他人の前世が
気になるわたし
私は、人の顔を見ると、すぐにその人の前世は何だったかを想像してしまう癖があります。デパート勤めなので、お客さんとしゃべっている間にも、「この人は羊に似ているな」とか、「うむ、この人はこめかみから口にかけてウツボそっくりだ」とか、更には「やや、これは珍しい。こんなにレンコンに似た人はそういまい」などと勝手に考えては薄ら笑いを浮かべているのです。このままでは結婚できないのではないかと心配です。
(守山市・明るい販売員)
「レンコンに似た人」というのは、やっぱり顔に穴がいっぱいあいてるんですか?
先日、ある方と話してまして、その人のよく行く焼き肉屋の話になりました。品書きを眺めて、いざ注文しようとして焼き肉屋のおばちゃんに声をかけるわけですが、そのおばちゃんの顔を見るたびに、自分の注文しようとした品名を忘れてしまうのだそうです。
「自分の注文も忘れるくらいの顔って、そのおばちゃん、どんな顔してるんですか」とたずねると、その人は平然として、「センマイみたいな顔しとるんですわ」と答えました。
人間は、犬猫狐(きつね)狸(たぬき)のどれかに似ているといいますが、たったの四つでは単純すぎるような気がします。このお手紙の方も、「ちなみに私の前世は、枯れ葉を見るとむしょうに眠くなるので、みの虫だったように思います」と書かれています。前世がたったの四種類よりは、レンコンとかセンマイとかみの虫とか、いろいろあった方が楽しくてよいでしょう。ことに前世が、みの虫の人なんかは、あったかい家が作れそうでうらやましい限りです。
このお手紙でなぞがとけたのですが、どうも僕の前世は「コタツ」だったようです。正月以来、もぐっていると何か猛烈なほどの好意をコタツに対しておぼえ、どうしても離れることができないのです。何とかならないでしょうか。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
前世などというと、いろいろな価値観がくっついてきて重い話になりそうなのに、「レンコン」と来たか!ここにあげたベスト三は、らもさんの解答もさることながら、悩みのなかみも大好きなものばかりなのですが、ことにこの悩みには、何回読んでも笑ってしまいます。「こめかみから口にかけてウツボ」。いったいこのかたは、どれだけウツボの外見にくわしいのだ。らもさんの解答の、自分の前世はコタツ、の根拠も楽しいです。猛烈な好意をおぼえるものが前世ならば、きっとわたしの前世は水性ボールペンです......。