「オカマごっこ」に子供もあきれる
二児のいる兼業主婦ですが、小四の長男が持ち込んだ癖が直らず困っています。「オカマごっこ」といって、体を斜に構え、口元へ手を持っていき、「ウフーン、愛して~」と迫る、というものです。最初はびっくりした私ですが、今は朝起きたときも、学校から帰った子供を迎えるときも、あいさつはこれを言ってしまうのです。今では五歳の長女にもあきれられ「恥ずかしい」と嫌われています。どうしたものでしょうか。
(和歌山・主人にだけは言わない癖者・34歳)
お子さんの学校ではやっているこの「オカマごっこ」というのは、たぶんテレビの影響だろうと推察します。というのは、現実のそういう人たちはだれかれかまわず「ウフーン、愛して~」と迫る、なんていうアホなことはしないからです。僕は以前、ホモの人が二人で世間話をしているところに居合わせたことがあって、横でその会話を聞いていたのですが、話は主に「美容」のことについてでした。一人の人がほおに手を当てて、
「太ったわぁ、私」
と深いため息をつくと、もう一人の方も真剣な顔つきで、
「あらっ、あなたもなの。私もよ。太ったわぁ」
「やっぱり、夜寝る前に食べるのがいけないのかしら」
「そうよ。やめときましょう、って思っててもさ、お酒飲んだりすると寝る前に無意識のうちに“たら子スパゲティ”作ったりするじゃない?」
「そうよ。それで無意識のうちに刻みのりをかけてたりするのよ。それで太るのよ」
こう書くとわかるのですが、これはまったく女の子同士の会話で、たまたまその人が幸か不幸か男性であった、というだけのことなのです。ホモの人が女の子に「ね。たまには女同士でお話ししましょうよ」と言っているのを聞いたことがあります。傷つきやすい人たちなのです。おちょくるのはやめましょう。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
前世紀九十年代、らもさんはすでに政治的に正しいコメントを選んでいる。第三巻のあとがきにそもそも“差別的な投稿は選ばない”とあって、世の中で立場の弱い人をからかうような笑いを、らもさんは面白いと思っていなかったことがよくわかる。
だからといって「弱者」というような時に上から目線に感じられる言葉でも、らもさんは対象をくくらない。「ホモの人」とシンプルに呼んでいる。それ以上にしない倫理。