせに、人のことは型にはめたがるんですよね。なぜなんだろ、安心するのかな。
 お客さん(テレビの場合は視聴者)も、ジャンル分けが好きです。ですから、「いままでのジャンルにははまらない、見たことのないドラマ」なんて言葉をキャッチコピーにした日には、まちがいなく、そっぽ向かれますね。
 でも、つくり手はそういうものをつくりたくなるわけで、むずかしいです。
 ジャンル分けには、さまざまな分け方があって、中には「コメディ」と「シリアス」なんていう、あまりにも大雑把というか、身も蓋もないっていうか、そんな分け方もあります。
 何でもいいから分けたいのかよって思うこともあります。最近の言葉の「~系」というの、あれもよくないですね。個性派なんて言葉もあります。よく考えると変な言葉。時代は、なんだかんだ言って、無個性へ向かっている、そんな気がします。
 ジャンル分けの話が長くなりましたが、「職業物」という人気が高いジャンルの中でも細かく分けられます。「刑事物」「医者・病院物」「弁護士物」「教師物」などなど。これらはずっと根強い力を持っているジャンルでありますし、時代時代にあわせて、それぞれ代表作を生んでいるジャンルなわけです。今回取り上げる「刑事物」も、もちろんそうです。
 ちなみに、この「職業物」というジャンル。私個人はほぼ未経験というか、逃げています。ほとんど書いたことがない。
 なぜかというと、その職業に負けてしまう気がするからなのかもしれません。つまり、作家性(などというものが私にあれば、の話なのですが)は発揮できない気がするんですね。悪い言い方をすると、目立てないということなのかもしれない。オリジナルなものになかなかできないということが怖いのでしょうかね。自分でもよくわかりませんが
 で、「刑事物」。
「職業物」は、ものすごく、社会に対して影響力が実はあります。リアリティが、求められるのでなく。ドラマがリアルだと思われてしまう。
 なぜなら、刑事部屋がどうなっているか、私たちは知らないから。取り調べがどう行われているのか、私たちは知らないから。
(経験もしたくないし。)
 だから、テレビドラマで行われ、描かれていることを信じてしまう。そのイメージを持ってしまう。とくに代表作ほど、その重責を担ってしまうわけです。
 これが恋愛ドラマにおける、オフィスなどだと、「あれはドラマの中のことだから」という、了解事項がルールになっている気がするのですが、刑事ドラマなどの「職業物」は、そうはいかないんですね。
 もちろん、あくまで頭の中ではドラマの中の世界だとわかってはいるのですが、ほかのイメージを具体的に持っていないものだから、いつのまにか、頭の中のイメージがドラマの中の世界になってしまっている。そんな気がします。
 私の頭の中の刑事像は、ずっと長い長いあいだ『太陽にほえろ!』のそれだった。でも、いまは明らかに『踊る大捜査線』になってしまっています。救急病院は『ER』だしね。
(『白い巨塔』は「職業物」ではないような気がします。)
 そういう意味では、テレビドラマの影響力が一番いまも大きく残っているのが、刑事ドラマなどの「職業物」なのかもしれません。
 で、刑事ドラマ。
『七人の刑事』をリアルタイムでは観ていない世代なので(イメージはあるのですが。あの、ん~ん~という主題歌というか、テーマ曲の)、刑事ドラマというと、先ほどあげた『太陽にほえろ!』が原点になります。ただ『太陽にほえろ!』は、おそらく刑事ドラマの名作であった『七人の刑事』を超えてやろうという野心作だったのではないでしょうか?
 まず、人間ドラマ重視だった『七人の刑事』よりも、アクティブに。とにかく走ろう! みたいな、コンセプト。
 私にとっては、スタンダードなわけですが、当時のつくり手たちにしては、かなり挑戦した企画なのではないかという気がするのです。テレビドラマでありながら映画的な作品をめざしたのであろうと。個性的な刑事たちが事件を追うというのは変わらないのですが、アクティブだった。物語も、映像も。そして、スタイリッシュだった。アメリカのハードボイルドのテイストをめざしたのではないでしょうか。
 刑事が走る、「走るテーマ」が流れる、みたいな、いまでは当たり前の演出も格好よかったですよね。
 以前、別のドラマに関する章で、ものまねされるドラマは、なかなかないということを書きましたが、『太陽にほえろ!』はものまねネタのオンパレードでした。
 まず第一は、ジーパン刑事(松田優作)の殉職シーンですね。そう、刑事が殉職するというのも、結構衝撃でしたね。普通ドラマでは主人公は死なない(最終回以外)わけで、この作り方は、すごかった。
 マカロニ(萩原健一)が死ぬとわかっていた回、固唾を飲んで見守っていたのを思い出します。
(人が死ぬのを待っているっていうのも、なんだかあれですけど。)
 でも、その回の事件では死なず、事件が解決したあとに、いきなり。しかも立ち小便していると、いきなり後ろから刺されるという展開に、驚き、そして衝撃。いま思うと、すごく七〇年代の匂いのする描き方ですよね。まるでニューシネマの終わり方。格好悪く死ぬことが、格好いい美学という感じ。
 刑事にニックネームがついているのも、これ以降定番になりました。このドラマの中でも、新人が登場した場合にニックネームがつけられました。マカロニ、ジーパン、テキサス、スニーカーといった具合い。でもだんだん苦しくなっていったようなさすがに「スニーカー」とは人を呼ばないのではなかろうか、と思ったことを思い出します。
 でも、「ジーパン」とか「スニーカー」などがニックネームになるというのも、時代を感じますね。
 ほかにも、このドラマがつくったものはたくさんあると思うのです。
 本当にこの『太陽にほえろ!』は、それ以降の刑事ドラマの定型をつくったドラマだと思うのです。「挑戦」が支持された結果「定型」になったドラマなのではないかと。そして、その「定型」も時間がたつと、「硬直化」してくる。
(飽きられるという意味ではありません。)
 今度は、その「定型」で育った世代が、この「定型」に挑戦し、新しい「挑戦」をする。それが『踊る大捜査線』だと思います。
(アンチという意味ではなく、です。あくまで愛したうえで、愛した結果、そのかたちを否定するということ。)
『踊る大捜査線』スタッフは、まさに『太陽にほえろ!』を観て育った世代。だからこそ、同じようにはしない、したくないという潔さを感じました。
 たとえば、刑事をニックネームで呼ばない。犯人側にドラマをつくらない。つまり、犯人と刑事の一対一のドラマにしない。
 一話につき一つの犯罪という描き方もやめる。それ以前の刑事ドラマで二つ事件が起こると、必ず同じ犯人でしたね。『踊る大捜査線』では同時にいろんな事件が起きて、それらは必ずしもリンクしません。
 殉職もしない。刑事もサラリーマンであるという描き方。所轄と本庁。キャリアとノンキャリアなどなど
 で、また、いま現在『踊る大捜査線』が刑事ドラマの定型になりつつあります。新しくつくられる刑事ドラマは、ほとんどその影響下にあります。
(もちろん例外もあります、人情系みたいな。)
 そして、その定型が誰かによって、いつか壊されるのでしょうね。
 刑事ドラマ。奥が深いです。

 新聞のテレビ欄や、テレビ雑誌などを見てみると、ドラマの数、多いですよね。こんなに一杯あって、いったい誰がそんなに観るんだろう? と、ときどき思います。
 そして、よく見てみると、そのドラマの中に、犯罪を描いたものの多いこと。各局でつくっている二時間ドラマは、ほぼ全部と言っていいほど、サスペンス物。刑事ドラマは、もちろん。
 よく考えてみると、放映されている時代劇も、ほとんどは犯罪物。『水戸黄門』もなにも、ほとんど犯罪物です。かたちはいろいろ違うけど、大きく言うと「悪を裁く」というドラマがほとんど。
 どうしてなんだろう?
 チャンバラのない、ほのぼのした時代劇っていうのも悪くないと思うのですが。時代劇のラブストーリーっていうのだって、いいのでは? と思うのですが、なかなかお目にかからないですね。
 でも、どうしてそんなに犯罪物ドラマが多いのでしょう?
(ここでの「犯罪物ドラマ」というのは、そのほとんどが罪を犯してしまう人が主人公ではありません。裁く側が主人公。)
 しかも、犯罪のほとんどが殺人。
 なぜなんでしょう?
 そんなに身近に殺人事件があるわけでもないだろうしもちろん、ニュースではしょっちゅう見るのですが。
 つくり手として想像するに、悪い言い方をすると、つくりやすいのかもしれません。殺人――つまり人を殺すということが、悪の、犯罪の種類としてわかりやすい。それははたして罪であるのか否か? という気持ちにはならないですよね、観ている人が。
 そして「画」として見せやすい。詐欺を画にするのは大変です。窃盗もなんだか素材としては中途半端。どこか憎めないというか、むかしから。〝怪盗〟なんて言葉があるように、どこか憎めない。
(というといけないのは承知していますが、イメージとして。)
 それに比べると、どうしても殺人、ということになってしまうのでしょうね。
 しかも圧倒的に多いのが、刺殺、絞殺。もしくは、突き落とし(崖とか屋上とか)。
 お金、かからないですね。製薬メーカーがスポンサーになっていたりすると、「薬殺はまずい」みたいなこともあるし、刺殺や絞殺は、「画」にして見せやすいということがあるのではないでしょうか。たしかに「画」としてわかりやすいし、怖い。
『太陽にほえろ!』も殺人でしたね、全部ではないですが。
 電話を受けたボス=石原裕次郎さんが、「なに? 殺し?」と言う言葉が印象に残っています。そこで空気が一変するシーンですね。
 日本は法治国家ですから、(当たり前ですが)犯人は基本的に捕らえられ、裁かれるということになるわけです。射殺されるなんてことは、ほとんどないですね。後味悪いし。
(捕まれば後味いいっていうわけではないですが。)
 最後、改心して捕まるというのが一つのクライマックスだったりします。
 時代劇になると、これはかなり荒っぽいです。バッタバッタと斬ってしまったりするし、悪党の手下たちまで。ま、それはいいんですけど。ただ、あの手下たちにも家族はいるんだよなぁ、なんて、ときどき思うんですよね。
 なんだか、話がずれてしまっている気がするのですが、刑事ドラマについて語るつもりで、新聞のテレビ欄を読んでいたら、そんなことを思ってしまいました。
 物語のつくり手として想像してみると、私は犯罪がモチーフになっているドラマはほとんど書いたことがないんですが、たぶん、刑事物ってストレスがたまるんじゃないかなと思うのです。それは、犯罪を悪としてしか描けないから。天の邪鬼なのかもしれませんが、面白みに欠けるんですね。
 たとえば、もし私が弁護士だったら、もちろん無実の人を救う仕事は素敵だけど、すごい悪党の弁護をしてみたくなる。倫理的にどうなのかということは、もちろんあるでしょうが、腕のみせどころがあるような気がする。
 刑事ドラマの、犯罪=悪、犯人=裁かれる、刑事=捕まえる、という図式。これは正直、窮屈です。捕まえる心理より、罪を犯す、犯してしまう人間の心理の方に興味がある。描きたくなる。追う人間より、追われる人間の心理の方に興味がある。そちらを描きたくなる。共感されるかどうかはわかりませんが、創作者としてはそう思う。
 テレビではむずかしいだろうな。映画だと逆ですよね。〝ピカレスクロマン〟なんて言葉もあるけれど、そういう勧善懲悪が義務づけられているわけでもない。
 でも、私はテレビドラマが好きなんです。そんな、さまざまな制約と闘っている姿が好きなんですね。で、余計、刑事ドラマのつくり手を尊敬してしまったのです。
(なんか屈折してるのかな。)
 そして、もう一つ、なんとなく気づいたことがあります。
 ドラマで描かれるのは、被害者と加害者ではなく、加害者と、裁く側なんだなということ。被害者は、あまり出てこない。被害者の心理は、あまり描かれていない。愛する人を、家族を殺されたら、どうなってしまうのか、そこがすっぽり抜けている気がしたのです。
 もちろん、そういうドラマがゼロなわけでもないです。刑事ドラマに限らず、犯罪を描いているドラマが被害者を描いていないわけではない。そこにちゃんと向き合うドラマがないとも言いません。でも、少ないのは事実です。
 それは、なぜか
 表現しきれない。そして解決しないから。ドラマが終わっても、癒えることがないから。そこに目をつぶらないと、ドラマが成立しなくなってしまう。犯人が捕まることで、ある意味で、決着しないと、ドラマとして成り立たなくなってしまう。でもそれでいいのかな
 これまで、テレビドラマや映画のシーンが犯罪のヒントになっているのでは、という指摘があったり(つい最近もありましたね)、そもそも、子供たちが命の重さを感じる心を持てなくなっている、その要因にテレビドラマ(ドラマだけじゃないですが)もなっているのではないかと言われたりします。
 それについては、テレビドラマに携わっている人間としては、なかなか複雑で、正直それはまったくないとも言えないし、でも、そこに責任を押しつけるのはどうなのかな、という思いもあるし。
 私は、ドラマに被害者がいないことの方が、少し気になってしまいました。そして、テレビドラマのエンドマークのあとを想像することができなくなっているのではないか、ということが気になる。罪を犯したら、捕まって終わりではない。その後の人生がどうなるのか、そこをフィクションでも見たことがない。だから想像できないのでは?
 ドラマの影響力は強いです。知らないことで、ドラマで描かれているものをリアルだと感じてしまう。警察の中なんて、私のイメージは全部ドラマの世界から来ていますから。身近に犯罪なんて、そうはないんだろうから、子供たちの脳内のイメージをつくるのは、たしかにドラマを含む、フィクションの力は大きいはずです。
 テレビドラマに描かれる犯罪との闘いが、犯罪が起こり、主人公が捜査をし、(刑事物であれ、素人探偵物であれ)犯人が捕らえられる、そこで完結しているものばかりだと、それ以外のイメージがもてないのではないでしょうか? 罪を犯し捕らえられるということがどういうことなのか? 被害者はどんな気持ちなのか? 被害者の家族たちは、そこから先、どんな人生を背負うのか?
 それを想像する力を与えられるのも、またフィクション(ドラマも含まれる)にしかできないことなのでは? と思うのです。
 最近観た、二時間ドラマのラストで追い詰められた犯人が罪を告白していた。復讐だった。復讐ゆえの殺人。どこか犯人に同情的な描き方をしていて、なんだか妙に違和感を覚えてしまった。それでいいのかな。いままでなにげなく観ていたのだが、なんだか後味が悪かった。被害者にしてみれば、ふざけんなと思うだろうな、と。
 刑事ドラマのラストシーンでは、刑事たちは日常に戻る、もしくは次の事件へと向かっていく。
 刑事も、加害者も、被害者も描くことを刑事ドラマに求めるのは、少々酷な気がする。そんな気もするのだが、それができる可能性はゼロとは言えないのではないだろうか。
 私ではない優秀なつくり手たちが、いつかやってくれるのではないかと思う。
 時代にあわせて、時代の気分を反映して、ドラマは姿を変える。『太陽にほえろ!』が『踊る大捜査線』へと変遷をとげたように。
 いまの、これからの時代を反映した、刑事ドラマがきっと生まれてきてくれる。そしてそのドラマはスタンダードとなり、またいつか、それを乗り越えようと、新しいドラマが生まれるのだ。

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