いつも旅してる演歌男の職業は
演歌が好きで、よくカラオケなどで歌います。ところで演歌に出てくる男性ですが、あの人たちの職業はいったい何なんでしょう。初恋の人を追い求め、国内はおろか海外まで気軽に旅行したりします。といって、お年寄りのお金持ちでもありません。住宅ローンや老後のことなども心配しているようすもありません。いったいあの人たちは年をとったらどうなるのでしょうか。こんなことを考えていたら気楽に演歌を歌えなくなりました。
(兵庫・命呉れない男・35歳)
小林旭や宍戸錠の出てくる昔の無国籍映画を見ると、よくこういう職業不明、収入源さだかでない人物が登場します。小林旭などは馬に乗ってギターを抱えて歌を歌いながら登場するのですが、これなどは判断に苦しみます。本人の弁では「おれはただの渡り鳥さ」ということなのですが、これから察するところ「渡り鳥」という職業は、馬に乗って歌を歌い、おまけにピストルなどを不法に所持しているとお金が入ってくる、という不思議な仕事のようです。これに似た職種には「流れ者」「風来坊」「無宿」などがあるようです。
こういう職業であれば、今日は小樽、明日は金沢、と初恋の人を求めて全国をまわることもできます。
ただ、僕のにらんだところでは、演歌の主人公というのはあれは皆、乾物屋(かんぶつや)さんの長男なのではないかと思います。ご両親は健在なので、今のところはムリをして親に店番をまかせれば何日か旅行に出てもさして支障がない。魚屋や青物屋とちがって乾物屋さんは毎日早朝の仕入れに縛られませんから。
で、乾物業界の総会だとか生産地の視察だとか親を納得させては、利尻、焼津、滑川などへ初恋の人を捜しに行くわけです。また年に二回ほどの商店街慰安旅行の機会も逃しません。
演歌の主人公が何かというと港町に現れるのは、そこが乾物の生産地であり集配地であるからです。初恋の人とめぐり会えたらもちろん結婚して、乾物屋は嫁にまかせ、自分は叔父のやっている板金工場で働いて、二人して老後の蓄えにはげもうと考えているのです。どうかご安心ください。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
「そんな夢のようなことばかり言っていないで現実を見ろ」なんて叱言をよく聞く。だからといって現実だけだと殺伐として疲れる。つまり生きていくためには夢も必要だし、同時に現実を見据えることも必要ということだろう。しかし、人間はともすればバランスを失って、夢にのめり込んだり、現実だけをフォローして希望を失うこともある。そのバランスを敢えて崩してみせることによって、夢に傾いた人には現実を、現実的になりすぎた人には夢を、同時に与えてみせる離れ業がここでなされていて感心する。