見たことない映画はつまらない?
うちの父には「一度見た映画しか見ない」という性癖があります。このあいだも『ダイハード2』を見ていると、父は途中で「おもしろくない」と言いました。どこがいやなのと聞くと、「まだ見たことがないから」。劇場公開の新作映画も、某映画解説者が全ストーリーを話しきるのを聞いてからでないと絶対見にいこうとしません。父に「まだ見たことも聞いたこともない新しい映画」を見せる方法はないものでしょうか。
(大阪市・浜村淳症候群の父を持つ娘・23歳)
なるほど。これで合点がいきました。
世の中には、お父さんのようなタイプの人間がけっこう大きな比率で存在するのに違いありません。僕はそこのところが、どうもよくわからなかったのです。
ある若いパンクロッカーとそば屋にはいったときのこと。「今日はおごるから何でも好きなものを頼めよ」と言って僕は天ざるを注文しました。ところが、彼はざるそばしか注文しないのです。遠慮してるのか、と尋ねたら、そうではないと言います。
「“知らないもの”を注文するのは、どうもね」という答えでした。パンクロッカーでも「天ざる」くらい知っておけよ、とその場は大笑いになりましたが、要はそういうことなのです。つまり、世の中には、天ざるを知らないから注文してみよう、という人と、知らないからやめておこう、という二通りの人間がいるわけです。
僕は、落語の世界が古典ばかりで新作が圧倒的に少ないのを前からおかしな話だと思っていました。あるところでそれを公言してしまったために、今は自分で新作落語を月に一本ずつ書いています。でも、お父さんのように「知っているものでないといや」な人が大部分であるのなら、古典ばかりがはばをきかせるのもよくわかるわけです。
このタイプの人を、「ふっふっふ、この次どうなるかワシ知ってんだもんね。ほらみろ、やっぱりちゃんと言った通りになった」型人間、と命名したいと思います。このタイプの人に新作の『ダイハード2』を見せるのは一種の拷問です。我々がミステリーを見る前に、だれかから「犯人はホテルのメイドですよ」と耳うちされるのと同じくらい、それはつらいことなのです。勘弁してあげましょう。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
僕も歳を重ねるごとにどんどんと「知っているものでないといや」な人間になりつつあります。若い頃は新しいものごとを知りたくて仕方がなかったのに、今や、映画も音楽も何も、知っているものがいい。安心するし、心乱されないし、新たな発見もあるし。いかんなぁそれでは、と思いつつ読書に関しても「知ってるものでないといや」で、ついつい気が付くと何度も読んだことのある本をまた読んでいる。中島らもとか。