相談3

バイト先で連呼の「毎度あり」が口癖に

 牛丼(ぎゅうどん)のYでバイトをして半年になるフリーターです。いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます、またお越し下さい、と毎日連呼しています。つい先日、近くのラーメン屋で他のお客さんがはいってきたときに思わず「いらっしゃいませ」と言いそうになりました。このときはラーメンで口を止めたのですが、ちがう定食屋でとうとうやってしまいました。その店の人より先に客の背中に、「ありがとうございます」と言ってしまったのです。困っています。

(静岡・牛丼太郎・35歳)

らもさんの回答

「職業病」というのはとてもおもしろいもので、僕はいろいろな職種の人の「業」を訊き出すのを趣味のひとつにしています。知人に一人の眼科医がいますが、この人はたとえばお祭りの屋台でタコ焼き屋さんが鉄板のタコ焼きをガリガリひっかきまわしているのを見ると、いてもたってもいられなくなるといいます。「目玉はもっと慎重に扱わないといけないのに…」と思ってしまうそうです。 

 ただ、この職業病というのは、決して半永久的に尾を引くものではありません。たとえば僕は学校を出てから四年ほど印刷会社の営業マンをしていました。この時期には電車の中でも、街を歩いていても、目にはいる印刷物を「見積もりしてしまう」という職業病に悩まされました。休日の朝に新聞をゆっくり読もうと思っていても、折り込みチラシなどが出てくると、「これはA3二ッ折り、四六の110キロの両面アート紙で、表四色裏二色、カラー写真十二点だから、五万枚刷ってるとするとだいたい百五十万円の受注か。うーん、うらやましい」という風に見積もってしまうのです。ところが印刷屋をやめてコピーの勉強をしていたころには、広告コピーが目にはいってはいって、非常にわずらわしい思いをしました。「"からだが、力"か。うーむ。"からだが、ちからだ"にした方が面白いのに」。ついついそういうことを考えてしまうのです。 

 ですから、あなたも今の職場を変われば今の職業病はなおりますが、また別の症状が襲ってくるのはまちがいありません。これは働く以上、しかたのないことです。恋人から「君が欲しい」と言われて、「ポテトもいかがですか?」と言ってしまった女の子もいるそうです。ハンバーガー屋のつとめが長かったのでしょう。

中島らも『明るい悩み相談室』シリーズ(朝日文庫)より転載 イラスト/死後くん

上野さんより

「いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます、またお越し下さい」を言われてイヤなひとはいません。いい習慣を身につけましたね。「ポテトもいかがですか?」のバイト先じゃなくてよかったです。この3つを覚えたあなたは、どこに行っても「愛されキャラ」になれます。今度デートの相手に「またお越し下さい」と言ってごらんなさい。効果のほどは保証しませんが(笑)。