「電気邦楽器」はなぜ出来ないの
このことを考えますと、音楽が耳に入らないので、らもさん相談にのってください。西洋楽器ではピアノやギター、ベース、そしてドラムまで、電子回路によって発振音を出す電子(電気)楽器が、次々開発されています。今やギターもエレキからギターシンセサイザーの時代です。しかるに日本古来の楽器は、なぜ電気化されないのですか。「エレキ三味線」「シンセサイザー和太鼓」など開発されて演奏されれば、邦楽に目を向ける若者も増えると思うのです。
(兵庫・電気男・25歳)
「エレキ三味線」というものはあります。僕も楽器が好きなので、図書館などでよく楽器の事典などを見ていたのですが、その中に「電気三味線」の項があって、分解図までのっているのを見た覚えがあります。三味線の胴の中にマイクロホンを内蔵したものでしたが、昭和もかなり早い年代に試作されたもののようです。今に残っていないのはおそらく何らかの支障があったのでしょうが、ひとつには他の和楽器との音量のバランスの問題ではないか、と思うのです。
ところで、先日ラジオに寺内タケシさんがゲストで出てらして、非常に面白い話をしておられました。
世界で一番早く電気ギターを試作したのは寺内タケシさんらしいのですが、それは戦時中のことで、氏が五、六歳のときのことだというのです。氏の家には当時まだ珍しかったクラシックギターが一台あったのですが、演奏法がわかりません。氏のお母さんは小唄のお師匠さんだったので、ギターを三味線と同じチューニングにして、三味線の奏法で習ったのです。ところが、三味線というのは意外に大きな音が出るので、ギターの音が負けてしまいます。寺内さんの家は電器屋だったので、商品のマイクをギターの中に仕込んで、十六台のスピーカーにつないで弾いてみました。あんまり大きな音がしたので近所の人が「空襲警報」とまちがえて防空壕に飛び込んだそうです。
というわけで、エレキの元々が三味線だった、というのはおかしいですね。河内家菊水丸(かわちやきくすいまる)あたりがエレキ三味線を使って広めてくれると面白いのですが。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
らもさんは弦楽器が好きでしたね。たくさんギターを持っていた。なかでもダブルネックのエレキギターを大事にしていて、記念ライブの時はステージセンターにそれが置かれていた。確か12弦と6弦のツインだったんじゃないかな? 迫力があって、一体どんな経歴の一本なのだろうと思い、スタッフに尋ねたところ「アルフィーの高見沢俊彦さんモデルなんですよ」とのこと。エ~! いや高見沢さんステキですけど、それは意外というか…。