二通りある「人の傷つけ方」
①家に帰る途中、自転車にのった十七歳くらいの男が私を追っかけてきて、すれちがいざまに「キザ！」と言って逃げました。ショックで一晩中、泣きっぱなしでした。
（神奈川県・色男な水木しげるさん大好き・18歳）
②道路の反対側を走っていたタクシーの運転手がわざわざ窓から身をのり出し、私に向かって指をさし「トーショーヘイ！」と言いました。ブスとか言われるなら対処の仕方もあるのですが、鄧小平といわれた私はどうしたらよいのでしょうか。
（京都府・鄧小平女・28歳）
「通りすがりの中年男に「ブス……」と言われた奥さんの投書をのせたのに関連してこういったはがきがきました。
対処の仕方は前にも言ったように「相手にしない」「復讐する」の二つで、重複するので述べません。ここでわかるのは「人の傷つけ方」に二通りあるということです。①のようにキザでない人に「キザ！」と決めつけておいて逃げ去る。言われた本人はふだん自分がいちばんなりたくなかったものに擬せられて、怒りと理不尽さではち切れそうになるのに、それをぶつけるべき相手はすでに逃げ去っている。実に陰湿な手口です。
②の場合は本人も認めてしまうくらいの「言ってはいけない真実」をそのまま相手にぶつけてしまう手口です。フランスのセリーヌという作家はサルトルが大嫌いで、彼をののしるのにわざと人間として一番低劣なこの手を使いました。
「サルトルの野郎、たれた尻（しり）しやがって、メガネなんぞかけやがって、学生のアイドルなんかになりやがって」
サルトルはさぞ困ったと思います。というのは、こうした低次元の罵声（ばせい）というのは、無視するか、自分が相手と同じ低みまで下がって闘うしかないからです。人の傷つけ方は覚えておいていいでしょう。ただし「禁じ手」としてですが。
中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ（朝日文庫）より転載 イラスト／死後くん
続編がこれ。「自転車にのった17歳くらいの男」ってどうして「17歳」ってわかるんでしょうね。キザなひとはキザとわかってやってるんですから、「やっぱりわかりましたか」とか「それが何か？」と言えば終わりです。この程度で「一晩中泣く」ようなひとは、ちっとも「キザ」ではありません。「トーショーヘイ」を鄧小平と漢字変換するあなたが相当ヘン。「東証、ヘイ！」と株価が上がったことをわざわざ道路の反対側にいるあなたに教えたのかもしれませんよ。