どうしてセコイ?TVの“悪の組織”
『仮面ライダー』の「ショッカー」や「クライシス」などの“悪の組織”は、世界征服をたくらんでいるわりには、どうして幼稚園のバスをねらったり、子供をさらったりとセコイことばかりするのでしょうか。この調子では仮面ライダーがいなくても世界征服は無理だと思います。私としては首領を代えるべきだと思うのですが……。
(青森・ショッカーの将来を心配する主婦・25歳)
世界征服をもくろむ悪の組織というものは、フィクションの中では数え切れないほど存在しますが、そのほとんどすべてが「愉快犯」であると思われます。その証拠となるのは悪人のあの「高笑い」です。負けて逃げるときの照れかくしの笑いもありますが、たいていの場合は自分の悪事のために人が困っているのを見てケタケタ笑います。うれしくて仕方がないのです。これは今はやりの「劇場型犯罪」ですね。
つまりこうした悪人は、サラ金から借りたお金の返済に困って罪をおかすとか、遊ぶ金ほしさに人を襲うとか、そういう実利のために行動しているのではないわけです。そうでなければ怪獣を使って東京をめちゃくちゃに壊すとか、細菌兵器で人類を絶滅させるとかのバカなことをたくらむわけがありません。そんなことをすれば自分の収入源、搾取する対象をみすみす放棄することになります。ですから「世界征服」というのはあくまでたてまえであって、悪人にとって大事なのはそこに至るまでのプロセス、悪いことをして人を困らせる、ということにあるのです。だから怪獣を使って東京を破壊するのも幼稚園のバスを襲うのも、本質的には同じ喜びなのです。あるいはもっとセコイこと、たとえばおじいさんの大事にしている盆栽の鉢を割るとか、公園で犬に糞をさせるとか、燃えるゴミと燃えないゴミをごちゃ混ぜにして出すとか、迷惑駐車をするとか、借りたビデオをちゃんと巻き戻さずに返すとか、食堂のおばちゃんになりすましてうどんの丼の中に親指を突っ込んで持ってくるとか、クラシックのコンサートに赤ちゃんを抱いてくるとか、人の悩みの質問にきちんと答えないとか、そういうありとあらゆるいやがらせをしているに違いありません。その意味では世界全体が悪の組織で、征服はすでに完了しているとも言えます。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん
いかにも中島らも的な話法、論理みたいなものがここにはあると思う。まず、フィクションに出てくる悪の組織はみな「愉快犯」だという。こっちがとまどう間に、話は「高笑い」のことになり、悪事の対象が滅ぶと困るのは誰かという問題になり、連中はいつでも人を困らせたいのだということになるから、論理に巻き込まれて納得させられる。で、そこから例をいくつも挙げていくうち、しかしどんでん返しが軽く決まる。落語なんです。